ギャラクシーエンジェルⅡ ~失われた英雄と心に傷を負った天使~ 作:ゼクス
惑星マジークにルクシオールは到着した後、マジーク政府との交渉の為に動き出した。
事前に『
そしてカズヤ達は最近精神的外傷の克服の為の訓練で無理を行なっていたちとせを監督役に任命して、マジークでの休暇を与えられた。
「あぁ~、有名だっていうエレベーター全然つまんなかったな」
「全くなのだ。一瞬で終わってつまんなかったのだ」
「いや、そもそも楽しむものじゃないんだし、仕方がないよ」
「でも、凄いと思いますよ。一瞬で地上に降りられたんですし」
ぼやくアニスとナノナノにカズヤとリコは苦笑しながら宥める。
マジークのターミナルに在るという魔法を用いたエレベーターをアニスとナノナノは楽しみにしていたのだが、一瞬で地上に転移してしまったので移動している事を感じられずに不満を漏らしていたのだ。
カルーアはアニスとナノナノの様子に苦笑し、ミモレットが二人に話しかける。
「有名だからと言って楽しめるものではないという事ですに」
「そうですわね。でも、確か最近は『
「『
「其処までは分かりませんけど~」
「確かこの近くにあるらしいですに」
「それじゃ、丁度お昼時ですし、食事にしましょうか?」
ちとせの提案に全員が頷き、有名店だと言うカレーショップの場所を聞いて向かい出す。
そしてちとせ達がカレーショップの前に辿り着く。中に入ろうとした瞬間、扉の向こう側からいきなり男が吹き飛んで来る。
「ブゲェッ!?」
「ウワッ!? な、何だ!?」
吹き飛んで来た男にカズヤは驚き、慌てて前をカレーショップの中に目を向けてみると、中華風な衣装に身を包んだ見惚れるような美女が右手にカレーを持ちながら出て来た。
「全く、此処は楽しく食事をする場所よ。いちゃもんつけて他のお客さんに迷惑なんて掛けるんじゃないわよ」
『ランファさん!?』
「ん? ……リコにちとせ!? 久しぶりね!?」
呼びかけられた美女-ランファは二人の姿を確認すると、楽し気に近寄る。
その様子にカズヤは目の前に居る相手が、マジークに居る『EDEN《エデン》』の大使であり、元ムーンエンジェル隊の一人だと気が付く。
「あっ、もしかしてマジークに居るって言う元ムーンエンジェル隊の?」
「正解よ! アンタがミルフィーが選んだカズヤね。私は『
「それでランファさん? 一体どうしてこの方と揉めているのですか?」
「あぁ、このチンピラが店員にいちゃもんつけて食い逃げしようとしたのよ。甘口のカレーを頼んだくせに辛くないって言ってね」
「すげぇ、完全に気絶してやがるぜ」
倒れ伏すチンピラを見ていたアニスは気絶させたであろうランファの一撃に感嘆した。
ランファはゆっくりとチンピラの傍に近寄り、その口元に自身が持っていたカレーをスプーンでよそる。
「そんなに辛いカレーが食べたいのなら」
「そ、それは!? まさか、ランファ先輩特製の激辛100倍カレー!?」
『激辛100倍!?』
ちとせの叫びにカズヤ達が驚いた瞬間、ランファがよそったカレーがチンピラの口の中に入る。
「ギャァァァァァァァァァァァァーーーーーーー!!!!」
カレーを口に入れられたチンピラは口を押えてのたうち周り出し、そのまま何処かへと逃げて行った。
「何よ、辛いカレーが食べたかったくせに悲鳴を上げるなんて」
「さ、流石にソレはランファさんしか平気な顔をして食べられないと思います」
「言うわね、ちとせ。どう食べる?」
「普通のカレーを注文しますので、ご遠慮させて頂きます」
切実に訴えながらちとせはランファの誘いを断り、カズヤ達と共にカレーショップに入る。
予定通りそれぞれ注文し、ランファを含めてカレーが来るのを待ちながら自己紹介を始めた
「じゃあ、改めて自己紹介をするわね。リコとナノナノは知っているでしょうけど、私は元ムーンエンジェル隊の1人で、今はマジークの親善大使を務めている『
「初めましてルーンエンジェル隊所属のカズヤ・シラナミです。大先輩に会えて光栄です」
「あら? 随分と硬いのね? まあ、あの堅物のレスターの教育じゃ仕方ないわね」
「えぇ~……」
「ランファさん。普通逆です」
