東方外伝記 the another scarlet   作:そよ風ミキサー

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第6話

 日本の某所……詰まる所、隠れ里の空は秋の季節と言う事も相まって、蒼天という言葉が良く似合う美しい青空で彩られていた。

 

 澄んだ空気、冷たい風が吹く中ほのかに感じる陽の暖かさ。夏の時に感じた植物の青臭さは無くなり、草の葉が枯れた代わりに鼻腔を突き抜けるのは冷たく乾いた土の臭い。季節は秋真っただ中、しかし徐々に冬が顔を出し始めてきてもいた。色付いた紅葉達は風に吹かれて飛び、風に飛ばされ木枯らしと共に空を舞う。

 

 そんな中、サテンはくるみの小屋のすぐ近くで焚き火を焚いていた。

 落ち葉をこんもりとかき集め、他にも枯れ枝も一緒に放り込んだそれに火をつける。此処しばらく雨が降らなかったため、枯れ葉も枝もからりと乾いててよく燃えていた。立ち昇る煙は秋風にたなびき、空へと消えていく。

 

「侵入者は確認出来ず、か」

 

 枝で燃える焚き火の形を整えながら現状確認。

 今日はこの場にくるみはいない。夢幻館から使いのメイドがやって来て幽香が呼んでいる旨を伝えられ、夢幻館へ出かけているのだ。

 よって現在、サテンはくるみの代わりとして一時的にではあるが、この湖の番人の代理を務める事となったのだ。有体に言えば、お留守番である。

 

 本来それは夢幻館のメイド達が行う事だったらしいのだが、サテンが滞在してからは全てサテンの分身に任せており、本人も特に気にしていなかった。

 

 これに交代の旨を伝えに来たメイドは「お客人にそんな事はさせられません」と反対するが、「今に始まった事じゃないから気にしないで」とサテンは割と乗り気だ。仕方がないので例の黒電話で夢幻館へ連絡、すると呆気なく主人の方から了承の返事が返ってきた。以下の様な言葉を付け足して。

 

「良いんじゃないかしら? どうせ分身がやろうと本人がやろうと、やる事は変わらないもの」

 

 どこでその情報を入手したのかは不明だが、幽香はくるみとサテンが彼女の分身に留守番をさせて出かけている事を既に知っていた。

 更に、「お客様に留守番を押しつけるなんていけない娘。あとでお話しなくっちゃ、ね?」と釘をさしてきたので、くるみは顔をひきつらせたまま苦笑い。

 

 最後に「最近暇だから、なんなら侵入者の一人や百人位入れちゃってもいいわよ」と言って来る所は彼女なりの優しさなのか、それとも本当に暇なのか。そんな事を言ってのける辺り、夢幻館の主人たる幽香の人となりというものが窺えて来る。正直、何のために門番や湖の番人がいるのか分からなくなって来るような言い草だ。

 もしかしたら、これらの役職の本来の役目は、幽香の元まで辿りつける程の強者を“ふるい”にかけるための仕掛けに過ぎないんじゃないのかと邪推をしてしまう。

 

 そんな訳で、サテンは分身を介する事無く本体が留守番をする事になった。湖の回りに展開されている警備用の罠は、自動で動いている為気にする物でもない。

 そういう経緯で、サテンはくるみが戻って来るまで湖を一人で番をしている訳なのだが、湖で悪さをしようとする輩がいても勝手に罠が追い払ってくれる為殆どやる事はいつもと変わらない。のんびりくつろぎながら侵入者を撃退する簡単なお仕事、これならくるみが暇を持て余すのも良く分かる、と警備の優秀さに感心しながら焚き火を突いていた。

 

 

 

「…………ィィィヤァァァァアアアア!?」

 

 突然、遥か上空から聞こえた悲鳴に空を見上げる。

 赤と白の、この国では御目出度い色合いの人影が悲鳴の尾を引かせながら湖目がけて降って来た。

 落ちてくる人影はこの隠れ里に着た時に会って以来の少女、あの博麗の巫女だ。 

 

 博麗の巫女は落下速度を殺す事無く湖へ墜落。大きな水柱と共に湖へダイナミックにダイブした。

 

 流石は外の非常識が常識としてまかり通る世界、人が空から降って来るのも不思議ではないという訳か。

 ……などと冗談半分に、水面にうつぶせのままプカプカと浮いている先程の人物を取りあえず引き揚げておこうとしたら、空から新たにもう一人降りて来た。

 こちらは赤白の人影とは違い、明らかに自分の意思で空を飛んでいる。

 

 紫色の長袖にスカート、そして同色のとんがり帽子。箒に腰掛けて空を飛ぶその風貌はまさに魔女という名が良く似合う。

 背中まで伸ばした金髪を風に揺らしながら、博麗の巫女と同年代位の勝気そうな少女は水面に浮かぶ巫女を見てケラケラと笑った。

 

「だらしないわね靈夢! 普段怠けていたのが仇になったんじゃない?」

 

 魔女の笑い声に、どざえもんの仲間入りになり掛けている博麗の巫女――靈夢は水面に沈めていた体を起こして魔女を睨みつけた。

 

「ぶはっつ、冷たっ!? 魔理沙! あんた私を殺す気!?」

 

 靈夢の怒りに当てられても、魔理沙はくすくすと笑うだけで動じない。

 

