カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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三十九話

 ----------------まつろわぬアテナか。

 

 護堂は、目前で佇む少女の名を心の中で口にした。

 

 ----------------正直、甘く見てたな。

 

 彼我の実力は、互角。戦闘の才能においてはアテナがリードしているが、カンピオーネと『まつろわぬ神』の戦いを分けるのは最後の最後まで諦めない根性だと、護堂は考えている。とはいえ、権能と権能をぶつけ合ったときに相性というものが発生するのもまた、事実だ。例えば、ヴォバンが使用する狼の権能は、あまり知られていないが太陽神系統の権能には高い耐性を有し、場合によっては呑み込んでしまう。ペルセウスであれば、その神話の成立からウルスラグナの権能を封じることができる。また、《蛇》の性質を持つ神は《鋼》の性質を持つ神に対して相性が悪いというのは有名な話だ。

 もっとも、それは所詮、相性である。ただ、それのみで勝敗が決まるというわけではない。

 事実、今現在、護堂が滞空させる十挺の剣は、すべて《鋼》の性質を帯びた神剣である。相性を考えるのであれば、《蛇》のアテナに対して優位に立てるはずだ。それが、尽く防がれてしまっているのだから、相性は絶対的なものではないのだろう。振るう権能、戦い方で、戦局はいくらでも変わる。

 

 ----------------一撃与えられれば、こっちのものだけど。

 

 護堂の神剣が一斉に空を切る。

 その威力は、ロケットランチャーの一撃を思わせるほどなのだが、

 

 ----------------その一撃が、遠い。

 

 アテナは、微動だにせず、ただ護堂をにらむだけだ。台風のように回る風が刃という刃を叩き落していく。

 護堂はアテナを中心にして、円を描くように走る。

 そうしなければ、アテナの攻撃を受けることになるからだ。

 放つ攻撃はどれも必殺を期したもので、だがしかし、少女のあの白い肌に僅かの赤を作ることすらできずに虚空に消えている。

 生み出した刃は三桁を超えている。

 弾かれた刃も三桁を超えた。

 ここまで結果が出ない作業を繰り返すのも珍しい、と護堂は思う。

 数十メートル先に標的がいて、姿を堂々と見せている。そうでありながら、繰り返す試みはすべて打ち破られている。物理的な距離の数百倍もの距離が、護堂とアテナの間には横たわっているようで、ただ、徒に徒労感だけが蓄積されている。

『来い!』

 神剣がアイギスの前面と衝突した瞬間を見計らった言霊を、アテナの後方に飛ばした。

 そこにあるのは、無数の瓦礫の山。すべて、護堂とアテナとの戦いによって破壊された道路であり、波止場の成れの果てだ。

 やはり、アテナは意識を向けない。

 自身の身体よりもずっと大きい岩塊が、背後から襲い掛かっているというのに----------------それに気づいているというのに、あえて無視をする。

 岩塊が、自分にはまったくの無害であると、確信しているのだ。

「チートめ!」

 護堂は舌打ちをする。

 ギリシャ神話のアイギスは攻撃的な楯で有名だが、今、アテナが使用しているアイギスの楯まつろわぬアテナver. も多分にもれず攻撃的だ。

 雷を操る遠距離攻撃に加えて、あの見えない壁も強力な鑢のような機能を持っているようで、触れた瓦礫が粉々だ。

「ふん、なんだ。大層な口を利いて、この程度か。草薙護堂!」

「うるせえ、全方位完全防御とか反則にもほどがあるってんだ。アテナのくせにゼウスの力使いやがって。これだから『まつろわぬ神』は節操がない!」

「負け犬はよく吼えるというがな。あなたにはそのような情けない姿は見せて欲しくないな!」

 雷鳴が轟く。

 瓦礫が舞う。

 死の風が吹く。

 アテナは攻防一体の楯を操って護堂を追い込んでいく。

 攻めはより苛烈さを増し、足場はさらに破壊されて、護堂の機動力は徐々に奪われていく。

 アテナは、圧縮された台風の中心にいるようなものなのに、なぜか、声がはっきりと護堂に届いている。

 それが、呪術の妙というものなのか、巨大狼となったヴォバンが、人語を話していた時も奇妙な感覚がしたものだが。

 アテナのいるところだけ、地面が平にならされている。それは、アイギスの猛烈な風によって、凹凸が削り取られてしまったからだ。数百年、数千年の月日をかけて為されるはずの風化現象を、早送りで見させられているようだ。

