僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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#29 PRE-ASSEMBLE

 

 

 

 

「まさか真姫ちゃんも、舞ちゃんが好きなんて」

 

 舞ちゃんファンに悪い人はいないと信じて疑わない花陽は、互いのフェイバリット(お気に)のアイドルが一致したことにそれはもう喜んだ。具体的に言うと、真姫の手を取り、飛び跳ねるぐらいに。

 

「べ、別に、あれだけファンがいたんだから、あり得る話でしょ!! ……ただ、」

 その喜びように真姫は相も変わらず素直じゃない反応を返すものの、語尾を濁したことを花陽は不思議に思い、

 

「ただ?」

 真姫のつぶやいた言葉を繰り返せば、

「…………」

 彼女は唇を引き結んでいた。

 

 何か、まずいことを聞いてしまったのかと慌てて謝ろうとして、その口が開いた。

「……昔、一回だけ、会ったことがあるの」

 そ、それはつまり、と花陽は思わず喉を鳴らし、

「ま、舞ちゃんに、会ったことがある、って、こと?」

 

 真姫が頷くのと、花陽がガバッと近寄るのはほぼ同時だった。

「す、凄いよ、わ、私なんかDVDでしか見たことなかったから!? い、いつ頃、どこで、どうだった、かわいかった!?」

 興奮の余り、ろれつが半分回っていない花陽に圧倒されつつも真姫は、

「いや、そ、その、私が小学校に上がるか上がらないかぐらいの時に、帝都ドームで」

 花陽は瞬時に頭の中のデータベースをひっくり返して、

「じゃあ3rd……、いや4thの時だよね、あの遅刻しちゃった伝説の!! いや舞ちゃんのライブは全部伝説なんだけどっ!!」

 あのライブの映像を見るといつだって時を忘れてしまう。ライブの行われた日時の字幕から始まり、観客の入場をカメラが追っていき、開始の刻限を迎えても姿を現わさないアイドルに次第に会場が動揺の渦に包まれていって――

 

 我を失っていた花陽が、それを取り戻したのは、くすくすと目の前の真姫に笑われていることに気づいた時だった。

「……あ、ご、ごめん」

「いいわよ、ふふっ、本当に……本当に好きなのね」

 

 気恥ずかしさにうつむいてしまう。体内の血が一気に顔に集まった感覚に花陽は、自身のはしゃぎっぷりを反省する。うう、すぐこうなっちゃうんだよなぁ……、

 と、

 

「……やっぱり」

 そのかすかな声に上目で真姫の様子を窺えば、

 

 立ち上がり、いくつもあるクローゼットの内の一つへ向かっていく。それを開け放つと、整然と積まれていた衣装ケースの中から更に一つを抜き出す。セーターやカーディガンといった冬物と思しき衣服が入っていたそれを、

「何、してるの? 真姫ちゃん」

 

 返答はなく、花陽がそのまま覗き込んでいると、真姫は冬物の地層を一段二段と掘っていく。その度ごとに顔を出すのは、DVDであったり、CDであったり、薄手のムック本であったりと――どうやら衣服の合間に何かしらのアイドルグッズが挟み込んであるらしい。一見した限りじゃ、ただの服の詰まったケースにしか思えないよう、巧妙に隠されていた。

 

 唖然とする花陽をよそに、真姫は最後の一層までほじくり返し、底の中央で眠っていたニット帽を取り出す。不自然に膨らんでいるその中に手を突っ込んだ真姫は、革張りの小物入れを手の平の上に載せる。

 

 そして、

 ゆっくり、真姫の細長い指はその小物入れの口を開ける。

 そこにあったのは――

 

「これって……チョーカー……?」

「…………ええ」

 

 しかも、花陽は見覚えがあった。再び散乱したデータベースを丹念に調べ直せば、

 

「た、たしか、これ……舞ちゃんが一時期すごくよくつけてたやつじゃない……?」

 意図してなくても勝手に、声が震えた。

 

