カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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短編 年末年始のアレと幼馴染

 進学校である私立城楠学院も、年末年始に近い冬休みを補習に費やすような真似はしない。草薙護堂以下、いつも一緒にいるメンバーは、クリスマス前には総じて冬休みに突入していた。

 とはいえ、特別な何かがあるわけでもない。

 強いて言えばサトゥルヌス関係の事件があったが、それもたった一日で解決した。まつろわぬサトゥルヌスを生み出す意思を持つ神具が、なにやら呪詛を撒き散らそうとしたが、護堂と晶には通じず、その場で処分されてしまったのである。

 戦いとも呼べず、運動にもならない拍子抜けした事件だった。

 神獣や神具程度では護堂の敵にはならないということである。

 

 上空に流れ込んだ寒気によって、珍しく雪が舞った二十七日の昼。

 草薙家でヒィヒィ言いながら泣きそうな顔になっているのは晶であった。

 右手にはシャープペンシル。向き合うのは数学のテキストである。

「なんていうか、分かってたけど酷いわね」

「ぐぅ……」

 ため息をつきながら隣に座る明日香が言った。

 私立城楠学院の冬休みには補習がない。が、晶のような極一部の、極めて成績に不安がある生徒には特別に冬休み課題が増量される。

 

 ――――一足早いクリスマスプレゼントだ。

 

 数学担当の先生にそう言われて手渡されたテキストは、およそ三十ページ。一瞬、晶の意識は飛びかけた。冬休みの二週間でやりきるには、毎日二ページ進めなくてはならない。

 多くの人は、これを大したことないと思うだろう。だが、晶にとっては重労働だ。

 神獣だろうが『まつろわぬ神』だろうが、おそろしくはない。だが、数学だけは別だ。

「ま、晶の知識って小学生止まりだし、こうなるのは仕方ないって分かってるけどね」

「分かってるなら加減してくだひゃい」

「分かっているのはわたしたちであって先生じゃないしね」

 机に突っ伏してギブアップを宣言する晶に、明日香は呆れ混じり同情混じりの視線を投げかける。

 晶は、五年前に法道に拉致されてから半年前までずっと出雲の洞窟内に監禁されていた。当然、知識はそこで止まっている。法道が製作した肉体に、不審に思われずに活動できるよう、最低限の知識を与えてはいたが、それは呪術に必要なものが大半で、数学は中一レベルに届くくらいでしかなかった。

「よく、それで進学校でやっていけるわね」

「文系科目は完璧なんですよぅ……」

 歴史、英語、国語。この辺りは呪術にも必須の知識だ。よって、晶でもなんとかなるし、かなり深いところまで理解できているので、古文漢文は大学卒業レベルに達している。その反面理系が壊滅しているので、教室では文系バカ(誉め言葉の一つ)と呼ばれていたりする。

 教師からも文系科目だけで勉強していないで理系にも力を入れろと言われている。

 それに、晶があの学校に入学したのは政治的な理由があってのことで、成績は後回しであった。漫画でよくある突然の転入生というシチュエーションだが、その学校でやっていける学力がなかった晶は、四苦八苦する羽目になった。

「はい、じゃあ次。二次関数ね」

「点Pだけでも無理なのに点Qとか」

「はいはい、妹さんたちに、お姉ちゃんバカだったの? って言われたくなければちゃんと勉強しなさい」

「屈辱。それは屈辱です」

 故郷の妹を思い出し、晶はそれだけは回避せねばとテキストに向かう。

 姉としてのプライドが、妹たちに甘く見られることを拒否したのである。

 

 

 

 

「ありがとうございました。先輩、明日香さん」

 とりあえず、護堂と明日香の助けを借りて、テキストを進めるだけ進んだ晶は、抑揚のない声で礼を言った。

 自分の力で問題を解くことができない晶は以前のように護堂にヘルプを要請。護堂は、理系魔人の明日香にも援軍を要請して二人掛りで交代で晶の面倒を見たのである。

 玄関で靴を履いた晶の顔を見ると、とても疲れているのが分かる。

 外はオレンジ色の夕日に照らされている。午前中に始めた勉強が、ここまで延びるとは思ってもいなかった晶は、エネルギーを使い果たしたかのような有様である。精神的にずいぶんと痛めつけられたのだろう。

「そうだ。先輩。年末年始はどうされますか?」

「年末年始? そうだな。草薙家は……毎年騒がしいからな」

 遠い目をする護堂に、晶は首を傾げる。

「ああ、コイツの家ね。毎年年末年始に親戚が集まって挨拶するんだけど、二次会は必ず何かしらのギャンブルになるのよね」

「今年こそは抜け出したいと思う」

 もっとも、そのお陰で護堂の懐はかなり暖かい。勝負運の強さはカンピオーネになる前からで、年末年始は稼ぎ時でもなる。だが、それでも酒を飲んでの大騒ぎは護堂にとってあまりいい気持ちのするものではなかった。