「殺す気だなんて心外ね、ちゃんと落ちても大丈夫な所に落としてあげたじゃない。空も飛べない不甲斐ない巫女を鍛えてあげようっていう、この私の友情から来る親切心を疑うつもり?」

 

「一歩間違えれば死ぬようなこれの何が親切心よ!」

 

「ふふ……靈夢、甘い優しさだけじゃ人は成長しないのよ? ピリリと辛い厳しさがアクセントになって、雄々しく育つ生き物なの」

 

「確信犯かこの!」

 

 もう勘弁ならんと靈夢は袖の下から赤い札を一枚、魔理沙へと投げ放った。水に浮きながらだと言うのにその姿勢を崩す事無くやってのけた事が予想外だったのか、魔理沙は不覚を取ってそれに反応できない。

 風を切りながら飛んできた札は魔理沙自信に当たる事は無く、彼女の乗っていた箒に貼りつき光りだした―――そして。

 

「――――あら?」

 

 ……魔理沙の箒がポップコーンが弾ける様な軽い音を立てて綺麗に砕けてしまった。

 

「うわきゃぁぁ!?」

 

 空を飛ぶ媒介が無くなってしまった魔理沙は、情けない悲鳴を上げながら仲良く靈夢の後を追う形となって湖へ真っ逆さまに落ちて行き、靈夢の隣で同じく水柱を上げた。

 

「ひゃぁぁ冷たい! 痛い! 寒さが痛い!?」

 

 水中から這い上がって来た魔理沙は、今度は湖の冷たさに悲鳴を上げた。季節柄、水温はとても低い。人間が飛びこんだら悲鳴の一つくらいは上げたくなる位に。

 濡れた服の重さも相まって上手く泳げないらしく、手足をばたつかせて何とか浮こうと必死にもがき、終いには靈夢にしがみ付いて来た。これには靈夢も焦り、魔理沙を退かそうとするも中々離れてくれない。

 

「こら、離しなさい! こっちまで沈んじゃうじゃないの!」

 

「良いじゃないのよ減るもんじゃないし!」

 

「減るわよ私の体温とか!」

 

 

 

 

「……騒がしいのが落ちて来たなぁ」

 

 先程から湖で繰り広げられている少女二人による色気のない行水シーンをみてサテンはポツリと呟いた。普通の人間が見れば色気どころか、寒気に溢れた光景である。凍て付く様な冷たい水に浸かるのは最早苦行の領域だ。見てるこっちが辛くなる。

 見た所無害の様だし、悪意を以てこの湖へ来たわけでは無いみたいなので罠は動いていないが、いつ罠が動くかも分からない。サテンは翼を広げて空を飛び、焚き火を後にして珍入者の元へ向かう。

 騒いでいた二人も、第三者の気配に気づいて騒ぐのを止め、飛んでくるサテンの方へと視線を向けた。靈夢は割と最近見た事のある顔だったので、「あっ」と声を上げる。

 

 

「あんた、あの時の……」

 

「その節ではお世話になったね、お嬢さん」

 

 あの戦車騒動の時は会えなかったというのに、妙な所で再会するものだ。挨拶もそこそこに、サテンは湖に首まで沈めている二人の背中を掴み上げ、湖から引き揚げた。突然吊り上げられた魔理沙は「キャッ」と可愛らしい声を上げ、同じ様な状態の靈夢は怪訝そうにサテンを見る。

 

「ちょっと、何のつもりよ」

 

「此処で騒がれても困るからね、体が乾くまで付き合うよ」

 

 少女とはいえ、人間二人を持ち上げてもサテンの顔は涼しげなままだ。吸血鬼の膂力を以てすれば小娘の一人や二人など、持ち上げた内に入らない。

 子猫のように持ち上げられた少女二人をぷらぷらと揺らしながら、サテンはくるみの小屋へと向かった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 サテンは番人の代理を務めるにあたって、小屋を使っても構わないと言われている。故にこう言う利用の仕方も別に問題は無いだろう。

 まだ幼い範疇にあるとはいえ女の身である少女二人の体を冷やすわけにもいかないので、くるみの小屋へ連れて来たサテンは濡れている彼女達の服を全て剥ぎ取り、乾いた毛布を数枚被せて、なるべく強くした暖炉の火にあたらせていた。

 服は現在部屋の中に繋げた紐につるして乾かしているので、彼女達の毛布の下は一糸纏わぬ状態だ。湖の冷水に浸かっていた事も相まって、体を冷やしたのだろう。二人の顔は少し青い。

 靈夢達とは小屋へ向かう途中で軽く自己紹介を済ませてある。靈夢は噂で既に耳にしているが、魔理沙の方は今回が初対面だ。

 彼女は見てくれの通りの魔法使いだった。今時箒に跨り、とんがり帽子を被った魔女というのも珍しい。西洋の住んでいる魔女達ですら時代の波に煽られて、現代寄りの服装の者が大半を占めていると言うのに。懐古主義を気取るつもりはないが、その古風な服装に大昔見た魔女達の事を思い出しては懐かしんだ。

 

 

「ほらココア、温まるよ。熱いから気をつけて」

 

 上着や手袋等の外着一式を脱ぎ、ワイシャツの上からエプロンをかけたサテンが台所から戻って淹れ立てのココアが入ったマグカップを二人に差し出した。

 待ってましたと魔理沙は受け取ったココアを嬉々と飲んだが出来たて故の熱さに舌を火傷したのだろう、「熱っ」と舌を出して呻いた。

 

