ドラクエは5か6までしかしていません   作:send

9 / 68
空回った

 

「陛下、一旦宿を取りますか?」

「そうじゃな……姫も休ませてやりたい」

「承知しました。エイトさん、少しここで待っていてもらえますか?」

 

 一歩エイトさんに近づき、声を潜める。

 

「先に宿に根回しをします。いきなり行ってまた騒ぎになると困るので」

 

 エイトさんははっとしたような顔をして、小さく頷いた。

 それを確認して私はダッシュ。宿は町に入った扉近くにあったのを覚えている。手持ちのお金と人数、その他経費が掛かる事も予想して足りるか計算しながら宿の印である看板を見つけて中へと入った。

 カウンターの向こうにいる宿の主人らしき男性に近づくと、宿帳のように見える紙束に羽ペンを走らせていた手を止めてこちらを向いた。

 

「いらっしゃい。外で何か騒ぎがあったようだね」

「ええ、私の叔父様の人相があんまり良くなくて町のみなさんを驚かせてしまったんです。すぐに説明して理解してもらったんですけどね、私は叔父様の顏に慣れていたからみなさんの反応に驚いちゃいました」

「ははは。そんなにすごいのかい?」

 

 朗らかに笑う主人に私は大げさに頷いて見せる。

 

「そりゃもう。魔物と間違われましたから」

「そいつは気の毒に。魔物と間違われるなんてよっぽどだねぇ」

「ああ見えて可愛いところもあるんですけどね。っと、すいません馬車付きで四人泊まりたいんですけど大丈夫ですか?」

「あぁ馬車は裏に止めてくれ。部屋は二人部屋二部屋でいいかい? 一部屋七ゴールドで干し草は四ゴールドだ」

「はい。それで結構です」

「食事はどうする?」

「おいくらですか? あと部屋で食べる事は出来ますか?」

「夕食と朝食付きで一人三ゴールドだ。部屋に持っていくぐらいは出来るよ」

「ではそれでお願いします」

「じゃあここに名前を書いてくれ」

 

 羽ペンを渡され、アミダさんに散々教わった『リツ』という文字を書く。

 

「前払いだけどいいかい?」

「はい、どうぞ」

 

 カウンターに置いたお金を主人はさっと数えてカウンターの向こうに仕舞った。

 

「確かにお代は頂いたよ。これが部屋の割符だから無くさないように」

 

 手渡された木の札には、部屋の号数のようなものだろう絵柄が描かれていた。二つ渡された札のそれぞれに違う絵があるので、たぶんドアにも同じように絵が描かれているのだと思われる。

 

「みんなを呼んできます。あ、叔父様もですけど、もう一人人相悪い人が居ますからびっくりしないでくださいね」

 

 パチンと片目を瞑って言ったら主人は笑って「客商売していればそんなの気にしてなんかいられないよ」と言ってくれた。私のライフはかなり削られたが、これだけ前振りしてればいざ本番でびびって腰抜かすとかはしないだろう。客商売をしている宿の主人というプライドぐらいはある筈だ。

 そう信じてエイトさんや姫様、あと王を待たせている広場へダッシュ。待ちくたびれた様子の王を御者台へと戻し、ヤンガスさんを呼んでぞろぞろと宿へ移動する。

 宿の前で王をエイトさんに押し付け割符を渡す。部屋に食事を運んでもらうように頼んである事を伝え、私は姫様を宿の裏へと案内した。

 王より姫様の方が優先順位が高くなっている気がするが、気の所為だ。気の所為じゃなくても王は不満があれば口に出来るのだからちょっとくらい放置しても罰はあたるまい。

 姫様を簡単な屋根しかない馬止めのところまで連れて行き、少し待っていてくださいと言って宿から桶と水を借りる。借りる時にちらっと様子を伺ったが、宿の主人は少し動揺しているだけで営業に支障は出ていないようだった。なんとかセーフのようだ。

