僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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#34-2 eeek

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◆木曜日 ―Thursday―◆

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく授業から解放される時間となった。

 

 が――さて、どうしたものか。

 

 自分のカバンを肩にかけた高坂(こうさか)雪穂(ゆきほ)は、今日は特に予定もないし、そのまま帰るか、それとも道草をして帰るか迷っていた。

 

 部活動は入学当初は女子バスケ部に入っていたが、1年でやめてしまった。以来、雪穂は他の部に入部することもなく、ずっと帰宅部でいる。

 

 もっとも、3年生になり、高校受験が控えている身である。

 

 夏前になれば、熱心に部活動に励んでいた周りの面々も、涙をにじませながら引退するのだろう。今にして思えば、自分ももっと汗を流し、全力で楽しむべきだったのかもしれない。

 

 この区立神坂(かんざか)中学校で送った3年間の生活自体は楽しかったが、

 

 悔いはない、完全燃焼しましたというには程遠い。

 

 もっと何かをすればよかったんじゃないか。そんなくすぶりだけが心の片隅にいつも留まり続けている。

 

 でも、詮無いことだ。来年、高校に上がったら、またなんか新しいことを始めてみようかな。まぁでも、それには音ノ木坂がどうなるかも問題なんだけど。

 

 もちろんちゃんと今後も学校が存続するのなら、音ノ木坂が一番だ。UTXのパンフも手に入れたが、たしかに最新鋭の設備の整った校舎や特徴的な白ブレザー、A-RISEの存在、心惹かれる物はいくらもある。

 

 だけどやっぱり、祖母も母も姉も行って、小さい頃からさんざん思い出話を聞かされて、将来は自分もあそこに行くことが絶対なんだって、当たり前のように考えながら育ってきた。

 

 特別な場所なのだ。他では、……代えが利かないと思う。

 

「……まぁいいや、とりあえず帰ろ」

 

 上履きから靴へと履き替えて、下校の流れに乗った雪穂だったが、

 

 校門の方から、何やら聞こえてくる。

 

「よろしくお願いしまーす!! 今週末、音ノ木坂学院でμ’sとA-RISEがライブしまーす。中学生以下の方限定なのでぜひ来てくださーい!!」

 

 聞き覚えのある声に、その正体を目を細め確かめようとする。視界の中で、ちょこかまかと動き回る白金(プラチナ)色の髪に頭の中で候補が一瞬で絞られていき、

 

「亜里沙……ちゃん?」

「お願いしま――あっ、コーサカさん!!」

 

 知り合いを見つけたと言わんばかりに駆け寄ってきて、

「コーサカさんも、これどーぞっ、ゼヒ!!」

 

 若干怪しいイントネーションと、屈託のない顔でビラを差し出してくるのは、雪穂のクラスメイト――絢瀬(あやせ)亜里沙(ありさ)だった。

 

 髪の色が示す通り、ロシア人の祖母のDNAを色濃く受け継いだクォーターであるとは本人の口から聞いたことがある。

 

 中学に上がるまではロシアで暮らしていたらしく、今だに日本の文化に時折とんちんかんな反応をするが、それがまたかわいいとクラス全員から愛でられているマスコット的存在となっている。

 

 誰彼問わず、気さくに話しかけてくることで男子たちからの人気も高い。密かにファンクラブまであると女子陣のトークで話題にのぼったこともある。

 

 なるほど。頷ける話だ。

 

 だってほら、かわいいし。

 

「えっと、亜里沙ちゃんここで何してるの?」

「うん、配ってるんだ!!」

 

 いやそれはわかるのだが、そこから先が知りたい。ビラの中身は例の音ノ木坂でのイベントの告知だが、それをどういった理由で亜里沙がしてるのか。

 

「あー、それはね――」

 亜里沙が答えを口にしようとした矢先、

 

 軽い足音とともに、

「ごっめーん。あっちは終わったから、もう大丈夫。助かったよぉ、ありがと、ニコッ」

 

 人差し指と小指を立てた手でポーズを取りながら、正直作ってるとモロバレな声を発しながら音ノ木坂の制服を着た少女が登場した。

 

 え"、と表情が瞬間冷凍する雪穂をよそに、

「ごめんなさい、わたしのやり方がいけなかったのか、まだ少ししか配れてないですけど……、」

「そんなことないよぉー。ありがとぉー!!」

 

 ものすっごいブリッ子っぷりだが、リボンの色で分かる。あれは3年生だ。

 の割には、ずいぶんと精神的に幼い2年生の姉と比べても、あどけなさを感じるが、一方でそのイメージから直接導き出したかのようなキャラクターは、天然とは思えない。

 

 そこで、その黒髪ツインテールの少女はようやく、唇を台形にし固まっている雪穂の存在に気づいたのか。再び人差し指と小指を立て、

 

「にっこにっこにーっ♪」

 頭の上で交互に振って、

 

「あなたのハートににこにこにー♪」

 両手でハートを作り、

 

