風の聖痕 新たなる人生   作:ネコ

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第14話

 その少女は賑やかな繁華街の裏路地を走っていた。

 このような汚い裏路地に似合わないその姿は、大量の汗を顔に浮かべ、疲労が色濃く見える。しかし、その走る足を一切止めることはなかった。

(いつまでもしつこい! 諦めることをしらないの!?)

 少女は自分の不運を棚上げし、相手に対して罵倒の声を心の中であげながら走り続ける。

 その後方では、数人の男たちが少女をしっかりと追ってきていた。少女は、その男たちを横目で確認しながら、走りすぎる際に、通路の脇に積み上げられた物を倒していく。

 倒された物に足をとられながらも、男たちの追跡が止まることはない。裏路地を一旦出ようとするが、なかなかその道が見つからず、見つかったところで、出口付近に怪しい男が立っており近づくことができない。

(なんでこんなことになったんだろ……ただライバル店の調査に来ただけなのに……)

 ここにきて、流石に疲れがピークにきたのか、とうとう少女の足の動きが鈍くなり始めていた。

 

 それは、本日の夕暮れ時の出来事。

 閑古鳥の鳴いている飯店の客席のひとつで、男が少女に怒られていた。

「最近の売上ごっそりお客さんごと持ってかれてるよ!

 ここらで何とかしないと!」

「そう言ってもな。向こうはサポンサー? がついてるんやろ? 個人経営には厳しいわ」

「スポンサーよ! ス・ポ・ン・サ・ー! それと、何弱気になってるの! いい? ここで諦めたら、終わりなの。人生終了なの。生きていけないのよ! 私たちの取れる手段は限られてる。じっと待ってるだけじゃ、事態は悪化するだけ」

「そうは言うてもな……」

 きっぱりと言いきる少女に、男は気後れしてしまい、内容を濁す。

 男の態度にイライラがたまりに溜まってしまったのか、少女は勝手に提案し始める。

「もういい! 私がその店の偵察に行ってくるから。お父さんはここで待ってて」

「あっ! こら、翠鈴! ───行ってしもうたか……誰に似たんだか……」

 男は溜め息を吐きながら奥の厨房へと足を運んでいった。

 

 翠鈴という名の少女は、帽子にサングラスと、変装グッズに身を包み、件のライバル店の調査に赴いていた。

(なかなか大きいところね。開店前なのに、この行列……言うほど美味しいのかしら?)

 時間になり、開店する頃には、行列は数十人にまで膨れ上がっていた。そのなかを翠鈴は先頭の方で店に入る。

 店の中は綺麗に磨かれ、染みや壊れた箇所などは見当たらない。

 カウンターに座り、帽子を取ってメニューを見る。メニューの中身を見ても、特におかしいところはない。敢えて言うならば、一番右下の会員限定メニューが、別にありそうだと言うところだろう。

 それを証拠に一部の客は、店員にカードのようなものを見せて、店の奥へと入っていっている。

 ついていきたい欲求をはね除け、翠鈴はメニューを戻すと、店員を呼び止めて注文した。

「この店で上から美味しいものを3つ。値段は問わない」

 店員は驚いた表情をするが、それも一瞬のこと。すぐに表情を消して確認する。

「では、このメニュー表の中から3つ選ばせていただきますがよろしいですか?」

 店員の態度を不審に思った翠鈴は、違う可能性に思い至り、その言葉を否定する。

「そんなわけないでしょう? 私が言ってるのは、この店に置いてるもの全ての中からよ」

 翠鈴の言葉に、今度こそ驚きを隠せない店員は少しの間、呆然と立ち尽くしてしまった。

(やっぱり、お得意様には裏メニューがあるのね! それがどれほど美味しいのか食べてあげようじゃないの!)

 翠鈴は、未だに見つめてくる店員にわざとらしく咳払いをする。それで、自分の職責を思い出したのか、店員は再び確認してきた。

「お客さまはどなたのご紹介でしょうか?」

 これには、翠鈴も少し躊躇ったが、ここまで来て引き下がるつもりはない。

 嘘も方便と、この辺りの元締めの名前を出す。

 その名前を聞いた店員は、どこか複雑そうな表情で翠鈴を見ると、席の移動を求めてきた。

(これで、裏メニューとやらが食べられるわけね)

 階段を上がり、違う建物へと移動したところで、翠鈴は不審に感じ始める。態々厨房から遠退けば、その分料理が冷めて美味しさは落ちてしまう。そんなことをする理由がいまいちわからなかった。

 部屋へと案内されて待つように言い含められるが、翠鈴は大人しく待つような性格ではない。

 部屋の外に誰もいないことを確認すると、こっそり抜け出して、違う部屋を覗き始めたのだった。

(さて───他の人はどんなものを食べてるのかしら?)

