僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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あの曲をどうぞお手元にご用意ください(↓)


#15-2 START:DASH!!

 

 

 

 

 時間は少しさかのぼる。

 

 小泉花陽は押しに弱い娘である。

 生来の優しい性格は、裏を返せば確固たる反対の意思を表せないということでもあった。自身でも己のその欠点を自覚しつつ、一朝一夕でどうにかなるわけでもないことは重々承知している。

 そういうこともあり、

 

「小泉さん、いくわよー!」

「は、はひっ!」

 

 ラクロス部の体験入部を味わうはめに陥っていた。

 

 自分でもどうしてこうなったのかわからない。

 運動部を見てみたいという親友の星空凛に付いていくことを了承したものの、あくまでそれは一緒に見て回るということで、断じて試しにやってみるというのは入っていなかった。

 

 そのはずなのだが、さすがは運動部の勧誘。蓄積されたノウハウでもあるのか、あれよあれよ私は花陽という間に気づけば、スカートの下にジャージを履きワイシャツ姿でスティックを握らされていた。

 

 隣のグループでは抜群の運動神経を誇る凛が、アクロバティックなキャッチを披露しており、部員の先輩たちが歓声を上げている。

 

 一方、こちらはといえば、

「はい! いったよ小泉さん!!」

「うぇ、あっ!? ご、ごめんなさい……」

 お世辞にも運動が得意とは言えない身で、まともにキャッチすら出来なかった。

 が、それがまたこちらの先輩を刺激したらしく、

「大丈夫大丈夫。あたしなんか去年は、取れない上にひっくり返っちゃったから! それに比べたら小泉さんは凄くスジがいいよ。だから、あたしよりすぐに上手くなっちゃうかも!!」

 一人でテンションを上げていく先輩に花陽は叫んだ。

 

「だ、だぁれか、たすけてぇ~!」

 

 

 

 

 六限目の終わりを告げるチャイムと共に、彼女は胸を撫で下ろした。

 

「どうにかもってくれた、って感じやね」

 書類を整えつつ、希がそんな彼女の向こう側を指差す。

「希……そうね」

 生徒会室の窓の外は、今にも泣き出しそうな空が広がっている。

 これより以降は放課後扱いとなり、新入生勧誘からそのままスライドして部活動を始める部もあるものの、たとえ天気が崩れようと生徒会の管轄を外れる。

 

 なのに、彼女は窓ガラスに触れたまま、物憂げに立っていた。

「えりちは、この後、どうするの?」

 鞄を肩にかけながら、希は問う。

 

「私は……」

 迷いが、態度に表れていた。

「ウチは、帰ろうかなぁ」

「……そう。お疲れ様。鍵は私が返しておくわ」

「ん、そっか。じゃあね。また明日」

 ガラガラと扉を開ける音を聞いて、外へと視線を戻すと、ガラスに映った自分が見返している。

「何よ……その顔」

 

 

 

 

 

 

 校門にたどり着いたとき、既に時計の針は四時一分を示していた。

 

 わかってはいても、全力で走ってきたせいで、息はひどく乱れていた。そんな男子高校生が女子校の前、しかも生徒であふれる下校の時間帯に立っているとなると、どうやっても目立つ。

 飛び交うヒソヒソ声に居心地の悪さを感じても、

 

 男子なのだ。

 他校生なのだ。

 

 文句を言えた義理ではない。

 

 早鐘を打ち続け、暴れる心臓をどうにかなだめつかせる。すると、ちょうどつむじの辺りに冷たさを感じた。

「え、マジかよ……」

 もうちょっと気張れよお天道さんと悪態をつくまでもなく、見上げた顔の今度はまぶたに雨滴が落ちてくる。

 慌ててどこか雨宿りの出来るところはないかと顔を巡らすも、ちょうどいいバス停は音ノ木坂の制服に占拠されていた。

 舌打ち。

 あまりに急いでこっちまで来たせいで、朝の段階じゃ一応持ってきていた傘は行人の高校の傘立てに差しっぱなしのままなのである。

「まったく何かと裏目裏目だな今日は……」

 仕方なしに、鞄を頭上にかざすことで避難所を作る。

 

