カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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最終話

 護堂が目を覚ましたとき、周囲には何もなかった。

 真っ白な世界には、生の気配がまるでなく、草薙護堂という人間以外の存在は一切感じられなかった。

「ここは……」

 声が妙な反響をする。

 壁があるわけではなく、そもそもどこまで行けば果てに行き着くのかも分からない。地平線すら見えない白の世界は、護堂の知る物理法則の埒外にある。ここは、時間と空間が歪みきった異界である。

「お久しぶりです。羅刹の君」

 ああ、やっぱり。

 この世界には覚えがあった。

 空気の感じがそっくりだ。

「ここは、幽界なんですね」

 護堂は、現れた女性に尋ねた。

 十二単の美しい女性だ。

 御老公の一人、玻璃の媛だ。

 楚々とした風情ながら、艶やかな色気のある不思議な媛だ。詳しくは不明だが、祐理たち媛巫女の祖と目される人物である。ということは、旦那さんがいたということだろうか。

「幽界、と申しますか。ここは、羅刹の君の夢だと思っていただければよろしいかと」

「夢?」

 玻璃の媛は頷いた。

「はい。わたくしたちは、すでに現世を離れた身。軽々しく表に出るわけにもまいりません。しかし、あなた様をお呼びたてするにも下準備が必要ですから、こうして夢の世界でお会いすることとしたのです」

 玻璃の媛はどちらかと言えば、神祖に近いと思われる。

 神様というわけではないので、縛りは緩いのかと思っていたが、現世を外れるというのは、護堂の想像以上に様々な制約を受けるのかもしれない。

「夢の世界は、幽界に似てるんですね」

 護堂の呟きに、玻璃の媛はくすりと微笑んだ。

「最近の言葉では、集合的無意識などとも言うようですが、夢というのは、時折世界の果て、幽界と繋がることがあるのです。すべての人間に共通する無意識領域は、幽界と多かれ少なかれ接点を持ちます」

「はあ、なんかよく分かりませんね。集合的無意識は聞いたことがありますけど」

 護堂は、周囲を見回した。

 何もない世界。

 これが、自分の夢だというのなら、なんとも発想が貧困というか、そもそも何もないのだから発想が乏しいとかそういう次元ではない。

「今回はわたくしがお邪魔したので、多少仕様が変わっていますよ」

「ああ、そうなんですか」

「ええ」

 玻璃の媛は、頷いた。

「それで、どうして俺の夢に?」

「一言お礼を申し上げたく思いまして」

「お礼?」

「はい。あなた様にはわたくしたちの不始末を押し付けてしまいました」

「そんなこと……」

 護堂は、言葉に詰まった。

 彼女たち御老公は、護堂をこの世界に転生させた張本人である。

 だが、そのことで恨んでいるかと言われれば否だ。

「以前も言いましたけど、あなた方を恨むことはありません。それに、負債を押し付けられたとも思っていませんよ。結局、俺は法道が許せなかったんですから、あいつを倒す以外の選択肢はありませんでしたし」

 護堂がどうあろうと、晶が法道の手に掛かった事実に変わりがない。護堂がカンピオーネでなかったら、晶と出会うことはなかっただろうし、晶の仇を取るために法道の前に立ちはだかることもなかっただろう。