 黒い革紐に提がっているのは深紅の薔薇の花びらに包まれた燃えるように明るいハート型のルビー。

 幼心ながら、雑誌のインタビューなどに答えている時でも燦然と舞の首元できらめいていたこのチョーカーが、当時欲しくてたまらなかったことをよく覚えている。それは、花陽に限った話ではなく、世の少女達もこぞってそれを欲しがった結果、模造品(パチモン)が溢れかえった。花陽も、夏祭りの露天で母親に懇願してなんとか買ってもらったのもそのうちの一つだった。

 

 だが、それを流行らせた当の本人である舞は、ある時を境にそのチョーカーをまったくつけなくなってしまった。噂では、あまりにも流行ってしまったせいで飽きたとか、光り物が好きなカラスにとられたとか適当なことばっか騒がれていたが、

 

 もしも、

 

 もしも、今目の前にあるチョーカーが、

 

「本物……なの?」

 

 だと、するならば、

 

「ええ……、舞ちゃん本人から、渡された物だから」

 

 驚きの余り、涙が出そうになった。そんな凄い物が今こうして目の前にあるなんて、感動で言葉が出てこない。

 だが、次の瞬間、花陽は、

 

「…………花陽ちゃん、アナタにあげるわ」

 そんな、信じられない言葉を耳にした。

 

 真姫は自身の手の平の上のそれに目を落としつつ、

「どうせ、私が持っていても意味がない、……もの」

 

 

 

 ――約束―――

 ――いつかきっと、アナタが―――――

 ――その日まで―――――――――――てる―――

 

 

 

 知らず下唇を噛みしめていた真姫が、その力を緩めると、ようやく、

「な、なんで……、だ、だって、これ、真姫ちゃんがもらった物なんじゃないの!?」

 

 たとえ、そうだとしても、

「きっと、……あなたの方が、持っているのに相応しいと思うわ」

「こ、こんな大事な物、受け取れないよ!!」

 

 両手を振るって固辞する花陽に、

「お願い、受け取って」

 真姫は強引にその手を掴み、チョーカーを載せた。泣きそうな顔をする花陽からは、髪に隠れて真姫の顔を確認することができない。ただ、聞こえたのは、

 

「そして、いつか――」

 

 その言葉は最後まで紡がれることはなく、

 

 またそれ以上、真姫が口を開くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

    ×      ×      ×      ×      ×      ×

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 場は沈黙の王様が君臨していた。

 

 

 穂乃果たちと合流した後、まずはとにかく、俺は現在ここにいる面子が置かれた状況についてを語った……のだが、

 はい、その結果がこちらになりまぁーす。

 

 誰も何もしゃべりませーん。

 

 どうすんのこれ、誰か動けよ、主体性だよ、主体性、大事でしょ、ね、頼みますよホント。穂乃果とかいつもお前、脳天気なんだから難しい顔すんなって、海未もことりもだ。東條も黙ってちゃ、いつものエセ関西弁のノリが出せないだろ、一番つらそうな絢瀬を笑わしてやってくれ。

 

「……あー、とりあえず、お前ら、理解、できた?」

 結局、こうなる。まぁ絢瀬たちに場を取り持つといった手前もあるけども、はぁ……。目が据わるのを自覚していると穂乃果が、

 

「うー? ああっ!! つまり――」

 そうだ、つまり、

 

 

 

「どういうこと?」

 ビターンと俺はその場でしたたかに右半身を打ちつけた。そのまま膝を抱え、このまま僕は石ころになろうと思います。

 

「ほ、穂乃果、今の説明でわからなかったのですか……」

「うん!!」

 

 何コイツ、自信満々に頷いてるんですけど。何、むしろ俺が悪いの、そうなの?

 

「だ、大丈夫……? 日高くん?」

「や、だ、大丈夫よ。これ痛くない倒れ方してるからね。地味に受身取ってるし」

 

 マジで心配されちゃうとむしろやった意味が死ぬ。絢瀬さん、実はそっちの方がむごいっすよ。ことりの手を借りながら立ち上がり、服を払っていると、

 

「えっと、ですから、生徒会長――絢瀬先輩が、うちの学校で5月5日のこどもの日にA-RISEがライブを行うという企画を立てられました。ここまではいいですね?」

「うんうん」

「その依頼を受ける上でA-RISE側が出してきた条件が、私たちμ’sにそのライブのオープニングアクトとして出演するようにということになってしまい、どうするかという状況に陥っている……そういうことです」

