パパはIS搭乗者!   作:駄文書きの道化

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オッサンと中華娘

「すっかり桜も散る頃になりましたねぇ」

「そうだな」

 

 

 柳韻は陽菜を傍らに連れて、夜のIS学園の敷地内をのんびりと歩いていた。時間が夜なのは人目に付く事がないという事と、静かである事からだ。

 再会してからというもの、時間を見つけては柳韻はこうした陽菜との時間を取るようにしていた。普段からニコニコと笑みを浮かべている陽菜だが、笑みを深めているように見えるのは自惚れではないと思いたい、と柳韻は陽菜を見て笑む。

 IS学園での生活は慌ただしく、騒がしいながらも平和であった。柳韻の近況をあげるとすれば、まずはクラス代表の件だろう。

 決闘の後、セシリアは1年1組の代表として就任する事が決定した。これには残念がる女子達もいたが、一夏としては面倒な仕事をしなくて良い、という安堵があった。正直、セシリアに負けたのは悔しいのだ。自分の時間を取って、強くなる為に訓練をしたいという気持ちがあったのだ。

 セシリアからも実戦訓練の際には是非とも一夏に付き合って欲しいと告げていた。お互いに近距離仕様と遠距離仕様。互いに得意な距離が違い、相手の距離で戦えば不利になる事は間違いない。だからこそ仮想訓練相手としては打って付けだと。

 これには一夏も快諾し、セシリアも嬉しそうに微笑んでいた。箒は少し面白く無さそうに頬を膨らませていた事に柳韻は笑みを浮かべていたが。

 あれから柳韻はまだクラスには馴染めていなかった。そもそも馴染める筈もないのだが。それでも一部の生徒が興味本位で話しかけたりする事もあるが、会話が長く続く事はない。

 一夏や箒にはあまり関わりすぎないように、柳韻はそれとなく距離を取っている。あまり自分に構い過ぎればクラスに馴染めなくなるだろう、と柳韻なりの気遣いだったりする。一夏はクラス代表の決闘後からISについての勉強や訓練に熱を上げるようになったようで、箒も置いてかれまいとしているのか一夏と一緒に勉学と稽古に励んでいる。

 箒が明らかに一夏へと好意を向けているのは柳韻から見てもバレバレなのだが、一夏はまったく気付いていない。これには柳韻も少し苦笑気味だったりする。

 代わりに柳韻が接触する機会が増えたのはセシリアだったりする。授業でわからない事はないか、クラスに馴染めずに困っているのではないか、と気を使ってくれている。それが原因でクラスメイト達から微笑ましそうに見られている事を、当の本人であるセシリアは気付いていない。

 

 

「セシリアさんですか。この前、少しお話しましたわ。礼儀正しくて良い子じゃないですか。どうやって懐かせたんですか? アナタ」

「少し悩みを聞いてあげただけだ。あの子の性格や境遇であれば、弱みを見せられる相手というのも少なかったのだろう。そこにたまたま私が当て嵌っただけだ」

「あらあら。あまりセシリアさんを構い過ぎると、箒が拗ねますよ?」

「もうあの子も甘えるだけのような年ではないだろう。一夏君もいる事だしな。それに学校で拗ねられても困る。ただでさえ親子という近しい関係なのに、クラスメイト達が遠慮してしまうじゃないか」

 

 

 むぅ、と困ったように唸りながら柳韻は言う。確かに箒が若干、セシリアを意識しているのは柳韻も気付いている。最初の態度こそアレであったが、セシリアは今は落ち着き、クラス代表として申し分ない働きをしている。

 そして、セシリアは一夏との決闘を経て、一夏との関係も良好に築けたようだ。今は普通に仲の良いクラスメイト止まりではあるが、一夏に恋する箒としては落ち着かないのであろう。それが最近の行動に拍車をかけているようだ。

 

 

「一夏君を見ていると昔のアナタを思い出すわね」

「そうか?」

「一夏君ほど暢気でも明るくもありませんでしたけど、女子から人気なのは変わらないじゃありませんか」

「……そういう意味か。勘弁してくれ、もう何十年前も前の話じゃないか」

 

 

 陽菜がジロリ、と見てくると肩身が狭そうに柳韻は身を縮める。へにょり、と柳韻の眉が情け無さそうに八の字を描く。

 

 

「ふーん。そういう事言うんですか? 何十年も前、そうですね。それでも私はよーく覚えていますよ? 朴念仁さん?」

「悪かったと、あの時も謝っただろう? それに……今は陽菜、お前が隣にいる。それでは駄目か?」

「……相変わらず卑怯な人。やっぱり一夏君にそっくりですわ、アナタ」

 

 

 ぷいっ、と顔を背けながらも可笑しそうに笑っている陽菜に、柳韻は思わず頭を掻いた。

 そうしていると、あら? と陽菜が声を上げた。陽菜の目に入ったのは、片手に何かメモ紙と思わしきものと睨めっこをして、どこか苛立ったような雰囲気を醸し出している少女がいる。