 しかし、参った。場合によってはユキットスネーク(潜 入)も辞さない構えだったが、校門を入ってすぐの所に警備員が詰めている番所がある時点で不可能になった。

「学校って、改めて、簡単には進入できないようになってんのね……」

 当たり前の事実を再確認する。

 

 どうすればいい。考える間に刻一刻と秒針は進み続ける。

 

 もういいんじゃないのか。いくらなんでもそこまでする必要があるのかと聞かれたら、答えに窮してしまうだろう。やっぱ無理だったわ、ごめん、と後から平身低頭し尽くせば、おそらく最後には許してもらえる。

 

 ただ、あの幼なじみの三人娘は待ってるから、と言っていた。

 そう、待ってるのだ。

 

「……はぁ~~~ったく、ファン、だもんな」

 これによってどんな問題になるかもわからない。下手したら穂乃果たちにまで累が及ぶ可能性も十二分にありえる。

 だが、

「ファンなら、アイドルからあそこまで言われたら――これくらいのことしちゃうだろ」

 正当化しよう。

 

 先に立たないから後悔なのだから。

 

 行人は面を上げる。

 膝が少し笑ってるのをぶっ叩き、真顔にする。

 腹を括り、校門前に立ち、四肢に力を込めて、

 

 

 

「――あら……行人くん?」

「ってうぉい!?」

 こけた。

 

 出鼻が、出鼻がと倒れたままわめく行人を覗き込むのは、灰色のレディーススーツに身を包んだ女性と、音ノ木坂の学生。どちらもあいにくなのかはわからないが、見知った顔だった。

 

「ひ、ひな子さんと、東條?」

 ひっくり返ったまま、目をしばたたかせて行人は間抜けな声を出す。

 

 どういう組み合わせだ。一方はこの学校の理事長であり、ことりの母親でもある南ひな子。そしてもう一方は、神に仕える巫女さんにして女子高生、東條希。共に音ノ木坂学院というものを介しているのはわかっても、更に何が彼女たちを繋げているのだろうか。

 

「日高くん、こんな所でどうしたん?」

「え、いやぁ……その、な、なんすかね」

 いざ真っ正面から問われると言いよどんでしまう。隣には学園関係者、しかもそのトップがいるのだから。裏目裏目というさっきの自分の発言が思い出される。しかし、

 

「東條さん、悪いのだけれど奏光学園の生徒会の方がいらしたみたいだから、中を案内してあげてもらえないかしら?」

 思いも寄らぬ発言をひな子は繰り出した。呆然としてるうちに、希はニヤリと笑って、

「わかりました。生徒会の副会長として、彼を案内させてもらいます」

「ありがとう、お願いね」

「はい♪」

「え、ちょ、あの……!」

 話が勝手に進んでいる。まったく飲み込めない行人の耳に顔を寄せ、

 

「――話はことりから聞いてるわ。もしも来てくれたらって、あの子は言ってたけれど……今回だけ、特別ね?」

 

 ウィンクされた。

「うわ、結婚したい」

 

 思わず漏れた男心を、くすりと笑ってこんなおばさんじゃダメよと言うと、ひな子は番所の方へ説明に行ってしまった。その後ろ姿をつい目で追ってしまった行人の肩を引っ張るように、希が走り出す。

 

「急ぐよ。もう始まっとるはずやから」

「あ、ああ……って東條も知ってるのか? あいつらが今日ライブやるって」

「あれだけビラ配りを熱心にしてたら、ね」

 ブレザーのポケットから、キレイに折り畳まれたビラを手渡される。

 

 紛れもなく、それは、穂乃果たちの努力の結晶の一つだ。

 コピーにコピーを重ねたのか、印刷が荒くなっているのが実に穂乃果らしい。どうせマスターまで配ってしまったとかそこらへんのせいだろう。もちろん、それだけ一生懸命配ったということなのだろうが。

 自然と浮かべる笑みの横で、

 

