僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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【まえがき】
 今回は、「福笑い/高橋優」のご用意をばお願い致します。



矢澤にこ編 福笑い

 

 

 

 

 

 嬉しいことに、私はそこにいた。

 

 スクランブル交差点を行き交う人々は、これほどの人間がいるのにも関わらず、互いを気に留めることもない。

 久方ぶりのこの地の感触と、空気を胸に吸い込む。

「ああ、懐かしい感じです」

 いつまでも味わっていたい気持ちにひたりそうになる。しかし、

 与えられた時間はそう長くない。

 

「さて、どうしたものでしょうか……」

 方針を頭でまとめる前に、街中に響き渡る頭上の大型ビジョンからの音楽が耳に飛び込んできた。

 

 

『みんなのハートに、ラブにこ!! 矢澤にこで〜す!! みんな~いっくよ〜!? せぇーのっ』

 

『にっこにっこにー!!』 

 

 足が止まった。

 思わずその声の主を見上げ、私は、

「久しぶり……だね、――にこ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 染み付いてしまった社会人精神、締め切り、時間厳守魂は俺を眠りのふちより呼び覚ました。

 

「やっべ!? 今、何時だ!?」

 たしか今日は9時から代理店の人と打ち合わ――と肝が冷えかけた瞬間、カレンダーに書き込まれた「オフ!!(涙)」の文字を見て、安堵のため息が漏れた。

 

 そう、本当に、ほんっとーに、久しぶりのオフである。カバンから取り出したスケジュール帳をぱらぱらめくっていると、ここ最近は毎日何かしらの仕事が入っていることに乾いた笑いが出てくるが、それでも仕事がない頃に比べたら精神状態はマシだ。

 これもあのドサ回りの日々がようやく実を結んだということだろう。

 

 時にはド田舎の祭りに呼ばれ、?マーク浮かべっぱなしのご老体方に罰ゲームのようなライブをしたり、真夏の炎天下に遊園地で着ぐるみショーしたことが思い出される。

 俺もツラかったがあくまで添え物、本当にツラかったのは、それを実行したあいつの方だろう。泣き言など一つも言わずに全力で仕事をこなしていたあいつのそういう所を、俺は尊敬している。本人には、絶対に言わないが。

 

 そんな苦難を乗り越えて、最近では人気急上昇中アイドルなどと巷で騒がれるようになってきた。

 嗚呼、あいつにスクールアイドルからプロのアイドルへとならないかと芸能事務所にスカウトされたんだけど……あ、あんたも付いてきてくれないと切り出された日のことが思い出される。

 一応、もらった名刺を見せてもらったが、うさんくさい話に事欠かない芸能事務所からのスカウトというやつだ。不安になるのも無理ないかと、付き添いとして訪ねたのが運の尽き。

 

 今の事務所の社長にティンときた、などというスピリチュアルな理由で気に入られた俺も何故だか、プロデューサーという形で入社していた、いやさせられていた。

 ……正気の沙汰じゃないのは、被害者の俺が一番よくわかっている。ド素人にいきなりやらせる仕事じゃない。はずなのだが、社長の大丈夫だキミなら出来るなんて無責任発言に流され、また結局所属を決めたあいつを放っとけずに、この世界を1から学ぶ羽目になった。

 

 我ながらとんでもない人生を送ってるのではなかろうかと、ちょっぴり涙が出そうだが、今やこの仕事で飯を食っている以上否定することは出来ない。

 

「たった十数秒で人生は変わるってことだよな、結局……」

 

 二度寝の誘惑をどうにかベッドから転げ落ちることで断ち切る。今日のオフはどうしてもあいつが空けてほしいってことで、あの手この手を使いどうにか死守した休日だ。何か用事でもあるのかと聞いたら、ちょ、ちょっとね、行くとこがあんのよとはぐらかされた。

 せっかくのオフだ、しっかり休めよとその場で返したものの、あの態度は気になる。

 

 偶然居合わせたメイクさんもそのことが気にかかっていたのか、あいつがその場を離れると耳打ちをされた。曰く、アレは男のことを考えてる顔よん。これ女の勘ね、と。

 いやいや、アナタ立派なメンズじゃないですかと口に出かかったのを飲み込み、俺は胸中に広がる一抹の不安に顔をしかめた。もしも、万が一、億が一、本当に男の影がちらついているのだとしたら、

