パパはIS搭乗者!   作:駄文書きの道化

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箒さんの家庭事情

「……うばー……」

 

 

 一夏は机に突っ伏して死んでいた。ようやく初日の放課後を迎えた一夏であったが、既に彼は限界であった。まず専門用語がぽんぽんと飛び出してくる授業に付いていく事が出来ない。

 これで本当にクラス代表なんてやっても良いのか? と自分でも疑問に思うほどだ。しかし決まってしまった以上、やるしかない。それにセシリアには一度、ぎゃふんと言わせないと気が済まない、と一夏は思っているからだ。

 表には出さないが、一夏だってセシリアに言われた言葉に腹が立っているのだ。それを柳韻が庇ってしまった為に表には出せないが。しかしそこに用意された決闘という流れ。確かに勝つ事は難しいのかもしれない。相手は国に認められたエリートだ。

 けれど、だからって侮られたままで良いのか? と一夏は己に問いかける。そして答えは否であった。自分はともかくとして、恩師や、恩師の愛する故郷を貶した発言は絶対見返してやる、と。

 

 

「織斑君、大丈夫かね?」

「……あ、先生」

「織斑君。ここで先生は良くない。ここには教員の方々がいらっしゃる」

「……じゃあ柳韻さんで。俺は昔みたいに一夏で良いですよ。先生に名字で呼ばれるくすぐったくて」

「……また先生になっているぞ」

「……っと、いけね。すいません、柳韻さん」

 

 

 柳韻さん、なんて慣れない呼び方に一夏は苦笑する。そうしているといつの間にか箒も傍にやってきていた。一夏が疲れ果てた様子を見せているのに、はぁ、と溜息を吐き出す。

 

 

「一夏、そんな調子で大丈夫なのか?」

「正直、やばい。箒、頼むよ。俺に勉強を教えてくれ……」

「わ、私がか?」

 

 

 ちらり、と箒は柳韻を見る。柳韻は箒の視線に気付いて視線を合わせるも、箒はごくり、と息を飲む。正直、一夏ほどとは言わないが勉学に力を入れていなかった箒だ。正直、自分も勉強をしないと不味い。

 

 

「……どれだけ教えられるかわからんが、一緒に勉強するという事でどうだ? 一夏」

「OK、それでも助かるぜ……」

 

 

 私もな! と一夏の返答に箒は内心、ガッツポーズをしながら頷いた。これならそれとなく一夏といる時間も作れるし、わからない所があっても仕方ないという理由が出来た、と。それは一夏と“一緒”に改善して行けば良いと。

 

 

「あ、織斑君、箒さん。……あ、あと、柳韻さん」

「あれ? 山田先生? それに織斑先生。どうしたんですか?」

「織斑。お前は今日から寮住まいだと言う事を伝えようと思ってな」

「はぁ!? な、なんで!? 俺は暫く自宅から通うって話じゃ……?」

「政府の特命だ。割り込みでも良いから部屋をなんとかしろとせっつかれてな。ちなみに柳韻さんと一緒に部屋だぞ」

「先生と一緒!?」

「それが嫌なら女子と一緒になるが?」

「――先生! これから3年間、よろしくお願いしますッ!!」

「一夏君、柳韻さん、だ。……ともあれよろしく頼む」

 

 

 勢いよく立ち上がり、一夏は柳韻に対して90度、腰を曲げて礼をした。その必死な様子に思わず箒は苦笑を浮かべた。まぁ、確かにこの年になって異性と同室で暮らすのは抵抗がある、と。

 

 

(……ん? という事は私が一夏の勉強を教えるとすると、私の部屋に招くか、お父さんがいる部屋で勉強しなければならないのか――?)

 

 

 箒は、自分が気付いてしまった事実を前にして、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 千冬と真耶からの連絡が終わり、一夏が意気揚々と、箒ががっくりと肩を落としながら柳韻と共に寮へとやって来た。そして丁度、彼等が寮の入り口をくぐった時だ。箒の鼻に甘い香りが漂ってきた。

 それはどこか懐かしい匂いだった。そして箒が顔を上げると、寮の入り口に1人の女性が立っている。女性の前にはテーブルがあり、そこには美味しそうな匂いを漂わせているおはぎが置かれている。

 

 

「あら、箒ちゃんにアナタ。お帰りなさい、それに一夏君もお久しぶりねぇ」

「お母さん!? 何してるんですか!?」

「んー? 入学祝いと入寮祝いにおはぎを配ってるだけよ? 箒ちゃんも食べる?」

 

 

 そこでひらひらと手を振っているのは箒の母親であり、柳韻の妻である篠ノ之 陽菜がそこに立っていた。割烹着姿は実に様になっていて、手で口元を隠しながら“おほほ”と笑っている。実に母らしい仕草に箒はただ呆気取られる事しか出来ない。

