【完結】フリーズランサー無双   作:器物転生

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【あらすじ】
大学へ盗みに入り、
氷の晶霊と仲良くなり、
ネレイド神が降臨しました。


本編の10年前 山道で避難民と遭遇する

 空中を駆けるような速さで、魔女は遠ざかる。その姿を儂等(わしら)は見送った。魔女というのは彼女の事だ。10年ほど前から近くの山に住んでいる魔女だった。10年前に突然現れ、ずっと山に住み着いている。交流は物を売買する程度で、思い出したように村を訪れる。そんな魔女は儂等にとって、不気味な存在だった。

 交流を断絶しようという話もあった。具体的に言うと、魔女と売買する事を禁止する。しかし、それに反対したのは儂の息子だ。息子は現在の村長だった。その息子によると、魔女は修行のために山に篭ってると言う。実際、魔女は朝から晩まで、氷の晶霊術を放ち続けているらしい。猟師のビッツ・ハーシェルによると、それを毎日続けている。

 しかし、物事には限度という物がある。魔女は毎日、修行を続けている。それこそ1日だって休む事はない。雨の日も、風の日も、修行を行っているという話だった。狂気的な行為だ。まともな人間のする事ではない。とても正気とは思えない。そんな危険な存在を、なぜ息子は庇うのだろうか?

 息子と親しい猟師のビッツによると、息子は魔女の正体を知っているらしい。さらに詳しく儂は聞き出そうとしたものの、どこからか駆けつけた息子によってビッツはボコボコにされた。それからビッツが口を滑らせる事はなくなり、魔女の正体も分からないままになる。息子が駆けつける前に聞き出せた事は「変わり果てた姿」というヒントだけだ。

 いったい魔女は何者なのか。なぜ、そこまで名前を秘匿するのか。もしや重犯罪者なのではないか。そんな事が明らかになれば、庇っている息子も刑罰を受ける。ビッツのヒントから魔女は、この村の出身である可能性がある。しかし儂は、魔女が何者なのか分からなかった。

 おそらく年齢は35歳くらいだろう。息子やビッツに近い年齢だ。息子に近い年代の女性と言えば、インフェリア王の寵愛を受けたロナか。しかしロナは、すでに亡くなっている。ビッツが遺体を確認したと聞いている。生きているという事はありえない。ありえないはずだ。いくら何でも違いすぎる。

 ないない。ありえない。いったい何があったら、あの子が魔女になるのか。それにロナが得意なのは染め物で、晶霊術ではなかった。まさか復讐のために力を磨いているのか。そう言えば「ロナは出産していた」という話を聞いた事がある。その子供は行方知れずだ。どこかに囚われているのかも知れない。

 そこで儂は考えるのを止めた。万が一という事もある。息子が私に話さないという事は、それほど重要な事なのだろう。息子は魔女の正体を知った上で、魔女を信用している。ならば、それで十分だ。すでに村長の立場を退いた儂は、現在の村長である息子を信じよう。

 

 思えば魔女と、まともに会話するのは初めてだった。いいや、会話と呼べる物ではなかった。儂は混乱したまま、思い付いた事を喋ったに過ぎない。息子が村を焼き、息子が人を殺し、儂は混乱していた。それでも人々を纏めて、村から避難していた。そこへ現れたのは魔女だった。

 

「何事ですか!?」

 

 魔女は息を切らせながら儂に問う。そんな様子の魔女を見るのは初めてだった。いつも村にくる魔女は、他人と関わる事はなかった。必要最低限の会話しかなかった。それなのに、その時の魔女は、いつもと違っていた。必死な様子で、慌てた様子で、何事なのかと儂に問う。息が切れるほどの勢いで、下山してきたのだろう。まるで儂等を心配しているかのようだった。

 

「ノリスが、分からん。外から帰ってきたら、火の晶霊術を放ちおった。剣を抜いて。あいつは晶霊術を使えんはずだ。妙なモヤに包まれていた。モンスターに操られているのかも知れん」

 

「分かりました。ならば私が貴方達を護衛しましょう」

 