 護堂の言葉を聞いて、玻璃の媛は頷いた。

「あなたさまならば、そのように仰るだろうと思っておりました。本当に、ありがとうございました」

 玻璃の媛は頭を下げた。

 亜麻色の髪が、零れ落ちる。

「羅刹の君、どうぞこれを受け取ってください」

 顔を上げた彼女が手の平で包み込むように持っていたものを差し出してきた。

「これは……」

 見覚えがあるような気がした。

 小さな結晶のような何か。

「クシナダヒメの竜骨でございます」

「ッ……」

 それは、まさしく晶の身体の基礎を為していたもの。晶にとっての心臓部というべきものであった。

「消えたと、思っていました」

「神の骸は、そう易々と消えることはありません。わたくしたちが回収し、手元に置いておいたのです。これを、あなたさまにお返しします」

 僅かに逡巡しながらも、護堂は玻璃の媛から竜骨を受け取った。

 不思議なくらいに、暖かい。

「須佐の御老公から言付けを預かっています。『迷惑かけたな』だそうですよ」

「そんだけですか」

「あの方らしいとは思いますが」

 玻璃の媛は、苦笑する。

 そして、真剣みを帯びた瞳で護堂を見つめる。

「あの媛のすべてがここにあります。どうか、心の赴くままに力をお振るいくださいませ」

 最後に、意味深長な言葉を残して彼女は去った。 

 それによって、世界が闇に覆われていく。

 前後左右が分からなくなる。見当識が失われた後、急速に身体が浮上していく感覚を覚えた。

 きっと、これは夢が覚める証。

 ここでのことも、記憶には残らないのであろう。

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 法道との戦いから一週間が経った。

 世界は変わることなく回り続けている。

「おはようお兄ちゃん。今日は早いね」

 休日の午前六時。

 部活に属していない護堂が起きるには、少し早い時間帯だ。

「朝、パンにする?」

「静花。悪いな」

「別にいいよ」

 護堂はキッチンに向かう静花に声をかける。

「おまえも今日早いな」

「中三は今日模試だから。ちょっと早めに起きたの」

「ああ、そうか」

 私立城楠学院は中高一貫の学校だ。

 そのため、中学三年生でも進路の悩みにぶつかることはない。とはいえ、学力を把握する必要がないわけではなく、中学三年生の冬は模試が多く入ってくるのである。

 護堂はテレビの電源を入れ、炬燵に入った。

「じいちゃんは……散歩か」

 一郎の朝が早いのは今に始まったことではない。

 歳というのもあるのだろうが、外を歩き、商店街のマダムたちと言葉を交わすのが彼の趣味みたいなものだった。

『近畿地方を中心に各地で発生した広域災害について、古谷防災担当大臣は……』

 映像には崩れ落ちた伊吹山や、枯死した木々が立ち並ぶ伊弉諾神宮の境内が映し出されていた。

 法道が起こした事件は、人的被害こそ少ないものの原因不明の未曾有の災害として世間に知られることとなった。

 すでに、マスコミがそうであるように、各地のオカルトマニアなどは畿内の重要五箇所の霊地で最も不自然な災害が同日に起こっていることに注目しているらしい。

 現に、今護堂が見ている番組のテロップは『パワースポットで異変か?』となっていて、霊地を結ぶと星型の魔法陣が浮かび上がることがパネルで紹介されていた。

「変な話だよね、これ」

 静花が護堂の前にトーストを置いた。

「ああ、そうだな」

 護堂はそのトーストを齧る。

「静花はこういうの信じるか?」

「んー……別に? そういうのもあるかもねってくらいかな」

「適当だなー」

「神様なんてそんなもんじゃないの? いると思えばいるし、いないと思えばいない」

「罰が当たるぞ」

 静花の自論を聞いて、護堂は呆れながら言った。

 とはいえ、護堂が一番罰当たりなことを積み重ねてきたのである。神様の存在を知っているというのに、神様を否定するような行動を取ってきたのだから、静花の曖昧な言葉に文句をつける資格はないのである。

「じゃあさ、もしも目の前に神様が出てきたらどうする?」

 護堂は試しに聞いてみた。

「え、神様が出てきたら? うーん、そうだね」

 静花は腕を組んで考える。

「願いを叶えてもらうよね。絶対」

「へえ……」

 静花にどんな願いがあるのだろか。

 とても興味深い。大晦日にでも聞いてみようか。

「もしも、その神様が願いを叶えてくれなかったら?」

「願いを叶えてくれない神様か。それ、神様じゃないんじゃない?」

「いや、神様って前提で」

「うーん、でも神様って人間に都合がよくないとダメじゃないの? だったら、願いを叶えてくれない神様は、わたしにとって神様じゃないよ」

「おまえ、本当に凄いこと言うな」

 護堂は感心してしまった。

 静花の考え方は、どことなく護堂に似通ったものだったのである。神は総じて我侭で、自分の都合で行動する存在。けれど、その根幹にあるのは神話であり、それは人類の歴史と芸術が積み上げた物語である。

