一応ヒロインは『簪』ちゃんに決定です。
でもイチャつかせませんけどね。
イチャついてるのが見たいですって? そんな方は『装甲正義』の方をご覧下さい。
一夏は部屋を出て行くと、当てもなくさまよい始めた。
別に何処で寝たって一夏には問題がない。今の季節は夜でも暖かいので野宿だろうと大丈夫なうえ、一夏は温感を失っているので寒かろうと暑かろうと問題ないのだ。
そもそも、あまり睡眠を取る気がない。一夏は殆どの欲というものを失っていた。当然人として最も必要である三大欲求も失っている。寝たり食料を口にするのは、体を維持するためだけである。
一夏は取りあえず散歩をすることにした。正直、気が少し参っていたのだ。
まさか鈴が来るとは思っていなかったのだ。それが来たのだから、当然一夏に会いに来るのは予想出来る話。一夏はまたか・・・と内心で溜息と吐く。
昔の知り合いが来れば、必ず自分に接触してくる。そのたびに一夏は無視するなり何なりとと対応するが、向こうはそれに食ってかかってくる。一夏としては、そのたびに決別の言葉を口にしなければならない。
復讐に執念を燃やす一夏だが、それでも十五歳の人間なのだ。まだ精神的に甘いところもあり、親しかった人に決別の言葉を口にするのは心が痛んだ。そんな思いをするくらいなら、復讐をやめろ、と言われるかもしれない。だが、それは絶対に出来ない。そんなことをしたら、それこそ今現在の『織斑 一夏』という存在が死ぬ。消滅し、一夏は真の意味で生きることが出来なくなる。
一夏にとって復讐こそが生きる目的であって、それを失ってしまったら、もう何も出来なくなるだろう。
故に一夏は止まらない。止まるときは死ぬときか、目的が達成されたときだけだろう。
そのままふらふらと歩いていると、アリーナ辺りで何かの音が聞こえてきた。
その音が気になり、そちらに歩いて行く。
中を覗き込むと、そこには一人の少女がISを纏って訓練をしていた。
一夏は頭の中でその少女が誰なのかを検索する。
(確か・・・一年四組の更識 簪。この学園の生徒会長である更識 楯無の妹にして、日本の対暗部用暗部である更識家の次女。日本の代表候補生で第三世代型IS『打鉄弐式』のパイロット)
学園に入る前に洗える情報はすべて洗った。
なので一夏はこの学園の裏側までしっかりと把握している。亡国機業の人間や他の国や企業のスパイなど、色々と警戒しなければならないのだから当たり前のことである。
一夏の把握している限り、更識 簪という人物は裏にどっぷりと浸かっている人物ではない。
姉である更識 楯無は更識家の当主として暗部の仕事をしているようだが、簪は一切関わっていないようだ。故に無害と判断する。
簪はどうやら高速機動をしたままミサイルを目標に当てる、そういう訓練をしているようだ。この時間でもアリーナの使用許可は下りるらしい。さっきからずっと高速で動いては複数の目標に向かってミサイルを発射している。
その顔からは疲労と焦りが色濃く出ていた。明らかにオーバーワークであったが、本人は訓練に集中していて気付かないのだろう。
一夏はそんな訓練の様子を眺めていた。
普段ならそんなことはしなかっただろう。
だが、目が離せずにいた。きっと、彼女の表情が鬼気迫るものだったから。
その表情には、何かしらの執念のような物を感じた。それに一夏は少し惹かれた。
簪は自分の限界も忘れて無我夢中に訓練を続けていく。
そして限界は来た。
「え?」
まるで車がスリップを起こすように、簪もまた高速機動中に空中でスリップを起こしたかのように一夏に向かって滑り飛んできた。
そのままいけば一夏に激突し、一夏は只ではすまないだろう。
一夏は自分が避けられないと即座に判断すると、ISを展開した。
その場に真っ黒い悪魔のようなISであるブラックサレナが顕現する。
そのまま飛んできた簪を一夏は軽く受け止めた。
簪はいきなりのことに理解が追いつかないのか、一夏の腕の中でポカンとしていた。
一夏はそのまま簪に話しかける。
「訓練に集中するのはいいが、自分の限界を把握出来ていない訓練は只の毒だ・・・・・・」
いつも通りに淡々と話す一夏の言葉を聞いて、簪はやっと自分がどのような状態なのかを理解する。
「キャッ!? ご、ごめんなさい・・・・・・」
急いで一夏の腕から離れると、ぺこぺこと頭を下げ一夏に謝り始めた。その様子は、普通に見れば可愛らしいものだろう。
一夏は簪が無事なのを確認すると、ISを解除する。
解除した姿を見て、簪は自分を助けたのが『あの』織斑 一夏であることに気付いた。
「あ・・・い、一組の織斑君・・・・・・」
一夏の知名度は凄く、IS学園では知らない生徒はいないほどだ。
セシリアを完膚なきまでに叩き潰したその試合は、ある種の恐怖を彼女達に植え付けた。
曰く、
『織斑 一夏は冷徹で人のことを何とも思わない冷血な人物だ』
というものである。
一夏の普段の言動と態度からも、そう取られてもおかしくないのがさらにそれを助長していた。
そのため簪は萎縮してしまう。目の前にいるのはそういう人物だと聞いているから。
一夏は何の感情も浮かべずに、簪に背を向ける。
「怪我は無いようだ・・・・・・だが、それくらいにしておけ。それ以上はしても訓練にはならない」
そう簪に告げると、一夏はアリーナから去って行った。
簪は一夏が告げた言葉の意味を少しして理解した。
(もしかして・・・・・・私を気遣ってくれた・・・のかな・・・・・・)
そう理解した途端に受け止められたときのことを思い出した。
自分が危険になったときに颯爽と現れ、自分を助け気遣ってくれた。
噂からは考え付かない行動に、簪が抱いていた織斑 一夏のイメージが変化する。
まるで自分を助けてくれた正義の味方のような、そんな物へと・・・
そして簪は無意識に呟いていた。
「・・・・・・・・・格好いい・・・・・・・・・」
それを自覚した瞬間、簪の顔は真っ赤になった。
一夏はこの後も少し散策をした後に、外にあるベンチに座って夜を明かした。