「――面倒見がええんやね」
関西弁の巫女さんとか新鮮だ。ここ東の京においてはかなりのレアなのではないだろうか。そう、たとえるならば、からくり兵が鉄の斧を落とすぐらいの確率だ。
ただ彼女の関西弁は、通常テレビで耳にするような関西芸人のイントネーションからすると、少し違和感を覚えないでもない。
「はぁ……どうも」
ひとまず頭を下げた俺に、
「お賽銭もおーきに」
にっこりと微笑むべっぴんさん。
それだけで細かいことはどうでもよくなった。紳士は現金なのである。
「さっそくご利益か……神様ありがとう」
「ん-? なになに? どうしたの?」
ぼそりとうつむいてつぶやいた俺の顔をのぞき込むようにしてきた巫女さん。やだ、神田明神って凄い。財布の中全部ぶちまけていたら、とんでもないことになってたんじゃないかしら。
脳内が桃……いえ薔薇色に染まりかけたのを理性という黒インクで覆い隠す。
「いえちょっと世界平和とナスダック総合指数について思いを馳せていただけです」
決まった、ピースフルで経済動向についても非常に関心深いインテリマン的な印象を与えたはずだ――なーんて、ほら来るぞ来るぞ、
「へ~、難しいことについて考えてるんやなぁ」
「って来ない!? いや今ツッコミどころを作って絶好のセンタリングを放った気でいたんだけど!?」
あるじゃん。どこがピースフルやねーん。鼻の穴に薔薇つっこんだろかー。とか
お前、本当に意味わかって使ってるんかナスダックゆーの。あれだろ、皮パリパリにして食う奴、中身に茄子詰めたアレンジ版。あほ、それ北京ダックやがなガハハ。とかさ。
「あはは、おもろいなぁキミ」
「うわ、マジで流したよこの人」
これではっきりした。このボケとツッコミに対しての反応の甘さ、関西人係数も異常値を示している。
結論、
「あんた、さては!! エセ関西弁使いだな!!」
くっ、こうまでして個性を表さねば、埋没してしまうというのか。恐ろしい所だ東京砂漠。俺はこの荒廃した土地に生まれ育った者ゆえ、気づかなかっただけなのだ。滂沱たる涙で、わずかばかりの潤いを地にもたらしながら俺は膝をつく。
「ふっふっふ、バレてしまったら仕方がない……! 何を隠そう、このわたしは……」
「お、おまえは――!?
で、どなたですか?」
「うん、実はあの子達の先輩なんよ」
「え、穂乃果達の?」
頷かれ、俺は固まる。なんだこの、知り合いの知り合いに少し恥ずかしい所見られちゃった感は。
「えっと、あいつらがいつもお世話になってます? でいいのかな」
「あはは、そんな堅苦しくしなくええよ? たまーに、こっそり手を貸してあげたりしとるだけやから」
うっわマジか。あいつらいつも何やってんだよ。迷惑かけてなきゃいいんだが。
「一応、礼を言っときます。で、なんか俺に用ですか?」
「敬語もいらないんやけどなぁ。えっとな、さっきから実はあの子達の練習を見させてもらってたんやけど、かいがいしく世話する見たことないお兄さんがいるなぁって思ったんよ。で、ためしに話しかけてみたってわけ」
「えっと、失礼すけど、おいくつで?」
穂乃果たちの先輩、なんだよな。失礼かもしれないが、実は年上ですってカミングアウトされてもさして驚かないぞ。
「今をときめく十七歳。音ノ木坂学院三年生の
「あー、んじゃタメか」
向こうも堅苦しいのはイヤと言ってるので、俺は普段の口調へと戻し、
「奏光学園三年、日高行人。こちらこそ、よろしく」
互いの自己紹介を交わす。
「へぇ~ソウガクなん。だから、早めにあの場から去ったん?」
「ご明察。いつも乗ってるリムジンが故障してて、電車通学なのさ」