 神を作り出すのは人間。

 神を畏れるのも人間。

 そして、神に創られるのも人間だ。

 神の我侭に人間は苦しめられ、人間の我侭が神を生み出す。

 世界は人と神の関わり合いの中で生きている。そこに抱え込まれた矛盾も含めて、世界という一つの物語を刻んでいるのである。

「お兄ちゃん、今日早いのはなんで?」

「ああ、今日は清掃活動だよ」

「清掃活動?」

「ああ、万里谷のバイト先の神社がこれでちょっと被害を受けてさ。人手を集めるっていうから手伝い」

 これ、と言って指差すのはテレビ画面。

 ヘリコプターから撮影されているのは、柱が切断された東名高速道路と爆弾がいくつも爆発したような惨状の厚木海軍飛行場である。

「ああ、そっか。東京でも明治神宮とか結構大変みたいだしね」

「まあ、万里谷のところはそれほど酷くはないみたいだけどな」

「ふうん」

 静花は、護堂を疑わしげな三白眼で見つめる。

「なんだよ」

「いいや、なんでもー」

 静花はそう言って、護堂のトーストが乗っていた皿を流し台へ持っていった。

 

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 

「じゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃーい」

 玄関を出ると、目に眩しい朝日が飛び込んできた。

 空は抜けるように青く、遠くに見える白い雲がゆっくりと漂っている。

 今日はいい天気だ。

「おはようございます。草薙さん」

 玄関前で、護堂を出迎えたのは馨と冬馬だった。

 冬馬は白いワゴン車の運転席に座り、ハンドルに手をかけている。

「おはようございます。沙耶宮さん。甘粕さん」

「後部座席にお乗りください。七雄神社までお送りしますよ」

「ありがとうございます」

 冬馬がハンドルを握り、馨は助手席に乗っている。そして後部座席に護堂を乗せた自動車は、ゆっくりと走り出した。

「お二人は、これからすぐに仕事なんですか?」

 馨は頷いた。

「ええ。あの件の後始末がまだまだ多くて。ああ、幸いにして法道が東京分室にかけた術は彼の消滅と同時にほぼ効力を失いました。そのおかげで、それまで隠れていた様々な問題点も浮き彫りになりましたが、まあ問題ないでしょう。今月中には、解決すると思いますよ」

「そうなんですか。地脈とかの様子はどうでしょう。結構、騒いでましたよね」

「そうですね。草薙さんのおかげで、畿内の魔法陣が落ち着きまして、全国的にも小康状態となっています。あと数年ほどは注意する必要がありますが、どこかの地脈が枯れたりだとかはしませんでした」

「ああ、それはよかったです」

 地脈が枯れればその土地は以降数世紀に渡って不毛の大地となる可能性もある。それだけならまだしも、生命力の枯渇した土地は、農業生産だけでなくそこで暮らす多くの命に害となる。様々な不運を招き寄せるパワースポットとなるのである。

「目下、僕たちが抱えている問題は土地枯れと情報漏洩ですね。まあ、地脈云々が表に出たとしても、問題はないのですが、土地が枯れるのはさすがにまずいので」

「表に出ても問題はないんですか。情報操作が仕事の大半だと聞きますが」

 護堂が聞くと、冬馬が苦笑しながら答えた。

「そうなのですが、今回は呪術が表に出たわけではないので。報道されている土地も、もともとパワースポットで有名な場所ですから、これを機に観光業に利用できないかという話もあるくらいでして」

