カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

27 / 132
二十七話

 霊脈という考え方は和洋中何処でも存在する普遍的な呪術理論だ。世界を絶えず流れる力があり、それらによって自然や人々の生活、運命すらも変質するという強大な星の息吹。日本でも近年運気を上げる方法として風水が注目を集めているが、これもその霊脈の力にあやかろうとする思いがその根底ある。

 大自然の力を敬い、自らの生活の支えとしようという気持ちは古代人と現代人でそれほど変わるものではないということか。

 とはいえ、自然界の猛威を肌で感じていたのは、紛れもなく古代人たち。

 彼らにとって、勝手気ままに移り変わる天候は、時に命も財産も奪いつくし国を傾けるほどだった。その詳細な理論も定かでない時代。彼らはその現象を神の御業と崇め奉り、畏れ敬い、そして、祭り上げた。

 その方法は様々であるが、もっぱらそれは祭祀という形をとり、古神道においては完全なる自然崇拝。奇怪な形状の岩や木であったり、時には山や島を丸々神体として祀ったが、後に技術のめざましい進歩と社会情勢の変化が加わって、わかりやすい崇拝方法----------神社が建てられるようになった。

「さてさて、どこかの……」

 草木も眠る丑三つ時。

 シンと静まり返った夜は、意味もなく厭世観を感じさせる神秘性を持つ。黄昏時と対を成す、あの世とこの世の狭間が最も薄くなる時間帯。暗闇の中を一人の翁がゆっくりと歩を進めている。

「ほうほう、なるほどなるほど。そういう構成か。やりおるの」

 木々に覆われた中に小さな祠が立っていた。古い、今にも朽ち果てそうなその祠は、その実、日本でも特に高い霊格を持つ伊勢神宮の只中なのだ。はるか古代から、日本の歴史とともに存在する伊勢神宮は、皇室とも深いつながりを持ち、その名を知らぬ者のいない一大霊地と呼んで差し支えなく、もしも仮にその名を知らぬとあれば、絶対に無知の誹りは免れない。

 伊勢神宮の正式な名称は『神宮』だ。古くは伊勢太神宮(いせのおおかみのみや)とも呼ばれ、皇大神宮と豊受大神宮の二つの正宮を中心に別宮、摂社、末社、所管社等の総計百二十五の社の総称なのだ。 

 単に神宮とだけ呼ばれるのは、ここが国内でも最高の霊格と歴史を持つがゆえ。天照大神を祀り、天皇と最も深い縁を持つこの神宮だからこそ。

 今でこそ、観光地の一つと認識されるこの神宮も、その裏では呪術界の重要拠点のひとつであり、一般人の入ることのできない場所は数多くある。当然ながら、科学的手法と呪術的手法の両方を用いた厳重極まりない防御が四六時中行われているのである。

 さて、ではこんなにも夜の深い時間帯に、呪術的重要拠点に忍び込める者がいるだろうか。

 いるはずがない。古代からこの地を守る結界の他、何十にも施された守護は並みの術者では決して破ることはできず、警護の呪術者もいる状況で忍び込むことなどできるはずがないのだ。

 だとするならば、この翁はどれほどの技量の持ち主なのであろう。少なくとも当代最高峰で納まる器ではあるまい。なにせ、彼がこの場に現れてから今の今まで、誰一人としてこの異常に気づいていないのだから。

 結界を解除したわけではない。すり抜けた。構成を完璧に理解して、針の穴を通すほどに繊細な術を最小限に使用して誰にも悟られることなく入り込んで見せたのだ。

 神宮を守る術者たちは責めを負うべきではない。

 この手並みを見れば、彼我の実力ははっきりとしている。

 こと呪術において、この翁は常識の埒外にある。たとえ神宮を守る選りすぐりといえども、勝負になるかどうか。

 翁の表情には日本最高峰の霊地に侵入したという罪悪感はなく、終始笑顔。どこまで行っても稚気に溢れた笑顔ながらも、怖気の走る気味の悪さがあった。

 翁は枯れ枝のようにか細い指で祠に手を伸ばした。 

 結界に触れる感触は一瞬。異常を異常として認識できず、異物を排除する機構はまったく働かない。

 易々と祠に達した指は、ただその表面を撫でただけ。表面上は、なにも変化は見られない。この翁がそれだけで済ませているとは思えず、内面がどのように変化したのか推し量ることは難しい。

