ドラクエは5か6までしかしていません   作:send

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茨に襲われた

 

 少し余裕が出てきたところで、井戸端ネットワークから情報を仕入れた。それから判断するに、使われている魔法や魔物の存在と言った世界観はドラクエで間違いが無いようだ。

 この場所、というかトロデーンという国にも王があり治世を敷いている。ただ私が知っているドラクエのどれにも当てはまらない。好青年から教えてもらった魔物の名前も聞き覚えが無い事から、私の知らない5か6以降の作品なのかもしれない。はたまた、世界観が同じで全くの別物という可能性もある。

 どちらにせよ、ベースがドラクエっぽいという事だけわかればいい。この世界の事情にはノータッチだ。大事など私にどうのこうの出来る筈も無いし関わる事もないだろう。

 それはいいとして、いずれ帰る方法を探すために動かなければならないなと思いを馳せた時に気が付いた。魔法そのもので帰る事は出来ないだろうと予想していたから本腰を上げていなかったが、考えてみれば外を歩くにも自衛手段が必要だ。好青年の話では、外には魔物がいるとの事なので。まだ実物を見ていないので実感は無く、イメージも全くつかないが自衛手段はせいすいだけというのは怖い。なので魔法は頑張らないといけないと真剣に頑張った。真剣に頑張って、ヒャド、ギラ、バギ、イオ、ホイミ、キアリーまで出来るようになった。キアリーだけは習得方法があれだったので出来るようになって喜ばしい半分、情けなさ半分。まさか食あたりにキアリーが効くとか思わなかった。アミダさんに食い意地張り過ぎだと大笑いされたので腹が立ってキアリー連呼したら出来たとか。

 ちょっと気になるのは、キアリー連呼して出来た事でアミダさんが怖い顔をして「他人に魔力を使わせた事は絶対に言うな」と言われた事。どういう事かと聞いても答えてもらえなかったので、理由は不明。何度か聞いてみても言葉を濁されて、とにかく言うなとだけしか言ってくれなかった。

 気になる事はおいといて、ホイミとキアリーが出来るので僧侶見習いにでもならないかとお誘いがあり、それで生計を立てるのもいいかもと思った。医療系ってどこでも需要があるので。だが、僧侶見習いとなると教会に所属する事になるみたいで、今のように自由には出来ないとの事。ここは一つ闇医者を目指すところだなと、話を聞いてすっぱり断った。後で考えていた事をアミダさんに言ったら食あたりをおこした時並みに笑われた。どうもツボがわからない。

 

「んー……なんか、空気重いな」

 

 洗濯ものをいつものように家の裏に干して、こきこきと肩を鳴らす。

 空は気持ちよく晴れているが、どうもこう身体にまとわりつくような空気があるというかすっきりしない。一降り来るのだろうかと思いながら家に入ろうとしたときだった。

 いきなり空が陰ったかと思ったら、ぞわっと全身に鳥肌が立った。

 何事かと空を見上げると城から緑の細長い物体が飛び出したのが見えてぎょっとした。なんとその物体は太さを増して街に伸び、あっという間に街の隅っこにあるここまで手を伸ばしてきた。

 反射的に私が放ったのは、メラでもギラでもバギでもイオでもなく、シャナク。『何でシャナク?』とか『アホか自分』とか『使った事ないだろ』とかそんな事を考える余裕もなく、一心不乱にシャナクを口にし続けた。

 シャナクの効果か、そもそもそうなのか植物の茨のように見える物体は私を避けるように伸びた。街から上がっていた悲鳴が徐々に聞こえなくなっても、シャナクをひたすら口にし続けた。何度口にしたかもわからないぐらい口にして、周りの茨が完全に動きを止めた所でやっとその場に座り込んでまともに息をする事が出来た。

 荒くなった息を整え茨に触れないように家に戻ると、まるでお伽噺のように茨に囚われたアミダさんが居た。

 

「アミダさん?」

 

 アミダさんは椅子から立ち上がったところを茨に絡め取られたようだった。膝から落ちた籠が足元にあり選別していたのであろう薬草が散乱していた。

 

「……ドラクエベースじゃないの? 何で眠り姫みたいになってんの」

 

 触れると、暖かい。

 

「……シャナク」

 

 先程から唱え続けていた魔法を使ってみる。けれど何の変化も無かった。シャナクを失敗しているのか、シャナクは効かないのかどちらかわからない。暖かいから生きているような気がするが、こんな状態で無事とは言えない。

 この謎の症状を引き起こしたのが先程の物体、茨のような植物だとすると被害は街中に広がっている可能性がある。それどころか、無事な人が居るか……

 

「落ち着け」

 

 声に出し自分を落ち着けてから、家を出て街の人を確認する。道行く人はみんな同じ状態だった。勝手ながら家に入って見ても、どこにも無事な人がいない。兵士の詰所も、同じ。

 

「城は?」

 

 走って城に行ったが、今まで入った事はなく一瞬躊躇した。だが緊急事態だと頭を振って入った。予想通り、嬉しくない事に茨と同化した人ばかりしか見当たらない。これはやばい。ほんとにやばい。