「熱いんだからゆっくり飲みな、急いで飲んでも体が受け付けないよ」

 

 静かに笑いながら魔理沙を窘めるサテンに、先程から黙ってココアを飲んでいた靈夢が胡乱気に目を細めた。

 

「サテンって言ったわね。妖怪にしては随分と親切だけど、なんのつもり?」

 

「勿論、善意だけじゃない。この湖で騒ぎを起こされたくないという思惑もある」

 

「起こすと何かあるわけ?」

 

「碌でもない事が起るだろうね」

 

 有無を言わさず湖の外へ追い出してやっても良かったのだが、巫女にはくるみの居場所を教えてくれた恩があるため、これはサテンからのささやかながらお礼と言う意味も込められていた。

 

「……まぁいいわ。そういえば湖って、あんた誰か尋ねてたわよね。見つかったの?」

 

「おかげさまでね。此処がその人の住んでいる小屋だよ。尤も、今は留守にしているんだけど」

 

 その返事に靈夢は興味がないのかふぅんと気の無い返事を返しながら。再びココアを飲み始めた。

 

「それよりも君、神社の巫女さんなのにどうして空から降って来たんだい?」

 

 むしろそっちの方が気になる所だ。コートを椅子の背にかけ、その椅子に背持たれたサテンが何気なく靈夢に訊くと、当人は苦虫をかみつぶしたように隣でココアを堪能している魔理沙を睨みつけた。

 

「こいつが私を無理やり神社から連れ出したのよ」

 

 話題が自分に移った事に気付いた魔理沙がキョトンとするが、話の内容を察すると心外そうに眉を顰めた。

 

「失礼しちゃうわね。あんたに修業をつけてあげようとしただけでしょうが」

 

「あんな修行で何が身につくって言うのよ……」

 

 もはや怒るのも面倒になったのか、靈夢はうんざりした顔で溜息を付いた。

 

「大体ね、不甲斐ないとか私の事を散々バカにしてるけど、そんな私に蠅みたいに叩き落とされたのは何処の間抜けな魔法使いよ」

 

 靈夢の鋭い指摘に、笑っていた魔理沙の顔が引き攣っていく。

 

「い、言ってくれるわね? 亀に乗らなきゃ飛べもしない半端者のクセに」

 

「あら、偉そうに他人の欠点を論(あげつら)う事しか能がないのかしら? そんなんだから何時まで経ってもあの“悪霊”の腰巾着なのよ。それとも金魚のフンかしら?」

 

 自分のプライドを大いに気づ付ける言葉の数々に、魔理沙は顔を真っ赤にしてその場から立ち上がった。

 

「こ、このっ! 言わせておけば……はゃぁ!?」

 

 立ちあがる拍子に毛布もするりと落ち、少女の未成熟な裸体が露わになった。魔理沙も自分の状況に気づいて慌てて局所を隠しながらしゃがみ込み、その際落ちた毛布を素早く体に羽織る事も忘れない。

 その場にいたのが同姓達とはいえ、乙女の柔肌をほぼ全て見られたこの現状に魔理沙は涙した。

 

「く、屈辱だわ。何で私がこんな目に……」

 

「私の神社を壊したんだから、自業自得に決まってるじゃない」

 

「壊したのはあの“里香”って娘じゃない」

 

「けしかけたのはあんた達でしょうが」

 

「……うん? 今“里香”って言わなかったかい?」

 

 聞いた事のある名前が出てきたため二人の会話にサテンが割り込んだ。まさか此処であの戦車技師の娘が出てくるのはちょっと予想外だった。

 話に割って入られた二人の少女は少し目を白黒させ、靈夢が彼女の問いに答える。

 

「言ったけど、何であいつの事知ってるのよ。もしかしてあんたの探してた人ってあいつの事? あいつって妖怪だったのかしら」

 

「違うよ、彼女とはつい最近知り合ったばかりさ。それよりそこの魔女さん、彼女を裏で動かしていたのが君だって言うのは本当なのかい?」

 

 この間起きた博麗神社襲撃事件とは、てっきり里香が自分の戦車を隠れ里内に知らしめるために起こした騒動だと思っていたが、そうでは無い様だ。

 サテンが首だけ向きを魔理沙の方へ変えたまま彼女へ訊ねる。

 

「そうよ。戦う相手が欲しかったみたいだから、靈夢の事を教えたら勝手に盛り上がり始めちゃうもんだから、後は好きにやらせたんだけど」

 

「ふうん、そういう事だったのか」

 

「……あんた、何処まであの騒動を知ってるの?」

 

 含みのある言い方が気になったのか、靈夢がじろりとサテンを見やるが彼女は肩を竦めるだけだ。そこに他意は無い。

 

「私が知っているのは里香の事と、君が幽霊を追い掛けて魔界へ行ったって事を里香から聞いた所だけ。あとは何も分かっちゃいないよ」

 

 分からないと言うよりは、特に興味もないと言い換えた方が良い。サテンの感心事はあの戦車の件であって、妖怪達が暴れ出す事に関してはさして興味を示さなかった。

 暴れたければ好きにすれば良い。だが、その後の尻拭いは自分でする事。妖怪は自由であるが故に、己の行動に伴う結果がどんな形であれ自分に降りかかって来る事を知らねばならない。自由とは、そう言うものである。

 

「里香は君を追って行った筈だけど、会えた?」

 

「捻り潰した」

 

「野望成就せず、か……あの娘は無事?」

 