 

 それは大問題だ。

 

 たしかに最近は売れてきたことで、歌番組で男性アイドルたちとトークしたり、イケメン俳優と深夜ドラマで共演などをして接点は格段に増えた。見てた限りじゃこいつ色目使ってやがる、距離が近いんだよ、と思わざるを得なかった野郎もかなりいた。そういったことを考慮すると、可能性はありえなくは、ない。

 

 これはリスク管理の問題だ。

 売り出し中、人気急上昇中のアイドルに男の影など、格好のマスコミの餌食になる。そんなスキャンダルであいつの夢を壊させないためにも、もしもそんな野郎がいるのなら、お話し合いをして手を引いてもらわないといけない。

 それは他の誰でもない、担当プロデューサーとしての、俺の仕事だ。

 

 シャワーを浴びてから、トーストとコーヒーで手早く朝食を済ませ、変装を開始する。マンガみたいのではない、リアルな付けヒゲを貼り付けて、デカいセルフレームの黒縁眼鏡をかけ、ニット帽を目深にかぶる。後は普段の俺の好みからまったく外れるサブカル系ファッションで身を固めると、どこの原宿に出しても恥ずかしくない自称オシャレ系男子が降臨していた。

 

 これぐらいやれば、ぱっと見で俺だと気づかれることはまずないだろう。

 

 よし、それじゃ行動を確認する。これから、あいつが一人暮らししているマンションへと向かい、そこの近くで待ち伏せをし、向こうが出かけたらそれを尾行する。杞憂で終わってくれればいいが、もしも野郎が現れた場合は最悪、kill youで終わることになるかもしれん。

 

「よし、じゃ行くか」

 自宅を後にした俺は、あいつのマンションへと足を向けた。

 

 

 

 

 都心から離れた閑静な住宅街。そこにあるマンション一帯は、平日の早朝ともなれば変なヤツがいっぱい現れる。双眼鏡片手にあいつが在宅なのを確認しようとする俺とか――マンションのベランダ側から、排水管を伝ってよじ登ったのか、2階辺りまで行って今にも落ちそうな感じでぷらんぷらんしてる男とか、

「のわぁあああああ!! あんた何やってんだ!?」

「お、お気になさらず!! こ、このマンションに知り合いの女の子がいると聞きまして!!」 

 

 思わず男の下へと向かって受け止めようとした身体が止まる。

 

「――矢澤にこという子なんですが!! わわっ!?」

「は? ちょっ、あぶあぶっ!?」

 心当たりのありまくる名前を聞いた瞬間、男は両手でパイプにギリギリ掴まっていたのに片手がはずれた。やばい、あと数秒でこれは間違いなく落ちる。

 

「うぅ……お、落ちても救急車は、よ、呼ばなくて結構、です」

「いやあの状況的に119番より110番な感じなんだけど――」

「け、警察ですかっ!? あっ」

 

 男が驚きの声を上げると同時に、ついうっかりといった感じに手を離した――重力に従い、落下する男の身体と地面の間にとっさに身体を滑り込ませる。全身を襲った衝撃に、肺から空気が絞り出される。むせると同時にみっともなく「ぐぇ」と口から飛び出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫ですか?」

「これのどこが大丈夫と思うんですかね?」

 俺は必死に服にこびりついた土を払っていた。男が落っこちた真下は、幸い柔らかい土だったようでグロテスクな結果になることはなかったが、下敷きになった俺は土の味を堪能する羽目になった。せっかく買いそろえた服は土まみれ、顔もナチュラルメイク(大自然的な意味で)が施され、現在ウェットティッシュで拭きまくっている。ちなみに、このウェットティッシュも自腹である。隣にいて心配そうにしているこの男、なんか拭くものをとコンビニに向かおうとしたのだが、金がなかったらしい。どんだけだ。

 

「あーもう、くっそ」

 汚れが取れやしない。仕方ない、もう一番汚れのひどいアウターを丸ごと処分するか。元より好みではなかったので、まぁいいが……はぁ……眼鏡もツルの部分が完璧に折れてしまったのでもう使えない。

 付けヒゲも邪魔くさい、(むし)ってゴミ箱に捨てる。結構、高かったのに。完全にドブになった。

 

