ドラクエは5か6までしかしていません   作:send

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同行者が増えた

 ご丁寧にベッドまで誘導してもらって、ようやく眠りについた。寝るのが遅い時間だったので寝坊するかもしれないと頭の片隅で考えていたが、目覚めはごくごく普通に訪れた。

 が、身体が動かなかった。

 

 目を開けて、まだ部屋が薄暗かったので朝方だろうとぼんやりしていたのだが、身体が動かない事に気付いて金縛りかと内心溜息を吐いた。疲れているとなりやすいと聞いた事はあるが、何もこんな時にならなくてもいいじゃないかと悪態付きながら渾身の力を込めて身体の向きを変え――られなかった。

 身体のどこか一部でもいいから動かせられれば金縛りは解けるので、体位変換は諦めて右手に意識を向けてみる。が、うまく行かない。どうしよう………これでトイレとか行きたくなったらやばい。

 

「っていうか本気でどうしよ」

 

 ……あれ? 声、出た。金縛りって声出るっけ? ……えーと……レム睡眠中のどうたらこうたらで脳みそと筋肉との連動が取れない状態が金縛り、だよな? 呼吸は平気だとしても声って意識的に使う筋肉だから、出そうと思っても出せないんじゃなかったか?

 混乱気味の頭で、何はともあれ打開策を考えていたらゼシカさんが目を覚ました。気絶したところから記憶が寸断しているからか、きょろきょろと周りを見回して首を傾げている。

 

「ゼシカさん」

 

 そっと声をかけると、こちらに気付きベッドから降りて来た。

 

「すいません。ちょっと動けないのでこのままで状況説明しますね」

「動けないって、怪我? 大丈夫? ドルマゲスにやられたの?」

 

 矢継ぎ早に聞かれたので慌てて大丈夫と言っておく。

 

「ドルマゲスが現れてから一晩経過しています。ドルマゲスの狙いはここの院長さんだったようで、院長さんは亡くなられました」

「!?」

「今日、葬儀があるようです。騎士団の団長さんは誰が参列しようとも構わないと言われていました」

 

 ゼシカさんは二歩三歩と後ろに下がると、ポスリとベッドに腰を落とした。

 

「……止められなかったのね」

「団長さんは騎士団の力不足が原因だと言われていました」

 

 ゼシカさんは力なく首を横に振った。

 

「いいえ、私達は知っていたんだもの………もっと力をつけなくちゃ駄目なんだわ。ねえリツ、私に魔法を教えて」

 

 今度はゼシカさんかと思ったが、伏せられた目を上げた時、その目からは焦るでもなく現実を見据えて次に進もうとしているような、そんな堅実さを感じた。ならば、私が取るべき手段は一つ。

 

「私が教えられる事でしたら、喜んでお手伝いさせていただきます」

「ありがと。今度はリツの事もきっと守ってみせるから」

 

 微笑みながら力強く言ってくれるゼシカさん。好意はありがたいので嬉しいが、一つ誤解されている。

 

「あー……その、動けないというのは今朝からなんです。昨夜は意味もなくふらつくぐらいに元気でしたから」

「今朝から?」

 

 再度ゼシカさんは近寄って来て、私の額に手を置いた。

 

「……熱は無いわね」

「はい。意識はしっかりしています」

 

 だから二日酔いでもない。

 と、考えていたらいきなり布団をはぎ取られてあちこち確かめられた。

 

「本当に怪我してないのよね?」

「してない、してないです。力が入らないだけで」

 

 腕を組み考え込むゼシカさん。考え込む前に出来れば布団かけてくれないだろうか。

 

「魔力切れ?」

「…………おお」

 

 ゼシカさんがポツリと言った言葉に、内心ポンと手を打つ。考えてみれば真っ先にそれを思い浮かべても良かった。身体が動かないこれは確かにアレに似ている。

 

「ホイミ」

 

 魔法を唱えると私の周囲に緑の魔力光が躍った。使えるので、どうも魔力切れとは違うようだ。うーん、じゃあ何なんだろう?

 何だと思います? と、ゼシカさんを目だけで見上げると、何故か額を抑え、溜息をついていた。

 

「あのねぇ……魔力切れの人間が魔法使うなんて馬鹿なの?」

 

 ……え………えへ。と、笑いたいが笑えない。ゼシカさんの残念な子を見る目が痛い。はい、馬鹿ですね。でもちょっとは弁明したい。

 

「あ、いや、でもほら、手っ取り早くわかるじゃないですか。数値的に魔力切れの状態だと測る道具も無いわけですし」

 

 魔力切れは身体が動かなくなるという症状を起こす。それは身体の生命維持活動にも何らかの影響を与えるという可能性が高いわけで、いくら測る道具が無いからと言って、その状態でさらに悪化させるような事をするというのは――まぁ、馬鹿だ。

 弁明してみたものの、言っててやるなよ自分と思ってしまった。

 

「だからってね、意識失いかねない事を平然としないでよ。びっくりするじゃない」

「……申し訳ないです。はい。以後気を付けます。はい」

「ええそうして」

 

 はぁと息を吐き、ゼシカさんは私が横になっているベッドに腰掛けた。

 

「リツってマイペースよねぇ……」

 

 え? ゼシカさんの方が我が道を行くタイプでは?