「そ、それでしたらどうですか? 一緒に初詣でも!」

「言うと思ったけど、却下」

 にべもなく明日香が晶の提案を退けた。

「なんでですか!?」

「だって、年末年始は媛巫女の集まりがあるんでしょ? ほら、あの大祓ってのが」

「あ……そういえば」

 特に関わったことのない行事なので、忘れていた。

 晶は媛巫女であるが、その経歴は空白になっている。知識でそういったものがあると知っているが、参加するのは今年が始めてのことで、詳しい話もまだ聞いていない。ただ、晶には普通の媛巫女とは異なる点が多いため、ただその場にいればいいという非常に投げやりな扱いになっている。そのため、晶の中の優先順位は低い。

「大祓って、聞いたことがあるな」

「年に二回の除災の神事です。毎年六月と十二月に行われていて、六月に行われるのは、夏越の祓なんて言いますけど。茅の輪潜りとか有名ですよね」

 要するに、半年に一度の穢れを落とす神事というわけだ。

「明日香さんは?」

「あたしは巫女じゃないし、参加はできないわよ? その代わり、家の手伝いがあるけど」

「すし屋は年末年始が稼ぎ時だからな」

「そうなのよね。夜だけよ。暇なのは」

 明日香の家は『すし徳』というすし屋を営んでいる。非常に人気のある店で、時折芸能人もお忍びでやってくるという。

「今年は大手の芸能事務所とかからも注文が来てるからね。てんやわんやの大忙しでしょうね。事前に仕込んでおくわけにもいかないからさ。生ものだから」

「式神を使えれば人手も簡単に補えるのにな」

「本当よね。いっそ、ばらしちゃおうかな」

 薄ら笑いを浮かべる明日香は、本気でそうしそうな気配を漂わせている。

 護堂は止めることなく、それもいいじゃないか、と適当なことを言った。

 そんな風になんということのない会話をしていると、携帯の着信音が聞こえてきた。

「あ、失礼します」

 晶の携帯だったようだ。晶は携帯を持ったまま、一旦ドアを開けて外に出た。それから数分ほど話し込んで、再びドアを開けて草薙家に入る。

「あの、先輩。叔父さんからだったんですけど、例の大祓の儀に、先輩も出席しないかって」

「俺も?」

「はい。先輩、正史編纂委員会の長ですから、是非、日本呪術界の一大行事に出席していただけないかということなんですけど……?」

「なるほど……」

 確かに、護堂は正史編纂委員会の長に就任した。法道が好き勝手に暴れた結果、日本各地の霊地が多大な影響を受け、自衛隊基地も一つまるまる使用できないくらいの破壊を撒き散らした。そういったことから発生が予想される内外の不穏分子に対処するため、護堂を長に迎えて組織の引き締めを図るのが馨の意図であり、護堂もまたその意を受けて、長の立場を引き受けた。

 しかし、護堂は今のところ仕事らしい仕事をしておらず、正史編纂委員会の舵取りは馨を中心に行われている。

「ということは、俺の初公務になるのか」

「それでは、出席でもいいんですか?」

「ああ、出る」

 護堂はあっさりと了承した。何よりも、草薙家の厄介なイベントに参加しなくていいのがいい。

「それでは、その通りに返事しますね」

 晶はそう言って、どことなく嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 大祓の当日、護堂は早朝に家を出た。

 まず晶と合流し、上野駅に向かう。その途上、

「なあ、明日香。お前、こっちに来て大丈夫だったのか?」

 護堂は明日香に尋ねた。

「なんか、お母さんに言ったら、あっさり……」

「へえ、なんか拍子抜けだな」

 護堂はそれ以上突っ込まなかった。

 ちなみに明日香は詳しい内容を言ったわけではなく、護堂と出かけるということしか言っていない。だが、明日香母は明日香も驚くほどあっさりと快諾したらしい。避妊具を持たせようとする辺り、完全に誤解しているのだが。

 何れにせよ、明日香の参加も認められた。巫女ではないので、儀式に参加はできないが、それでも明日香の知識は法道から与えられたものである。失われた古代の呪法にも精通する明日香は、実は正史編纂委員会にとっても手放せない逸材なのである。

「なんにしても、いつものメンバーが揃うわけか」

 護堂は、すっかり見慣れた面々と年末を過ごすことを自然に受け入れていた。

 

 