 

「しっかりしろよ?」

 

 自分に言い聞かせ、熱くなる目頭を強く瞑る事で耐える。

 一つ一つ部屋を確かめて、だけど誰一人として無事な人が見当たらなくてそろそろと顔がひきつってきた。

 

「リツさん!?」

 

 そんな時に人の声が聞こえて、しかも知った声が聞こえて、張りつめていたものが危うく切れそうになった。

 

「エイトさん、良かった!」

「他に無事な人は居る!?」

 

 駆け寄ってきた兵士姿のエイトさんに首を振る。

 

「街にはたぶん一人も。ちゃんと一軒一軒見たつもりだけど、動転してたから確信を持って言えない。ここは今途中まで見たけど……」

「どこまで見て回った!?」

「一階の右端から順番に。二階はまだそこの部屋まで」

「一緒に来て、何があるかわからないから!」

「はい!」

 

 エイトさんと駆け足で部屋を開けまわる。茨が邪魔をするところは私のメラで焼き払い、メラで駄目なところはその場で成功したメラミで焼き払った。二階にも無事な人は居ない。三階も。四階らしい階段の前で一瞬エイトさんは躊躇ったが、私がそうだったように吹っ切るように頭をふって階段を駆け上がった。私もそれについていく。

 だけど階段から降りてくる何かを見て、足が止まった。エイトさんの足も止まり、腰に履いた剣に手を掛けた。

 

「おおエイトか!」

 

 それは小さな緑の物体Xで、もう一つは白馬。

 小さな緑の物体Xはエイトさんに駆け寄るが、エイトさんは戸惑ったように剣から手を離せないでいる。

 

「え、あの……もしや、陛下であらせられますか?」

「他の何に見えるというんじゃ!」

 

 ご立腹の様子な物体X。何に近いと言われたらナメック星人と即答するぐらいの緑色をしている。私は怖いので一歩二歩とそうっと気付かれないように下がった。

 

「ん? そっちの娘はなんじゃ」

「ええと……それより姫様はどちらに」

「そうじゃ! わしの可愛いミーティアをこのような姿にしおって!」

 

 緑の物体Xは白馬に手を伸ばし、白馬も首を下げてその手を受け入れていた。

 

「……姫、様?」

「そうなんじゃ! おのれドルマゲスめ!」

 

 地団太を踏む物体Xの前に、エイトさんは剣から手を外して膝をついた。

 

「申し上げます。城内、および城下において正体不明の茨が蔓延り、無事な者は私およびここに居るリツのみと思われます」

「なに!?」

 

 物体Xは慌てた様子で階段を駆け下りて行った。白馬もそれにつづき、脇に退いていた私はエイトさんに肩を叩かれるまで固まっていた。

 

「リツさん」

「っ、はい。行きます」

「リツさん」

「はい、大丈夫です。驚きましたけど……さっきの方って、トロデーンの国王陛下という事ですよね? ああいう御姿だとは思いませんでしたけど、姫様も。御姿はどうあれ、一人にするのはまずいでしょうから急ぎましょう」

 

 重要人物をこの状況で放置はまずい。エイトさんは兵士なのだから足をひっぱるわけにはいかない。重ねて大丈夫ですと言うと、エイトさんは微妙な顔をしながらも何も言わず階下へ走った。それを追って私も降りると窓に駆け寄り唖然としている物体Xと白馬が居た。食い入るように城下を見る姿はまるで人のようで……そう思った時、綺麗な少女と、いささか不気味で小柄な男性の姿が重なって見えた。あれ? と思って目を擦っても、消えない。

 

「陛下……姫様……」

 

 エイトさんがそっと声を掛けると、肩を震わせていた男性が振り返った。そこにはまごうことなき怒りが見て取れて、この国の王で間違いないのだろうと思えた。

 

「エイト。お前とそこの娘以外、茨に囚われているのか」

「おそらく。リツが見て回った限りでは城下には一人も。私とリツとで城を見ましたが、そちらも居ませんでした」

「うぬぬ……」

 

 しばらく王は唸っていたが、決然と顔を上げて言い放った。

 

「ドルマゲスを追う。用意をせよ」

「追う……?」

「そうじゃ。ここに封印してあった杖をドルマゲスとかいう道化が奪っていきおった。この茨もわしとミーティアの姿がこのようなものになったのも、そやつがやった事」

「道化…ですか?」

 

 私は戸惑っているエイトさんの袖を引いた。

 

「リツさん?」

「すみません。発言の許可をいただけないですか?」

 

 このまま無言でいたら放って置かれるかもしれない。それは困る。

 え? という顔をしたエイトさんとは違い、王は私を見て頷いた。

 

「かまわん。どうした」

「どるまげす、という道化を追うという方針である事は解りました。確認したいのは陛下、並びに姫様も同行されるのかという点です」

「当然わしも追うに決まっておろう」

 

 そうだろうなと思ってはいた。エイトさんもここに二人を残す事は出来ないだろう。せめて安全で信頼のおける相手に預けるでもしないと、原因というか犯人らしい道化を追いかける事も出来ない。

