ドラクエは5か6までしかしていません   作:send

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人前で歌った

「実はメダル王、王女? の城のところで、エイトさんがルーラを使った時見てしまったんです」

「見た? って何を?」

「船が飛んでいくところを」

「……あ!」

 

 一瞬、何を言っているのだろう? という顔をしたエイトさんだが、いきなり大きな声をあげた。

 

「すみません! 言ってませんでした」

 

 なにを?

 

「船の舵を握った事があると、意識しないと船まで一緒に飛んでしまうんです」

 

 あ、気付いてたのね。船が飛んだ事には。そして舵とりが要因なのね。

 

「アスカンタに飛んだ時に気付いて確認していたんですけど、リツさんがモリーさん連れてきて驚いて話すのを忘れてました。すみません」

 

 あ、あー……それはなんと言うか……

 

「こちらこそあの時はすみません。対策が取れるなら安心です」

 

 お互いにすみませんとヘコヘコしつつ、一旦姫様と王を船に残してベルガラックに飛ぶ。

 宿は大理石で造られたホテルのような外観で、今まで見てきた中では一番立派だった。

 ちらっと見た限りお客さんは少なそうだ。目当てのカジノが閉まっていて面白くなさそうな顔をしている客もいる。客層的にはカジノに来ているだけあって富裕層のようで貴金属で身を飾る人が多いように見受けられた。

 とりあえずフロントと交渉だ。こちらも今まで見てきた宿の従業員というよりホテルマンのような佇まいで揃いの制服を着ていた。

 向こうとしてはカジノが閉まっているので、一時的にでも雇う気はないという態度だったが、逆にカジノが出来ない客の気を少しでも逸らした方が良くないかと提案。今まで聞いた事もない歌をいくつも持っているので、物は試しに如何かと聞いてみれば奥で他のスタッフとゴソゴソ相談を始めた。その後、いくつか条件を互いに出して契約と相成った。

 早速船に戻って姫様と準備。姫様は国から出た事がないという話だが、トルネコさんみたいに一発でばれるケースがあるので顔は隠す方向で。いつもの服の上にフード付きの外套を羽織り、少々歌いづらいが目元から下を占い師が付けるような紗のベールで隠す。私は姫様が触れやすいように、というのとギターを弾く邪魔にならないようにというのでバッサリ肩から袖なしスタイル。準備と一通りの手順を確認し、ベルガラックへと戻った。

 歌う場所はホテルの待合ロビーのようなところで、こちらの要望通り椅子が一脚用意してあった。エイトさんと王には離れてもらい、ジョーさんはすぐ側に控えてもらう。

 対照的な衣装の私達に、宿の客が何事かと囁き合っているのを気にせず姫様と進み出る。そして私のみ小さく一礼し椅子に座りギターに手をかけた。姫様はあえて礼は取らず、フードを深くかぶったままでいてもらう。顔を見せられないのでもう最初から挨拶もろもろ無しの方向性で。

 前説は私が入れようかとも思ったのだが、姫様と相談して今回は無しとした。純粋に歌だけで反応を知りたかったからだ。

 ちらりと姫様を見上げ、フードの奥の目と頷き合う。主旋律は姫様。私は副旋律とコーラスだ。選曲については姫様まかせ。正直なところ私にはどういう曲がこの世界に受け入れられるのかわからないので。

 一曲目は無限という名の曲。自分を信じ、人を愛する事で無限の可能性と力を得る歌だ。何故これを選んだのか聞くと、純粋に心惹かれた歌だからとのこと。

 私が楽器を持っていたことから吟遊詩人だとは思われていたようだが、姫様が声を紡ぎ始めると傍観している空気が戸惑いに変わった。今まで聞いた事がないタイプの旋律だったからだろう。まともに姫様の歌を聞いたのが初めてらしいエイトさんも目を大きくして驚いている。