「笑顔届けるあなたの矢澤にこにこー♪」

 ウィンクしながら、軽い敬礼という流れを、最後までやりきった。

 

 おー、と拍手する亜里沙の横で雪穂は真顔だった。

 

 どうしよ、これ。

 

「今度、うちのがっこ――って、持ってるのね。おっけ」

 差し出そうとしたビラが既に雪穂の手に収まっているのを確認した少女は束を脇に抱える。

 

「ってか、何? 二人は友達?」

 もう演技は終了したのか、打って変わって地声と思しきトーンになる。

 

 雪穂は戸惑うままに、

「え、えーと……」

「はい、そうです!!」

 

 元気よく即答する亜里沙に崇敬の念を抱きつつ、

「お二人はどういったご関係なんですか?」

 

 疑問が生じていたのはこちらも同様なのだ。どうやら状況から推理すると、亜里沙がこの目の前のにこというらしい先輩のビラ配りを手伝っていたようなのだが。

 

「関係も何も、さっき初めて会ったばかりよ」

「えっ、そうなんですか?」

 

 亜里沙の方にも確認すると、

「うん、そうだよ。にこさんとはさっき会ったばかりなんです」

 

 予想だにしなかった種明かしをされ、反応が遅れた。そうなると、いよいよどうしてこんな状況になったのかがわからない。

 

「あのね、帰ろうとしたら、にこさんがこのイベントのビラ配りしてたから。わたしも何か手伝えることないかなぁって思って、話しかけてみたの」

 

 なるほど、そうだったのか。

 得心がいった雪穂に、にこは腕を組み、

 

「まったく人手が足りないからって、まさか一人でやらされると思わなかったわよ、この子が手伝ってくれて助かったわ」

「ごめんなさい……お姉ちゃんもがんばってはいるんですけど……」

「っ、そういう意味で言ったんじゃないわよ。ごめん、悪かったわ」

 

 顔を曇らせた亜里沙に罪悪感を覚えたらしく、にこはすぐに謝る。またもや、ついていけなくなった雪穂は地雷を踏まないよう注意しながら、意を決して尋ねる。

 

「……えっと亜里沙ちゃん。お姉ちゃんって?」

「うん、わたしのお姉ちゃん。音ノ木坂で生徒会長、やってて」

「え、そうなの!? 亜里沙ちゃんのお姉さんって音ノ木坂だったんだ!?」

 

 思わずおうむ返しをしてしまった。

 

 そもそも知らなかったのだから仕方ない。

 

 ただ、音ノ木坂の生徒会長はハーフか何かで物凄い美人という噂はかねがね伝わってきていたし、この神中(かんちゅう)でも時々モデルみたいな綺麗な人が校門で誰かを待っていると、男子が鼻の下を伸ばし、女子が適当な設定を脳内で作って憧れていた。

 

 恐らくはその正体が、亜里沙の姉だとするなら頷ける話である。

 

 だが、それ以上に、

 自分と同じように、姉が音ノ木坂に通っているという共通点があったことに雪穂は嬉しくなる。

 

「うちのお姉ちゃんもね、音ノ木坂なんだ。今2年生」

「ホント!? 嬉しいっ、じゃあ、コーサカさんも音ノ木坂目指してるの!?」

 

 両手を取られ、顔をぐいと近づけられる。近い近い、ほんとに近い。

 

「い、今のとこはそう考えてるけど。……ほら、音ノ木坂は……その、来年生徒募集するか……わからないし」

 

 言葉にしたくはないが、現実問題は依然としてそこに横たわっているのだ。

 

 しかし、亜里沙はそのガラス玉のように透き通った瞳を丸くし、心底不思議そうに、

 

「だから、手伝うんだよ?」

 

 

 

 ハッと、した。

 

 

 

「わたし、ぜったい音ノ木坂行きたい。他のトコロは行きたくないもん」

 

 一分(いちぶ)のブレもなく言い切る亜里沙の言葉に、横面を張られたような気がした。

 

 

 ――自分は、

 

 自分はどうだろうか。

 

 やると宣言した時から、あれだけ毎日μ'sの活動に勤しむ姉と比べてどうだろうか。

 

 自分に出来るのは応援することぐらいと思っていなかったか。

 

 それでもしも、本当に音ノ木坂がなくなって、

 

 しょうがない、だって、だってと自分の心に無理やり言い訳させて、他の学校に入って、それで納得がいったのか。

 

 雪穂の部屋には、姉が入試にさんざ苦労して、合格発表の時には涙まで流して、真新しい制服に身を包んだ姿を家の前で一緒に撮った写真がある。

 

 この写真を撮った時、姉は妹に言ったのだ。

 

『雪穂が音ノ木坂の生徒になったら、今度はおそろいで撮ろうね!!』

 

 言った本人すら覚えてるか定かではない、他愛もない約束。なのに、その時の言葉が今も鮮明に胸に残っている。

 

