第1Qは続く。両チーム、初めに得点を決め合ったが、やはり地力は『Jabberwocks』が上か。時間の経過に伴って、徐々に得点差が開いていく。かつての歴史を大幅に上回る帝光中学の『キセキの世代』。空前絶後の天才性を誇る日本最強メンバーでさえ、喰らいつくのが精一杯の様子だ。まず目立つのは、力を出し始めた巨躯の怪物ジェイソン・シルバー。
「ハハハハハハッ!」
「くっ……速い!?」
巨体に見合わぬ俊敏な動作と高度なドリブル技術。まるで生粋のドリブラー。縦横無尽にボールを散らし、素早い体捌きで紫原君を突破する。無人のリングにダンクがねじ込まれた。
「切り替えろ。今度はオレ達の番だ」
赤司君が味方に声を掛け、時間を使ってボールを運ぶ。守備側のナッシュからの距離は一歩遠い。いまだ互いに小手調べ。ノールックで緑間君へパス。彼の得意領域たる3Pライン外で受け取るが――
「さすがに警戒されているか……」
「この試合、キミに3Pは撃たせないよ」
氷室さんの密着マーク。明らかにシュート阻止のみを狙った態勢だ。緑間君は顔をしかめ、舌打ちする。しかし、それならばと即座にカットインへと移行。氷室さんをかわしてインサイドへ切り込み、中距離からのジャンプシュートを放つ。絶対の精度を誇る緑間君の3Pシュート、それは当然ミドルレンジでも変わらない。ボールが指先から離れる。
「甘えんだよ!」
「何という反射神経、そして跳躍力なのだよ……」
突如眼前に出現する巨体。上空に跳び上がり、シルバーの掌がボールを叩き落とす。こと身体能力に関しては世界屈指。この男がいるからこそ、氷室さんは易々と抜かせたのだ。こぼれたボールは彼が拾い、流れるように火神君へ、そのまま前線へと矢のようなショルダーパス。
「って、もうあんな先にいんのかよ!?」
ベンチの選手達から上がる驚愕の声。このわずか数秒の間に、シルバーが最前線へと駆け付けていた。あの巨体で信じがたい脚力だ。自陣最深部からの単独速攻。最高速に到達したこの男には誰も追いつけない。そして、余裕を見せつけるかのように、フリースローラインから踏み切った。しかも、前方ではなく横に身体を捻って回転させた大跳躍――
「まさかこれは……!?」
――360°ダンク
無人のリングにねじ込まれた。湧き上がる大歓声。着地したシルバーが振り返り、挑発的に中指を立てて見せる。
「それもレーンアップで。人間技じゃないぞ……」
これが『神に選ばれた躰』と謳われるジェイソン・シルバーの実力。世界最強プレイヤー、火神大我だけのチームではない。部員達の畏怖の感情が伝わってくる。連続得点を奪われた帝光中学。しかし、ボクはまるで不安を感じてはいなかった。彼らはここからだ。
――ハーフラインから放たれた長距離3Pシュートがリングを通過した。
「……しまった」
「そう簡単にオレが止まると思われては困るな」
眼鏡を直しながら言い放つ緑間君。彼のシュートレンジはコート全域に及ぶ。一瞬たりともフリーにしないというのは容易ではない。苦虫を噛み潰した様子の氷室さん。放てさえすれば必中の一撃。過酷な筋力トレーニングにより、ハーフライン程度であれば多少の負担で連発可能だ。人間離れした派手なプレイに会場がざわざわとどよめく。
「ハッ!何をはしゃいでんだ。オレ様にボールを集めりゃいいだろうが」
ナッシュがゆっくりとボールを運び、ローポストに位置するシルバーへとパスを出す。背後には紫原君。だが、無視して強引にゴール下までパワードリブルで押し込もうとして――
「むっ……?」
余裕の表情がわずかに曇る。押し込めない。ようやく彼もエンジンが掛かってきたらしい。規格外の身体能力という言葉は、日本では彼のためにある。正しい力の伝え方を学んだ彼のパワーは、同じく世界屈指。