 よしよしと胸を撫で下ろして姫様のところへと戻る。正直くったくたでご飯もいいから寝てしまいたいという気持ちもあるが、まだ幼さの残る姫様を思うと放置は出来ない。ここはふんばろうと自分に言い聞かせて。手頃の石を探してメラで焼いて桶に入れていく。

 

「ちゃんとしたものが無くてすみません。今はこれで我慢してくださいね」

 

 姫様の顏を濡らした布で拭き、たてがみを一つ一つ解いて汚れを落とし乾かして元のように編んでいく。馬用のブラシがあったらもっと楽だが、トロデーンを出る時には私もエイトさんもそこまで頭が回っていなかった。

 とりあえず綺麗になってもらったところで干し草がいいか、葉物野菜がいいか聞いてみると、干し草を選択された。どうやら少しでも慣れたいらしい。そうなれば私の仕事も減るが、それを気にして慣れたいというのなら複雑だ。まだ若いのに、それもお姫様なのに、干し草に慣れないといけないと思わせてしまうのが申し訳ない。

 気持ちの上ではいろいろ思いはするが、私の独力ではいかんともしがたいのも現実。謝罪は内心だけに留めて姫様の傍を離れ覚えていた絵柄の部屋を探してノックをするとエイトさんが顔を出した。

 

「リツさん。ちょうど食事が来ていますよ」

「陛下もそちらですか?」

「はい。みんなこっちです。食事もこっちに集めてもらいました」

「じゃあお邪魔しますね」

 

 部屋に招き入れられると、隣の部屋から持ってきたのであろう椅子で狭い部屋が埋まっていた。二人部屋でベッドが二つもありゃこうなるかと笑いながら椅子につくと、珍しくヤンガスさんと陛下がいがみあっていない事に気付いた。どうしたのかと隣に座ったエイトさんに視線を向けると苦笑して教えてくれた。

 

「陛下がね、人を見た目だけで判断するのはなさけないって。人は外見じゃないって言ったら、ヤンガスが同意して」

「あぁなるほど」

 

 宿の主人にもう一人人相の悪い人がいると言ったのは黙っておこう。

 

「ときにエイト。マスター・ライラスじゃが見つけることができたかの?」

 

 気持ちを切り替えたらしい王がエイトさんに尋ねた。そういえば、そもそもこの町に来たのはそれが目的だったなと思い出してエイトさんを見るとちょっと言いづらそうな顔をしていた。

 

「いえ……それが、マスター・ライラスは亡くなられていました」

「なんと!! すでに亡くなっていたじゃとっ!?」

 

 唸りだした王に、もうちょい声のトーンを落としてくれとどうやって伝えようか悩む。直球に言ってもいいような気もするが逆に反発されても嫌なので穏便に行きたい。

 しまったな、他に客がいるのかどうか調べておけば良かった。私達だけなら多少騒いでも目を瞑って貰えるだろうけど。

 

「ふむ。亡くなってしまったものはしかたがないの」

 

 悩んでいるうちにあっさりと王のボルテージは下がった。相変わらず起伏の激しい人だ。無駄に悩んでいる自分があほらしくなってくる。

 

「もともとわれらが追っているのはわしと姫をこのような姿に変えた憎きドルマゲスじゃ! マスター・ライラスに聞けばヤツの事が何かわかるやも知れぬとそう思ったのじゃが……やはりドルマゲスの行方はわしらが自力で探すしかないようじゃな」

 

 私以外はほとんど食事を終えているようなので、私も片付けが早く済むようにさっさと口に物を詰めていく。料理自体はパンを主食とした野菜のスープでアミダさんのとこで食べたものとそう変わらない。だけど何故だかアミダさんのご飯の方がおいしかったような気がした。

 

「そういえばリツ、部屋は二つしか取っておらんのか?」

「はい? あぁ、はい。私は姫様のところに居ますから。陛下が一部屋お使いください」

 

