僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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園田海未編 潮騒のメモリー

 

 

 

 

 

 昔から互いの誕生日を祝っていたら、やめどきなんて訪れない。

 

 幼なじみからのお祝いなんてそんなもんだ。

 

 さて、この年になってくるとだいぶ贈る物に困ってくる。ネタ切れだ。基本的には自分がもらって嬉しい物とか、贈る相手が喜びそうな物を選んでいるがさて、今年はどうするかな……。

 

 

 

 

 

    ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 つい先ほどまで行われていた父と行人くんの組手から、静けさを取り戻した朝の道場の空気は澄んでいました。

 

「――なぁ海未。一応聞くんだけど、今度の誕生日、なんか欲しいもんあるか?」

 

 差し出したタオルを受け取りながら、そんなことをふいに行人くんが言い出したものですから、私は面食らってしまいました。

 

 額に浮かんだ汗を拭いながら、私の返答を待つ彼に、

 

「行人くん、お気持ちはありがたいのですが、いつもそんなに気を使っていただく必要は……」

「なーに言ってんだ。それこそ無用な気遣いってもんだ。毎年贈ってんのに今年贈らないってそれ俺に何か起こったみたいじゃないか。今は不思議と身体中が痛いけど、これでも五体満足だっての」

 

 口を尖らせる彼の姿が少しかわいらしくて、思わず笑みが漏れてしまいました。

 

「ふふっ、後で父に言っておきます。次はもう少し手加減してあげてくださいと」

「いやそこは、もう今回で勘弁してあげてくださいって言ってくれるほうが嬉しいんだけどな……いつも投げ飛ばされてる身としては」

「それは駄目ですよ、父はああ見えて行人くんのことを気に入ってますから」

「かわいさ余ってってやつじゃねーの。余らせなくていいから、必要充分で、ぜひともお願いします」

 

 バタリと床に大の字に倒れた行人くんが、今でもこうして時々古武道の師範である父の指導を受けるようになったのはいつの頃だったでしょうか。あれはそう――、

 

「あ、」

「ん、どした?」

 

 顔だけ起こした行人くん。

 

「いえ、……その行人くんは、この道場に来るようになったきっかけ、覚えて……ますか?」

 

 もしも覚えていなかったら、少しだけ……悲しいです。

 

 静謐に満ちた中で、行人くんの胸が上下を繰り返し荒い息が徐々に穏やかになっていきます。私たち二人の無言の間を繋ぐのはその音だけでした。

 

 唇を噛み締めようとした矢先、

 そんな私の不安を一瞬で吹き飛ばしてくれるような、

 

「……そういや、あん時もお前の誕生日がきっかけだったな」

 

 

 

 

 

 生まれてから最も口にした言葉、された言葉というのは自分の名前ではないでしょうか。

 それだけ人の一生において、自分の名前というものは最初から最後までその人に付き添い続けるのですから。なのできっと、もしもご家族の方が付けてくださった名前に意味があるとすれば、その意味に対して親しみを覚えるようになってしまうと思います。

 

 そう、たとえば、名前に季節の字が入っているとか、花の名と同じであるとか。

 

 ――私の名前、海未という言葉も同様です。

 名づけて下さったお祖母様曰く、海のようにおおらかでどこまでも広い心を持ち、(ひつじ)のように、美しく、味のある女性に育ってほしいという願いから取ったそうです。

 

 だから、私にとって海というのはどこか特別で、

 あれはそう、忘れもしない私の9歳の誕生日を迎える日の前日でした。

 

 毎年、家族や親族やお友達を呼んで賑やかに誕生日を祝って頂いていたのですが、その年だけは、たまたま母や父に、発表会や演武大会などが折り悪く重なってしまい、私は一人になってしまったのです。

 

 厳しいお稽古の日々の中で、一年で滅多にない子供らしいわがままを許して頂ける貴重な日。

 それが流れてしまったことを、家族がいくら謝ったところで、受け入れられるほど私はまだ成長していませんでした。

 