「ミステリーオタクなんかには、受けそうですよね。僕たちとしても俗物的に扱ってくれるほうが、真実から遠ざかるので助かるんですよ」

「商魂逞しいですね。ほんと……」

 確かに、今回の事件は事件そのものを世間から隠し通すことはできない。

 何かしら原因を捏造する必要が出てくるのは当たり前のことだが、だからと言って呪術に行き当たる者がいるはずもない。

 情報操作という点では、呪術を使用しているところや、本物の呪具が世間に出回りでもしない限りは都市伝説として歴史の闇に消えていくことだろう。

 早朝のため、車通りは多くない。

 三人を乗せた車は、スムーズに道を進み、そして七雄神社の参道入口に到着した。

「ま、俗世のことは僕たちに任せていただければ、万事上手く解決します。草薙さんは、玉座で踏ん反り返っていていただければ大概の問題は問題にもなりませんし」

 と、馨はニヒルに微笑んだ。

「そう、ですか。まあ、微力を尽くします」

 この一週間の間に、護堂は一つ肩書きを手に入れていた。

 『正史編纂委員会最高顧問』

 である。

 役職名は、暫定である。

 ようするに護堂は正史編纂委員会を傘下に収めたということである。

 だからといって、今までの生活が変わるわけではないが。

「俺にできる範囲で頑張りますよ」

「はい。よろしくお願いします」

 今回の一件で、陸上自衛隊は多数の弾薬を消費し、海上自衛隊は一つの航空基地を壊滅させられた。日本中の地脈は安定化しつつあるが、氾濫したことによる爪痕は数年は消えないとされ、裏表を問わず防衛面で多大な影響が出てしまっている。

 一度、国内を引き締め一丸となる必要がある。

 護堂はそのための旗頭となったのだ。

 今までの中途半端な立ち位置では、何かと不便。これから、護堂がカンピオーネとして活動するにしても、サポート面で問題が生じる。今まで通りをより確実にしていくためにも足場を固める時期であろう。

「それじゃ、俺はここで。すみません、わざわざ送っていただいて」

「いえいえ、主の足になるのも部下の務めですので」

 車を降りた護堂は石段に足をかけた。

「草薙さん」

 そのとき、冬馬が窓を開けて護堂を呼び止めた。

「晶さんのこと、ありがとうございます」

「あ、はい。その、ああいう形にしかならず」

「いえ、あの娘にとって一番幸せな形になったと思います。それでは、これで」

 冬馬はそう言って窓を閉め、車を発進させた。

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 石段を上った先には、いつもと変わらない七雄神社があった。

