新訳のび太のバイオハザード ~over time in Gensokyo~ 作:たい焼き
「見張りが・・・二人か・・・」
木陰に身を潜め、森の木々に巧妙に隠された研究所を零夜とのび太が様子を伺っていた。
「いくらなんでも見張りが少な過ぎるな。罠か?」
「森の中に隠して建てているから逆に見張りを少なくした方が都合がいいって事じゃないでしょうか?」
「だがどのみちこのままじゃ中に入れん。少し眠って貰うか。」
零夜が愛銃の『ハンドガン909』を取り出し、見張りの頭に狙いを付ける。
「あ、ちょっと待って下さい。これを使って下さい。」
のび太がポケットからサイレンサーを装備した自分の拳銃を取り出す。銃に付けて発砲音や発光を軽減することが出来る物だ。
「お、悪いな。」
零夜もそれを慣れた手付きで構え、狙いを定める。
パシュッ・・・!!
拳銃から放たれた銃弾は、音や光を殆ど放つこと無く見張りの額を綺麗に撃ち抜く。脳を撃ち抜かれて己を支える力が届かなくなった体は力なく倒れ、地面に倒れ伏す。
「目標、沈黙です。」
双眼鏡で研究所の入り口の様子を伺っていたのび太は、見張りの息が絶えたことを確認した。
「にしても意外だな。あんなこと言ってたお前なら致命傷は避けろとか言うと思ってたが。」
「相手や状況によっては止むを得ないってことですよ。」
のび太はどこか暗い顔を零夜に見せないようにしていた。今回の作戦を立案したのは自分だ。その当人がそんな顔を見せて零夜に余計な気遣いをさせたくないからだ。
(人殺しは何回やっても慣れないな・・・慣れたくもないけど。)
人を殺すことに戸惑いが無くなった瞬間、その者は人間でなくなる。のび太はそう考えていた。
重いことを考えていたのび太の
「おーい。ここは片付いたんだから、いい加減中に入ろうぜ。」
死体から弾丸や手榴弾を拝借し、埋葬(ただ埋めただけだが)した零夜がのび太を研究所の入り口で待っていた。
「すみません。今行きます。」
我に返ったのび太は駆け足で零夜の元に向かった。
外の世界から隔離された幻想郷には科学や電気と言った概念が殆どない。それは幻想郷に住む人間も妖怪もそれらを知らないからだ。しかし、外から入ってきた人間は別だ。
幻想郷にはない技術を使い、頑丈な建物を作った。ひと目見れば堅牢な建物に見えるが、その大部分はその下、地下に存在する。現代の都市部の過密化に適応するために土地を有効的に使おうと知恵を絞った結果だ。
その研究施設は地下に巨大な空洞を作り、そこをコンクリートで固めて一つの迷宮のような形になっている。
侵入口が一つしかないため、最重要区域までの道を一本道にすれば守りを固めやすくなり、側面に兵やB.O.Wを配置すれば挟み撃ちにすることも可能だ。
わざわざ地下を繰り抜いて作る理由はそれだけではない。地下に作ればもし事故が起きてウイルスが漏れたとしても、入り口をコンクリートで埋めて封印すればそれ以上の感染を防ぐことが出来る。
そして一本道に監視カメラを大量に仕掛ければすぐ侵入に気が付き、迅速に対応出来るだろう。
「こちらは異常ありません。HQ、応答願います。」
まだ若い男が銃を片手に施設内部の哨戒任務にあたっている。しかし、元々隠れることに特化した研究所なのだ。侵入どころか発見されているかも怪しいところだ。
本来ならば気も乗らないところだが、仕事だと思ってやるしかない。拒否すればその先に待つ未来が『死』に確定してしまうからだ。
その代わりに報酬金はそこらのアルバイトと比べたら破格の金額である。この基地にはアンブレラの裏の仕事を知らずに給料にだけ目を取られた結果、何がなんだかわからずに銃を持たされ兵にされた者も多い。
「こちらHQ、そのまま警備を続け・・・ギャァァァ!!」
無線を通して司令部の人間の悲鳴が聞こえる。それと同時に液体が飛び散る音と金属ではない重たい物が床に落ちる音が聞こえた。