 集合場所は万里谷家だ。

 向かうのは虎ノ門。駅から徒歩十分という好立地に万里谷一家が暮らすデザイナーズマンションがある。

「ようこそ、おいでくださいました!」

 元気よく出迎えてくれたのは、祐理の妹のひかりだった。

「久しぶりだな。ひかり。元気そうだな」

「はい。おかげさまで風邪もなく、新年を迎えられそうです!」

 小学生とは思えないしっかりとした受け答えをしながら、ひかりは一向をリビングに通す。

 晶が人気のないリビングを見回す。

「清秋院さんは……」

「もういらしてますよ。恵那姉さまは、何日か前からお姉ちゃんの部屋に泊まっているんです」

「そうなんだ。でも、どうして?」

「秩父に帰るのが面倒だと……。恵那姉さま、お姉ちゃんがいなくてもわたしと遊んでくれたりしましたから、自然と家族同然の扱いになっているんです」

「簡単に想像できる光景だな」

 恵那の人付き合いの上手さは異常とも言える。物怖じしないくせに空気を読む力もある。だから、気を許した相手の懐にあっさりと入り込んで警戒感を霧散させてしまうのだ。

 胸襟を開いて接してくる相手を無下にする者はそう多くない。恵那は受け入れてくれる相手を本能的に選び、適切な対応をしていると言える。

 万里谷家のリビングはおよそ十畳ほどの広さで、日当たりがよく、暖房も効いているため非常に快適だ。

「出発まで時間もありますし、どうぞご自由にお寛ぎください」

 ひかりに言われて、護堂はソファに腰を下ろした。祐理と恵那は出発の準備をしているらしく、あと十分ほどはかかるらしい。

 年頃の女性なのだから仕方ない。護堂は特に文句を言うこともなく、言われるがままに寛いだ。

 十分後、祐理と恵那がやってきた。

 祐理は私服姿だが、恵那はいつもの制服である。

「冬休みだぞ?」

「服選ぶのめんどくさいよ」

 分からなくもないが、女の子が言う台詞かと護堂は指摘したくなった。が、その気持ちは護堂も理解できるし、恵那が衣服を選ぶ姿が想像できないこともあり、口を噤んだ。

「すみません、草薙さん。遅くなりまして」

「いや、いいよ。時間もあるしね」

 大祓が始まるのは午後になってからだ。隣県まで移動しなければならないと言っても、そう何時間もかかる距離ではない。

 

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 

 埼玉県さいたま市緑区にある古社が祭場となっている。移動手段は、冬馬が運転する自動車だ。

 埼玉県と言えば、万里谷家の本家がある県で、祐理とひかりにとっては慣れ親しんだ土地である。二人が両親と共に東京で暮らしているのは通勤と通学に便利だからであり、本来は埼玉県民なのである。

 祭場となる武蔵野の古社の周辺は都心に近いわりに非常に緑豊かな環境に恵まれていた。田畑や湿地に広い鎮守の森と、自然が生き生きと息づいていた。

 

 そんな中で、やや緊張した面持ちの祐理に護堂は問いかける。

「なんでそんなに緊張しているんだ?」

「え、そ、そう見えますか?」

「ああ、そう見える」

 祐理は声を詰まらせている。これからライオンと直に接しなければならないリポーターのような面持ちだ。

「ハハハ、それはご覧になっていれば分かりますよ」

 答えたのは冬馬だ。

 もうすぐ三十路だという彼は、皺の付いたスーツに身を包んでいる。だらしない格好で、当初は大人としてどうなのだろうかと思っていた護堂だが、最近はこの姿が実はまやかしではないかと思えてきた。

 なんと言っても彼は凄腕の忍だ。正面から戦うのではなく、心理戦なども手がける。この格好も、「人は見た目が九割」を悪用するためのものかもしれない。

「まあ、始まればすぐに分かりますよ。正直、私も祐理さんの立場になったら面倒くさいと思いますしね」

「あの、わたし面倒くさいとまでは……」

 と、冬馬の無責任な発言に反論するが、嘘をつけない性格からか次第に尻すぼみになってしまった。

 

 

 

 

 集う媛巫女は五十人弱で、十代前半から二十代中頃である。

 その中にはひかりも混じっている。だが、祐理と恵那、馨の姿はない。

「祐理さんと恵那さんは媛巫女の筆頭ですから、他の娘たちとは異なる準備をしなければならないんです」

「じゃあ、万里谷が緊張していたのは、それが理由?」

 確かに祐理は人の上に立って物事を進めるタイプではない。彼女は縁の下の力持ち。支えとなるタイプである。だが、冬馬はにやりと笑って首を振る。

「それもありますが、それだけではありません」

 とても気になる。

 この飄々とした青年でも面倒だと言わしめる状況がどのようなものなのか。

「ところで晶さんは?」

「まだ体調が悪いとかで明日香と一緒に外です」

「了解です。しかし、権能で生成された式神なのに、体調を崩すんですね」

「いえ、あれは、体調を崩すというより……」

 むしろ酔っていたような感じだった。

 この社に近づいてからずっと、晶は呪力を乱し、制御に四苦八苦していた。到着してからは異様にテンションが上がり、ハイになってしまった。その間、梅の花が急速に開花するなど、周囲に影響を与えるほど呪力を垂れ流していた。

