動揺著しいまま、行人は彼女のペースで進められる面談に流されていく。
そんな折、担任の藤嶋に、
「今後の進路」を聞かれた行人は言葉に詰まる。
そこに舞は、
「この子はアイドルプロデューサーになる」などという爆弾を投下するのだった。
その際の、藤嶋先生のぽかんとした表情を俺は忘れない。
時折、男やもめ炸裂させるおっさん教師。
だがそれでも、根はクソがつくほど真面目、熱血教師である先生だ。どんなちょっとした相談でも真剣に対応し、最後はラーメンおごってくれたなんて話はよく聞く。おかげで独身なのに全然貯金たまらんとか嘆いてるとこもよく見かけるが……まぁ、なんだかんだでうちの生徒達からの信頼は篤い。
そんな我が担任は、教え子の大切な夢を尊重せねばとすぐに表情を真剣なものに改めた。
「驚きましたが……今は確かにスクールアイドルというのもありますし、……そういう時代なんでしょうね。なら、その夢は大切にすべきです」
ちょいちょい、ちょ待って待って。
そんなとこ物分りよくなくていいです先生、俺のことを思って反対してください。
「しかし、それでは卒業したら進学せずに、夢を目指すということでしょうか?」
「どうなの、行人」
おい、そういう時だけ、俺に振るんかい!!
すぐに反論すべきだと口を開こうとして、
――俺は、卒業したらアメリカに行く。
不意に、夢のために突き進もうとする奴の顔がよぎった。
そして、余計なことまで思い出してしまう。
昔、似たようなことをほざいてた奴がいたことを。
――おれは、これで、――――ってくんだ!!
――それが、おれの――!!
恥ずかしげもなく、
まるでそうなることが決まっているかのように、宣言した阿呆がいた。
「――ちょっと、行人」
「え、あ、はいっ、えっと……」
脳裏の光景を振り払い、意識をこちらへと向き直させる。
夢。
そんな不確定なモノ、わかるわけないだろ。
「――日高、大丈夫か?」
先生に肩を揺さぶられ、
「――――? あ、はい」
我がことながら、なんだか変だ。
麻痺した頭のまま、唇は勝手に震え、
「先生。俺、別に夢とか、ははそういうのいいんで。あはは、なんかふつーに、こう、そこそこのとこに進学して、なんかこう安定した公務員とかでいいっす」
立板に水のように言葉を吐き切ると、
隣から、突き刺さるような視線を感じる。
確認するまでもない、スッと細まった眼尻は俺を捉えていることだろう。怒るのだろう。失望するのだろう、落胆するのだろう。
そんなの知った事じゃない。
俺は、そこまでの責任を持ちたくない。
勝手なことは、勝手にやってくれ。
所詮、俺はそんな程度の人間だ。
夢。
もう……、わかんないんだ。
そんなくだらないもん、は。
◆#37 “ユメノアリカ”◆
気づけば、秋葉の街にいた。
進学希望という形で面談から解放された後で、舞さんは口を開くことはなかった。
そして俺は俺で、気まずさにあってなお、言葉を差し出すつもりはなかった。だが別れ際に、
「――ごめんね。勝手に来て」
そんな謝罪に俺は、返す言葉もまた持ち合わせていなかった。
「はぁ……」
後味の悪さに胸を押さえ、頭を切り替えるために深呼吸を繰り返す。
「……よしっ!!」
とりあえず、お袋も面談に来なかったということは晩飯は自分で確保した方がいいだろう。今日のことを含めて後で、領収書握りしめながら請求してやる。
「じゃあ、なんかメシどころ探すか……」
俺が小さかった頃、どこへ入ってもイマイチとしか評価できない店しかなかった頃に比べれば、今や大通りを歩けば和洋中ジャンルを問わずいくらもウマい店が立ち並ぶ環境は天国だ。
だから、よりどり見取りと言っちゃあそうなんだが、まぁ選択肢が多すぎるっていうのも、結局は困りもんである。
「あ~ぁ~、どうすっかなぁ」
俺は自販機で買った500mlのペットボトルで唇を湿らしながら、通りの店を順繰り眺めていき、
『人気沸騰中!! 音ノ木坂学園スクールアイドル“μ’s”』
豪快に吹き出した。
そして、むせる。
とっさに誰もいない方向に顔を向けたおかげで助かったが、ヘタに誰かにスプラッシュしていたらブン殴られてた所だった。
「ちょ、ちょっちょっ」
ど、どういうことなのよと、すぐさま俺はアイドルショップ「アルテミス」の店頭コーナーへと近づいていき、それがなんであるかを認識するにつれて渇いた笑いが口をついた。
「ま、マジ……? マジのすけ?」
そこには、い、いったいどうやって作ったのか、この前のススメのPVから切り出したであろう穂乃果たちのブロマイドやクリアファイル、うちわ、デフォルメされたラバーストラップなどが早速並んでいた。いや早すぎるだろ。
「も、モノ作り大国……ジャペェン」
恐るべしとか言ってる場合じゃない。え、つか、これ大丈夫なの? 法律的にグレーゾーンというか、デッドゾーンじゃない?
