「では、ごゆるりと」
その言葉と共に目の前の扉が閉じた。
聖星は小さくため息をついて、自分に与えられた部屋を見渡す。
大きなベッドに、向かい合っているソファ、その間にある高級そうなガラス製の机。
壁側を見ればアンティーク調のデスクがあり、上には不釣り合いなデスクトップパソコンが置かれている。
「何か、想像していたのと扱いが違うな……」
サテライトからシティへと連行された聖星は、複数のセキュリティに囲まれながらこの部屋に通された。
てっきり独房のようなところへ連れていかれると思ったのだが、想像と違って驚くしかない。
「(パソコンがあるなら父さんと連絡取れるかも。
父さん達、絶対に心配してるし、俺が不問にして欲しいと交渉しても絶対に守られている保証はない。
けど、この部屋には監視カメラや盗聴器は仕掛けられてるのかな?)」
今の自分は彼らの監視下にあり、プライバシーはないと考えた方が良いだろう。
これは少し時間がかかるぞ……と頭を抱えながら、早速パソコンを立ち上げた。
「(まずは、ダミー映像を監視カメラに流す必要があるからその設定をしないと)」
監視カメラに同じ映像が数分程流れるように設定するため、聖星はシステムにハッキングをする。
ハッキングがバレないように世界中の回線を中継したので、逆探知されても10分は稼げるはずだ。
早くしなければと思いながら進めると、1つの扉が閉じている画面へと移り、その扉が開く演出が起きた。
「え?」
扉の先にはデュエルフィールドがあった。
そこには複数のモンスターが存在し、手札や伏せカードも存在する。
見慣れた光景に聖星はこれが何なのかすぐに察した。
「……まさか、詰めデュエル?」
未来のセキュリティ、そして遊馬の世界でも防犯システムに詰めデュエルを採用し、それをパスワードにしていた。
まさか時間のかかる方法をパスワードにしているとは流石である。
簡単な文字の羅列を解き明かすより、カードを1枚ずつ扱うデュエルの方が頭を使い、時間に支配された時の緊張感による焦りが生まれやすい。
それを考えると詰めデュエルは良いパスワード代わりだろう。
「えっと、まず俺の場は……」
聖星の場に存在するモンスターは、守備表示の【ジェムナイト・アメジス】1体。
そして伏せカードは、シンクロ召喚を行える【緊急同調】と、手札と墓地の永続罠カードをセットしたターンに使用出来る【ブービートラップE】。
手札に存在するのは、魔法カード【死者蘇生】、【サイクロン】、チューナーモンスター【グローアップ・バルブ】、効果モンスター【絶対防御将軍】の4枚だ。
墓地には【リビングデッドの呼び声】、【血の代償】、ライフを800ポイント払う事でデッキから仲間を呼ぶチューナーモンスター【メンタルマスター】が存在した。
そしてデッキは【リ・バイブル】1枚のみ。
「俺のライフは900だから【メンタルマスター】の効果は使えるけど、2000ポイント必要とする【リ・バイブル】の効果は使えないな。
エクストラデッキには【A・O・J ライト・ゲイザー】、【ギガンテック・ファイター】、【ゼラの天使】の3枚のみ。
それで、相手の場は……」
相手の場には、モンスター効果が発動した時、問答無用で破壊する【死霊騎士デスカリバーナイト】と、レベル3チューナー【X-セイバー エアベルン】、攻撃力2900の【氷の女王】の3体が攻撃表示で存在する。
魔法・罠ゾーンには自分のモンスターを除外する【ディメンション・ゲート】が発動されており、除外ゾーンには攻撃力4000の【魔王超龍ベエルゼウス】が除外されていた。
「【ディメンション・ゲート】は俺が直接攻撃する時、除外したモンスターを特殊召喚するカードだっけ。
つまり直接攻撃したら攻撃力4000のモンスターが来るのかよ。
何だよそれ、真正面からぶつかるのは無理だな」
更に獣族を戦闘から1度だけ守る【神聖なる森】が発動されており、伏せカードが2枚あった。
カーソルを合わせると【カウンター・ゲート】、【閃光弾】と表示された。
直接攻撃をトリガーとする罠であり、【ディメンション・ゲート】を加えて考えると、どれだけ直接攻撃されたくないのだと頭が痛くなる。