「ふむ、やはりココが影響しましたかね」

「どういうことですか?」

「ここの祭神はクシナダヒメなんですよ。晶さんの核も、クシナダヒメの竜骨なのでしょう?」

「そういうことですか。それであんな風になってしまったわけですか」

 一言で言えば躁鬱。社の中では異常なハイテンションで、外に出るとその反動から酷い欝状態になってしまうのである。晶は護堂の式神であり、その能力は並の呪術師など一蹴してしまえるほどである。そのような人物が躁になったら、周囲にどのような悪影響を与えるか分からない上厳粛な儀式の邪魔になるのは確かなので、明日香に伴われて駐車場に戻っている。

「明日香ならなんとか押さえ込めると思うけど」

「彼女の呪術の知識はちょっとした図書館規模ですからね。禁術から失われた秘術まで様々。晶さんの呪力の暴走を止めるのは簡単ではないと思いますが」

「晶が本気で抵抗すれば無理ですけど、今は協力的ですから。というか欝状態ですし、抵抗する気力もないですよ」

「……本当にご迷惑をおかけします」

 冬馬は姪が起こしたトラブルを申し訳なさそうに謝罪する。

「晶さんの撒き散らした呪力には豊穣系の力があるというのは、新しい発見でしたが……」

「クシナダヒメは、『まつろわぬ神』になったら豊穣神になるんでしょうか」

「そうなるでしょう。何せ、稲の神様ですから」

 さすがの冬馬も、自分の姪が稲の神様が零落した神祖と同じような立場になるとは思わなかっただろう。

「と、いらしたようです」

 冬馬が視線を走らせる先には祐理と恵那と馨がいた。

 祐理と恵那は常とは異なる格好をしている。白衣と袴に加えて薄手の千早を纏っている。頭には華々しい冠と簪をつけている。そして、馨はなんと神主姿だ。

「まあ、誰もあの人の女装姿なんて見たくないですからね。特にお嬢様方は」

 そう言う冬馬の視線の先では黄色い声を上げた媛巫女の一団が馨を取り囲んでいた。さすがの人気だ。沙耶宮馨は日本呪術界最高の血統を持つ由緒正しい家の当主であり、高校三年生ながら正史編纂委員会の事実上の頂点に座して日々組織運営に当たっている。

 馨はこういった状況を楽しんでいるのか、笑顔を媛巫女たちに向け、会話を楽しんでいる。彼女は紛れもない女性だが、護堂にナンパ旅行を提案するような好事家なのである。

 そして、ここにきて祐理が緊張していた理由を察した。

 祐理と恵那もまた媛巫女の集団に取り囲まれていたのである。

 気の毒になるくらいの質問攻めにあっている。姦しい女子たちの食い物にされている。祐理も恵那もこういった騒ぎには慣れていない。祐理は律儀に返事をしようとするが、祐理が返事をするまえに二つ、三つ続けて質問が投げかけられている。恵那は面倒くさいという表情を隠すことなくぞんざいな扱いをしているのだが、そんな扱いを受けても媛巫女たちはきゃあきゃあと嬉しそうだ。

「どういうことです?」

「どうもこうも見てのとおり、あの二人は今や時の人なんですよ。なんといっても草薙さんのお相手ですしね」

「お相手って……」

「それに、この前の戦いで、前に出て戦った媛巫女はあの二人です。恵那さんは真正面から神に挑み、祐理さんは他の媛巫女たちを背に庇って堂々と敵の式神に相対しました。ということで、草薙さんのお相手という肩書きだけでなく、お二人の実力と精神性が正しく認められたわけですね。今では関東の媛巫女の憧れの的です」

 共に媛巫女として最高の資質を持つ二人は、この半年で大きく力を伸ばした。『まつろわぬ神』との戦いに帯同する経験が、その大きな要素だ。

 呪術の世界で祐理と恵那はファーストレディ並の扱いを受けることになる。

「もっとも、祐理さんが囲まれるのは毎年のことです。なんと言っても彼女は媛巫女の中でも図抜けた資質の持ち主ですからね。物腰の柔らかさもあって、慕う媛巫女は多いんです」

 もともと人気者だったのが、護堂との関わりによってさらに箔がついてしまった。その結果、例年以上の喧騒に包まれることになったのである。

 

 

 やがて、儀式が始まる。

 厳かに祝詞を奏上し、武術に心得のある媛巫女が白木の木刀で組太刀を披露する。またある媛巫女は神楽を舞い、続けて和弓で矢を放ち的を射抜く。

 姦しかった媛巫女たちも、儀式が始まったら人が変わったように静かな面持ちで粛々と儀式に打ち込んでいる。

 さすがは選ばれた媛巫女だ。

 家柄に縛られず、媛巫女というだけで高位という生まれながらの才能が物を言う世界の住人は、その才能に見合うだけの態度と技術を習得しているということか。

 

 結局、そのまま二時間ほどで儀式は終了した。

 

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 護堂たちを乗せた車は一路東京へ向かう。

 大祓が終了し、後は園遊会を残すばかりとなった。

 上流階級の行事だと認識していた庶民代表の護堂と明日香はさすがに顔を見合わせて戸惑うばかりだったが、衣服もすべて正史編纂委員会が用意するということで、出席することになった。