 

 小刻みに頭を動かしていた穂乃果はグレートティーチャー海未の説明にようやく理解が及んだのか、真面目そうな顔から一変し、

「えぇっ!? それって大変じゃない!? ――あてっ」

「だからそう言ってんだろうが」

 

 つい堪えきれず穂乃果の頭にチョップが炸裂してしまった。俺、さっき今のとまったく変わらない説明をしたつもりなんですが。人をおちょくっとんのか貴様は。

 

「うぅ……だって色々難しくてわかんなかったんだもん」

「はぁ……、で、ことりの方はどうだ」

 

 俺は口を噤んでいたもう一人へと向き直ると、ちょうど考え込んでいたらしいことりは、

「うん……大丈夫、だけど……いくつか質問してもいい?」

「ああ、もちろんだ」

 

 そうそう、そういう反応を待っていたのよ。こっちは。

 

「まずは……、なんで私たちなのかな、って」

「それは私も思いました、私たちはA-RISEのことを知っていますが、なぜ向こうも私たちのことを知っているんでしょうか。かたや全国的にも有名で、かたや……まったくの、無名です」

 同様の疑問を抱いていたらしい海未は自分たちのことだからこそ、ためらいを見せつつも事実を口にした。

 

 当然だな、その疑問は。海未の言う通り、あきらかにおかしいのだ。

 

「まぁそれについてだけどな……前、穂乃果と西木野さんにA-RISEのライブに行ってもらったことを覚えてるか?」

 二人が首肯すると、

「あの時、どっかの誰かさんがMC中に大声で反応して『ラブライブに出る』だのなんたらを言ったせいで……おそらく目ぇ付けられた」

「その人って……」

 ゴクリと喉を鳴らす、穂乃果の放つであろう言葉を察知して、

 

「いったいだr――あいたーっ!?」

「お前だよ、お前!! こ・う・さ・か・ほ・の・か・さんですぅ!!」

 もう一回チョップである。お兄さん、次は延髄切りしちゃうぞ。

 

「そんなことって……あるもんなんやねぇ」

「いや、感心するな、してくれるな東條。泣けてくるから」

 目頭を揉んでいると、海未もことりも、

 

「穂乃果……」「穂乃果ちゃん……」

 元凶に対し、生暖かい視線を送っていた。

 

「あはは……えと、ごめんなさい」

 さしもの穂乃果もこれだけの視線にさらされて謝る。このまましばらく反省させたいのはやまやまだが、話を進めるのが先だ。

 

「ことり、他には?」

「う、うん……えっと、ね」

 言い淀むと、うつむいてこちらを上目遣いにちらちらと窺ってくる。え、ちょい待ち、もしや俺に関してすか。いや、何もやましいことなんてないはずだけ――

 

「なんでそれを、ゆーくんが知ってるの……?」

「…………うぇい?」

 

 あれ、あれれ、

 

「あ、そうだよ!! なんでさっきあったことを、絢瀬先輩だけじゃなくて、ユキちゃんが知ってるの」

「まぁたしかに……妙ですね」

 

 はわわ、大変だこれ。なんか三人とも「あやしー……」って顔になっている。

 ……よくよく考えてみれば、俺、こいつらにA-RISEと知り合ったって言ってなかったような気がする。わお、バリやばいんじゃない、これ。

 いやいや待て待て、落ち着け、おちけつ、俺。

 そうだ、行人、堂々としろ、お前は何も間違ったことなどしていない!! ちょっと女子校に寄っただけだ、よくあるーよくあるー、男子高校生にあーりーがちー。

 よっしゃ!! かくなる上は、

 

 ――たちけて。

 

 ウィンクを繰り返し、東條に助けを求める。一瞬、怪訝そうな表情を浮かべたが、東條は俺の意図を察したのか親指を立てる。

 頼むぞ、絢瀬は難しいだろうし、他に事情を話したお前にしかこの場で俺を救える者はいない!!