 勢いそのままに家を飛び出してしまった私は溢れてくる涙を押さえながら、一人で当てもなく走っていました。そして気づけば、いつだったか穂乃果とことりと登ってしまい大変なことになった大樹の根元で膝を抱えていました。

 

 気持ちというのは、ありとあらゆるものにフィルターをかけるようなものです。楽しければ、世界は明るく感じますし、悲しければ世界は暗く感ぜられてしまいます。その時の私にとっては何もかも思考を負の方向へと持っていこうとしてしまいました。

 

 ――毎日毎日、友達の誰よりも早起きしてるのに。みんななんて、あの冷たい道場の床に裸足で立った時の痛みなんて知らないのに。友達の誰よりもがんばって、それでも怒られて、けれど続けて、やめることなんて出来なくて。もっと普通の家に生まれたかった。もっと優しくて、もっと愛してくれる――

 

 ――お、いたいた。

 

 反射的に顔を上げた、私の視界に入ったその人は勝手に隣に腰掛けると、取り出した薄茶色のお饅頭を二つに割ると半ば強引に私の手に載せてきたんです。

 

 きっとその際に、私のうるんだ瞳や強張った顔を見たと思います。でも、彼は何も言わず、自分のぶんの半分になったお饅頭を食べ始めました。

 

 私はそれでもやはり悲しくて、口を付けずにいました。そしたら、横でこれ見よがしに「んまぁい。さいこー」、「穂乃果ん家のまんじゅうは日本一」と舌鼓を打っているのです。

 

 手の中に収まっているお饅頭を見つめているうちに、自然と口が近づいていき、気づけば私もまたそのお饅頭の上品な甘さに顔をほころばせていました。

 

 実は様子を窺っていたのか、狙ったように、

 

 ――お前ん家行こーと思ったら、なんかぴゅーんっていきなり飛び出してきたからさ。たぶんかみ長かったから、海未なんじゃないかって思って追っかけてきたんだよ。

 

 行人くんは最後の一欠片を口に放り込むと私の返事を待たずに続けました。

「明日、たんじょー日だろ?」

 ――プレゼント、なんかほしいもんあるか?

 

 昔も今もまったく同じ切り出し方で、行人くんは私に尋ねてきました。

 それに私はこう答えてしまったんです。

 思い返してみても、恥ずかしい限りなのですけど、もし、言い訳が許されるならその前年に家族旅行で行った海のことが過ぎり、つい声に出してしまったのだと弁解させてください。

 

 それくらい、私はとびきりのわがままを言ってしまいました。

 

「うみが見たい……です」

 ――え、鏡がほしいのか? 百均で買ってきてやるよ、ひゃっほう!

 

 飛び跳ねた行人くんの袖を引き、私は首を横に振りました。

 

 ――え、うみって、あの海……か?

 

 楽しかった思い出にすがるように、今度は縦に頷きました。

 どうせ冗談と受け止めてられてしまうだろう。ふざけてると信じないだろう。

 そう、思っていたのに、

 

 ――……わかった。

 

 一つだけ頷くと、行人くんはすぐさま駆けだして行ってしまいました。残された私はただその背中を見送ることしか出来ずにいました。

 

 ですが、翌日、一人で留守番をしていた私のもとに行人くんはやってくるなり、

 

 ――よし、じゃ行くぞ。

 

 戸惑う私の手を引きながら、家の外まで連れ出してしまいました。そこから二人で駅へ向かい、電車を何本も乗り継いで、人気(ひとけ)のないさびれた駅で下りると、バスに揺られ、ようやくたどり着いたそこで覚えのある潮の香りが私の鼻腔をくすぐりました。

 

 紛れもない海のにおいでした。

 

 三月の砂浜なんて、当たり前のように誰もいなくて、静かに寄せては返す白波の音だけがただ繰り返していました。

 