 もともと、護堂は家に帰るつもりはなかったので、食事ができるのはありがたい。美味いのならばなおのこと善し。

 一方の晶は顔を青くして護堂の肩に頭を乗せて呻いていた。

「たぶん、神降ろしみたいなことになったんじゃないかな」

 というのは恵那の言だ。

「もちろん、普通の神降ろしとは違うよ。でも、アッキーって、核が神様のなんでしょ。あの土地の霊気が一気にアッキーの中に流れ込んだんだと思う。下手をすれば自我がいかれちゃってたかも」

「晶さんは呪力で生きている式神ですから、呪力の影響を受けやすいのだと思います。今後は、霊地などで呪力制御の訓練を積まないといけませんね」

 祐理も晶の問題点を指摘する。

「あい。……わかりました」

 晶は、気力も絶え絶えといった様子だ。

「大丈夫か?」

「大丈夫です。お社から遠のいたので、安定しています。後は残留神気をどうにかすれば、問題ないと思います」

 気分の乱高下と吐き気、頭痛は収まった。まだ身体が重いが、体内に残留する神気が外に出て行けば自然と回復するだろう。

 護堂と晶が並んでいるのは。護堂からの呪力供給で晶の復活を促すためである。距離が近いほど効果が高まるので、隣に座ることになった。晶はこれを幸いに、くっ付いているのである。

 護堂を真ん中にして右手に晶、左手に恵那である。座席は護堂と晶の位置以外は籤引きで決めた。

 祐理と明日香、ひかりは中央の席だ。

 六人を乗せるとなると、大型のファミリー用のレンタカーに頼らざるを得ない。

 晶は、護堂の腕に顔を押し当てる。体調の悪さを感じさせないふやけた顔を人に見せないためである。護堂の体温を感じ、匂いを嗅いで、いよいよ頭が沸騰しそうになっていたりする。

 その晶の意図に、護堂を挟んで反対側にいる恵那はしっかりと気付いていた。

 恵那は気付いた上で放置していた。晶の罪を断じるのは簡単だ。だが、それは愛人である自分の仕事ではない。なぜなら、ここで晶を断じれば、恵那が同じ行動を取ることができないからである。故に、恵那が取るべき行動は、

「王さまァ。恵那も酔っちゃったー」

 反対側の護堂の肩に頭を乗せる。

「いくらなんでもお前が酔うとかありえないだろ!」

 もはや枝垂れかかるような体勢の恵那に護堂が指摘する。

 平衡感覚でも桁外れな彼女が、普通の車に酔うはずがないのである。

「ひどいなあ、こんなに頭がぐらぐらしてるのに。あ、ちょっとつわりっぽい?」

「妙なことを言うな!」

 護堂と恵那は話していると、ひかりが目をキラキラとさせて振り返る。

「恵那姉さま! 次のパーキングエリアで交代してください! お姉ちゃんと!」

「こら、ひかり。運転中に後ろを向かないの! って、どうしてわたし!?」

「いいよー、甘粕さん。次のパーキングで止まって」

「はい、承知しましたお姫さま」

「騒がしい……」

 最後に明日香が眉根を寄せて呟いた。しかし、喧騒は止むことなく、東京に戻ってくるまで続くのだった。

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 園遊会の会場は、なんと文京区。草薙家からも程近いところに建つ、お屋敷だった。おそらくは明治時代に建てられた西洋建築の邸宅だ。幼いころからいったい誰がこんなところに住んでいるのだろうと疑問に思っていた建物だったので、非常に驚いた。

「いや、まさかあたし、こんなところに入ることになるなんて思わなかったわ」

「俺だってそうだよ」

 気後れした護堂と明日香は、ため息をつく。

 血統書つきのお嬢様や業界の重鎮が集う会場だ。ある意味での忘年会、大祓の打ち上げ会だが、それは一般学生がイメージする打ち上げとは比較にならない豪華さである。

「本当に媛巫女ってのは貴族の末裔なのね」

「ああ。まったくだ」

 護堂は慣れないネクタイの感覚に戸惑いながら、周囲を見回した。

 祐理の家が一般家庭と変わりなかったので、事ここに至るまでなかなかイメージできなかった。しかし、最も身近で最高の家格を持つ恵那が、数百万円の茶器を無造作に扱っていたのを護堂は思い出す。あれは、極端な例ではあるが、そういう世界のお嬢様方なのである。

 護堂は、日頃ただの学ランで生活しているのだ。高級なスーツに身を固める機会なんて今まで一度もなかった。

「あんたはいいわよ。魔王なんて馬鹿馬鹿しい肩書きがあるんだし。あたしなんて一般庶民もいいとこよ。場違いにも程があるわ」

 明日香も強大な呪術師であることは変わらない。血統だけを頼みとする呪術師たちと正面から戦えば十中八九勝利するだろう。彼女の知識には、現代の呪術師を遥かに上回る歴史と神秘が詰まっているのだ。