「知らないわ。目玉の怪物の中にいたみたいだけど、爆発した時見当たらなかったから逃げたんでしょ」

 

 苛立たし気に靈夢がそう吐き捨てる。神社を破壊した本人がまた挑んで来たのだからその気持ちは理解できなくもない。サテンはこれ以上彼女の件について詮索する事は控えた。里香に関しては、恐らく離脱用の転移魔法が上手く作動したのだと思う。ちょっと気になるから、後日蝙蝠を放って様子を見に行ってみる事にする。

 

「それにしても温(ぬく)いわぁ。ちょっと体がスースーするけど……あ、そうだ!」

 

 火傷をしない程度に暖炉の近くまで寄ってぬくぬくしていた魔理沙が顔を上げる。その顔には、悪戯を思い付いた子供の様な無邪気さが宿っていた。

 それを見た靈夢が「またこいつ変な事思い付いたな」と面倒臭そうに顔を顰める。

 

「靈夢、靈夢」

 

「……あぁ? 今度は何よ?」

 

「次の修行を思い付いたわ、これなら寒くないから問題ないと思うの」

 

「必要ないって言ってるのに、ほんとあんたは人の話を聞かないわねぇ……」

 

 あれだけ言ったのにまだやらせるつもりなのかと、全く堪えていない魔理沙に靈夢はこめかみを揉み解し始めた。まだ十代半ばを過ぎてもいないのに、その仕草がやけに堂に入っている。

 

「さっきの奴はちょっと靈夢には早すぎたし、季節的にも厳しいわ。でも今度は大丈夫、磔にして火を焚くだけだから」

 

 それを傍で聞いていたサテンが少し咳き込む。魔女が火あぶりを提案するなど何の皮肉だ。同じ事を西洋で言ってみろ、魔女狩りの時代を生き抜いてきたベテランの魔女達から大ブーイングが飛んでくるだろう。

 

「それの何処が大丈夫なのよ!? 私を焼き殺す気か!」

 

 あまりにもあんまりな修行内容に靈夢が叫んだ。

 そもそも火で炙る事の何が修行なのだろうとサテンは二人のやり取りを聞きながら思うが、それは彼女達の問題だ。取りあえず静観に徹しておく事にする。

 

 それからは特に侵入者が現れるような事態も発生せず、空の飛べない巫女と箒の無い魔女、そして良く分からない吸血鬼という奇妙な組み合わせのまま、くるみの小屋で少女たちの服が乾くまで時間を潰す事になった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「そこであんた、魅魔様にやられちゃったのよね~」

 

「間抜けな魔法使いを一人道連れに出来たから、今の所はそれで良しとするわ。でも次は無いわよ、また何かやらかしたら、今度こそ退治するから」

 

「ぐぎぎ……ま、また間抜けって言ったわね……。っていうか、魅魔様があんたみたいなへっぽこにやられるわけないじゃない。魅魔様はあんたの力不足に呆れたからあそこで帰っちゃったのよ」

 

「む……」

 

 

 靈夢と魔理沙の二人の会話を聞きながら、サテンは先程知った博麗神社襲撃事件の真相について思い返していた。

 

 あの襲撃事件の本当の黒幕は、今目の前で靈夢とお喋りをしている魔理沙が師匠と慕う一人の女性だったのだ。

 その者の名は“魅魔”。天に召される事無く、輪廻転生の輪に入る事すら拒み、永い時を現世で生き続けた霊だ。今では長く現世に留まり続けた事で力を持ち、悪霊となっているらしい。

 

 彼女の目的は博麗神社への復讐、とだけしか魔理沙は聞かされていないらしい。魅魔から指示を受けた魔理沙は博麗神社を狙う者、ただ暴れる場所を探している者等を募り、博麗神社襲撃を計画したのだ。事件の裏で糸を引いていたのがその悪霊ならば、表で計画を実行していたのはこの魔法使い。この二人が一連の騒動を引き起こした事になる。

 

 計画は発動され、神社は倒壊。それに怒った靈夢が片っ端から妖怪や怪しい者達を叩きのめしながらその裏に潜む元凶達の影を追い続け、魔界まで出向き、魔理沙を退かせてとうとう魅魔と対決するに至った。

 しかし戦いの最中、魅魔は「今代の博麗の巫女は力不足」と見なして飽きて帰ってしまったそうなのだ。

 

 

 そしてその帰りに、靈夢はあの戦車技師の少女里香と出くわした。

 しかしタイミングが悪かった。魅魔を退治できなかったフラストレーションが溜まりに溜まった靈夢によって、完成したばかりの里香お手製飛行戦車“イビルアイΣ”は怒涛の攻撃の波に晒される羽目となり、魔界の片隅で巫女の怒りと共に汚い花火となる末路を辿る。

 哀れ戦車技師、彼女の努力は巫女の怒りには敵わなかったらしい。

 

 これが一連の事件の真相であり、世間では妖怪の騒動を巫女が鎮めたと噂された内容とは少し違う結末を迎えた。

 が、しかし、表沙汰に暴れていた妖怪達を全て退治したのは他ならぬ靈夢だ。隠れ里の人妖の大多数にとってみれば表で起きた事こそが事実であり、その裏で行われた事等知る由もないのだから重要な事では無かった。

 