 

「本当に何ともないのよね?」

「はい。あ、ちょっといろいろ試してみます」

 

 魔法が使えるので、キアリーやキアリクを試してみる。まぁ予想通り駄目だったが。

 

「……あのね、さっき私が言った事を覚えてる?」

「いやいやいや、覚えてますって。さすがに覚えてます。魔力切れではないという確信があったからこそ私も試してみたわけです。

 自分の手足の感覚を探っているんですけどね、触れられているという感覚は確かにあるんです」

「それが?」

「キアリーとキアリクが効果を示さない時点で判明はしていましたが、毒でも麻痺でも無いという事です」

 

 果たして神経毒だった場合キアリーが効くのかキアリクが効くのか今一不明だが、そもそも触覚が生きているので麻痺という可能性は低く意味は無いだろうという予想はしていた。

 

「じゃあ何なの? 原因は?」

「原因は不明です。ですが、現象としては脳から発信される電気信号がうまく筋肉に伝達されていないという事だと思うんです」

「……デンキシンゴウ?」

「脳と電気信号についてはこの際省略します。重要なのは、身体を動かす命令を筋肉が受け取れていないという点と、その命令は雷によって出来ているという事です」

「そうなの?」

「はい。なので、微弱な雷を流せば刺激になって動くのではないかと」

「……雷…って、危なくないの?」

「大丈夫です。ごくごく弱い雷なら死にはしません」

 

 多分。デイン系の魔法を弱く、よわーくすれば、多分。怖いので出来れば葉っぱが焦げないかとか何かで試してからしたいが。

 

「……リツ、大人しく寝てなさい」

「いや、でもトイレとか行きたくなったら大変ですし」

「連れて行ってあげるから」

「…………」

 

 ゼシカさんの体格から言って、私を抱えられるとは思えない。

 

「あのね、リツはバイキルトが使えるでしょ。それをまず私に教えなさい。私が自分にかけて運んであげるから」

 

 あ。なるほど。私も以前考えた手だ。

 

「それと、身体が動くようになるまで寝てる事にしなさい」

「はい?」

「ヤンガスとエイトに心配されたい?」

「了解です。寝たふりしてます」

 

 よろしい。というようにゼシカさんは一つ頷き、はぁと溜息をついた。本日二度目だ。幸せ逃げるぞ。

 エイトさんとヤンガスさんが起きそうな気配を見せたので、慌てて私は目を閉じた。ゼシカさんは目覚めた二人に、先ほど私がした説明を繰り返し、私については一度目を覚ましたけれど疲れているのでもう少し寝かせて欲しいと言っていたという事にしてくれていた。

 エイトさんは院長さんの葬儀に顔を出す事にしたようで、ヤンガスさんもそれについて行き、部屋にはゼシカさんと私、王の三人となった。王はまだまだ起きる様子が無いので私とゼシカさんはこそこそと魔法談義を初め、今の所私が試している魔法とその特性を伝えていった。ゼシカさんはとりあえず先にバイキルトをと思ったようで練習を始め、私は出来上がる構築陣の形を見ながら部分的に歪なところを指摘して修正を図り、ついに習得までこぎつけた。これで私のトイレ事情は一歩前進だ。一つも動けないので運んでもらったところでどうしろと? という状態なのには変わらないが、満足そうな顔のゼシカさんを見ていると、まぁなるようになれという気分になってくる。

 ひと段落したので休憩がてら休んでいると、音を拾った。窓の外を見ると雨が降っていた。時刻的には昼過ぎだろうか? 雨の中、葬儀が行われているのかと思って窓に近づき窓を開ける。

 葬儀の時の空模様は、その人の人柄を表すと聞いた事があったが、どうやら迷信のようだ。にこにこと、どこかひょうきんな調子の院長さんが雨というのはそぐわない。どちらかというと、唐突な出来事に天候が追いついていないとさえ感じる。

 

「リツ?」

 

 ベッド脇に椅子を寄せてうとうとしていたゼシカさんが、こちらを見てきょとんとしていた。

 

「なんでしょう?」

「動けるの?」

「は? ……あ、動けてる」

「動けてる、じゃないわよ……全く呑気なんだから………」

「あははは……すいません」

「いいわよ。動けるようになったんだから。良かったわ」

 