「墓地には【クリッター】、【ゴブリンゾンビ】、【ゲリラカイト】の3枚。
デッキには【ゾンビキャリア】が1枚、エクストラデッキは15枚のまま」
そして、最後に確認しなければいけないライフは1700であった。
「とにかく、今厄介なのは相手の魔法・罠カードと【デスカリバーナイト】だな。
あれだけ直接攻撃をトリガーとするカードを伏せているという事は、直接攻撃で決着が着くと考えた方が良い。
手札にある魔法・罠カードを破壊できるのは【サイクロン】だけ……」
しかし、【サイクロン】で破壊できるのは1枚のみ。
直接攻撃時に【ベエルゼウス】を特殊召喚する【ディメンション・ゲート】。
直接攻撃でダメージを受けた時エンドフェイズ時になる【閃光弾】。
そして【カウンター・ゲート】は直接攻撃を無効にし、1枚ドローする効果がある。
【サイクロン】1枚でこの3枚を処理するのは不可能だ。
「俺の場にそれが出来るのはレベル7の【ジェムナイト・アメジス】。
【ジェムナイト・アメジス】は墓地に送られた時、伏せられている魔法・罠カードを全て手札に戻す効果がある。
だから、【サイクロン】で【ディメンション・ゲート】を破壊して、彼の効果を使えば他のカードを無力化できる
けど、相手の場には【デスカリバーナイト】がいるしなぁ」
【デスカリバーナイト】は自分・相手を問わずモンスター効果が発動した時、自身をリリースしてその効果を無効にし、破壊する効果を持つ。
手札に存在する【グローアップ・バルブ】を召喚し、シンクロ素材として墓地に送る事で【アメジス】の効果を発動したところで、【デスカリバーナイト】で無効にされる未来しかない。
「つまり【ジェムナイト・アメジス】の効果を発動する前に、囮になるモンスターが必要になるってことだから……
仮に【死者蘇生】で【メンタルマスター】を蘇生し、【メンタルマスター】の効果を使ったら【デスカリバーナイト】は破壊できる。
それで【グローアップ・バルブ】を通常召喚して、【ジェムナイト・アメジス】と【グローアップ・バルブ】でシンクロ召喚。
レベル8の【ギガンテック・ファイター】を特殊召喚した後、俺の場と相手の場の伏せカードは手札に戻る。
いや、でも駄目だ。
【ギガンテック・ファイター】の攻撃力は2800、2900の【氷の女王】には勝てない。
仮に攻撃力1600の【エアベルン】に攻撃しても、削れるのは1200ポイント。
これじゃ詰まない」
いや、【死者蘇生】を発動する前に、【ブービートラップE】を発動するのはどうだろう。
【ギガンテック・ファイター】は墓地に眠る戦士族の数だけ攻撃力が上がる。
手札に存在する戦士族【絶対防御将軍】をコストとして墓地に送り、墓地に存在する【リビングデッドの呼び声】を場にセットし、発動。
【メンタルマスター】を蘇生して効果を発動、【デスカリバーナイト】を強制的に場から退場させる。
その後、【グローアップ・バルブ】を通常召喚し、【グローアップ・バルブ】と【ジェムナイト・アメジス】でシンクロ召喚を行う。
【ギガンテック・ファイター】をシンクロ召喚し、【アメジス】の効果で伏せカードが全て手札に戻る。
「墓地に眠る戦士族は1体、だから【ギガンテック・ファイター】の攻撃力は2800から2900になる。
さらに手札に【死者蘇生】があるから、バトルに入る前に【ジェムナイト・アメジス】を特殊召喚できる」
これで場に攻撃力2900と1950のモンスターが揃うのだ。
相手のライフは1700、攻撃力1600の【X-セイバー エアベルン】が存在しても、モンスター2体で攻撃すれば怖くない。
「あ、駄目だ。
【神聖なる森】の効果で【エアベルン】は1度だけ戦闘で破壊されないんだっけ。
【アメジス】と【ギガンテック・ファイター】で攻撃しても、与えられるダメージは350と1300.
ライフ1700を削れない」
これはかなり頭を使うぞ。
米神に手を当てた聖星は、改めて場を見渡す。
「……【緊急同調】って何のためにあるんだ?
バトルフェイズ中にシンクロ召喚する必要があるっていうこと?
