彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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騒がしい奴らと

 

 

 ひんやりとしたものが額に乗せられた感覚で、俺の意識が浮上した。

 

 頭や体が柔らかいものに触っていることから、どうやら俺はベッドに寝かされ、看病されているらしい。額のものは濡れたタオルだろう。

 

 

 やたら重く感じる目蓋をどうにか開けると、ぼんやりと人影が見えた。

 

 

 ……目ぇ悪いから誰かわからねぇ。

 

 

「お、やっと起きたか」

 

 

 人影は俺の顔を覗き込んだようで、眩しく感じていた視界に影がかかる。

 

 

「水は飲めそうか~?結構汗をかいてっから、飲んだ方がいいぜ」

 

 

 そういえばヒドく喉が渇いている。頷くと、そいつは俺の背中を支えて上体を起こしてくれた。

 

 

 口にコップのひやりとした感触があった後、少しずつ水を口に含んでいく。

 

 ある程度飲んだあと、もういらない、ありがとうと伝えると、そいつはどう致しましてと笑ったようだ。

 

 

 

 

 再びベッドに身体を降ろされる。いろいろ聞きたいことはあるが、どうも頭がぼんやりして何から聞いたらいいのかわからない。

 

 

 口を開けては閉じる俺のしぐさに気づいたのか、そいつはちょっと待ったと口にする。

 

 

「いま下でリゾット?っていうやつ、俺の相棒が作ってンのよ。とりあえずそれ食べてから話をしよーぜ」

 

 

 なにしろもう夜だ、とそいつの影が動く。多分、窓を指差しているんだろう。カーテンで遮られているのか暗い色が見えないけど。

 

 

「JOJO、彼が起きたようだな」

 

 

 ドアノブを捻る音と、知らない男の声。誰か部屋に入ってきたらしい……ここ、俺の家だよな?

 

 入ってきた男は俺の横たわっているベッドに近づいてくる……ような足音がする。

 

 

 もうそろそろメガネが欲しい。まったく現状がわかんねぇよ。

 

 

「具合はどうだ?勝手にキッチンを使用して悪いが、リゾットを作ってきた。体力を回復するためにも、少しでいいから食べたほうがいい」

 

 

 身体を起こされ、口元にスプーンが当てられる。促されて口を開くと温かいリゾットがゆっくり入ってきた。やけどをしない程度の温度になっているそれは食べやすく、身体がだるい今の俺でもある程度食べることができた。

 

 

「しっかし、シーザーちゃん料理できたのね」

 

「波紋の修行中に食事を自分で作ることがあるからな。このリゾットは俺が風邪を引いたときに先生が作ってくださったものだ」

 

「うっそぉ!リサリサが料理ぃ?」

 

 

 もぐもぐ食べる俺となにやら会話が盛り上がっている二人。聞き捨てならない名詞がいっぱい出てきたが、まずは目の前のリゾットと格闘しよう。

 

 

 食欲のなさを考慮して量を少なく注いでいたのか、何とか食べきることができた。そして食べたことと寝ている間に汗を流したことが良かったのか、今は倒れたときよりは身体が楽になった。

 

 

 目の前の二人にはいろいろ聞きたいことはあるが、とりあえずメガネを渡してもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺を看病してくれていたジョナサンそっくりの少年と金髪の少年は、なんというか、ジョセフ・ジョースターとシーザー・A・ツェペリというらしい。

 

 

 どう考えても第二部の人たちです。

 

 

 彼らがこうしてここにいるということは、ジョナサンは、ディオはどうなったのだろう。本来ならジョナサンは死に、ディオは彼の遺体とともに海の底に沈んでいるはずだ。

 

 

 けれど、目の前にいるジョセフの姿は、十三歳だったジョナサンと瓜二つ。

 

 その年頃で、十八歳のときに初対面だったシーザーとすでに出会っているという矛盾。

 

 

 

 さらに、ジョセフの母親であるリサリサが、シーザーの師匠となっている。彼女が波紋の修行を始めるのは、ジョナサンの息子で彼女の夫のジョージ二世がゾンビに殺されたのがきっかけだった、はず。

 

 

 いったい、どうなっているのか。

 

 

「先に聞きたいことがあるんだけどよぉ。おめえ、名前はヘーマであってるか?」

 

 

 俺は固まった。

 

 

「その反応じゃあ、あってるみてーだなぁ。あー、スピードワゴンのじいさんのボケじゃなかったのかよぉ~」

 

 

 オーノー!と頭を抱えるジョセフを凝視していると、シーザーが突然ジョセフを殴った。

 

 

「やかましい!病人の前だぞ、静かにしろ!……すまない、ヘーマさん。俺達が不審なのは重々承知しているが、まずは話を聴いてもらえないか?」

 

 

 呻くジョセフを冷たい目で見下ろした後、シーザーが真っ直ぐに俺を見た。断る理由もない、俺は素直に頷く。

 

 

 二人はどうやら俺がぶっ倒れている間に、現状認識を済ませていたようだ。前回の体験がある俺が一番混乱しているってどうなの。

 

 

「俺達は五十年以上前の過去からこの家にタイムスリップしたらしい。このジョセフの祖父、ジョナサン・ジョースターのように」

 

 

 シーザーの話は簡潔だった。修行の最中に突然この家に来たこと、ジョナサンが話した俺のことをスピードワゴン経由でジョセフが聞いていたこと、廊下に倒れている俺を看病したこと、その間に本の発行年月日の数字などでどうにか今の年代を特定したこと。

 

 

 そして、なぜか身体が幼くなっていること。

 

 

「スピードワゴンのじいさんから聞いていたからよ、タイムスリップしたこと自体は其処まで驚かなかったんだけどさぁ」

 

「流石に自分の身体が小さくなっているのは、……ひとりだったら叫んでいたかもしれないぜ」

 

 

 複雑な表情で自分達の小さくなった手を見つめる二人。似たような経験をしたこともあって、気持ちは非常に分かる。まあ、こちらはもみじの手だったけどな!

 

 

 俺の家に来て身体が小さくなったというのなら、タイプスリップ――実際には異世界トリップだが――が原因だろう。しかし、ジョナサンとディオは小さくなっていないのに、なぜだろうか?

 

 考え込んでいる俺を見ていたジョセフが、パンと両手を叩いた。

 

 

「まあ、今日はここまでにしておこうぜ。ヘーマの顔色も少し悪くなってきたし」

 

「そうだな。ヘーマさん、医者を呼ぶにはどうすればいい?電話の使い方はわかるんだが、何処にかければいいか……」

 

 

 シーザーの言葉は、ゆっくり首を横に振る俺の姿を見て止まった。

 

 

「これは、医者じゃ治せないから」

 

「……ひどいのかよ?」

 

「そうじゃない、病気じゃないんだよ。熱が下がるのを待つしかない」

 

 

 気遣う表情になったジョセフに、微笑んで否定する。

 

 俺の予想が正しいのなら、これはスタンド能力の暴走だ。

 

 スタンドは精神の強さとある程度の攻撃性を必要とする。そのどちらかが足りないと、スタンドは本体を害していく。

 

 俺も、強さと攻撃性のどちらかが足りないんだろう。

 

 

 息が熱い。このまま徐々に体温は上がっていくだろう。今現在でも十分だるい、ジョセフとシーザーがいなければ、倒れて水も食事も取れなければ早々に俺の身体は持たなかっただろう。

 

 

 そして、上がり続ける体温が下がるようなそのときは。

 

 

 俺がスタンドを制御できるようになったときか。

 

 

 命を失ったときだ。

 


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