不満そうなランファにカズヤは困惑し、リコが的確な意見を言うが、当のランファの興味はこの場に居る残る二人。カルーアとアニスに向いていた。
「それで其方の二人も会うのは初めてね」
「はい、此方がアニス・アジートさん」
リコは先ずアニスの紹介を始めた。
「ミントさんの紹介とワケがあって、臨時隊員として頑張ってくれています」
「そうミントの紹介でね……宜しくね、アニス」
実を言えばランファは事前にレスターからアニスに関わる事情を聞かされていたが、何も知らない風を装って挨拶をした。
「おう! さっきのアンタと食い逃げしようとしていた奴へのやり方! 痺れたぜ!」
「そう言う貴女の話も聞いてるわよ。私達が見つけられなかったフェムトの隠し通路を見つけたって」
「へへっ。それほどでもないぜ。なあ、後で時間があったら手合わせしてくれねぇか? さっきの食い逃げ野郎をのしたアンタの実力を知りてぇんだ」
「良いわよ」
「よっしゃ!」
喜ぶアニスを微笑まし気にランファは見つめていたが、次にカルーアに顔を向ける。
「それで、マントの貴女は?」
「カルーアと申します~」
「ん? アレ? その名前何処かで? それによく見たら何処かで見たような?」
何か気になるのかランファは急にカルーアの顔を見つめだす。
そんなランファにリコが説明する。
「カルーアさんはマジークで公認A級の資格を持つ魔女さんです」
「公認A級魔女ぉー!? ああ、貴女はもしかして!? マジョラム様!?」
『様?』
急に敬称付けでランファがカルーアを呼んだ事にカズヤ達は首を傾げた。
「『一なる二者』様じゃないですか!?」
「あら~、その呼び名をご存知なのですね~」
「あたりまえですー! 私すっごい貴女に憧れているんですよー!」
「まぁ~……」
急に喜びだしたランファにカルーアは困ったように顔を伏せる。
その様子を見ていたちとせが、ランファを落ち着かせる為に声を掛ける。
「ランファさん。落ち着いて下さい。余り大声を上げたら周りに迷惑が」
「あっ、そうよね。ごめんなさい、マジョラム様」
「いえ~、大丈夫ですから~、気にしないで下さい~」
一先ずの自己紹介が終わり、カレーが来るまでの間、情報交換を始めた。
「ふ~ん、それじゃヴァニラはピコに残って怪我人の治療とピコ政府の交渉を頑張ってる訳ね」
「はい。それと例の件に関する情報が無いかも調べてくれるそうです」
「……『ファントムシューター』か……漸く『ゴースト』の名称が分かったと思えば、更に謎が増えるなんてね」
『ファントムシューター』の件は、事前にレスターからランファも聞いている。
『GA-001ラッキースター』よりも早い形式番号『GA-000』を持っていた事と言い、何故ピコの自動衛星内部に修復施設が存在していたのかなど、様々な謎が出て来た。
「……あの、ランファさん……」
「はいはい。聞きたい事は分かってるけど、そっちに関しては後でルクシオールに行ってから説明してあげるから……と言うか、此処だけの話なんだけど、今マジーク政府もかなり慌ててるのよ」
「マジーク政府がですか?」
「そっ。何せマジークにいた公認A級魔女達全員を召集させて連日会議を開いているぐらいだからね」
「にぃ!?」
「えっ!?」
ランファの言葉にミモレットとカルーアは目を見開いて驚愕した。
カズヤ達は良く分かっていない顔をするが、ちとせだけはカルーアとミモレットの様子に非常事態にマジークが陥っている事を察する。
「……どうやら容易ならざる事態になっているようですね」
「そうなのよ。流石にマジークを離れている方々はいないけど、その他の方々は全員招集を受けたそうよ……更に言えば、ルクシオールへの直々への交渉役には何と、その十二人の魔女の方々の長である『キャラウェイ老師』が来て下さるらしいんだから」
「お、御師匠様が!?」
「こ、コレはただ事では無いですに!?」
「えっ? 御師匠様って事はカルーアの?」
「はい、そうです。でも、まさか御師匠様まで直々に動かれるなんて」
「あの方が直々に動かれるなんて、本当に大変な事ですに」
(長って言うからにはマジークの一番偉い人って事だよね。そんな人まで動くなんて、一体『ゴースト』。いや、『ファントムシューター』って何なんだろう?)