けど、エクストラデッキに存在するのはレベル8のシンクロモンスターのみ。
チューナーとチューナー以外のモンスターのレベルを組み合わせても、7と1しかない」
聖星のモンスターのレベルは【アメジス】が7、【絶対防御種軍】が6、【メンタルマスター】と【グローアップ・バルブ】、【リ・バイブル】が1だ。
それに対し、相手の墓地のモンスターはレベル3の【クリッター】、【ゴブリンゾンビ】と【ゲリラカイト】は共に4.
やはり自分のエクストラデッキのモンスターのレベルを考えると、蘇生させたモンスターと自分のモンスターをシンクロ召喚させるのは正解ではないだろう。
「いや、そもそも何で相手の墓地にモンスターが存在するんだ?
しかも全部、戦闘で破壊された時効果を発動するモンスターばかり」
手札に存在する【死者蘇生】を使って、この中から1体蘇生させろという事なのだろうか。
だが、何のために。
「待てよ、相手の墓地のモンスターは全て強制効果。
絶対に発動するんだ。
つまり、【デスカリバーナイト】の効果も嫌でも発動してしまう……」
その瞬間、1つの線が繋がった気がした。
「……そういう事か」
そうだ、シンクロ召喚を行うのはメインフェイズじゃない。
そして、【デスカリバーナイト】のために犠牲にするのは自分のモンスターでなくても良いのだ。
答えが見えてきた聖星は、手札のカードを発動する。
「俺は手札から速攻魔法【サイクロン】を発動。
【ディメンション・ゲート】を破壊する」
場に現れた突風は、次元の牢獄に【魔王超龍ベエルゼウス】を閉じ込めている檻を破壊する。
これで直接攻撃を邪魔する攻撃力4000のモンスターが再臨する心配はなくなった。
「そして【死者蘇生】で貴方の墓地の攻撃力1600の【ゲリラカイト】を貰います」
聖星が選んだのは、相手の墓地に眠るモンスターの中で唯一【エアベルン】と同じ攻撃力を持つ【ゲリラカイト】だ。
聖星の場に凧の形をしたモンスターが現れ、それは楽しそうに笑っている。
隣でとげとげの玩具をばらまくモンスターに【ジェムナイト・アメジス】は苦笑をこぼし、聖星の言葉を待つ。
「そして守備表示の【ジェムナイト・アメジス】を攻撃表示に変更し、チューナーモンスター【グローアップ・バルブ】を召喚。
バトル、【ゲリラカイト】で【エアベルン】に攻撃」
【ゲリラカイト】は手に持っている玩具を【エアベルン】にめがけて投げつける。
しかし、【エアベルン】は手に持っている爪で玩具を真っ二つに割り、そのまま【ゲリラカイト】を貫いた。
攻撃力は同じ1600だが、【エアベルン】は永続魔法【神聖なる森】の加護により戦闘で1度だけ破壊されない。
つまり、もう1度【エアベルン】に攻撃できるという事だ。
「これで【ゲリラカイト】の効果が強制的に発動する」
【ゲリラカイト】の強制効果、それは墓地に送られた場合聖星に500ポイントのダメージを与える。
だが、墓地から現れた半透明の【ゲリラカイト】の前に【死霊騎士デスカリバーナイト】が立ちはだかり、2人は仲良く墓地へと還っていった。
「【ジェムナイト・アメジス】で【エアベルン】に攻撃」
「はぁ!!」
【ジェムナイト・アメジス】は手に持っている剣を大きく振り飾り、【エアベルン】を叩き潰す。
これで相手のライフが1700から350削られ、1350になる。
「そして手札の【絶対防御将軍】をコストに、罠カード【ブービートラップE】を発動。
墓地に眠る【リビングデッドの呼び声】をセットする」
どうせこの後【ジェムナイト・アメジス】の効果で手札に戻るのだ。
【血の代償】でも良かったが、聖星はモンスターを蘇生できる【リビングデッドの呼び声】を選んだ。
「さらに俺は【緊急同調】を発動。
レベル7の【ジェムナイト・アメジス】にレベル1の【グローアップ・バルブ】をチューニング。
シンクロ召喚。
【ギガンテック・ファイター】」
誇り高い騎士は7つの輝く星となり、【グローアップ・バルブ】は1つの輪と1つの星となる。
集まった8つの星は淡い緑色の光へと変わり、轟音を轟かせながら不滅の戦士へと姿を変えた。
空から勢いよく【ギガンテック・ファイター】が着地すると、周りの土が舞い上がる。
「【ギガンテック・ファイター】の攻撃力は墓地に眠る戦士族の数×100ポイントアップする。
これで【氷の女王】と戦える」
最後に相手フィールドに残った【氷の女王】の攻撃力は2900.