 現代の体系化された呪術ではなく、素朴で強大で曖昧模糊として古代の呪詛の再現者。彼女の作り手は、日本の呪術の基礎を形作った伝説の呪術師である。明日香の織り成す呪術を運よく目撃した呪術師たちから密かにその噂が広まり、都市伝説となっているのだ。

 『原初の呪詛を再現する女』。

 一部ではこうも囁かれている。 

 

 ホールの中には百人ほどの参加者がいる。媛巫女たちとその保護者、そして業界の重鎮と思われる人物たち。

「一応、顔も覚えておいた方がいいのか」

 曲がりなりにも組織の長として名前を出している手前、顔くらいは頭に入れたほうがいいかもしれないと、真面目に護堂は考えていた。

 強かな人物であれば、こういう場でコネを作ろうとするだろう。もちろん、そういう意味でも護堂は視線を集めた。

 それでも、人が群がってこないのは、単に魔王という肩書きを恐れてのことだろう。

 その代わり、犠牲になるのは護堂の身近な者たちだ。祐理と恵那、そして晶が媛巫女やその他参加者に囲まれてまたもや質問攻めにあっていた。

「晶も呑まれている」

意外だったのは晶までその波に呑まれていたことだ。

 晶も媛巫女であり、同業者に顔を売ったほうがいいとの判断で恵那が引き摺っていったのだが、今では恵那と引き離されて五、六人の媛巫女に取り囲まれて話をしていた。

 祐理や恵那と違い、晶は非常に意気投合したようで、そのグループで固まってずっと話をしているのである。

「とりあえず飯だな」

 視線はいろいろと気になるが、まずは腹ごしらえと、護堂は滅多なことでは食べられない豪華な食事を楽しむことにした。

 

 

 一時間ほどすれば、環境に慣れてくる。それは護堂だけでなく、会場に集った媛巫女たちも同様だ。気持ちが大きくなったのか、声も大きくなる。会場はすでにそれぞれの集団の話し声でざわざわとしていた。

 仲良くなったグループを抜けた晶が、護堂と明日香の下に戻ってきた。

「ただいま戻りました」

「ずいぶんと仲良くなったんだな」

「そうですね。話が合いまして、つい話し込んでしまいました」

 晶の纏う紫紺のドレスは、沙耶宮家から借りた衣装だ。巫女服であれば、晶も自前のものがあるが、馨が気合を入れたため、このような衣装になっている。

「なんの話をしていたんだ?」

「ペイロードの撃ち心地とかです」

「なんだって?」

 思わず聞き返した。

「XM109ペイロードですよ。わたしのメイン武装の一つじゃないですか」

「ああ、あの馬鹿でかい狙撃銃か」

 護堂と知り合い、行動を共にしていた晶は専ら護堂が与えた槍を中心に戦ってきた。しかし、それ以前の晶は銃火器を中心にした戦術を駆使していたという。戦歴は浅いが、馨が舌を巻くほどの実力者であり、拳銃でも、銃弾でロビンフットができるらしい。驚異的。神域の技である。

「分類としては対物ライフルですけどね。もともとはバレットM82というライフルがありまして、これのバリエーションの一つがXM109ペイロードなんですね。最大の特徴は、25x59Bmm NATO弾を使用することで、それ以前のバレットシリーズに比べて大口径になっているんです。そのおかげで対応する弾丸の種類も増えて、徹甲弾や徹甲焼夷弾。はたまた多目的榴弾から徹甲榴弾に成形炸薬弾まで撃ちだせる優れ物。わたしはここに呪術を込めてオリジナルの弾丸として使っていて、グィネヴィアにもそれなりのダメージを与えることができました。あとそれから……」

 晶が突然宇宙語話者になった。

 ぺらぺらとXM109ペイロードの何たるかを語る晶はいつも以上に生き生きとしているようにも見えた。

「それで、なんでそんな話を?」

「媛巫女のミリ研があるみたいです。あの青いドレスの娘はアメリカで拳銃を撃ったときに病み付きになったとか、ああ、あの巫女服の娘は筋肉モリモリマッチョマンの俳優が活躍する映画が好きだそうで。もちろん、わたしの家にもDVDはあります」