まだ新人でしかないカズヤには分からない事ばかりが続き困惑する。
「………」
(ちとせさん。また考え込んでいる)
考え込んでいるちとせに、カズヤは一抹の不安を感じた。
連日の訓練の様子を見ているだけに、ちとせの鬼気迫る姿に短い付き合いながらもカズヤは心配だった。
「ほら、ちとせ。難しい顔は今は無しよ。せっかくのカレーが不味くなるでしょう?」
「……ええ、そうですね。ありがとうございます、ランファさん」
(良かった! そうだよ! ちとせさんには仲間がいるんだから!)
微笑みあうちとせとランファの様子に、カズヤは胸の中に抱いた不安が消えて行くのを感じた。
「お待たせいたしました。此方中辛と甘口に特製激辛1000倍カレーです」
「来た来た! さっきは邪魔が入っちゃったから、ゆっくり味わいましょう」
「真っ赤ですにー……見れば見るほど凄いですにー……むむむ! 近づくと匂いも強烈ですにー」
ランファの激辛特製1000倍カレーに興味を覚えたのか、ミモレットが宙に浮かびながら興味深そうに真っ赤なカレーを眺める。
「なぁに? この丸いの?」
初めて見るミモレットの姿に、ランファは困惑する。
「ま~、すみませ~ん。わたくしの使い魔さんです~」
「使い魔さん!? すごぉーい! 流石魔女!?」
「ミモレットちゃ~ん。お邪魔しちゃ駄目よ~」
「あっ! 良いんです、良いんです。ミモレットって言うのね。マジークにそれなりにいるけど、使い魔を連れた人は少ないから直接見たのは初めてだわ」
「えっ? そうなんですか?」
「何だ? てっきりマジークの連中は皆ミモみたいな奴らを連れてると思ってたぜ」
余りマジークについて詳しく知らないカズヤとアニスは揃って、自分達の認識が間違っていた事を知った。
しかし、当の使い魔であるミモレットはカズヤとアニスのように気が付かず、興味津々に真っ赤なカレーを見つめながらランファに問いかけていた。
「んんん……どれくらい辛いんですかにー……?」
「そんなに興味があるなら食べてみる?」
「むむっ! 惹かれる言葉ですに!」
『んくっ!』
ミモレットの言葉を聞いていたちとせとリコ、そしてナノナノは揃ってむせてしまった。
この場でランファ特製の激辛1000倍カレーの恐ろしさを知っているのはちとせとリコとナノナノだけ。
カズヤ、アニス、カルーアは見た目だけで激辛だと分かっていたが、その恐ろしさまで分からない。
そしてミモレットは好奇心からランファが差し出したカレーが載るスプーンに口を開く。
「はい。あ~ん」
「あ~ん。んぐ、んぐ………」
「ミーモ! 湯気が出てるのだ!?」
「誘惑には勝てなかったみてぇだから自業自得だけど、こ、こいつは」
急に無言で固まり、全身から湯気を出して震えているミモレットにナノナノとアニスは戦慄した。そして……。
「うげごがぐぎごげぐぇぇぇぇ!! 水、水ですにーーー!!」
「は、はい! お冷よ!」
「ごぐごぐ! 全然足りないですにーー!! 厨房で貰ってくるですにーー!! むひぃぃぃぃーーー!!」
リコが差し出したお冷では足りずに、ミモレットは凄まじい早さで文字通り厨房に向かって飛んで行った。
「ご、ごめんなさいね。マジョラム様」
「良いんですよ~。自分で食べたんですから~」
好奇心は猫をも殺す。
ミモレットは決して食べてはいけないカレーを進んで食べたのだから、自業自得であり、カルーアもそれが分かっていた。
「み、水ぅーー!!」
「まだ、騒いでいやがるぜ……」
(アレ? 確か辛い物を食べた時には水を飲んだりしたら……)
エンジェル隊に入隊する前はパテシェを目指していたカズヤは、気づいてはいけない事に気が付く。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「な、何だ!?」
「厨房の方からです!?」
「まさか、ミモレットちゃんが!?」
「ふぎゃー!!」
カルーアの心配が当たっている事を示すかのように、厨房の方からミモレットの悲鳴が上がった。
「見に行くのだ!」
ナノナノの号令に続くようにカズヤ達も厨房の方に向かって行く。其処には……。
「火だ!?」
厨房の中は燃え盛る火の海になっていた。
一同が騒然とする中、厨房の中に立っていた一人の男がカズヤ達に顔を向ける。
「ひゃははははははは!!」