 アテナが歩けば、歩いた分だけ、さらに削られる。つまり、アイギスの直径は常に一定である、ということがいえる。それをアテナが自分で調節できるのかどうかわからないが、アイギスには、形状をドーム型に維持する性質があるように思えた。

 それはおそらく、そういう必要性に迫られてのことだろう。

 半球状にして、その中央にアテナを置く。そうすれば、アテナから壁までの距離は常に一定である。コントロールしやすく、呪力も無駄に消費しないはず。単純に、回転を維持するだけでいいのだから。

「たしかに、防御力は一級品だな。こっちの攻撃が全然通らん。……まあ、仕方ないか。なにせ、ゼウスの権能だしな。アテナのそれより、防御力があって当たり前か」

「まるで、妾のアイギスがゼウスのそれに劣ると言いたげだな。不快だぞ、草薙護堂」

「ふん。事実じゃないか。そのアイギスについての謎解きは終わったぞ。結局、あんたは父ちゃんに泣きついて防具を貸してもらっているだけのお嬢ちゃんってわけだ」

「愚弄するか。草薙護堂。いや、わかっているぞ、最早あなたは我がアイギスを突破する手段を持たないのだろう? ゆえに、妾を挑発している。違うか?」

 アテナは、護堂の浅はかな考えを嘲弄する。

 戦いの最中でありながら、笑みを浮かべる。それ自体は、彼女らの戦いにはよくあることだ。如何せん、戦闘狂の嫌いのある面々が多いのが『まつろわぬ神』であり、カンピオーネである。戦いに愉悦を感じる者、戦いこそ、己の生きる場所と定める者、ほかにも様々だ。戦神のアテナもその例に漏れない。彼女自身、開戦当初から、頻繁に笑みを浮かべていた。

 だが、今浮かべている笑みは、それまでの笑みとは聊かニュアンスが違う。

 強いて言うなら憐憫や侮蔑。上位にいる者が、下位を見下したときに見せる表情だ。

 しかし、それも無理からぬことだろう。

 なにせ、護堂の攻撃は一向にアテナに届くことがない。アテナはただ立っているだけで、護堂の攻撃を弾き返すことができ、ただそれと意識するだけで、護堂を攻撃することができるのだから。

 それは、もうすでに戦いの体を為してはいない。

 すでに運命は定まっているも同然。草薙護堂に勝利が訪れることはなく、アテナが地に伏すこともない。

 鉄壁という言葉すらも生ぬるい防壁に囲まれた中で、護堂が跳びはね、雷撃をかわしている様を眺めているのは、モニターを通して戦争を見ているのと近い。どう転んだところで自身に危害が加わることがないというのなら、緊迫感すらも失われてしまう。

 草薙護堂。なかなかの敵手と見定めた。死力を尽くして戦うべき相手だとも感じた。それでも、己の最大の守りを突破する力は持たなかった。

 これはすでに消化試合だ。護堂がしぶとく抵抗しているが、それも時間の問題だろう。カンピオーネの呪力がいかに膨大であろうとも、無限ではないのだ。その他多くのカンピオーネがそうであったように、戦場で力尽き、倒れ、死ぬに違いない。そして、護堂が倒れる戦場こそが、この場所なのだ。

 引導を渡すのは、まつろわぬアテナ。

 ギリシャ最強の戦神だ。

「精精抗うがいい。あなたの首兜でもって、妾の武勲を飾って見せよう」

 アテナには余裕がある。

 呪力が全身に満ち満ちていて、敵を圧倒するに足るだけの力を無尽蔵に引き出すことができると思えるくらいにコンディションがいい。

 今、アテナは機嫌がいい。二対二という変則的な戦闘もなかなかよかった。これから先もしようとは思わないまでも、刺激としては上々だった。目前の敵は、まだ未熟なところがあるが、それでも自分にアイギスという奥の手を出させるほどの敵手だった。