「司令部!?応答してください!!」
男が声を掛けても返って来るのは液体が滴る音だけで、その音もやがて向こうの無線機が故障してノイズに変わる。
やがて通信が完全に途絶え、男の周りから音が消える。それによって今まで音が小さくて聞こえなかったような音が聞こえてきた。
獲物を求めて彷徨い歩く爬虫類のような怪物だ。鋭い爪を構え、呻き声をあげながら歩いてくる。赤い血で染まった足跡がこの生物が今までいた場所の想像を容易にする。
「く、来るな!!」
男は咄嗟に持っていた銃を構えて引き金を引く。怪物の自分を見ている目が明らかに殺意を秘めた目だったからだ。現代社会の中で脳の片隅に埋もれた生存本能が働いたのだ。
だが人間の言葉も心も理解出来ない殺人マシンとして造られた怪物には男の恐怖は届かない。怪物は己に与えられたたった一つの欲求である食欲を満たすために行動する。
そして怪物は、どうすればその欲求を満たすことが出来るか知っていた。また、それを行うのに必要な力と知恵を持っていた。
敵の銃弾の全てを躱すことは困難だが、身体を低くしながら接近し被弾率を下げながら獲物を引き裂くために造られた爪を獲物に向けて振り抜く。
男は躱すことが出来ず、頭と胴体と足が斬り裂かれて生き別れになる。立ったままの足からは行き場を失った血液が勢いよく吹き出す。
獲物を仕留め、その血肉を啜ることがこの研究所で造られた怪物、『B.O.W』にとっての至福の時間なのだ。
己の力を誇示するように雄叫びをあげる。そして、その姿と叫び声は伝染する。他のB.O.W達もそれに続く。
元々は制御装置が稼働していたのだが、それが原因不明の事故で解かれてB.O.W達が見境なく周りの同族以外、つまり人間を攻撃対象にして攻撃し始めたのだ。
人間の兵士に対して訓練を積まれたアンブレラ社の私兵だが、まさか味方として造られたB.O.Wが自らに牙を向くとは思っていないだろう。
そのため攻撃や防御の判断が遅れる。だからこそ死を具体的に感じて畏れる。
毒を以て毒を制すように、T-ウイルスで造られたB.O.Wは、銃と同じように差し向けられた人を簡単に殺せるが、同時に使い方を間違えれば使用した者も簡単に殺される。
それこそがB.O.Wの一番の利点でもあり欠点でもある。ただの『理性を持たない殺戮兵器』だからこそ、人間のように敵味方の識別の命令が外部から途絶えれば暴走するしか出来ないのだ。
暴走し始めたB.O.W達は武装した兵士達よりも多く、あっという間に兵士達は殲滅させられる。兵士達の悲鳴と共に白い壁が血で赤く染まって行き、清浄な空間が不浄で不気味な空間へと変わっていった。
研究施設の侵入に成功したのび太達だったが、ここまで無警戒のアンブレラの施設など今まで無かったので、安心よりもむしろ不安の方が大きくなっていた。
「流石にこの警備の薄さは逆に異常だろ。」
のび太達が侵入してからアンブレラ社の兵士が全く迎撃に来ないのだ。
「もう要らなくなって放棄されたのでしょうか?」
その場合、見張りが居た理由がわからない。とすると見かけないだけで先程まで人が居たのだろう。
その理由もしばらく進んでいる内にハッキリした。
白い壁の壁面が赤一色に染まっていた。決して塗料などではなく、元は人の身体の中を流れていた血だった。それと共に、かつて人の身体の一部であった肉片が挽き肉のようになって散らばっていた。
「これは・・・」
原因は分かっていた。ここまで残酷な殺し方が出来るのはB.O.Wだけだ。
「反乱・・・ではないですよね。B.O.Wが自我を持ったという殆ど無いですし。」
「なら制御系がイカれて暴走だな。もっと奥まで進んでみないとわからんが。」
どちらにしても、奥に進んで役に立ちそうな情報や実験等の記録を見てみなければわからないし、手ぶらで帰るわけにも行かない。
(全く仕掛けてくる様子もない・・・誘い込まれているのか・・・?)