「あっ! あのやろうは!?」
「さっきのチンピラなのだ」
厨房の中に居たのは、先ほどランファに激辛カレーを食べさせられたチンピラだった。
だが、明らかに様子がおかしく、火の海の中で笑っていた。
「ひひひひひ! さっきは良くも恥をかかせてくれたな! 『EDEN』の食い物屋なんて潰してやるぜぇ! うりゃぁぁぁぁ!」
「うわぁ!」
「きゃあ!!」
チンピラが叫ぶと共にその手から火の玉が放たれ、カズヤ達は慌てて躱した。
「ひゅーう! すげぇ石だぜ! 良いもん、貰った!」
「あ、あれは魔石ですわぁ~!」
「ま、魔石ですって!?」
『魔石』とはマジークの魔導技術による産物であり、普通の人でも魔法が使えてしまう代物。
それ故に取り扱いは厳重であり、マジークの一般人でも用途が限られた物しか使用できないようにされている。
「恐らく火の精霊を閉じ込めてありますぅ~。でも、あんな攻撃的な魔石は一般には流通されていません~!」
「こらぁ! チンピラ!? 何でアンタがそんなもの持ってんのよ!?」
「ひゃはははは! 其処で貰ったのさ! 食らえ!」
チンピラは弱いと思ったのか、或いは何かに誘導されたのかカルーアに向かって再び火の玉を放った。
「危ない!」
「きゃっ!」
寸前のところでランファがカルーアを床に押し倒して火の玉を躱した。
「大丈夫ですか?」
「あっ、火が……」
ランファが心配して声を掛けるが、何か思うところでもあるのかカルーアは周囲の火に脅えていた。
「あっ……なくなっちまった」
今のが最後の力だったと言うかのように、チンピラの手の中にあった魔石が音もなく空気に溶けるように消えた。
そして我に返ったようにハッとした顔をして、自身が火の海にした厨房と店を見回す。
「あ……あばよ!」
「あのやろう! 此れだけの事をして逃げようってのか!?」
「アニス! ランファさんと一緒に追って!」
「お、おう!」
「分かったわ!」
何時にない剣幕のカズヤに押されるようにアニスは、ランファと共に逃げ出したチンピラを追いかけて行った。
「リコとナノナノとちとせさんは客をゆうど……」
シュゥゥゥゥ!!
「えっ!?」
カズヤが指示を発している途中で白い消火剤が燃え盛る炎に向かって放たれた。
そして何時の間にか店に置かれていた消火器を手に持ったちとせが、カズヤに続くように指示を出す。
「私は少しでも消火をします! リコちゃんとナノちゃんはカズヤ君の指示通りに避難の誘導を!」
「は、はい! みなさーん! 落ち着いてください!」
「こっちに避難するのだ!」
リコとナノナノはすぐさま店の中に居た人々の避難を始めた。
「よし! 僕とカルーアはミモレットを探そう!」
「カズヤ君! カルーアさん! この炎の勢いを消すには消火剤がたりません! 鎮火は無理でしょうから、急いで!」
「はい!」
「分かりましたわ~! ミモレットちゃ~ん!」
「ミモレットォ! 何処だぁ!?」
ちとせの援護を受けながら、カズヤとミモレットは厨房の中に居るはずのミモレットを探す。
だが、燃え盛る炎によって視界が遮られ、探しているミモレットを見つける事が出来ない。それだけではなく厨房の油にでも引火したのか、炎の勢いは更に増していく。
「いけない。火の勢いが増している」
「ミモレットちゃん……」
まさか、既に炎に焼かれてしまったのかとカズヤとカルーアが不安に思っていると……。
「んにー! んにー!」
荒々しい息を吐く声がカズヤの耳に届いた。
「今の声は!? 何処だ!? ミモレットォー!」
「厨房の奥ですにー! それとふにー!?」
何かを伝えようとしている最中でミモレットの悲鳴が上がった。
「厨房の奥!? ちとせさん!」
「ええ!」
カズヤの言いたい事が分かったのか、ちとせは空っぽになった消火器を捨てて、近くに置いておいた予備の消火器を手に持って厨房の奥に続く道の炎を消火する。
「ミモレットちゃん!」
消化された道をすぐにカルーアは駆け出し、自らの使い魔であり家族であるミモレットの下に急ぐ、カズヤとちとせもその後に続く。
「あっ! 店員さん!?」
「ミモレットちゃん!?」
厨房の奥には煙にやられたのか気絶したミモレットと店員が倒れていた。
(そうか!? ミモレットはさっきのチンピラか煙で気絶した店員を炎から助ける為に厨房の奥に!?)
