カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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二十話

 

 

 速度においてリリアナは他の追随を許さない。

 背中を向けた相手を追うことなど造作もない事であるし、なによりも時折反転しては銃撃してくるために、その距離は縮まる一方だった。

「日本は銃規制の厳しい国と聞いていたが、そうでもないのか?」

 都市部で銃を乱射する少女に対して、彼女の上司は一体どう思っているのだろうか。

 ふと、そんなことを思ったリリアナだったが、それの疑問を棚上げして加速する。晶が振り向きざまに引き金を引いた。リリアナはほくそ笑み、思念を飛ばす。

「きゃ……」

 晶が小さな悲鳴と共に銃を落とした。

 黒々とした金属塊に、木の棒が突き立っていた。リリアナの矢。追尾性能を持つ矢が晶を真上から襲い、その銃を射落としたのだ。

「チェックメイトだ! 高橋晶!」

 振り下ろされるイル・マエストロ。それを晶はXM109ペイロードを楯にして防ぐ。呪力によって強度強化をしているおかげで両断の憂き目にはあわなかったものの、最近こんな扱いばかりなことに、心の中で謝罪する。

 晶は、銃を真横にスイングした。

 一メートル以上ある鉄の塊であるXM109ペイロードの重量は15.10キログラムに達する。晶の強化された筋力で振り回せば立派な金棒であり、凶器だ。人間の頭蓋程度は簡単に割ることができる。

 リリアナはこれを姿勢を低くすることで潜り抜け、晶の腹を蹴飛ばした。

「く、ああ」

 リリアナも身体能力を向上させていたのだろう。小柄な晶は簡単に大きく跳ね飛ばされ、背後の住宅のガラスを割って中に消えた。

 木造の古めかしい家だが、よく見れば、この近辺は大通りから少し入り込んだ場所で、住宅街になっているようだ。幸いなことに、目の前の民家は人気のない、空き家のようでリリアナはほっとした。

 終始晶を圧倒したリリアナには疲労の色はない。この程度の仕合であれば、これまでに何度も行ってきている。なによりも彼女の幼馴染のような実力者がいるのだ。リリアナは自分の実力に自信を持ちながらも慢心はしていない。

 リリアナはしばらく晶が出てくるところを待っていたが、中から出てくる様子はまったくなく、不信感を抱いた。

「おかしい。まさか!」

 窓に駆け寄って中をのぞくと、案の定、そこは蛻の殻。飛び散った窓ガラスの破片と、乱雑に置かれたダンボールやほこりにまみれたテーブルなどがあるのみで晶の姿はなかった。

「おのれ、また逃げるか。騎士の風上にも置けないヤツめ!」

 もちろん、晶は騎士などではないが、リリアナには魔術と武術の双方を極めて一流の認識があり、それらは総じて騎士である。よって魔術の世界にいるリリアナの基本的な思考は騎士道のそれになる。このときはついついそれが口をついて出たのだ。

 リリアナは憤りのままに、廃屋に入った。

 部屋の中は見た目どおりの乱雑さで、荒れ果てていて、もう何年も住人がいないことを物語っていた。

 電気もつかない漆黒の世界も術を扱う超常の人間たちには効果なく、昼間のような行動を可能としている。

 晶の行方は何処か、術を使いながら家の中を探そうと躍起になったとき、乱暴に踏みつけた足元のベニヤ板が炸裂した。

「うわッ!」

 銃弾が真下からリリアナの右足を襲ったのだ。術で守られていたものの、足払いをかけられた格好になったリリアナは尻餅をついた。

「くそ、つまらないトラップを」

 悪態をつくリリアナはトラップの正体を見た。 

 ベニヤ板の真下には釘が上を向くようにすえられていた。その釘の上にさらに薬莢が乗っている。リリアナがベニヤ板を踏むと、その下の銃弾が釘を撃鉄代わりとして発射される仕組み。足を狙った簡易地雷となるだろうか。

