招待状にはこうある。
『「NEXT→ LOVELIVE! ~GREAT GLORY GIRLS!~」記者会見のご案内』
その会場内は報道陣でひしめいていた。
後方にはイントレ上の数台の業務用ビデオカメラが眼光を鋭くし、そして前方は前方で、スチルカメラを構えた男たちが少しでもいい位置を確保しようとしのぎを削っていた。
「おーう、
「あっ、ウドケンさん、どうも、ご無沙汰でーす」
前後のカメラ群に挟まれるメディア席でも最前部で、こちらの姿を見つけるなりすぐに声をかけてきた
「がはは、相変わらずのメガネだな。すぐにわかったぞ」
「んふふ、これは私のアイデンティティというやつです」
衆人環境での判別方法としては完璧に近い、ピンクにハート形フレームのメガネをくいと押し上げ、
「こりゃあ大変だ」
是と答える代わりに、有働は肩をすくめ、
「――にしてもウドケンさん。
「うむぅ。それだけアレが衝撃だったんだろう」
有働の差すアレというのは、昨年行われたラブライブを差す。現状スクールアイドルが社会現象となっているのも、あそこが契機になったのはいうまでもない。
それは、ある意味ステージに最も近い場所――司会を務めたまほろが一番よくわかっている。
昔から、べしゃりだけには自信があったし、事実これまでバラエティのレポーター、イベント司会、ラジオなどで食いつないでこれたのも、そのおかげだ。
この、他に秀でたもののない、三流アイドルが、である。
だからこそ、昨年の段階でもかなり話題にのぼっていた「あのラブライブ」の司会を任された時は驚いたものだ。
基本的に来た仕事は断らない。……選り好み出来る身分ではないのを自覚しているからだが、
それにしたってお鉢が回ってくるには自分では格が落ちるだろうにと思った。
実際、事務所の社長に聞いてみても「なんでお前だったのかわからん」とまで言われた。
わからないままに、自分ではとうてい叶わぬ夢だと悟っていた大舞台に上がり、足がすくみそうになるのを必死で隠しながら、場を回していった。
その際に見たのだ、年の離れた妹のような年齢の少女たちが、かつて自分が持っていたようなひたむきさと情熱をかけて歌っている姿を。
もちろん勝者には拍手喝采が与えられ、敗者は舞台裏で悔し涙を流すという、光と影もまた、そこにはあった。
あの場に立ち会えたのは、たとえ出場者としてではなくても、自分がやってきたことには意味があったと思えた。
「おう、秋葉?」
「っとと、失礼しました。ちょっと感慨深くなっちゃって」
デビューしたての、キャピキャピの小娘時代からまほろのことを知っているベテラン芸能ライターである有働には、そんなまほろの心中は察して余りあるものだった。
口唇の周りに生やしたいわゆる泥棒ひげを撫でながら、
「まぁほどほどにしておくべきだのう。それにしても、今年もオファーはあったのか?」
「あ、はい、一応。詳しいことはまだ何もですけど」
どうしてですかと、
「噂はいくつか聞いててな。覚悟しておいたほうがいいかもしれんぞ」
腕を組み、その中年太りを隠そうともしない首をそちらへ向け、
「そら――お出ましだ」
有働の声と共に、室内をフラッシュが瞬き始めた。
今回の主催者、ようやくの登場の知らせに緊張が一層高まり――、
しかし関係者に導かれるまま、そこだけ全く異質の空気が漂っている。
花園を散歩するような優雅な足取りで、その2人は壇上へと1段1段のぼり、
一礼。
「皆さま、今日はこんなにお集まりいただいて、誠にありがとうございます」
面を上げれば、
戦前財閥からの流れを汲む超巨大グループ、
「優木あんじゅと申します」
そして、隣には関西方面を中心に営業路線網を広げる私鉄、
「
どちらもこの国有数の
こうして、この国最高峰のホテルの広間を貸し切るのも当然である。
「日頃、どんだけブルジョワな生活送ってるんだろ」
生まれてこの方、カップ麺とか食べたことあるんだろうか。安いしそれなりに腹もちするし、もやしや万能ねぎ追加で栄養取れるし、意外とおいしいんだけどなぁなどと長年しみついてしまった貧乏思考をしながら、まほろは姿勢を正す。
それにしても、壇上の才色兼ね備えた二人を見ていると、やるせなくなる。
Gステのスコアランキングにはランキングという名の通り、順位がつけられている。現在では数千位に及ぶそのランキングの、最上位層のスクールアイドルたちともなれば一般にも名が知られている。
セツナ・
だが、その中でもトップ――すなわち、全スクールアイドルの頂点に位置するグループがある。
前年ラブライブ覇者、スコアランキング1位、
UTX学園スクールアイドル「“絶対女王”
そして、惜しくもA-RISEとの決勝に敗れたものの、虎視眈々と1位を狙いつつ現在も2位を堅持しているのが、
大阪天満高校スクールアイドル「“Kissing'SHOCK!!”
