彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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二日目

 

 相変わらず俺の体調は悪いまま、朝を迎えた。

 

 食事担当はシーザーが担ってくれるらしい。朝ごはんは刻んだフルーツ入りのヨーグルトでした。

 

 

 しかし、美喜ちゃんに食料を買い込んできてもらってよかった。今の俺は到底買い物に出かけられないし、ジョセフとシーザーはこの家から外に出られない。

 

 冷蔵庫の中身がどれくらいもつかは分からないが、多分一週間くらいはいけると思う。もしどうしても足りないときは、美喜ちゃんに事情を話してヘルプを頼むしか方法はない。

 

 

 なるべくなら巻き込みたくはない。だが、飢え死にしたくはないよ、俺も。

 

 

 

「あー、良い汗かいたぜ。ヘーマ、お・ま・た・せ~」

 

 妙なシナを作ってジョセフが部屋に入ってきた。おうふ、美少年だけに視覚の暴力。後ろでシーザーが気色悪いと呟いているが、聞こえてないのだろうか。

 

 

「何していたんだ?」

 

「ちょーっとトレーニングを少々。感覚鈍っちゃうと拙いからねン」

 

 

 バチコーンと音がしそうなジョセフのウインクだが、ジョナサンと瓜二つの顔でされると非常に反応に困る。いや、これはもう面影がまったく被らないから、それはそれでいいのかもしれない。

 

 

「えーと、昨日は何処まで話したっけなぁ?」

 

「俺達がなぜ小さくなっていたのか、というとこまでだ」

 

 

 謎の部分だな。共通点が前回のジョナサンとディオと同じ年齢というだけだし。……それだけが理由ってことはないよな?

 

 

「背がちっこくなったからなのか、此処に来たからなのかはわかんねえけどよぉ……俺のセクシーな口についてたマスクも消えちまってるんだよなぁ」

 

 

 自分じゃ外せないってのに、と首を傾げるジョセフ。特殊な呼吸をしないと息が出来ないマスクのことだ、とシーザーが補足する。なんだそのドMマスクは、そんなものがあったのか。

 

 やっぱり記憶が完全じゃないしなぁ。細かいところは曖昧にはなるか。

 

 

 しばらく三人で悩んだが原因の特定が難しそうなので、取り合えずこの件は置いておくことになった。

 

 

「そんじゃあ、ヘーマから俺達に聞きたいことってないか?あ、俺の元の姿のスリーサイズもオーケーだぜ」

 

「誰がそんなもん知りたがるんだ。何でも聞いていいぞ、ヘーマさん」

 

 

 なんか妙に二人が優しいというかフレンドリーというか。あれか、前もっての知識と病人相手だからか。ちょっとジョナサンとディオのピリピリ感が懐かしい。

 

 いや、あえて空気悪くしたいというわけじゃないんだが。

 

 

 でもなあ、俺の聞きたいことってどうやっても空気悪くなるんだ。だってジョナサンとディオって、ジョセフとシーザーのコンプレックスというか重要な部分っていうか。いいの、俺本当に聞いてもいいの?

 

 

 ええい、ままよ!

 

 

「ジョナサンとディオについて聞いてもいいか」

 

 

 俺の言葉に二人は目を見張り、鮮やかな緑の色を翳らす。互いに目配せをしてから、決心したように俺を見つめなおした。

 

 

「そーだな、ヘーマは聞いておいたほうがいいかもな」

 

「ジョナサン・ジョースターとディオ・ブランドーの経緯、そして今もなお俺とJOJOに関連する因果について。すべて話そう」

 

 

 

 それは長い長い話だった。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 日もすっかり頂点を過ぎ、シーザーが作ったトマトソースのパスタを食べる。ちなみに食べているのは俺一人だ。二人は俺が食べ終わったら食事を取るらしい。真に申し訳ない。

 

 

「あまり慌てて食べないほうがいい、ああ、ほらソースがついている」

 

 