 もちろん、この対物ライフルにも耐えるリリアナの防御は、今さらこの程度の銃撃で破られるものではない。

 だが、そこでリリアナは表情を固めた。ベニヤ板の四隅にはよく見なければわからないほどに細い鋼線が繋がっていたからだ。

 すでにその鋼線は役目を終えて地面に力なく落ちているが、それが何を意味するかわからないリリアナではない。

「まさか、この家、初めから!?」

 リリアナは蒼然として叫んだ。

 簡単な罠とはいえ、これほど短時間で仕掛けられる罠ではない。戦いが始まるよりも前に準備されていたと考える他ない。すると、相手のこれまでの行動は、リリアナをこの場所まで引き寄せることだったと考えられる。

 晶は逃げていたわけではないのだ。あえて、リリアナに追い詰められる演技をしていた。だから、リリアナが防げる程度の魔弾しか使わなかった。すべてはリリアナを足止めし、時間を稼ぐ、その上で勝負を決めるため。もしかしたら、リリアナの生真面目で騎士道精神に溢れる精神性を把握した上で、逃げに徹していたのかもしれない。意外にも激情家のリリアナはまんまとおびき出される形となったわけだ。

 そして、これまでとは比較にならないほどの轟音とともに、紅蓮と黒煙がリリアナを包み込んだ。 

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 晶はリリアナと入れ替わりで通りに姿を現した。

 簡易的な罠ではあったが、誘導が上手くいったことで、効果を発揮してくれた。

 部屋の中に仕込んであった爆弾は、周囲の民家への配慮から威力を限定せざるを得ないものであり、また、リリアナを殺害したところで、この戦いに勝利できるものではないということから、構想したときよりも弱い威力となっていた。

 それでも、至近距離からの爆発を受け、火炎と煙に巻かれれば、大騎士といえどもどうなるかわからない。おそらくは大丈夫だとは思うが、これで死んでしまったなら、すこし後味が悪い。

 そう思っていたが、黒煙を吹き上げる窓からリリアナが外に出てきたことで憂いも消えた。

 煤に汚れているし、衣服もところどころ破れている。しかし、概ね元気と言っていい状態だった。

「いや、まさか驚きました。これでもその程度の怪我で済んでいるなんて」

「驚いたのはこちらのほうだ。まさか住宅街で爆弾を使ってくるとはな」

 イル・マエストロを抜かりなく構えるリリアナには、今度こそ、何の慢心も油断もなかった。

「この家屋は初めから用意していたものだな?」

「ええ、まあ、そうですね。お気づきのとおり、時間稼ぎが主となる戦闘ですしね。わたしが倒されては元も子もないので、直接戦闘は避けようとしたんですが、尽く破ってくれますね」

 遠距離攻撃、罠、これらはすべてリリアナの攻撃範囲外からの攻撃を狙ったもの。これは戦闘の基本ではあるが、リリアナとしては刃を交えた戦闘にこそ誇りを感じるので、認めがたい。

「高橋晶。おまえは何かしらの武芸を身につけているはずだな。身のこなしでわかるぞ。銃などではなく、そちらで勝負してはどうだ?」

「確かに、それも魅力的な提案ですね。でも、その前にこちらからも提案があります。あなたをさっさと無力化できればよかったのですが、そういうわけにもいかないので」

 晶は言った。

「ヴォバン侯爵を離れて、こちら側につきませんか?」

「は? 今さらだな。それは承服しかねるぞ」

「でも、あなたの性格からして、好き好んで侯爵に付き従っているわけではないのでしょう。幸いこちらには草薙先輩というカンピオーネもいます。鞍替えするなら今ですよ」

 もともと、この戦いはリリアナの側に大義名分がない戦いである。それに関してリリアナも思うところはあるし、圧倒的強者であるヴォバンに友人を救うために乗り込んでいくという心意気にも感銘は受ける。つくとしたら、当然護堂のほうであるべきだが、今さら遅い。

