シーザーが目を覚ましたのは、白い素材で構成された部屋のベッドの上だった。風に揺れるカーテン、腕に繋がれた点滴の袋と胸についたコードの先の機械を見る限り、どうやらここは病院のようだ。
「ここは……俺はいったい」
漏れた声には力がない。彼には自分が何故こうしているのか分からなかったからだ。
「俺は、ワムウと戦って……死んだはずだ」
死に掛けていた記憶がある。血も流しすぎ意識が薄れ掛けていたとはいえ、手足の筋肉は千切れる寸前で痛みが常に思考を覚醒させていたのだから。
頭上から耐え切れないほどの衝撃があったのも覚えている。
「そうだ、JOJOは?俺の波紋は、ワムウのピアスはちゃんとJOJOに届いたのか!?」
「届いておるよ、シーザー」
カーテンを開けて顔をのぞかせたのは、独りの老人だった。そしてシーザーはその顔に傷のある老人を知っていた。
「スピードワゴンさん!」
「目が覚めたのだな、シーザー。本当に、よかった……ッ!」
老人――スピードワゴンの目から涙がこぼれる。安堵の笑みを浮かべる彼の表情は、混乱したシーザーの心を落ち着かせた。
「ここはSPW財団が経営している病院だ。安心して心身を休めるといい」
「それなのですが、俺は何故生きているのでしょうか。それも、怪我一つしていない身体で……俺は柱の男、ワムウとの戦いで自らの死を確信していた」
涙をぬぐうスピードワゴンに、シーザーは自らの手を見つめながら尋ねた。体は調子が悪いどころか今までで一番調子が良いくらいで、すぐにでも戦いに駆け付けられるほどだった。
シーザーの疑問を聞いたスピードワゴンは少し思案した後、リサリサから聞いた話なのだが、と語り始める。
「リサリサとJOJOが駆け付けた時、お前の波紋は感じ取れず……瓦礫の下から大量の血液が流れ出るだけだったそうだ。だが、瓦礫の下からまばゆい光が辺りを白く染め上げ、光が消えた後は無傷のお前が倒れていたと」
「光……ですか」
「何の光なのかはわからん。だが、シーザー。これに見覚えはないか?」
「それは……!」
スピードワゴンがカバンからケースを取り出した。そのケースに収められているものは、シーザーがヘーマから貰った「お守り」で、あの別れの後首から下げていたものだった。つい胸元を見るが、そこに自身のお守りはない。
「これはお前が彼にもらったものだな?瓦礫の近くに落ちていたのを調査員が回収していた。これの中身を知っているか?」
「中身、ですか?いえ、ヘーマはお守りとしか」
あのとき、彼はろくに力が入らない体で、ただただ手放すなと言っていた。特別製だとも言っていたが、それは突然宙に現れたお守りの作り方が、特別製なのだとシーザーは思っていた。
「この中には今は砕けているが、小さな玉が入っていた。私はこれが光を発したのではないかと考えている。
その理由はこの玉の構成物質だ!この玉の物質はこの地上のどこにも存在しない!地球上どこを探しても、ここにあるこの小さな玉以外には!」
「これが、ヘーマに貰ったお守りの中身が……どこにもない?」
「宇宙から飛来した隕石に含まれる、未知の物質ではないかという仮説もあった……現存する隕石の構成物質を調査したが、どれとも異なっている」
難しい表情を浮かべるスピードワゴンに対し、シーザーは穏やかな表情を浮かべていた。これだったのだ、彼が血を吐いてまで、体調をさらに悪くすることを承知でお守りを作り、手放すなと言い聞かせた理由は。
「……シーザー、彼は一体何者なのだろうな」
ポツリとお守りを見つめながらつぶやくスピードワゴン。
「私は、彼の話をジョースターさんから聞いていた。話の印象はお人好しの人間というだけだった……いや、ディオに似ているという彼を、ジョースターさんの言葉でさえ信用していなかったのかもしれん。
ディオという存在は、似ているというだけでそれほどの警戒心を持たねばならんのだ」
そう言ってスピードワゴンは胸元から手帳を取り出す。その中には一枚の写真がはさまれている。ずいぶんと傷んだ写真だったが、それは最新の写真よりはるかに鮮明な像だった。
ジョセフに似た少年と金髪の整った容貌の少年……真ん中に立っているのは、シーザーも見覚えのあるヘーマだ。
「これは、ジョースターさんが彼から貰った未来の写真だ。エリナさんに遺品として私が貰った……写真を見るたび悲しそうにしていたのでな。
これを見ていると、私の考えがすぎたものではないのかと思う。ジョースターさんが言うように、彼は無害な存在で、ただ善意で行動する人間なのだと」
「ヘーマは……ヘーマは吸血鬼でした」
「なに!?」
写真を見つめるスピードワゴンだったが、シーザーの言葉に驚愕した。シーザーが言葉を続けるの察して、荒げそうになった言葉を飲み込む。
