カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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十七話

 抜けるような快晴が一転して、天空は今や圧迫感すらも覚える黒い雲に覆われ、激しい雷雨を伴う大風が東京を襲っていた。

「しっかし、また嵐か……」

 現存最古のカンピオーネのヴォバンは、感情が昂ぶると嵐を呼び込む性質らしい。元来が戦好きで、それ以外にまったく興味を示さない人物だけに、退屈を持て余しては戦いを求めて各地をさまよう危険人物である。 日本に現れたのも、『まつろわぬ神』を招来する儀式を行うために、万里谷祐理を連れ帰ることを目的としていた。護堂の持つ原作知識という特典のおかげで、先手を打つことはできた。嵐が呼び込まれたところを見ると、ヴォバンはずいぶんと喜んでくれているようだ。 

 

 おおおおおおおおおんんん--------------…………

 

 遠く木霊する音が耳朶を打ち、空気を震わせている。

 風の音だ。

 猛獣の唸り声に聞き間違うほどに低い音が、様々な角度から反響してくる。

 ヴォバンの昂ぶる心情を代弁するかのように、木々を揺らし、ビルの間を駆け巡り、重低音のオーケストラを創り上げる。

 どうにも、カンピオーネになってから嵐の夜にしか戦っていないような気がしてならない。波乱万丈を地で行く人生ではあるが、こんな演出はしてくれなくていいのに、と信じてもいない神様に悪態をつく。

 勢いよく敵の滞在するホテルに飛び込んだはいいが、敵の力は未知数。喧嘩だけ売って、護堂は一端外に逃れていた。リリアナが出て行った窓が都合よく開いていたので、そこから飛び出したのだ。今は、そのホテルの屋上まで雷化して移動し、ヴォバンが現れるのを待っているところだ。

 護道の知識にあるヴォバンの権能は五つ。

 まずは無数の狼を召喚し、自身もまた三十メートル級の巨狼へと変身するヴォバンの第一の権能にして最も信頼を寄せるアポロンの力。これは太陽の力を無力化するという特性も併せ持つが、護堂には太陽神の力がないのでここは原作ほど気にかける必要はない。

 次にオシリスの権能。これ自体の脅威はさほどでもない。攻撃能力はそう高くはなく、殺されたあとでゾンビにさせられるという最悪のエンドを迎えるということが問題だが、召喚されるゾンビはカンピオーネと互角に戦える人材はいないはずだ。元になった人間の力をそのまま使う上に、死して思考力が衰えているのだから当然だろう。

 三つ目に『ソドムの瞳』とも称されるバロールから奪ったと噂される生物を塩に変える邪眼の権能だ。

 噂が真実だとすればバロールは見た者を殺害する強力な邪視の力を持つ神で、ケルト神話の神格だ。よってユダヤ教のソドムとは無縁の神なのだが、権能が『塩化』であることからこの名がついたのだろう。『バロールの目』とでも言ってくれればわかりやすいものを。

 この邪視についても、カンピオーネの抵抗力で耐えられる代物だと思う。よほど消耗していなければ何とかなるはずだ。

 朝鮮系の神から奪った『疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドランク)』が今発動している嵐の権能だ。風に雷にと操れる範囲が広いだけに、護堂の持つ雷神の権能よりも攻撃性能は高い。要注意だ。

