僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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#40 テイストオブ悪だくみ

 ——生きている。ただ、それだけが嬉しい。

 

 今はただ、赤い物を見たくない。というか思い出すと、胃から折り返し電車が発車する恐れがある。もう完全にPTSDになってしまった気すらする。半年後そこには庭で元気に駆け回れなくなってしまった行人くんがいる。

 

 それもこれも例のアレのせいだ。

 

 俺が意識朦朧となりながらも、どうにかこうにか半分以上らぶりぃオムライスを削り取ると、次第に冷静さを取り戻したらしいことりは、あうあうあわあわとか言いながら、ぴゃーっと厨房へとマッハで帰還してしまった。

 

 と同時に俺は限界を迎え、灰になった。そして現在おしぼりを顔に乗せ、はたから見れば今回は残念でした……と医者に言われかねない状態で椅子に体重を預けている。

 

 いじりすぎた結果がこれだというのか。あまりにもひどいじゃないか。俺は癒やしを求めてきたはずなのに、待ち受けていたのは顔見知りばかりのメイドたちで、致死量オムライスである。

 

 色々とおかしい。

 俺が間違っているんじゃない。間違ってるのは、

 

「――世界の方「ここ、いいかな?」

 

 クワッと起き上がろうとした拍子に降ってきた声。

 見上げれば、全く知らないパナマ帽をかぶった四十代くらいのおっさんがいた。え、どなた――

 

 こちらが何かを言う前にどっかと腰を下ろされ、手を組むとヒゲの伸びたあごを乗せ意味深な視線をよこしてくる。

 

 な、なんだこれ。何がどうなってんの。絡まれてる。絡まれてるの俺。当惑するままに、そっと視線をそらすものの、熱い視線が注がれっぱなしで頬が痛い。

 

 もういやだ。この店の位置するところがなんちゃら気学的に凶方位だったに違いない。じゃあそもそもアキバに来れない説というのを抜きにしてだ。

 

 にしても、パナマ帽、アロハシャツにグラサンという出で立ちは、控えめに言ってヤバい。

 

「ハハッ、誰だこのダンディなおじさんはと思っているね?」

 

 惜しい。誰だこのおっさんは、までは合っている。そんな俺の内心をよそにあごヒゲを撫でつつ、

 

「うーん、おじさんはねぇ、いわゆるひとつのてんちょさ」

「てんちょ?」

 

 うわ、つい反応してしまった。この手のタイプは反応してはいけないというのが鉄則だというのに。

 

「そう、この店のオーナー兼店長さ」

 

 俺の反応がとれたことで実にいい顔で笑う。もはや無視を決め込むのはできない。はぁ……今日は厄日だ。

 

「はぁ……それはどうも」

 

 改めておっさんの出で立ちを見ていると途端にこの店までうさんくさく思えてくる。ことり、仕事先は選んだほうがいい。

 

 ずいとテーブルの上に身を乗り出してくると、

 

「少し、協力してくれないか、少年」

「は、はぁ、……な、何をですかね」

 

 またもや嫌な予感しかしない。帰りたい。ただお家に帰りたい。

 

「実はちょいとイベント考えていてねぇ」

 

 目が『なんのイベント?」と聞けと訴えていた。

 

「……なんのイベントですか?」

 

 よっくぞ聞いてくれた!と両手を大きく広げ、

 

「実はね」

 

 お耳を拝借と口の前に手の平を立てる。やだな、おっさんの声などASMRでも需要がない。嘆息しつつ、耳を近づけると、

 

 

 フッ

 

 

 思わず絶叫しそうになった。このおっさんいきなり耳元に息吹きかけてきやがった! ことりーっ! 警察を呼んでくれ!! 手が出てないことだけで俺は自分で自分を褒めたい。

 

「ハッハッハ、そう怒らない怒らない」

 

 怒ってない、俺はキレそうなだけだ。もう二度とおっさんに耳を向けることはないとここに堅く誓ってもいい。

 

 

「——スクールアイドルのイベントを考えていてね」

 

 

 急に雰囲気が変わった。

 先ほどまでのふざけた態度はどこにいったんだと思うほどに。

 

「ほら、あれじゃない、今年のラブライブとかお国が高らかに掲げているクールジャパンとか色々風が吹いてんのよそっちに。だから今を逃す手はないってね」

 

 確かに。今のスクールアイドルを隆盛と言わずしてなんというのだろう。事実TVやSNSどこぞのスクールアイドルを見かけない日はない。アイドルショップの繁盛っぷりを見てもそうだ。兎角スクールアイドルという言葉がつくのならなんであれ景気がいいのは間違いないだろう。

 

「それにねぇ。ほら、これ」

 

 ゴツく毛深い手の平にのっかった、スマホに映るは見覚えのあるライブの動画。白目を剥きかけたのを辛うじてこらえる。

 

「——うってつけじゃない。人気沸騰スクールアイドルさんにたとえばライブでもしてもらえれば、そりゃあね」

 

 含みを持たせた物言いに苦笑いを浮かべるほかない。言い訳するまでもなく、しっかり動画に映っているミナリンスキーさんを見れば、この店のてんちょであるなら察してあまりあるほどだろう。

 

「もちろんおじさんもロハで頼むなんてムシのいいことは言わないよ。ちゃんと対価として報酬は払うし、」

「払うし?」

 

 続きの言葉を促せば、

 

「こっちの方が君らには嬉しいんじゃないかな」

 

 懐から無造作に取り出されたそれを机の上に滑らせる。指で止めて、のぞき込めば、その長方形の厚紙——すなわち名刺に印字されていたのは、

 

 鷹取一清(たかとりかずきよ)

 

 というおそらくは、おそらく目の前のおっさんの本名とその肩書きだ。そして、それ以上に目立っていたのは、知らない人の方が少ない某超巨大広告代理店のロゴと共に、

 『メディアマーケティングセンター チーフマーケティングディレクター』

 

 大層な肩書きだった。

 

「おじさん、昔広告マンだったのよ」

 

 あー、まぁなんとなくわからない気がしないでもなかった。クリエイティブ職界隈にはこの手のが多い印象は俺でさえある。

 

「自分でいうのもアレなんだけど、結構仕事頑張ってたからね。色ーんなとこに顔が利いたり、広いんだな顔が」

 

 一拍おいて、

 

「ギブアンドテイク。——どう」

 

 ——どう。

 

 と言われても、だ。何故にワタクシに聞くのでしょうかと問いたい。そんな言葉が顔に出ていたのか。

 

「さっきから見てたけど、君、なかなかあの子たちに気に入られてるみたいじゃない。もしもこの件、おじさんから頼んだら……おじさんこれでも心が優しいから泣いちゃう」

 

 フォローというかなぐさめの言葉も出てこず、天を仰ぐ他ない。

 

 この鷹取さんとやら。

 

 人望があるのかないのかわからんことを言う人だ。うさんくさいことこの上ない。昔からの知り合いはおろか、出会って数分レベルの関係性だ。そんな人間をはたして信用できるのか。

 

 

 

 

 考えるまでもない、断——

 

 

「ちなみに少年。君、悪だくみって好きなタイプ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「——奇遇ですね。大好きです」

 

 年齢世代を超えて、何かがつながった瞬間だった。

 




だ、だってdropboxに書きかけのこれがあったんだもん!

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