 柳韻が見たことのない生徒であった。もしかして、と陽菜が呟き、陽菜はその少女へと歩み寄っていった。近づけば彼女の容姿がはっきりと見えるようになる。吊り目で鋭い目、ツインテールに結んだ髪型。小柄ではあるものの、意思の強そうな子だと柳韻は感想を覚える。

 

 

「ねぇ、貴方? もしかして凰 鈴音さん?」

「え?」

 

 

 ようやく陽菜達に気付いた、と言うように顔を上げて少女は顔を向けてくる。そして顔を上げれば、疑わしそうな目で陽菜と柳韻を見つめた。

 

 

「……なんで私の名前を知ってるのよ?」

「良かった。顔写真で見たことがあったの。転入してくるの今日だったのね。ごめんなさい。迎えはいらない、とは言われてたんだけども……あら、話してばっかりでごめんなさいね。私は篠ノ之 陽菜と言うの。1年生の寮の管理人補佐をしているわ」

「ここの人なの? 助かったわ、ちょっと道がわからなくて……」

 

 

 ほっ、としたように鈴音が吐息を付いて、不意に隣にいる柳韻を見る。すると少し驚いたように鈴音は目を見開いた。

 

 

「あ! アンタは二人目のIS男性搭乗者のオッサン!!」

「……オッサン」

 

 

 柳韻の心に多大なダメージ。一瞬、身を蹌踉めかせるものの、何とか踏み堪える。仕方ない。年齢を重ねた以上、オッサン呼ばわりは仕方ないのだと柳韻は自らの言い聞かせる。老けたモノだ、と思わず心中で呟きながら。

 あらあら、と言いたげな表情で陽菜が苦笑している。一方で鈴音は興味深げでじろじろと柳韻を見ている。何度もしきりに柳韻を見た後、ふーん、と呟きを零す。

 

 

「篠ノ之博士の父親って聞いてたけど……へぇ、意外と鍛えてるみたいね。武芸者か何かだったの?」

「……随分と不躾な子だね、君は」

「あら? 気に障った? なら謝るけど」

「いや……。敬意を払えとは言わんよ。君も、自分に余程の自信がありそうだ」

 

 

 柳韻の指摘に鈴音はにぃ、と笑みを零す。挑戦的な笑みは“お前には負けない”と物語っているようだ。

 

 

「ISを使える男って聞いて、どんな奴かと思ったけど……少なくとも退屈な奴じゃなさそうね」

「既に老骨だ。君のような若者には負けるよ」

「ふん、殊勝な事で。ま、今時、男って肩身が狭いから仕様がないわよね。良いんじゃない? そういう態度も」

 

 

 鈴音は少し舌を出して、面白く無さそうに柳韻を見る。退屈はしなさそうだけど、面白い奴でもない、と。そんな表情をされても柳韻は気にした様子もない。むしろ好ましい者を見た、と言うように笑みを浮かべる。

 陽菜もニコニコと笑っているのだが、ここに千冬や箒がいれば気付いた事だろう。陽菜が面白く無さそうにしている、という事は。柳韻もそれに気付いているが、まさか自分が舐められてる事に不機嫌になっているとは気付かない。

 

 

「あれ? 確か……オッサン、篠ノ之 柳韻って名前だっけ? もしかしてその人、奥さんなの?」

「えぇ。この人は私の夫よ」

「ふぅん。IS学園に入学したからそれに付いてきたみたいな感じ?」

「そんな感じよ」

 

 

 納得、と言うように鈴音は頷く。そして思い出したように陽菜の顔を見る。

 

 

「あ、手続きしなきゃ。ねぇ、受付ってどこ?」

「えっと、確か本校舎の第一総合受付所だったわね。案内してあげる」

 

 

 陽菜が笑ったまま告げる。不機嫌そうな空気を霧散した所を見れば、子供の言う事にいちいち目くじらを立てても仕方ないとでも思ったのだろう。それに陽菜は寮長補佐である。波風を立てればこの子も居心地が悪いだろう、と気を使っての事だ。

 それから鈴音を案内するように陽菜は柳韻を連れて本校舎へと向かった。その道中だ。ISの訓練施設から声がした。その声に先導として歩いていた陽菜が、あら、と声を零す。

 

 

「あの子達、まだこんな時間まで訓練してたのね」

「知り合い?」

「えぇ。ウチの寮に住んでる子達よ」

「へぇ、熱心な奴もいるもんね」

 

 

 そうして足を止めていると姿を現したのは一夏、箒、セシリアの三人だ。セシリアと箒が難しい顔をして一夏に何か声をかけているも、一夏はただしきりに首を傾げているだけだ。

 

 

「だからな……こう、くいっ! って感じだ。そして、ぐいっ! って感じだ」

「いや、わからん。お前は何を言っているんだ、箒……」

「難しいですわね……箒さんは感覚派のようですし、私はどちらかと言えば考えてから動くタイプなので、箒さんとは相性が悪いようですわね。やはり先輩達は偉大ですね、私よりも的確なアドバイスを下さりますし」

「そうだな。前にセシリアも一緒になって教えを受けてたしな」

「専用機持ちであるアドバンテージはあれど、やはりIS学園での教育は馬鹿には出来ないと言った所でしょう」

 