「あはは、それは一度見てみたかったわぁ」
「機会があれば見せよう。なんなら荷台の所に乗って二人でめくるめくランデブーだ」
そのためには、早い所メカニックのいるサイクルショップかねだに持ち込まねばな。
「期待させてもらうね。んー、じゃああんま引き留めるのも悪いなぁ」
「まぁ別にもう少し話すくらい大丈夫だけど」
「いや、今はやめとくわ。日高くんはこれからも高坂さんたちの練習に付きあうん?」
「あぁ、当分はそのつもり」
ここでの練習に付き合わなくても、うちに押しかけてきた時に結局はイヤでも顔をつきあわすことになる。だったら、乗りかかった船としてしばらくは近くで応援してやろうじゃないか。今は、そんな感じだ。
「だったら、ここで会えるし大丈夫かな。ウチ、朝と放課後はここでバイトしてるから」
そりゃそうだろう。見ての通り、巫女さんの格好だ。これが普段着なら今すぐ俺は東條さんちの子になる。
「ここで会ったも何かの縁って言うやん? だから、仲良くしてな、日高くん?」
「願ってもない。ありがたい限りだよ」
さて、ここいらが潮時か。
俺は改めてカバンを肩に乗っけると、東條に別れを告げてようやく自分の登校を始めるのだった。
伸びをかまし、幸先の良い一日のスタートにスキップをしようとした瞬間、俺のスニーカーの紐がぶちっと切れた。ついでとばかりに頭上ではカラスが大合唱、通りすがりの黒猫は俺の顔を見てあろうことか放屁すると、満足げに去っていった。
……あるぇー?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
四限の終了を告げるチャイムが高らかに鳴り、古文の宮本が終了を告げると同時に餓えた獣たちは野に放たれた。そんな食堂に向かうハイエナたちを横目に、俺は弁当片手にとあるクラスメイトの机へと向かった。
「
「お? いいぜ、行人。ここで食うか?」
「あぁ、まっここでいいだろ」
どっかとハイエナ田宮の席に勝手に腰を下ろし、俺は愛しのランチタイムを始めようと弁当箱を開く。
「今日はおばさんか? それともお前?」
「ご覧の通りだ。見ろこの美しい飴色と黄緑のコントラストを」
俺は弁当箱を友人の
「お前だな……」
「なんでそんな残念そうに言うんだ。何故だか弁当箱がくさく感じるようになる呪いかけるぞ」
俺は白銀に輝く宝石とでも形容すべきご飯の上一面にキャベツを敷き詰め、その上に大判の豚の生姜焼きと玉ねぎを一緒に炒めたのを乗せた、ザ・男子高校生のお弁当と誇るべきその一口を頬ばった。
「やめろって、それ地味だけど最強に効きそうな呪いじゃねーか」
「もぐもぐ。ふん、貴様が素直に誉めないから悪いんだ」
母親のわが……家の都合により、俺は週に何日か弁当を自分で作らされる。毎日弁当を作る大変さを知れ若人よ、とはお袋の弁であるが、まぁごもっともである。
朝目覚め、布団との蜜月の時間に涙で別れを告げ、だりぃとこぼしつつ台所に向かうあの億劫さよ。そりゃ手も抜きたくなる。でもうまいもん食べたい、たーべたーい。
すると、両条件である、手がそんなにかからず、僕ちゃんのわがままボディを満足させるような味とボリュームを両立させるためには、このような弁当の中身となるのだ。
「まぁ男の子的にはぶっちゃけうまそうだけどさ」
「そうだろうそうだろう。最初からそう言ってればいいんだ。今度ミニトマトのヘタをやろう」
いらねぇよと吐き捨てて、逸太は綺麗に多彩なおかずが詰め込まれた弁当をつつき始める。くそ、せんせー! こいつお弁当ママに作ってもらってまーす!