 最後に正体不明の不死性の力。

 灰から蘇るところをみるとフェニックスか何かだろう。

 圧倒的に相手は経験が上。よって、護堂に対してもかなり油断している。新参者の護堂が勝つにはそこに付け入るしかない。

「出て来い。一発でかいのを見舞ってやる」

 開戦ののろしを雷撃で上げる。

 ヴォバン個人の防御力は高くはない。不意をつく一撃をもってまずはダメージを与える。

 しかし、風雨にされされながら眼下の玄関口を眺めてみてもヴォバンが歩み出てくる様子はない。護堂が跳びだした窓から現れることもない。

 まだ建物の中にいるのだろうか。

「!」

 護堂の第六感が、この世にありえない危険を知らせてきた。

 理性が働くよりも前に、護堂は生存本能に従って言霊を飛ばした。

『弾け』

 それは背後から襲い掛かってきた。

 身の丈はあろうかという狼の牙が、護堂のすぐ目の前で静止した。

 つい先日、『強制言語』と邦訳された護堂の力によって、狼は突進を阻まれ、見えない壁に激突、潰れて無残な姿を晒した。

「貴様はどうやら魔女の探知能力をすり抜ける力を有しているようだな。我が自慢の配下に調べさせても、一向に足取りがつかめなかったぞ」

 悠々と、屋上のドアから現れたヴォバンが得意げに言った。

 魔女に策敵する類の力があることは知っていた。幸い、護堂の『強制言語』には第六感に干渉する力があり、それによって魔術的な策敵から逃れることができたのだ。それを使い、ヴォバンの不意をつこうと思っていたのだが、狼を使って探す方向にシフトしたらしい。

「階段をわざわざ上がって来るなんてな。歳考えようぜ、爺さん」

「減らず口を言う。若さに任せた行動は重要なことだが、時に命取りになるということを学ぶべきだな」

 ギラリ、と邪眼が怪しく光る。

 護堂は体内の呪力を活性化させて、塩化の呪いを弾いた。外部からの魔術的干渉は、カンピオーネには効果がない。

「貴様の行動にはいくつか不審な点がある」

 ヴォバンは歩みを止めて、護堂に語りかけた。

 その周囲から、威圧するように狼の群れが湧き出してくる。身の丈が成人男性よりも大きい怪物だ。それが十頭も集まれば、屋上はそれだけで手狭になる。

「私の目的をどのようにして知ることができたのか。この問いに対する答えをまだ受け取っていないぞ」

 そういわれても、原作知識としかいいようがない。そして、そのようなことを答えられるはずもない。

「ふむ。答えぬか。まあ、いいだろう。カンピオーネの魂を縛ったときにその権能まで残るかわからないが、記憶は残せるだろう。貴様をくびり殺したあとでゆっくりと調べればすむ話だ」

「悪趣味が過ぎるぞ、爺さん。俺はあんたに隷属するつもりは一切ないからな。痛い目を見るのはそっちのほうだ」

「ハハハ! 威勢がいいな! よかろう……まずはその口を開けぬようにしてやろう! 行け、我が狼たちよ!」

 主の合図を受けて、一斉に狼たちが護堂に挑みかかってくる。

 僅かしかない距離だ。一瞬にして牙の射程に入ってしまう。

 護堂はここで神速に入った。雷化はしない。六十パーセントほどに出力を押さえることで、普段よりもより身軽に、高速で移動できる上に、速すぎてコントロールを誤る危険性も減る。これまでの戦いと知識を織り合わせて体得した神速の使い方だ。

 襲い掛かる狼の巨体が、スローモーションに見える。

 神速は速度を上げるというよりも、時間制御に近い能力だ。加速に入れば世界がその分だけ遅くなる。ただでさえ動体視力などがカンピオーネになって高まっている中での神速だ。大抵の攻撃は避けることができる。 最初に挑みかかってきた狼の横をすり抜け、振り下ろされた爪を避け、間を縫うようにして一気に反対側まで走り抜けた。

「狼の戦闘能力は大したことはないな。大騎士でも倒せるレベルか」

 所詮この狼たちは十字軍を相手にするために生まれた大軍殲滅形態だ。その真価は巨体へと変貌した際の圧倒的な破壊力にある。

 狼たちをやり過ごした護堂は、曲線を描くように走り続け、ヴォバンに迫る。

「ぬ……」

 ポケットから取り出したのは晶から貰った護身用の小刀だ。切れ味を高める程度の簡単な術がかけているが、それ以外は何の変哲もない刃渡り五センチほどの小さな懐剣。高速移動中とはいえ、速度を制限しているからこそ、ヒット・アンド・アウェイができる。ヴォバンは典型的な後衛型のカンピオーネ。強力な砲撃と、物量で相手を圧倒するタイプだ。近接戦を挑めば速度に勝るこちらに分がある。