「だったら、かわして決めてやるよ!」
パワー勝負を厭ったシルバーの高速スピンターン。しかし、それは読まれている。桃井さんのデータでプレイの傾向は丸裸だ。瞬時に回り込み、待ち構える青峰君が易々とスティールを成功させる。
「パスは出さないんだってな。読めてるぜ、単細胞」
「このクソがっ!」
そのまま帝光中学のカウンター。青峰君、赤司君vs氷室さん、ナッシュ。疾走する両者を迎え撃つ。そのまま2on2、と見せかけて。赤司君がノールックで後方へバックパス。受け取るのは再び――
「しまっ……!?」
氷室さんが声を漏らす。緑間君の高弾道の3Pシュートが炸裂する。
「うおおおっ!また、ハーフラインから決めたぞ!」
「得点も追いついてきたぞ」
連続3Pで流れもこちらに引き戻せつつある。まだ火神君が様子見だというのもあるが。その彼が薄く笑みを浮かべてこちらのベンチを振り返る。視線が交錯する。
「さすがだな。以前、日本で見た時とは別人。WC時点での戦力と比べても遜色ねーな」
一息吐いて、しかし彼の自信は揺らがない。
「けど、歴史を超えたのはそっちだけじゃないぜ」
そして次のターン。『キセキの世代』に最も近い男、氷室タツヤが牙を剥く。
シュートフェイクからの流れるようなカットイン。正統派バスケットの最高峰に位置する彼の動作は、全てが流麗な舞のごとく。迫真のフェイクからよどみなく前傾姿勢のドリブルへと移行する。ストバスの激しくトリッキーなスタイルとは対極。基本に忠実な氷室さんの美麗なプレイは見るものを魅了する。
「すごい……」
「いや、相手も喰らいついてるぞ」
しかし、マッチアップする緑間君もさるもの。世界クラスの技量の持ち主を相手に、集中力を高めて対応している。3Pシュート一辺倒に思われがちだが、1on1の力量は未来の『無冠の五将』を上回る。
「へえ、ついてくるか。ならば、これはどうかな?」
急停止から真上に跳躍。滑らかな動作の連携により、即座にジャンプシュートの態勢へ。
それでも、まだ緑間君を振り切れていない。両手を伸ばし、彼のブロックが間に合う――かに見えた。
「ぐっ……これは、以前、帝光中で見せた!?」
「このシュートは誰も触れない」
未来において、誠凛高校を苦しめたアレを彼は繰り出した。ボクとは異なるアプローチで。しかし、そのボールは、相手のブロックをすり抜ける。
――『陽炎の(ミラージュ)シュート』
描く放物線、ボールは何物にも阻まれずリングを通過する。一瞬、歓声が止まった後、観客の間にざわめきが生じる。ブロックされるタイミングだったはずなのに。不可解な事象に首を傾げるが、それは帝光中学の面々を除いての話。かつて、挨拶としてボク達の前で披露されたのが、このシュートだった。
「さすがだね、緑間君」
ネットを揺らす音が鳴るコート内で、彼は軽く口角を上げてみせる。
「目で追えていたじゃないか。原理は掴んでいるか」
「ずいぶんと余裕だな。次は無いのだよ」
「余裕のつもりはないけどね。だけど、コレはただのトリックシュートじゃない。そう簡単に触れることはできないよ」
絶対の自信がその表情から窺える。氷室タツヤの完成させた秘技。
「この技は、タイガにだって通用する。触れるものなら触れてみな」
帝光中ベンチは、会場の人々ほど驚愕に包まれてはいなかった。冷静にボク達は状況を考察する。目線はコート内に向けながら、隣の席に座る桃井さんへと声を掛ける。
「どう見ます?」
「予想した通りね。前回実際に見たものより、精度が上がってる」