 あらかじめセリフを用意していたかのように、魔女は申し出る。儂の説明を聞いて、すぐに状況を飲み込めたというのか。儂等ですら、状況を理解できている訳ではない。魔女は何を考えているのか、何を企んでいるのか。なぜ、息を切らせて儂等の下へ駆けつけ、護衛を申し出たのか。何もかもが疑わしい。

 

「ねえ! あなた凄い術士さんなんでしょ!? お父さんを助けて!」

 

 そんな魔女の足に孫が抱きつく。その魔女が何のような存在かも知らず、救いを求めた。そんな孫の行動に儂等は身を固くする。正体不明の魔女に、孫が殺されても不思議ではないと思っていた。魔女は冷たい目で孫を見下し、儂等は何が起きても良いように身構える。しかし魔女が晶霊術を使えば、この場に対抗できる物はいなかった。

 

「お父さん言ってたよ! 山に住んでいる人は、すごい晶霊術士さんだって! 晶霊術で山を壊したりするけど、怖い人じゃないって! おねがい! 私のお父さんを助けて!」

 

 息子の言った事を、孫は信じている。魔女を悪い人ではないと思っていた。そんな事は分からない。この場にいる誰も、魔女が何者なのかを知らない。知っているのは息子と、猟師のビッツだけだ。その息子は村で暴れ、ビッツは息子を止めるために残っている。

 息子の様子がおかしかったのは、魔女の仕業かも知れない。そんな疑念もあった。これは魔女が画策した事ではないのか。そんな風に考えた。孫の言葉に、魔女は反応を返さない。魔女が怒って晶霊術を使う前に、何か行動を起こす前に、孫を止めなければならなかった。

 

「ファラ、無理を言ってはいかん」

 

 儂は勇気を振り絞り、魔女の足に抱きつく孫を引き剥がした。それでも魔女は何も言わない。孫を見て、何かを考えていた。今すぐ魔女から逃げ出すべきなのかも知れない。しかし背を向けた瞬間に、晶霊術で狙い撃たれる恐れがあった。儂等は何も出来ず、魔女の様子を探る。

 

「分かりました。私が村長さんを止めます」

 

 予想外の言葉に、儂等は驚く。これは魔女の罠なのかも知れない。息子を操って村を襲わせ、その息子を止める事で信用を得ようとしているのか。そんな事を考えた。善意から出た言葉であると、儂等は信じられなかった。何か裏があるのではないかと、そう疑った。

 

「私もっ」

 

 孫は魔女に言いかける。この孫は本当に怖いもの知らずだ。しかし魔女は、孫を連れて行かなかった。村まで付いて行こうとする孫を、魔女は説得する。「私がお父さんを止めるから、代わりに貴方は皆を守って欲しい」と言った。そうして優しい笑顔を孫に向ける。そんな表情を魔女が出来るなんて、儂等は知らなかった。

 息子の言う事は正しかったのかも知れない。儂等が思っていたよりも、魔女は悪い存在ではなかったのだろう。魔女は信じるに値する存在なのか。そうして儂等が答えを出せない間に、魔女は登山道を下りて行く。足の遅い晶霊術士とばかり思っていた魔女は、空中を駆けるような早さで遠ざかっていた。

 

「がんばってー!」

 

 その後ろ姿に声をかけたのは孫だ。最初から魔女に疑心を抱いていなかった孫は、魔女に声援を送る。その声に釣られて儂等も声を上げた。晶霊術を使えないはずなのに晶霊術を使う息子を、同じ晶霊術士である魔女ならば止める事ができるのかも知れない。そんな風に儂等は期待した。

 

「たのんだぞー!」

「無理はするなよー!」

「また会おう!」

「帰ってこいよー!」

「結婚してくれー!」

 

 儂等の声援に魔女は足を止め、大きく手を振って答える。それを見た儂等は、ワァッと沸いた。魔女に対する疑心よりも、今は期待の方が大きかった。少し前の儂等は、そんな感情を魔女に向けるなんて思わなかったに違いない。魔女に対する儂等の印象は、少し会話しただけで引っくり返っていた。儂等は、もっと早く、魔女と分かり合うべきだったのだろう。