ここまで動く物体は一度も見ていない。正しく言えば姿を隠しているのだろう。
だがそれを恐れて引き返すわけにもいかない。感染の拡大やこれ異常施設を利用されるのを防ぐために先に進んで施設の後始末を済ませなければならない。
「やはりもう一度地獄に向かうしかないのか。」
研究所の一番奥に辿り着いた。B.O.Wを製造するための培養カプセルやそれを制御するコンピューターが置かれていた。だが、肝心のそれを扱う研究者や実験データが全てなくなっていた。すでにデータを持って脱出したのだろう。
「何もないならここにはもう用はねぇな。自爆スイッチ作動させてとっとと帰ろうぜ。」
目的を果たして後は帰るのみにも関わらず、のび太の心の中の嫌な予感は消えない。
ここまで一本道で進み、この最深部の実験室も出入口は入ってきた道と緊急時にしか作動しないエレベーターしか存在しない。もしのび太がこの実験室の中の敵を攻撃するなら・・・
「入口を占拠して退路を塞ぐ・・・か。」
入ってきた入り口には気付いた時には既に巨大な三つ首の犬型のB.O.Wとアンブレラ社が現在生産しているハンターの改良型がずらりと並んでいた。ハンターだけで30は下らないだろう。
「面倒そうな奴がいるな・・・」
2m近くはあるであろう巨大な体を持ち、ハンタータイプの爪よりも巨大で鋭い牙を持っている。それが備わった顔が三つあり、本物の『ケルベロス』を連想させる。
「どのみち全部倒さなければここから出ることも出来ませんよ。」
のび太は脱出に使えるであろうエレベーターの様子を確認する。先に脱出した者がいるのか、カゴが見当たらなかった。おそらく地上の出入口にあるだろうが、今から呼んだとしてもすぐに来るわけでもないため、結局は戦いを避けることも出来ない。
「今すぐにも出れる方法はあるぜ。ただし肉体は置いていかなきゃいかんがな。」
零夜はすでに銃の安全装置の外して戦闘態勢を取っていた。
「それだけは御免被りたいですね。やらなきゃいけないことがたくさん残ってますから。お互いね。」
のび太は近くのコンピューターの自爆スイッチを押した。照明が赤く点滅し始め、画面に起爆までの時間である10:00という数字が表示される。
「エレベーターがこのフロアに来るまでは約8分らしいですよ。ギリギリですね。」
「猶予が2分もあれば十分だな。殲滅しちまえばタイムリミットなんて気にならん。」
始めの警報が、この研究所での戦闘のコングの代わりになった。B.O.W達が一斉にのび太達に襲い掛かる。
もしのび太達が平凡な人間ならば勝敗は火を見るより明らかだろう。
しかし、この勝負はそう簡単には終わらない。B.O.W達も何度も戦闘訓練を繰り返されて戦闘の技術を身に付けさせられているが、それはあくまで平凡な兵士が相手だった場合の話だ。
のび太は襲い掛かるハンター達をハンドガンの3点バーストで牽制しつつ、弱点の頭部や関節を狙ってショットガンを撃ち込む。頭部や関節は今も昔も変わらず生物の弱点である。頭が傷付けば脳からの命令が体に届かなくなるし、関節が傷付けばその部位は動かせなくなる。
持ち前の射撃センスを十二分に活かした戦い方がのび太の戦い方だ。
一方で、零夜の戦い方はのび太の戦い方とはまるっきり違う。
武器としてハンドガンを使い腕もそれなりにあるが、のび太のように天賦の才能とまでは行かない。だが、氷室零夜が今日までB.O.Wと互角以上に戦い、生き残ってきたのは事実である。
それは自分自身の体にTを超える『Gウイルス』を宿し、射撃センスの代わりに生まれ持った能力があるからだ。
『力を爆発的に上げる程度の能力』
その名の通り力を爆発的に上げることが出来る能力だ。自分自身はもちろん、他人や無機物も対象に出来る。ただし力と共に負担も爆発的に上げるため、使い方を誤れば対象の命を落とす諸刃の剣でもある。
「オラァ!!」
自分の腕に宿る力を上げてハンターを直接殴る。地面にクレーターを作る程の力で殴られたハンターの頭蓋骨は粉々に砕け、それに加えて吹き飛び壁にめり込む。
Gウイルスによる再生能力を利用することで能力のデメリットを緩和出来ることが、零夜の捨て身に近い戦法を可能にしていた。
「ハンターは粗方片付いたな。あとはデカブツだけだ。」
2mの巨体にも関わらず突進してくるケルベロスに狙いを定めて引き金を引く。だがそこはやはり犬なのだろう。高い反射神経と俊敏性を活かして銃弾を躱しながら接近している。銃弾は殆どが外れていた。かすりはするものの、致命傷には至っていない。
「ハンドガンやショットガンじゃ当たっても大したダメージにならねぇ。どうする?」
「なら接近して直接斬りましょう。」
のび太はゼットソードを手にケルベロスの懐に潜り込む。接近するのび太への対応が遅れる。
体高が高いと必然的に視界も高くなり、のび太が視界から消えるのが早くなる。のび太はそのまま剣を突き上げ、ケルベロスの心臓があるであろう位置に突き刺す。甲殻や鱗がないため、剣は難なく突き刺さる。