「はあ……そうか」

 そういえば、晶は、やけに銃火器や戦闘機などに詳しかった。一目連を追って茨城に行ったときは茨城空港に戻る戦闘機を見て喜んでいたようにも思う。

 晶がブローニングを肩から提げて乱射などという展開にならなければいいが。

 晶はまだ話を続ける。

「それで、今度一緒に大洗に行こうという話になりまして」

「どこだ、それ」

「茨城の大洗です。アンコウの名産地ですが、今は戦車がホットで聖地なんです」

 どういうことだと聞きたくなる話ではある。

「ああ、なるほど」

 と理解を示したのは、ネットに精通する明日香だった。

「じゃあ、行ってくれば?」

「いいんですか?」

「別に俺の許可取らんでもいいぞ」

「いえ、式神ですからご主人様(・・・・)の許可は必要です」

 ご主人様を強調する晶は、言って恥ずかしくなったのか頬を赤らめた。

「ま、まあ、許可を頂いたことですし、返事をしてきます」

 そう言って、晶は逃げるようにミリ研のメンバーの下に去っていった。

「意外。ミリタリー好きだったんだ」

「結構な。銃を使うくらいだし、あいつの家、実はいろいろと銃器がな」

 見つけてしまったものはいくつかある。一般のご家庭であれば、存在が許されない、そんな代物だが、護堂の式神であり正史編纂委員会に属する晶は特例として認められている。

 護堂と明日香は何をするでもなく壁の花となる。

 まるで世界から切り離されたかのような疎外感を感じるのは、間違いなく場違いだからだろう。肩書きとかではなく、意識がそうさせる。

 なんとなく周囲を眺めていると、人々の会話も聞こえてくる。

 

「じゃあ、やっぱりあの方が?」「わたしと同い年なのに、それはもう立派な魔王ぶりだとか」「日光のクレーターを拝見しましたけど、それはもう凄まじい神気でした」「高層ホテルもあの方の前では紙屑も同然だと」「ヴォバン様の件ですね」「あの方はサルバトーレ様とも決闘されていたかと」「あんなにお優しそうなのに、決闘はご自身の方から申し込まれたそうですわ」「草薙様が攻めだったのですか。たまげたなぁ」「やっぱり神を殺められる方は普通ではないのですね」「あちらの方は?」「噂の徳永様でしょう」「もしかして、あの?」「草薙様とは幼馴染らしいですよ」「まあ、なんて羨ましい」「呪術の原典を知るともお聞きしました」「魔王様のお近くにいらっしゃるのですから、只者ではないということでしょうね」

 

 

 

 これは非常に居心地が悪い。

 護堂はじっとりとした汗をかいたような気がした。隣の明日香を見ると同じような心境らしい。

「明日香。提案がある」

「奇遇ね。あたしもよ」

 護堂と明日香は視線を交わし、それだけで意思を伝え合った。幼馴染であり同じような境遇にある二人の間で成立する無言のやり取りであった。

 護堂と明日香は何も言わぬまま、同時にホールを辞した。

 どこに逃れるべきか。人がいないところに決まっている。そして、人気の有無は気配の有無で分かる。半年前と違い、今の護堂はそういう空気を読み取る力があるのだ。

 二人が逃亡した先は洋館の三階にある奥まったスペースだ。細長いテーブルとソファも置いてあった。都合がいいので、護堂と明日香はソファに座ることにした。

 持ってきた料理をつまみつつ、一息ついた。

「明日香。お前、結構有名みたいだな」

「ただの噂でしょ。人前で火界呪とか使ったし、馨さんに頼まれて何度か古い時代の呪術を使ったりしたから、変な噂が立ってるんでしょ」

「徳永様だって」

 護堂の口から失笑が漏れる。

 カッと顔を紅くした明日香がグーで護堂の顔を殴った。

「痛ーッ!」

 しかし、涙目になるのは明日香の方だった。

「あんた、頬骨硬すぎ……!」

「俺に文句言うなよ。カンピオーネの骨格が鉄より硬いのはデフォだ。ついでに言えば頬骨殴れば普通のヤツ相手でもそうなるだろ」

 握り拳で人を殴るのは自らもまた骨折する危険性を孕む。そこは掌底にするべきところだ。

「そっか、神様とガチンコ勝負するんだもんね。それくらいないとダメってことか」

「俺はまだ柔らかいほうだぞ。怪力も変身もないし鋼鉄にもならないからな」

 七人のカンピオーネのうち、半数以上に当たる四人が肉体強化系の権能を持っている。それは変身であったり筋力を増強したり、防御力を出鱈目に上げたりするものだが、そういった力でも神々と殴りあうのはギリギリの戦いになるのだ。護堂は神々の攻撃に対して神速と直感による回避と武具による防御で身体に攻撃が加わるのを防ぎ、ダメージを受けた際には再生を使うことでなんとか凌いでいる。

「ねえ、護堂。あんた、カンピオーネになったこと、どう思ってる?」

「ん?」

 明日香の問いに、護堂は少しだけ考えた。

「別になんとも。なってしまったものは仕方ないし、自分でどうすることもできないわけだからな」

「何も考えてないのね」

「何もじゃねえよ。悪くないとは思ってるよ。死ぬような目に会わなければ尚いいな」

 カラカラと護堂は笑った。

「死ぬような、ね」

 明日香は視線を落とした。

 死ぬ、ということを明日香は知っている。泥沼のような絶望と、深い夜霧のような暗闇。心が溶けて、己が消え去る感覚は、未だに魂に刻み付けられているようにはっきりと想起することができる。その苦しみは、通常であれば、一度味わったら最後だ。もう二度と目覚めることのない、永遠の眠りについた者だけが語ることのできる究極の虚無。