 

 ずいと進み出た東條に、穂乃果らは目を向け、

「三人とも、それには深い事情があるんよ」

 

 おもむろに語り出した東條の姿はまるで救いの女神のようで、

「日高くんは、もともとスクールアイドルのトップのA-RISEがいったいどうやって活動しているのかを気にしてたみたいでな。たまたまこの間会った時に、今度UTX学園に行く用事があるって話をしたんやけど、そしたら、どうしても()()()()()()に俺もついていかせてはもらえないかって頭を下げてきたからね。ついウチらも根負けして、一緒に行くことにしたんよ。だから、さっきの会合の時には一緒にいたから知ってて当然ってわけ」

 そこで一息つくと、

「あいつらには秘密でって言ってたけど……ここまで聞かれたら、正直に言わせてもらうね。ごめんな、日高くん」

「う、うん……?」 

 

 あ、あり、これって、……ま、まま、マジで救いの女神だったァ――――――!! ああ、どうせ、東條に引っかき回されて、バレるんだろうなとか心のどっかで思ってた俺を許して下さい。今度土下座して詫びます。

 

「ユキちゃん……」「ゆーくん……」「行人くん……」

 

 あばばば、嘘八百なのに、完全にこれ信じちゃってますよ。いやいやマジで? 結構無理矢理なとこあったけど、すげぇな東條、ありがとうございます東條。だ、だが、ざ、罪悪感が……信頼が重い……。

 

「すみません、行人くん。変なことを聞いてしまって……」

「い、いやぁ、別に大丈夫でさぁ」

 ジーンときてるのか知らんが、三人ともそんな潤んだ瞳で俺を見るな。汚れた俺じゃ無理、超、目が泳いじゃう。

 

「え、えーと、じゃ、じゃあ、話続けていいか?」

「…………あっ」

 

 話を逸らそうとした俺に、ことりは小さく声を漏らす。

「どした、まだあるなら」

「う、ううん、大丈夫……」

 

 また変に遠慮してるな。たしかにさっきの質問はやばかったが、基本的に自分たちにも関係するかもしれない事態なのだ。疑問が後々、足かせになるようならばここで潰しておいた方がいい。本当なら、ここで質問は二個も三個も変わらんと男らしく断言できればいいのだが、今の俺は動揺著しく、不用意なことを言えない。

 

 と、俺の懊悩をよそに口を開いたのは、

「南さん、質問があるならどんな些細なものでもしてくれると……嬉しいわ」

 絢瀬だった。おそらく同じようなことを考えていたのだろう。先に口に出してくれて助かった。

 

 だが、その言葉がきっかけのように、ことりの表情が強張り、

「……絢瀬先輩は」

 一瞬だけ止まった後、

「私たちのことを、どう思ってるんですか……たしかに、私たちが力不足なのはわかります。でもアドバイスをくれたかと思えば、A-RISEに頼んだり……よくわかりません」

 

 思わず、

 

 俺はその時、言葉を忘れてしまった。

 今、目の前にいるのは、あのことり――なのだろうか。自分の意思を表に出さず、誰かがそれでいいのならばそれが一番いいことなんだよと微笑む、あの、

 

「こと、り――」

「……っ、ごめんなさい」

 

 つい、俺の口をついて出た名前に、ことりは肩を震わせうつむいてしまう。十何年の付き合いなのに、今のことりの心の内側には想像が及ばなかった。もしかしたらこんなことは、初めてかもしれない。それは海未も同様らしく、戸惑いの表情で固まっていた。

 

 次なる言葉を発するべきなのは、誰なのか。そんな当たり前のことすら忘れそうになった矢先、

「……南さんの言う通り、ね」

 

 絢瀬が自嘲するようにつぶやく。

 

「虫のいいことばかり言ってるのは理解してる。改めて指摘されると、……自分の勝手さに呆れるわ」

「えりち……」

 

 寄り添う希に対し、大丈夫と手で制すると、

「信用出来ないのも当然。でも、……この件に関してはあなたたちにしか出来ないことだと、そう、……思ってるわ」

 

 だから、と。

 自分の腰よりも深く、絢瀬は頭を下げる。

 

「お願いします。私のことはどう思ってくれても構わない。だけど、……どうか手を貸して下さい」

 悲痛な、頼みだ。

 

「今回だけ、どうか学校を助けるために、お願いします……っ!! あなたたちからしたら不愉快なのもわかってる、ただ、これをやれば、“何か”が、何かが変わるかもしれないっ!!」 

