彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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三日目 午後

 

 

 昼食も終わり、ジョセフたちもトレーニング中の昼下がり。超暇です。

 

 

 身体はきつい。きついけれど起きてはいられる程度で、やることもないからつまらない。

 

 こっそり絵を描いていたらシーザーに見つかり、切々と怒られました。あいつ本当にお兄ちゃん気質だな。

 

 

 ついでに俺の絵を見たいとのことだったので、アトリエの場所を口頭で伝えた。二人とも、上手だな~と俺を褒めてくれるのはいいが、頭を撫でるのはやめてもらえないだろうか。

 

 まあ、ジョナサンとディオの絵も見たのか、微妙な表情を浮かべていたけれども。

 

 

 

 

 

 

 安静にするという言葉の意味をじっくりとシーザーに諭された俺は、ベッドに横になるしかやることがない。ほかに出来ることといえば、宙に浮かぶ俺のスタンドの観察だろうか。

 

 

 

 俺のスタンドは時々部屋の壁をすり抜けて外に出たかと思うと、俺の部屋に戻ってはスケッチブックになにやら描いている。

 

 たまにページが変わっているようなんだが、一体何を描いているのか。また俺の情けない姿ではないことを祈る。

 

 

 

 

 

 観察する俺に気づいたのか、スタンドはまたふわふわと俺の傍により、くるりとスケッチブックを裏返す。

 

 

 身構えた俺の目の前には、割れたコップを見ながら頭を抱えるジョセフの姿。

 

 隣のページにはそれをこっそり食器棚の奥に隠す姿が描かれている。

 

 

「……よし、ジョセフをつねってきてくれないか?十秒ほど」

 

 

 迷わず罰の執行を決めた俺に、スタンドは握りこぶしに親指を上に立てて了承する。部屋を出て行くのを見送った数十秒後、ジョセフの悲鳴が聞こえてきた。

 

 

 

 ……そういや、つねる場所指定しなかったけど、何処つねったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドタドタと荒っぽく廊下と階段を歩く音がしたあとに、勢いよく部屋の扉が開かれた。

 

 

「ヘーマァ!おめえは幽霊になにさせてんだァ!?」

 

「つねらせた。部位は指定していない」

 

 

 具体的に何処をつねるかはスタンドの自由だ。ジョセフの反応を見る限り、相当まずいとこをつねったらしい。あえて聞くまい。

 

 

「それよりジョセフ。コップ割っただろ」

 

「コップ~?行き成りなんだ」

 

「幽霊が見てたらしい。戸棚の奥に隠しただろ?」

 

「うげ、ばれた!」

 

 

 最初はしらばっくれていたジョセフだったが、割れたコップの隠し場所を告げると正直に白状した。どうやらトレーニング中に誤って落としてしまったらしい。咄嗟に隠したようだが、行動が小さい子供か……

 

 ジョセフの後についてきたシーザーに殴られていたのでよしとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーニングを邪魔してしまったことを謝り、再び一人になった部屋でスタンドの描いた絵を見せてもらう。

 

 いつの間にか何枚も描いていたようで、ジョセフとシーザーの食事風景やトレーニングの様子、はては寝顔までストーカー並にバラエティに富んでいた。

 

 

 しかし、このスタンドの絵。俺の絵にそっくりなのだ。

 

 

 流石俺のスタンドというべきか、どうやら趣向も技術も似通っているらしい。さっきからカリカリと楽しそうに描き続けている。仮面だから表情ないので雰囲気で察する限りは。

 

 

 ちなみに今描いているのは二冊目らしい。一冊目は俺が今持っている。

 

 

 どうやら絵を見せてくれようとしているのか、どこから出したのか分からないスケッチブックはちゃんと俺が触れるようになっている。絶妙な暴走の仕方だよね、これ。

 

 

 自我も本体を自発的にからかう程度にはあるようだし、お願いも聞いてはくれる。

 

 

 はてさて、何の能力のスタンドなのやら。まさか写生だけが取り柄とかないよな?使用方法考えても一歩間違えれば盗撮まがいの使用方法しか浮かばないぞ。

 

 

 スタンドの手が止まる。どうやら俺の思考が流れたらしい。どことなく不満そうな雰囲気を感じる。

 

 じゃあ能力教えてくれよ、と不満を向けるとスタンドは頷き、ぺらぺらとスケッチブックをめくり始めた。開いたページは鉛筆で白黒のリンゴが描かれており、それを俺に向ける。

 

 そしてスタンドは、おもむろにスケッチブックの絵に手を突っ込み……手が入った。なんか水面みたいに波打ってるんだけど、何する気だ。

 

 

 

 

