これからは遅れないように頑張ります!
元長が帰ってきて二週間がたった頃、長慶は変わらず館で読書の日々を過ごしていた。
「…暇だな」
ぼんやりと青い空が広がる外を見た長慶が呟いた。
長慶の手元には軍学書が開かれた状態に保たれていた。
家にあった政治や組織の仕組みについて書かれた書物は読破してしまい、元長が畿内から取り寄せた軍学書を読んでいる。
しかし、長慶は軍学書はあまり好きではなかった。
というのも、軍学書で学べることが少なかったのが主な原因であった。
読んできた軍学書は確かに戦のことに関して述べているが、当たり前のことしか書かれていないと長慶は感じていた。
曰わく「長い戦は無駄である」や「戦をせず領土拡張するのが上策」などである。
長慶からすれば「言われなくてもそれぐらい分かる」と言いたくなる事であった。
読み物として見るなら面白いものであったが、今の長慶にとって必要なものではなかった。
(戦は感性と経験次第でどうとでもなると父上は言っていたが…。本当にそうかもしれないな)
少なくとも知識だけあっても凡人では名将にはなれないな、と長慶はため息をつく。
最近、自分の限界を感じるようになってきたと長慶は思っていた。
ようやくあと数週間で十歳になる程度の年齢だが、前世を含めれば精神年齢はとっくに成人を越えていた。
今はまだ良いかもしれないが、これから先のことを考えるとこのままではいけないだろう。
(…そろそろ阿波から出て畿内に渡った方が良いかもしれないな)
阿波では恐らくもう学べることが少ない。
それならば日本の重要都市が集まっている畿内に渡った方が学べることが多いと長慶には思えた。
畿内は元長と細川晴元との和睦により、徐々に安定し始めている。
今なら元長の勢力範囲にある堺ぐらいには滞在できるだろう。
(父上に堺への同行を頼んでみるか)
元長はそう長くは阿波にいることはできない。
形式上、元長は細川持隆の名代として畿内に派遣されている。
私事で阿波に帰ることも留まることもできない身分なのだ。
今回の帰国も畿内の情勢を持隆へ報告しに戻ってきたのが表向きの理由になっている。
よってこれ以上阿波にいることはできず、数日もすれば畿内へ赴かなければならない。
現に、元長は畿内に帰る準備を進めていた。
(今を逃したらいつ畿内にいけるか分からない)
畿内にはなるべく早く行きたいと思った長慶は立ち上がり自室を出て、元長のいる部屋に向かった。
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「お、仙熊丸。どうした?」
長慶が元長の部屋に着くと、胡座をかいた状態で本を読んでいる元長がいた。
元長は畿内に向かう準備を大体終えていたので暇つぶしに本をよんでいた。
長慶は部屋に入り、床に座ると元長の顔をしっかりと見つめた。
「父上に頼み事があって参りました」
「頼み事?欲しい本でもあるのか?」
あんまり高い本はやめてくれよ?と元長は苦笑する。
「いえ、今回は違う用件で来ました」
「?お前が本以外での頼み事とは珍しいな?」
元長が不思議に思うのは無理はない。
長慶は本当に我が儘を言ったことがない。
何事も出来る限り自分でやってきた。
武芸の鍛錬も弱音を吐かず、ひたすら一生懸命にやる。
普通の子供は弱音を吐きたくなる厳しい鍛錬にも関わらずだ。
しかも、やれと言っていない勉強も鍛錬の後にしていた。
爺や元長が何も言わなくても勝手に三好家の次期当主としての能力をつけていた。
そんな長慶は頼み事を本の入手以外でしたことがない。
そのため元長は長慶の頼み事に見当がつかず不思議に思った。
長慶は元長のその様子を見た後、意を決して口を開いた。
「父上。自分を堺に連れて行ってください」
「…お前を堺にか?」
「はい」
元長は長慶の頼み事を聞くと目を閉じて思案にふける。
頭の中で色々な計算をしているのだろう、眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。
やがて、目を開けて長慶の目を真っ直ぐみつめた。
「…なぜ堺に行こうと思ったんだ?」
