ドラクエは5か6までしかしていません   作:send

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迷子になった

 

 黄昏ていても始まらないのは理解している。……しているのだろうか? 混乱しているだけで黄昏ているのとは少し違う。と、自分の行動を無意味に解釈しようとしているので、混乱しているのだけは確かなのだが現状は理解していない気がする。

 『どうする?』とか『どうしたらいい?』とか、『ここどこだよ』とか、『何が起きた?』とか浮かんでは答えを得ぬまま散っていく思考を眺め見ている部分でようやく理性を保ち、いきなり走り出すとか叫ぶとか泣くという行為を抑え込んでいる。気がする。

 

「……やばいよなぁこれって」

 

 呟いて内心を吐露してみるものの、ともすれば感情のままに動いてしまいそうだ。ひとまずそうならないよう落ち着こうと『地面』に腰を降ろす。『アスファルト』ではなく『地面』に。

 ここが公園とか、そういう場所であるのなら何ら問題は無い。だが私の視界には切れ目の見えない森が広がっている。山、ではないと思う。勾配が感じられないので平地に近い地形で木が密集しているのは、所謂森なのだと思う。

 

「で?」

 

 どうしろと?

 

 いや、誰を責めるとかそういう話ではなく、仕事帰りのこの装備でこの森を抜けられるのかとか、そもそも土地勘が無いところで動いていいのかとか、でも動かないと単純な誘拐では無いっぽいこの現状では餓死するのではないかとか、そういう考えがあるわけで。歩くにしてもパンプスの踵が取れて苦労しそうだし。

 そう、このパンプスを側溝の穴にひっかけなければこんな状況にも陥っていなかっただろう。元々踵が高い靴は嫌いだったが、これでさらに嫌いになる事は間違いない。

 がさがさと鞄の中を漁って、持ち物を確認しながら内心毒づくが、毒づいたところでどうにもなりそうにない現実にちょっと泣きそう。

 鞄の中にあったのは財布に定期、携帯(電波なし)、手帳にペン、ハンカチ、バランス栄養食、折り畳み傘。

 

「水が無いか……」

 

 手帳に差しているのとは別の、内ポケットにいつも入れている安物のボールペンを取って立ち上がる。北も南も東も西もわからない。わかったところでどっちへ行けばいいのかわからない。何でこんなところにいきなり突っ立っていたのかもわからない。

 

「だけど進まないと、コレはやばいもんなぁ」

 

 死にたくはない。何もわからない恐怖に笑いそうになる己を奮い立たせ、木の幹に傷を付けながら進んだ。

 片方の踵が取れて歩きづらいので途中でもう片方も叩き折った。裸足にはならない。こんなところで足を怪我をする行為など取れない。手当てするものも無いのだ。歩きづらいがとにかく進む。

 木の隙間から見える空は青く、まだ日は陰っていない。そういえば夜だった筈なのに何で昼なんだろう。まぁそんな事はどうでもいいかとさらに進む。

 一向に変わらない景色に嫌になりながら日が沈むまで歩いた。休憩は挟めない。休憩したら進めなくなるという予感があった。実際そうだろう。一度座り込んだら疲れで眠って気力がなくなる。気力があるうちじゃないと無理だ。

 

「…努力はむくわ…れるって……限ら、れた…はな…しだ、よねぇ」

 

 体力の限り進んでみたが木の切れ目は見えなかった。暗くなって月明かりの中だからちゃんとはわからないが、もう足が動かない。

 その場に膝から崩れ、なんとか近くの木の根もとに這っていったが限界だった。なんだか全部どうでも良くなって身体を丸めてそこで意識が途切れた。

 それでも寒さのせいか意識がとぎれとぎれに戻って、何でなんだろうと朧に考える。その考えも纏まらず浅い眠りに落ちて、また寒さで意識が浮かんでまさに悪夢だった。

 顔に何かがあたっても虫だったら嫌だなとか思っても振り払う気力も無くて放置した。そうしたら今度は肩を掴まれて、これにはさすがに目を開けた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 案ずるような声に目だけで探れば、オレンジのバンダナをした青年が見えた。不覚にも、涙が出た。喉がからからで水が勿体ないとか考える馬鹿な自分も居て、笑いも出てきてもうわけがわからない。

 

「怪我を?」

 

 いきなり泣きだした女相手に、冷静な対応を取ってくれる青年に感謝しながら頑張って横に首を振る。見た所十代の若い青年を困らしたくはない。ただの歩き疲れ、疲労なのだと伝えようとしたが口の中が張り付いていてうまく声が出せなかった。青年はそれもわかったのか、腰から筒っぽいものを取り出すと身体を起こしてくれて飲ませてくれた。

 

「ありがとう、ございます」

「旅の方ですか?」

 

 声が出せてちょっと落ち着いた。青年の支えを辞退して木にもたれ掛り首を振って、はたと困った。旅なんて恰好いいものをした事はないし、仕事帰りに旅行へ出かけた覚えも無いので旅行客ではない。では、何と言う?