「いや、だがしかし……っ」
近隣のスクールアイドルグッズのエリアを見れば、あるわあるわ全国の人気スクールアイドルのグッズの数々。
「そ、そういうものなの?」
こ、これについてはさらっと流していたGステとかの規約についてもう一度、読み込んどいた方がいいかもしれない。あるいは、千歳さんに訊いてみるとか。
「あのぉ……すみません、そこ見たいんですけど」
「っと、すいません」
ぼけっとμ'sのコーナーで突っ立ってた俺が邪魔だったのだろう。中学生と思しき女の子コンビは俺がどくと、
「これこれ、μ's!! そこの音ノ木坂学院のスクールアイドルなんだって!!」
「へぇー凄いね、あっという間にグッズが出来てるじゃん!!」
片割れの子が、1枚ずつブロマイドを指していき、
「これがリーダーの穂乃果ちゃんで、海未ちゃんに、ことりちゃんって言うだけど」
そこで、もう片方が、
「あれ? ことりちゃんって……」
首を傾げる。
「この人、ミナリンスキーさんじゃない?」
完全に聞き耳を立てている状況だが仕方ないよな。というか誰だ、その怪しいロシア人。と同じようなことを思ったのか、
「ミナリンスキーさんって誰?」
そう、それそれ、それが聞きたかった。
「伝説のアキバメイドって言われてる人なんだよ。えっとね、ヴィヴィ・アンジェってとこで働いてる人なんだけどさ。うぅん、まぁでもわたしも、一回だけお店で見かけただけだし違うかも……ごめん忘れて」
……め、めいど? 冥土? 明度?
俺の脳内変換は候補をびしばしはじき出すがどれも、
「いや、違う」
――メイド。
俺は決然たる面持ちで、さっきから気にしている風を装っていた優木あんじゅちゃんのワンピース姿のポスターの箱を掴み、レジへと向かう。
「ありがとうございましたー」
これは家宝にすることを誓いつつ、俺は、
「癒されに行こう!!」
ガッツポーズを決めた。
そうだ、癒やし。
ストレス社会で戦い続ける俺に圧倒的に欠けている癒やしがほしい。しかも、出来ることなら、綺麗なお姉さんに癒やされたい。されたいされたい。
しかも、メイドさんなんてなおグッドである。ナデナデシテーとか言っちゃう。
※注 メイド喫茶はそういうお店じゃありません。
ついでに喫茶だから軽食も揃っているはず、よし、決まりだ。
俺は早速、スマホで先ほど聞いた店の名前をキーワード検索し、存在する場所に足を向けた。
そう、この時、俺はメイドというワードだけが先行し、そもそも何でそういう話題になっていたのかを完全に失念していたのである。
俺って、ほんとバカ…………
× × ×
「わぁ〜っ、二人ともかわいいっ!!」
更衣室から出てきた花陽、真姫はそれぞれの感情そのままを顔で表現していた。
「あ、ありがとうございます……で、でも、あの、ここまでやっといてなんですけど……ほ、本当にやるんですか?」
流れで着てしまったものの、頬を朱に染めながら花陽。
「まったく……なんで、私まで」
納得いかなそうに、髪をいじりながら真姫。
「すっごく似合ってるよ!! ……あれ? 星空さんは?」
てっきり1年生3人組で出てくると思っていたのだが、1人足りない。
ことりが頬に人差し指を当てながら首を傾げると、嘆息混じりに真姫が背後の更衣室をさす。
覗き込んでみると、
「……う~ぅ、む、無理、無〜理〜だにゃ〜〜!!」
一瞬だけ目があったものの、すぐに凛は半泣きでロッカーにかじりついていた。
「凛ちゃん、こういう女の子したかっこは、自分には似合わないって言ってるんです。……絶対にかわいいのに……」
花陽の耳打ちに、まったくもって同感だとことりは思うが、こちらから言い出したことに無理を強いるというのは心苦しい。
どうしたものかと思案すれば真姫が呆れた様子で、
「ていうか、もう一人いるんだけど」
視線をやる。
はたして、その更衣室のもう一角には、
「……う〜ぅ、無理です!! 不可能です!! 是が非でも非です!!」