 結果、真実を知らない人間や妖怪達は博麗の巫女たる靈夢に感謝し、警戒する。

 それを当の靈夢本人はあまり快く思わなかった。彼女自身は今回の件は解決できたとは思っていなかったから、そんな評価をされても困るのだ。

 そして魅魔に勝てなかった原因は、自分の修行不足が招いた事なのだろうかと軽く思い悩んでいた時に魔理沙が登場。「自力で空すら飛べないのが問題だ」と言って靈夢を空へと連れて行き、空から放り投げられて湖に落ちた所でサテンと靈夢達は出会った。

 

 

「――――表へ出なさい、魔理沙様の偉大な魔法をその貧乏くさい体に刻み込んであげるわ」

 

「上等よ、あんたもそろそろ地べたが恋しい頃なんじゃない? 頭から叩き落として土の味を思い出させてあげるわ」

 

「ふん、飛べない巫女なんてただの巫女、私の輝かしい撃墜スコアに刻まれる有象無象の一つに過ぎないのよ」

 

「ふーん撃墜スコア? 撃墜“される”じゃなくて?」

 

 最初は軽口を織り交ぜながらの気軽な世間話程度のノリだったのに、何処で話題の方向を間違えたのか、徐々に互いの貶し合いに発展してしまった様だ。

 靈夢と魔理沙は口こそ笑っているが目が笑っていない。『この女ぶちのめしてやる!』という気概に溢れたそれで以て互いにガンの飛ばし合いをしていた。

 靈夢は魔理沙の無茶苦茶な修行による苛立ちで、魔理沙は度々靈夢の口から出てくる暴言によって、大いに自尊心を傷つけられた怒りで。

 

 だが、怒気は感じられるが殺気は無い。『喧嘩をする程仲が良い』の範疇だ。

 しかしこのまま暴れられるのはいただけないな。厨房に残っていたココアのおかわりを飲みながら、サテンは毛布の下が素っ裸状態の少女二人の会話に水を差した。

 

「言っておくけどお嬢さん達、この一帯で暴れるのはお断りだよ」

 

 そう言うと少女二人は「えー?」と息の合った文句を言う。さっきまでいがみ合っていたのに利害が一致するとこうして一緒になるあたり、やっぱり仲は良いのだろう。

 

「ココアを御馳走して、暖炉で温めてあげたんだからそこは折れてくれよ」

 

 そう言うと、二人の少女も多少の引け目を感じているのか押し黙る。これでもまだやるようならば本当に叩きだすしかなくなるわけなのだが、さてどうする?

 サテンが二人をジッとサングラスを怪しく光らせながら見つめていると、靈夢が大きく溜息をついた。

 

「……分かったわよ」

 

「え、ちょっと靈夢」

 

「あんたをとっちめるのなんて、此処じゃなくても出来るもの。今は大人しくしとわ」

 

 靈夢が大人しく引き下がった事を悟ると、魔理沙も面白くなさそうに文句を言いながらも靈夢に同調する姿勢を見せた。

 

「素直で助かるよ」

 

「本当は、妖怪の言うとおりにするのは癪だけど。もし此処で従わなかったら、どうするつもりだったの?」

 

「乾かしている服を全部燃やして、君達を裸で外に放り出すつもりだった」

 

「ちょ!?」

 

 サラリと聞捨てならない事を言ったサテンに魔理沙が顔を引き攣らせた。靈夢はそれほどでもなかったが「うげっ」と顔を顰めていた。

 こんな寒空の下、裸に文字通り身ぐるみを剥がされた少女が放り出されようものなら色んな意味で危ない事態が発生していたことだろう。もう乙女の羞恥心だとかそんなロマンチックな感情の諸々を心のゴミ箱にぶち込まねばならなくなる。そんな醜態を人目に触れられてしまえば、若くして痴女の仲間入りだ。

 何を想像したのか魔理沙は顔を青ざめさせ、身に纏っていた毛布で自分の体に強く包み直して体を丸めた。

 

「あ、あんた悪魔ね」

 

「ふふふ、そりゃあまぁ。正確には吸血鬼だけどね」

 

 背中の七色の翅を動かしながら可笑しそうに答えるサテンを、二人は怪訝そうな眼で見た。

 

「吸血鬼ぃ? 騙そうったってそうはいかないわよ」

 

「そうよ、だって吸血鬼ってあれでしょ? 相手に血管突き刺したり、目玉の水分を弾丸みたいに飛ばして攻撃して来るってあの怪物」

 

「え゛」

 

 靈夢と魔理沙から聞いた未知の情報にサテンは目が点になる。何だその吸血鬼は。呆けているサテンをよそに、今度は靈夢が話し出す。

 

「馬鹿ね魔理沙。吸血鬼っていうのは百年に一回復活して、頭が潰されると悪魔の姿を現す奴よ」

 

「え?」

 

「……ん?」

 

 知識の不一致に首を傾げる二人。どうやら彼女達は、酷く偏った情報を基に吸血鬼という妖怪をイメージしているらしい。その情報源は一体どこから来たのかはさっぱり分からないが、違う。いや決して全てが間違いとい訳ではないが、それを肯定してはいけない様な気が、サテンはひしひしと感じた。

 噂や伝承は、妖怪を妖怪たらしめる原動力になるが、一つ間違えればこの様に曲解した情報が飛び交い、その大本となった妖怪の原型すら残らないと言う大惨事を引き起こす事だってままある。

 

 此処は一つ、本場の吸血鬼である私が吸血鬼のなんたるかをこの人間の若人達に教えてやらねばなるまい。サテンは此処に来て変な使命感が芽生えた。

 