 入学する頃にはきっともっと背も伸びてスタイルも良くなってて、よそと比べても圧倒的にかわいいというわけじゃないが、それでも王道の紺のブレザーを着た自分とお姉ちゃんが、またカメラマン役を頼まれて、愚痴をこぼしつつもわざわざ家まで来てくれた行人お兄ちゃんに向かってピースしている。

 

 そんな光景がごく自然と思い浮かんでしまったのだ。

 

 夢を夢のまま放っておくか。

 

 やれることがあるかもしれないのを今やらず、いつやるのか。

 

 見習うべきは目の前のクラスメイトで、変えるべきは己の姿勢だ。

 

「――そうだね」

 

 まだ、今からでも遅くないはず。

 なら、

 

「絶対に、亜里沙ちゃんが正しい」

 

 まっすぐに見据えられて、亜里沙は顔を輝かせながら、自分を全面的に肯定してくれた雪穂の手をまた取り、

 

「ありがとう!! わたし、嬉しい!!」

 

 全身で喜びを表すように飛び跳ねる亜里沙にそんな大げさなと苦笑してから、表情を正し、

 

「じゃ、じゃあ、矢澤さん、私もお手伝いします」

 

 しかし、

 

 やれやれと言わんばかりに肩をすくめ、頭を横に振りながらにこは、

 

「いらないわよ。アンタたちが出来ることなんてたかが知れてるでしょ」

 

 それは、否定しようのない事実で、あう……と、しょげる亜里沙をかばうように

雪穂はそんなことと思わず反論しかけて、

 

「アンタたちは、他に出来ることがあんでしょ。考えなさい、もっと自分たちにしか出来ないことを。……少なくともアンタのお姉ちゃんたちはそうしてるはずよ」

 

 言いながら、脇に挟んでいたビラを再び持ち直し、喉の調子を整えながら下校する集団に向かって駆けていく。

 

「矢澤さん……」

 

 たとえ、たかがしれていても、

 自分たちにしか、出来ないこと。

 

 その遠回しな言い方が2人の心に響いた。

 そして、

 

「あのさ、」「あ、あのっ!!」

 完全に同時に、口火を切る。

 

 互いに引かず、

 

『今度のライブ、一緒に行かない!?』

 

 シンクロしたように、カバンから2枚のチケットを掴んで、差し出していた。

 

 交差した手に握られている代物に、あれ私いつ渡したっけと混乱するものの、よくよく見てもやっぱり同じチケットを持っていることに違いないわけで、

 

「ど、どゆこと?」

「あれれ……?」

 

 ますます訳がわからなくなった。いったん事態を整理すべく近くにあったベンチへと移動する。

 

 腰かけて開口一番、

「コーサカさんも、チケット持ってたの!?」

 

「う、うん」

 

 言うべきか言わざるべきか、一瞬迷い、決める。

 

「えっとね、うちのお姉ちゃんなんだけど、……そのライブに、出るんだよね……あはは」

 

 なんか曖昧な言い方になってしまった、訂正しようとして――

 

「みゅ、μ's!? コーサカさんのお姉ちゃんって、μ'sのメンバーなの!?」

 

 物凄い食いつきようだった。しかも正解している。

 

「だ、だれなの、あの三人の中で!?」

「ぃえ、えと、」

 

 どう説明するべきか、あの姉含む三人組を。

 ひとまず、

 

「センターで、こう髪の毛サイドでかたっぽまとめてて、あ、でもそれだとことりちゃんもか。え〜しっかりしてなさそうで、なんとなく脳天気っぽそうな……」

「わかった。ライブで真ん中で赤い衣装を着てたあの人なんだ!!」

 

 自分で説明になってるのかなこれと思いつつ、理解した亜里沙に雪穂は舌を巻く。

 

 ライブ映像自体は姉から以前、自慢げに見せられたことがある。亜里沙が知ってるということは、あの動画を見たのだろう。

 

「そそ、それそれ」

 

 凄い凄いとまたもや飛び跳ねて喜んでいる亜里沙を撫で回したい衝動に駆られながらも、

 

「だから、お姉ちゃん経由でもらったんだよ」

「わたしと一緒だね!! お姉ちゃんから」

 

 ピースする亜里沙にやはり顔が緩む。

 

 このままではいけない。話が進まない。わざと咳払いをし雪穂は、

 

「えっと、亜里沙ちゃん。お互い、チケットを二枚持ってるじゃない? で、保護者の人とか同伴してもいいらしいし、」

 

 単刀直入に、切り出した。

 

「……その、知り合いを誘ってもいい、かな?」

 

 きっと自分に出来る、たかがしれてることは、それだ。

 

 雪穂の提案を、亜里沙はハラショー!! と賞賛し、

 

「うん!! もちろんだよ!! 実はわたしも誘いたい人がいるんだ!!」

 

 こんなことってあるんだ。

 

 よくよく偶然は重なるものだと雪穂は思う。だが、同じことを考えていたなら好都合。

 