「しっかりしてミモレットちゃん!?」
「とにかく急いで脱出しましょう! カズヤ君は其方の店員を!?」
「はい!」
ちとせの指示に従い、カズヤは店員を背中に背負い、カルーアもミモレットを抱き上げる。
そのまま消火器を持つちとせを先頭にその場から脱出しようとするが……。
「うわぁぁぁっ!」
「きゃあ!?」
今度はガスに引火してしまったのか一度消化した道が一気に炎の壁が広がった。
「残りの消火剤ではこの炎は!?」
「そんな!? 逃げ道が!?」
最早燃え広がる炎の前には、ちとせが持つ消火器では無力に等しく、ほんの僅かな間自分達のところに届く火を遅くするぐらいしか効力が無かった。
「あぁ……いやぁ……あの時と同じ……!?」
「カルーア! しっかりして!? そうだ! 魔法だ!? 魔法で何とかならないの!?」
「だめ!! 魔法は使えない! 使えないの!」
「ならテキーラに! 早く変身して!?」
「ミモレットちゃんが!?」
「あっ! そうか! 気絶してるのか……」
カルーアがテキーラに変身する為にはミモレットがウィスキーボンボンを出すしかない。
だが、肝心のミモレットはカルーアの腕の中で気絶してしまっている。
その間にも火の勢いは強まるばかり。
(どうする……んっ!?)
周囲を見回していたカズヤは、自分達のすぐ傍に大きな扉のようなものがある事に気が付いた。
「これは大型の冷蔵庫だ!? ちとせさん!」
「っ!? 分かりました!」
カズヤの言いたい事が分かったのか、残り少ない消火剤を勢いよく使って炎の勢いを僅かにちとせは弱めた。
その隙にカズヤは大型の冷蔵庫の扉を開けて、先ずは背負っている店員を奥に、続いてカルーアに手を伸ばす。
「カルーア! この中に早く!」
「いやぁぁぁぁ!」
「ほら! 早く!」
何故か半狂乱になっているカルーアの手を引っ張り、カズヤは冷蔵庫の中に引き入れた。
「ちとせさんも早く!」
「ええっ!」
丁度消火剤が切れた消火器を捨てて、ちとせも大型の冷蔵庫の中に入る。
そしてカズヤと共に扉を引っ張り、冷蔵庫を閉めた。
「はぁ、はぁ……これで何とか凌げますね」
「はぁ、はぁ、外にはランファ先輩や皆さんもいますから、きっと大丈夫です」
一先ずの危機を脱したカズヤとちとせは扉に背を預けながら微笑みあった。
大型の冷蔵庫の中はそれなりに広く、まだ電気も通っているのか明るかった。そんな中、カルーアは両手でミモレットを抱き締めながら震えていた。
「いやぁ……いやぁ……」
(凄い震えてる?)
「どうしたの? 寒いの?」
「いえ、どうやらそれだけでは内容です」
ちとせは今のカルーアの状態を察していた。
(これは私と同じ……もしかしてカルーアさんも何か心の傷が……)
そうちとせが思い、カルーアを安心させようと声を掛けようとした瞬間……。
「あっ、電気が……」
外の燃え盛る炎が遂に電気系統を焼いてしまったのか、冷蔵庫内を照らしていた明かりが消えた。
「だ、大丈夫で……」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「っ!?」
カズヤのすぐ傍で絶叫が上がった。
それは先ほどまで震えていたカルーアでも、ましてや奥で気絶していた店員が上げた悲鳴ではない。
悲鳴を上げたのは、先ほどまでカズヤと微笑みあっていたちとせだった。
そしてカズヤの耳に何かを激しく打ちつける音が響く。
「あああっ! タクトさん!? 開けて!? 開けて下さい!?」
「ちとせさん!? 落ち着いて!?」
暗がりの中でも半狂乱になって扉を開けようと暴れているちとせに気が付いたカズヤは、必死に押さえる。
外は今だ燃え盛る火の海。幾ら頑丈で重い扉とは言え、何度も叩いたりすれば最悪の場合扉が開きかねない。
だが、精神的外傷に近い状況に追い込まれたちとせには冷静さを保てない。
実を言えば、ちとせの精神的外傷は紋章機のコックピットだけではなく、一定の広さを持った空間の中で明かりが無い事でも起きてしまう。
明かりがある時ならば問題は無いのだが、突然電気の光が消えたりすれば、嫌でもちとせは思い出してしまうのだ。
自身の愛機だった『シャープシューター』が大破させられ、暗いコックピットの中で愛する人を無力感に包まれながら叫び続ける自身を。
「タクトさん……追いていかないで……私には貴方が……」
「ちとせさん……」
暗がりの中で悲痛な声を発しているちとせの声を聞き、カズヤはカルーアの時と同じく無力感に包まれるのだった。