 私の肩に置かれた姫様の手は極度の緊張のためか心配になる程冷たい。それでも歌声は繊細で、豊かで、力強い。

 だんだんと客達の戸惑いが薄れ、引き込まれるような空気に変わっていく。

 カジノが再開されなくてやさぐれ気味だった宿のスタッフも、ポカンと口を開けてこちらを見ていた。

 私のギターやコーラスなんて添え物で、場を支配するような圧倒的な存在感の歌声に、私までちょっとぞくぞくする。

 一曲目が終わると、辺りはシンと静まり返っていた。それぞれの息遣いさえ聞こえてきそうな程だ。その様子から次の曲を待ち構えているのは容易に想像できた。

 大丈夫か姫様の様子を伺うと、意外にも紗のベールの向こうで悪戯っ子のような挑戦的な笑みを浮かべていた。これなら大丈夫だろう。

 二曲目は、信じる心。いや信じる精神だったか。とあるゲームのメインテーマだった曲だ。これはそこそこハモる曲なので私も腹に力を入れる。

 姫様が選んだ曲はポップミュージックよりも、マイナーなゲーム音楽だったり映画のテーマだったり、海外の方が有名な日本のアーティストだったり。物語性が強いものだ。

 初めて聞く歌で歌詞の内容なんてわからないだろうが、誰も何も言わない。ただ惚けたように聞き入り、疎らだった客の数も、いつの間にか立ち見をする程に集まっていた。宿のスタッフすら集まって手を止めてしまっている。

 五曲目の前に一度水をもらい、続けて歌い、六、七、八曲目。

 初心者なのでそろそろこの辺りで終いにしようと、私が椅子から立ち上がると、それまで水を打ったように静まり返っていた客達がはっと夢から覚めたように動き出した。

 名前を教えてほしいというのは穏便な方で、このまま自分の屋敷に来いと居丈高に振る舞う者も出た。

 すかさず間に入ろうとしたエイトさんを目で止め、ギターを爪弾く。姫様も事前に打ち合わせていた通り、狼狽えずフードで顔を隠したまま口を開く。

 それは今までの曲と比べて囁くように静かだが、少し不安を煽るような旋律があり、あなたは招かれざる客なのだと警告している歌だ。ちなみにハモりとかはないので、私は梟の声をホーホーと真似して合いの手を入れている。おちょくっているようでもあって、わりとこのホーホーは好きだ。ついでに改造バギとヒャドでそっと周囲に緩やかな冷たい旋風を起こす。

 歌い終えると、異質なものを見るような空気に満たされており、声をかけてきた者たちも冷風に気圧されるように後退していた。

 

「私共は旅の身。再びどこかで見えることがありましたら、その時はどうぞご贔屓に」

 

 私は立ち上がり小さく礼をして姫様の手を引き堂々として見えるようゆったりとフロントに歩いた。それでも邪魔をしてきそうな者もいたが、全身甲冑のジョーさんが前に出て威圧したので、私の出番は無かった。もしこれで出てくるようなら威力を落としたデイン系魔法のお披露目だったのだが。

 それはともかく、客を集めたり好評だったらお金くださいねと契約していたので、約束通りの金額をいただく。

 聞き込みをしているメンバーがまだ集まっていないが、このまま居ると厄介そうなのでエイトさんに先に戻ると目を合わせず小声で伝え、こっそり王を回収して船へととんずら。

 船に戻ると、ようやく息をつけた。

 服も戻して姫様と、あと姫様の歌をべた褒めしまくっている王と食堂でお茶をしていると、聞き込みをしていたメンバーが戻ってきた。

 

「なんか凄かったらしいわね?」

「魔女が出ただの天の調べを聴いただのいろいろ言われてたぞ」

 

 ゼシカさんとククールさんが笑いながら入ってきた。

 魔女、というのは最後に歌った曲が原因かな? 姫様と視線を交わし笑い合う。

 