 

 

「帰ったぞ」

「えぇ。学校はどうでしたか?」

「大変だ」

「それはそれは。良いですわねぇ。この年になるとどうしても昔の事を思い出してしまって」

「いやいやいや! なんでお父さんは普通に対応してるんですか!?」

「だって、私ここの寮長補佐になったのよ。あ、寮長さんは千冬ちゃんよ。私は甘いけど、千冬ちゃんに見つからないように気をつけないとダメよ?」

 

 

 余りにもマイペースな両親の姿に箒はただ呆気取られるしかない。一夏も同じなのか、ただ呆然と二人を見ている。だが、はっ、と意識を取り戻した一夏は柳韻へと詰め寄る。

 

 

「りゅ、柳韻さん! 陽菜さんがいるなら、俺なんかと同室で良いんですか!?」

「私はここに一生徒として入学している。過ぎた特別扱いは余計な反感を買うだろう。それに……」

「……それに?」

「妻はそこにいる。手を伸ばせば触れられ、声をかければ届く。私はそれで満足だ」

 

 

 僅かに微笑を浮かべて告げた柳韻の言葉に一夏は言葉を奪われる。すると、柳韻の言葉を聞いていた陽菜が少し困ったように笑みを浮かべていた。

 

 

「……久しぶりに聞いたわね、アナタの口説き文句」

「口説いてなどいない」

「はいはい。おはぎ、お一つどうですか?」

「頂こう」

 

 

 慣れ親しんだやりとりを交わす二人の姿を、一夏と箒はただ言葉無く見守る事しか出来なかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「織斑、週末のクラス代表を決定する決闘だが、お前には学園から専用機が支給される事になったから、そのつもりでいろ」

「は? えと……専用機って……何?」

「……教科書の6ページだ。音読しろ」

 

 

 IS学園、入学より二日目。授業の最中、千冬は一夏に学園側からの決定事項を告げるも、“参考書を古い電話帳と間違って捨てた”という暴挙を成し遂げた一夏は圧倒的に知識が足りず、首を傾げる事となる。

 千冬は、自らの弟が晒している醜態に頭が痛くなる思いで教科書を音読させる。それは現在のISコアの現状。数が定まっているISコアを世界各国に配布している事を記していた。その部分の音読を終えた後、1人の生徒が手を挙げた。

 

 

「あの、織斑先生」

「なんだ?」

「えと、柳韻さんと箒さんって、篠ノ之博士の……?」

「確かに私と箒は篠ノ之博士の父親と妹になる。……6年前、一家離散して以来、顔を合わせてはいないが。故に、篠ノ之博士が今、どこで何をしているか等はお答えしかねる。私も、箒も。期待をさせたようで申し訳ないが」

「……あ、その……ごめんなさい」

 

 

 千冬が答えるよりも先に、柳韻が素早く返答する。質問をした生徒は返ってきた答えに罰悪そうな顔を浮かべて顔を俯かせてしまった。6年前に一家離散して以来、会っていない、と。

 そんな重い事実を本人の口から言わせてしまったという後悔が重くのしかかる。箒は掘り返されたくなかったのか、眉を寄せて、寄れば斬られそうな程、険悪な気配を醸し出している。

 一方で柳韻は涼しげな表情であった。いっそ、何を考えているかわからない程の無表情。そんな柳韻の姿を目にして、千冬ははぁ、と重たく溜息を吐くのであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「柳韻さん、昼なんですけど……箒を誘って三人で食べに行きませんか?」

「うむ。私は構わんよ」

「わかりました。おーい! 箒、メシ食べに行くぞ!」

 

 

 授業が終わり、昼休みになると一夏は柳韻の席まで行って食事へと誘う。柳韻からの了承が取れた一夏は笑みを浮かべ、箒の方へと声をかけた。席に座っていた箒は一夏の声に気付いたのか、席を立って歩み寄ってくる。

 しかし、その眉は寄ったままだ。一夏に歩み寄ると、軽く一夏を小突くように頭を叩く。

 

 

「声がでかいぞ、馬鹿者」

「悪い、ほら、積もる話とかあるだろうしさ?」

「……あぁ、そうだな」

 

 

 一夏の言葉に箒は少し嬉しそうに頬を緩ませる。そう、言ってしまえば6年越しの親子の会話となるからだ。昨日はバタバタしていてゆっくり出来なかったが、本当は話したい事も、聞きたい事も、思えばたくさんあるのだから。