「理事長の手前、ああ言ったけど。来ると思ってたよ」

 開いていた傘が邪魔になったのだろう。閉じたそれを脇に挟んで、希はもう一段階速度を上げる。

 他校の生徒会を案内する名目でそれはアリなのかと思いつつも、行人も遅れぬよう併走する。

「なんでそう、思うん、だ」

「付き合いは浅いけど、ウチ、人を見る目は、あるつもりなんよ」

「へぇ、そうかい!」

 出入り口の下駄箱のエリアがごった返しているのを見るや否や、こっちと希はルート変更を選択する。校内から講堂に入るのではなく、外側から回ることを選択したらしい。

 

「うん、カードもそう告げてたしな。日高くんとの出会いは得がたいものになるって」

「そりゃ、光栄だよ。今度俺からカードに礼を言わしてくれ」

「なんなら、一緒に挨拶しに行く?」

「なら、スケジュール空けとかないとな」

 走りながら軽口の応酬を交わし合い、ついに二人は講堂のロビーに着いた。ここまでくれば大体、小さい頃学園祭などで来た記憶を頼りに出来ると踏んだ行人は、ごめん東條、恩に着ると告げて、先行する。

 

 そして、閉ざされた講堂の扉を手をかけ――開いた。

 

 暗闇を裂くように、外光が明かりの落とされた内部に入り込む。

 

 肩で息をする行人の隣に遅れた希が並び、濡れた髪や服をハンカチで拭いていると、違和感に足が止まった。

 

 音が、ない。

 ライブなのだ。無音なわけがない。

 ならば、何故。

 

 弾かれたように、行人がステージへと向かう。

 ぽつんとスポットライトによって浮かんだその場所にほのかと海未、ことりは立っている。働かない頭で、なんとなくそれが水族館の水槽の中みたいだなと感じた。

 10メートルの距離を開けて、その正面へと行人は立つ。

 入り口が開き、そしてこの距離まで近づけばステージ上からも行人が来たことが三人にはわかったのだろう。青白い光に照らされる彼女たちの余波を受け、行人もその身に青を浴びる。

 

「ユキ、ちゃん……」

 穂乃果にあるまじき、かすれるような声だった。

 

 それだけで左右の海未、ことりが顔を背け、両肩を震わす。

 それでも、穂乃果は気丈に、

 

「えへへ、いや~~ぁ、現実は、そんなに甘くないっ」

 もういい。

 

「そう、だよね。が、がんばっても、さ」

 もう、いいんだ。

 

「こう、なることも、あ、ある……よ、ね」

 やめてくれ――、

 

 唇を噛み締めて、

「ごめんね、ユキちゃん……あ、あんなに、」

 顔をくしゃくしゃにして、それでも涙だけはこぼさないように、

「手伝って、くれたのに……っ、私たち」

 

 誰もいない、講堂に、穂乃果の声だけが響き渡る。

 

「……お前たち、は、」

 きっと、ここで生半な言葉をかけてしまえば、彼女たちは折れてしまうかもしれない。

 

 だけど、止められなかった。

 

「――がんばったよ。よくがんばった」

 

 今泣きそうになっている彼女たちがいるのだ。

 

「俺が、保証するよ……っ」

 

 それぐらいしか、してやれないのだ。

 

 血がにじむくらい手を握りしめた。

 

 

 

 何故なのだろうか。

 世の中に報われるべき人間というのは、きっとどこにでもいて、なのに誰しもが報われるわけではない。

 世の中は、不公平だ。理不尽だ。

 ことりが何日も徹夜をして、衣装を縫い上げたことを知っている。行人からすれば気の遠くなるような、洋服を作るという膨大な作業を嫌な顔一つしていなかった。どうすればもっとかわいく思ってもらえるのか、最後の最後まで頭を悩ませていた。

 海未が自分で言い出したことだからと誰よりも朝練に早く来て、走る階段の上に危ないものがないかどうか確認していたことを知っている。運動に慣れていない穂乃果とことりのために、自分なりに調べて作った個人メニューを恥ずかしそうに渡していた。