 

 なにやら楽しげに話し込んでいる声を聞いて鈴音は身を硬直させた。その様子を見て柳韻は不思議そうに目を瞬かせる。足を止めている柳韻達に気付いたのか、歩いてきた三人が笑みを浮かべた。

 

 

「あれ? 柳韻さんじゃないですか。陽菜さんも」

「ど、どうも。柳韻さん。陽菜さん」

「お父さん、お母さん、どうしてここに?」

 

 

 親しげに駆け寄ってきた一夏と箒、少し遅れて照れたように頭を下げるセシリア。それに応対する陽菜は笑みを浮かべて、丁度後ろにいて、影となっていた鈴音を指し示して言う。

 

 

「えぇ、今日転入して来た子に道を教えてあげてたの。1年生だから皆と同じ寮よ。凰 鈴音ちゃんよ」

「……え?」

 

 

 陽菜から名前を聞いた一夏は頭に“?”を浮かべる。思わぬ名前を聞いた、と言うように目を瞬かせ、動きを硬直させていた鈴音へと視線を移す。見つめ合う間は一瞬、一夏は驚いたように、そして嬉しそうな声を上げた。

 

 

「鈴? お前、鈴じゃないか!?」

「い、一夏……」

「久しぶりじゃないか! 一年ぶりか!? え? どういう事だよ、転入って!」

 

 

 一夏が驚きながらも、嬉しそうに鈴音へと駆け寄って声をかけている。鈴音はただ呆気取られたような顔で一夏を見つめ返す事しか出来ない。

 1年振りの再会ではあったが、自分の事をちゃんと覚えていてくれた事が嬉しかった。思わず頬が緩むのが抑えられなかった。尚、その鈴音の表情に目聡く気付いた箒が不機嫌そうに眉を寄せているが。セシリアが首を傾げて一夏に問う。

 

 

「一夏さん、お知り合いで?」

「あぁ、俺の中学校の頃の幼馴染みだ。鈴、こいつがセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生だ」

「そ、そう……って! なんであんたがイギリスの代表候補生なんかと一緒にいるのよ!?」

「なんでって……俺達同じクラスだし。ISの訓練に付き合って貰ってたし」

「えぇ。別に不思議な事ではありませんわよね?」

 

 

 な? と一夏がセシリアに同意を求めれば、セシリアも否定する事無く頷く。それに割って入るかのように箒が間に入り、鈴音に挑みかかるように視線を向ける。

 

 

「そういう事だ。ただのクラスメイト同士で、特別な間柄ではない」

「まぁ、そうだな。あ、鈴、こいつは篠ノ之 箒。前に話しただろ? 鈴が引っ越す前の幼馴染みさ」

「篠ノ之? そこのオッサンと同じ名字だけど……」

「……おい、鈴」

「むぅ……」

「オッサン、ですって?」

 

 

 

 一夏が鈴音に箒を紹介すると、箒の名字に疑問を持った鈴音が思わず呟く。鈴音の呟きを聞き取った一夏は眉を寄せ、箒はぎろり、と鈴音を睨み付け、セシリアは額に青筋を浮かべて笑みを引き攣らせた。

 一気に態度を変えた三人に思わず鈴音がたじろぐ。一夏さえも急に不機嫌になってしまった事に鈴音は目を白黒とさせる。一夏はまだ眉を寄せているだけだが、箒とセシリアから放たれる威圧感が酷い。まるで空気を震わすかのような威圧が鈴音へと叩き付けられる。

 

 

「……鈴、柳韻さんをオッサンって呼ぶのは止めてくれ。その人、俺の恩師なんだから」

「へ?」

「柳韻さん、すいません。悪い奴じゃないんですけど……ちょっと口が悪いっていうか、向こう見ずな所がある奴で……」

 

 

 一夏は心底申し訳なさそうに柳韻へと頭を下げる。柳韻は気にした風もなく、穏やかな表情さえ浮かべて見せている。

 

 

「良い。実際にそう呼ばれるだけの年齢は重ねているしな」

 

 

 柳韻は気にした様子もなく言ってのけているが、一方で顔を真っ青にさせているのは鈴音だ。まさか、あの一夏が千冬以外にあんな慕い、敬意を払って見せる相手なんて、鈴音は見たことが無かった。

 そして自分が“オッサン”呼ばわりした事に明らかに腹を立てている。つまり一夏が余程慕っている相手という事だ。それを自分はオッサン呼ばわりした。尊敬している人をオッサン呼ばわりされたら、それは一夏なら怒る。あの一夏が恩師と言い切る人で、更にその娘が幼馴染みだとすれば仲が良いのも必然。

 ここまでの思考を働かせるのにほぼ一瞬の間、そして鈴音は思わず意識を投げ出したい程の後悔に苛まれて思った。

 

 

(――最悪の再会じゃない。詰んだわ、コレ)

 

 

 その後、自分の部屋に案内された鈴音は枕を涙で濡らした。

 

 

 

 

 

 

 


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