 

Re

 

 ネレイドは非物質世界の神様で、セイファートは物質世界の神様です。

 しかし、これはセイファート側に寄った表現と言えます。ネレイド側に寄った表現で言えば、セイファートは「有限世界」の神様でしょう。形ある物として存在している以上、いつか壊れます。人は腐れ、木は枯れ、石は砕かれます。有限世界は不幸な「死」で満ち溢れていました。セイファート神が世界を作らなければ、これほど不幸な事は起こらなかったのです。

 セイファート神の有限世界に対して、ネレイド神の治める世界は無限と言えるでしょう。インフェリアという土地も、セレスティアという土地も、エターニアという世界の限界もない。痛むこともなく、苦しむこともなく、病むこともなく、老いることもない、無限の世界です。

 ネレイド神から見れば、この世界は死の檻でしょう。エターニアという世界は、死の檻に囚われています。無限だった世界を、わざわざ有限で縛っているのです。不死の存在を檻に捕えて「死」を与え、苦しむ様子を楽しんでいる。そんな事をしているセイファート神は外道に違いありません。

 でも、この世界を破壊されると困るのです。だって、フリーズランサーが撃てないじゃないですか。キラキラと光る氷の綺麗な軌跡を見れないし、カキンカキンと敵を打つ心地いい音も聞けません。目がなければ光は見えず、耳がなければ音も聞こえません。それは楽しくありません。

 

 ネレイド神がラシュアン村を襲撃しています。とは言っても、ネレイド神に肉体はありません。ラシュアン村の村長さんに憑いているのです。私は事後に言い訳できる証拠を作るために、村へ向かって下山していました。山に隠れたままだと、後で批難される恐れがあるのです。

 山道を登ってくる人々を、私は発見します。急いで下りてきた感じを装い、私は息を荒げました。苦しそうな表情を作ることがポイントです。私は何も知りません。村から爆発音が聞こえたので、慌てて下山してきた設定です。何が起こっているのか分からない様子で、村で起こった事を尋ねました。

 

「ノリスが、分からん。外から帰ってきたら、火の晶霊術を放ちおった。剣を抜いて。あいつは晶霊術を使えんはずだ。妙なモヤに包まれていた。モンスターに操られているのかも知れん」

 

 60歳くらいの男性は思い出すように語ります。ノリスは村長さんで、この男性はノリスさんの父親です。自分の子供が帰ってくるなり無差別殺人を始めたら、それはビックリするでしょう。よくも冷静に「逃げる」という判断ができたものです。逃げ出すことなく、村長さんの説得を試みているのかと思いました。

 二度も説明されるのは面倒なので、私は分かった振りをします。そして避難する人々を護衛すると申し出ました。ネレイド神のいる村に行くなんて、お断りです。村長の父親から下手な事を言われる前に、私から護衛を申し出ました。これで私も一緒に避難できます。そう思っていた私に、泣き付いてくる子供がいました。

 

「ねえ! あなた凄い術士さんなんでしょ!? お父さんを助けて!」

 

 小さな子供です。村長さんの子供でしょう。ついでに言うと主人公組のメンバーです。その子供は片足に抱きつき、私に助けを求めました。それにしても「凄い術士さん」ですか。村長さんは村人の皆さんに、私の事を何と言っていたのでしょう? 少なくとも「大学から貴重品を盗んだ犯罪者」とは言っていないようです。

 子供の行動に、村長さんの父親は何も言いません。引き離そうとせず、止めもしません。子供の声に答えた私が、助けに行く事を期待しているのでしょうか。期待されているのでしょうね。村人の皆さんも、私に視線を向けています。私が何と答えるのか、様子を探っているのです。これは困りました。

 

「お父さん言ってたよ! 山に住んでいる人は、すごい晶霊術士さんだって! 晶霊術で山を壊したりするけど、怖い人じゃないって! おねがい! 私のお父さんを助けて!」

 

