ドラクエは5か6までしかしていません   作:send

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祈った

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 王との話し合いが無事に終わって安心したら寝坊した。

 ……実に、実に笑えない。今回は王と姫様は残っていて、エイトさんとヤンガスさん、ゼシカさんが指輪を叩きかえす為にマイエラ修道院に向かったらしい。

 リーザス村の事を考えると王が留まったのは進歩だと捉える事が出来る。それはいい。対して私は後退をしているとしか思えない。

 

「そう落ち込む事でも無いと思うがな」

 

 肩を落として洗濯をしているとトーポさんの声がした。

 町外れの井戸で、時間も朝と昼の間なので他に人は居ない。王は上薬草と上薬草で特薬草が出来たので、同じものを作ろうと上薬草をもう一度作ると言って馬車の中に籠っているし、姫様はその傍についてくれている。

 だから姿を見せてくれたのだろう。

 

「旅をした事は無かったのじゃろう? 慣れない事をすれば負荷もある」

「そうだと思いますが……」

 

 問題なのは、私がそれを自覚出来ていないという事だ。歩いて疲れている事は疲れている。足にマメが出来て潰れた時にはこっそりホイミをかけて治したりとかしている。だが、だからといって声を掛けられても目を覚まさない程の眠りに落ちる程ではないと思うのだ。

 声をかけられれば、本当に余程の事が無ければ目を覚ます。揺さぶられても起きなかったのは丸三日動きっぱなしだった時だ。ほとんど失神する勢いで寝たが、それと今とが同じかと問われると違うと断言出来る。普通にベッドに入って、普通に寝ている。

 

「心配ごとか?」

「そう言われると……そうですね。はい、ちょっと不安です」

「何が不安なんじゃ?」

 

 昨日了解を得たゼシカさんの服も洗いながら、どう説明しようかと言葉を探す。

 

「……昔から寝汚くて目覚ましが無いと起きられなかったんですけど、働くようになってからは目覚ましに起こされる前に目が覚めるようになったんです。まして誰かに起こされれば――」

「なるほどの。目が覚めないのが不安なのか」

「はい。疲れている自覚も無いので、どうしてなのかわからなくて」

 

 トーポさんは暫く黙って私の作業を見ていた。

 私もそんな事を言われても答えがあるなんて思ってないので、苦笑いを浮かべてどんどん洗っていく。気にしても仕方が無い事は存外多い。そうは思っても生活に支障が出るとなると考える必要はある。答えを導き出す式を見いだせない問いを前に、正直お手上げではあるのだが。

 

「お前さん、魔力が増えてないかの?」

「え?」

 

 思わず手を止めて顔を上げると、ひょいとトーポさんが石から降りて私の前にしゃがんだ。

 

「やっぱりそうじゃな、魔力が増えておる」

 

 頭を撫でられ、そう言われた。

 

「魔力?」

「魔力じゃ。最初の頃と比べると倍以上のようじゃな。ここまで増えるというのは成長していると言うより力を取り戻しているというように思うんじゃが、心当たりはあるかの?」

「いえ……ない…………なくはないかも」

「ほう」

 

 最初、アミダさんは私に魔力を感じないと言っていた。それから徐々に魔力が回復したと言っていたが、その点に関しては聞いた時から疑問だった。

 ここに来てから私は森を彷徨った。疲労で眠りはしたが、エイトさんに拾われてからは普通に受け答えもしたし、普通に歩きもした。魔力切れで倒れるという事は無かった。魔力切れを起こした時、当たり前だが私は魔法を使っていない。にもかかわらず、魔力切れの症状で昏倒。矛盾だらけだ。

 トーポさんが『取り戻す』と評した事で一つこれに解を見つけたような気がする。

 魔力切れを起こして昏倒した時、何かあったかと言われれば、あった。私はあの時初めてまともに『ここ』が『ここ』である事を認めた。東京でもどこでもない『ここ』なのだと。