など、いかんせん野郎ばかりの園だ。周りも充分にやかましい中で騒々しく味わっていると、
「そうだ、逸太。たしかお前、スクールアイドル詳しかったよな」
「スクールアイドルっつーか。アイドル全般な。なんだ、急に目覚めたのか?」
ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる。ムカつくので反論したい所だが、
「まぁ……最近テレビでやってたりしたからぼんやりとは知ってるけど、実際どうだか知らないんだよ。だけどまぁ、ちょっと興味を持った」
「ほぉ~、こりゃまた珍しい。明日は所により美少女が空から降ってくるかもな」
唐揚げを口内へ放り込んで、咀嚼して、飲み込み、
「いや、ぶっちゃけお前もうだいぶ世の中に取り残されてるぞ。トレンディじゃない」
くそ、ダサ崎ハゲ太ごときに、トレンディなんてあんなオサレな単語を使いながらため息をこぼされてしまうとは。日高行人一生の不覚だ。俺だって逆の立場なら、プライマリーバランスとかセカンドオピニオンとかRPGの呪文みたいなカッチョイイ言葉を使えたというのに。
俺はいつか使えたらいいねボキャブラリーの中から取りだしかけた、語群を内心血涙をしぼりながら元に戻した。
「なんでだよ、そんな凄いのかよスクールアイドルって」
「当たり前だ。なぁお前らー!!」
教室メシ組が逸太の呼び声に一斉に反応する。
あるものは「
な、なんだこれは……。
混沌のるつぼと化した教室に俺がドン引いていると、
「見ろ、今やどいつもこいつもスクールアイドルファンだ」
「そ、そすか」
や、やばい、普通に口が引きつってうまくしゃべれん。
「実際に今や凄い人気だぞ。もう素人とかそういうことを抜きに、グッズ化されてアイドルショップに並んでいたりするし、テレビや雑誌で特集も組まれてる。ネットの動画サイトに関連動画がアップされない日はない」
じ、時代はそこまで来てたんだな。
「小中校生とかに将来の夢は? って聞くと、スクールアイドルって返ってくる、そんな時代だよ今は」
「……本当に、凄いんだな」
「ああ、凄いよ。ただ少し残念なことはあるけどな」
残念なこと? 思わず俺は聞き返し、その続きを求める。
「彼女たちはプロじゃない。いくらプロ顔負けの実力や人気を持っていてもな。本当の姿は普通の女子高生ばかりだ。だから、ライブの場所や回数は限られるし、家庭の事情、練習環境だってロクなもんじゃない時もある」
――なるほど。それもそうか。さんざ手垢のついた言い回しだが、学生の本分は学業とあるように、彼女たちの生活の基盤は学校にある。本業がアイドル業で、学校にもちゃんと通っていますというわけではないのだ。それを反転させてしまったらいよいよ、スクールアイドルではなくなってしまう。
「でも、そんな厳しい条件の中でもひたむきに輝こうとする彼女たちに、世間は今夢中なのだ……どうよ」
腕組みをして深く頷いてしまった。そういうもんなのか……あいつらが身を置こうとしているスクールアイドルっていうのは。
「ははーん。さては行人、お前なんか気になるグループがいるな? ゲロっちゃえよ」
まだまだメシ時だぞ、こいつ。調子に乗るな。俺は延髄切りをかましたいのをこらえつつも、穂乃果達のグル……ってあれ、というか、あいつらグループ名なんていうんだ? なんも聞いてないぞ。
いや、まさか、つけてない? でも、なぁ、さすがに名前の考えくらいはあるんだろう。ある、あるはずだと信じたい……、
「ほらほら、別にお前がどこのグループ好きでも否定したりしないからさあ」
ま、まずい、言おうにも無名のグループではさすがの逸太でも知らないだろうし、空気が微妙なものになりかねない。困った俺は苦し紛れに、
「あ、あら、A-RISE……」
「ほぉーお~。お目が高い。昨年のラブライブ覇者、絶対女王ことA-RISEにご関心ですか」
うわうっざ。だが、まぁこれしか他に選択肢がない以上仕方あるまい。
「ん? そのラブライブってあれだよな大会みたいな奴なんだよな?」
「え? おま知ら――うーん、しょうがないのか? ったく去年テレビでもやって、あれだけ話題になってたっていうのに」
去年は誰かさんの受験勉強に精神と体力を根こそぎ持ってかれたせいで、ほとんど印象に残ったことがないんだよなぁ。一種の燃え尽き症候群ってやつなんだろうか。
「ラブライブっていうのはだな、全国のスクールアイドルたちにとっての憧れの舞台だ。なんてったって、ネットとかの投票による、人気上位24組のみが立てる本当のステージだからな」
「へぇ、去年はどこでやったんだ?」
「アリーナ」
吹き出しそうになった。
「アリーナァッ!?」
「あぁそうだ。しかもちゃんとソールドアウトで、埋まったぞ」
あのとんでもない広さの会場がファンで埋め尽くされている光景を想像して、俺は絶句する。
「そこで決めるんだ。どこの大会でも同じように、一番を、な」
思わずハハと笑い声が漏れた。頂点はそんな遙か高い所にあるのか。
「今年はもっとすげぇことになると思うぜ……俺の見立てじゃな」
じゃ、アテになんねーな。と軽口を叩こうとして飲み込む。俺とは比べものにならない知識を持っている逸太だ。そいつが言うことならば、そうなのかもしれないと思ってしまった。
「さて、そこの頂点に立ったお前さんが興味津々で夜も眠れないA-RISEのいい話がある」
「……なんだよ」
いい話って、たいていお前がもってくる話ってうさんくさいのばっかり、
「――実は今度の週末、ライブがある。そのチケット、いるか?」
それは神様がもたらした幸運か…!!
と、ジャンプ的アオリ