 

 日は没し、街灯はすでにつき始めていた。光に照らされた空間は俺たちを囲むように円を形作っている。必死に頭を下げる絢瀬のその姿はどこか、法廷に引き上げられた罪人のように見えた。ならば、俺が任ずるべきは弁護人だが――、

 

「――絢瀬先輩。頭を上げてください」

 海未の言葉に、絢瀬はおそるおそる顔を上げた。

 

 その視線の先には、穂乃果、海未、ことりが並んでいる。

 

「まず――――」

 

 宣告を待つように、絢瀬の喉が動く。

 

 そして、

 

 

 

 

 

「さっきはアドバイスありがとうございました!!」

 今度は三人が頭を下げた。

 

 到底信じられないような光景に、絢瀬の瞳が揺れる。

「な、なんで……」

 

「具体的にどこが足りないとか指摘してくれたので、すごい参考になりました!! 私たちだけじゃ、わからなかったですから」

「で、でも、私はっ」

 

 穂乃果は首を横に振る。

「たしかに、私たち、先輩のことをひどい人だなって……そう思ってました」

「なら……なんで」

 

 納得できないのも当然だろう、だが穂乃果は、「だって」と隣の海未とことりに笑いかけ、己の胸を叩く、

「気持ちは一緒だってわかりましたから!!」

 

 だめだ、つい顔がニヤつきそうになる。ガマンガマン。

「先輩がどれだけうちの学校を助けたいって思ってるのか伝わりました。それなら、私たちと先輩の思いは一緒です!!」

 

 無理矢理口をすぼめていると、脇をつつかれ、いつの間にか横に並んだ東條が「ヘンな顔」と言ってくる。うるへーこうでもしないと笑っちまうんだよ。

 

 穂乃果は絢瀬に向けて、右手を差し出す。

「私たち、オープニングアクト、やります!!」

 

 その意味を絢瀬はすぐには理解出来ず、まばたきをし、ややあってからようやく、おずおずと右手を伸ばす。

「いい、……の?」

「はい、やらせてください!!」

 

 せっかく了承を得たというのに、信じられない様子で絢瀬はうろたえる。

「その、園田さんと南さん……は?」

 

 苦笑しつつも二人とも、もう一度、「よろしくお願いします」と頭を下げる。

 それを目に収めようやく、

 

 絢瀬は、穂乃果の手を握った。

 

「ぷっ」

 同時に俺も限界だった。一斉に視線が集まるのを感じつつ、俺は絢瀬に、

 

「――言った通りだろ。な?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、これからどうするのですか?」

 

 μ’sとしてはひとまずオープニングアクトを務めることが目標として定まり、ではそのために今後どう動くのかということに話は進んでいた。

 ライブまで一週間ちょいしかないこの状況は、無駄な時間など存在しない。一日一日が勝負となることはたしかだ。ここでの方針は最重要といっても過言じゃない。

 だが、まずは、

 

「あー、それでなんだが……」

 頭を掻きつつ俺は、

「お前ら、メンバー集めの調子はどうだ」

 

「…………いやー」

 露骨に目を逸らす穂乃果の態度で返答は明白だった。まぁ、こいつらはこいつらなりに頑張ってるんだろうが、いかんせん難しいのだろう。ならば、やはり、

 

「――なら、いったんメンバー集めは中止だ」

「え、えぇ!? だって、ユキちゃんも一刻も早くメンバーを集めないとって言ってたじゃん!?」

「そうです行人くん!! その重要性を訴えてくれたのは他ならぬ行人くんじゃありませんか!!」

 

 当然のように詰め寄ってくる穂乃果と海未を押さえつつ、

「だぁっ、わかってるよそれくらい」

 予期していたが、げっそりしそうになる。あのね、ついちょっと前に言った自分の言葉忘れるような穂乃果頭なんて俺はしてませんです。つむじを十六連打してやろうか。

 

 だがそれでも心配そうにことりは、

「じゃあ、どうするの?」

「ああ、絢瀬と東條――二人に、この場でμ’sに入ってもらう」

 

「え、」

 俺は学習する男、日高ですよ。即座に耳をふさぎ、

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 穂乃果のご近所迷惑レベルの大声をやり過ごした。はい、ユキちゃん、だいしょーりー!! ふ、敗北を知りたい――

「どういうこと!? ユキちゃん!!」

「どういうことですか、行人くん!?」

「ちょ、おま、二人して揺さぶらないでッ」

 

 右へ左へ引っ張られ、酸っぱいものが食べたく……じゃない、こみ上げてきそうになる。こ、こいつ三半規管に直接……!!