 ドアをゆっくりと開けた瞬間、ある種の臭いと共に、声が聞こえてくる。

 その声を聞いた瞬間、翠鈴はここがどういった場所なのかを理解してしまった。

(何て店なの!)

 この界隈では、この手の商売は禁止されている。その事に怒りを覚え、それとは別に、この話が広まれば、この店を合法的に潰すことも───と翠鈴が考えていたところで、見つかってしまった。

「そこで何をしている」

 翠鈴はすぐに自室へと入り込むと、ロックをして窓へと駆け寄る。そして、窓を開けてゆっくりと手をかけると、極力地面までの距離を短くして飛び降りた。

「いった~……」

 足の痺れを満足に取る暇もなく、上部の部屋───翠鈴のいた部屋から音が聞こえてきた。

 翠鈴は痺れる足を引きずりながらその場を離れていく。

 近くでバシュッ!バシュッ!という音と共に、地面の土や物が飛散していく。その音の正体に気付いた翠鈴は顔を青くしながら、痺れの取れた足で、本格的に走り出した。

 店の連絡は早いもので、通りへの通路には、男たちが既に待機していた。翠鈴はそれを見るたびに、更に路地の奥へと走り込むことになる。

 

 ただの少女である翠鈴がいつまでも逃げられるはずもなく、とうとう袋小路に追い詰められることになった。

「あまり手間をかけさせるな」

「…………」

 男の声に対して、満足に返すことのできない翠鈴は、睨みつけることで、男たちを威嚇するが、それは全く効果がなかった。

「死にたくなければ、大人しくすることだ」

 銃を構えた男たちに囲まれ、翠鈴への包囲網は徐々に狭まっていくのだった。

 

 

 

 和麻は、現在の状況を引き継ぐと、外へ食事をしに出掛けた。引き継いだからと言って、完全に外れるわけではない。念のためにホテルの状況は確認している。

 和麻はガイドブックに従い、店に向かって歩いていく。

 時間は遅く、町の光も少ない。それでも、向かうのには単純な理由があった。それは、うまいと評判の店に興味はあったことだ。

 和麻はただそれだけのために暗くなった町中を歩いているのである。

 目的の店の前に辿り着き、和麻は建物を見上げる。建物は大きく、光を大量に放出して、周囲を明るく照らしていた。

(裏手が騒がしいな……)

 風の感知では、少女がひとり追っ手から逃げている最中であった。

 場所は店の裏手から始まり、今では奥の方へと進んでいる。それというのも、表通りへの通路には、明らかに追っ手の仲間、若しくはそれに準じた人がいるため、その方向には近付けず、避けているためだった。

 少女はどこにそんな体力があるのかと言いたくなるほど、縦横無尽に逃げ回り、時には隠れてやり過ごし、時には物を倒しながら突き進んでいく。

(子供ひとりに何をしてるんだ?)

 いきなり怪しくなってきた店に対して、眉をしかめながらも、和麻は店の中に入っていく。

 店の中は外観と同じように、建てられたばかりなのか、内装は綺麗に整えられ、置かれた物は新品同様に光輝いている。

 一瞬本当に飯店かと疑ってはいたが、案内されてカウンターについたところで意識を切り替える。

 そこには確かにメニュー表が存在し、他の客は美味しそうに食事を続けている。

 和麻は、他の客が食べているものを参考にするため、並べられた料理や、頼むオーダーなどの情報を集めていく。

 その時に和麻は気付いた。一部の客に限ったことだが、一度カウンター席に座ったあと、店員へ注文すると、店員に連れられて店の奥へと案内されるのである。

 入っていく客の年齢層はバラバラで、敢えて言うならば、性別が男というくらいだろう。それらの客の行く先へと視覚を伸ばして視たところで、理由を察する。

 和麻としては、その内容に完全に興味がないとは言えなかったが、然りとて食事以上かと問われれば、否であった。

(まあいい。相手がどんな奴だろうが、飯がうまければ文句はない)

 和麻は頼まれた料理の統計を取り、多いものと人気のメニューを注文して、それの到着を待つのだった。

 

 翠鈴が目覚めた先は、明るい部屋の中だった。

 手足が縛られ吊るされたような状態で放置されており、その拘束から抜け出すことはできない。

 翠鈴は、しばらくその状態から抜け出そうともがいていたが、無理だとわかると諦めたように、手足を動かすのをやめた。

(頭痛い……あいつら、絶対酷い目にあわせてやるんだから!)

