Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第42Q 絶対は僕だ

 

 

 

アメリカ合衆国、LA。木々と金網に囲まれたストリートのバスケットコート。ケージを取り囲む数十を超える観客やテレビカメラ。盛り上がりを見せる決勝の最終試合。ボクは金網の内側のベンチに腰掛け、仲間達の応援をしていた。

 

試合開始の合図。この大会はハーフコートの3on3。攻守交代制。

 

先攻はチーム『Jabberwock』。キャプテンを務める金髪の青年、ナッシュ・ゴールド・Jrがコート中央付近に立つ。その顔は嘲笑で醜く歪んでいた。彼はボールを受け取り、ドリブルを開始する。勢いよくボールを弾ませた。

 

「今回はチーム全員がサル共だぁ?とことん苛立たせるヤツらだぜ」

 

侮蔑的に吐き捨てる。彼の視線はかつて辛酸を舐めさせられた敵、火神君に向けられ、次いで、目の前の小柄な少年へと移動した。対面するは『キセキの世代』赤司征十郎。両者の視線が交錯した。

 

「テメエについて来られるかよ」

 

「これは……!?」

 

前後左右に激しくボールを揺さぶり、相手を翻弄するトリッキーなドリブルで攻め立てる。ストバス特有の動き。『魔術師』の異名に恥じない変幻自在のボール捌きであり、遠目からでなければ、容易に見失っていただろう。一目瞭然の卓越した技量。しかし、赤司君は喰らいつく。

 

「チッ……抜き切れねぇか」

 

舌打ちするナッシュ。これまでの相手とは別物と理解したらしい。即座に切り替える。ドリブル突破を断念し、パスに移行。しかし、ただのパスではない。腰を落とし一挙一動を警戒する赤司君。その脇を、無抵抗で切り裂く不可視の一閃。

 

「なっ……いつの間に!?」

 

明らかに遅れて、赤司君が驚愕と共に振り向いた。彼ですら感知できない、一切の予備動作を排した、無拍子の一撃。ノーモーションで放たれたパスは、屈強な黒人、ジェイソン・シルバーの手に渡る。

 

「オラァ!」

 

スピードの乗った状態でボールを受け取り、最高速からのドリブル突破。敏捷性を最大に発揮して、火神君を抜き去りダンクを決めた。

 

速い、とてつもなく。

 

間近で見ると、信じがたい速度だ。観察しながら、自然と驚愕の声が漏れた。しかも、あの火神君を突破するなんて……。

 

「ハッ!最初から『野性』も解放してやがるな。いいね、やる気出すじゃねーか」

 

獰猛な獣のごとく、火神君は唇を一舐めし、愉しげに口の端を吊り上げる。相手のシルバーも凶獣そのものの殺意を以って、世界最強に対峙していた。火花散る視線の攻防。

 

 

 

 

 

先制点を許し、チーム『Alex』の攻撃ターン。ハーフライン付近でボールを手にするは、PGの赤司君。先ほどの意趣返しとばかりに、生粋のストリートボーラーばりのドリブルを仕掛けた。前後左右に激しくボールを振り回す、特有のムーブ。

 

「うおおおっ!あのガキもすげえドリブル!」

 

見ごたえのあるPG同士の激闘に観客が湧く。盛り上がる会場とは裏腹に、相手の表情は冷静そのもの。並大抵では目で追うことすら困難なそれに、しかしナッシュは反応する。

 

「あの赤司君ですら……。ナッシュ・ゴールド・Jr、やはり技量は凄まじいですね」

 

素直に敬服する。そして、抜けないと見るや即座にノールックで火神君にパス。問題なく彼の手にボールが届く。だが、かすかな違和感。パスの寸前に赤司君の顔色が曇ったような……。

 

「今度はオレの番だぜ!」

 

最速を以って、シルバーのディフェンスを突破。気合いの雄叫びと共に、お返しのダンクを叩き込んだ。ギリッと憎々しげに歯噛みするシルバー。

 

「ナッシュ!オレにボールをくれ!」

 

「いいぜ、どんどん来いよ!」

 

ここからは火神君とシルバーの対決である。ナッシュは予備動作を排した無拍子で。赤司君もドリブルやフェイクを織り交ぜて。味方にパスを通していく。

 

超人的な身体能力を有したエースによる、一進一退の攻防が続く。シルバーが得点を決め、火神君が取り返す。それが延々と繰り返された。白熱の展開だが、ボクは溜息を吐き、首を横に小さく振る。

 

「完全に遊んでますね……」

 

わざと『野性』を発揮せず、あえて勝負を拮抗させている。手加減ではないが、全力でもない。自分が楽しむために戦力を調整しているのだ。

 

 

 

赤司君は、過去のボクの知る限り最優のPGだ。ノーモーションからの高速パス。手元を全く見ないドリブルスキルと、それによって完璧に把握されたコートビジョン。自分で決めるシュート力。司令塔として理想形に近い。

 

再びナッシュとのマッチアップ。技巧的なドリブルで赤司君が突っかける。迫真のフェイクを織り交ぜながら、味方の動きを把握する。目まぐるしく変化する戦況。両者の視線がぶつかり合う。火神君のマークが一瞬外れた。しかし――