 災害の被害はそれほどでもないようで、外観に変化はない。

「あ、草薙さん」

 護堂を見つけた巫女服の祐理が駆け寄ってくる。

「おはようございます、お兄さま!」

 そしてひかりも。

「万里谷、ひかり。おはよう」

 護堂はひかりの頭を撫でつつ、辺りを見回す。

「清秋院は中か。それに、明日香もいるな」

 拝殿の中から恵那と明日香の呪力を感じる。

 そんな護堂の様子に祐理はくすり、と笑った。

「どうした?」

「いえ、半年前までは呪術すらもご存じなかった草薙さんが、目視できないところにいる恵那さんたちを感じ取れているのがおかしくて」

「あー、まあそうだな。毒されてるよな、確かに」

 何の違和感もなく呪力で人を探してしまっていることに気付かされた。

「あの、本当によろしかったのですか?」

「何が?」

「こんなに朝早くにいらしていただいたことです。しかも、お掃除まで手伝っていただけるとか」

「俺も当事者だからな。それに、これ、掃除だけじゃなくてみんなで集まって話をしようっていうイベントだし」

 朝早くというのが腑に落ちないところだが、企画者の恵那からすると朝早くに集まるのが特別な感じがしていいらしい。

 で、ついでに掃除もしようと。

「中はどんな感じになってるんだ?」

 とりあえず拝殿に向かいながら、護堂は祐理に尋ねた。

「そうですね。倒れた物や壊れてしまった物の片付けはすでに終わっているんです。ですので、後は本当に雑巾をかけるくらいで済むと思います」

 七雄神社は法道との戦いの際の地脈の乱れとそれに端を発する強めの地震を受けて、軽い被害を被っていた。

 それは、草薙家でも同じようなことがあったりしたので至って普通のことではあったが、この一週間、呪術師たちは連日連夜徹夜続きという過密スケジュールの中にあった。祐理や恵那は最前線で戦っていたことと未成年ということで仕事の量も少なく、これまでと変わらず生活できていたが、他の呪術師たちは目を回しそうな状況だったのだ。