今をときめくスクールアイドルのツートップのメンバーであることに加え、比類なきお金持ちの家の生まれ、肌はピチピチ、髪はキューティクル、スタイルだってグンバツ。
天は時として二物も三物も与えるのだ。
「それでは早速、今年のラブライブについての概要をご説明したいと思います」
まずはこちらをご覧くださいという言葉と共に照明が落とされ、二人の頭上に巨大なスクリーンが投影される。
そうして始まったのは、ありがちな第1回から去年までのラブライブの軌跡がモノトーンのまま次々流れていく映像。徐々にスクールアイドルブームが到来し人気が上昇していく流れに合わせるように、規模、会場、演出、アイドルたちの面々がどんどんパワーアップしていくのがわかる。
そして、最後、優勝者のみが立てるスペシャルアンコールライブのステージにのぼった昨年のA-RISEがアップになり、
BGMで腹にまで響く和太鼓がとどろくと、
『NEXT → LOVELIVE! AT TEITO DOME!!』
黒バックに毛筆で大胆に書かれた白文字が表示される。
TEITO DOME
帝都、ドーム
「……………………うそ」
それが、自分の声だと気づくのに時間がかかった。
帝都ドームといえば、国内最初のドーム型施設として建設され、
現在では全国に点在する五大ドームの内の一つである。
巨大な物の面積や容積を計る際に、帝都ドーム何杯分と表現することでよく知られているが、
その収容人数は約五万人。某プロ野球チームの本拠地として野球、他にも格闘技やプロレス、コンサート会場として広く利用されている。
ある種の人間のキャリアにとってのゴール。最果て。一種の到達点。
とうとうそこまで行ってしまうのかと、まほろは思う。
かつて、あそこに立ったことのある人間がはたして何人いるのか。
アイドルを含めて音楽に携わるアーティストならば、誰もが目指す最高の舞台を用意するというのか。
皮膚が粟立つ。
「――いかがでしたでしょうか。わたくしとしましては、
が、いったん照明がつくと、貴美歌がマイクを取り、開口一番にそんなことを言った。
そして、チラッと隣のあんじゅを一瞬目をやる。すると、
「たしかに貴美歌ちゃんの気持ちもわかります。いくら優勝したとはいえ、最後私たちの映像がメインでフィーチャーされてしまって大変恐縮です。本当なら、参加された全てのスクールアイドルの方々あってこそですのに……」
なんだなんだという顔が報道陣の中でも、生まれ出す。
まほろは、心のうちで、あらら……また始まったとぼやく。
なんというべきか、昨年もそうだったが、この二人は幼馴染といっても過言ではないぐらい古い付き合いらしい。そこで何か因縁でもあるのか、貴美歌の方がかなりあんじゅに対しどうやら対抗心を燃やしているようなのだ。
が、当のあんじゅは柳に風とばかりに、いつも絶妙に受け流してしまうので、貴美歌の空回り感というかなんというか見ていられない時がある。
今も案の定、ぐぬぬ……という感じでハンカチでも噛みそうな顔をしている。
「それはさておき。はい、というわけで今回のラブライブはドームで行うことに決定致しました」
気を取り直すようにパチと手を叩くと、あんじゅは、もう一度映像で発表されたことを繰り返す。
一瞬、あんじゅと貴美歌のやりとりに気を取られていたが、二度目の宣言に会場内が湧きだした。
「ほっほー、いやこれは面白いことになりそうだのう!!」
有働もその野太い声で、慨嘆する。
聴衆のリアクションまでも奪われたとでも思ったのか、貴美歌は自身も負けじと、