 穂乃果が始めたのだと知っている。学校が廃校になると聞いて、自分に何か出来ないかとそれこそあいつなりに頭が痛くなるくらい考えたのだろう。そして、それでも、やると決めたのだ。スクールアイドルで、この学校を助けたいと、願ったのだ。不安がなかったはずがない。何事も物怖じせずに突き進む彼女も、最初の一歩目を踏み出すときにはいつも勇気を振り絞っていた。

 

 そう、知っている。

 

 だから、地球上の誰よりも、こいつらが報われるべきだと思うのだ。

 

 今、ここで、報われるべきなのだ。

 

 本当は、逃げればいいと伝えたい。立ち向かうことは傷つくことなのだから。誰にだって許された権利なのだと教えたい。

 でもそれは、逃げることを選択した自分の理屈だ。彼女たちはまだその選択肢を選んでいない。

 

 まだ、彼女たちは舞台(ステージ)に立っているのだ。

 

「保証する……けどっ!! でも、だから、俺はっ、お前たちなら飛べるって思うんだよ!!」

 

 開かれたままの扉から、外の雷鳴が響いてきている。

 その合間に、聞こえた。

 

『――まだ校内に残っている人は、まもなく、講堂で我が校のスクールアイドルμ’sのライブが行われますので、ぜひ見に来てみて下さい』

 そんな校内放送が。

 

「えっ?」

 最初に反応したのは海未で、

「いったい、誰が今のを」

 次はことり。

「ユ、ユキちゃん?」

 穂乃果のは反応はいつもの。

「いや……俺はここにいるだろ。どういう、こと、だ」

 

 戸惑う四人が一斉に扉の外へ目をやっていたとき、それは現れた。

 扉の枠にすがりついて、息を弾ませている辺り、よほど急いで来たのだろう。特徴的なプラスチックフレームの眼鏡がずり落ちてしまっている。

 

「はぁはぁはぁっ……あれ……ここで合ってる、よね?」

 無人の空間に、不安を覚えた彼女――花陽は、他人の家に連れてこられたペットのような仕草で周囲を確認する。

 

「あなたは……花陽、ちゃん?」

 穂乃果はビラを自分から欲しいと言ってくれた花陽のことを覚えている。ステージ上から声を投げられ花陽は、

「は、はい!? あ、こ、こんにちは!! ご、ごめんなさい、ほ、他の部活動に参加させられてて、遅刻しちゃいました!!」

 早送りした水飲み鳥のように何遍も頭を下げる。

「そ、そうなんだ」

「は、はい!! あの、ま、まだ始まってないんですよね!?」

 

 それは。

 たしかに、始まってはいなかった。でも、もう――、

 

「もうすぐみんなが来ると思うので、もうちょっとだけ待ってもらえませんか!!」

「――えっ?」

 

 言葉の意味を取れずにいると、

 

「もぉ~~かよちん、早すぎるにゃ~。凛が着替えるまで待ってって言ったのに、」

 凛が飛び込んできたのを皮切りに、後からぞろぞろとジャージやユニフォーム姿の生徒たちがやってくる。

 

「あ、すごーい! 本物のアイドルみたいじゃん!!」

「カワイイ――!!」

「ごめんねー、部活あるから行けないと思ったんだけど、凄い雨降ってきちゃってさ~」

「え、ちょっと前の方いこ、前の方!」

 次から次に、時にははしゃぎながら、時には指を差しながら、入ってくる。

 

「……うそ」

 その光景が信じられなくて、穂乃果はつぶやく。

 それは海未もことりも同様のようで、三人ともどうすればいいのか判断できなくなってしまい、行人に助けを求めようとして、

 

 

 ヤッバ……という顔をしていた。

 

 前方へ集まりだした女生徒たちに見つからぬよう、床に身体をこすりつけるようにしながら席と席の影に隠れていた。それどころじゃないというのに、三人に見つめられ、ジェスチャーだけで、やれ、とりあえずなんでもいいから進めろお願いと伝えてくる。

 