 戦いを己の存在意義とするアテナにとっては、力ある者こそが自分の欲求を満たすことのできる唯一の存在。

 だとすれば、草薙護堂は実に惜しい。

 あと一歩。このアイギスを揺るがす何かを持っていればいいが、そうでなければここで終わるだけだ。

「仕舞いか」

 幾十の雷に打たれ、護堂の身体は満身創痍。

 もはや立ち上がることも難しいだろう。

 今、うつぶせに倒れている護堂は、とても戦える状態ではなかった。

 息をすることにすら体力を使うという有様で、腕にも、足にも力はない。ただ意識を保つだけで精一杯なのではないか。

 であれば、後はもう首を落とすだけ。

 あれがただの人間であれば、放っておいても死ぬだろうが、カンピオーネは別だ。息があるうちは死なない。一晩あれば、再戦が望めるだけの力を取り戻すことができるかもしれなかった。

「あえて見逃し、成長を見るのも一興だが。……あなたには他の神殺しと協力する知恵がある。それは、厄介極まりない。ここで、後々の禍根を断つ」

 アテナは手を振り上げる。

 アイギスが揺らめき、帯電し、雷を呼ぶ。

 アテナの雷は、自然界ではありえない結合をして一点に集まり、まるで物質であるかのように振舞った。

 現れたのは一筋の稲光であり、槍だった。

「ゼウスのそれに比べると、聊か貧相ではあるが、疲弊したあなたを討つには十分であろう」 

 アテナの細い人差し指が護堂を示す。

 それが照準だ。

 弾丸は、雷光の速度で、空を飛ぶ。一秒に満たない時間で、敵の首を吹き飛ばすことだろう。

 だから、その確信を覆されたとき、アテナは目を見開いて驚いた。

「何ッ!?」

 雷の槍が護堂の首を断つまさにその直前、不可視の壁に阻まれたかのように槍は空中で停止していた。

「ガブリエルか---------------ッ!」

 アテナは奥歯をギリ、と噛んだ。

 護堂の権能の中で、目に見えない力といえばガブリエルの言霊の力だ。

 その力が、アテナの槍を防いでいた。

「それほどまでの力を隠していたか! だが、それも持つまい! その小賢しい楯、すぐにでも突破して見せようぞ!」

 アテナは咆哮し、槍に呪力を注ぎ込む。

 槍が呪力を爆発させ、大気が振動する。

 受け止められたはずの槍が、言霊を無視して突き進もうとしているのだ。

「ここが狙い目だ」

「貴様」

 護堂がゆっくりと立ち上がる。その目は目前に迫る槍ではなく、アテナを見据えている。

「今ここに顕現せよ。天を翔け、地へ降り下る者。蛇にして豊穣の主。地下深く眠る死者の総帥よ---------------」

 それは、火雷大神の八つの化身の中で最大の破壊力を持つ大雷神の聖句だ。日に一度だけ使うことのできる大火力の雷撃。

 一度解き放たれれば射線上のあらゆる物を薙ぎ払い蒸発させる、雷撃の光線を放つ力である。

「ぬ、勝負に出る気か」

 アテナは護堂の呪力が高まるのを感じ、この聖句が、彼の奥の手であることを察した。

 護堂の腕が帯電している。

 雷のエネルギーを、腕に収束しているのだ。

「雷撃の権能か。だが、それで妾のアイギスを突破できるか」

 アテナは護堂には届かない声で言う。それは、護堂ではなく、自分へ問いかけるものだった。護堂の腕に収束している力は無視できないが、アイギスを破るだけの破壊力を秘めているのか否か。