 結果、神社の清掃は後回しにされた。

 ここは霊地なので、正史編纂委員会に関わりのない人物が入れず、手の空いていた祐理や恵那が時間を見つけて掃除をするしかなかったのである。

「それで、お兄さまも呼んでみんなでやろうという話になったんですね」

「なぜ、俺も呼ぶのか。いや、いいんだけどね。来ちまったし。荷物運びの段階で呼んでくれれば、力仕事もできたんだけどな」

 神速を使えば箪笥も冷蔵庫もパパッと運べてしまう。権能は便利だ。

 護堂は祐理とひかりと共に拝殿に入った。

「おはよう。清秋院、明日香」

 雑巾を持った恵那と明日香がそこにいた。

「おはよー、王さま!」

「おはよう、護堂。遅かったじゃない」

 そして、護堂は、明日香に目を奪われた。

「んー?」

「な、何よ。やっぱりなんか変?」

 明日香はもじもじしながら指を絡める。

「いや、巫女服(・・・)の明日香って初めて見るなと思ってさ。結構似合うな」

「はう」

 明日香は顔を真っ赤にして俯いた。

 もともと悪くない顔立ちに、長い髪なのだ。似合うのは当たり前だったか。

「それで、なんで巫女服を着てるんだ?」

「ふふ、それは恵那の私物なんだよ。やっぱり、神社だしね。せっかくだから明日香さんにも着てもらおうと思ったんだ!」

 胸を張る恵那。

「そうか。グッジョブと言っておこう」

「ふふん」

「ちょっと、二人とも止めてよ」

 明日香が羞恥に顔を赤らめる。

「お兄さまは巫女服がお好きなんですか?」

 ひかりが興味津々といった様子で尋ねてきたので、護堂は思わず噴き出した。

「護堂、あんた……」

「いやいや、何を言ってるんだよ。そういう趣味はねえって。可愛いなとは思っているけど」

「可愛いとは思ってるのね。それは知らなかったわ」

「く……」

 なんだろう。

 特に悪いことしたわけではないのに、敗北した感がある。 

「と、とにかく掃除だろ。雑巾……」

「あ、向こうの流しのとこだよ」

 恵那が護堂に教えてくれた。

「じゃあ、取ってくるか。とりあえず、晶。いつまでも隠れてないで出て来い」

「え?」

 明日香が固まり、他の三人も護堂を見た。

 そして、護堂の背後の空間が揺らめいて、見慣れた制服の少女が滲み出すように現れたのだ。

 その少女を見て、祐理が声を漏らした。

「うそ……晶さん?」

 信じられない、と理性が訴える。しかし、目の前にいる少女は姿だけでなく呪力の質も含めて晶のそれと同一である。

「アッキーなの?」

 恐る恐る、恵那が尋ねた。

「あの、はい。お久しぶりです」

 晶は恥ずかしそうにして、俯き気味だ。

「アッキーッ!!」

「うわあ!?」

 恵那が感極まって晶に抱きついた。

「晶さん。本当に晶さんなんですね!」

 祐理が、目尻に涙を浮かべて駆け寄る。

「晶お姉様。ご無事で……!」

 ひかりは祐理の後ろについていく。

「あの、晶ちゃん……」

 そして、明日香がおずおずと話し掛けた。

「本当にごめんなさい」

 明日香は頭を下げた。法道のことで、晶には大きすぎる苦しみを与えた。明日香は、それをずっと悔いていたのである。

「そんな、頭を上げてください、徳永さん。徳永さんのおかげで法道のところから救い出されたんですし、徳永さんが悪いわけでもないですから!」

 困ったように手を振って晶はそう言った。

「でも……」

「もう過ぎたことですし、法道も倒しましたし、これで終わりにしましょうよ」

 晶がなんでもないように言うので、明日香はそれ以上何も言うことができなかった。

「そ、そうだ。アッキーどういうことなの? 助かったってこと? 今、どうなってるの?」

 晶から離れた恵那が、晶に尋ねた。

「え、えーとぉ……」

 晶は、護堂に助けを求めるような視線を向ける。やはり、護堂が関わっているのだ、と皆が察して護堂を見た。

「今の晶の状態は、そうだな。強いて言えば守護霊というか式神というか、そんな感じだな」

「式神、ですか」

 祐理が晶をまじまじと見る。

 確かに、護堂との霊的な繋がりを感じる。

「ああ、そうだ。あのとき、病室で晶の身体が砕けたとき、御老公たちが手を回してくれていたんだ。晶の魂を晶の身体を構成していた竜骨に移し変えていたわけ。それを核に、もう一度俺が晶を式神にしたという感じだ」

「法道様の権能ということでしょうか?」

 祐理の質問に、護堂は曖昧に返事をした。

「それもあるけど、それだけじゃない。法道の権能は式神を作ることだけど、死者蘇生まではできない。晶を晶として式神にするには御老公の手助けが必要だったよ。だから、これは一回きりの反則だ」

 もともと、条件は整っていた。

 使うのは、護堂を生まれ変わらせた畿内の魔法陣。法道によって荒らされた魔法陣であるが、呪術師たちの奮闘のおかげである程度持ち直していた。

 護堂を生まれ変わらせるときには、千年かけて溜めた呪力を消費した。だが、それは大半が『魂の選別』に消費されていた。魂が手元にあるのなら、それほど呪力の消費はない上、大気中には地脈の氾濫のおかげで膨大な呪力が溢れている。そして、護堂だけではどうにもならない部分には御老公が関与し、結果権能と大魔術を組み合わせた唯一無二の式神として晶は新生したのである。