ノートに何かを書き加えながら、彼女は真剣な表情で答えを返す。当然の話だ。こちらが成長したのと同様、相手にも技を磨く期間が設けられていた。あの『陽炎の(ミラージュ)シュート』も、それ以外のコンビネーションも、速度や正確性を増している。以前のままの彼らを想定していれば、試合内での修正は容易ではなかっただろう。だが、こちらには彼女がいる。
情報分析のスペシャリスト、桃井さつきが――
「うん、予想数値通りね。事前に伝えたデータから、修正は必要ないわ」
選手の成長性さえも含めた予測を可能とする、彼女の情報分析。これまでは対戦チームと差がありすぎて必要とされなかった力が、いま開花する。
「フフッ……初見は泳がせるようミドリンに伝えたけど、ここからは通用しないわ」
彼女の冷たい声音に、思わず口を滑らせる。
「敵にすると恐ろしいですが、味方にすると心強いですね」
「ん?テツくんと敵になったことなんてないでしょ?」
そうですね、と首を振った。
『陽炎の(ミラージュ)シュート』の原理。それは精巧なフェイク技術を土台にした2段構え。シュートフォームから手首を返し、宙に一度ボールを放り、空中でキャッチしてもう一度放り投げる。一度目の手首を返した時点でシュートを放たれたと錯覚し、二段目の本命を逃してしまう。それを読んで二段目にタイミングを合わせようとすれば、こちらの態勢の整わない一段目で発射される。どちらに転んでも、十全なブロックは不可能。
タイミングを外すことで、まるで陽炎を掴んだかのように錯誤させる。これが氷室タツヤの奥義。
こと1on1において、対応は困難を極める。確かに本人の言う通り、火神君にすら通用しかねない絶技である。ただし、こちらが無策ならばの話。
氷室さんにボールが渡り、会場がどよめく。マッチアップは再び緑間君。クロスオーバーからのドリブル突破でインサイドへと切り込んだ。
「でしょうね」
この技は、3Pシュートとしては使えない。空中でボールを掴み、再度投げる。イメージとしてはタップシュートに近い。下半身との連動の悪さゆえに、長距離を飛ばすには向かない。さらに、氷室さんの3Pシュートの精度は、並外れて高い訳ではない。確実を期すならば、ドリブルで中距離まで近付く必要がある。
「ストップからのジャンプシュート!また、さっきの技か!?」
ある程度、読まれていると分かった上でも、彼はシュート態勢に移行した。緑間君のマークは外れていない。それだけ、この技に絶対の自信を持っているということ。
――『陽炎の(ミラージュ)シュート』
氷室さんのシュートに合わせて、緑間君は跳躍する。一段目に的を絞ったブロッキング。氷室さんの眼はそれを捉え、瞬時に判断を下す。一度目の手首の返しはフェイク。二段目でボールをリングへ放とうと。
「無駄だよ。オレのボールには誰も触れない」
確信と共につぶやかれた言葉が届き、緑間君は口元を緩ませる。直後――
「喰らいやがれ!」
――氷室さんの背後から手が伸び、ボールが叩き落された。
後方から詰めてきた青峰君のブロックが炸裂。氷室さんの顔が驚愕で固まった。
練習通り。
『陽炎の(ミラージュ)シュート』の対抗策。それは二段目に的を絞ったバックアタック。緑間君は発生の早い一段目を狙い、ヘルプ要員が発生の遅い二段目に対処する。パスで逃がさないよう、死角からの強襲で。ひとりで時間差に対応するのは難しいが、二人いれば対処は可能だ。
「青峰君の反応速度で、とっさにオレを捉えたのか?」
氷室さんの顔に困惑の色が浮かぶ。偶然か必然か。
パスが届く。もう一度、今度は青峰君をケアしつつカットインを試みた。先ほどとは異なるパターン。中央へ向かい、ナッシュとのワンツーを経由してジャンプシュート。
「させん!」