 

「ふ、二人とも、そこまでにっ、ゆーくんの話を聞こ?」

「ご、ごどりざぁん!!」

 

 あぶなくマーライオンする所だったのを助けられ、背中をさすってもらいつつ俺は、

「いや……うぷっ、だからさ、今、お前達に何人必要で、この場にいる人数をかぞえればわかるだろ」

「た、たしかに五人は五人いますが……っ」

 

 口を開こうとした絢瀬に待ったをかけて、

「大丈夫だ。いいか、とりあえず話を聞いてくれ」

 

 頭の中で考えていたことをまとめつつ、俺は言語化していく。

「もともと俺たちが目指していたのは、Gステで話題になっている間にメンバーをかき集めて、名乗り出ることだった。で、そのためには学校の認める正式団体になる必要があったんだ。だが現状、穂乃果、海未、ことり、三人のみのμ’sでは正式団体になることができない。というのも、学校の規則で、課外活動団体の申請には生徒五人以上の所属が必要だったからだよな?」

 三人の頷きを得て、続ける。

「そうして、今まで西木野さんを含めて勧誘をしてきたわけだ」

 一拍置き、

 

「だが、事情が変わった」

 そう、どっかのナンバーワンアイドルのせいで、

 

「A-RISEメインのライブに出ることになってしまった。あのA-RISEのライブだ、確実に人は集まる。しかも外部からだ。さぁて問題です、全国レベルで有名なアイドルを目的にやってきた客の前に現れたのは、よくも知らん三人組。歌って踊り、最後に『私たちまだ学校にも認められてないんですけど、仲良し同士でスクールアイドル始めました、これからよろしくお願いします!!』――この時の、三人の心情を述べなさい」

 

 沈黙。

 全員どうやら想像は出来たようだ。俺なんかちょっと考えただけで鳥肌立ったわ。

 

「さて、じゃあこれならどうか、わかりやすくいくぞ『私たち、国立音ノ木坂学園スクールアイドルμ’sです!! 今日はありがとうございました、これからよろしくお願いします!!』」

 

 言い終えると、パァーっとわかりやすく顔を輝かせた穂乃果が俺の手を取りぶんぶんと振る。

「それ、いいよユキちゃん!! それいい!!」

「はいはいはい、キミ席戻って」

 身柄をことりポリスに引き渡し、お話を再開します。

 

「とにかく今まで、具体的な期限がなかったんだ。出来るだけ早くメンバーを集めるってだけでな。それが、こうしてライブまでに絶対にメンバーを揃えなければならない状況になった。入ってくれるかもわからない不確定な誰かよりも、確実に入ってくれる二人を選ぶのは道理だろ?」

 

 渇いた喉に唾を送り込む。再び黙した穂乃果らに対し、声を発したのは、

「そんな理詰めで、怖いこと言わんでもええのに」

 東條だった。

「へん、どうせ俺は理屈屋だい」

「すねないすねない。まったく偽悪的なんやから」

 

 ……調子狂うな、東條みたいな鋭いのがいると。俺は口元がへの字になるのを自覚しつつ、そっぽを向いた。

 

「日高くんはあたかも自分が決めたみたいにゆうてたけど、えりちもウチも、こうして高坂さんたちにお願いをしている以上、もちろんできる限りで恩に報わせてもらいたいんよ」

 ったく、別に俺のくだりは言わなくていいだろ。

 

「そうだったんですね……」

 ことりが納得するのと同時に俺は、

 

「でもまぁ……、問題がちょっとあってな」

「問題、ですか?」

 海未に首肯すると、

 