「お爺ちゃま全然教えてくれなかった……」

「まあ、積極的には言わないだろう」

 手伝ってくれたのも、護堂への礼などを含めた特例である。死者の蘇生の類を、そうそう許すはずがない。

「はい、そういうわけで先輩の式神としてお仕えすることになりましたのでよろしくお願いします」

 晶は頭を下げる。けれど、どこか挑発的な雰囲気も混ざっているような気がしないでもなかった。

「ふうん、なるほど。じゃあ、アッキーは今後王さまの式神としてずっと一緒にいるわけか」

「はい、そうです。ご主人様にお仕えするのが式神の務めですから」

 と、晶は頬をほんのりと染めつつくねくねする。

「ご主人様って、護堂。後輩に何させてんの!?」

「いや、違うぞ! 不埒な意味に取らないでくれ!」

 護堂は明日香に弁明する。

 そして、護堂が明日香に弁明している最中に恵那が腕を組みながら得意げな顔をして言った。

「まあ、これでとりあえず王さまの周りは固まったのかな」

「周り?」

「うん。正妻が祐理で、愛人が恵那でしょ。それで、式神がアッキーで幼馴染が徳永さん」

 恵那が、一人一人指差してとんでもないことを言った。

「ちょ、恵那さん!? いきなりなんということを言ってるんですか!?」

「そうです! なんで、式神がその他になってるんですか!?」

「この状況で幼馴染って、ただの負けポジション……」

「はいはい! 恵那お姉様! わたしは?」

 一人を除いて非難轟々。

 恵那は悪びれもせず、

「でも式神って子どもできないでしょ?」

「う゛……」

 晶は言葉に詰まった。

「いや、俺を見られても困るぞ」

 恵那が突如始めた会話の流れに一番ついていけてないのは護堂であるし、正直に言えばとても居づらい。こっそりと、雑巾を取りに流しへ消える。

 そして、護堂が消えてから晶は顔を真っ赤にして叫ぶように言った。

「で、でも最低限の務めは果たせるはずです。そ、それに、子どもができないなら付ける必要もないですし、望まれれば何度でもがッ!?」

「ストーップ。晶ちゃん何口走ってんの!」

 明日香が晶の口を塞いだ。

「お姉ちゃん。付けるって何のこと?」

「こら、ひかり。あなたにはまだ早いわ」

「こっちおいで、ひかり。恵那が教えてあげるよ」

「恵那さん!」

 顔を赤くした祐理が恵那に怒る。割りと真剣な表情だったので、さすがの恵那も冷や汗を流す。

「まったく、あなたたちは神聖な神社でなんという話をしているのですか! 今日はお掃除に来たんですよ! 今すぐ雑巾を持って始めてください!」

 夜叉を思わせる笑みを浮かべつつ、祐理は力強い口調で言い放つ。

「わちゃあ、お姉ちゃん激おこだ」

「万里谷先輩すみません」

「わたし、会話に参加してないのに」

「やっぱり恵那の見立て通りじゃん」

 それぞれの感想を口々に呟きつつ、作業に戻る。

 なんだかんだで八時近い。すでに早朝とは言えなくなっていた。

 

 

 一通りの掃除を終えて一段落ついたので、休憩がてらお茶にすることにした。

 熱いお茶と茶菓子を囲んで、談笑する。

「そういえば、徳永さんはこれからどうするんですか?」

 晶が湯気が出ている湯飲みを持ちながら聞いた。

「あたし? あたしは、正史編纂委員会に所属することになったわよ。沙耶宮さんのところで活動すると思う」

 明日香は、呪術師として高い資質を持っている。法道から知識を与えられた明日香は、歩く魔導書のような存在だ。正史編纂委員会としても放っておけなかったという。

「清秋院さんと万里谷先輩は揃って媛巫女筆頭ですか」

「そうだね。二人で筆頭ってのも変な感じだけどねー」

「わたしは、そんな大層な肩書きは必要ないと申し上げたのですが」

 恐縮する祐理だが、彼女の実力は先の戦いでも十分すぎるほど証明されている。

 神の力を無力化する『御霊鎮めの法』に、危険に敢然と立ち向かう勇気。それらに加えて、媛巫女たちをその背に庇って前に出た姿に、胸を打たれた媛巫女は多いという。特に反対意見も出ることなく、祐理は筆頭の座を手に入れた。

 恵那は、もともと筆頭であるから、立ち位置に変わりはない。戦闘でかなりの無茶をしたので、しばらく神憑りは禁止されてしまったくらいか。

「わたしは、まだ見習いです。早く一人前になりたいです」

 ひかりは身近な媛巫女の二人が最高位に就いたことで修行の意欲を増しているようだ。

「まあ、焦ることないんじゃないか。万里谷たちと同年代で見習いじゃない媛巫女って多くないんだろ?」

「そうですね。おそらく、同年代ですと、全体の半分以下くらいになってしまうかと」

「だってよ。才能あるし、しっかりやっていけば大丈夫だろ」

 お世辞ではない。護堂が言うとおり、ひかりには類希な才能がある。『禍祓い』の霊力は世界を探してもひかりくらいしか使い手がいないのではないかと思われるほどの希少な力だ。将来、間違いなく大物になるだろう。