「すみません……」

 もう何度も繰り返し謝罪している男に対し、俺は嘆息すると、

「それ以上は結構ですよ。わかりましたって」

 最後に一通り顔を拭くと、見事にウェットティッシュを使い切ってしまった。ヒゲと同様にゴミ箱へ投げ入れると、男に改めて向き合う。

 

 全体的に線が細い男だ。背は高くても、健康的とは程遠い青白い顔色や、白シャツから覗くやせ細った首、そのせいでうらなり瓢箪(びょうたん)って表現がしっくりくる。あるいは、ツラがいいので、ガラスの王子様といったとこか。歳は俺とそんなに変わらないように思える。

 

 そんなことを考えつつ、マンションの向かいの小さな公園へと移動していた俺たちは、話をすることにした。

「一体、なんであんなことしてたんですか?」

「彼女に会おうと思いまして……はは」

 その彼女というのは、

「さっき言ってた……矢澤にこ、ですか?」

「ええ、そうです。――あの子は、僕のアイドルですから」

 

 儚げに浮かべる微笑が様になりすぎてて、俺は言葉を忘れた。知らず力が入ったこぶしを隠しつつ、

 

「どういった関係なんですか?」

「そうですね……、彼女とは小学生の時までずっと一緒にいました」

「っ……へぇ」

 

 いけない、声が平坦になってしまったかもしれない。表情が強張りそうになるのを、必死に取り繕う。

 

「それから離れてしまって、今日、久しぶりにこっちへ戻ってくることが出来たんですけどね。どうやらあそこに住んでいるっていうのは突き止めたんですが……ほら、あそこのマンションって勝手に入ることは出来ないみたいなので……」

「だから、ですか」

 別経路で強行突破しようとした、と。

 にしてもあの調子じゃ絶対たどりつけなかっただろう。あいつの部屋があるのは、3階だ。限界に限界を重ねても無理だ。

 

「時間を変えるとか、色々出来たんじゃ?」

「……あまり、こちらにいられるわけじゃないんです。なので叶うなら、早く、と思って」

 

 事情があるのか、彼の顔に影が差す。あいつが今日を休みにするために、方々に頭を下げたのは、このためだったのだろうか。昔の知り合い、しかもかなり親しげな関係だったらしい男のために。

 ――あの子は、僕のアイドルですから。

 

「あの……」

 沈黙してしまった俺におずおずと彼は切り出してくる。

「僕も聞いてもいいですか?」

 頷きを返すと、彼はその前に、

「僕、ユウキと言います」

 名乗られたら、こちらもせざるを得まい。

「……行人です」

 

「行人さんですか。あなたは、どうしてここに?」

「俺は……」

 

 どうしてか、いつもなら考えてから言葉にするはずなのに、勝手に口が動いた。

 

「……俺も、矢澤にこに会いに来ました」

 自分で言ってから、とんでもないことを言ってしまったと気づく。撤回しようにもすでにユウキさんは驚いたように目を見開いている。くそ、なにやってんだ俺は。張り合う気かよ、彼と。

 

 次にどう質問してくるかは見当がつく。

 

「彼女とはどういう関係で?」

 答えに詰まる。名刺上の肩書きで言うのなら、アイドルとその担当プロデューサー。だが、その実態は、いったいなんなのだろうか。逆に俺が聞きたいくらいだ。

 高3の時、初対面の印象はほぼ最悪に近い形で出会い、なのに、それで終わることなく、ずるずると関係が続いてしまっている。付かず、そして離れずに、ずっと、ここまで。

 だから、

 

「よく……わかりません」

 こう言うしかなかった。

「俺自身わかんなくなるんです。あいつにとっての俺はなんなのか。俺にとってあいつはなんなのか。役割とか仕事とかじゃなくて、もっと本当の部分で」

 

 何を言っているのだろうか。そんなこと、今知り合ったばかりの彼に向けた所で理解してくれるはずもないのに。

 漂う沈黙に堪えきれなくなり、俺が立ち上がりかけると、

 突然、彼は口を開いた。

 

「もし、僕が今日彼女に告白するって言ったら……どうします?」

 上げた腰が止まった。思わず睨みつける勢いで向き直ると、彼は挑戦的な目つきで、

「恐いな、そう睨まないでくださいよ。よくわからない関係なのだら、別にあなたが気にする必要はないでしょう?」

「それは……」

 確かに、そうなのかもしれない。

 