 

「その……所謂、迷子といいますか……」

 

 真っ正直に『ちょっと帰り道で足を側溝に取られて気付いたら森の中に居ました』とか意味不明だ。私なら頭を疑う。……言えない。関わり合いになりたくないと思われそうで言えない。

 

「迷子? どこから来られたんです?」

「えーと……」

 

 あっち? と、来た道を示す。

 

「あちらは山で、その向こうは荒地と聞いてますが……街か人里があるんですか? 何と言う街ですか?」

「……東京の北の方で」

 

 これだけ木があるなら、多分ここって東京でも西の方だよなぁとか思いながら言ったら、きょとんとされた。

 

「とうきょ?」

「東京」

 

 聞き返されたので反射的に言いなおしたら腕を組まれ悩まれた。

 

「すみません。ちょっと僕にはわからないです。とりあえずトロデーンに来れば地図もありますから大丈夫ですよ」

「あ、そうなんですか」

 

 とろでーん、というお店? に行けばいいのだろう。人里に出れば地図以前に電話が使えるので、とりあえず同僚に連絡出来る。今日一日無断欠勤した事になるから、絶対にそれはやっとかないとまずい。

 

「立てますか?」

「はい、多分大丈夫」

 

 手を借りて立ち上がってみたが、足はがくがくしていた。

 

「………あの」

「平気ですからどうぞ」

 

 私の前にしゃがんで背を向けてくれた青年に私は逡巡し、好意に甘える事にした。

 

「すみません、お世話をかけます」

 

 おんぶしてもらい、鞄まで持ってもらってしまった。だが他に手が無い。東京を知らない人がいるとは驚きだったが、それだけ閉鎖的な土地柄だとすれば東京からはかなり離れているだろう。そんなところでこんなコンディションでは、遠慮なんかしている余裕は無い。社会に出てまだ一年だが、図太くならなければやっていけないというぐらいの事には気付いた。

 

「あ、お名前は何て言われるんですか? 僕はエイトと言います」

 

 えいと。英都? 衛斗? なんかカッコいい名前だ。

 

「律です」

 

 名前を言われたので名前を返す。

 

「リツさんは魔法使いの方ですか?」

「いやいや、ないない。何言ってるんですか」

 

 私、女ですよ。男じゃないですよ。三十歳でも無いですよ。まさかこの好青年がそんな話を振ってくるとは思わず即行で突っ込んでしまったですよ。

 

「え? でも素手のように見えましたが……」

「……まぁ素手ですね」

 

 そりゃ手袋はしてない。山菜取りに入ったわけでもないから軍手もない。

 

「格闘家の方でしたか」

「いやいやいや。それも無いですから」

 

 何だこの青年、格闘好きなのか?

 

「そうなんですか? じゃあ一人でよくご無事でしたね」

「無事というか……この有様ですけどね」

「迷われたなら仕方ないですよ。それより魔物に襲われていたら危なかったですから」

 

 ……まもの?

 

「まものって、この辺りはどんなものが?」

 

 そんな奇怪なものがこの場所にはいるのだろうか。野犬とか? 野犬が魔物だったら廚二病を患っていると思うが。

 

「この辺りはベロニャーゴとかデビルパピヨン、ブルホーク、どろにんぎょうとかが出ますよ」

 

 私ものっからないと駄目なのだろうか? あんまり得意じゃないんだけど。でも現在進行形で世話になってる事を鑑みると無視するのも躊躇われる。

 

「そうなんですか? スライムとかだったら楽なのに。どろにんぎょうだと魔法使う人は嫌でしょうね」

「そうですね。不思議なおどりをされるとやっかいです」

 

 そうかそうか。この好青年は大層ドラクエが好きなんだろう。ちょっとはやってたから話には乗れるぞ。

 

「リツさんは詳しいんですね」

「そんな事ないですよ。べろ……とか、そちらは聞いた事無いですから」

 

 ドラクエは5か6までしかしてないので、新しいものを言われてもそれは無理だ。なので出来れば5から前で言ってくれるとありがたい。でもどうだろう? 青年は若いからリアルタイムではやってはないだろうから……携帯でやった事があるかどうかといったところだろうか。

 

「そうなんですか? リツさんのところにはどんな魔物がいるんです?」

「私のところですか?」

 

 いません。と正直に言う空気ではないのでドラクエの定番魔物を思い出す。

 

「そうですね……ドラキーとか、ホイミスライムとか、アルミラージとかでしょうか。たまにメタルスライムが出たり」

「メタルスライムが出るなんて珍しいところですね」

「逃げちゃいますけど」

 

 そう言うと青年は笑い、私も笑った。

 なんだそういう事か。他愛も無い会話で緊張を崩してくれようとしてくれてたのか。廚二病なんて思って悪かった。

 

「もう少し距離がありますから寝てもらっていいですよ。魔物が出たら起こしてしまうと思いますけど」

 

 ちょっと冗談を交えて言ってくれた青年に私は苦笑してお礼を言った。頑張っているものの、くっついているので暖かくって疲れも重なってすごく眠い。悪い人ではなさそうだからという思いで私は目を閉じた。

 




2014.05.05 誤字修正

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