「昨今のスクールアイドルの数の増加はわたくしどもから見ても、開いた口がふさがりません。本来なら、皆さんお呼びしたいぐらいですが、そうも参りませんもの。ですが、そこで我々、ラブライブ実行委員会では、今回より新たな方式を取りましたわ!!」
ご覧下さいませ!! と、再びスクリーンには、
「本年7月より、予選開始!! 本選は10月開始!!」
表示され、より一層、会場がざわついた。
すぅと、息を吸い、
吸ってる間に、
「そう。今回より、まず予選として7月1日から、8月31日までの丸々2ヶ月を使って、Gステ上のスコアランキングマッチを行っていただきます。そして、そのスコア上位32グループを選抜したうえで、10月より本選としてライブバトル形式のトーナメントを、そして最後に残った4グループの準決勝と決勝を年明け1月に帝都ドームにて開催致します」
貴美歌は、先にあんじゅに言われてしまう。
「なっ……、くっ!! よ、より詳細な情報は後ほど、Gステ上に公開致しますわ!! 皆さま、目ん玉かっ開いて要チェックですわよ!!」
スライドに表示された情報を、有働は自前のノートPCに高速で打ち込んでいく。一本一本が太いコルク栓に毛が生えているような指が、ピッチの狭いキーボードを走り回っている。
有働に限らず、ここに詰めかけている全ての人間によってこの情報は発信され、じきに全国を駆け巡ることだろう。
大きな、衝撃を伴って、
もう一度、マイクが唇へと近づき、あんじゅはフラッシュの中、
艶然と微笑み、
「それでは、もう一度、スクールアイドルNo.1を決めましょう」
この、――――――ラブライブで。
× × ×
校則にそう書いてあるわけではない。
だが、もっぱらそう言われていた。
「一に家柄、二にお金、三四がなくて、五にプライド」
その芳名は、ここ数年で急激に台頭してきたUTX学園と合わせて、東のUTX、西の天満と並び称されている。
が、しかし、
両校の歴史には大きな差がある。1世紀に近い歴史を誇る天満側にすれば、新興のUTXなど赤子も赤子。加えて、昔から何かと目の敵にしてきた西と東の対立意識や、巨額の寄付金をもたらす生徒の親族の張り合いもあり、もっか偏差値、進学実績、部活動の成績、学校設備、教師、制服とあらゆる点で「敗北は死」と天満側は息巻いていた。
それでは優雅なクラシックが今にも聞こえてきそうな……実際、聞こえてきているのだが、校舎へと入っていくとしよう。
わりかし常識から外れてはいない男子のブレザーに対し、一般人からしたら一種のギャグとしか思えないドレスタイプの制服を着こなす女子の群れを抜けていく。
鏡の代用品としていくつかもらいたいほど磨かれた床の廊下を突っ切り、どういうわけか金きら金にまぶしいシャンデリアが垂れ下がったエントランスホールへと降りたら、著名な画家の絵が絶えず視界を楽しませてくれる、右手の連絡通路抜けると、
高級会員制トレーニングジムとしか思えないようなマシンの数々が姿を現す。
専属のトレーナーが付きっきりで指導しながらランニングマシンで汗を流す者。ピラティス、ヨガのクラスではヒーリング系BGMとお香によって全体がオリエンタルな雰囲気を漂わせており、プールでは飛び込み台より降りた水泳部によって飛沫が上がる。
そういった豪奢極まるトレーニングセンターの一室からは漏れ聞こえてくる音がある。
「998、……っ、999っ,…………100、0っ!!」
言い渡された回数に達した瞬間、崩れた。
「はぁっ、……はぁっ、あ、あかん……もう腕動かへん…………」
そのままマットの上にごろんと仰向けに転がるのは、1年E組所属