「今度はフードにミミズクみたいな飾りでもつけますか? より怪しげな感じになりますよ」

「いいですね、リツお姉様も何かおそろいのものをつけませんか?」

 

 お揃いかぁ。それもいいなぁ。後でちょっと考えてみよう。

 それはそれとして、聞き込み結果の報告会だ。

 

「誰から話します?」

 

 エイトさんがテーブルについて音頭をとると皆意識をそちらに向けた。

 

「じゃ、あたしから。ドルマゲスがベルガラックに来たのは確かみたい。街の人で見ている人がいたわ」

「あっしも不気味な男が歩いていたって話を聞きやした」

 

 ゼシカさんが手を挙げて、続けてヤンガスさんも同様の目撃証言を得てきたと話す。

 

「はい、私はギャリング氏がどうやら殺されているという話を聞きました」

 

 手を挙げたトルネコさんに、『え?』と驚く面々。私も驚いた。亡くなっている事はひょっとしてと頭の隅にあったが、僅かな時間でそれを握ってくるトルネコさんがやばい。

 

「ギャリング氏の後継者である双子が、敵討ちに追手を差し向けたということです」

「あ。それか、北の島にある闇の遺跡に人をやったって話が出てたのは」

 

 トルネコさんの補足にククールさんが納得という顔で付け加えるが、ククールさんも情報収集は得意だよなぁ。たぶん苦手な女性相手に絡んでいってやっているんだろうけど。

 

「という事は、北の島ですね」

 

 確認するエイトさんに、それしかないだろうとそれぞれ肯定を返した。

 

 既に夕方であったが、船の特性で夜間航行も問題ない為、北へと舵を向けて交代で進む。予定では明日の朝にたどり着くだろうという事で、私とトルネコさん、モリーさんで交代して舵を取る事となった。ライアンさんは日中の警護のため温存。そしてエイトさんククールさんゼシカさんヤンガスさんは船を降りて遺跡に向かうため休んでいる。

 深夜にトルネコさんと交代し、舵に張り付いたのはいいが進路を確認するぐらいしかやる事がなくて非常に暇だった。

 暇になると、ついついいろいろ考えてしまう。

 例えば、地理の問題。地図の問題かもしれないが、この世界は変なのだ。

 私は今、方位磁石で北の島に向けて北北西に真っ直ぐに進め、舵は動かしていない。交代前にトルネコさんも舵は動かしてないと言っていたからほぼほぼ真っ直ぐに進めている筈。だが、何故か地図上も真っ直ぐに進んでいた。

 惑星は丸いので、平面な地図だと北極と南極付近が大きく引き延ばされている。実際の世界地図は笹の葉を並べたようなものが近い形だ。だから例外を除いて真っ直ぐ進んだ場合、地図上では真っ直ぐではなく曲線を描く。

 直線の可能性があるとしたら、この世界地図が本当は世界地図ではなく世界の一部だけという場合だ。前々から思っていたが、この世界地図が世界全てだとすると、えらく小さな惑星になってしまうのでその可能性が高いのではないかと考えていた。にゅーちゃんも地球とそう変わらないと言っていたし。

 あと一応、もう一つ考えられるのがドーナツ状の世界だというもの。ゲームでは空を飛ぶ乗り物なり、生き物なり乗っている時、よく地図の隅っこに隠された島がないか探しに行ったが、その時の飛行経路と地図の表示から考えると、地図をくるりと丸めて円筒にしたものをドーナツのように端をくっつけたものが世界の実像となる。但し、太陽の登り方から見てこの可能性は低いので、あるとすれば空間が歪んでいるとかそっちの方向だろうか。

 にゅーちゃんはいじったとか言っていたが、この世界の狭さに関するあたりの事をいじったのかもしれない。なんでそんな事したのかはさっぱりだが。

 

「よっ」

「ククールさん」

 

 どうでもいい事をつらつらと考えていると、ククールさんが飲み物を手にやってきた。

 

「明日がありますから、早く休まれては」

 

 一応そばにモリーさんの魔物のヘルクラッシャーが居てくれるので、万一何かあったとしてもみんなを叩き起こす時間は稼げるのだが。何か気掛かりでもあるのだろうか?