「それじゃ、お互い連れてきたい人を連れていこっか」

「うん!! コーサ――ユキホ!!」

 

 わざわざ言い直してくれた亜里沙に、雪穂は笑みを深める。

 

 お返しとばかりに、

 

「がんばろ、亜里沙」

 

 どうやら、これから、仲良くやっていけそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

      ◆金曜日 ―Friday―◆

 

 

 

 

 

 

 

 刻限は午後七時を回り、洗い物を終えて廊下に出る。

 

 玄関で靴紐を結んでいる行人の背中に、母親である日高(ひだか)(ゆい)は醤油せんべいをくわえたまま、

 

ふぁれ(あれ)ふぁんた(あんた)ふぁた(また)はへるの(かけるの)?」

「ああ、まぁちょっと」

 

 気のない返事をしながら、行人は立ち上がり、

「っと、そうだ、これ」

 

 二つに折られた今度の三者面談の日程が印刷されたプリントを手渡す。パキと口でせんべいを半分に割りつつ、結は一読し、

 

「無理」

 

 ポイッと床に落とした。ひらひら舞う紙を行人はダイビングキャッチし、

 

「でぇぇえ!? なんでよ!?」

 

 俺、前、予告してたよね!? とフローリングを抱きしめながら行人は叫ぶ。

 

「それからしばらく間が開いたじゃない。だから予定組んじゃったのよ、まったく」

 眉間にしわを寄せるものだから、

 

「そ、それに関しましてはワタクシも責任の一端があったと、申しますか……」

 

 視線がウェーブし、廊下の片隅に転がる綿ぼこりをつまみ、玄関の方へ放ると、

 

「……はぁ、まぁなんとかするわ」

 

 そんな頼もしいお言葉に、

「母上、かたじけのうございまする!!」

 

 母だけにハハーッとかいう、クソつまらないことをほざきながら平伏(ひれふ)す息子のつむじに、結は手についたせんべいカスをまぶし、

 

「車には気をつけなよ」

 

 アイアイマムと返しながら行人はリュックを背負い、行ってきますと言葉を残し夜の世界へと出ていく。

 

 ドアが閉まる間際、

「――無理はし過ぎないように」

 

 差し込まれた母の言葉に、門の外まで歩いた行人は後頭部をさすりながら、

「お見通しってわけね…………さすが」

 

 うつむきかけ、

 

 にしてもなんか頭からポロポロ落ちてくんだけど何これ怖いと怪訝に思うその背後から、

 

 

「あっ、ユキちゃ――――ん!!」

 

 ギク、

 

 と恐る恐る振り返れば、ぶんぶんと音が出そうなくらい腕を振るっている穂乃果がいた。傍らには当然のように海未とことりの姿もある。おなじみ幼なじみ三人娘が制服のままなことに、この時間まで練習をして、今帰りなのだろうかと当たりをつけ、

 

「お疲れ様で――――、っした!!」

 

 言い終わる前に明日に向かって走り出そうとした行人は、

 

 

「――あぁっ!!」

 驚きのすぐ後、

『何やってるかは知らない!! だけど!! 頑張ってね!!』

 

 ――それだけっ、伝えたくて!!

 

 近所の迷惑も鑑みず、口々に叫ばれた声に、

 

 

 

 

 足が止まった。

 

 そして、三人には聞こえるはずもない大きさでこぼす。

 

「……頑張ってんのは、お前らの方だろうが」

 

 急に立ち止まった行人に三人は顔を見合わせる。彼女らが追いつくのを待つように、その後ろ姿は微動だにしなかった。

 

 その気になれば、大股五歩で肩に手がかかる距離まで近づいたとき、

 

「もう……明後日か。調子は、どうだよ」

 顔は向こうを向いたままで、世間話をするかのようなトーンで、聞こえてきた。

 

 三人はまたもや互いを見合うと、ようやく、

 おずおずと海未から、

 

「だいぶ、形になってきた……と思います。それで行人くん、その事なんですが……」

 横の穂乃果を窺いながら切り出し、

 

 受け継ぐように穂乃果は、

「雪穂から聞いたよ。お願いしたら、一緒にライブに、来てくれるって」

 

 わずかだが背中が動く。

「……一応、な。かわいい妹に頼まれたら断れんて」

 

 事実、この男は雪穂に対してはかなり甘いところがあるというのが、三人の共通見解である。

 

 雪穂にお兄ちゃんと呼ばれる度に一瞬だらしなく顔がゆるむことに、行人本人は気づいていないようだったが、三人には不評を買っていたのは言うまでもない。

 

「あはは、ゆーくん、いっつも雪穂ちゃんのお願いは二つ返事だもんね」

 苦笑しながら、ことりは行人の背負うリュックが肩に食い込んでいることに気づいている。

 

 ずしりとした重みは、登山用のそれの底が引力に逆らえずいることからも明らかだ。

 

 そのことは視線の動きから、薄々、海未も察しているらしい。

 