「草薙護堂に勝ち目はない。わたしは沈む船には乗らないんだ」

「先輩は勝ちますよ。絶対」

「その意見には根拠がない」

「どうしてもダメですか?」

「どうしても、だ。わたしと戦いたくなければ退けばいい。万里谷祐理を引き渡せばそれで終わりだ」

 晶は首を振ってそれを拒否した。

「それはできません。万里谷先輩のことは草薙先輩から任されているんです。わたしはもう、あの人の足を引っ張りたくはない」

「だったら、問答の余地はない。ここで決着をつけるしかない」

「そうですね。わたしも、秘密兵器を出すしかないみたいです」

 晶の手には、銃ではなく、茶色い封筒が握られていた。

 秘密兵器という呼称から、リリアナは警戒を強め、数歩後ろに下がって呪力を高めた。

「草薙先輩から預かったものです。あなたとの交渉が決裂したら読めと言われています」

 晶は封筒の開けて中から紙を取り出した。折りたたまれているそれを広げると、A4の紙に活字で文字が書かれていた。

「王からのメッセージ、だとでも?」

「さあ?」

 怪訝そうな顔は晶も同じ。今初めて開いたからだ。リリアナは、これを護堂からのメッセージだと思ったのか、不審そうな顔をしながらも斬りかかってはこなかった。律儀な性格は敵の王の言葉にもきちんと耳を傾けさせるほどだった。

「読みます。『寝室にある机の引き出し、上から二番目』……?」

「-----------------!?」

 暗号めいた文言に晶は眉を顰めた。そしてリリアナは喉を干上がらせた。

「『あんな冷たい人のことなんか大嫌い。でも、この胸の高鳴りは何? もしかして、これが恋』。なんでしょうか、これは。恋愛小説? なんで、こんなもの……」

 晶は、いよいよ護堂に手渡されたこれが、何かの手違いで別物になってしまったのではないかと疑って、リリアナに視線を向けた。

 もしかしたら、リリアナにはこの怪文書の謎がわかるかもしれないと思ってのことだ。

 しかし、当のリリアナは視線をさまよわせ、おどおどとした様子。明らかに挙動不審に陥っていた。

「リリアナさん?」

「な、なんだ?」

「どうしました?」

「なんでも、ない!」

 なんでもなくはない。よくわからないが、晶は先を読み進めた。晶が読むたびに、リリアナは何かしらの反応を示した。「うッ!」とか「ぐはッ!」とかそのたびに胸を刺し貫かれているかのような苦悶の声を上げている。

 ついに晶は理解した。

「そうか、これは草薙さんの言霊が封入されているんですね! 内容はよくわからない三文小説ですけど、きっと重大な呪術的意味合いがある!」

「三文!?」

 リリアナは晶の評価にひどくショックを受けた。

 実のところこれは、リリアナが趣味で執筆している小説であった。彼女の少女趣味な思考が、妄想があふれ出した末に生まれたものなのである。それを護堂は知っていたし、原作にない部分もエリカ経由で入手していたのだ。

「『やめて、放して! わたし、あなたのことなんか大ッ嫌い!』『ふっ、だったらなんで俺のところに来た?』」

「ぐあああああ! 止めろ、それ以上は-------------!」

 リリアナは頭を抱えて懇願するが、晶はなおも朗々と謳い上げる。セリフにはきちんと感情を込めるあたり、リリアナの心を深く抉っていた。

「『わかっている。お前は俺のことを』」

「うわあああああ! もういっそのこと殺せ! 殺してくれ-------------!」

 リリアナは近くの電柱にガンガンと頭をぶつけて叫んだ。

「そ、そこまでですか?」

 リリアナの変貌振りに晶も冷や汗を流した。

 言葉による強制力。護堂の第一の権能である。まさか文字を介して作用するとは。しかもあの大騎士がこれほどの醜態を見せるほど。なんて恐ろしい力だろうか。晶の解釈はこうなっていた。そして、この文面がリリアナにとって、精神的に好ましくない情報であるということもまた、事実。

「あの、リリアナさん。これ以上の戦闘は無意味であると思います。寝返ってくれとまでは言いませんから、手を引いてくれませんか?」

 どうせ護堂が勝てば祐理を確保する意味はなくなるし、最悪の展開でヴォバンが勝っても、彼自身で探すこともできる。リリアナがこれ以上戦う必要はない。

「だ、だめだ。今からその手紙を奪い、この世から消し去ってやることもできるんだ!」

「でも、これ最後のほうに、『もしも、こちらの要求が通らなければこれと同じ文面がエリカ・ブランデッリに郵送される』ってなってますよ。草薙先輩、エリカ・ブランデッリと面識あるみたいですし、嘘ではないかと」

 この瞬間、リリアナは膝から崩れ落ちた。

 


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