 唇を噛む俺を無視して、彼は続ける、

「彼女の夢を、行人さん、あなたは知ってますか?」

 

 昔、一回だけ、聞いたことがある。

 それは途方もないような夢で、俺はそんな大それたことをあいつが考えているのだと、それまで(つゆ)ほども思ったことがなかった。

 でも、それがきっかけだったのではないか。

 

「……知ってるよ。それがなん――」

「そのきっかけを作ったのは僕だ」

 

 こめかみを殴られたかのようだった。

 

「今でもやっているみたいですけど、にっこにっこにーって、彼女の口癖。元はといえば僕と一緒にいる時に、考えついたものです」

 

 俺の知らない、あいつが目の前のこの男と共有している思い出を次々と耳に飛び込んでくる。まるで俺とあいつの過ごした日々はすべて無意味であると告げるかのように。何も生み出していないとでも言うかのように。

 

「僕は自分でもよくわからないくせに、彼女の側にいようとするあなたが嫌いです」

 反論するより、声を荒げるより、怒りが湧くより、涙を流すより、俺は、納得してしまった。

 

 なんだ、こいつの言う通りじゃないか、と。

 

 よくわからないなどとほざくくせに、あいつに近づいてくる男たちに嫉妬の念を向ける。よくわからないのなら、あの時、社長の申し出を断ればよかったのだ。そうしていれば、俺はこんな所にいなかった。あいつの成功を、テレビを、ネットを、CDを、雑誌を通じて知る側になっていただろう。

 

 

 

「……何か言い返さないんですか」

 

 でも、

 

「言い返せないのなら、もう彼女に――」

 

 俺は、

 

「――あいつの夢を聞いたからだよ」

 

 そうはしなかったんじゃないか。

 

「あいつが、事務所の人と初めて会う前に語ってくれたんだよ。誰よりも知られたアイドルになって世界中の人に魔法をかけるって。笑顔の、魔法をかけるって」

 

 それが、私の夢なんだって。

 照れながら、こっそり教えてくれたときに、俺はこいつを支えようと思ったのだ。一番近くで、一番最初に、その魔法にかけられるやつでありたいと願ってしまったのだ。

 

「前言撤回させてくれ。よくわからないなんて、口が裂けても言っちゃいけない言葉だった」

 胸を張れ、目を逸らすな。

 

「俺がここに来た理由は、そんなことを大真面目に言い切ることが出来るあいつが――矢澤にこが好きだからだ」

 

 ユウキとやらに、指を突きつけ、

 

「いいか、よく聞いとけ!!」

 

 肺一杯に息を吸い込む。大丈夫だ、この数年で、声をだしまくる場面に遭遇し続けてきたせいで、もうお手のもんだよ。辺り一帯に響くでっかい声ってのは、

 こう、出すんだ。

 

「俺はっ!! やっざっわぁ!! にこがぁ!! だい・だい・大好きだぁあああああああああ――――!!」

 ご近所中を眠りのふちから叩き起こすような声量で、俺はひとしきり叫ぶと、

 

 

 顔面に柔らかい衝撃を受けた。

 

「あ、あ、あ、あんた!! 何、大声で叫んでんのよ――――――っ!!」

 

 その衝撃が枕によるもので、寝間着姿でわざわざわここまでご本人様登場してくれるとは、うん、その、なんだ、完全に予想してませんでした――!!

 

「なんか、下が騒がしいからって降りてきてみれば、もぉ――なんなのよ!?」

 おい、なんか二人して頭かきむしるのやめようぜ。

 

「いやぁその、なんていうかですね、そのあれです、愛の告白的な」

 あばばば、自分で言ってて何か口からヘンなの出そう。

 

「も、もっとムードとかシチュエーションあるでしょ!! 朝イチってどういうことよ!?」

「おうぇ、そこぉ!?」

「当たり前でしょ!! いつまで経ってもそっちから告白してこないから、こっちがどれだけ今日のために……」

 最後まで言い切ることなかったのは、口を滑らせたからと真っ赤になった顔に書いてある。

 