緑間君のブロックを確認し、氷室さんは手首を返して一段目の偽装を施す。陽炎を掴んだがごとく、振られた緑間君の腕は空を切る。そこから空中でキャッチし、二段目の本命を装填。
『陽炎の(ミラージュ)シュート』
――直後、後方から伸びた手が、ボールを弾き飛ばす。
振り向くと、してやったりと満足げな黄瀬君の姿が。今回は彼に二段目の撃墜を担当してもらった。氷室さんも気付く。自分が罠に嵌められたことに。
「不思議そうな顔をしていますね」
「うん。確かに二段目までにワンテンポのタメが生じるけど、わずかなもの。狙ったとしても、初見であれほど的確なカバーとブロックができるなんて思わないものね」
桃井さんの指摘に、ボクは小さく頷いた。いかに『キセキの世代』のセンスでも、針の穴を通すようなコンマ単位の完璧な連携は難しい。
ボク達のように、徹底した『陽炎の(ミラージュ)シュート』の対策を積んでいなければ――
「次は彼の番ですね」
「うん。せっかく、最新版を見るために。ミドリンに最初様子見してもらったんだもん」
氷室さん対策で重要な役割を果たしたのは、ひとりは桃井さん。データを分析し、行動パターンを予測し、この対抗策を練った。そしてもう一人――
「カウンターの速攻!」
「黄瀬に渡った……このまま自分で行くか!?」
「いやっ、火神大我が間に合うぞ」
黄瀬君のワンマン速攻を火神君が追いかける。両者が敵陣で視線を交錯させ、瞬時に勝負に移る。ゴール下までは切り込まず、ワンフェイクを入れて、ストップからのジャンプシュート。あまりにも滑らか、流麗にして美麗な舞のごとし。
「これは……アイツの…!?」
世界最高峰と謳われる火神君のブロック。高高度からボールを叩き落とさんとする彼の腕が空を切った。まるで陽炎を掴んだかのように。
――『陽炎の(ミラージュ)シュート』
火神君が初めて驚愕の表情を浮かべた。ブロックをすり抜ける。世界最強からもぎ取った得点。ゴールを確認した黄瀬君が楽しげに口笛を鳴らす。
「確かにアンタの言った通りッスね。この技は――火神大我にも通用する」
黄瀬涼太の『模倣(コピー)』。それは相手の技を、即座に自らのものとして使いこなす超越能力。並外れた観察眼と身体操作能力によって、それを可能とする。自身の技量を超える模倣はできないが、逆に言えば、模倣できるということは、技量で勝っているということ。
数か月前、黄瀬君はついに彼の奥義を模倣(コピー)できるようになった。氷室さんの対策だけ綿密に練りこめたのもそのおかげだ。そして、これらは彼についての事実を証明する。
いまや、素の実力で氷室さんを上回っているということ。『キセキの世代』の天才性、成長性が優った。
「もらったのだよ」
「しまった……」
衝撃の光景を目にしたことで意識に隙の生まれる。氷室さんからのスティール。赤司君、黄瀬君とボールが高速で飛び、再びカウンターの速攻が繰り広げられる。
戻りが間に合ったのがジェイソン・シルバー。俊敏かつ巨躯の怪物が正面に回り込む。即座に黄瀬君はストップからのジャンプシュート。もちろん、ここで放つのは――
――『陽炎の(ミラージュ)シュート』
「チイッ!どうなってんだよ!」
苛立ちを隠さず、歯ぎしりするシルバー。巨腕をすり抜ける正確無比な絶技が披露される。どうやら味方にも対処法は知られていないか。ここで第1Q終了のブザーが鳴る。
得点は互角。上々すぎる立ち上がりだ。ただ、第1Q終了間際に見せた、黄瀬君に得点を決められた直後の火神君の獰猛な表情。おそらく、彼も様子見は終わりだろう。それを読んで、ボクも試合に出ずにいたのだが。ここからはそうも行かないはず。「見」に回っていた世界最強が、いよいよ力を発揮する。