「あー……君達。吸血鬼って言うのはだね、別に百年に一度復活するなんてわけではないし、ましてや血管を突き刺すなんて事は無い」

 

「それ、本当かしら?」

 

「吸血鬼の私が言うんだ、間違いはない」

 

 疑わしげな魔理沙にサテンは胸を張って答える。ここで否定されてしまったら、そもそも吸血鬼とは何だったのかという議題にすり替わりかねない。それは吸血鬼の身からすれば癪な話である。

 そう言う訳で、グダグダにならない程度の軽い概要だけ伝えると、彼女達は顔を強張らせてしまった。やはり人の生き血を吸って生き永らえる妖怪という点は人間達には受けが悪い様だ。

 

「靈夢、これはちょっとピンチよ。外の国の妖怪が此処の隠れ里を狙っているのよ。きっとこの女は斥候に違いないわ」

 

「何言ってるのよ、それだったら裸にされた時点で私達やられてるわよ」

 

「あんたのくっだらない体なら見向きもされないでしょうけど、この前途有望な私の瑞々しい体が晒されれば、連中の食指が動くってものよ。この吸血鬼だって、私の体を見ていつ生き血を啜ろうか内心涎垂れっぱなしに違いないわ」

 

「……その馬鹿みたいに底抜けの自信が偶に羨ましくなるわ」

 

 先程から随分と好き勝手な事ばかり言う魔理沙はふふんとしたり顔だが、サテンからすればどっこいどっこいの小娘だし、今の所は特に血を吸いたいとも思っていない。まだまだ成長期の只中にある二人の姿を今からどうこう言うのはナンセンス、まぁ4~5年後のお楽しみという事にしておこう。

 

 

 

 

 思ったよりも長い時間話していたらしい。窓から差し込む陽の光の向きが変わっていた事で、サテンは太陽が沈み始めた事に気付く。彼女達との会話も結構有意義だったのだろう。おかげで二人の服も程良い加減に乾いていた。服が乾けば二人が此処にいる理由はもう無い。

 

「何だか色々と世話になったわね」

 

「私も面白い話が聞けたから別に構わないよ」

 

「うふふ、無様に巫女が魅魔様に負けた話しの事ね」

 

「私に撃ち落とされて半べそかいた阿呆な魔女の話よ」

 

「……君達はいつもそんな感じなのかい?」

 

 服を着替えた二人を、サテンは小屋の玄関まで見送った。

 靈夢と魔理沙はまたしても軽口の叩き合いから喧嘩に発展しそうになるが、サテンの言いつけを一応聞いてくれている様だ。もっとも、湖から離れた瞬間二人の間に何が起こるかまでは保証しかねるが。

 

 

 どこか老成した感のある神社の巫女、博麗靈夢。

 自分の才能と実力を信じて疑わない魔法使いの魔理沙。

 

 相反する性質を持つ二人だが、こうして傍から見ている分にはいがみ合いつつも一緒にいるので、中々良い組み合わだ。神に仕える巫女と、魔を追及する魔法使いという職業的な組み合わせで言うならば異色なのやもしれないけれども、靈夢も魔理沙も気にしていない様なので、まぁ良いのだろう。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 靈夢達に軽い別れを告げ、二人の後ろ姿が遠ざかって行くまで見送っていたサテンが突如振り向いた。

 その先にあるのは、昼間にサテンが作っていた焚き火だ。あれから大分時間が経っている筈なのに、煙がまだ立ち昇っている。

 

「……二人は無事に帰ったよ」

 

 誰もいない筈の焚き火の方へ声をかける。すると、何もなかった筈の空間がゆらりと歪み、妙齢の緑髪の女性が姿を現した。

 青を基調とし、星と月の飾りがあしらわれたとんがり帽子にマントが付いた衣服。スカートから伸びるものは、人間の足では無く、白い尾を引く霊体。それが彼女を人ならざる者である事を主張していた。

 

「んむ、何時から気付いてたんだい?」

 

 腰まで届く程の長髪を冷たい風にたなびかせ、焚き火に手をかざしながら女性は気にした風でも無くサテンを見た。

 

「彼女達を小屋に入れる時にちょっと、ね」

 

「……ってことはなんだい、殆ど最初から知ってたのかい」

 

 ちぇーっと面白くなさそうに口を尖らせた。彼女の指が動くと、焚き火の中から程良く焼けた栗が数個浮かんできた。そのままちょいちょいと更に指を動かすと浮かんでいた栗が割れて中身が綺麗に剥かれていく。それを女性は口に放り込んで食べ始めたが、「あが、あぢぢ、ほが」と焼きたての栗に悪戦苦闘気味だった。

 

 ……あの栗、私が採ってきた奴なんだけどなぁとサテンが内心ぼやくも、今の今まで頭の隅に追いやり過ぎて忘れていたからまぁいいやと開き直った。採った得物も放っておけば動物達が勝手に食べる物、今回は動物よりも遥かに何と言うか、奇妙な相手が食べてくれたみたいだ。

 

 

 濡れた靈夢達を小屋の中へと案内したあの時、サテンは放置していた焚き火の傍に何者かがいる事に気づいていた。

 彼女達を暖炉で温めている間にも、何者かの視線は窓の外から度々感じられていたのだが、悪さをする素振りも無かったため、敢えてそのまま見過ごしていた。

 最初は何処かの妖精や妖怪がやって来たのかと思っていたのだが、滲み出る気配がそうではないと教えてくれる。何に似ているのかと問われれば、敢えて例えれば亡霊の類に近い。そこで魔理沙の話を思い出し、もしやという憶測がサテンの中で生まれる。

