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「何か呼ばれてるぞ」
とりあえず奇怪な建物からは離れて野営地を作ろうかと目星をつけていると肩を叩かれた。肩を叩いたククールさんの指さす方を見ると、エイトさんが奇怪な建物から手を振っている。
「手を振りかえしておいたらどうですか?」
「何故」
「なんとなく」
「理由は無いのか……」
「一応現実逃避というか誤魔化してみるという理由はありますが」
ククールさんは無言で手を振った。なるほど、あなたも近づきたくないんですね。
残念ながらエイトさんは焦ったように手を横に振って否定を表し、足早に建物を降りてこちらに走ってきている。ヤンガスさんも一緒だ。
「じゃあ私は野営の準備をしますので」
「まて、現実逃避するな」
私は腕を掴んできたククールさんを見上げた。
「……全力で嫌そうな顔をするな」
んな事言われたって遠慮したいものは遠慮したい。たぶん、あの緑と赤のコントラストが強烈な男性は、見た目はアレだが中身はそこまでの変人ではないだろう。エイトさんが普通に対応出来ているのだから。ただ、エイトさんの対応能力ってかなりのものがあるので、私では荷が重いだろう。ここは一つ様々な人を相手にしてきたと思われる騎士様に任せるべきところだ。
「リツさん、あの、これ」
ククールさんのせいで接近を許してしまったエイトさんが、何やら紙のようなものを私に差し出してきた。
「あの方、モリーさんと言われるんですけど、僕とリツさんにこのメモに書かれた魔物を連れて来て欲しいと言われて」
「……はい?」
魔物を、連れてこい?
私は建物の上に居る人物を見上げた。そしたら、くるりんと一回転してビシッとこちらを指さした。両手で。ポーズとりながら。
「………」
「………」
私はそっと視線を外しメモに視線を落とした。横で同じように無言で視線を外したククールさんの気配も感じる。
気持ちはわかる。あれをどうしろと、という気分だ。
とりあえず紙の内容に目を通すと、魔物の特徴らしきものが書いてあった。紙は三枚あり、それぞれ一体ずつだ。しかも色絵付き。
一枚目は『とれとれチビチビ』。名前はプチノン。種族はプチアーノン。戦闘タイプはニョロニョロ直接攻撃型。目撃情報は女盗賊のお宅付近の波打ち際。備考欄と思われる説明には、波打ち際のやんちゃボーイと書かれている。絵は巻貝の貝殻を持ったイカっぽい何か。
「…………」
いろいろ突っ込みたいのを呑み込んで、二枚目。『ロンリージョー』。名前はジョー。種族はさまようよろい。戦闘タイプは剣使い直接攻撃型。目撃情報はマイエラ修道院周辺の土手で目撃。備考には孤独を愛するフラフラ剣士と書いてある。絵は記憶にある『さまようよろい』に似ているような気もする。
三枚目は『エース・スライム』。名前はスラリン。種族はスライム。戦闘タイプはプルプル直接攻撃型。目撃情報はほろびたお城の近く。備考には悪いスライムじゃないこともないと、わけのわからない事が書いてある。
私はメモから顔を上げ、男性に視線を戻した。モリーという男性は私の視線に気づいたのか、大きく頷いている。何故頷いたのか不明だが。
「気付きました?」
そう言ったエイトさんに視線を外さないまま、軽く頷く。
「ククールさん。ここ最近で滅んだ国ってありますか?」
「は? いや。そんな話聞かないな。大昔なら邪神を信仰してたって国が滅んだらしいけどな」
「大昔のその国、城などの遺跡は残ってます?」
「遺跡なぁ……無いんじゃねぇの?」
エイトさんに視線を移すと無言で頷かれた。
私もエイトさんもトロデーンの事は表沙汰にならないようにしている。だが、これまで国交や交易など物の流れがあったであろう部分が途切れていれば、不審にも思われる。それは当然なのだが、私が気になるのは情報を得るのが早すぎるという点。ここまで一直線に来ているわけではないので、私達より先に情報が流れたという可能性もなくはないが、それでも早いと感じる。
「……確かめた方がいいかもしれないですね」
この『ほろびたお城』というのが、トロデーンの事かどうなのか。
もしトロデーンだった場合、あのモリーという男性の情報網は相当なものだろう。こちらが欲しい情報を持っている可能性もある。
「どうしたんだ? 深刻な顔して」