 そんな箒の様子を見て、一夏は微笑ましそうに見守る。柳韻も二人の姿を目に収めて、ふっ、と表情を和らげて笑みを浮かべる。

 3人が食堂に着くと、やはり視線は3人へと集中していく。ここには1年生だけでなく、他の上級生達がいるからだ。二人の男性搭乗者が並んで歩いている姿はやはり目を惹くのであろう。

 

 

「柳韻さんは何を?」

「うどん」

「うどんですか、箒は?」

「……わ、私もうどん」

「じゃあ俺もうどんでいいや」

 

 

 三人が揃ってうどんの食券を購入して列に並ぶ。ひそひそと声が囁き声が聞こえてくるが、一夏は気にしていなかった。傍に柳韻がいるからだ。堂々としているその姿を見ていれば、別に自分が慌てふためく必要はないのだと強く思えたのだ。

 一夏は二人を先導して歩くように先を進む。柳韻はそんな一夏の姿が微笑ましいのか、少し雰囲気を和らげていた。箒は柳韻の様子の変化に気付いて、何故か少し面白く無かった。故に、少し唇が尖ってしまう。

 しかし、一夏が堂々としている姿に思わず、過去の彼の姿を幻視して目を奪われたりと視線の動きが忙しなかったりする。

 

 

「柳韻さん、箒。俺、先に受け取って席取っておきますね」

「い、一夏、お前1人で大丈夫か? 私でも良いんだぞ?」

「良いって! 大丈夫だって!」

 

 

 一夏の提案に箒は少し不安げな表情を浮かべる。だが一夏は気にするな、と快活に笑う。そのままうどんを乗せたトレイを受け取って食堂の中へと進んでいった。

 それから柳韻と箒が食事を受け取り、並んで歩いていく。そうすると空いた席を陣取った一夏が軽く手を挙げて自分を示している。席事態は問題なく取れたようだ。ほっ、と安心したように箒は一息を吐いて一夏の下へと向かう。

 

 

「ありがとう。一夏君」

「いえ、これぐらい全然ですよ」

 

 

 にっ、と笑みを浮かべて柳韻に返す一夏はなんだか子供っぽくて、思わず箒は吹き出してしまいそうになる。それに気付いた一夏が箒に対して不思議そうに首を傾げている。

 立っているのも邪魔になる、と柳韻が促した事でようやく三人は食事の席に着く事となる。食事をしている間に会話は無い。柳韻は食事中は一切、喋らないからだ。頂きます、と唱和した三人の声の後、ただ三人のうどんを啜る音だけが残る。

 

 

「……ご馳走様」

 

 

 静かに柳韻が食べ終えたうどんの器に両手を合わせて一礼をした。同じく食べ終えた一夏と箒も倣うように一礼をした。箒は、そこではたと気付く。いつから自分は食事を終えた後の礼を欠かしていただろうか、と。

 昔は食事を食べる前は頂きます、そして食べ終えたらご馳走様。これだけは絶対に、と徹底させていた柳韻の教え。食事中の会話は好まないだけで、咎める事はしなかった柳韻だったが、自然と食事中の会話は少なかった。それこそ箒に寡黙の印象を植え付ける程に。

 

 

「箒? どうした?」

「……ぁ、いや。なんでも、ない」

 

 

 一夏の疑問の声に箒は首を左右に振った。知られたくはなかった。親がいなくなってから食事への礼節を欠かしていたなど、説教ものである。思わず悪い事を隠そうと箒は罰悪そうな顔で俯く。

 ちらり、とそんな箒の様子を見ていた柳韻だったが、無言のまま茶を啜った。そして一息を吐いた後、笑みを浮かべていった。

 

 

「……こうして箒、お前と食事をするのは久しいな」

「! は、はい! ……そう、ですね」

「しっかりと挨拶も欠かしていなかったようで、安心した」

(え”っ!? ま、まさか、バ、バレてる……!? こ、これはバレてる、のか……?)

 

 

 箒は思わず戦々恐々と父の顔を覗き込む。じろり、と視線を向けられた事で箒は蛇に睨み据えられた蛙のように身を縮めた。……今度からは、ちゃんと食事の前には頂きますと、食べ終えた後のご馳走様を欠かさないようにしよう、と。

 

 

「一夏君も、改めてみれば大きくなったね」

「身長は伸びました。……正直、もうちょっと伸びて欲しいですけど」

「何。まだ若い。これから幾らでも伸びる」

「柳韻さんぐらいは最低でも身長は伸びて欲しいですねぇ」

 

 

 柳韻の身長は一夏の頭一つ分ほど大きい。180台に届いた身長に、鍛え抜かれた躰はやはり大きく見える。記憶の中の柳韻よりはやはり老けて見えるが、それでも立派な姿は変わりようが無かった。それがなんとなく一夏には嬉しかった。