「……んー、食べる?」
そんな梓の顔に影を落としたのは、今までぼんやり近くのベンチに腰掛けていた同じく1年E組所属、
バウムクーヘンである。
「いらんわ!! こんな汗ダラーなっとるのに、余計のど乾きそうなもんよこすなや!!」
「欲しいかなーって」
「いや誰も欲しいなんて、ゆうとらんやろ……」
欲しいのはこっちや!! と、代わりにスポーツドリンクの入ったボトルを梓がガブ飲みにし、早知がもそもそバウムを食べていると、何かを耳が捉えた。
最初はかすかにだったが、段々と近づくにつれて、音が大きくなってくる。間違いない。
「オ―――――ッッホッホ――――!!」
向こうに人間がいたら吹っ飛ばされることなどお構いなしの扉の開け方で、
「ってあら、梓さん。何をしてますの?」
頭のてっぺんから発するような高笑いと、扇を片手に現れた先輩に、
「最園寺先輩、お疲れ様です!!」と身を起して梓。
「おつー」と相変わらず咀嚼しながら、早知。
んな、ナメた態度、考えられへんと梓は引き気味に早知へ顔を向けた。
「ええ、ごきげんよう」
パチンと扇を閉じたのが、
3年A組所属
金持ち、といっても先祖代々の富豪から成金というピンからキリまでいる。天満においてそれはクラス分けという形によって明確にラインが引かれるのだ。簡単にいえば、学年によって数は変わるが基本的にアルファベットが下るにつれて金持ちの度合いも落ちていく。ドベのクラスではまれに一般家庭の生まれの人間も、特殊な事情によって入学してくるほどである。
さておき、この広い学院の中でもまず間違いなくトップに位置する、生粋のお嬢様である貴美歌は、それ以外であるはずもなくAクラスである。
そして、その貴美歌の斜め後ろに影のように控えているのが、
「
無言で頭を下げる貴美歌専属の執事である茶野に頷いてから、梓は、
「はい、ええと……楓先輩から言われて、腕立て1000回やってました」
「まぁ、楓さんたら、またクソ
お嬢様、と茶野が、
「不適切な表現が紛れ込んでおりました」
「あら? 失礼いたしましたわ。……おもんないのくだりかしら?」
「いえ、その前でございます」
「ふふ、もうわかりましたわ。なら、適切な表現に直さないといけませんわね。クソではなく、ウ○――」
間一髪で、おっ、ちゃんと揃っとると、
「おっすー。みんな~お疲れなー」
救世主が現れた。
「k――あら、楓さん、ごきげんよう」
手をひらひらさせながら入ってきたのは、
Gステにおいての個別人気投票でも、その票数は個人でA-RISEのメンバーに割って入り、ツバサとその頂点を競い合っている。関西方面に限定するならば、ツバサといえど圧倒しかねない、屈指のスクールアイドルの1人である。
「お、梓、終わったん?」
それまで楓の登場に、ギリッセーフのジェスチャーをしていた梓に気づくと、
「お、お疲れ様ですっ。で、見ての、通りです。ちゃんと言われた通り1000回こなしました!!」
まだ汗で濡れているTシャツを梓は示してみせる。
「りーだー、ふぁんであぐさにふぉんなんさせてたの?」
今度は、コンビニで売ってるミニようかんの包装を剥き、もうすでに半分食べている早知があごを動かしつつ尋ねる。
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、楓は腕を組み、
「この前の勝手な行動のおしおき。ワシワシと腕立て、どっちがええの? って訊いたんやけど、梓が腕立ての方がいいですゆうから」
「あ、あれ普通にセクハラやと……思うんですけど」
「もーそんなんゆうてたら、大きくなれへんよ?」