 日高くん、と絢瀬がお返しとばかりに待ったをかけてきて、

「それは私が話すわ。本当に、申し訳ないことなんだけれど……今回のライブは、私たちは名前を貸すことが出来ても……実質、手伝うことができないの。ごめんなさい……」

「えぇ!? どういうことですか!?」

 

 相変わらず素っ頓狂な声を上げる穂乃果。

 そうこれが問題なのだ。今回のライブの運営を担当するのが音ノ木坂側の生徒会であるらしく、企画者でもあり会長である絢瀬と副会長である東條はほぼそちらにかかりきりになる。こちらの練習だなんだに付き合う時間はまずないのだ。

 

「つまり……ほぼ名義貸しのみになってしまう、ということですか?」

「本当に、ごめんなさい……」

 

 海未の要約に、今にも消え入りそうな絢瀬の背を軽く叩き、フォローに回る。

「こればかりは仕方ない。どうやったって一週間でライブ運営とこっちを両立するのは不可能だ。それでも正式団体として申請自体は可能だし、当座はしのげる」

 

 今回のライブが成功すれば……いや、成功させなければならないのだが、そしたらよりいい状態でメンバーを再び募集することも出来る。とにかく、乗り切らなければならないのは目の前に現れたA-RISEのオープニングアクトだ。

 そんなことを考えつつ、そっと穂乃果の様子を窺う。

 

「うん、わかった。――絢瀬先輩、東條先輩、先輩方は生徒会の方をがんばってください。私たちは、私たちでがんばります」

「っ…………ありがとう、う」

 

 内心で、安堵のため息が漏れた。穂乃果のことだ、最終的には引き受けるだろうとは思っていたが……よかった。ここで断ったらぐりぐりパンチで説得する羽目になっていたところだ。

 

 一安心し、俺はこの微妙な空気を払うべく、

「まぁ、ひとまず、これでμ’sはようやく正式結成か?」

「うん!! これでようやくせっかく作ったあのページを公開出来るんだね」

 なんだか全然締まらないが、よしとしよう。

 

「しっかし考えようによっちゃ重畳だ。いきなりあの衣装二着追加でって言われても、ことりに負担がかかり過ぎてたしなっ」

「たしかに……あはは、それはきつかったかも」

 お次は、

「東條だって、いきなりあの曲の振り付け覚えろって言われてどうよ?」

「むっ、こう見えてもウチ、結構体育祭のダンスとか覚えるの早かったんやからね!!」

 わざわざ声を張ってくれる辺り、東條も本当よくわかってるな。

 

 というか、そうか、東條はともかく、絢瀬はたしか前回のμ’s初ライブの時にあの講堂にいなかったんじゃないだろうか。さすがにあの場にいた全員の顔を覚えているわけじゃないが、さすがに絢瀬がいたら目立つし覚えているはずだ。だったら、もしかしてダンスも歌も聞いてないんじゃないのか。そしたら、なおのこと大変だな……。

 

 なんとなく、

 

 なんとなくだが、魚の小骨が喉に刺さったかのような違和感を覚えつつも、まぁいいかと流そうした時、

 

「ユキちゃん、あの曲って……何?」

「何、って」

 抜けたことを聞く穂乃果を、思わず鼻で笑ってしまいながら、

「そりゃ『START:DASH!!』しかないだろ」

「え――」

 

 えも何も、そもそもお前ら、持ち曲、あれしか――

 

「……………………だよ」

 

 珍しく、穂乃果にしては聞き取れない声に俺は耳を傾けて、

 

「…………やだ」

 

 眉をひそめざるを得なかった。なんか変な言葉が聞こえた気がする。それにどうしたんだよ穂乃果、急に真顔になって――

 

 

「あの曲は、――歌いたくない」

 

 

 薙いだ水面に投じられた石のように、穂乃果の放った言葉は静かに、しかし大きく、

 

 

 

 波紋を広げる。

 

 

 

 




【あとがき】
あけましておめでとうございます。正月休みが終わった……だと……。おーい誰か、エンドレスウィンターバケーションがどこにあるか知らんかー。

謹賀新年ちゅーことで、ひっさしぶりに千歳さんのいめえじでございます。線が荒い? A-RISEだけにって、だぁっ(新春ジョーク

【挿絵表示】


ともあれ、今年もよろしくお願いしますです、ハイ

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