「ちょっとばかり聞きたい事が出来まして。すみませんがもう少し待っていてもらえますか?」
「え? 何? アレに何か聞くのか?」
戸惑いを全面に押し出したククールさんに苦笑がもれる。
「人は見た目によらないとも言いますから」
「さっきと態度が違うだろ……」
「まぁまぁ。ヤンガスさんもすみませんがここで待っていていただけますか?」
「あっしも、でげすか?」
エイトさんと一緒に居る事が多いヤンガスさんが不思議そうな顔をして聞き返してきた。
居てもらっても構わないといえば構わないかもしれないが、どういう相手なのか判らないので、出来れば突発的な事をしないエイトさんだけの方が有り難い。
「はい。ヤンガスさんは頼りになりますから」
だからここで荷物番をしていてくれと言ったらヤンガスさんは快く引き受けてくれた。本当、見かけによらない人だ。横で疑いの目を向けてくる自称騎士様とは大違いだ。
ククールさんをほっといてエイトさんと一緒に迷彩柄の奇怪な建物に近づき、横手にある屋上への足場を昇ると緑と赤の男性が待ち構えていた。
……別に髪の毛が薄い人をとやかく言う気は無いが、頭頂部が随分と寂しいわりに横のもっさりした髪と、がっつりしたもみあげから連なる髭、あと胸毛に何とも言い難い拒否感を覚える。一つ一つはこれと言うほどではないのだが、全てが相まって、かつ緑と赤のすごい恰好をされると何と言うか、こう、精神にクるというか。
「ガールはボーイから聞いて気になったのかな?」
ガールとは私の事でボーイとはエイトさんの事だろう。エイトさんはともかく私向けにはかなり苦しい呼称だが否定はせず会釈を一つ。
「はい。魔物を連れて来てほしいというお話を伺いましたが、どういう事なのだろうと思って直接聞きに来ました」
「ふむ。ガールはどうして魔物を、とは思っていないようだな」
腕を組み、こちらを見据える男性に私は魔物を恐れるでも嫌悪でもなく、また討伐対象として淡々とした感情を向けるでもない男性に、もしやと思った。
「魔物使いの方ですか?」
私のイメージとして魔物使いと聞くと、もっと地味な姿を思い浮かべてしまうのだが別にこうであるべきという服装があるわけではない。
男性は少し目を見開き、驚いたという顔をした。
「ガールは知っていたか。いや、既にそうであるのかね?」
「いいえ」
「だが才能はある。目を見ればわかる」
才能を見た目だけで判断するって……しかも身体的な能力じゃなくて魔物使いという何を基準にしたらよいのかよくわからない職種で。
まぁこの男性に限った話ではなく、こちらの人はやけに強気というか断定的なものいいをする人が多いのでお国柄ならぬ世界柄なのかもしれないが。
「魔物を連れて来て欲しいというのは、魔物を集める為ですか」
「それもあるが………いや、まずは連れて来てからだな。それから話をさせて欲しい」
それは困った。出来れば先に確認したいが、さて話に耳を傾けてくれるだろうか?
「そうですか。では連れてくるにあたり、このメモですが――」
三枚のメモを出そうとして一枚エイトさんに渡しっぱなしだった事に気付く。エイトさんは察してくれたようで差し出してくれた。軽く目を通し頭を下げ礼を返してから男性に向き直る。
「マイエラ修道院の事はわかるのですが、滅びたお城と、女盗賊の家というのがどうにも抽象的で……」
「ボーイとガールは旅人だろう?」
「ええまぁ、旅人かと問われると今はそうです」
「ならば問題はない。この先、きっと見つける事が出来る」
駄目か。探られているような気もするが、これであっさり引き下がる事もしたくない。世間話ならいいが、事はトロデーンに関わる。
「女盗賊はともかくとして、この滅びたお城はちょっと問題じゃないですか?」
「何がだね?」
困りました。という顔を作って言うと、男性は意味がわからないという様子で聞き返してきた。
問答無用聞く耳なし。という訳ではないようだ。助かる。
「城という事は国を治める者の住まいですよね? そこが滅んだという事は国一つ滅んだという事になります。理由にもよるかもしれませんが、十中八九荒れているでしょう。治安の事も考えないといけませんし、警戒したくもなります。こちらは年若い少女が居ますからね」
呑気にうたた寝しているゼシカさんを遠目に見遣れば、男性もそれに気づいて顎を撫でさすった。
「なるほど……確かにガールの言う事ももっともだ。