「俺たちが彼の家に迷い込んだとき、彼は高熱で倒れていました。数日過ごし、彼の体調が悪化し丸一日意識が戻らなかった。その時に俺は彼の生命力を強化しようと、波紋を流そうとしたんです」
「だが、それは逆に彼を傷つけた、と?」
「……実際には、彼の中で吸血鬼の部分はとても薄く少ないのでしょう。現に、彼は太陽の光を浴びてもなんともなかった。
だが波紋が彼の腕に傷をつけた時、俺は彼を疑ってしまった!どう見ても衰弱し、死に向かっている彼を、吸血鬼という理由だけで!」
こぶしを握り締め、シーザーは叫ぶように内心を吐露する。
「彼はそんな俺にきっと気づいていた。それなのに、俺とJOJOを案じて……血を吐いてまでこのお守りを作ってくれたんです!」
「作った……この未知の物質を、彼が作り出したというのか!?」
「どうやったのかはわかりません……いまわかるのは、俺のこの命がヘーマによって救われたということだけ」
スピードワゴンは静かに目を閉じた。自らの懸念が間違っているとは思わない。ヘーマという青年は確かに善良な人間であることはわかる。だが、それでもディオの血を継いでいると思わせるものも感じ取れた。
ジョナサンのときも、今回の時も。彼はわずか五日間で彼らの心を魅了した。それはまるでディオのように、鮮やかな人心掌握の術ではないかとスピードワゴンは疑念を抱いていた。
ディオは世界を支配しようとした。それは主に力によってのものだったが……ヘーマという青年も、同様の目的をいずれ持つようになるのではないのだろうか。
「私も、彼に会うことができればよかったのだが。そうすればこの疑う心もほぐれるかもしれん」
「そうですね……きっと疑う気力も無くなりますよ。アイツは、お人好しで子供っぽいやつですから」
彼を思い出しているのか微笑むシーザーを見つめながら、スピードワゴンはそうか、とだけ答えた。
*
娘のホリィが倒れてから、ジョセフの動きは早かった。
SPW財団に連絡し、ホリィの看護の人員を手配し、必要なものを次々用意していった。
「じじい」
「なんじゃ、承太郎」
「一つ聞きてえことがある」
様々なところに電話をかけ、手配を続けるジョセフに承太郎が怪訝な表情を浮かべて尋ねた。
「おふくろが倒れてから、じじい、アンタの行動は随分と素早い。まるであらかじめこうなることが分かっていたみてぇじゃねえか」
「承太郎、それは……」
「かまわん、アヴドゥル。承太郎、お前の言うとおりじゃ。わしは何を準備すればいいかを知っておった……精神力が足りず、スタンドの力に呑まれる人物をこの目で見たことがあるからの」
懐かしいものを思い出すように遠い目をするジョセフに、承太郎が視線で続きを促した。
「あれはもう五十年も前になる。承太郎にも昔話したことがあったか、わしがまだ十八の頃、吸血鬼を食料とする柱の男たちとの戦いのために修練をしていたころじゃ」
*
シーザー……相棒とともに修練場に向かっているときだったかの。屋敷の廊下から突然別の家にわしと相棒は立っていた。
そりゃあ、慌てたわい。だがな、わしはスピードワゴンの爺さんから、ジョナサン・ジョースターとディオ・ブランドーが体験した不思議な話を聞いておった。
百年もの未来の世界へ、五日間だけ迷い込んだ話……わしはそれが自分にも降りかかったのだと察した。
とりあえず家主を探そうとリビングらしい場所から廊下に出たとき、わしとシーザーは倒れている男を見つけたんじゃ。それがヘーマだった。
彼は医者を呼ぶかと聞いたわしらに、医者では治せないと苦笑を浮かべておった。病気ではないとも、熱が下がるのを待つしかないとも。
恐らく、ヘーマはそれがどういう存在か知っておった。
わしと相棒には幽霊と紹介していたが、今はわかる。あれはヘーマのスタンドだったのじゃろう。
ヘーマは段々意識を保つことが難しいようになっていた……わしらは五日間しか傍にいれんかった。その後彼が生きているかどうかも分からん。
わしもわしで五日間向こうで過ごしたはずなのに、まったく時間がたっておらんかったから、ちょいと拙い事態になりかけたが……まあ、終わりよければすべてよし、じゃ。
ただ、そうじゃな。生きているか確認する方法はある。
ん?気になるか?
そこで嫌そうな顔をするな、可愛げのないやつめ。
ヘーマが言っておったんじゃ、ジョナサンの孫のわしが来たなら、わしの子供か孫もヘーマのところにくるかもしれないとな。
というわけで承太郎!ヘーマのヤツにわしらが元気だってことを伝えて来るんじゃぞ!
ヘーマはちょいとDIOに似ておるが、一見の価値がある美人じゃからの。……ん?性別は男じゃ。なに当たり前のことを……なぜ引いた顔でわしを見る?
あー!もう見ればわかる!