 

 

「貴女が魅魔かい?」

 

「そうだよ吸血鬼、私こそが魅魔様よ。二人が厄介になった様だね」

 

「もしかして、彼女達の保護者か何かで?」

 

「ふん、まさか。巫女は私の大事なからかい相手、魔理沙は……うーん、なんだろうね」

 

 あの高飛車な魔女が様付けをするくらいなのだから師弟の間柄か、もしくはもっと親しい関係の様だが、魅魔自信はそこの所を自分自身ですら自覚していなかったらしい。腕を組みながら唸っていたが「……まぁ気にせんでおくれよ」と適当にはぐらかした。

 

 魅魔と呼ばれるこの悪霊、悪霊と呼ぶには悪霊特有の禍々しさや執念深さが感じられない。むしろその逆の、さっぱりした気風を彼女から感じてしまう。長い年月の間に彼女の性質が変化したのかもしれない。

 

「来ていたのなら、彼女達に声をかければよかったのに」

 

「なーに、あんな漫才もどき何ざ食事の片手間に覗く位で丁度良いってものよ」

 

 それが本心かどうかは知らないが、美味しそうに栗を食べているのは確かだ。今もサテンとの会話の途中途中で焼き栗を口に放り込んではその味を楽しんでいる。

 

「にしても“吸血鬼”が湖の近くにいるってのも妙な話だぁね。水は苦手なんじゃなかったかい?」

 

 正確には流水なのだが、態々自分の弱点を自分で訂正するのもあれなので、サテンは取りあえず流した。

 

「いるとこにはいるのさ、私達みたいな吸血鬼も。貴女はあの娘たちよりかは吸血鬼の事を知っているみたいだね」

 

「小娘どもと一緒にせんでくれよ。あいつらの話したあれはちょっと……あれなんだ」

 

 小屋で靈夢達が口にした吸血鬼の事はしっかり聞いていた様だが、何だか言いづらそうに言葉を濁していた。

 あれとは一体何だとサテンが言おうとする前に、魅魔がオホンと軽く咳き込んだ。

 

「魔界住まいが長くてね、悪魔の類はそれなりに知っている。あんたら吸血鬼の事は良く耳にするよ――――強く、狡猾で、それでいて残忍ともっぱらの評判だ」

 

 最後の栗の剥き身を空高く放り投げて口でキャッチ。口に含んだ栗を咀嚼しながら魅魔はニヤリと笑う。

 事実大概の吸血鬼とは、魅魔が口にした内容で相違ない。人の生き血を啜り、人を拐(かどわか)し、そして人の命を情け容赦なく踏み躙(にじ)る。西洋妖怪のヒエラルキーのトップに君臨し、畏敬の念を一身に受けるカリスマと暴力の体現者。それこそが悪魔とも呼ばれる吸血鬼の有様なのだ。

 

「よくご存じの様だ。それで、何か御用かい? わざわざ栗が焼けるまでそこにいたわけじゃないんだろう」

 

 そうでなければ、靈夢達が帰った時に魅魔も勝手に去っているだろう。何ゆえ彼女は自分に接触を試みたのだろうか。

 

「ん、と言われても用と言えるほどの物じゃない。魔理沙達の様子を見に来たついでに、見ない妖怪の顔も見ておこうと思って、ね。……来てみりゃあ最近外国で売り出し中の吸血鬼、興味もわくさ」

 

「こんな私にわざわざ会いに来るなんて、君も物好きだね」

 

「私は自分の眼で見て判断する女なのさ。耳にしただけで、全て分かった風に気取るのは嫌いなんだ」

 

「そんな行動的な貴女の眼に、私はどう写ったのかな?」

 

 サテンはおもむろにかけていたサングラスを外し、緋色の瞳で魅魔を見つめると、彼女は携えていた笑みを消して、顔を無表情にさせた。

 

「……あんた――」

 

「うん?」

 

 一瞬だけ、魅魔の表情に感情の揺らぎが見えた。

 

「――……いや何、私の敵じゃあ無いねって思っただけの事さ」

 

 何かを言いかけようとしてたみたいだがそれを止め、魅魔はすぐさま不敵に勇ましく笑い返した。

 

「勇ましいね、腕に覚えが?」

 

「この魅魔様を凡百の輩と同一視してもらっちゃ困るね」

 

 ……誰かに似ている。サテンはこの無駄に自信に満ち溢れた魅魔の態度に、ある人物の姿が重なって見えた。

 いや違う、逆だ。魅魔がその人物に似ているのではない。あの人物が魅魔に似ているのだ。

 

 その人物とは、威丈高に振る舞い、自分の腕に圧倒的な信頼を寄せる魔法使いの少女、魔理沙その人の事だ。

 

 尊敬をする側の人物とは、自ずと尊敬する対象に似ていくものなのだろうか? 目指すべき者、崇拝する者、人は大なり小なりそう言った自分が敬い、目指す相手に“なりたい”という感情が芽生えてくる物らしい。

 