いや、不安になる事はない。その城の事だが、戦争によってというわけではないようなのだ。唐突に人の気配が無くなり、中に入る事が出来なくなっただけのようでな。荒くれ者どもが蔓延っているというわけではない」
「この大陸の国ですか?」
「………まぁよかろう。北の大陸の話だ」
北の大陸にある国はトロデーンただ一つ。確定した。
「どうやってその話を知られたのです?」
さらに聞こうとすると首を横に振られた。
「すまないがこれ以上はガールと言えども話すわけにはいかない。これでも信用に足る者を見定めているのだ」
「……わかりました。では、続きの話はこのメモに書かれた魔物を連れて来てからという事ですね」
「ガールならばあっという間だろうがな」
ニヒルに笑って言われたが、クるものがある姿なので笑みが引き攣りかけた。
これ以上話は聞けないようなので早々に退散して馬車のところへ戻ろう。そそくさとお暇して建物を降りる。
「トロデーンの事であってましたね……」
「あってましたねぇ」
情報源は旅人か商人か。それとも別か。
「ドルマゲスの事も知っているでしょうか……」
「どうでしょう。可能性はありますが先にこのメモの魔物を連れて来ないと話は聞けないでしょうね」
パルミドの情報屋とどちらが勝るかという話ではなく、手数はあった方がいいという単純な考えで魔物は連れて来ようと思っている。問題はその魔物の個体を見分けられるかどうかだ。自信が無いのでトーポさんに助けを求めてみようか。
考えながら歩いていると、不意にエイトさんが足を止めた。つられて私も足を止める。馬車はもう少し先だ。
「魔物の事ですけど、パルミドの情報屋から有力な話を聞けなかったらちょっとトロデーンに戻ってこようと思います」
「ついでにマイエラにも、ですか?」
「はい」
んー……まぁそれでもいいかもしれないが、私も私で考えていた事がある。
「魔物は私が探してきますよ」
「え?」
「パルミドに着いて情報が得られたとしてもすぐに出発する事にはならないでしょう? 陛下は楽しみにしてますから」
「あぁ、それはそうですけど……リツさんが探すというのは?」
「私が陛下の近くに居るのは警戒されないように、というのが目的ですから。それが無ければ、エイトさん達が情報屋に話を聞いてくる間に私が探してきた方が手っ取り早いでしょう」
「それだったら僕が」
「エイトさんが行ってしまったらヤンガスさんも一緒に行く事になるでしょ。ヤンガスさんが情報屋を知っているんですから、エイトさんも居ないと」
エイトさんは「あー」と間延びした声を上げ、額に手を当てた。
「じゃあク」
「一人で大丈夫ですよ。見つけられなくてもその日のうちにパルミドには戻りますから」
ククールさんと一緒に行けというエイトさんを遮っておく。案の定渋い顔をされたが。
「じゃあトーポさんと一緒に行ってきます」
「そりゃトーポは火を吹けるし、ネズミにしたらすごく賢いですけど……」
「私よりは強いと思いますよ?」
「そういう事じゃなくてですね……」
「駄目ですか。それじゃあ仕方ない。一人で行ってきます」
「駄目じゃないですけど」
「じゃあトーポさんと行ってきますね」
「そうじゃなくて、ククールを」
手を前に出して明確に待てと示し、エイトさんの言葉を止める。
「ハッキリ言って、ククールさんが居ると効率が悪いんです」
私の言葉に、どういう事かと首を傾げるエイトさん。
「補助魔法を使いまくります。加速状態なので通常の会話の時間が無駄になります」
走りまわりながら会話は出来ない。そこまでの体力はない。話をしようとすると足を止める事になる。でもって手分けして探すのならそもそも一緒に行く意味がない。
「………」
エイトさんは何とも言えない表情になった。何が言いたいのか判ったのだろう。
「エイトさんはククールさんが無駄口叩かず私の足を邪魔せず、共に探してくれると思いますか?」
「………思わないです」
結構。
「では、そういう事でお願いします。
今日はもうここらで野宿ですね。これ以上は日が落ちて準備が辛くなりそうです」
「ですね……そうしましょうか」
やけに疲れた顔で同意するエイトさん。
まぁ本当のとこはトーポさんに魔物が居るところに連れていってもらおうと思っているので、他の人が居たら困るだけだ。
誤字修正 2014.08.29(ご指摘ありがとうございます)