僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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#1 幼なじみはスクールアイドル?

 

 

 さて風呂にでも入るか――と腰を上げた矢先に、その声は聞こえた。

 しばらくぶりのその声に俺は珍しいこともあるものだと玄関に向かう。

 

「あ、ユキちゃーん。久しぶり!」

 

 と、こちらに片手を掲げる我が年下の幼なじみ高坂(こうさか)穂乃果(ほのか)がそこにはいた。

 

「穂乃果か。珍しいじゃないか、どした?」

 

 こいつが国立音ノ木坂学院にどうにか入学し、花の女子高生となってからというもの、ごく普通のご近所付き合い程度でうちまでやって来るようなことはほとんどなかった。まして夜の九時前だ。前時代的な考えとはいえ、女の子一人で訪ねてくるには少し遅い。

 

「うん、えっとね……今日は、お願いがあって、来たんだ」

 

 ますます珍しい。殊勝な態度は穂乃果らしくない。熱か、変な物でも食べたんじゃないだろうな。

 

「そっか、え~、じゃ、中入るか? お茶ぐらい出すけど」

「ほんと!? ありがとー!」

「ああ、ちょっと待ってろ」

 

 台所で洗い物をしていた母に、珍しく穂乃果が来たと告げたところニヤニヤされた。そんな甘い展開を今更期待されても困る。

 軽くあしらいながら、風呂の順番は俺を抜かして入ってくれて構わないと伝える。そしてそのやりとりの間にお湯を沸かし、茶を淹れた。

 急須と湯飲み二つを盆に載せて、居間に戻ってくると穂乃果はテレビのバラエティ番組にけらけら笑っていた。こいつ何しに来たんだよ……と喉まで出かかったのを飲み込んで、座卓にお茶を並べる。

 

「ほれ、持ってきたぞ」

「わぁ、ありがとユキちゃん」

 

 ふぅーふぅーと息を吹きかけながら一口飲み込んで、穂乃果は笑う。

「えへへ」

「どした、笑い薬を盛った覚えはないぞ」

「あったかいなぁって」

 

 肩をすくめ、俺は腰を下ろすと、

 

「で?」

「で? って?」

「いやだから、本題を聞かせてくれよ。そのお願いってやつ」

 

「うん、――ユキちゃんって、スクールアイドルって知ってる?」

「ああ」

「え!? 知ってるの!?」

 

 だから、なんなんだこいつは。

 

「そりゃ知ってるって。朝のニュース番組とか雑誌とかで最近は特集組まれまくってるぞ。あの、えーA-RISEとかだろ」

「わ、そんなに知ってるんだ!?」

 

 いや、俺一つしか挙げてないし。そんなに言われてもな。

 

 

 

 

 

    ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 ――スクールアイドルというのが、今、巷で大流行らしい。

 俺も知ったのはつい最近だが、テレビ等の情報を要約するとだ。

 

 日本の誇るべきアイドル文化。世代を超えて時代を彩るアイドルたちは生まれてきたが、新時代のアイドルは普通の女の子たちだった!

 こんな煽りから始まり、

 十代の女の子たちが自主的にアイドル活動、通称アイ活なるものをしながら自分たちの学校を盛り上げている。そんな彼女たちを、スクールアイドルと呼び、なんでも運動部でのインターハイに当たる「ラブライブ」というものまで行われている。

 とのことで、

 その代表例としてランキングで圧倒的な人気を誇っているというグループ「A-RISE」という三人組の女の子たちが、紹介されていたのだ。

 

 納豆をかき込みながら、凄い世の中になったもんだと思ったことは記憶に新しい。

 

 

「んで、そのスクールアイドルが?」

「うん、私、スクールアイドルになろうと思うんだ」

 

「――――は?」

 

 時間が止まった。

 

 

 

 

 

 いや、実際には止まってない。無論、俺が固まっただけの話。

「……え、お前が?」

「うん!」

 