 知恵の女神として、そして戦神としての観察眼が、光る。

 あの力は純粋に破壊を撒き散らすものだ。それも単純に雷を一点に集中して撃ち出すというものだ。護堂が攻撃に移るよりも前に、アテナはそのことに気がついた。

「その力では、アイギスは破れない!」

 そして、アテナは宣言する。

 これは同時に、アイギスの防御力を高める聖句でもあった。

 加速する暴風の渦。あまりに圧縮された空気の壁が光を屈折させてアテナの姿を歪ませる。

「これ、は!」

 護堂の下に、アテナの驚愕の声が届いた。

 護堂の首を落とすために放った雷の槍がほつれている。

 アテナが、意識を槍からアイギスに移したその瞬間に、護堂が雷の矛の支配権を奪い取ろうとしていたのだ。

「俺の権能は雷を操る物だ。武器に頼って雷を操るあんたよりも、こっちのほうが相性がいい。ゼウスの雷、貰っていくぞ!」 

「貴様、端からそのつもりであったか! 本当に小賢しい男よな!」

 アテナは歓喜を以って、護堂の策を賞する。

 謀られたというのに、なぜか恨めない。してやられた悔しさに、見事やってくれたと褒め称えたい気持ちが勝ったのだ。

 雷の矛を構成する膨大な雷を、護堂はアテナから奪い取って掌握した。大雷神のエネルギーに上乗せする。

「く……」

 だが、それは護堂にとっても極めて大きな負担になる行いだった。

 原作で、ヴォバンから雷の支配権を奪い合う描写があったから試してみたが、まさかここまで身体に負担が来るとは思わなかった。

 おまけに雷矛の呪力を吸収し膨れ上がった大雷神の力はとてつもない暴れ馬だった。

 意識して押さえつけていなければ、あらぬ方向に暴発してしまいそうである。自分の身体の中に、これほどのエネルギーがあるという経験がこれまでにあっただろうか。

 銃口に、ミサイルを無理矢理詰め込んだかのようなちぐはぐで危険な感覚。

 それほどの危険を冒さなければ、アテナには勝てない。それが分かっているのだから、護堂に迷いはない。

 僅かの躊躇もなく、聖句を完成させた。

「----------------大いなる雷の神威を我が前に顕し給え!」 

 護堂の咆哮は、爆発的に膨張した空気の音にかき消された。

 激しい熱があり、光がある。それらは常人を瞬く間に消し去るほどのものだが、幸いなことに使用者には優しい設定になっているらしい。護堂は自分の攻撃で焼き払われることはないし、目を潰すこともない。ただ、今回の雷撃は以前にも増して威力が高かった。

 敵の雷撃を奪い取って燃料にしたからだろう。

 僅かの手ブレも許されないというのに、意識しなければどこを攻撃しているのか分からないほどに手が動きそうだ。

 護堂は攻撃の手を緩めない。緩められない。アテナもアイギスも健在だからだ。

 猛烈な電撃に、アイギスが抵抗しているのがよくわかる。

 それでも、護堂にはアイギスを削っている確かな実感がある。

「クゥ……まさか、これほどとは」

 搾り出すように、アテナは唸った。 

 その言葉通り、護堂の大雷神の力はアテナの予想を大きく上回る出力を誇っていた。

 アテナは呪力をアイギスに注いだ。そうしなければ、とても持ちそうになかった。

「グ、ク……」

 歯を食いしばり、アテナは地を踏みしめた。 

 アイギスによってならされた地面に、小さな足跡が深く刻み付けられた。

 圧倒的な攻撃力と圧倒的な防御力のぶつかり合い。互いに不条理を体現する矛と楯。それは、それぞれを繰る者が倒れなければ終わらない。ここまで来れば、我慢比べだ。そして、天秤は大きくアテナに傾いている。

 護堂はアテナが生み出した雷撃を吸収して威力を大幅に上げたが、それにしても大きな負担があったはず。ただでさえアテナの攻撃によって傷ついた身体だ。もはや呪力も限界を迎えているだろう。

 一方のアテナは呪力こそ消耗しているが、身体には傷がほとんどない。終始この戦いはアテナの優勢で進んでいたのだから当然だ。

「ふ、最後の最後まで楽しませてくれる。草薙護堂」

 静かに、万感の思いを込めて、

「だが、やはり届かん。あなたの力では、妾には届かんのだ!」

 勝利を謳う。

 だが、それは致命的な油断にもつながった。 

 勝負は最後まで分からないという人間であれば基本的な概念が、勝利を当然とするアテナには薄かった。

 何事も諦めず、最後まで力を振り絞り、大どんでん返しを生み出すのが人間だ。まして、相手はカンピオーネである。人間ですらできることが、カンピオーネにできないはずがない。

「別に、これでアイギスを破ろうとは思ってないしな!」

「何? 貴様、それは一体-----------------」

「要塞攻略の基本は内側から! 『起きろ!!』」

 護堂がここに来て『強制言語』を放つ。僅か一言。アイギスの中にいるアテナには、それは届かない。あらゆる罪障を防ぐ楯は、言霊すらも通さないのだ。では、護堂の言霊は一体何に干渉したのか。