海未だった。
「大、丈、夫だよ、海未ちゃん〜似、合っ、て、るっ、て〜」
穂乃果が渾身の力で引っ張ろうとするのに、海未もまた全力で抗っていた。
こ、こっちもなんだ……と、苦笑いをこぼしてしまう。
事の発端は、ことりにある。
自分が休むことでせっかく始動したばかりのμ’sの活動がなしになってしまうのならば、いっそのことアルバイト先に来てもらおうかと考えて、試しに、
「もし、……よければ、なんだけど」
おずおずと提案してみたところ、
「えーっ、メイドさん!? それってケーキとか、ティーだよね!? 和菓子と緑茶じゃないよね!? 楽しそう、私やってみたい!!」
かなり乗り気の穂乃果はバイト先に来るどころか、自分もメイドをやってみたいと言い出した。
「本当!? 凄く人数が足りなかったみたいだから、手伝ってくれるなら、たぶんお店からもアルバイト代を出してくれると思うよ」
ちょうどこの前から、開店から10周年を祝してイベント期間に入っており、馴染みの客からご新規までが大挙している。それに加えて昨今の円安からの諸外国の観光客などが訪れることも重なり、普段ならば充分にシフトの人数が足りているという日であっても、目が回るような忙しさだったのだ。
店側としてもこの商機を逃すわけにはいかないと、どんな短時間でもいいから働いてくれそうな知り合いがいたら紹介してくれという通達まであったほどだ。
が、それでもそう簡単に人は集まらず。
にっちもさっちもいかなくなった店長が、わざわざ学生バイトであることりにまで緊急の連絡をよこしてきたのもそういう背景がある。
しかしながら、メイド喫茶という少し特殊な接客業のため、ことりも友人達に声をかけるには至っていなかったが、
「ちょっと、バイト代が出るって本当?」
思ったよりも食いつきはあったようだ。
「あ、はい。一応、確認してみますねっ」
にこの質問に、ことりは折り返す形で店長に電話すると、物の数秒で、おじさん大歓迎!! ほんと助かる。なんならバイト代に少し色をつけるとまで言われた。
「って、ことなんですけど……」
「やるわ!! 店長にその言葉忘れないように伝えときなさいよ!!」
「頑張りましょう!! にこ先輩!!」
俄然やる気を燃やすにこと穂乃果をよそに、他の面々は当然のように冷静だった。
「ええと……どうしよっか……二人は?」
メイドさん!? と面食らいつつも花陽はまず隣の凛と真姫をうかがう。
「イヤよ、なんで私がアルバイトなんか……」
「む、それはイカンよ、西木野さん。アルバイトは学校じゃ学べないことを一杯教えてくれるんやから」
神田明神にて、しばしば巫女のバイトをこなしている希は聞き捨てならないと反応する。
「滅多にないことやし、ウチも興味あるなぁ。どう、えりち? そんじょそこらのメイドさんを圧倒するような存在になってみない?」
「わ、私?」
引きつる絵里を口八丁で丸め込んでいく希。
――今が一番いい時なんよ。むしろ今しかないと言ってもいいくらい。よく言うやん、女にとって10代は一瞬の輝きって。そんな時に可愛らしい格好を精一杯楽しむって大事やないかな。
といった具合に説明されると、何だかそんな気もしてきた。
高校生であるのも、今年限りだ。
思い出作りという言葉で括れば何もかもが免罪符になってしまう。
「ま、まぁ、一回くらい、なら、いいかもしれないわね……」
目を細めつつ希は内心、えりち、将来詐欺に引っかからないように気をつけてな……と思う。
かくして3年組が受け入れる方向に傾いたことで
……かに見えて、
「お断りします!!」
「ちょ、ちょっと、それ誰の真似!!」
断固拒否の構えを取った海未が誰かさんの真似をしていると真姫は食ってかかるが、
「い、いえ、すみません、そんなつもりではなかったのですが……」
「え、……」
自分の早とちりに真姫の顔が一瞬で赤くなる。