 苦笑されてしまった。いやはや、呑気で申し訳ない。

 とりあえずご飯の準備をしようかと考えていると、騎士団の人が食事を持って来てくれた。ご丁寧に五人分。

 ヤンガスさん、エイトさんが戻ってきて、王も起こして一緒に食事を頂き、今後の行動を話し合う。

 今から修道院を出ればドニの町には着くが、団長さんが本調子ではないエイトさんやヤンガスさん、ゼシカさんを心配してもう一晩休むよう勧めてくれたらしい。エイトさんとしては平気らしいが、私が疲れて寝ているという事を考えてそれを有り難く受けたようだ。もう全然平気なのだが、私としてもエイトさん達の方が心配なので休ませてもらえるなら理由はこの際関係ない。

 夕食までごちそうになり、恐縮していると私だけ騎士団の人に呼ばれた。何かと思って行ってみると団長さんのところ。例の話だろうかと思って招かれるままテーブルにつくと、お酒ではなくお茶を出された。

 

「疲労でずっと休まれていたと聞きました。何も考えず強い酒を出してしまい申し訳なく思っていたのです。身体はもう大丈夫ですか?」

「あ、はい。全くもって大丈夫です。あの時はお酒を頂けて良かったと思っています。ちょっと騎士団の方に迷惑を掛けてしまいましたけど」

 

 部屋まで送ってもらった事を言うと、笑まれた。

 

「騎士として当然の事。どうかお気になさらないよう」

「じゃあ団長さんも、どうかお気になさらないよう」

 

 気にするなと言う団長さんに、ならばとニヤリと笑って言えば、団長さんは少し目を開いてから今度は本当に破顔した。

 

「貴女は面白い方ですね」

「面白い、ですか? ええと、ありがとうございます」

 

 なんとなく褒められたっぽいので礼を言うと、ますます笑われた。違ったのだろうか? まぁ何でもいいが。

 のらりくらりと団長さんの話を受け流し、明日の朝出発する事を伝えると軽く引き止められた。それも受け流して部屋に戻り眠りにつく、頭が今後の事を考える余裕が出来たからか、眠れない何てことはなく、あっさりとその日は眠る事が出来た。

 

「――の前にも言ったがオディロ院長の死のことはあんたたちの責任じゃない。むしろあんたらがいなかったらマルチェロ団長まで死んじまってただろう。礼を言う。……さて。その聖堂騎士団長どのがお呼びだ。部屋まで来いとさ。

 じゃあな。オレは確かに伝えたからな」

 

 目が覚めるとククールさんが部屋に居て、そんな事を言っていた。

 聞いたような内容だなぁと思っているとエイトさん達は団長さんのところに行くようで、ならばと私は姫様のところへ行って先に準備をしておこうと動いた。昨日から王が姫様のところに居たので気になっていたというのもある。

 準備が出来て待っていると、エイトさん達がやってきた。ククールさんも一緒なので見送りか何かかと思っていると不穏な空気が流れており、ククールさんから一言「俺も一緒にドルマゲスを追う事になったからよろしく」と言われた。

 どういう事? とエイトさんを見ると『後で』と口パクされ、とりあえず黙っている事にする。

 ドニの町のその先、アスカンタという国が今度の目的地だがドニの町を過ぎたあたりでようやくエイトさんがこそこそと事情を教えてくれた。要約すると、問題行動の多いククールさんを団長さんが理由を付けて修道院から遠ざけたというもの。合理的な思考を持っていそうな団長さんらしいなぁと思ったが、理由はそれだけじゃなく、なんと二人は異母兄弟でなにやらあまり仲がよろしく無いとの事。

 そういえばドニの町でお留守番して居た時に、ここいらの富豪だか貴族だかだった男が子供が出来なくて奥さん以外の女性に子供を産ませたという話を聞いた。

 けれどその男の奥さんにも子供が出来て、そちらの女性は子供ともども捨てられてしまった。それで話が終われば跡目問題の一つで終わっていただろうが、男も奥さんも流行り病で亡くなってしまい幼児が一人残された。頼る相手のはずの親類に全て奪われ、行き付いた先は修道院。奇しくも異母兄が身を寄せた場所。

 話を繋げると、それがどうやら団長さんとククールさんらしい。エイトさんの口ぶりから、二人の関係は相当殺伐としているようだ。

 理由が理由なのでどう言っていいかわからないが、とりあえずあまり触れないようにしよう。かける言葉なんて見つからない。

 なんて悩む必要もなさそうにククールさんはゼシカさんを口説いているわけだけど、なぁんとなくアレはアレでバランスを保つための行為に見えない事もない。多分、女の人が苦手なのではなかろうか。苦手でないとしても、歯の浮くような言葉をまき散らして本心を見せないようにするというのは、何か警戒心を抱いているのかもしれない。

 

「賑やかにはなりましたけど、人間関係が大変になるかもしれないですね」

 

 とりあえず感想を言うと、エイトさんは複雑な笑みを浮かべて肩を落とした。

 昨日まで思いつめたような顔をしていたので、これはこれでいい歯止め効果になったのかもしれない。と、思うのは流石に酷いか。


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