 それまで認めなかった世界を認めたことで、私に何らかの影響があったのかもしれない。例えば適応するために魔力の器が形成されたりだとか。であれば眠るたびに器に魔力を取り戻していると仮定してみる事も出来る。……無理矢理すぎるか。

 

「いえ、やっぱり解釈に無理があるので勘違いだと思います」

「そう言わんと話してみてくれんかの?」

「………笑わないでくださいよ?」

 

 笑わないと頷かれたので、しぶしぶ口を開く。

 

「私が居た所では魔法は存在しませんでした」

「ほほう。それは珍しい」

 

 珍しいとか言いながらトーポさんは一つも驚いていない。耐性が出来てしまったようだ。何となくつまらない。

 

「でも、こちらに来てから魔法が使えるようになりました」

「素質があったという事じゃな」

「素質があったのか、身体がそう変化したのか、その辺りは不明です。ですが、今まで無かった魔法を扱うという器が出来たのではないかと思うんです」

「……眠りは、それを満たす為かもしれぬ。そういうわけか」

「根拠はどこにもありませんけどね」

「大きく外れてはいまいて。現にお前さんの魔力は増えておる。どこまで増えるのかがいささか心配ではあるがの」

「……トーポさん、それ、怖いんですけど」

 

 どこまで増えるかわからないって、悪影響ないの?

 

「なに、お前さんなら大丈夫じゃろうて」

 

 ほっほっほと笑ってくれるトーポさん。全く安心出来ないのだが。

 

「トーポさんがそう言うのなら、大丈夫って思っておきます」

「それでいいじゃろう。なに、暴走するような事があってもわしがなんとかしてやるわい」

「頼りにさせて頂きます」

 

 ぽんぽんと私の頭を撫で、トーポさんはネズミの姿に戻った。

 丁度洗濯も終わったので馬車に戻り、王にちょっとどいてもらって洗濯物を干していく。

 

「特薬草と特薬草で何が出来るか楽しみじゃな」

 

 何かの鼻歌を歌いながら楽しげに王は釜を抱えて言う。

 私も特薬草の上位を知らないのでちょっと興味があったりする。自分で作れないのは悔しいがインパスで情報を得られれば何かヒントがあるかもしれない。錬金だと一つ作るのに時間が掛かるが、通常の作成方法であれば複数同時に作る事も可能だろう。

 町を散歩しながら密かに資金繰り計画を立てていると、マイエラに向かっていた筈のエイトさんが町の入口に降り立った。文字通り、空から降りて。

 他人がキメラの翼やルーラを使ったところを見たことが無かったので驚いたが、駆け寄って来たので何事かと意識を戻す。

 

「どうされました?」

「すみませんがリツさんに来て欲しいんです。ちょっと急ぎみたいで魔物を抑えたくて」

 

 何だかよくわからないが、お急ぎらしい。

 

「陛下と姫様はどうしましょう?」

「……言ったら行くと言われますよね」

「言わないというのは無しですよ? 厄介ごとであれば留まってもらえるよう頼みましょうか。宿の方も慣れてきたようですから」

 

 エイトさんは目を伏せ逡巡したのち、頷いた。

 

「お願いします。出来ればここで待っていて欲しいんです」

「わかりました。急ぎというのは修道院側から何か要請されたという理解でいいですか?」

「はい。一応それで合っています」

「了解です」

 

 駆け足で宿へと戻り、馬車に戻っていた王に声を掛ける。

 事情はすっとばして修道院の関係者から頼まれた事があるためマイエラへ向かう事、その間はドニの町で待機してほしい事を伝える。予想通り共に行くと言われたが教会関係の所に姿を見せて混乱を招くわけにはいかないと言葉を変えて三回言ったところで引いてもらえた。

 

「急ぎましょうか。ルーラ使えます?」

「はい、それで来ましたから」

 

 宿を出た所ですぐに手を繋ぎルーラを唱えてもらう。実のところルーラは自信が無くて試した事が無い。便利ではあるがあの浮遊感がどうにも苦手で、それで失敗したらどうしようという気持ちが先に出てしまって踏み出せないのだ。