「あ〜真姫ちゃん、さては自分の真似されたって勘違いしたんでしょ〜!!」
武士の情けなどない凛によって、真姫は追い打ちをかけられるが、強引に、
「と、とにかく、別にやりたくない人までやる必要はないでしょ!!」
「何よ、ノリ悪いわね〜」
にこがさらに痛恨の一撃を加える。ロンリーガール道を邁進してきた真姫にとって、それはまさに苦々しい記憶をよみがえらせるトリガーワードだった。
――西木野さん、ノリわる~い。
急に押し黙ってしまった真姫に、にこは片眉を上げる。
苦々しげな表情に察する所のあったにこは、はぁ~と嘆息しながら、
「アンタ、とりあえず自分の気持ちは置いといて、他人の誘いに付き合ってみるってこと覚えなさい」
まずは、そこら辺からでしょ。と、軽く裏拳で真姫の肩を叩く。
――思い返してみれば、最初はクラスメイトも声をかけてくれてたのかもしれない。でもくだらないと決めつけて断るうちに、誘われることもなくなって、ほらやっぱりくだらないじゃないとますます意固地になって、
……結局、また同じことを繰り返すのか。
「わ、私、真姫ちゃんが一緒にやってくれるなら……心強いな」
隣からかけられた声が、うつむきかけた顔を引き上げた。
「花陽……」
同じにはならない。
なりたく、ない。
やがて、
「…………わかったわよ。やればいいんでしょ、やれば」
渋々といった態度ではあったものの、真姫は受け入れるという意志を示した。
仲間を失った海未は、残るは自分のみなのかと頭を巡らし、
「――あ、星空さん!! それに、小泉さんも。二人はどうなのです!!」
「……えっ? り、凛!? わ、私ですか!?」
まだやるやらないを言っていなかった花陽と凛に一縷の望みをつなぐ。
他の六人の視線が注ぐ中で、助けを求めるように凛は花陽に顔を向け、
「わ、私は、その、接客とか全然、苦手だとお、思います……」
よかった、かよちんがやらない組なら凛も――、
「で、でも、やってみようと、その、思います……」
裏切られたような顔になる凛に気づかないまま、花陽は付け加えるように、
「スクールアイドルをやるなら、こ、これから人前に出るかもしれません。それなのに、そんなこと言ってちゃ、ダメ、ですよね」
歩み始めた幼なじみが自分の先に進んでしまったような気がして、
「どう、かな、凛ちゃん?」
「え、……あ、うん……」
呆けていたのに、訊かれた拍子に頷いてしまった。
とうとう一人が確定し、がーんと顔芸をさらす海未にことりは近づいていき、
「――海未ちゃん、どうする?」
「――そもそも、メイドというのがおかしいんです!! ここは日本です。お手伝いさんでいいじゃないですか。このような格好になる必要なんてありません!!」
この店の存在意義を全否定している海未であった。
そもそもうちのお店はアキバに群雄割拠するこのメイド喫茶にあっても、クラシカルな正統派に近いんだけどなぁとことりは思う。
一応、ミニ丈のも用意はされているが、ここのメイドたちはみなロング丈のスカートを着用し働いている。
ファーストライブの時にあれだけ足をさらすのを嫌がっていた海未には不幸中の幸いだし、はずなのだが、
「海未ちゃん、それ私が前、英語の宿題で全然わかんなかった時に言ったら、『これからはグローバル社会です!! ここは日本だから、などという言い訳は通用しません!!』とか言って怒ったじゃんっずるいよっ」
「そ、それとこれとはまた話が別です!!」
抗議する穂乃果とつばぜり合いを繰り広げている海未と、凛の方を見やりことりは、
「ええと……二人とも、それを着ても、人前に出なければ……まだ大丈夫?」
「そ、それは……まぁ」
本当はそれすらもお断りしたいところなのだが、背に腹は代えられない。
「それなら、ホールじゃなくて、キッチンの方でのお手伝いもあるよ。そっちならお客さんたちの席からも、見えないんだけどどうかな」