「さてさて、仕込みは上々」

 にたりと笑う翁は、特に急ぐでもなく悠々と道を引き返していく。疲労もなければ達成感もない。翁にとっては手慰み程度の遊戯に過ぎず、彼が欲しいのはただ結果だけ。それを楽しむためだけに、存在しているといっても過言ではないのだ。

「ほっほ。急がねば見つかってしまうのう」

 楽しそうに呟く翁は言葉の割にはずいぶんとゆっくり歩いている。呪術者との遭遇も、それはそれでよいと思っているのだろう。

 この神宮の術者が束になってかかってきたところで、相手にもならないことを翁自身が理解している。ただ、呪術をぶつけ合う感触はなんともいえない幸福感を与えてくれるものである。そうなっては己の目的を喝破される恐れもあるのだが、だからこそ惹きつけられる。

 自分の企みに気づいた上で挑んでくる者がいるとしたら、その実力如何を問わず全力で相手をするに値すると。

 淡い期待を持ちながら、結局誰にも会うことなく、翁は去っていった。

 

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 

「かかし?」

「はい。かかしです」

 テスト期間が終了し、夏休みも間近となった土曜日のことだった。

 高橋家のリビングでイスに腰掛けた護堂は、真正面に座る冬馬に呼び出されてここにいた。

 テスト期間中の初期段階において、晶に勉強を教えるために通った部屋なので、もう見慣れていた。特徴を挙げるとすれば神棚に、学校から返却されたテストが捧げられているところだろうか。チラリと見える数学七十六点。過去最高得点だそうだ。動点Pの問題は壊滅したらしいが、基本問題で挽回していたので、よかったとのこと。

 この部屋で冬馬と顔を合わせて、今さらながらに晶と冬馬が親族であることを思い出した。

 護堂の隣に晶が、冬馬の隣に祐理が座り、資料に目を通していた。現在日本呪術の最前線にいるのは、間違いなくこの部屋に集まった四人である。

 カンピオーネ草薙護堂。霊視能力系媛巫女万里谷祐理。戦闘特化型媛巫女高橋晶。正史編纂委員会東京分室所属甘粕冬馬。

 各分野においてトップクラスの実力者達。特に護堂に関しては、時間さえかければ単体で国をひっくり返すこともできなくはない。

 その護堂は、要領がつかめないという困惑した表情で冬馬を見た。

「かかしってあのかかしですか?」

「ええ、そのかかしで間違ってないと思いますよ。田畑に立てる一本足に笠を被った鳥威しの一種ですね。ちなみに漢字はこう書きます」

 冬馬はボールペンで資料の端の余白に『案山子』と書き込んだ。

 冬馬の字は丸みが強く行書体のように各線がつながるクセがついている。早く書くには適しているだろうが、おせじにも上手いとはいえなかった。 

 祐理が冬馬の字を見つめつつ、

「その案山子が一体どうしたというんですか?」

 と尋ねた。

 冬馬は、苦笑いを浮かべて、

「最近の通り魔事件はご存知ですか?」

 と言った。

「通り魔事件」

 護堂は首を捻って記憶を穿り返し、昨夜のニュース番組を思い出す。

 そういえば最近人が斬りつけられる通り魔事件が多発しているという報道があった。おそらく週明けの火曜日の終業式にでも注意勧告がなされるだろう。ちなみに月曜日は海の日で休日だ。

「あれが何か? もしかして呪術師の仕業とかですか?」

「そうと決まったわけではありません。しかし、呪力が介在していることは確かで、我々としては神獣の類がどこかに居座っているのではないかと警戒を強めているのですよ」

「人斬りの神獣ですか。でも、命に関わるような重傷ではないのですよね?」

 祐理の問いに冬馬は頷く。

「ええ、そうです。一番の重傷で手首を斬った女子中学生がいるだけで、そこまでの重傷者はいません。もしも顕現した神獣がいたとしても、それほど強力ではないと見ています」

 しかしながら事件は事件。神獣が本気で暴れたときにはカンピオーネの助けを必要とするかもしれないということで、確認をしたかったのだ。

「それで、案山子がどうつながるんです? 叔父さん」

 晶が麦茶で唇をぬらす。

「それがですね。被害者のほぼ全員が、案山子に斬られたと証言していましてね。これに関しては暗示で忘れてもらいましたが……」

「案山子、ですか」

 案山子が人を斬る。確かに、それは怪異だ。現代に蘇った妖怪伝説のようではないか。

「いや、そもそもどうやって案山子で人を斬るんです? 一本足で腕も動かないじゃないですか」

「うーん。そのあたりはなんとも。呪術者が被害者であったならまだ何とかなったかもしれませんが、一般の人にそういうことを尋ねてもわかりませんよ。斬られた時点でパニックを引き起こしますからね」