「あのぅ、今、なんて言った?」

「しししし、知らないわよ!! あ、あっち行きなさいよ!! ってか何よそのかっこ、無人島生活でもしてきたわけ!!」

「いやそんなのどうでもいいから、もっかいもっかい」

「うっさい!! 一人で騒いでるのがまさかあんたなんて……」

「は?」

 

 その一言で、隣にいたはずの彼の姿がいないことに気づく。

「嘘だろ、いやさっきまで……」

 辺りを見回すが、その陰すらもない。

 

「おい、にこ、ここ来るとき俺の隣に誰かいたよな?」

「はぁ? 誰もいなかったわよ?」

 だから呆れてんでしょ、と軽く胸を叩かれる。そんなはずはない。だってさっきまで話をしていたのだから。忽然と、煙のように、俺の目の前で消えてしまった人物がいるという事態が「ちょっと、」俺は信じられず、うわごとのようになんでと繰り返す他ない。

 

「ちょっと、聞いてんの!?」

 耳元で叫ばれ、俺は無理矢理に意識をにこへと引き戻す。

「あ、ああ、悪い……」

 素直に聞いてなかったことを謝り、もう一度言ってくれと伝えると、なんで聞いてないのよとぼそりとこぼした後で、ぐいと胸元の服を引っ張られ、

 

 至近距離で、

「だ、だから、さ、さっきの言葉、ほんと?」

 頬を朱に染めたまま、にこは聞き返してきたから、

 

 

 言葉じゃなくて、唇で伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、疲れてたんじゃないの?」

 その後、互いにいったん家に帰って着替えてから、俺たちは再び落ち合った。そして行きたい所があるからついてきて、とにこに先導されるまま電車に乗り、郊外の駅で降りた。現在、ようやく鳴き始めた蝉の鳴き声を背景にとぼとぼと坂道を登っている。

 その間に、今朝の出来事はあらかた話した。まぁ俺自身が信じられないのだから、にこの反応もむべなるかなである。

 

「っていうか、あたし、小学生の時の幼なじみとかいないわよ」

「え、マジで?」

 いや、でもなぁ、あの口ぶりだと、うーむ。腕を組んで考えようとすると、何故か、にこが近づいてきて俺に寄りかかってきた。

 

「な、なんだよ」

「い、いや、だってストーカーとかだったら恐いでしょ、いざとなったら、ま、守んなさいよ!? あんたが」

「別にいざとならなくたって守るけどな」

「~~~!! あーもう、つ、ついたわ。ここよ!!」

 

 にこの言葉につられ、視線をそちらに向けると、お寺とその前に広がる灰色の石の数々、墓園があった。首を傾げるより先に、

「ちょっとそこでお花と水をくんでくるから、待ってて」

 

 駆けていく小さな背中を見送って、俺は数歩だけ墓園の中に踏み込む。どこからか漂ってくる線香のにおい、真新しい花と洗われた痕跡の残っている墓はまだ家族が参りに来たばかりなのだろう。対照的に、もう何年も誰も訪れていない様子が窺える墓石もいくつもあり、一抹の悲しさを覚える。

 

 不躾とは承知していても、普段来ない場所と言うこともあり、俺の足は止まらなかった。

 

 そして、やがて一つの墓石に刻まれた文字を見つけてしまう。

 

『矢澤家之墓』

 

 それを発見できたのは偶然だったのだろう。だが、ある種の確信めいたものも感じ、俺はようやく歩みを止めて、その石と向かい合った。

 

「ちょっと、待っててって言った……あ」

 そこに、手桶と白と紫と黄色で構成された墓参り用の花束を抱えたにこがやってくる。並々と水が注がれた手桶をにこの手から、持つよと受け取る。

 

「……どうやって見つけたわけ?」

「いや、偶然に目に入ったから……」

 

 そ、と頷くとにこは墓石の周囲に生えた雑草を取り始める。それを代わると申し出ると、お願いと微笑し、荷物から取り出したタオルを濡らし墓石を拭き始めた。しばし、互いの作業に無言のまま没頭する。目立つ草はすべて毟り、にこから差し出されたビニール袋に詰め込むと、ちょうど同じタイミングで、にこも拭き掃除を終えたようだった。

 

 古くなった花を交換し、線香の束に火を点す。

 

 やはり沈黙を保ったまま、にこの隣で俺も両手を合わせた。

 