 何が詰まっているのかはわからない。しかし、どこかへ向かおうとしているのに、このまま話を続けてしまうのはツラいだろう。

 

「呼び止めてしまって、すみませんでした。穂乃果、ことり、私たちもそろそろ帰りましょう」

「あ、うん」「明日はリハーサルだもんね。集まるのは何時にする?」

 

 解散の流れに傾いた空気を中断させるように、行人は顔の左で人差し指を立てて、

 

 

「……――1つ、アドバイスだ」

 

 続けるか迷っているような間の後で、紡がれた言葉に三人は傾注し、真ん中の穂乃果が初めに反応する。

 

「わぁ、なになに?」

 

 

 

「――深呼吸して、最初(ハジメ)から。覚えとけ、困ったときの魔法の言葉だ」

 

 やっと、横顔を見せて、

 

 

 モーターの駆動音のような低い音が聞こえた。

 

 

 その場にいた全員が不意に一時停止し、すぐに音の出所を探し出す。やがて行人が尻ポケットで震えていたスマホを掴んで、液晶を覗き、うっと嫌な顔をする。

 

 臭い物を触るような手つきでタップし、

 

「はい、もしも――や、だから目高じゃない日高だっつの。わかってるよ、今向かってるトコだって。言っとくけど、お前んとこ終わったら、また俺、行かないといけ――そーすか、俺の都合は知らんすか、はいはい……」

 

 数秒でげっそりし始める行人は、穂乃果らを一瞥し、そっと手の平を立てて堪忍と示すと、再び歩き出す。数メートル進んで、通話を終えたスマホをしまい、走り出す。

 

 もう、振り返ることなく。

 

 

 

 星空の下で、三人はただそれを見送る。

 

 

 

 

 

 

 

     ◆土曜日 ―Saturday―◆

 

 

 

 

 

 

「――休みの日なのに来てもらってすみません」

「いえ、私の方も元からそうしようと思っていた所ですから」

 

 気になさらないでくださいと千歳(ちとせ)文乃(あやの)は頭を下げようとする絢瀬絵里を手で制した。

 

 イベントを明日に控え、両校の運営責任者は先日とは訪れる役と迎える役を、逆にしていた。

 

 校門前から校舎へと至る道の途中、学内を見回しながら文乃は、

 

「初めて来ましたけど、いい学校ですね」

 

 本来なら、社交辞令なのかもしれない。だが、横目で窺った文乃の足取りは軽やかに見える。

 

「ありがとうございます」

 

 手前味噌だが、歴史の長い校舎は風情があるし、先生方も穏やかで優しい方ばかりだ。親子二代三代と青春の1ページをここで彩った生徒も多い。

 

 UTX学園のような勢いのある最新鋭の学校にはないものが、この学校の魅力ではないかと絵里は思う。

 

 グランドの方からソフトボール部の地区大会予選試合のかけ声が響いてくる。それが引いた瞬間、

 

「それで、μ'sさんの調子はどうですか」

 

 ここからは仕事と言わんばかりに顔を引き締めて、文乃は口を開いた。

 

 ――今は余計なことを考えず、明日のイベントを無事終えることだけを考えないといけない。

 

 雑念を振り落とすように頭を揺らし、絵里は、

 

「今週はずっと練習をしていました。今はちょうど、講堂で前日リハーサルをしてます」

 

 こちらです。

 

 会場の方へと足を向ける。進行方向の先にそびえる建物を指し、あれが私たちの講堂ですと、

 

 

 ――絢瀬さん。

 

「いつも、音響周りはそちらでは放送部が担当しているということでしたが」

「はい……?」

 

 たしかにその通りだが、いきなりどうしたのだろうか。

 

「明日はこちらで担当しますので、すみませんがご担当の方に伝えて頂けますか?」

 

「え!?」

 突然過ぎて、思わず目を見開いてしまう。だが向こうは予期していた反応だったのだろう、文乃は続けて、

 

「ご心配かもしれませんが、そういうPA担当の子がうちにはいるんです」

「そう……、なんですか」

 

 まったく考えたこともなかったが、A-RISEクラスともなると、彼女らをバックアップするための人材も揃っているということなのだろう。

 

 たしかに全国クラスの実績を持つ名門運動部などは、マネージャーを複数人抱えるところも多い。

 

 必ずそういう所には、レギュラーメンバーという表舞台に立つ選ばれし者たちを、陰で支える裏方がいるのだ。

 

 ――目の前の少女に代表されるような子たちが。

 

「μ'sさんの方の音響もよろしければ、私たちの方でやらしてもらいますけど」

 

 A-RISE側との差を痛感しつつ、絵里は頷く。こちらは音響経験が多少あるとはいえ、ライブ向けのノウハウなど持ち合わせているはずもない、ほぼ素人なのだ。

 

 お言葉に甘えさせてもらう方が得策なのは言うまでもない。

 

「少し機材とかの写真を撮らせてもらうかもしれませんけど、大丈夫でしょうか?」

「ええ、それは構いません」

 