 言ったら『え?』という顔で見られた。全員に。

 ちょっと待てそこの二人。王にエイトさん、あんたら姫様知ってるだろ。人であった頃の姫様を知ってるくせに一人だけ外で眠らせるのを容認する気か? 馬の姿といっても知らない所でしかも外で夜を明かすとか怖いだろ。私は恐かったぞ。まともな思考能力無くても怖かったぞ。

 

「い、いや。それは僕がやらなくちゃいけない事かな……と」

 

 睨んでいたらしい私にどもりながらエイトさんが言った。が、却下。『やらなくちゃいけない』と考えてるような小童にその役目を譲る気にはなれない。

 

「城で同じ部屋に居られないと言ったのはどこのどなたでしたっけ?」

「うっ……」

「こ、これこれ喧嘩をするでない。姫の事はわしにまかせよ。お主も休まなければ身体が持たぬぞ」

 

 何と王に諌められてしまった。一気に頭が冷えて、ばつの悪さに視線を逸らしてしまう。

 

「姫の事を考えてくれるのは嬉しいがの、それで仲間内でいがみ合っては姫は喜ばん」

 

 うんうんとヤンガスさんまで頷いている。

 ぐうの音も出ない程正論なので、私はこっそり溜息をついて頭を下げた。

 

「すみません……ムキになってしまいました」

「わかってくれればよいよい。ではわしは姫の所へいくかの」

 

 あー……空回りした気がする。情けない。

 そりゃ私より王やエイトさんの方が付き合いが長いのだから、彼らの意見は聞いてしかるべきだった。

 

「な、なんじゃお主は」

 

 エイトさんにもちゃんと謝ろうとした時、ドアを開けた陛下が驚いた声を上げた。誰が反応するよりも早くエイトさんが椅子を蹴立てて立ち上がり王を引いて下がらせた。

 

「あ……あの、その、すいません急に。ノックをしようとしたらドアが開いてしまって」

 

 ドアの前に立っていたのは姫様と同じぐらいの少女だった。エイトさんの動きに逆に驚いて言葉が出ないような様子だ。エイトさんも危害を加えるような相手ではないとわかったようだが、見知らぬ相手なのかどうしていいか戸惑っている。

 

「どうされたんです?」

 

 妙な硬直状態になってしまったので口を挟むと、ほっとしたように少女が口を開いた。

 

「実はあなた方にお願いがあってこうして駆け付けて来ました」

 

 エイトさんの後ろで王とヤンガスが顔を見合わせた。

 

「お嬢さん、あんたこのわしを見てもこわくないのかね?」

 

 静かに聞いた王に、少女は胸の前で手を組み目を閉じた。

 

「夢を見ました……人でも魔物でもない者がやがてこの町をおとずれる……その者がそなたの願いをかなえるであろう……と」

 

 電波系か。と、一瞬思ったがこの世界だと夢見も占いも立派な力の一つかもしれないと考えを改める。それにしてもド直球に失礼な事を言う少女だ。

 

「人でも魔物でもない? それはわしのことか?」

「あっごめんなさい」

 

 少女相手に怒鳴る事は出来なかったようで、やんわりと言った王に漸く自分の発言内容に気付いた少女は謝った。ヤンガスさんは王を見て笑っているが、王はそれ以上少女に文句を言う気にはならなかったのか溜息をついて肩を落とした。

 

「まあよいわ。見れば我が娘ミーティアと同じような年頃。そなたわしらのことを夢に見たと申すか? よくわからぬ話じゃが……」

「あ、申し遅れました。私は占い師ルイネロの娘、ユリマです。どうか私の家に来てくれませんか? くわしい話はそこで。町の奥の井戸の前が私の家です。待ってますからきっと来てくださいね!」

 

 いい逃げをする形で少女は行ってしまった。

 私はとりあえず立ち上がり、開けっ放しになっていたドアを閉めた。

 

「……じゃあ寝ましょうか」

「「「ええ!?」」」

 

 何故かまた否定的な反応を返されてしまった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。