 ど、どうなんだ。リアクションに物凄い困るんですが。お前にゃ無理無理と笑うべきか、それとも素直にがんばれよと応援すべきなのか。目の前のこいつの本気度合いによって変わ――、

 

「どうして……いきなりそう思ったんだ?」

「……うちの学校。生徒が少なくて、廃校になっちゃうかもしれないんだって……」

「そう、か」

 

 道理で、うちの母親が最近古い卒業アルバムを押し入れから出してきて目を細めたりしていたわけだ。

 昨今の少子化を鑑みるに、生徒数を確保できなくなった学校が廃校していくのは時代の流れなのだろう。俺たちが小さかった頃に比べて、この辺りでも最近は子供たちの甲高い声が響くことは少なくなったように思う。

 だが、実際に近所の学校がいざなくなると聞くと実感が伴う。

 

 俺の祖母も母も、音ノ木坂の出身だ。いまだに学生時代の思い出が口から出るのを聞くに、よほど楽しい学生生活だったのだろうと感じていた。そしてそれは現在進行形で音ノ木坂の学生をやっている穂乃果の家族も同様だろう。

 

「で、ユキちゃんが言ったみたいに、今、スクールアイドルっていうのが流行ってるでしょ? 私たちがそれになって学院を盛り上げて有名にすれば、廃校しなくても済むかもしれないから」

 

 なるほど、穂乃果らしい。

 難しいことが混じらない、単純な発想だ。飛ぶ鳥を落とす勢いらしいスクールアイドルになって、有名になれば当然、そのスクールアイドルを生んだ学校は有名になる。魅せられた少女たちは憧れのスクールアイドルのいる学校を志望する。結果、問題である志望生徒の減少というのは解決されるということだ。

 

 ――ただ、それは全てが上手くいけばの話だ。

 詳しくはわからないが、俺が唯一知っているA-RISEも尋常じゃない努力を重ねたからこそ、今の地位までたどり着けたのだろう。そして、そこに絡んでくるのは実力もさることながら、運の要素もあるはずだ。

 失敗して当たり前、成功すると思う方が馬鹿な話なのかもしれない。

 

 だからこそ、ここで俺は愚問をしようと思う。

 

「本気か?」

 間髪なく、昔から変わらないまっすぐな瞳で、

 

「うん! 私やる、やるったらやる!」

 

 ついさっき、本気度合いなんて言葉を使った自分が愚かしい。少し会わないだけで、忘れてしまっていた。

 

 そう、こいつがやるって時は、いつだって本気なのだ。

 

「はは、わかったよ。お願いってのは、その協力ってわけか」

「え、なんでわかったの!? ユキちゃんエスパー!?」

 

 いや、話の流れ的に……なんだけど。

 

「まぁ俺に出来ることなら協力するさ。昔から知ってる場所がなくなるってのは俺も寂しいし」

 湯飲みに伸ばそうとした俺の手をガバッと掴み、

「ありがとー!!」

 ブンブンと振られる。

「はいはいどういたしましてどういたしまして」

 

 ゆっくりと掴まれた手をほどいてから具体的に何をすればいいのかを尋ねる。

 

「うん、実はね、普段のダンスとか歌の練習は学校でも出来るんだけど、学校が開いてない日は出来ないから。お休みの日でも練習できる場所ないかなって思ったら、ユキちゃんの家の庭が広いことを思い出したんだ!」

「あー……なるほどな」

 

 練習場所の確保ね。そりゃ重要だ。公園とかでやるには周囲の迷惑も考えなきゃならないし、スタジオをいちいち借りていたらあっという間に破産コースだ。すると、それなりに広いスペースで、出来ることなら知り合いの関係している場所が望ましい。そこでうちに白羽の矢が立ったというわけか。

 

 ご先祖様に感謝せにゃならんくらいに、幸いうちの庭は無駄に広い。幼少時には、穂乃果含めた近所の子供たちを呼んでドッチボールなんかをしょっちゅうしていたくらいだ。どのくらいの規模のアイドルグループでやるのかは知らないが、48人とかで押しかけられでもしない限り十分過ぎる場所だろう。