 

「ちょっとな」

 

 ほら、と温かいお茶を出され、気遣いはありがたいので素直に受け取る。

 

「どうかしました?」

 

 ククールさんは自分もお茶に口をつけながら、視線は月明かりが照らす暗い海に向けた。

 

「前にも一度聞いたか。何者だってな」

「何者……ですか」

 

 たしか、ククールさんが一緒に旅をするようになった頃に言われたんだったか。あの時は一般人と答えたが……

 

「あのちっさい王様はあんたの事を信用してる。エイトも、姫さんも、ゼシカも」

 

 ヤンガスさんが出ないのは突っ込んだ方がいいのだろうか。真面目そうなので突っ込まない方がいいか。なんか、ククールさんの中でのヤンガスさんがどういう位置にいるのかわかろうものだ。ちょっとせつない。

 

「俺も、まぁなんでか信用してるんだろうなぁ」

「ぶっちゃけて聞いてくるぐらいには、ですか?」

 

 聞くと、ククールさんは苦笑して頷いた。

 

「いや、ほんと。俺ってあんまり信用するってのが出来るタイプじゃないんだけどな。まぁ、だからこそ不思議だなと思って。

 もぐらの魔物のところで何もないところから変な楽器は出すし、近づくだけで魔物が眠りに入って出てこないし、魔法は種類問わず使いこなすし、正直あんたが戦闘に出れば簡単に片がつくんじゃないかって思うことも度々だったり」

 

 それは、確かに。客観的に考えても後ろでスクルト連発するだけでもだいぶ違うだろう。こちらの世界に来た当初ほど魔物に対して身体が硬直する事はないだろうとも思う。トロデーンでの事を思い返してみても、近づかれる事がなければ魔法を放つ事は可能だったわけだし。

 ただ、なぁ。姫様を残していくというのが気掛かりなのが一点。そしてもう一点が一番の理由なのだが、エイトさんとライアンさんの模擬戦を見ていて、あれについていける気が全くしないという点だ。早すぎて、ヤムチャ視点の私に補助とか回復とか攻撃が出来る気が全くしない。

 

「悪い悪い」

 

 思考をククールさんの声が断ち切った。

 

「リツは反射神経鈍そうだもんなぁ?」

「人並みですから。みなさんが異常なだけで、私はごく一般的ですから」

 

 そう言ってため息をついて、再びお茶に口をつける。

 最近ククールさんとよく絡むことがあるなと思ってたら、何か観察されていたようだ。まぁ私も当初ククールさんを信用しておらず観察していたのでお互い様ではある。

 

「反射神経はな」

「一般人という答えでは納得できないという事ですか」

「納得できないっつーか……答えられるのなら答えて欲しいってとこかな」

 

 海を見たまま言うククールさんに、私は参ったなと頭をかいた。そんな風に真っ直ぐ聞かれるとはぐらかせなくなるじゃないか。

 

「誰もいないところを選んだのは私への配慮ですか?」

「姫さんあたりに聞かれたくないのかもしれないと思ってね」

「私の素性とかその辺ですか?」

「そ。テアーと言われて魔物に慕われるのがどうしても引っかかる。そっち側じゃないんだよな?」

 

 悲報。私魔物説がククールさんの中に浮かんでいた模様。

 

「しっかり人間ですから。……まぁ実は話してもいいかと思ったりもするんですけど、突拍子もない話になってしまうのでちょっと躊躇ってしまうんですよ」

「へえ? そりゃ面白そうだな」

 

 地図と方角を確認し、進路が問題ないのを見てからお茶で口を湿らせた。

 


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