 よろしくお願いしますと絵里は頭を下げ、講堂の中へと文乃を招き入れ、

 

 ようとして、

 

 偶然タイミングが重なったのだろう。出てこようとした誰かと入ろうとした文乃は互いに上体をとっさに引く。

 

「わっ、ご、ごめんなさい!!」

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 

 ほぼ同時に謝ると、その誰かに、

「高坂さんじゃない、どうしたの?」

「あれ、絢瀬先輩?」

 

 穂乃果は絵里と、もう一人の見知らぬ人物とを見比べる。

 

 明らかに音ノ木坂のものとは異なる白いブレザーの制服に、

 

「UTX学園、のひ、……方ですか?」

 

 驚いた気持ちそのままの顔をしながら尋ねる穂乃果に、絵里はかたわらの人物を紹介しようとして、

 

「はじめまして。A-RISEの専属マネージャーをしています千歳文乃といいます」

 

 いち早く進み出た文乃に、瞬きする穂乃果は、

「あ、は、はじめまして、私は――

 

「高坂穂乃果さんですよね」

 

「え、なんで知ってるんですか!?」

 自分より先に、言おうと思ってたことをずばり口にされてしまった。

 

 しかも、普通ならば知る由もない名前を当てられたのだ。いったいどんな手品なんだろうとあさっての方向に思考を飛ばす穂乃果に、

 

「それはもちろん、大事なオープニングアクトを務めてくれるスクールアイドルのことくらい、ちゃんと調べてありますよ」

 

「あ、……ありがとうございます」

 えへへ、とはにかみながら、礼を述べる穂乃果にそんなに急いでどうかしたのかと絵里は尋ねる。

 

「はい、ちょうどお昼にしようかと思って。……そしたら今日、購買やってないってこと忘れちゃってて」

 

 えへへと照れながら頭をかく穂乃果に、たしかに本来は休みの日なのだから購買部がやっているはずもない。

 

「だから近くのコンビニまでパンを買いに行ってこようかなって。あっ、よければついでに何か買ってきましょうか!?」

 

 穂乃果の申し出にも二人は同時に頭を横に振る。気持ちはありがたいが、ここで「じゃあ、お願いね」と言うような人間では二人とも、ない。

 

 ならばと、穂乃果は「わかりした。じゃあ、ちょっと行ってきまーす!!」と走り去っていってしまう。

 

 そのワイシャツに腕まくりをした背中を見て、横の文乃が笑っていることに気づく。

 

「いえ、面白い子だなぁって思って」

 

 なんと返すべきか迷って、結局絵里は曖昧に笑うにとどめる。

 

 降り立った沈黙の妖精を追い払うようにポツリと、

 

「――リーダー向きの子ですね」

 

 えっ? 絵里が聞き返すとすぐに、

 

「すみません、聞き流してください。クセで、いつも他のスクールアイドルたちを見ると分析しちゃうんです」

 

 苦笑しながらそう言う文乃に、ふっと絵里も表情が緩む。

 

「本当に……アイドルの皆さんのことを考えてるんですね」

 素直な賞賛に。

 

 照れたように眼鏡の位置を直し、

「そんなことありません。……私にはこれぐらいしか出来ないだけです」

 

 そしてレンズがきらめくと、すかさず、

「絢瀬さんは、興味ないですか? なんならA-RISEに入ってみる気ありません?」

「え、――えぇ!?」

 

 口調こそ冗談めかしていたものの、眼鏡の向こうの瞳が揺らがなかったことに、絵里の心臓が跳ねた。

 

「じょ、冗談です、よね」

「どうでしょう?」

 

 認めず、判断をこちらに委ねられてしまう。

 

 だからこそ、困るのだ。

 

 もしも本気なら――、一瞬よぎった考えを黒で塗りつぶし、

 

「……夢のある話ですけど。私は、――音ノ木坂の生徒ですから」

 

 たとえ本気であろうとなかろうと関係ない。

 

 こちらは冗談だと解釈したと、そう言外に込めることでただの戯れへと落とした。

 

 残念そうな顔をするかと思えば、満足そうに、

「そういうことにしておきましょうか」

 

 釈然としない気持ちを抱きながら、絵里はもう一度、講堂内へ入ろうとした矢先。

 

 先ほどよりも遥かに激しい速さで何かが飛び出してきた。

「ちょ、ちょっと!?」

 

 さすがに二度目となれば絵里も説教せざるを得ない。自分は生徒会長であり、基本的に校内を走ることは認められていないのだ。

 

 しかし、絵里の声に反応したその顔は、

 

 

 

 

「――――っ!!」

 

 涙が滲んでいて。

 

 

 

 戸惑いを覚える一瞬の間で、すぐに走り去ってしまう。

 

「今のは……」

「絢瀬さん、今の子……」

 

 言葉にしなくともわかる。――彼女は、泣いていた。

 