 そしてシーザーが過保護。そういや弟や妹が居たんだっけ?俺子ども扱いかい。現時点で君たちよりも背は高いし年も上なんだけど。

 

 ティッシュで俺の口元を拭うシーザーに遠い目をしていると、ジョセフがそれを見てからからと笑っていた。

 

 

「シーザー、俺はお前よりも年上だぞ?」

 

「それがどうかしたか?」

 

 

 俺絶句。ジョセフ大笑い。

 

 いやいや待とうぜ、お前スケコマシ担当だろ?友情には厚かったけどほぼ初対面の野郎にこの対応はないだろ。しかも年上と認識している男に。

 

 

「諦めろよヘーマぁ。シーザーちゃんはけっこうなお節介焼きだぜぇ?スピードワゴンのじいさんと良い勝負のな」

 

「なんというか、ヘーマさんには自然と丁寧な対応をしてしまうんだ」

 

 

 もしかしてあれか?前の俺だった名残に反応しているのか、スケコマシ部分が。

 

 でも十九年間を俺として生きてきて、感性もところどころ中途半端ではあるが結構男よりになっているはず。

 

 『女性』が残っている部分なんて、本当にごく僅かだと思うのに。

 

 

「なにそれこわい」

 

「え?」

 

「なんでもないです」

 

 

 異様な恐怖に襲われた俺は、そっとシーザーから視線を外した。外国の男すげぇ、流石女性に会ったらまず口説く文化だよ。サーチ能力半端じゃねぇよ。

 

 

 肉食系男子とはこのことか。そういやジョセフもそうなんだよな、将来不倫しているし。本当にジョナサンとは対照的だよなぁ。

 

 

 でも俺が考えるに、ジョナサンは尊敬できる父親と、競い合うディオがいたからこそ紳士に育ったのではないだろうか。

 

 初期の初期、結構発言にチャラさを覚えた記憶があるんだが……覚え間違いかなぁ。

 

 ああ、だめだ。ディオと相対するジョセフそっくりな性格のジョナサン……成人する前に血みどろの喧嘩を何度も繰り広げてそうだ。ジョースター卿の胃はさぞ痛かっただろう。

 

 

 俺は頭を振って妙な想像を振り払う。

 

 

「ほら、二人ともご飯食べてこいよ。というか、俺が食べ終わるの待たないでいいんだぞ?」

 

「はい却下。ヘーマちゃんはイイ子で寝とこうね~」

 

「薬箱の近くで見つけた氷枕も作ってきた。ほら、冷たくて気持ちがいいぞ」

 

 

 こいつら……俺を子ども扱いしてるだろ、やっぱりしてるだろ?

 

 かといって身体がきついのも事実。主張を押し通す気力もなく、促されるまま布団に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジョセフたちが部屋を出てから、そっと天井を見上げる。

 

 其処には、昨日から付き合いがある、仮面が浮かんでいた。マジでどこのホラー映画だよ。

 

 

 暴走しているからなのか、コイツはずっと姿を現している。どうやらジョセフたちには見えてはいないようだが。

 ゆっくりと降りてきた仮面は、宙に浮いた手で俺の頭を撫でる。コイツ、俺を撫でるの好きだよなぁ。

 

 

 

 スタンドに撫でられながら、午前中に二人に聞いた話について思考を移す。

 

 

 やっぱり、ジョナサンとディオはあの漫画と同じく死んでしまったらしい。

 

 

 きっとディオだけは生きているだろうけど、一週間程度前には俺の前にいた、あの二人が殺しあったということが……辛い。

 

 

 

 笑いあっていたのに。時折反発はしていたけど、俺の前で楽しげにしていたのに。

 

 

 ディオの言葉に了承すればよかったんだろうか。

 

 一緒に行けば、何か変えられたんだろうか。

 

 

 

 いや、何かは変わっただろう。

 

 でもそれが破滅を呼び込むかもしれないと思って、俺は拒絶したんだ。

 

 