ケルベロスは断末魔をあげながら暴れだす。急所に刺さったのだろう。
のび太はそのまま剣を頭上から背負投げのように体を捻りながら真上から斬り下ろす。心臓が斬り裂かれ、広がった傷口から血が決壊したダムから流れる水のように溢れ出す。
止めに、強力な弾薬の入ったデザートイーグルをケルベロスの頭に数発撃ち込む。銃の反動で肩が脱臼しそうになる。
吹き出した血で研究所の床が濡れる。息絶え力無く倒れたケルベロスの下敷きになるまいとのび太がケルベロスから離れる。
それと同時にエレベーターが到着し、今まで閉ざされていた扉が開く。
「おい、爆発が始まる前に脱出するぞ。」
零夜は既にエレベーターに乗っていた。後はエレベーターで脱出するのみである。
「今行きますよ。」
のび太もエレベーターに乗ろうとする。しかしそれも、突然の乱入者によって防がれる。
先程倒したケルベロスと同じタイプのB.O.Wの群れがのび太を包囲、エレベーターの入り口付近の壁を体当たりで崩し退路を塞いだ。
「ワイリー!!大丈夫か!?」
零夜が援護しようにも、崩れた瓦礫によって攻撃する隙間どころか外の様子すら見ることが出来ない。幸いエレベーターにはダメージがなく、普通に稼働している。
「囲まれたうえに逃げ道も塞がれたか・・・」
一方で孤立してしまい、ケルベロスの群れに囲まれたのび太は余裕がなくなりつつあった。
退路は塞がれ、自爆までの時間も殆ど無く、その上一体相手でも苦戦した相手が群れでやってきたのだ。
こうなれば自分を犠牲にしてでも今出来ることを行うのが野比のび太という人間だ。
「零夜さん!!先に行って下さい!!」
「馬鹿野郎!!ここしか出口はねぇんだぞ!!お前はどうするんだ!?」
だが零夜はそれを受け入れない。家族や仲間等の親しい者達を全て失って来た零夜がそれを許すはずがなかった。
「ここで二人とも犠牲になるわけにはいかないでしょう?」
「それがお前である必要もないだろ!!待ってろ。こんな瓦礫一瞬でぶっ飛ばしてやる!!」
零夜は能力を右腕に付与し、大きく振りかぶる。
「馬鹿はそっちだ!!あいつらも殺すつもりか!!」
その言葉で零夜の腕が止まる。それと同時に帰りを待っている仲間達の顔が浮かぶ。自分が死ぬということは、幻想郷は対抗するための最後の切り札を失うことに等しく、その後の結果は目に見えていた。
「それに・・・きっと、君を呼んでいる人達がいる・・・」
そう言い残すとのび太は、遠隔操作で零夜が乗っているエレベーターを作動させる。
「おい待て!!」
零夜の制止も虚しく、エレベーターは出口へ向かって地上へと上がっていく。
「さて・・・せいぜい悪あがきさせてもらうか・・・」
零夜が乗ったエレベーターが地上に到達するのと地下深くで大爆発が起こるのはほぼ同時だった。
地下深くでの爆発によって零夜がいる地表が揺れる。自爆装置が作動しB.O.W達は殲滅されただろう。生存者も残らず焼いたに違いない。今さっきまで共に戦っていた仲間も助かるわけがない。
「零夜くん!!大丈夫!?」
爆発の音と振動を嗅ぎ付けて、零夜の無事を確かめるために永遠亭に待機していた紫達がスキマを通って駆けつけてきたのだ。
「俺は大丈夫だ。だがワイリーの奴が・・・クソッ!!」
零夜が右腕を地面に叩き付ける。付与された能力がまだ残っており、地面にクレーターが出来る。それと能力の付加によって零夜の右腕の血管が破裂し血が勢いよく吹き出す。
「零夜くん・・・」
そんな零夜を見ていることしか出来ない紫達も自分の非力さを思い知った零夜の中には悲しみが溢れていた。
「ワイリー・・・敵は取るからな。」
「僕まだ死んでないんですけどね・・・」
爆風を少し受けて服の一部が焦げたり、返り血を浴びて汚れたのび太が上空のスキマからその様子を見ていた。
あの後大した時間をかけずにケルベロス達を倒したのび太だったが、脱出する手段がなくなり、必死で自爆を止めようとしていたところ、のび太の次元の紫がスキマで救援に来て脱出できたのだ。
「さて、帰るわよ。ここで出来ることは終わったでしょ?」
「はい。後は彼らに任せます。この世界の問題はこの世界に生きる者達で解決した方がいい。」
少なくとものび太は彼らから受けた借りは返したつもりだし、今から出て行って混乱させるわけにもいかない。
「この先いろいろな苦難が待ってるだろうけど、自分だけは見失うなよ。」
のび太はやがて救世主になるであろう男に別れを告げ、スキマの中へと消えていった。
これでコラボ編終了です。
今回は『絶希録』との交流があったため記念に書きましたが、今後コラボ等の要請があったとしてもこちらは拒否させて頂きます。(まあいないだろうけど。)
残りは気まぐれに数話書いたのち、トゥルーエンドを書いてこの小説は完結とさせて頂きます。
それは一ヶ月後かもしれませんし、何年後になるかもわかりませんが、気長にお待ちください。