 それから取り留めのない話が続いた。一夏が例えば、生活を維持する為に剣道を辞めてしまった事。これを聞いた箒はショックを受けたような顔で一夏を見た。まるで裏切られた、と言う表情には、一夏も思わず申し訳なさそうな顔をする程に。

 これには柳韻が、一夏に時間がある時にまた稽古を付けてくれる、という事で納得し、一夏と箒は嬉しそうに頷いた。決して楽しいばかりの時間では無かったが、幼少期は互いに熱心に打ち込んだ時間だ。またこうして教えを受ける事は間違いなく幸運な事だった。

 他には、お互いの学業の事。一夏と箒が揃って顔を逸らした事で、柳韻は静かに笑みを零していた。何も言われなかったのが逆に恥ずかしくて、勉強にも励もう、と一夏と箒は思う。

 

 

(……不思議、だな)

 

 

 箒は、そんな取り留めのない会話を続けている内にそう思った。今までは鬱屈としていた心が一気に晴れ渡るような、そんな風に心が軽くなっていく。

 こうして父である柳韻と、幼馴染みである一夏と話しているだけで心が解きほぐされていく。勉学を頑張ろう、なんて思いもしなかっただろう。剣の教えを再び受ける事が出来ると実感して、まるで子供のようにはしゃぎそうになってしまったりと、箒は己の心を持て余していた。

 

 

「……箒?」

「……え?」

 

 

 柳韻が箒の名を呼ぶ。どこか思考に気を取られていた箒は柳韻に名を呼ばれて顔を上げた。柳韻の手がぬっ、と伸びてきていて箒は思わず身を竦ませた。

 柳韻の手、正確に言えばその指が箒の頬を撫でる。そこで改めて箒は気付いたのだ。自分の頬を伝う涙の存在を。

 

 

「……あれ……? 私……」

 

 

 何で泣いてるんだろ? と。箒は信じられないように呟く。こんなに心が晴れ渡っているのに、こんなに嬉しいと思っているのに。泣く場面などではない。なのに涙が零れていた訳を箒は知る由もない。

 箒が唖然としていると、頬を撫でた柳韻の手が頭を撫でた。不器用なまでに無造作に頭に触れてくるその手の感触に、箒はフラッシュバックを起こした。

 口数の少ない父は、幼い頃はよくこうして褒めて欲しいとせがむ自分に頭を撫でていた事を思い出した。例えば剣道の稽古で、例えば神楽舞の練習で、例えば、例えば……。箒の中で無数の思い出が駆けめぐっていく。

 

 

「……っ」

 

 

 きゅっ、と。胸が締め付けられるような痛みに瞳が熱を帯びた。唇を噛んでこぼれ落ちそうだった涙を堪えた。そして箒は、ようやく自覚する事が出来たのだ。――私は、涙を流す程に喜んでいるのか、と。

 一夏も箒の空気を察したのか、何とも言えない表情で箒を見ている。箒の頭を撫でていた柳韻は、そんな箒の姿を見てぽつりと、呟いた。

 

 

「そんなに一味が強かったのか?」

「は?」

 

 

 何故、一味? と箒は目を瞬かせる。すぅっ、と涙が引いていくのがわかった。あの一夏ですら目を点にしている。何とも言えない沈黙が三人の間に過ぎっていく。

 

 

「……実は、一味が強くて泣くのを堪えていたのではないかと、思ってな」

「そんな訳――」

 

 

 ない、と言いかけて箒は柳韻の顔を見た。どこか茶化すように目を細めて笑っていたからだ。……あぁ、この人は態とだな、と箒は悟る。そこで箒はここが食堂だと言う事を思い出す。

 こんな所で泣いてしまえば嫌でも注目されてしまうだろう、と。それにこの後もまだ授業は続くのだ。泣いて目を真っ赤に腫らすのは流石に恥ずかしい。だからこそ、こんな突拍子もない事を言ったのだろう、と。

 あの寡黙な父親が? それがどうしようもなく箒にはおかしかった。口元を隠すように手を添えて、箒は堪えきれないように笑った。僅かに目に浮いた涙を今度は自分の指で拭う。

 

 

「……はい。ちょっと、辛かったみたいです」

 

 

 そうして、箒は父の冗談に乗る事にした。そうか、と笑みを浮かべて返す柳韻。二人の姿を一夏は、未だに、一味……? 箒入れてたっけ? と首を傾げている。その姿もなんだかおかしくて、箒は肩を震わせるように笑うのであった。

 尚、この後、一夏が“箒って辛い物が苦手だったのか!”と1人、独自の結論に至って頷いていた事は本当に余談でしかないだろう。

 


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