 斬りつけてきた相手が何者なのかすら、当初はわからなかったらしい。カウンセリングを繰り返す中で、そういう情報が零れ落ちてきた。それを組み合わせて捜査をしているのが現状なのだ。

「それで、どの程度絞り込めているんです?」

 護堂は尋ねるも、冬馬は苦々しげな表情で首を振る。

 進展はない。そういうことのようだ。

「そこで、我々としては、まずは祐理さんに協力していただきたいのです」

「万里谷の霊視力で相手の尻尾を掴むということですか」

「はい、そうです」

 そして、冬馬は祐理に視線を向け、頼み込んだ。

 元々責任感が人一倍強く、使命に従順な媛巫女は、聊かの逡巡を見せずに頷いた。

 

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 車に揺られること二時間と少し。やってきたのは茨城県小美玉市。視界は開け、田園風景が広がっている。 耳障りな甲高いエンジン音。ジェット戦闘機が頭上を過ぎ去っていく。

「おお。F-15J」

 晶がため息を漏らす。銃器に精通する彼女は、当然の流れとして戦闘機の判別ができる。

 無論、現代日本男児の護堂もまた、戦闘機には興味がないわけではない。戦車も戦闘機も本屋で雑誌を立ち読みする程度には興味がある。

「百里に戻るのかな」

「たぶんそうだと思います。関東でアフターバーナーを搭載する機体を運用できるのは百里飛行場だけですから」

 茨城県小美玉市にある飛行場は航空自衛隊と民間の航空会社が共用している。民間での呼称は茨城空港。ここは離島を除くと関東圏で唯一戦闘機を運用することのできる飛行場であり、そのために首都防空の要と呼ばれる。ちなみに埼玉県の入間基地は地域との協定から戦闘機を運用することができない。関東での有事の際は、ここに司令部を置く第七航空団が対処することになる。

 護堂は大きく背伸びをする。長時間の車での移動で背骨と筋肉が固まってしまっていた。

「さあ、みなさん。準備はよろしいでしょうか。それでは、現場へ行きましょう」

「なんか遠足みたいですね」

「たしかにな。陽気もいいし」

「お二人とも、もう少し気を引き締めてください……」

 冬馬が言う現場は、車を止めた場所から歩いて五分ほどのところにあった。

 何もない、ただ一本の農道で、両側には青々とした稲が日差しを反射している。

 前後を見ても、民家は遠く、東京で暮らしていた護堂にとってはやはり珍しい景色で、新鮮な気持ちになる。思えば、これほどに人気のない場所というのも、東京にはそうあるものではない。自分とは関わりのない土地であるのに、物寂しい郷愁の念が沸き起こってくるのは、その身体に農耕民族の血が流れているからか。

「こんなところで事件が起こったんですか」

「はい。ここが最新の事件現場です」

 冬馬が人差し指で指し示す。ガードレールがどうかしたのか、と訪ねる護堂に冬馬は、

「昨夜の夜九時過ぎです。農業を営む六十代の男性があのあたりで斬りつけられました。昨日は風と雨が強かったので、田んぼの様子を見に来ていたところだったとのことです」

「あそこですか」

 祐理が、その場所まで歩いていく。

 長閑な農地のすぐ側で、通り魔事件が起こるとは世も末だなと思いながら護堂はついていく。耳に心地よい用水路の流水の音で、心なしか和やかな気持ちになる。

「どうですか。万里谷先輩」

 晶がガードレールに手を付いて、田んぼの中をのぞきこみながら尋ねた。

 祐理はしばし目を瞑って精神を集中させていたが、

「すみません。確かに呪力の残滓は感じるのですが……」

 と申し訳なさそうに謝った。

「もう少し、情報があれば絞り込めるかもしれませんが」

「ふーむ。情報ですか……今あるものと言えば、これくらいしか」

 そう言って、冬馬が取り出したのはスマートフォンだ。それを手早く操作して、表示させたのは日本地図。

 マップ機能。太平洋沿いに点々と赤いマーカーが示されている。

「これは?」

「通り魔事件の現場の位置情報です。ご覧の通り、時系列順に見ていくと三重県から始まって静岡、山梨、千葉、埼玉、そしてここです。現場はどこも農地の付近に限定されています」