 思わず、二人して立ち尽くしてしまいました。

 

 季節のことを考えれば当然のことなのに。あの時はそんなこと考えもしなくて。口をあんぐりと開ける行人くんの姿がおかしくて、いまだかつてこんなに笑ったことがないというぐらい笑ってしまいました。

 

 それでもさすがに海に入るような真似はしませんでしたが、浜辺で一日中遊んでいました。途中、夏に海の家を営んでいるという年配の女性の方に、どこから来たんだいあんたたちと話しかけられ、シーズン外だというのに海の家に上がらせてもらって焼きそばを頂いたりもしました。

 

 日も傾いてきた頃、その女性にせき立てられるように私たちは海を後にし、ようやく家に帰ってきたときはとうに夜になっていました。

 

 既に両親たちも帰宅しており、もぬけの殻だった我が家に母は危うく卒倒しそうになったと聞いています。幸い無事に帰ってこれたものの、十歳前後の子供にとっては危険と隣り合わせの大冒険に他ならないことをしました。おまけに服まで汚してきて帰ってきた私に、雷が落ちる瞬間、

 

 私の前に立つ彼がいました。

 

 ――おじさん、おばさん、全部おれがわるいんだ。

 

 今日一日勝手に海未を連れ回したのはおれなんだと、行人くんは言い切りました。とんでもありません、全部が全部、原因は私にあるのです。にも関わらず、海未は悪くないと何度も、何度も、行人くんは主張し続けました。

 

 きっと、父も母も薄々はわかっていたのだと思います。でも、だからこそ、父は無言で行人くんの頭にげんこつを落としました。

 

 歯を食いしばって耐えた行人くんに、二人とも無事に帰ってきてよかったと小声でつぶやいたのはきっとあの場にいた全員の耳に入っていたはずです。

 

 若干目に浮かんでいた涙を行人くんはすぐに拭うと、背を向けた父に言いました。

 

 ――たぶん、こいつさみしかったんだと思う。だからさみしくないよう、これからおれも、道場でぶどーを教えてください!!

 

 

 

 

 

    ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「――そう言ってくれたんです」

 

 うんまぁそんなこともあったよなぁ、その後、海未の親父さんによる、ちょっと待ってこれ想像してたのとなんか違いますってクレームつけたくなる、しごきの日々が始まったんだけども……、

 

 だけども、ま、

 

 俺は横目で、過去を懐かしむように目を細める海未を見る。

 

 あの時、泣いていたこいつをほっとけなかったんだよな。

 

 小さい頃は、毎日真面目にお稽古に励んでる海未ちゃんを見習え、海未ちゃんを見習えって、お袋には口が酸っぱくなるくらい言われてたけどさ。海未が家のことを話すときは、あまり晴れ晴れとしてた印象がなかった。影が差すという表現が本当にしっくりくるくらいには、そうだった。

 

 そんな時、家から飛び出してきた海未の涙の理由を子供心ながら察してしまったのだ。

 だから、俺は味方になろうと思った。ただそれだけのことだ。

 

 ただそれだけのことだが、

 

「――行人くん、さっき気を使う必要はないって言ってくれましたよね?」

「え”? いやちょあの記憶にございま」

「いーえ、前言撤回は出来ません。男子たる者、二言はなしです!」

「はぁ……わかりましたよ、じゃお聞きしましょう、お嬢さん」

 

「また、私と海に行ってくれませんか?」

 

 そんなことだろうと、思った。俺はごろりと転がり海未に背を向けると、

「用意しとけよ」

 

 ――はい!! という言葉に苦笑しつつ、俺は言い忘れていた言葉を届ける。

 

「ハッピーバースデー、海未」

 

 ――ありがとうございます。

 

 そんな笑顔の花が咲く。




二時間遅れ、間に合わず……切腹!!

4/22 思い立ちサブタイを変更 ED曲のいめぇじ

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