 上手くいくかもしれない可能性を捨てて。

 

 それなりの結果がだせる楽な道を選んで。

 

 

 

 そしてそれをどうしようもない位に後悔している。

 

 

「でもさ、やっぱり怖いんだよ」

 

 

 呟く俺の声を聞いたのか、スタンドがぴたりと頭を撫でる手を止める。

 

 

「怖いんだ……」

 

 

 俺が動くことで、本来なら助かるはずだった誰かの命を、背負うことがとても怖い。

 

 

 

 

 お前はすごいな、ジョナサン。

 

 

 

 

 視力以外の理由でぼやける視界を遮るように、スタンドの手が俺の目元をそっと塞いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと心配そうに覗き込むジョセフとシーザーの顔が目に入った。

 

 ……一体何事?

 

 

「大丈夫かよ、ヘーマ」

 

「なにが?」

 

「怖い夢でも見たのか?」

 

「子供か!」

 

 

 行き成りの扱いに思わず飛び起きるが、素早い動きで二人にベッドに押し戻された。急な上下運動で頭が回る。

 

 

 二人を睨みつけるが、目元をそっと触れられて何を言いたかったのかを悟る。

 

 えー、俺泣きながら寝ちゃってた?涙の跡とか残ってる感じ?

 

 

 おやま、そりゃあ心配するよね。でも心配の仕方がちょっといただけないよね。

 

 

「やはり話すべきじゃあなかったのか……」

 

「お願い、本当にお願い。俺をちゃんと大人の男として扱って。そろそろ心がめげそう」

 

 

 いま絶対、こんな子供に早かったか、みたいなこと考えただろう、シーザーァ……!

 

 

「しかしな」

 

「どんだけ俺の印象は子供っぽいんだよ!?なんで渋るの?やめてよ、いじめよくない!

 助けてジョセフ、俺もう耐えられない!」

 

「そういう反応が理由なんじゃねーの?」

 

「ぐはぁ!」

 

 

 真顔で俺を心配するシーザーから逃げるように、ジョセフへ助けを求めたらカウンターで沈められた。

 ――なんてことだ、俺の味方はジョナサンしかいないっていうのか……?

 

 ディオ?アイツは苛めるほうに回るに決まっている。

 

 

 

 そしてさっきから気になっていたんだが。

 

 

 俺のスタンドが、スケッチブックを持って何かを描いているのは……つっこんだ方が良かったのだろうか。

 

 

 ジョセフたちには聞こえていないみたいだが、さっきからカリカリカリカリ一心不乱に描き続けている音と姿が見えるんだけど。

 

 

 ちらちらと視線を向ける俺に気づいたのか、スタンドは描く手を止めてスケッチブックをくるりと回転させる。

 

 

 其処に描かれているのは、泣きそうになっている俺の顔。

 

 

「っておいまてぇぇぇぇ!」

 

「ヘーマ!?」

 

「なんだぁ!?」

 

 

 突然大声を出した俺に驚くシーザーとジョセフ。

 二人の視線を気に止める余裕もなく、俺は逃げようとしたスタンドへ近くにあった濡れタオルを投げつける。

 

 しかし、ヤツはひらりと音で表現できるかのように、軽く避けた。ぐ、胴体がないから的が小さくて当たらん!

 

 つーか、スタンドに物理攻撃が効くか!アホか俺は!

 

 こうなれば直に殴るしかないとベッドから降りた俺を、シーザーが慌てて羽交い絞めにする。

 

 

「どうしたんだヘーマ!」

 

「離してくれシーザーァ……アイツ一発殴るんだから」

 

「おい、シーザー……もしかして熱が上がって幻覚が見えてんじゃねぇのか!」

 

「く、JOJOの言うとおりか!ならば……すまない!」

 

 

 シーザーの言葉に反応する暇もなく、首に衝撃を感じて俺の意識は落ちることとなった。

 

 

 あんのスカタンド……明日起きたら覚えていろぉ……!

 

 

 

 

 

 


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