 

「意表を突いて、氷室へのパス……!?」

 

観客のどよめき。背面越しに出されたのは、もう一人の選手、技巧派SG氷室辰也へのパス。洗練された舞踏のごときスタイルで、フェイントからのジャンプシュートを放つ。

 

「クッ……悔しいが、やはり相手も上手いか…!」

 

寸前でブロックに跳ばれ、彼の態勢がわずかに崩れる。普段の冷静な顔が歪む。滞空したボールがリングに弾かれた。

 

「ああー!惜しい、せっかく裏をかいたのに!」

 

周囲から声が聞こえるが、それは違う。出させられたのだ。火神君へのパスコースを封じることで。

 

間違いなく赤司君は、過去のボクの知る限り最優のPGだ。しかしそれでも――

 

 

――ナッシュ・ゴールド・Jrの前では粗が見えるのか。

 

 

 

 

 

 

前半戦が終了した。

 

休憩でベンチに腰掛ける仲間たち。世界最高峰の実力者が相手ゆえに、疲労感もこれまでとはまるで違うらしい。とはいえ、火神君は余裕が感じられる。

 

一方、赤司君の顔つきは厳しい。両手を組み、無言のまま力を込めて握っていた。今のところ、司令塔のパス回しで微妙な違いが生まれ、彼我の得点に直結している。現在2ゴールのビハインド。原因は純粋な技術(スキル)の差、そう思っていたのだが……

 

「厄介だな……。オレの『パス』が封じられている」

 

一瞬、何のことか分からなかったが、すぐに気付く。今の赤司君の有する超越技能。味方を『ゾーン』に入れる理想のパスのことだと――

 

「本当ですか……!?」

 

「ああ。独力で入れる火神君は別として。氷室さんにパスを出すときに何度か試みたが、明らかにタイミングをズラされた」

 

今回の歴史で初めて使われた、赤司君の埒外の能力。未来を知るボク達ですら初見の空前絶後の特性。対火神君の切り札として考えていたそれが、封じられているという。単なる技量でどうこうなるモノでは無いはずだが。想定外の出来事である。理由は不明だが、だとすれば相性は最悪。

 

「これはマズイですね……」

 

ボクの思っていた以上に、ナッシュの性能は群を抜いているらしい。

 

「ん?どうした、黒子?」

 

怪訝そうにこちらに声を掛ける火神君。

 

「いえ、何でもありません。今回は野性は使わないんですね」

 

「もう少し遊んでからだな。……赤司、マーク代わる必要あるか?」

 

苦戦した様子を見て、後半戦の確認をするが、赤司君は首を横に振った。

 

「打つ手はある。あまり気は進まないが……」

 

困った風に溜息を吐いた。直後、別人のごとく、彼の纏う雰囲気が豹変する。抜き身の刀の危うさ、押し潰さんばかりの威圧感。ある意味では懐かしい。かつての高校時代を思い出す。

 

おそらく、アレを解禁するつもりだろう。かつてボク達を、誠凛高校を、絶望の底に叩き落とした、アレを――

 

 

 

 

 

 

 

後半戦開始のブザーが鳴り響く。攻守は入れ替わり、チーム『Alex』にボールが渡された。相手側もメンバー交代は無し。当然だろう。マッチアップも変わらず。しかし、異なる点がひとつ。赤司君の人格(キャラクター)。

 

そして、直後に生じるもう一点。

 

 

――アンクルブレイク

 

 

「あのガキが抜いた!」

 

「しかも、ナッシュが転がされるだと!?」

 

今大会において、最大の驚愕が会場を襲う。各所から信じがたい光景へのどよめきが巻き起こった。

 

「頭が高いぞ」

 

傲岸不遜に言い放つ。尻餅を着いたナッシュを見下し、そのまま火神君との連携で得点を決めた。

 

これが、赤司君の有する固有能力『天帝の眼』。彼の代名詞とも言える、未来を見通す眼力。それを発動した。相手の視線や呼吸、心拍、筋肉の動き。彼の眼は、それら全てを見透かせる。

 

 

 

攻守交代。今度はナッシュがボールを手にする。これまでのある種の余裕は消え、表情に警戒が浮かんでいた。

 

「……まさか、お前も」

 

瞳には屈辱に対する怒りよりも、冷静さが宿っているようだ。まるで何かを見極めようとしているような。ドリブルでボールを保持している間、他の面々も縦横無尽にコートを駆け回る。赤司君とナッシュ、両者の視線が絡む。肌を刺すようなプレッシャー。別人としか思えない威圧に、よりナッシュの意識は警戒を増す。

 

「試してみるか……」

 

ボールを床に弾ませて、股の間を通す。ナッシュの視線は微動だにしない。しかし、右腕はすでに予備動作無しでパスを放っていた。この試合、無敵を誇った高等技術の結晶。ノーモーションでコート最深部へと空間を切り裂いていく。そのはずだった。

 

 

――ナッシュの右手から、ボールが弾き飛ばされる。

 

 

「絶対は僕だ」

 

 