「ほ、本当ですか!! それなら、そちらでお願いします!!」
即答する海未と、ここまで来たんだからもう少しだけ頑張ろうよと花陽に説得され、凛もそちらを希望する。
これで大丈夫かな、とことりが両手を合わせていると、
「じゃじゃーん、どうかな、南さん」
その声に振り向けば、
「わぁ、先輩方も凄く似合ってます!!」
3年生も着替え終わり、揃っていた。
希はありがとうと言いながら、ノリよくその場で一回転をしてみせる。
「なんかこういうかっこも新鮮やね♪」
スカートをつまんでみせる希に、
「確かに、希は制服以外だと巫女さんの服の印象が強いから、新鮮よ」
同じ衣装に身を包む絵里が同意する。
「いやぁ、えりちにそう言ってもらえるんは、嬉しいんやけれど……」
語尾を濁す希に首を傾げる絵里。にやっと頬を上げて、チョイチョイと指差すその先には、
後輩たちが全員呆気にとられていた。
「ど、どうしたの? あなたたち」
視線の集中砲火を浴びた絵里は、半歩後ろに下がり、
「あ、絢瀬先輩…………」
震える指先をこちらに向ける穂乃果は、
「す、す、すっごぉ――く似合ってます!! 本当に、メイドさんって感じです!!」
一同もその穂乃果のつたない形容であっても、小刻みに頷きを繰り返す。
相応しいと評するのも変な話だが、やはりクォーターの絵里は、尋常ではないほどメイド服を着こなしていた。見た瞬間に格の違いを感じるほどに。
「さすがです……絢瀬先輩……」
芸術品でも見るかのようにうっとりと花陽がつぶやく。またしても一同は小刻みに頷いていた。
「や、やめて頂戴……そんな、えっと……」
こんな風に褒められるとは全く思っていなかった絵里は反応に困る。上手いこと謙遜することすら出来なかった。
そこに、
「ちょっと、無駄に似合ってるからって、いい気になるんじゃないわよ。いい。見てなさい。このにこにー様が、ここの客が期待する本物のメイドっていうのを教えて上げるわ!!」
――いい、素直でいい子だけどヘマばかりするメイドが夜、ご主人様に部屋に呼ばれたって設定でいくわよ!!
「ご、ご主人様ぁ……ま、またにこが何かしてしまいましたでしょうか……あ、はいっ、申し訳ありません!! 今日も……またお皿を割ってしまって。そ、その……いつまで立ってもドジを踏んでばかりいてご主人様にご迷惑ばかりおかけして……にこ、メイド失格です……だから、せめて……」
「これが大体のお仕事の流れです♪」
「ちょぁっ、聞いてなさいよ!! ここから凄いいいとこなんだから!!」
渾身の即興劇改め、即興コントを誰も見ていなかったのに憤慨するにこをさておき、ことりの説明する簡易的な各仕事のまとめに一同は聞き入っていた。
いくつかの質疑応答を繰り返し、後はやってみるしかないという運びになり、
「大丈夫。みんな誰でも初めては間違えちゃうものだから」
緊張でカチコチになっている花陽へフォローを入れながら、キッチン組となった海未と凛を除き、ホールへと出た。
思わず、すごい……と誰かがこぼすのを耳が拾う。
店内を普通にメイドが行き交っている様は、もはや異世界のような感さえあった。
だから、固まってしまう。
そこで平然と動けるのはやはり、
「それではお手本を見せますね♪」とお仕事モードに入ったことりは、入り口のドアベルが鳴り響いた瞬間、満面の笑顔で、
「お帰りなさいませ、ご主人様っ♪」
主人のお帰りを迎えたの、
だったが、
そこに立っていたのは、
「すいませ―――――――ん!! 癒されにまいりぃ―――――」
「―――――――ふぇ?」
「――――――――い"?」
ごくわずかな間だけ、確かに地球が静止した。
口と眉を、ピクピク痙攣させ、
「ど、……どし、て……へ、ことり、お前、なんで……あれ……、あれれー…………」
渇いた笑い声をこぼす、
「た、ただ、……いま、的な?」
次回、めくるめく
#39 “メイド・イン・ヘヴン”
天国に一番近い男の運命やいかに