 ことりが、ぎこちなく笑みを浮かべて、

「え――――あ――――、み、皆さん、出来るだけ前の方から詰めてくれると助かりまーす」

 助かるのは俺だという顔に切り替えると、行人はゆっくりと後ろの座席へと移動し始めていく。座席の合間からどういう子たちが来てくれたのかをこっそり確かめていると、同じく後方へ向かおうとしていた西木野真姫と、どういうわけだかバッチリ目が合った。

 

 な。

 

 口を引きつらせる彼女にお口チャックのジェスチャーで懇願する。

 距離はあったが、どうにか今回だけは見逃してやると思ってくれたのか、ぷいと顔をそらすと適当な席に腰掛けてこちらを気にしなくなった。

 

 せ、セーフ!! どうにか最後列の席までたどりついて、止めていた息を吐き出すと、

 

 隣で同じ事をしている人間がいた。

 

「は? はぁ!?」

「なっ、ちょ、あんた誰よっ、なんでここに男――」

 ピンクのリボンの黒髪ツインテールが印象的なその子の口を反射的に手でふさぐ。やばいと思ったが止められなかった、正直反省している。

 

 お願い、ちょっと黙っててマジで、ごめん、どうどうどうと小声で落ち着かせる。

 

「え――――みなさん、今日は私たちμ’sの初めてのライブに来てくれてありがとうございます!」

 そうこうしている間に、穂乃果のMCが始まっていた。

 

 観客の内、ノリというものをわかっている何人かがイエーイと答えている。

 

「最初は色々あって……、ちょっとダメかなぁって、思っちゃうところでした」

 笑いが生まれる。

 

「でも、みなさんが、……私たちに飛んで欲しいと思って来てくれたから、がんばれます。まだまだ、やるんだって思います」

 さすがに初めてのMCはまとまらないようだったが、全員が固唾を飲んで見守っていた。

 

「今日集まってくれた人たち、三、四十人くらいかな。本当に、ありがとうございます! 私たち、今日というこの日のこの瞬間を忘れません!! そしていつか、まだまだガラ空きのこの講堂を埋め尽くせるような、そんなスクールアイドルになってみせます。だから――見ていて下さい」

 

 一人一人の目をステージ上から見ていく穂乃果、最前列からその視線は後ろへと下がっていき、ある所で止まった。

 

 むがむが言っている女の子の口から手を離す。

「さっき、あんた誰よって、言ったよな」

 

 なら、答えようじゃないか。何を隠そう、 

「俺か? 俺はあいつらのファンだよ」

 

 どうなるか?

 

 知ったことか!! 口に手を当て叫ぶ、

 

「μ’――――s!!」

 

 ステージ上の、アイドル(彼女)たちが、同時に、

 

「聞いてください!! ミュージック――スタート!!」

 

 

 ♪MUSIC: START:DASH!!/高坂穂乃果(新田恵海)、南ことり(内田彩)、園田海未(三森すずこ)

 

 

 光が、あふれる。

 

 

 

 

 

 

「――やっぱりここにいた、えりち」

 

 放送室の扉は開いていた。そして、開けた先には、驚きで固まっている顔があった。

 

「希……帰ったはずじゃ」

「ちょっと頼まれごとしちゃってね、戻ってきたんよ」

「そう……」

 

 放送機材の電源を落とした彼女は、座っていた椅子の背もたれに寄りかかる。

 

「らしくないこと、しちゃったわ」

「いいや」

 

 満足そうに微笑むと希は、

「すっごく、えりちらしいよ」

 

 そんな親友の言葉に、彼女――絢瀬絵里はそんなんじゃないわと自嘲するように笑うと、講堂の現在の映像が流れているモニターを見つめながら、

 

「ただ――お願い、されただけよ」

 

 

 

 

 

 

    ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 絢瀬絵里は、そのライブを(つたな)いと思った。

 ステップも揃い切れていないし、体力もたった一曲歌って踊るだけで虫の息だ。歌も通常ならそれなりに歌えるのだろうが、やはりダンスがあるせいで、安定していなかった。ただその辛口の評価の中でも、ただ一つ誉めるなら、そこには笑顔があった。それは掛け値なしに素晴らしいと彼女は思う。