 エイトさんの唱えるルーラの構築陣を見たので、多分大丈夫だろうというぐらいには心理的に補強されたが自分で使えるようになるのはいつの事やら。必要に迫られればやるだろうがキメラの翼がある分には逃げてそうな気もする。

 マイエラ修道院の前にある橋に降り立つとヤンガスさんとゼシカさんが駆け寄って来た。考えてみればエイトさんもこの二人を残して来るとか何気に酷い。会話なんて続かないだろうしヤンガスさんは大変だっただろう。と、思ったのだが二人とも気まずいとかそういう空気では無い。本当に急いでいるようだ。

 

「やっと来た!」

「ゼシカ、事情は行きながら話そう」

「わかった。リツ、こっちよ」

 

 ゼシカさんが何やら事情を話してくれようとしたのをエイトさんが押し止めた。

 それでゼシカさんもすぐに納得して私の腕を掴み早足で歩きだした。向かう先は修道院の川向いにある細い道とも言えないようなところで、どんどん上流へと昇っていく。ヤンガスさんも察しているのか何も言わない。

 

「この辺りならいいわよね?」

「うん、大丈夫だと思う」

 

 二人が横手の修道院を見ながら確認した。修道院から依頼されたと言っていたが、どうもこの様子はキナ臭い。

 

「あのね、修道院の院長の部屋に道化師が入って行ったらしいの。

 多分ドルマゲスだと思うんだけど、騎士団の連中が通してくれないし危険だって言っても聞く耳持たないしで手づまりだったんだけど」

 

 ゼシカさんの視線を受けて、エイトさんが懐からあの指輪を出した。

 

「ククールの話だと土手を左に進んだ廃墟から院長の部屋へ通じる抜け道があるらしいんだ」

「そこで騎士団員の指輪を使えば廃墟の入口が開くって」

「あの若造は動けないってんでアッシらに頼んできたでがすよ」

 

 なるほど。脱出路を逆走してその院長さんの部屋に突撃するというわけか。

 エイトさんが私を呼びに来て戻った時間を考えると悠長にはしていられないわけだ。ついでに魔物にもかかずらっていられないと。

 早足は駆け足となり、途中からピオリムやら補助魔法を掛けて急いだ。上流の行き止まりには建物の跡地のようなところがあり、石碑のくぼみにある印と指輪の印を合わせると地下へと続く階段が現れた。

 

「急ぎましょう。…もう誰も死なせたくないの」

 

 消えてしまいそうな声でゼシカさんが呟き、ヤンガスさんとエイトさんはそれに強く頷いた。私は握りしめられたゼシカさんの手を持って、力を抜かせる。

 

「大丈夫」

 

 根拠など無い。だが血が滲む程握りしめられた手を放置できなくてそう言い、地下へと急いだ。

 

「レミーラ」

 

 薄暗い中で壁にあった松明に火をつけようとするエイトさんを止め明かりを灯す。中は教会の作りのようだったが、かなり古く崩壊している。足場が悪そうな気配だったが、エイトさんは迷わず走り出したので後に続く。

 カビの臭いと何かすえた臭いが混じり、環境としては悪いの一言に尽きるが一人も口を開かず前へと足を動かす。降りてきたところから反対側となる階段を降りると骸が山積みになっている部屋が見え、反射的に口を押えた。他のみんなは少し眉を顰めただけ。ゼシカさんですらその程度の反応しか示さなかった。

 それが非道だとは思わないし、ここで構っている暇が無いのも理解しているが、言いようのないものが込みあがってきて抑え込むのに苦労した。だというのに、毒沼のような部屋を抜けた先の部屋に居た存在を見た途端抑えが効かなくなってしまった。

 

「おおおヲおヲオオいオ…!」

 

 ボロボロの法衣を纏った魔物にしか見えないそれは地を這うような声で……泣いていた。

 

「苦しイ……くるシい苦シイ……神ハいずコにおらレル? こノ苦しみハイツマデ続く?」

 

 エイトさんはブーメランを、ヤンガスさんはどこで手に入れたのか鎌を、ゼシカさんは鞭を構えた。

 