「みなさん、いろいろと変わりましたね。それに先輩も」

「俺?」

「そうだね。王さまが恵那たちのボスになっちゃうんだから驚きだよ」

 護堂が馨から打診されたこの話を正式に受けたのは二日前。二日間で、ずいぶんと広まったようだ。

「まあ、カンピオーネの支配下に入ったんだから、そりゃ世界規模でアピールするわよね。外交にも使えるし」

 明日香が当たり前のように言う。

「それもそうか」

 護堂もすぐに納得する。

 もともと、日本の窮地をなんとかするために名前を出したようなものだ。情報を発信していかなければ無意味であろう。

「あ……」

 話を聞いていた祐理が、声を漏らした。

「どうした、万里谷?」

「あ、いえ、大したことではないのですが。草薙さん、初めてここでお会いしたときのことを覚えていますか?」

 唐突にどうしたのだろう。 

 護堂は首を捻りながら祐理と初めて会ったときのことを思い出す。

 祐理とここで会ったのは、四月の終わり。火雷大神が襲来する少し前のことだ。

「俺がカンピオーネなのかどうか確かめるために、ここに呼び出したんだよな」

「はい、そうです」

 祐理が、なんだか楽しそうにしている。どういうことだろうか。

「そのときに草薙さんは『国家公務員になりたい』と仰いました」

「あ、そうだな。確かにそう言った」

 確か、力の使い方を聞かれたときに、そんなことを言ったと思う。

 

 『別にいいだろ。俺の夢は国家公務員なんだ。安定して堅実な仕事がいいんだよ。カンピオーネなんてなるつもりなかったんだって……』

 

 結局、半年と少しの間に多くの『まつろわぬ神』とカンピオーネと戦い、世界中に名前が知れ渡ってしまった。

 それでも、悪くはないと思う。

「でも、それがどうした?」

「正史編纂委員会の職員は、国家公務員です」

 祐理が答えた。

 あ、と虚を突かれたように護堂は固まった。  

「よかったですね、草薙さん。夢が叶いましたよ」

 祐理が悪戯が成功したときの子どものような無邪気な笑顔で、それでいて心の底から祝福の言葉をくれた。

「そうか。そうだな。はは、まさか本当に国家公務員になるとはな」

 護堂はおかしくて笑ってしまった。

 安定した生活を求め、危険から遠ざかろうとして国家公務員などと言っていたのに、最終的には同じ肩書きながらも正反対の生活に飛び込んだ。

 だとしたら、やっぱりこうなることは必然だったのだろう。

 護堂の周りには、誰一人欠けることなく大切な人たちが笑顔を浮かべている。

「じゃあ、みんな。結局、こんなところに納まったけど、これからもよろしく」

 これは、始まりだ。

 長い長い、草薙護堂が仲間と共に新たな歴史を歩んでいく。その第一歩だ。

 道のりは長く険しく、立ちはだかる壁は高い。けれど、一緒に戦う仲間がいる限り、彼は立ち止まることはないだろう。

 草薙護堂は、カンピオーネ。

 人類最強の魔王にして、あらゆる苦難を乗り越える勝者なのだから。

 




皆様、長らく拙作にお付き合いくださいまして本当にありがとうございました。
これを持ちまして『カンピオーネ~生まれ変わって主人公~』は完結となります。
第一話の投稿が2012年09月09日と、実に一年半もの時間がかかってしまいました。
実はプロットも設定集も書くことなく、全部頭の中に描いた流れでやってきました。綺麗に終わっていますでしょうか?

カンピオーネの二次創作は、これが初めてではなく、二次ふぁん時代にアマテラスとかギルガメッシュから権能を簒奪するヤツをやっていました。そこから半年ほど離れて、その間にアニメ化し、時流に乗って神様転生モノを書き始めた次第です。(神様転生じゃなくね? という意見もいただきましたがどうでしょうか?)
ともあれ、完結させることができたのは嬉しいです。
今後は、今連載しているものをやりつつ新しいものにも手を出しつつ、もしかしたら一番下もあるかもしれずという、さらには『~編』という形でこれの中編にするかもしれず。ようするに決まってないという状況ですね。まあ、今やってるのを中心に進めるかと。
それでは、皆さん。またどこかで! お世話になりました。

最終話時点合計文字数 783,410文字でした。 

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