流石は女王様、自分と同じ攻撃力のモンスターが現れても一切微動だしなかった。
すると、墓地から【ジェムナイト・アメジス】が現れ、持っている剣を地面に突き刺した。
彼を中心に衝撃波が放たれ、場に存在した全ての伏せカードが手札に戻る。
「【ギガンテック・ファイター】、やれ」
自分の巨大な腕を振りかざした【ギガンテック・ファイター】は、真正面にいる【氷の女王】に向かって突撃する。
【氷の女王】はフィールド全体を凍らせ、自分に歯向かう反逆者を氷漬けにしようとした。
絶対零度の冷気に【ギガンテック・ファイター】の体は白く凍っていくが、不屈の戦士は無理に体を動かし、倒すべき女王に自慢の一撃を食らわせる。
鈍い両者の悲鳴が聞こえ、次の瞬間2体は爆発した。
「【ギガンテック・ファイター】は、自分がやられた時、墓地に眠る戦士族を復活させる。
勿論、自分もな」
誰に聞かせるでもなく、聖星は呟いた。
煙が晴れていくにつれ、詰めデュエルのフィールドが見渡せるようになる。
そこに立っていたのは【ギガンテック・ファイター】だ。
これはバトルフェイズ中の特殊召喚となり、彼にはもう1度攻撃する権利があった。
「【ギガンテック・ファイター】、ダイレクトアタック」
「はぁああ!!」
相手プレイヤーの姿が見えないフィールドに、【ギガンテック・ファイター】の雄叫びが木霊する。
地面に向かって殴りかかった【ギガンテック・ファイター】の攻撃は、残りのライフ1350を一瞬で奪い去った。
同時に詰めデュエル終了のブザーが鳴り響き、セキュリティシステムのロックが解除される。
ランプが青色になった聖星は、詰めデュエルを解けた満足感を味わう暇もなく、プログラムを弄り始めた。
「とにかく、設定を変えないと」
目にも止まらぬ速さで設定を書き換え、この部屋のセキュリティを掌握する。
監視カメラには聖星の用意した映像が流れ、盗聴器の機能もかなり低下させることに成功した。
許容範囲の書き換えに成功した聖星は、休む暇もなく遊星宛てのメールを書き始める。
**
同時刻、聖星を逃がすために1人囮になった鬼柳は手当てを受けていた。
殴られて腫れた顔に冷たいタオルをあてられ、酷い痛みが走る。
「いてっ!
頼むぜ、ラリー。
もうちょっと優しくしてくれないか」
「あ、ごめんね」
苦笑を浮かべながら伝えると、眉を八の字に下げたラリーが申し訳なさそうに言う。
別に責めているわけではないが、さっき起こった出来事のせいで皆気分が沈んでいるのだ。
冷えたタオルを水が入った容器に戻したラリーは、後ろに振り返る。
そこには祈るように両手を組み、顔を伏せる遊星がいた。
「大丈夫か、遊星?」
「……あぁ」
隣に座っているクロウはそう声をかけるしかなかった。
聖星がヘリコプターに乗り、サテライトから飛び去った後、セキュリティ達は一斉に撤退した。
取り残されたのは、暴行を加えられボロボロとなった遊星達である。
体中に包帯やガーゼをつけている遊星は、2人で作っていたD-ホイールの図面を見下ろす。
何とも言えない表情を浮かべるジャックは、手当てをしたナーヴに軽く礼を述べ、天井を見上げながら呟いた。
「まさか、聖星がシティの人間だったとはな」
「頭のどこかでは分かっていたのかもしれない……」
「何だと?」
「いくらサテライトが広いと言っても、あれ程似ている俺達がこの14年間出会わなかったのはおかしい。
聖星はあれ程の実力を持つデュエリストだ、どこかで噂くらい流れているはずだ。
それに、記憶喪失と言っても聖星はサテライトで生きるための術だけを知らなさ過ぎた。
聖星が外から来た人間ならそれも納得できる。
だが……」
それでも、遊星は構わなかった。
例え距離を置かれていても、自分達を見下すシティの人間でも、聖星は間違いなく自分の弟である。
そして、聖星が自分の願いを受け入れ、歩み寄ろうとしてくれた矢先にこれだ。
「だが、あの男の言葉に現実を突きつけられた。
シティには聖星の帰りを待っている家族がいる。
例え実の兄である俺でも、彼等の気持ちを踏みにじる権利はない。
聖星は家族の元に帰るべきだ」
遊星の言葉にクロウは頬をかく。
確かに、クロウも聖星を待っている誰かがいる事を理解していた。
そして聖星自身もそれを分かっていた。
だからクロウは、待ってくれる人と遊星の両方を大切にする道があると伝えた。
「じゃあ遊星、聖星の事を諦めるのか?」
「諦める?