 

「そなたもだぞ」

「あ、はい。同行させていただきます」

 

 シャナクが駄目なら私の手に余る。こうなったら対応できる誰かに助力を得なければならない。土地勘が無いまま一人で動くより、同行させてもらった方が私としてもありがたいが、王の方から言ってもらえるとは思わなかった。

 

「うむ。ここをこのままにして離れるのは耐えがたいが、仕方あるまい。ドルマゲスを叩けばみな元に戻ってくれるはずじゃ」

「それでは準備をしますのでお待ちいただけますか? なるべく不便が無いよう心がけますが、持てる荷物が限られると思いますのでそこはご容赦いただけますようお願い致します」

「なんじゃ荷ならエイト、馬車を用意するのじゃ」

「あの、ですが陛下、馬も茨に囚われていますので……」

「なんということじゃ……」

 

 三度呻いた王の横で、白馬のお姫様がいなないた。重なって見える少女は自分を指さしている。だが、男二人はくみ取れないのかどうしたのかと問い返すばかり。首を振る少女が可哀そうになって来て、遠慮がちに聞いてみた。

 

「姫様が馬車を引かれる。そうおっしゃられていますか?」

「なんと!」

「ええ?」

 

 白馬に重なる少女は何度も首を縦に振って肯定してくれたが、男二人が煮え切らない。

 

「現実問題、長旅をされるのなら馬車に荷を置いて移動するのが楽だと思いますよ。車輪などの整備もしないといけないかもしれませんが、野宿を何度もする事を考えておくなら荷物は増えますから。荷物を抱えたまま魔物と戦うのも大変でしょうし」

 

 私の援護に男二人は唸ってしまった。

 

「姫様は本当にそれでよろしいのですか?」

 

 少女に尋ねると、真剣な顔で何度も頷かれた。それからまだ唸っている男二人の間に入って有無を言わせない目で王を見詰めると、男二人は負けたようだ。

 エイトさんが馬車を用意して、私が他の荷物を城から見繕う事になった。

 ぶっちゃけ、キャンプぐらいしか野宿に近い経験をした事がないから何を用意したらいいのか分からないのだが、役に立ちますよアピールをするためにさも知ってる風に言っちゃったから仕方が無い。集めるだけ集めてエイトさんにも聞こう。

 ばたばたと荷物を用意している間に日は暮れて行き、私は城の竈を使わせてもらって簡単に食事を作った。私の料理なんか食べさせていいのか非常に迷うが、他に居ないのだから我慢してくれと願い出した。そしたら王もいい人なのか、特に文句も言わず食べてくれた。少女の方は何度も迷うように干し草を口にしていたので葉物野菜に薄く引き延ばしたドレッシングをかけて食べてもらった。こちらの方がまだ抵抗が無いみたいで食べてくれた。

 出立は翌朝となり、一生来る事は無いと思っていた城の一室で休む事となった。姫様と一緒に。

 隣の部屋は王とエイトさん。何かあったら大声を出せと言われた。警戒はもっともだし、私としては同じ部屋でもいいのだが流石に『姫』と同じ部屋はまずいらしい。姫様を気にしていたので頑張って護衛すると部屋を整えている時に耳打ちしたらほっとした顔をされた。

 部屋に入ろうとしたところを呼び止められると「ありがとう」と耳打ちを返された。大物二人がいるところで言うに言えなかったのかと、私は苦笑して手を振って部屋に入った。

 アミダさんの家とは違う高い天井の部屋は、茨が無ければさぞや綺麗な部屋だろう。この状態でもアンティークっぽくてそれはそれで味があるなと私は思うが、元々の姿を知っている姫様にはそんなの関係ないわけで、さらに自身は馬に変えられるというとんでもない状況で心穏やかに寛ぐなど到底無理だろう。そこへ見知らぬ私がご一緒するなど、気が重い。

 

「ええと、姫様とは同じ部屋で非常に恐縮ではありますが、一応魔法を数種類扱っていますので、護衛の足しにはなるかと思っております。不敬が何かも判っていない平民ですのでご不快がございましたら、ご指摘くださいませ」

 

 腰を落として、少女よりも頭を低くして言うと慌てた様子で駆け寄られ首を横に振られた。随分とフレンドリーな姫様だ。

 

「あ、はい、わかりました。お傍に居る事をお許しいただきありがとうございます。では休みましょう。明日は慣れない事をしますからね」

 

 少女は頷き、絨毯の上に足をたたんだ。私はベッドから掛布だけ取って姫様の前に座り、掛布を被る。少女のきょとんとした顔に、ちょっと安心した。

 

「姫様に近い方が護衛しやすいのです」

 

 姫様は現状に悲観するだけの少女では無いようだ。ヒステリックにもなっていない。

 単に受け止めきれず飽和状態なのかもしれないが、とりあえず今は休めそうなのでそれでいい。とにかく、明日から頑張ろう。そう思ってもろもろの不安には蓋をした。




2014.05.05 誤字修正

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