「毎年来てたんだけどね。去年はオーディションとちょうど重なっちゃって、来れなかったから」

 今年はどうしても来たかったのといつもの覇気のある声とは違ったトーンで、にこが口を開く。

 

「今日は、パパの命日なの」

 

 疑問は氷解した。にこがどうしても、今日だけは空けてほしいと懇願してきた理由の答えは、そこにあった。

 

「……そっか」

「うん」

 うつむいた顔を上げて、

 

「一昨年来たときには報告できなかったけど……パパ、にこ、がんばってるから。知ってる? 憧れのアイドルの仕事、最近じゃもう、にこの事を指名してみんな仕事をお願いしてくるんだよ? えへへ、凄いでしょ。それもね、この――」

 俺の手を握る。

 

「行人って言うんだけど、行人のおかげ。誰よりも営業先で頭を下げてくれて、誰よりも事務所に遅くまで残っていて、誰よりもにこの事を思って、動いてくれる人」

 握る力が強くなる。

 

「パパがいなくなって、ツラいこと一杯あったけど、でもそれでも幸せな出会いも一杯あったよ? だから、今、にこは笑えてる」

 俺の手を握ったまま片手で親指と人差し指と小指を立てて、

 

「にっこにっこにー♪ 一番最初にパパにかけてあげた笑顔の魔法を、アイドルになって、もっと世界中の人にかけてあげるって夢。まだ途中だけど、パパにはずっと見守っていてほしかったけれど、」

 語尾が震える。俺はあいている方の手で自分の鼻を思い切りブタ鼻にして、にこの正面に顔を突き出す。まじまじと俺を見つめ返した後、軽く吹き出し、

 

「ぷっ、……わかってるわよ。……笑顔の魔法使い(アイドル)が泣くわけにはいかないんだから」

 いつの間にか語尾の震えは止まっていた。

 

 ――まったく惚れるよ。言うや否や、目を細め、口角をつり上げて、今まで見たことがないくらい最高の笑顔を瞬時に浮かべることが出来るんだから、

 

 まぎれもなく、お前は超一流の、笑顔の魔法使い(アイドル)だよ。

 

「今みたいに、こいつが支えてくれるから。見ててパパ、にこの夢、絶対に叶えてみせるから!!」

 

 いくわよ、って俺もやるのか、はいはい。アイコンタクトで合図され、俺も例の形を手で作って、

 

 

 

「せぇ――のっ、にっこにっこにー!! あなたのハートににこにこにー!! 笑顔届ける、矢澤にこにこー!! にこにーって覚えて、――――

 

 

      ――ラブにこっ!!」

 

 

 

 

       ♪MUSIC:福笑い/高橋優♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 墓地を出た俺に、

 

「よし、じゃあやるわよ、行人!!」

 

 肩をすくめ、俺は、

「はいはい、目指すはなんだ? 世界で一番か?」

 

「ふん、そんなんじゃ甘いわよ!! 目指すは――宇宙No.1アイドル、矢澤にこなんだから!!」

 唖然とする間もなく、にこは俺の手を引っつかむと走り出す。つんのめりそうになりながら、俺も、

「わかったよ!! そんじゃ、大銀河宇宙No.1アイドル、俺が絶対そこまで連れてってやる!!」

 

 徐々にもつれそうになった足を立て直すことが出来て、二人して坂道を駆け下りていく、すれ違う人々はなんだなんだという顔で俺たちを見て、

 

「――僕のアイドルを、よろしくお願いします」

 

 

「っ!?」

 そんな声が聞こえた気がして、

「わかってますよ、とーぜんっ!!」

 

「またいきなり変なことを言って何よ!?」

「なんでもないって、ただの、――約束だよ!!」

 

 

 叫びながら、手を引く彼女の笑顔を、俺は眺め続けていた。

 

 

 

 




【あとがき】

 ま、間に合った……、一瞬死を見ました。火事場のクソ力万々歳です。

 特別編の曲は毎回数曲候補を選ぶのですが、実は最初の有力候補は別の歌でした。ですが今回はこれだと、決めた理由はやはりこの歌のメッセージ性に深く感じ入るものがあったからです。なんて長々と書くのは時間が出来たら活動報告などにでも書くとして、本編を……まだまだ次のお誕生日登板には時間が……

 あれ?

 (文はここで途切れている……)

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