「真姫ちゃん!! 待って!!」

 追いかけるように飛び出してきたボブカットが特徴的な少女は、絵里と文乃の姿を認めると軽く会釈して、もうすでに見失ってしまった彼女の姿を探し、

 

「今の子なら、あっちへ」

 文乃の指差す方向へ、礼も言い終わる前から全力疾走する。

 

 ほぼ間断なく、

「っ!!」

 

 講堂の中で何があったのかと絵里もまた弾かれたように走り出す。

 

 

 

 その場にいたのは、全部で三人。

 

 舞台上でただ戸惑いを隠せない様子の――園田海未と南ことり。

 

 その二人の前でこちらに背を向け、へたり込んでいるのは誰だろうか。

 

 絵里は首を伸ばすようにそちらへと近づき、震える背中の向こうの、

 

 

 ――床に、何かが散らばっていることに、気づく。

 

 

 照明の光を受けて、きらきらと輝いているそれが、最初なんであるかわからず、絵里は一歩一歩、海未とことりの間を抜けて進む。

 

 彼女の脇まで来て、しゃがみこんだ時、正体がわかる。

 

 光っていたのは、赤い破片。

 

 まるで一輪の薔薇の花びらが散らされたかのようで、

 

 あるいは、

 

 中心に落ちていた、ハート型の赤いルビーが垂らした血の涙のようにも、

 

 絵里には見えた。

 

「いったい……何が、あったの?」

 

 呆然とつぶやく問いかけに、

 

 

 

 

 

 

 

 わななく小泉花陽が、答えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ってことがあってね」

 

 まったく疲れたわとため息が混じる。

 

 おそらく肩と首を回していることだろう。ああ見えてお外向き用の顔をしている時は緊張しているのだ。無理もない。

 

 ガラスを隔て、ビル群が生み出す夜を忘れさせる人工の光に目を細め、

 

「ふぅーん、なるほどねー」

 

 前日打ち合わせも兼ねて、音ノ木坂に赴いている文乃の報告を電話越しに、綺羅ツバサは受けている。

 

 ――そいつはさぞかし、その場にいたらもっと面白かっただろうに。

 

 もともと文乃にくっついて音ノ木坂に行こうと思っていたのに、「あんたが来ると大騒ぎになる。ダメに決まってるでしょ」というつれない言葉で却下された。

 

 しかしそんな修羅場があったなら、アイアンクローを食らってでも後をつけるべきだった。

 

「まぁ、案の定問題は内も外も山積みってことだねぇ」

 

 肩をすくめながらも、立ち会えなかったことに無念を覚えていると、

 

「それはさておき……μ'sの話なんだけれど」

 

 神妙な口ぶりに戻った文乃に対し、

 

「ネタバレ聞きたくな~い!!」

 

 ピッと通話終了のボタンをタップし、ポイッとツバサは実にぞんざいにスマホを荷物の置かれた隅に放る。

 

 その様を横で見ていた統堂(とうどう)英玲奈(えれな)は、やれやれと、

「また戻ってきたら、どやされるぞ」

 避けられない未来を指摘する。

 

 チッチッチッと人差し指を振り、

「そうだと知ってはいても、やめられなかったのだよ英玲奈クン」

 

 だって、どうせ明日に関することだ。

 

 なら、必要ない。

 

 筋書きの知っているドラマなど退屈極まりない。そんなものを誰も求めていない。

 

 求めているのはパンドラの箱という極悪のびっくり箱なのだ。

 

「さぁて、明日、見ものだね」

 首に巻いたタオルをほどき、ぐるんと一周させる。

 

「……解せないな。お前が何を楽しみにしてるのかは知らないが。そのμ’s……、だったか。どこにでもいるようなグループの可能性だってあるだろうに」

「かもねぇ」

 

 いくら期待したところで、裏切られる時は裏切られる。その意見は否定できない。

 

 だが、まっ、そんときはそんときだ。

 

「分の悪い賭がギャンブルの醍醐味でしょ。ダメでもそれはそれで楽しいしぃ」

 

 口笛まで吹き始めるツバサに嘆息し、英玲奈が、

 

「簡単にダメと言うがな。その場合、かわいそうではあるが……廃校は免れないだろう」

 

 同情と苦言を呈すると同時に、

 

「遅れてごめんなさい」

 

 謝罪の言葉と共に、UTX学園校舎、高層階にあるA-RISEの専用レッスンスタジオに優雅な足取りで現れたのは、

 

「おー、あん、じゅ、お、つ、か、れー」

 

 立ったままの前屈に合わせて、声を区切るツバサに、優木(ゆうき)あんじゅは微笑みを返し、自らもストレッチを始める。

 

「お疲れ。最近、忙しいみたいだな」

 既にストレッチを終え、軽く水分補給をしながら英玲奈も会話に加わる。

 

「ええ、ここの所、アレの大事な会議にわたしも顔を出すよう頼まれてしまって」

 