 引き抜いた手には黒い物体。ぽんと俺に向かって放り投げられて、慌てて手を伸ばしてそれを掴み取る。

 

 

 

 手にしたそれは、濃い灰色のリンゴだった。うわ、不味そう。

 

 

 え、もしかしてこれ抜き取ったのかとリンゴが描いてあったスケッチブックを見ると、描かれていた絵は存在せずに真っ白になっている。

 

 

「……スゲーなお前」

 

 

 手に持った白黒リンゴと真っ白なスケッチブックを交互に見つめ、呆然と呟いた俺の言葉にスタンドは照れたように仮面の頬に両手を添えた。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、絵から物体を取り出せると分かったところで、確かめなければならないことが一つある。

 

 

 これは本当にリンゴの味がするのかどうか、ということを……!

 

 

 いや、これほど重要なものはない。もしきちんと味がするのであれば、俺は今後の人生――スタンドの暴走から生き延びられたらという注釈はつくが――食費が一切掛からなくなる。

 

 なんて経済的なんだ俺の能力。まだ未確認だけど!

 

 

 

 

 とりあえずゴシゴシとシーツで白黒リンゴの表面を磨く。シーツには特に黒鉛がついた様子は見られない。

 

 最上ではリンゴの味、最悪は鉛筆の芯の味……まさに天国と地獄。

 

 

 最悪を考えつつ覚悟を決めて白黒リンゴにかぶりついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……味うっす」

 

 

 

 結果、ほとんど味がしないが正解だった。

 

 なんていうか、美味しくもないけど不味くもなくて、食べれなくはない程度の味だった。むしろリンゴの味じゃなかった。触感はリンゴではあったが、これは別の何かだ。

 

 

 やはり鉛筆画だから味がないのだろうか?色鉛筆や水彩で描いたリンゴならどうなんだろう。

 

 

 次の実験だとスタンドを見上げると、彼女はすでに色鉛筆と水彩のリンゴをスタンバイしていた。……準備がいいね。

 

 

 まずは色鉛筆のほうから。

 見た目は先ほどの白黒リンゴよりも美味しそうではあるが、あえて淡い色で描いたのか実物になるとリンゴに見えない。

 かぶりついてみると、白黒リンゴよりは味はあるが、まだ薄め、といった状態。

 

 

 次は水彩のリンゴ。こちらは絵の具を濃い目で描いたのか見た目はリンゴそのものだ。食べてみるとこれは完全にリンゴの味がした。

 

 

 

 

 結論。どうやら絵のリアルさに味は左右されるらしい。

 

 色がリアルなほど味が濃く、実物に近い絵である方が味も再現できるようだ。

 

 

 なんて経済的に優しいスタンドなんだ。画材道具さえあれば世界中費用殆どなしで旅できるんじゃないか、俺。

 

 

 いいな、その生活。妄想に浸る俺の頭の上に、スタンドが絵に描いた花を抜き取っては放り投げる行為を繰り返す。地味に鬱陶しい。

 

 

 なんで花なんだ、と絵を見るとどうやら花畑を描いていたらしい。そこから一輪ずつ抜き取っているので、終わりが来るのは遠そうだ。

 

 花が二十輪を超えた時点で、どうやら面倒くさくなったらしい。俺の頭の上にスケッチブックを浮かせ、スタンドはパチンと指を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 嫌な予感再びっ!!

 

 

 

 

 

 

 俺が顔を引きつらせると同時に、スケッチブックから大量の花が落ちてきた。たやすく埋まる俺。

 

 そうか、午前中の水はこうやっていたのか。一度に出すときはこうするんだな、教えてくれてありがたい。でも何故俺にやる。

 

 顔に乗っている花だけどかし、起き上がるとそこは一面花畑だった。うわぁ、凄い量。

 

 掃除が大変そうだと起き上がろうとしたとき、ぐらりと世界が傾いた。

 

 

 

 

 

 

 ――あれ?

 

 

 

 

 

 

 視界で花が舞う。どうやらベッドに倒れたらしい。

 

 身体が動かない、瞼がやけに重く感じて今にも閉じそうになる。

 

 

 

 なんだ、この疲労感は。理由にはすぐたどり着いた。

 

 考えてみれば当たり前だ、俺は今スタンド能力の暴走中、そんな状態でこんなに大量の花を出すような能力。

 

 

 

 スタンドは生命力のエネルギー、能力の行使には生命力を使うのが当然。

 

 

 

 

 完全な自業自得、調子に乗ったさっきまでの自分にハリセンをお見舞いしたい。

 

 

 できれば次も目が覚めますように、と心から祈りつつ俺は瞼を閉じた。

 

 


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