どういう意味だ。自分には成長の余地はまだまだ残されている……梓は胸に手を当て、そう信じている。
「だいたい、あんなんでほんま大きなるんですかね?」
「なるよ。ソースはあたしってやつ。それになぁ、これまで色んな子に試してきたけど、みんなおっきなっとるし、きっと今頃あたしに感謝してるはずやで?」
推定Dカップの胸をぽよんと持ち上げる楓に、思わず梓は真剣に後悔しそうになった。
が、横には早知というONE-kissが誇る
「まぁいつでも頼まれたらやったるし、なんなら寝込みも襲うし」
「いや、なんでですか。ほんま勘弁してください……」
うんざりした表情の梓に、なははと笑い返すと、
「ま、ひとまずそれはおいといて、みんなちゅーうもーく」
と、言うなり、まるで瞬間移動したかのように楓の隣に立っていた茶野が脇に抱えていたPCを、このトレーニングルームに備え付けられた分相応なくらい大型のテレビへと接続し、
どこぞのスクールアイドルのライブ映像が映し出された。
ただでさえ不鮮明な画質の映像が、大画面に引き伸ばされたことでもはやモザイクがかかったようになっている。
「今、Gステでこの子らばっかりが噂になっとるわ」
「なんですの? これ」
楓は流し目を貴美歌に送り、
「はい、梓クン!! なんやと思う!!」
いきなりの無茶ぶりに、
「えぇっ!? ……どっかのスクールアイドルのライブやと思いますけど……うん、曲も……ええ曲ですけどカバーでもなさそうやし、あんま有名所やないですね。……新人ですか?」
少なくとも有名どころのスクールアイドルの顔や体格、歌声はすべて頭に入っている梓に、映像の三人はどれも心当たりがなかった。
当然ながら、見たまんまの印象でしか答えようがないのに楓は、
「そ、新人。ほんで、――A-RISEのライバル、なんやって」
ピシ、と音を立てて、空気が凍った。
「――どこの馬の骨が、そのような世迷言をほざいてますの?」
「――だいぶナメられとんのとちゃいますか?」
互いに青筋を立てる貴美歌と梓から外れ、我関せず、いや我食事中といわんばかりに、マカロンをぱくついている早知も一応耳はこちらに向けているのを確認し、
「やー、馬の骨も何も、ツバっちゃんがゆうとったんやで?」
両手の人差し指で画面を示すと、即座に茶野がブラウザでGステ上のA-RISEのページへ遷移し、
綺羅ツバサ @Kira_Tsubasa
『今日はご近所の音ノ木坂学院さんで無料ライブ。未来の後輩ちゃんたちには刺激強かったかな~ (○`∇´)Ψニヒヒ』
綺羅ツバサ @Kira_Tsubasa
『ニュースニュース!! あの気になってた謎のスクールアイドルの正体がわかっちゃった!! まさか音ノ木坂のスクールアイドル「μ's」だなんて!!』
綺羅ツバサ @Kira_Tsubasa
『それにしても、μ'sのライブよかったね! さすが私たちのライバルぅ! #nowplaying』
そんなつぶやきが画面にデカデカと映った。
目を細めた貴美歌は、
「茶野」
「はい。こちらが綺羅様がつぶやいているスクールアイドルでございます」
あらかじめ用意していたのか、タブを切り替えると、
「国立音ノ木坂学院スクールアイドル μ's」
そんな文字が目に飛び込んできた。
「……ミュー、ズ…………?」
なんやその、まるで石鹸みたいな名前――――
「ってまさか……」
「梓さん、何か知ってますの?」
「あ、いえっ、そのっ!?」
つい小声でこぼしてしまったことを後悔しても、あとの祭だった。全員の視線が注がれるのを感じつつ、