 その呪力の行き先はアテナではなく、地面。

「--------------ッ!」

 アテナは護堂の目的に気がついた。が、それでも、対処することができなかった。今、僅かでも迎撃に力を裂けば、アイギスが突破されてしまうからだ。

 腹部に激痛が走る。右の太ももと、左肩からも鮮血が飛び散り、地面を濡らした。

「な、がふッ」

 口から多量の血。

 地面の下から突き出た槍が、アテナを貫いていた。

「これ、は」

「土雷神で地中を移動したときに、中に仕込んでおいたんだよ! あんたのアイギスはドーム型。全方位を防御するには適した形だろうが、一点だけ穴があったな。足跡がついたことからも、地面には守りがない(・・・・・・・・)ってことはわかるぜ! まあ、モトネタは楯だったりマントだったりするみたいだけど、どっちにしても地面を守ることはできねえよな!」

「おのれ、初めからこのつもりで」

 アテナはここに来て焦りを感じていた。

 アテナを貫いた槍は《鋼》の力を帯びている。彼女にとっては天敵の力だ。蛇の生命力が、うまく機能しないのだ。

「ふ、ふふ」

 血塗れの顔で、アテナは凶悪に微笑んだ。

「見事、見事だ草薙護堂! 罠を駆使し、アイギスを破ろうとは! 裏をかかれるなど何年振りか!」

 アイギスの守りがほころび始めた。

 天秤は大きく護堂のほうへ傾いている。

 護堂の消耗はあくまでも体力と呪力。だが、アテナは今の一瞬で生命力を持っていかれた。呪力が急速に衰えていく。アイギスを維持するのも限界だった。

「この戦、貴様の勝ちだ。草薙護堂。だが、忘れるな。あなたに安息の日々が訪れることはない。いつか、必ず我が雪辱を晴らしてくれる!」

 そして、ギリシャ最強の楯は崩壊した。

 青い閃光はアイギスを貫通し、アテナを呑み込み、直線道路に五十メートルに渡って巨大な断層を作り上げた。地面は融解して赤くなり、刺激臭を放っている。

「終わった、か」

 呪力の大半がそこをつき、体力もない。

 護堂はその場に座り込んだ。

 周囲の惨状を見回すと、だいたい自分のせいだと分かってしまう。

「アテナは、逃げたのか?」

 権能が増えたわけではない。だが、どこを探してもアテナの気配はなかった。

 サルバトーレと共闘したから権能が増えなかったのか。だが、最後はタイマンだった。とすれば、アテナはギリギリで回避して、撤退したと考えるべきだろう。

 原作と同じ流れは、もう期待できない。しかし、何かとストーリーに絡んでくるキャラだけに、ここで退場しないでいてもらいたいというのが、率直な願いだった。

「いやー、君も派手だねえ」

 背後から、サルバトーレが陽気な口調で声をかけてきた。

「どうやら、アテナは取り逃がしちゃったみたいだね」

「なぜ、それを?」

「以前、僕が戦ったの知ってるだろ? あのときもそうだったんだけど、あの女神様はとにかく生命力が強い。しかも撤退も上手い。君の攻撃で完全にダメになる前に、フクロウの羽で撤退したよ」

 どうやら、サルバトーレは一足先に戦いを終えて観戦していたようだ。

「でも、気がつかなかったぞ?」

「闇を操るんだよ。アテナは。それで、僕たちの感覚を狂わせてくる。逃げに徹した彼女を追いかけるのは至難の業だね」

 原作ではランスロットを相手に使った心眼すらも曇らせる闇の権能か。知らぬ間に第六感を封じられていたようだ。

「それで、そっちはどうなんだよ?」

「ん、こっちかい。それが、こっちも取り逃がしちゃったんだよね。刺したことは刺したんだけど、殺しきる前に光の粒になったんだ。あれはあれで反則だよね」

 それを聞いて、護堂はほっとした。ペルセウスを倒したときにサルバトーレが何を得てしまうかわからないが、とにかく、これから戦う相手に権能を増やして欲しくはなかった。

 おそらく、ペルセウスは太陽の力で脱出したのだろう。サルバトーレが刺したというからには、その傷は、一日二日で回復できる傷ではないはずだ。

 とりあえずの脅威が去ってくれて、また命拾いしたと、息を吐いた護堂だった。 

 

 




文体診断ロゴーンなるものをやってみた。
三十九話では、小林多喜二が91.6だった。
なんかおもしろいなって思ったけど、小林多喜二って読んだことないですね。

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