 一人で益にもならない事に頭を働かせていると、魅魔の体が浮き上がり、ゆっくりと青空へと昇り始めた。

 「帰るのかい?」 とサテンが問えば、「面白いネタを見つけたから、あいつらを適当にからかってやるのさ」と面白い遊びを思い付いた子供の様な笑みを浮かべながら答え、軽く手を振った後そのまま山向こうの神社へと飛んで行ってしまった。

 

 

 どうやら本当に用件は顔合わせだったようだ、サテンは魅魔が居なくなった事で再び静かになった湖を見渡しながら以上が無い事を確認し、あっと言葉を漏らして何かを思い出したかのように焚き火の方へと向かった。

 既に燃え尽きた枯れ葉の燃えカスを足で払いながら“ブツ”を探す。魅魔は“栗にしか”手を出していない、だとするならばまだ此処にある筈だ。燃えカスの山が崩れて平らになり、地面が肌蹴て見え始めた所でサテンは目的の物を見つけてしめたと頬を緩めた。

 

 サテンが掴み取ったのは、丸々と大きく赤紫色に染まったさつま芋。うっかり忘れて焦がす事の無い様、落ち葉を敷いた場所の地面を軽く掘り、其処に浅く埋めておいたのだ。それが幸いして魅魔に見つからなかった様だ。

 長々と焚き火の熱で熱せられた芋は、焚き火が消えた今でもしっかりと熱を持ち、軽く押すだけ指が実に食い込む程の柔らかさになっている。

 

 こいつは食べるのが楽しみだ。ほのかに香る甘い芋の匂いが食欲をより刺激する。

 

(――人間の血肉を食らうのが悪いとは言わないが、中々どうしてこういうのを味わうのも楽しいものだ)

 

 まだキッチンの鍋にココアの残りがあった筈だが、芋にココアの組み合わせはやった事がないなぁ。大丈夫かな? という不安と少しの期待を織り交ぜながら、サテンは足取り軽く小屋へと戻った。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

(いやはや、興味本位で覗きに行ったら予想外な奴に出くわしちまったもんだね)

 

 湖から離れた所で、魅魔はふぅっと息を吐く。その表情は、先程余裕ぶっていたものから気難しげな顰めっ面へと変わっていた。思い出すのは、先程言葉を交わした七色の翼を持つ吸血鬼。

 

(噂には聞いていたが、あれがそうなんだろうな。……本当に実在していたとは、ねぇ)

 

 しかも、この極東の地に来ているとは予想だに出来なかった。

 

 一目見た時は何とも思わず、次に翼を見てある妖魔を疑い、そして最後に妖気を探り眼を見て―――ゾッとした。

 

 その身から感じる妖気の圧力は目立たない程度の物だった。しかし深く探れば、魔界の深淵に潜む連中達に極めて近い、底の見えない魔の気配が僅かに顔を出していた。あんなものは、そこらの木端妖怪ごときでは出す事は決して出来ないものだ。

 

 今より遥か昔、己の身が人から今の姿へ変わりようやく体が安定し、宛てもなく魔界を彷徨っていた頃に人間界の噂でこの様な話題が挙がっていた。

 

 

――北欧の地には、人の形をした恐ろしい怪物がいる。

 

 

 未だ妖魔が猛威を振るい、神々が姿を現していた時代の事だ。

 妖魔も神も人間も、老若男女の区別を問わず、ふとしたきっかけで突然ありとあらゆる種族を見境なく襲いかかっては類稀なる力で以て叩き潰し、食い殺し、破壊する。七色の翼を持つ、薄い金髪の幼子姿の悪鬼。

 

 長い年月の末に体の方は成長したようだが、翼の方は噂が流れていた時と同じ形状をしている。あのような翼を持つ者は、古今東西あらゆる人妖を探しても彼女しかいない。

 

 通称“虹色”

 人間は勿論、神族や同じ妖魔ですら震えあがらせたと言われる。当時北欧で最も名が知られ、多くの命を塵芥の如く葬って行った化け物だ。

 

 しかし、ある時を境にしてその怪物の噂は徐々に減り、終いにはぱったりと目撃情報が無くなってしまったのだ。

 一説では誰かに殺されてしまったとも言われていたのだが、こうして今、この地に来ている。

 

 

 しかしおかしな点もある。その怪物の噂にはもう一つあるのだが、これは先程見て来たあれからはそんな所が見られない。

 

 

――あれは気が狂っており、正気では無い。

 

 

 そう聞いていたのだが、実際会ってみると別段普通に話せるし、そこいらの妖怪達よりも落ち着いている。力を持った妖怪程その傾向があるので、彼女もそのクチかもしれない。

 大分昔の話だし、魅魔自身も忘れっぽい性質なので、もしかしたら所々聞き間違えているかもしれないと思っている所があった。所詮、噂は噂であると流しているというのもある。

 

 それかもしくは、長い年月の果てにあの怪物は体だけで無く、人格や精神そのものを変化させるほどの何かがあったのやも―――。

 

 

(まぁ、いいさ)

 

 大昔にどのような事をやらかした奴であろうと、そんな事は関係ない。もし何かしでかすのなら、相手になろう。負けるつもりなんて考えちゃいない。相手が強いのならば面白い、私の力で平伏させてやるまでの事。

 どんな相手に対しても大胆不敵に構える魅魔の思考はその様な結論に至り、太陽が沈み始めた空を駆けて行った。




――――――――――――――――――――――――――――――
後書き

 自分で書いててなんですが、原作キャラに自分の考えたキャラクターの此処が凄いんだぜー! 的な発言をさせるのって、勇気がいります。

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