「農地付近。そして案山子ですか」

 祐理は考え込むように頤に手を当てる。

 優美な仕草に目を奪われそうになり、護堂は視線をそらす。

「そういえば、先輩。『強制言語』は第六感の強化ができたのでは?」

 水路を眺め、落ち葉を蹴落として水に流していた晶が言った。護堂は、あ、と口を開き、

「その手があったか」

 と言った。

 祐理に向き直り、提案する。

「じゃあ、万里谷の第六感を強化して見ようと思うけど、いいか?」

「はい。大丈夫です」

 第六感に干渉するのは以前も行ったこと。祐理もその力を思い返し、すぐに同意した。

「それじゃ、始めるか」

 護堂は聖句を唱えてガブリエルの権能を行使する。

 『強制言語』とグリニッジ賢人議会に命名されたこの権能は、言葉によってあらゆるものを支配する言霊の権能と一般に認識されている。が、しかし、その本質はそこにはない。護堂の倒したガブリエルはメッセンジャー。天使の中でも、特に第六感を介した『お告げ』を得意とする。それは神の言葉であり、絶対的な強制力を持つ。護堂の権能も、第六感を強め、他者との意思伝達をし、また第三者の超感覚に干渉することを主とし、その延長線上に言霊があるのだ。

 護堂の呪力が祐理に流れ、著しくその霊視能力を高めていく。

 祐理は精神を統一するために目を瞑ったまま、ひたすらに無を貫く。そこにある呪力の痕跡と脳内に入れた事件の情報。それらを呼び水として、幽界に接続する。とめどなく流れるジャンク情報の中から、確かな情報を手繰り寄せるために。

 五秒が経ち、十秒がたち、二十秒が経とうとしたとき、祐理の脳裏に映像が飛び込んできた。

 風と雨。吹き荒れる豪風の中に佇む社。雷が鳴り響き、人々は慌てふためいている。

 しかし、それも長くは続かない。やがて嵐はさり、雨水は大地を潤していく。秋になって稲穂はたわわに実り、人々は豊作を感謝する。

 間違いなく、これは神に類する者。このイメージは神代の、彼らが自由闊達に外を巡っていた頃の様子。つまりは、この呪力を残した者の神力の正体。

(もう少し。まだ、足りない)

 祐理の直感が、まだ、何かあると感じてた。斬りつけるという行為に結びつかない。雨を降らせるでもなく、風を起こすでもなく、斬りつけるという行為に、農業とは別の意味合いを見出すべきなのではないか。それともそれも含めて農業と関わりがあるということだろうか。

 しかし、それは邪念だ。まだ、と情報を希求する心は、精神統一がなっていない証拠。霊視はあくまでも受動的な力であるべきだ。心は無であり空でなければならない。どれほど甕が大きくとも、すでに水で溢れていれば新たな水は注げない。巫女の修練の基礎にして最大の難所は空の心を作ることにある。

(あ……)

 と思ったときには、イメージには霞みがかかって掴みようがなくなってしまっていた。

 ただ、最後の一瞬だけ垣間見えた物。それは、

(火?)

 ほんの僅か見えた赤。それを最後に、祐理の意識は現世へと戻っていった。

 

 

「すみません……」

 と祐理は謝った。あと一歩を逃した己の欲に対しての叱責でもある。

 護堂はそれを笑って許す。祐理でできなければ誰にもできはしない。彼女は世界最高の霊視能力者なのだから。自分にできないことで、人をせめても仕方がない。

「それに最低限の情報は得たわけだしな」

「農耕神。嵐にも関わる神格ですかね。農地で案山子ですからね。そうなるでしょうが、それにしても火ですか」

 冬馬は無精ひげを撫でるようにして思案する。神話について勉強中の浅学の徒である護堂にはその辺りはよくわからない。

「なあ、晶。なんで案山子?」

 と、隣の晶に聞いてみた。

 晶は、

「案山子も一応は神様ですから」

 と答え、

「田んぼの神様の依代です。山の神の化身でもあります。そして、一日中世界を見続けているところから知恵の神にもなります。久延毘古が有名どころですね」

 久延毘古。

 大国主の国づくりに登場する神で、大国主の下に海の向こうからやって来た小さな神の名を大国主が尋ねる場面でのこと。大国主が名を尋ねても小さな神は答えず、誰もこの神の名を知らなかった。そこでヒキガエルの多邇具久が「この世界のことなら何でも知っている久延毘古なら、きっと知っているだろう」と言うので、大国主は久延毘古に小さな神の名を尋ねることとした。久延毘古は歩くことができなかったので、大国主は自ら久延毘古の下を訪れて名を尋ねると、「その神は神産巣日神の子の少彦名神である」と答えた。