 軽く男たちへの復讐を考えていたところで、自分のいる部屋へと近付いてくる足音を耳にして、その思考を中断する。

 その足音の主は、扉の前に着くと、ゆっくり扉を開けて入ってきた。

 その人物は、翠鈴が拘束されている姿を見てニヤリと笑うと、何も言わずに近付いていく。

「んー!! んーー!!(来るな!! あっちに行けーー!!)」

 ガムテープで口を塞がれているため、声が出せず必死に身体を動かそうとするが、それが意味あるものになることはなかった。

 翠鈴は少しずつ近付いてくる男へ睨み付けることで近づけさせないように牽制していたが、そのようなものは効果がなかった。

 男は翠鈴に近付き、舐めるような視線を向け、足の方からゆっくりと触りだす。

 その動作に我慢できなかったが、翠鈴が逃れるすべはない。

 ゆっくりと這い上がってくる手が太股に入ったところで、その手が止まった。

 止まった理由は、足音が近付いてきていたからだ。その足音の主は、余程慌てているのか、走ってきている。

「おい! さっきの話の方がもう来られる。急いで移動だ」

「もうなのか? 話では、後数時間はあるはずだっただろ」

「上の考えなんて俺に聞くな」

「これからお楽しみだってのに……」

「それよりも、ここは危険だから一旦退く。まだ死にたくはないだろ?」

「もちろんだ」

 男は名残惜しそうに翠鈴を見ると、それを振り切って部屋を出ていってしまった。

 翠鈴はひと先ずの危機が去ったことに安堵して、先程の男たちの話を思い出す。

(さっきのやつの話だと、ここにいたら危険なんじゃ……)

 そう思考した後に、急激な眠気に襲われて、翠鈴は夢の中へと旅立ってしまった。

 

 和麻は注文した料理に満足していた。ガイドブックに載るだけあって、味の方は上々。和麻としてもここに来た甲斐があったと口許に笑みが浮かぶ。

 しかし、その幸福な一時もすぐに終わりを迎えた。

 和麻が放っていた風の精霊が、危険を訴え始めたのである。

 何事かと、辺りを見渡してみるが、特に大きな変化はない。和麻を狙うものなど見当たらなかった。それでも、警戒情報が次々と精霊たちから寄せられる。

 内容を理解しようとするが、精霊たちの伝える内容が、人の声などではないため、漠然とし過ぎておりなかなか理解ができない。

 その内容へと和麻が集中したところで、異変は起きた。

 何かが建物を包んだかと思うと、一瞬にして食事をしていた者たちが昏倒する。和麻はと言えば、カウンターに身体を預けて、意識を繋ぎ止めるだけで精一杯だった。

 そんな和麻に興味を持ったのか、声をかけてくるものがいた。

「ふむ。この結界内で意識があるとは興味深い。……あれの被検体に良さそうだ」

「だ……れだ……」

「話す力もあると……有力だな。光栄に思うがいい。お前は選ばれたのだから」

「ふざけ……るな……」

 あやふやな意識の中、和麻の意思に従い風が和麻へ話し掛ける男へと攻撃するが、そこには何時もの鋭さはない。風の刃は男の近くまで行くと、何かの壁に当たったかのように霧散してしまった。

「何やら力を持っているようだな。噂に聞く精霊術士といったところか? まさに、実験にはうってつけだ」

 和麻はその声を聞いたのを最後に、意識を失ってしまった。

 男はしばらく店内を歩き回っていたが、和麻以上の者がいないと分かると、店内の中央の地面に、大掛かりな魔方陣を描き始めた。

 その魔方陣の出来映えを確認し呪文を唱えると、昏倒していた者たちが、魔方陣と共にうっすらと消えていくのが分かる。

 店内に残ったのは、魔方陣を描いた男のみとなった。

 男は、その光景に満足すると、自身も一緒にうっすらと消えていく。

 店内は、従業員が戻るまで、静かに時を刻んでいた。

 


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