 

 東條希は、そのライブをよく出来ましたと思った。

 陰ながら支えてきたつもりだったが、そこに本人たちの意志がなければここまでたどり着けなかったのは確かだ。素直に拍手を受ける彼女たちをたたえたい。加えて言うならば、()の存在もか。これから自分も含めて、彼女たちがどうなるのか楽しみで仕方なかった。

 

 矢澤にこは、そのライブに嫉妬しつつも少しうらやましく思った。

 かつての自分が得られなかった拍手を、羨望を、賞賛を、身に受けている彼女たちがいた。大した策を弄そうともせず、真っ正直にやり切ったのだ。それでこの結果が導き出された。だから、身の程をわきまえろと言った自分が嫌いになりそうだった。

 

 西木野真姫は、そのライブに驚いていた。

 今まで、自分が作った曲は自分で歌うことしか考えなかった。それが、まだまだ駆け出しとはいえ、スクールアイドル――他人が歌ったのだ。その感覚は味わったことがないもので、嬉しいのか恥ずかしいのか、嫌なのか怒っているのか、何がなんだかよくわからなくて、でもどこか心地いいと感じていた。

 

 星空凛は、そのライブを喜んでいた。

 かわいい衣装に身を包んで、かっこいい歌を歌って踊るスクールアイドル――花陽がハマるわけがようやくわかった気がした。あんな衣装を着てみたいと一瞬思って、でもやっぱ私じゃ似合わないかなと思い直してしまう。でも、まぁいいのだ。凄いものを見れたのだから。今はその感情を忘れて喜ぼうと思った。

 

 小泉花陽は、そのライブに魅せられていた。

 小さい頃から、憧れていたアイドルに目の前の先輩たちがなったのだ。その瞬間に立ち会えて良かったと思うと同時に、自分もなれないだろうかという気持ちを抱く。だが、そうなれるのは特別な人であって、自分みたいな特筆すべき事なんて何もないのはなれないよね、自分の気持ちにふたをして拍手をした。

 

 園田海未は、そのライブを終えられたことが信じられなかった。

 無理だと諦めかけてしまったのに、今はこうして観客のみんなから拍手を受けている自分がいる。ちゃんと現実のことなのに夢のようで、これが夢うつつというやつなのかとぼんやり考える。隣を見れば、穂乃果が、ことりがわかりやすいぐらいはしゃいでいて、でもこれもいいものですねと自分も笑ってしまった。

 

 南ことりは、そのライブに幸せを感じていた。

 途中は泣きそうになってしまったけど、みんなが、行人が来てくれたこと、穂乃果と海未とでライブをすることが出来たことが本当に嬉しかった。もうその嬉しさだけで舞い上がってしまって、他のことは何も考えられなかった。

 

 高坂穂乃果は、そのライブに感動していた。

 これが、スクールアイドルなんだ。これなら、絶対、がんばり続ければ学校を救うことが出来ると思った。A-RISEが見ていた景色はこういうものだったんだ。もっと見てみたい、もっとみんなに笑顔になってもらいたいと新たな気持ちが芽生えていた。

 

 

 

 そして、日高行人は、ステージ上で笑い合う彼女たちを見つめながら、

「まぶしいな。お前たちは」

 

 

 今は、産毛の小鳥なのかもしれない。

 

 でも、羽ばたく日はきっとやってくる。

 

 走り出した彼女たちに、今はただ拍手を。

 

 行人はそう思った。

 

 











と思わずつけたくなりました。
気づけば、約十万字。ラノベ一冊分を書いたことになってました。ナンテコッタイ。や、ま狙ったんですけども。
私がこの作品に惚れたのは、アニメ一期の三話でした。それをこういう形でなんとか書き上げることが出来てホッとしています。

ここまでお読み下さり、ありがとうございました。


「どんなときもずっと」の歌詞が切ないですたい……
カードはのんたんでした……素敵やん……

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