「見聞を広め、もっと大きな男になりたいと思ったからです」
「俺みたいな?」
「自分でいいますか」
まぁ、否定はしませんがと長慶は聞こえないぐらいに小声で呟いた。
気恥ずかしくなって小声にはなったが、元長のような人物になりたいと思っている。
そのために畿内に行くのも本心だ。
「…結論から言わしてもらうが、俺はお前を堺に連れて行っても良いと思っている」
「ほ、本当ですか!?」
長慶はてっきり渋られるものだと思っていたが、すんなり許可が下りたことに驚き、そして喜んだ。
「あぁ、本当だ。早速手配しよう」
「ありがとうございます!」
長慶は元長に頭を下げて謝礼を述べた。
「しかし、条件がある」
「条件?何ですかそれは?」
長慶が尋ねると元長はまるで悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。
「千満丸や神太郎、そしてお松を説得できたら連れて行ってやる」
お松は長慶の母の名前だ。
つまり、長慶は母と兄弟を説得しないと堺に行けないと宣告されたのだ。
長慶の笑みがこれ以上ないほど引きつったものとなった。
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「父上…。いつも帰ってくるたびに父上の泣き言を笑っていたこと実は相当根に持っていましたね…?」
「はは、何を言っているか分からんなぁ?」
三好群から少し離れた街道。
数人の供を引き連れている親子の姿があった。
その親子は親の方の元長は愉快そうに笑っているが息子の方の長慶は疲れきった顔をしていた。
それもそのはず、長慶は数日前に出された条件を昨日でやっと達成できたからだ。
長慶の説得はお松の方は大して時間がかからなかった。
長慶の言い分をきちんと聞いた上で、長慶の堺行きに賛成してくれた。
まぁ、ちゃんと父である元長の言うことを聞くようにする等、ここでも条件が複数つけられたのだが…、大して問題のないことばかりだった。
長慶にとって問題は弟たちの方だった。
千満丸は涙目で猛反対するし、神太郎に至っては泣いてばかりで話を聞いてすらくれない。
千満丸が終いには「兄上が行くなら俺も行く!!」と言ったときには割と本気で堺行きの断念を長慶は覚悟した。
それでも爺の援護や長慶とのある約束を交わしたおかげで説得に成功したのだが…。
今の長慶は昨日の説得に力を使い果たし、精神的にとても疲れきっていた。
「少しぐらい援護してくれても良かったじゃないですか」
「いつも俺の泣き言を笑っている罰だ。ざまあみろ」
「子供ですか」
「いつまでも子供の心を持つって難しいことだぜ?」
「父上はもう少し大人になったほうが良いと思います」
そうかもしれんな!、と元長はガッハッハ!と何も反省していないかのように豪快に笑った。
と、同時に元長は長慶の頭に手を置いた。
「…仙態丸、これで良かったのか?母や弟たちと離れて寂しくないのか?」
元長の方を見ると、いつの間にかさっきのような子供の笑みではなく父親の顔つきになっていた。
恐らく長慶の覚悟を確かめているのだろう。
今ならまだ戻れると暗に諭している。
元長の顔を見て長慶はそう感じた。
「…寂しいですよ。だけど…」
長慶は元長の顔をしっかりと見て口を開いた。
「…父上を超える三好家の当主になりたいのです。このぐらい乗り越えて見せますよ」
長慶がそう言うと、元長は少し驚き、そして今日一番の笑顔を浮かべた。
「ガッハッハッハッハッ!!俺を超える?やってみろ馬鹿息子!」
長慶の頭の上に乗せていた手でそのまま長慶の頭を乱暴に撫でる。
「ち、父上!や、やめてください!!」
「ガッハッハ!お前は俺の自慢の息子だよ仙態丸!」
三好群から少し離れた街道。
笑顔で子供の頭を撫でる父と、それを困った顔をしながらも、どこか嬉しそうな顔をした息子。
その光景を温かい目で見守っている供をしている家臣達の姿があった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少し展開が早いと思いましたが、とりあえず投稿しました。
ご感想まっていまーす!