「おヲオぉお……!! 死ンだ死んダ死んだ死ンダのだ! ミナ苦しミながら死んデ行ッた!」

 

 吐き捨てるように、苦しみをぶちまけるように、しゃがれた声が崩れた部屋に跳ね返り、耳障りな振動に合わせてそこかしこに呻き声を挙げる人々の姿が浮かんできた。黒ずんだ肌は出血斑によるあざか、意識は混濁しているようで時折あげられる腕が地獄から伸びた亡者の様だった。

 

「あノ恐ろシぃ病ガ我ラをコの修道院ノすべテを死に包ンだ! 苦シイクるシイクルシイ……くクククッ。我が苦シみぃッ! 我等ガ苦シミっ! おマエにも味あワセ――」

 

 一歩、また一歩と近づいて来ていた法衣の魔物が動きを止めた。

 

「神ヨ……そこニおらレルのデスか?」

 

 襲いかからんとしていた手から力が抜け、縋る様にこちらに手が伸ばされた。

 エイトさん達がこちらを振り返る前に急いで頬を拭い呪文を唱える。

 

「ニフラム」

 

 光りの中へと敵を消し去る魔法。けれど私の手から広がったのは光ではなく深い藍色の闇だった。

 

「おおヲぉお……っ。神ヨ……ヨウやク……いま………参りマす……」

 

 闇に包まれ法衣の魔物の姿は薄れ消え去った。そこにカランと音を立て落ちたのはロザリオ。最期まで彼は神に祈っていたのだろう。

 

「行きましょう。優先事項は院長です」

 

 口を開きかけたエイトさんの言葉を封じ、続いている道を示す。こちらだってあの魔物の反応もニフラムが光でなかった事も理解出来ないのだ。質問は却下。

 ゼシカさんもヤンガスさんもエイトさんと同じように言葉を飲み込んだような顔をして前を向き、再び走り始めた。

 洞くつのような道を抜けて階段を上ると、ざっと外気に吹かれ外に出た事を知る。場所は川に囲まれた小島で、こじんまりとした建物があった。エイトさん達が迷わず中に入るので院長さんとやらはこの中なのだろう。

 頭を切り替えて入ると、倒れた男性が二人、ドアの横にもたれ掛ってぐったりしている男性が一人。さっと顔色を変えたエイトさんに、上へと続いている階段を指さす。他に部屋は無い。

 

「上に、怪我人は診ます」

 

 駆けあがる足音を聞きながら壁にもたれ掛かっている男性にホイミを掛ける。

 

「ううっ……何者だ……。あの道化師……だ、だれか院長様を……!」

「動かないでください。院長さんなら私の連れが見に行きました」

 

 後頭部から流れる血が止まらない。ホイミじゃ間に合わないのだと理解して試した事の無いベホイミを使う。だが、それでも傷の塞がりが遅い。他にも二人居るのに。

 

「わ……わたしは、いい……あの、二人が」

 

 自分で出血している後頭部を抑え指さす男性に、何を優先したらいいのかわからなくなる。混乱していると自覚したまま男性に突き動かされるように倒れている二人に近づき、息を確認し首筋で脈を見る。弱いが、脈はあった。外傷は見られないが口から血を吐いているから、内臓をやられたのかもしれない。

 一人一人に回復魔法を掛けていては間に合わない。なら複数を対象とした魔法。すぐに解を見つけても、あれは仲間と認定したものを対象としているから果たしてうまくいくのかわからない。何を持ってして仲間と認定しているのかまだ調べてないのだ。

 

「いん……ちょう様」

 

 血を吐いているのに動こうとする男性を咄嗟に抑える。

 迷っている暇は無い。手を拱いて居ては何一つ出来ないままで終わってしまう。

 

「ベホマズン」

 

 緑の魔力光が私から広がった。頼むからここに居る全員に効果があってくれと必死で願う。蘇生魔法とか、本気でやりたくない。やっていいのか悪いのかわからないものをやる覚悟なんて一つも無い。だから、お願いだから届いてくれと祈った。


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