「実はその……この前、東京行った時、高坂穂乃果とかいうスクールアイドルがおるっていうやつにおうたんです。ほんでそん時、そいつが所属しとるいうグループがたしか、」
――μ's。
「スコアランキングはどのくらいですの?」
「今、確認したところでは、2051位のようです」
「1000位以下どころか、2000位以下ですの?」
取るに足らない。掃いて捨てるほどいるカスの一つではないかと、憮然とした態度を崩さない貴美歌に、
「まぁランキング登録してから一週間も経ってないんやけどね」
「は? 冗談はよしこですわよ。楓さん」
たしか現状最下位は4000近くあったはずだ。そこからたった数日でいきなり半数近くを追い越してきたことになる。
イレギュラー中のイレギュラー。
そんな言葉が脳裏をよぎる。
「そういえば……たしか、あんちゃんも仰ってましたわね。綺羅さんが、今年は楽しくなりそうとご機嫌で言ってた、と」
ドーム大会に加え、新進気鋭のスクールアイドルグループの登場。
実行委員会の一員としても、貴美歌は盛り上がるに越したことはないと考えるが、
「で、どうしますの?」
己の認めたリーダーがこの話を持ってきた事に、どのような判断を下そうというのかを尋ねる。
「しんどくなんのはやだなー」
呑気にポテチを食べる早知の頭を撫でつつ、
「せやねぇ……梓は、どう思う?」
血気盛んなもう一人の1年に振れば、無論、
「そら、出る杭はブッ叩かんと」
右の手の平に、左のこぶしを叩きつける。
「仮に出ぇへんとしても、早めにツブしといた方が、向こうのためなんちゃいますか?」
くすっと満足そうに笑うと、
「貴美歌、この前ゆうとったもう一つのアレ。どうなっとん?」
「当然、やりますわよ。うちの威信をかけてでも」
そかそかと頷くと、三人のONE-kissメンバーへと向き直り、
「いずれにせよ、どこかでちゃあんと教育せんとあかんわ」
コツコツと一時停止の押された画面上の彼女らを軽く握った手で叩き、
「――今年のラブライブ優勝は、ウチらのもんや、ってな」
× × ×
そして、ある学校がある。
私立
北九州。福岡に存在する歴史ある共学の高校である。だが、その実、近年グローバル化を標榜し、留学生を全校生徒の半数近く受け入れることで非常に国際色豊かな学園風景となっている。
実際、廊下を歩けばすぐにわかる。
そこかしこで飛び交っている。世界共通語たる英語、徐々にその勢力を書く出している中国語、音調の美しいドイツ語、高貴なフランス語とまあ、さながら言語の万国博覧会である。
だからこそまた、抑揚の少ない日本語は目立つ。
「――Gステのあの映像見た?」
「見た見た、えっとμ'sだっけ?」
「そうそう、凄いよね!! いきなり現れて、すぐさまA-RISEのツバサちゃんがライバル認定なんて!!」
またスクールアイドルの話題か。最近は、本当に、家にいても学校にいても目にし耳にする機会が増えた。
「比呂美は誰推し? あたしはやっぱ高坂穂乃果ちゃんかなぁ。なんか見てると元気出てくる」
「うーん、私は、あの南ことりちゃんかな。あんな声出してみた――」
「二人とも、ちょっといいかな?」
「え――って、
「ちょっと聞きたいんだけど。今藤原くんと小野くんの二人が話していたスクールアイドルについて、少し教えてもらえないかな」
戸惑うより、二人は視線を合わせると、
「あ、うん……いいけど、まだ結成したてっぽいし、自分でGステ見た方がいいかもよ?」
「Gステ?」
「うん、スクールアイドルのポータルサイトなんだけど」
「へぇ……Gステ……、名前がミュー、ズ、だっけ?」