まるで時が止まったかのよう。凄まじいスティールに、会場が静まり返る。転々とコートを弾むボール。赤司君はそれを、悠然と掴みあげる。

 

 

――彼の眼には、未来が視えている。

 

「なるほど。お前、未来が視えてるな?」

 

耳が痛くなるほどの歓声が止み、静寂に包まれた試合会場。静まった空気を破るように、ナッシュの言葉がボクの耳に届いた。腰に手を当て、深く息を吐く。1on1で敗北したとは思えない、平静な声音だった。

 

「初めてだぜ。オレと同じ眼を持ってるヤツを見るのは」

 

「映像を見て予想はしていたが……」

 

「こんなサル相手に、切り札を使う羽目になるとはな」

 

ナッシュの雰囲気が禍々しく変貌する。敵意が物質化して漂うかのような暗黒。ここに至り、ようやく赤司君を潰すべき敵と認識したのだ。かつて、火神君と対戦した映像からも分かっていた。彼の眼も未来を視れることを――

 

「だが、オレの『魔王の眼(ベリアルアイ)』は、お前のソレとは格が違うぞ」

 

傲慢なまでの自負を以って、ナッシュは口にする。そして、証明する。

 

 

――赤司君の手から、ボールが弾かれる。

 

 

「あの赤司君から……!?これが『魔王の眼』ですか……」

 

未来を見通す赤司君の裏をかいた。背筋が凍るほど絶妙な、パスカット。一瞬、見ているボクの呼吸すら止まったほど。

 

「理解したか?サルの分際で、オレに勝てるなんて思うんじゃねーよ」

 

「……理解したさ。なるほど、これが未来を読まれる感覚か」

 

挑発的に舌を出すナッシュに対して、赤司君は深く息を吐く。腰を落とし、意識をさらに研ぎ澄ます。先ほどの動作を元に、相手に対する想定を修正。

 

「だが、次はない」

 

言葉とは裏腹に、しかし赤司君は守備位置を半歩後ろにずらす。シュートよりも、ドリブル突破を警戒した構えだ。プレッシャーを掛けることより、抜かれないことを優先。相手を格上と見なしたのだ。『眼』の精度、というより身体能力や技量において。

 

「くっ……ナメるなよ」

 

不用意に制空権を犯すナッシュ。顔に嘲笑を浮かべ、ゆったりとボールをついて踏み込んでくる。挑まれた接近戦。両者共に有する未来を見通す眼。勃発する1on1。ナッシュは前後左右にボールを振り回し、果敢に攻め立てる。赤司君はそこから隙を読み取らんと喰らい付く。互いに最高峰の技量の持ち主。数秒ほど攻防は拮抗し――

 

相手の黒人選手が、氷室さんのマークを振り切る。

 

「えっ……!?」

 

 

――瞬間、すでに彼の手元にボールが収まっていた。

 

 

赤司君の警戒をすり抜け、最上のタイミングで届くパス。当然のごとく、フリーで放ったジャンプシュートが決まった。

 

「いつの間に……」

 

赤司君の顔が驚愕で固まった。普段の彼からは想像もつかない狼狽の表情。以前、火神君に敗北したときと同じ。かつての歴史では思いもよらなかった脆さが、露わになったのか……。

 

未来を見通す眼を持つ者同士。本来ならば状況は五分。それなのに、パスを許してしまった。つまり、これが実力の差ということ。あの彼が、と信じがたい気持ちもあるが、これが世界最高峰の壁。

 

そしてもう一つ気になるのが、先ほどのパス。明らかに精度が上がっていた。それも尋常でなく。マークを振り切った瞬間に手元に届いたボール。それは相手の動き出しを見てからでは間に合わない。味方の未来を予測でもしなければ。

 

 

ナッシュは対戦相手だけでなく、コート全体の未来が視える。

 

 

技量(スキル)も、眼も、赤司君を上回る。火神君と同等の脅威。人類の極限に迫る性能。観察を続けることで強張った身体を、大きく息を吐き、首を回すことで弛緩させる。凝り固まった頭をリラックスさせ、かつての歴史にまで記憶を遡る。

 

ボクの知る限り、赤司君が勝利する方法はひとつしかない。

 

「……これはまさか?」

 

ナッシュが目を見開き、驚きの声を漏らす。動きを止め、ここに来て最大級の警戒を仕草に表した。

 

「ゾーン……しかも、自力で入りやがっただと!?」

 

まぶたを閉じ、赤司君はコート中央に自然体で佇んでいる。触れれば切れる鋭利な刃。肌を刺し貫く、強烈な威圧。彼の身に纏う空気が、物理的な圧迫感を伴うほどに変貌していく。ゆっくりとまぶたを動かし、開眼する。全戦力解放状態。潜在能力を余すことなく使用する、究極の集中状態。

 

 

『ゾーン』

 

 

圧倒的な全能感と共に、彼は確信をもって言い放つ。

 

 

「もう一度言う。絶対は僕だ」

 

「ナメるなよ、糞ザルが。格の違いを見せてやる」

 

 

後半残り時間3分。世代最強のPGを決める対戦が、LAの地でいよいよ始まった。

 


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