 最近になって、あんじゅは放課後になるとすぐ、どこからともなく迎えに来た黒服と共に学校の前に停められたリムジンに乗り去っていく。

 そんな慌ただしい日々が続いていた。

 

 今日の前日練習も本来ならとっくに終わっているこの時間から開始なのは、そういった背景がある。

 

「で、どう()()は?」

 

 わざわざ文字通り、優木グループのお姫様である、あんじゅまで参加を要請されている会議だ。異常なほど力が入っているのがわかる。

 

「最近のスクールアイドルのブームの隆盛は、目を見張るものがあります」

「仕掛けた張本人たちの思惑を超えてってワケ、ね」

 

 両足の間から、逆さまの顔が口笛を鳴らす。

 

 ええ、と口に手を当ててクスクスと笑うあんじゅは、

 

「そちらはご想像にお任せしますが。全国各地でのスクールアイドルの結成、マスメディアでの紹介、音楽チャートの席巻、今年を代表する出来事として間違いなく選ばれることでしょう」

 

 ここまで一般層にまで浸透し、社会現象となるに至ったのも、一部の人間達の手によって周到に用意された計画があってこそのものである。

 

 だが、

 

 間違いなく、予想をはるかに超える発火点となった出来事がある。

 

 それこそ、

 

「――ラブライブ。昨年のアリーナでの成功。以前から波は来ていたとはいえ、あそこがターニングポイントとなったのは間違いありません」

 

 全国のスクールアイドル達の憧れ、夢の舞台。トップレベルのスクールアイドルが頂点を目指し、競い合う祭典。

 

 本選より始まるライブバトルは、昨年から引き続き全国区でのテレビ放送も決まっており、もはや老若男女を問わずその存在が知られている。

 

 昨年が人気の弾けた年とするならば、今年は当然期待が集まっている。去年の熱狂を上回ってくれることを世間は求めている。

 

 

 ――ですが、上回る程度では予想の範疇だと思いません?

 

 あんじゅの高説に口を挟むことなく、他の二人は続きを待つ。

 

 そこでもったいぶるようなことはなく、あんじゅは悠然と、

 

「近々、発表があると思います。今年は――スゴいことになりますよ」

 

 

 ストレッチで乱れた髪を直し、あんじゅは言い切った。

 

 

 

 

 

 やや長い沈黙の果てに、

 

「――たぁんのしみぃ」

 

 爛々と目をきらめかせるツバサが最初に口を開く。続いて、

 

「お前がそこまで言うということは、そうなんだろう」

 

 これは相当、各所で大枚が舞うんだろうなという英玲奈の問いかけに、あんじゅは否定せず、

 

「ええ、今回は、貴美歌(きみか)さんのお家とも協同ですので」

「おー、あの縦ロールちゃんね。相変わらず、あんじゅ突っかかられてんの?」

 

 昔なじみに対する端的な印象に苦笑いしつつ、

「あれは昔からなので、むしろない方が調子が狂うといいますか……」

 

 間違ってはいないので微妙なフォローしか出来なかった。

 

 窓際に腰を乗っけたツバサは、膝の上で手を組んであごを乗せる。

 

「ふーむ、楓ちゃんのとこも一癖あるのが揃ってるねぇ、この前の握手会の子といいさ」

 

 おい、こいつ自分のことを完全に棚に上げてるぞと視線で英玲奈はあんじゅに送るものの、応答は微笑を崩さないことで伝えてきた。

 

 再び英玲奈が視線をツバサに戻せば、

 

「はるばる西からやってきた宣戦布告に、Gステで話題のスクールアイドル、その正体は廃校寸前、死に体の母校を救うため、涙涙のアイドル活動を始めた少女たち。そして、次のラブライブ、ふふっ」

 

 ニヤニヤしていた。実に楽しく、脳内でおもちゃで遊んでいるのだろう。

 

 もう何度目かになるため息をこぼす英玲奈と、口元を隠しながら笑みを絶やさぬあんじゅ。そんな二人に、

 

「ああもう楽しくなってきた!! よしっ、じゃ練習始めましょーぅ!!」

 

 窓際から、軽く飛ぶとツバサは練習の開始を急に宣言する。

 

 もうじき角を二本生やしたおっかない文乃が帰ってくるだろう。その時、真面目に練習していなければ、卍固めかテキサスクローバーホールドを極められかねない。

 

 それを避けるには、集中しすぎてあたかも帰ってきたことに気づかなかったかのように振る舞う必要がある。

 

 ――もっとも、気づかないだろうけど。

 

 意識のスイッチをカチリと切り替えながら、なおもツバサは思う。

 

 

 

 99%の人間が逆に張っている分の悪い賭けであったとしても構わない。

 

 1%の奇跡で逆境を全てひっくり返すようなことが起これば、

 

 

 

 

 

 

 期待しよう、

 

 

 

 

 

 そんな奇跡を引き起こすような誰かが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうか、この無聊(ぶりょう)を慰めてくれることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、日曜日を、迎える。

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
 次回、XXX強めなライブでお会いしましょう。

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