 だが、明日香は虚無から戻ってきた。契約を結び悪の尖兵としてこの世に再び生を受けた。今から十六年前のことである。

 明日香だけでない。護堂と晶もそれぞれが死を経験している。護堂の前世がどのような死を経験したかは知らない。だが、護堂は今でも死に立ち向かい続けている。晶もそうだ。およそ考え得る限り最悪の死に方をした。それも晶の場合は二回だ。一度目の死は、彼女にとって地獄と形容することも憚られるほどの災厄だったはずだ。明日香も詳しくは知らない。だが、今までに得た情報を整理すると、女性としての尊厳も人間としての尊厳も踏みにじられたものだったのだと推測できる。

 死の先には何もない。完全な虚無が広がっているだけである。生に絶望した者にとっては楽園で、生を謳歌するものからすれば地獄となろう。

 悪に身を落としてでも生に縋った明日香にとって、あれは掛け値なしの地獄である。

「護堂。あんた、軽々しく死ぬとか言わないでよ」

「分かってるよ。死にたくねえからな。カンピオーネってのは、誰よりも死を嫌う生物だぞ」

「でも、死ぬときは死ぬ。法道のときだって、負けてたら死んでたのよ」

 法道は護堂を殺すべき存在と認識していた。その出自から、他の神々以上に草薙護堂という存在を危険視していたのは間違いない。敗北の後に再戦というわけにはいかなかっただろう。

「そんなこと言ったって向こうから来るんだから仕方ないだろ。俺だって自分に関わりがないのなら関わりたくないよ」

「でも関わるんでしょ。《青銅黒十字》の依頼だって、無視できたのに、そうしなかったから神様と戦うことになったんでしょ?」

「できたらカンピオーネになってねえよ……」

 ブスッした表情で護堂はテーブルに頬杖を付いた。

 その姿を見て、明日香は理解する。

 護堂はこの先もずっとこうして生きていくのだと。どこかで力尽きて倒れることになるかもしれない。しかし、それを分かっていながら、護堂は逃げられないのだ。彼の心がそれをよしとしない。助けを求める誰かがいたら手を差し伸べずにはいられないお人好し。昔から変わらない護堂の強さであり弱さである。

「護堂、あんた魔王になっても何も変わんないじゃないの」

「そうか? ずいぶんと変わったと思うけどな」

 護堂は、半年間で起こした事件の数々を思い出す。

 原作と異なり世界遺産は壊していない。しかし、それでもいろいろと暴れすぎた。『まつろわぬ神』を相手にするのだからどうしようもなかったが、終わってから後悔するのである。故に、「エピメテウスの落とし子」と称されるのである。

「そんなことじゃないわよ。もっと根本的な部分」

 明日香は護堂の言葉を否定する。幼馴染として幼少期から共に過ごしてきたからこそ分かる。他の誰でもない、明日香だからこそ断言できるのだ。祐理も恵那も晶も、カンピオーネになる前の護堂を知らない。

「結局、あたしが好きなあんたは魔王になっても変わらない。それは、はっきり分かったわ」

「は……明日香、今……」

 護堂は明日香のほうを振り返る。

 窓から差し込む月光を背にした明日香の表情は、影になっていて見えにくい。護堂が深く明日香の表情を観察する間もなかった。

 明日香は腰を浮かせてると、護堂の唇に自らの唇を押し当てたのである。

「ん……」

 触れていたのは数秒ほど。

 唇を離した明日香は恥ずかしそうにして、できるだけ護堂から離れるようにソファの端に座った。二人掛けなので、離れられるのは十数センチでしかないが、心情的にそうでもしないとどうにもならなかった。

「一応、これ、あたしの気持ちだから。その、今後もできるだけあんたの助けになるから、できれば、晶とか万里谷さんだけじゃなくて、あたしも見てくれると嬉しいかな、なんて」

「あ、ああ。そうか。その……よろしく」

 護堂は頬を掻いて、なんとか言葉を捜す。

 こそばゆい沈黙を打破したのは、明日香の掌底だった。

「何すんだよ!」

「な、なんていうか、あんたとこういう雰囲気になると痒くなるわ」

「理不尽だな、そっちから切り出したんだろうが」

「そうだけど、あの、あんたも上手い受け答えしなさいよ。恥ずかしいじゃない」

「横暴だ。それは横暴だぞ!」

 言い返す護堂も対する明日香も楽しそうに言葉を交わす。

 幼馴染だからこそ、すぐに胸襟を開いて話ができる。加えて、護堂と明日香は同じような境遇の持ち主だ。それが分かっているからこそ、相手を無碍にすることなく親近感を抱いて接することができる。それは、明日香だけが持つ、優位性なのである。

 

 

 

 


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