「はあ!」

 横をすり抜けるようにして振るった刃の一閃は、惜しくもヴォバンの袖を掠めるに終わった。今の護堂の速度であれば目で追えるということと、カンピオーネの中でも突出した獣の勘を持っているということが、ヴォバンに回避を許した原因だ。

「神速を上手くコントロールしているわけか。なるほどな。器用なものだ!」

「余裕ぶっこいていると、痛い目を見るって言っただろ! 観察している時間なんかやらないぞ!」

 初撃で終わると思っていたほど、護堂は甘くない。速度の緩急をつけて最小限のターンをするとすぐにヴォバンへ向けて疾駆する。

 馬かと見まごうほどの巨躯を持つ灰色狼たちは、狭い屋上では数を召喚することはできず、また、その巨体ゆえに小回りが利かない。近接戦を仕掛けているうちは、狼による攻撃は緩まらざるを得ないはずだ。

「甘いのは貴様だぞ、小僧!」

 対するヴォバンとて歴戦のカンピオーネ。戦闘経験では護堂の百倍を優に越え、潜り抜けてきた修羅場は語りつくせないほどにある。この程度は若輩物の浅知恵としか思えないのだろうか。

 ヴォバンの影からぬらり、と真っ白な顔の青年が現れ出でる。

 騎士甲冑に身を包み、両刃のロングソードをだらりと下げている。唯一割れた兜からその顔が判別できた。

 死相を浮かべた青年は、その表情をまったく変えることなく、的確な突きを護堂に向かって放ってきた。

「うおッ!」

 敵の狙いは眉間。護堂の進路上に鋭く光る銀の煌きが滑り込む。

「八十パーセント!!」

 視界がさらにゆっくりと流れる。体感時間が延長され、相対的に移動速度が加速する。小刀をロングソードの刃に沿わせて上方にずらし、その下を潜り抜けるようにして避けた。

 危険はそれで去ったわけではない。

 護堂を囲むようにして現れたのは屈強な六人の騎士たち。

 服装も人種も国籍もバラバラで、ただ唯一ヴォバンに殺害されたという事実だけが共通する死人たちが計七人。

「くく、何れも我が配下の者たちの中でも特に優れた腕の持ち主だ。その小賢しい足であろうとも打ち破れよう」

 得意げに嘲笑するヴォバンは、さしずめ剣闘士の試合を観劇するローマ市民か。

「手下に戦わせて自分は高みの見物かよ!」

 人間であろうとも、超一流の剣士は神の速度を見切ることができるらしい。護堂の知っている名前ではパオロ・ブランデッリが挙げられる。六体の神獣を相手にたった一人で戦い終ぞこれに破れることのなかったイタリア随一の魔法剣士。彼に比する剣豪が、七人。

 護堂がただの人間であれば、この時点でもう自らの人生の終幕を見ることだろう。

 が、護堂はカンピオーネなのだ。

 いくら相手が人間界最高クラスの剣士であろうとも、それが人間レベルという時点で敵にはならない。厄介なのは物量に持ってこられるときだけなのだが、屋上ではそれもできない。数の不利はこのフィールドで戦う上ではある程度ひっくり返せる。

 まだまだ、負ける気はしない。

 実際に刃を向けられて高まる緊張感が、護堂の戦意を向上させているのだった。




明けましておめでとうございます。この一ヶ月、さすがに師走と忙しくしていまして、なかなかほぼ更新できず、申し訳ありませんでした。
まだ、課題が終わらない(泣)

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