 

 また、穂乃果は実家である和菓子屋「穂むら」さん所の看板娘と近所では有名で、可愛がられている。味方ばかりのホームグラウンドであるここいら一帯ならば、多少騒いだところで元気だねぇと褒められて終わりだろう。

 

 後は、

「まぁ一応、じいちゃんと親父に訊いてくるわ」

 もっとも二つ返事だろうな。特にじいちゃんとか実の孫の俺より、穂乃果の方がよっぽど孫らしい扱いをしやがるのだ。

「あ、お願いするのは私だから、私も行く」

「ほいよ」

 

 

 

 

    ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 で、案の定、快諾も快諾だった。

 親父なんか事情を聞いて、涙もろいから穂乃果から心配されるぐらい泣いていたからな。じいちゃんもじいちゃんで、「庭も行人(ゆきと)も自由に使いなさい」とか勝手に言ってくれちゃったし。俺は物扱いか。

 

 まぁ、お袋も結構胸に来る物が実際あったのだろう。

「がんばってね、穂乃果ちゃん」と応援する言葉には万感が込められていたように思う。

 

 無事俺の家族全員から、庭の使用にお墨付きをもらった穂乃果は顔をほころばせて隣にいる。時刻も時刻なのでちゃんと送ってやれと言われての、ボディガードというわけである。いや、別に言われんでも送ったけどもね。

 

 話題も差しあたって思いつかず、無言のまま俺たちは夜道を歩く。

「……ユキちゃん」

「どした?」

「ほんっとーに、ありがとう! 私、がんばるね!」

 

 隣からぴょんと飛び出て俺へと向き直る。

 

「そこで、私を色々助けてくれたユキちゃんにプレゼント!」

 

 そう言って、両手で差し出してきたのはカードサイズの厚紙。受け取りながら俺は、

 

「なんだよこれ?」

「えへへ~見てみて~」

 

 目を落として街灯の下で見てみると、そこにはこうあった。

 

『国立音ノ木坂学院スクールアイドル ファンクラブ 会員№01 日高(ひだか)行人(ゆきと)

 

 思わず笑い声が漏れた。

 

「えー、ぶーぶー、笑うとこじゃないよー」

「いや、ふふっ、だってこれ、お前の手作りだろ?」

「そうだよ。だって本格的なカードとか作れないし……」

「いやいやいいんだよ、これで。手作り感丸出しのカード、まだロクにグループ名も決まってないのにファンクラブの会員証作っちゃう所」

 

 それでこそ、高坂穂乃果だ。

 まったく、あらかじめこれを作ってからうちに来たせいで遅かったってわけだ。なんというか、呆れるというか、素直というか、高校生になっても昔からちっとも変わらない。

 俺は目尻涙まで浮かんできたのを拭い、礼を述べる。

 

「ありがとな。で、俺が初めてのファンなのか?」

「うん! 私たちの、記念すべき最初のファン!!」

 

 随分と大きく出たもんだ。記念すべき最初の、だと。

 

「なら大事にするよ。せいぜい俺が誇れるくらいになってくれよ? アイドルさん」

「うん、応援してね。ユキちゃん!! 私、必ず、スクールアイドルになって学校を救ってみせるから!」

 

 そんな穂乃果の決意表明に深く頷いて、ふと思いついたことを口にする。

 

「アレ、言わないのか?」

「え、アレって?」

「昔よく言ってたじゃないか、これから頑張ろうって時にお前」

 

 なおも首を傾げている穂乃果に、俺は嘆息しつつ、両腕を曲げてその言葉を言う。少し恥ずかしいけど。

 

「ああそっか。うん!! さすがユキちゃん!!」

 

 大きく息を吸って、

 

「私、やるったらやる! ――ファイトだよ!!」

 

 元気一杯の声は珍しく綺麗な星空へと吸い込まれていった。

 

 


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