 久延毘古とは『崩え彦』。つまり、身体の崩れた男の意味で、風雨に晒された案山子のことである。

「でも、久延毘古は嵐の力は持ちそうにないな」

「はい。むしろ守ってくれそうですよね」

 そして、晶は表情を変える。険しい目つき。微笑ましい会話の直後とは思えないほどに急激に変化する様子は二重人格を疑われかねない。一方の護堂はそんな晶を一瞥もせず、ぐるりを周りを見回す。晶とは対照的に冷めた目でソレを見る。

「やれやれ、守ってくれそうってわけでもないみたいだな」

「みたいですね。殺気がムンムンですよ」

 四人の周囲を案山子が取り囲んでいたのだ。一体どこから現れたのか皆目見当がつかないが、呪術世界では珍しいことではなく、今さら驚くようなこともない。

「甘粕さん。万里谷を」

「了解しました。お気をつけて」

 冬馬が短剣をどこからか取り出した。同時に晶も御手杵を呼ぶ。長さ三メートル、重量十五キログラムという槍は、およそ女子中学生が持ち運べる武器ではない。それを、片手で軽々と操るのが晶の真の戦い方だ。

「今日はいきなり槍なんだな」

「まあ、銃弾を田んぼにばら撒くわけにもいきませんから」

 鉛は農業の敵ですから、と晶は言う。

 戦闘能力のない祐理を背で庇い、護堂と晶は反対方向の敵を見据える。

 案山子はいたって普通の材質でできているようだ。木製で、頭には笠を被っている。最も、十字型に組まれた腕の先には鋭利な刃物が取り付けられていたが。

「いやー。なかなかユーモアセンスに溢れた案山子ですねえ」

「甘粕さん。どうか、気を抜かないでください」

 冬馬の軽口を祐理が諌める。とはいえ、冬馬の言は間違っていない。まるで小学生か中学生の悪戯のように悪趣味だ。

「来ます」

 晶がそう言った瞬間に、案山子たちが動いた。一本足でどう動くのかと思っていたところ、身体を軋ませてまげ、ばねのように跳躍したのだ。何体か田んぼの泥に足が埋まってもがいている個体もあるが、どちらにせよ驚くべきことであろう。

 まず晶は大槍を豪快に一振り。空気をねじ切るような快音が鳴り、その柄で打たれた案山子は無残にも粉々となる。勢いのまま、回転。案山子の腹部を蹴り砕き、槍で突き、斬り裂いていく。めまぐるしく切り替わる体勢と技。『まつろわぬ神』、神獣、魔術師との数多くの実戦の中で培われた戦闘技巧は鮮やかに舞いながらも野獣のように貪欲に敵を貪りつくす。足技は旋風であり、槍は台風であった。

「む?」

 晶が首を捻る。そこを回転する刃がすり抜けていく。案山子は自分自身の身体を回転させながら対象を斬りつけているのだ。しかも、風を纏っている。これは、

「なるほど、カマイタチ。薄い風の刃か。やっぱり風に纏わる力の持ち主みたいね!」

 晶の頬に赤いラインが走るが、気にするそぶりを見せず、返す刀で粉砕する。滴る血を拭うと、すでにそこには傷がなくなっていた。

 圧倒的な力で敵を蹂躙した晶であったが、反対側の案山子を担当していた護堂はそれを上回る。この案山子たちは神獣にも劣る低劣な使い魔。カンピオーネである護堂にとっては炉端の石に等しく、敵とするには値しない。案山子の振るう刃は護堂の骨を傷つけることはできないし、カマイタチは無効化される。彼らが何千と集まったところで、護堂を倒すことは不可能だ。

『砕け』

 ごみを払うかのように、右手を振るった護堂。その腕に指揮されるかのように、二十いた案山子の軍団は消滅した。宙を高く舞う残骸が田んぼに落ちて水音を立てる。

 まさに、野分で破壊されつくした集落の如く、動き回って人を襲う案山子の怪異は、一撃でただの木材へと成り果てたのだ。

 仕事をしたという感慨も浮かばないまま、後ろを見ると、晶たちの戦闘も終局へ向かっている。

 これが、敵の全力か、それとも小手調べか。

 一瞬後者であればいいと思った護堂は頭を振って気持ちを落ち着かせる。

 戦いなど百害あって一利なし。命の危険に飛び込むのは蛮行であり愚かしい行為なのだ。

 結局、二分とかからず、案山子は全滅してしまった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。