 いい言い回しです。褒めてあげましょう。どうやら私は村人の皆さんに、すごく怪しい人と思われていたようです。山に篭ったまま長期間、下りて来なかったからでしょう。そのままでは村で売買拒否されていた可能性もあります。子供の言葉から察するに私は、村長さんに庇われていたのでしょう。

 

「ファラ、無理を言ってはいかん」

 

 そう言って村長さんの父親は、私の足に抱きついているファラを引き剥がしました。しかし、これは困りました。こんなに人目のある場所で、まさか「やだよー! べー!」なんて言えません。そのお父さんはネレイド神に憑かれています。そのネレイド神を引き剥がす手段は、今のところ村長さんを殴り倒すしかありません。

 説得などの穏やかな手段は通じず、暴力で解決する事になります。できれば村人達と一緒に避難したいものの、子供のファラは期待するような目で私を見ていました。そんな目で見ないでくださいよ。断りづらいじゃないですか。こんな雰囲気で「やだよー! べー!」なんて言ったら、村人の皆さんに嫌われます。

 仕方ありません。ここは好感度を稼ぐと思って、村長さんを助けに行きましょう。主人公組からの好感度も稼げるはずです。そう考えると悪い選択ではありません。でもネレイド神に私が殺されたら台無しです。勝てないと思ったら、さっさと逃げましょう。そうしましょう。

 ネレイドに憑かれている村長さんを止めます。でも、助けるとは言えません。村長さんを倒して、憑いているネレイド神を追い払うのです。それなのに助けるなんて言ったらウソになります。止めると言えば、少なくともウソではありません。だから私は村人の皆さんに、村長さんを止めると宣言しました。ウソではないのです。

 

「私もっ」

 

 突然、ファラは声を上げました。しかし、その言葉は喉に詰まります。おそらく「私も行く」と言いたかったのでしょう。でも、「行く」と言えなかった。ファラの顔は涙によって汚れています。さっきまで泣いていたのでしょう。こんな子供に付いて来られても困ります。

 ピンチになっても逃げられません。足手まといです。見捨てて逃げると問題になります。しかし、そんな言葉を子供に向ける訳には行きません。そんな事を言えば、村人の皆さんに喧嘩を売ったも同然です。ここはファラが付いて来ないように、村人の皆さんと一緒にいるように説得しましょう。

 ファラに避難民を守ってもらうのです。実際は子供なんて役に立たないものの、そういう事にしておきます。避難する間にモンスターと出会う事もあるでしょう。私の言った事を真に受けて、ファラは皆を守ろうと無茶をするかも知れません。しかし、それでファラが怪我を負ったとしても、私が責められる事はないはずです。

 そんな訳で、私はファラを説得します。皆と一緒に行って、祖父や友達を守るように言いました。私がファラのお父さんを止めるから、その代わりにファラは皆を守ってください。連いて来ないでくださいよ。絶対ですよ。それでも連いてきちゃった時のために、安全は保証できないと言っておきます。

 これだけ言っても来るのならば、私の責任ではありません。監督義務を怠ったファラの祖父の責任です。予防線を張り終えた私は、ニコニコとしていました。これで安心して村へ向かえます。もしもネレイドに憑かれた村長さんを止められなくても、私が責められる理由はありません。自由なものです。

 

「がんばってー!」

「たのんだぞー!」

「無理はするなよー!」

「また会おう!」

「帰ってこいよー!」

「結婚してくれー!」

 

 後ろから声援が聞こえます。ああ、なんて気持ち悪い。寒気を覚えます。私を戦地に送り出しておいて、何を言っているのですか。子供のファラのように、自分も行こうと思わないのですか? だからと言って、連いて来られても困るのですけれど。「がんばれ」なんて私に言わないでください。

 そう思ったものの私は、声援に反応を返します。足を止めて振り返り、大きく手を振りました。すると村人の皆さんは、喜びの声を上げます。面倒くさい人達です。でも無視すると、機嫌を損ねるに違いありません。サービスは、これで終わりです。この場所から、早く離れましょう。

 

 

<たいへんですか?>

 

ああ、フリーズランサーで薙ぎ払ってしまいたい。


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