「うん、文字はこう書くんだけど」
空中に指で描いて見せるとそれだけで理解したように、
「なるほどね、ギリシャ文字か。わかったよ。ありがとう」
その人物は、微笑みながら礼を述べ、すぐさま去っていく。
目指す先は、
「Music room」すなわち、音楽室だった。
勝手知ったるように、無人の部屋へと入室するなり、前方のグランドピアノへと向かっていく。鍵盤蓋を開け、カバーを折りたたみ、かたわらの棚へと置いた。
ピアノの椅子へと腰掛け、指の体操をし、演奏へと万端の準備を整えるが、すぐさま弾く様子は見られない。
何やら取り出したスマホをいじっている。やがて、
「なるほど、これだね、――へぇ」
たしかにGステというらしいサイトを訪れると、トップページのバナーに「ウドケンピックアップ! 要チェキアイドル!! μ's」とある。
タップすると、コラムのページへと飛んだ。
『今回のピックアップアイドルは、つい先日、Gステ上を賑わせた謎のスクールアイドル。読者諸君も記憶に新しいことだろう。筆者も調査に尽力していたが、力及ばず……思わず諦めかけていたが、その正体がついに判明した。
そう、それこそが、我々の目の前に颯爽登場した国立音ノ木坂学院スクールアイドル“μ's”だ。
新たに投稿された映像ではまるで、緊張によって歌詞が飛んでしまったかのような演出が非常に上手い。曲はあの伝説のアイドル“日高舞”の大ヒットソング「ススメ→トゥモロウ」を大胆にブラスを絡めつつ、最近のサウンドで甦らせている。
これには筆者も思わず唸らされてしまった。最初のライブと思しき映像で歌われたオリジナルの曲といい衣装といい、彼女らのバックには相当有能なクリエイターたちがいるに違いない。
なんにせよ、今後から目が離せない、久々のビッグルーキーの登場だ!! 要チェキ!!
文責:ウドケン』
その下に貼られた動画を再生する。
高坂穂乃果、園田海未、南ことりの三人が、
ステージで踊るその「ススメ→トゥモロウ」を。
スマホを譜面台に置くと、
流れ出した音楽に合わせ、鍵盤に置いた指先が踊り始める。続くように鼻歌まで漂ってくる。
「~♪ ふふっ、そういうコードでくるんだ」
頭のサビの歌い出しから、テンポが急に上がるのに、合わせ、白鍵、黒鍵の押し込まれる速度も上がっていく。
「じゃあ、こうかな?」
たとえるならば、それは完成している絵に更に筆を加えていくようなもの。
蛇足という故事より取られた言葉があるように、余計なことをすれば作品全体を台無しにしかねない行為である。
だが、
「――くすっ、変わらないなぁ」
まるで元からそうであったかのような自然さでメロディの合間にピアノのフレーズを差し込んでいく。
調和するように。
それこそが本当の答えのように。
「楽しい曲だね」
言いつつも、時折、
「惜しいなぁ。後もう少しなのに」
そして、四分半に及ぶ演奏が終わりを告げ、スマホのスピーカーより拍手が流れる。まるで画面の中の三人よりも、今この空間での演奏に向けられているかのようで、
拍手を浴びたまま、
天井を仰ぎ、静止していた。
閉じられていた眼瞼が開き、
「そっか。まだやってたんだ――行人」
【あとがき】
ようやくの折り返し。とその前に、
本作の最新情報はツイッターで随時更新してます。
作品の裏話や、視た聴いた味わったもんの感想、
こちらには掲載しなかった落書きやイラスト等をときたま上げとります。
「@Kuruma_Lamp」
ご興味あれば、ぜひフォローよろしくお願いします。
でわでわ、本編初手は、彼からドえらい目に遭ってもらいましょう。