そんなわけないだろう、クロウ。
きっと聖星は二度とこちらに来ることは出来ないだろう。
だから、俺が行く」
シティとサテライトは表向き、行き来が不可能である。
しかし、再生するためのゴミをシティからサテライトに送るためのパイプラインが存在する。
それを利用すればシティに行くことが出来るのだ。
「そのためには、これを完成させないといけない」
人間の足であのパイプラインを突破するのは至難の業である。
だが、【スターダスト・ドラゴン】が羽ばたく姿を見るために作ろうとしたD-ホイールがあれば話は別だ。
遊星の言葉に鬼柳達は笑みを浮かべた。
「よし!
それならチーム・サティスファクションの次の目標は、遊星をシティに送り出し、聖星と会わせる事だ。
異論はないな、ジャック、クロウ!」
所詮、自分達はサテライトから出る事は出来ない。
だからこの閉ざされた世界で大きなことを成し遂げようと思い、チーム・サティスファクションを結成した。
だが、何があってもサテライトから出なければいけない理由が出来た。
仲間のために自分達がすべきことが見つかった鬼柳は高らかに宣言をする。
その言葉にクロウ達は強く頷き、遊星はやわらかく微笑んだ。
「ぇ、あだぁ!」
「何?」
突然奥から響いた人の声。
慌ててそちらに顔を向けると、雨に濡れたタカが地面に転がっていた。
ラリーは怪訝そうな顔を浮かべてタカの前に歩み寄った。
「何やってるの、タカ?」
「ははは、わるぃ。
遊星に伝えたいことがあって慌ててきたんだが、足元が滑って」
「俺に伝えたいこと?」
「あぁ。
遊星、パソコンに変なメールが来てるんだ」
「メール?」
不思議そうに首を傾げる遊星に、タカは強く頷いた。
それから遊星達はパソコンの前に集まり、メール画面を開く。
差出人の欄にはUnknownと書かれているが、本文を見た瞬間、誰がこのメールを出したのか分かった。
「聖星からだ」
「何だと!?」
「なんて書いてる?」
「……どうやら無事らしい」
メールの内容は、無事である事、目を盗んでメールを送っている事、遊星達の安否を気遣う事が書かれていた。
添付にも慌ててパソコンのカメラで撮ったと思わる画像があり、少しぶれているのが急いで撮った事を思わせる。
イェーガーの話から、聖星は手厚く保護されていると予想できた。
実際その通りだと分かり、遊星は安堵の笑みを浮かべ、こちらは全員無事という旨のメールを返す。
**
遊星から返ってきたメールの内容で、セキュリティは聖星との取引を守ってくれた事が確認できた。
安心した聖星は、時々連絡するメールを送り、その日は眠りについた。
そして、目の前に立っている男に警戒の眼差しを向けながら首を傾げる。
「それで、俺はいつになったら家族に会えるのですか?
俺と家族を会わせるためにここまで連れてきたのですよね?」
子猫の威嚇に等しい眼差しを向けられているイェーガーは、不敵な笑みを浮かべながら頭を下げた。
「ご安心を。
既にお父様はこちらの建物にいらしています」
「お父様?」
成程、一応父親役を用意したのか。
随分と手の込んだ事をするものだと感心していると、誰かが扉をノックする。
ソファに座っている聖星は立ち上がろうとしたが、それをイェーガーが手で制し、扉を開けた。
そこには高身長で綺麗な身なりの長髪男性が立っていた。
「失礼いたします」
「お待ちしておりました」
物腰が柔らかそうな男性は、アジア系の人間ではなく、どちらかと言うと欧米の人間である。
聖星の父親役を連れてきた案内人なのだろうかと考えたが、彼以外廊下にいるのは青い髪の女性1人だけだった。
彼は扉を閉め、一歩前に出て聖星を視界に入れると目元を和らげた。
「聖星さん、あちらにおわすお方が貴方のお父上、治安維持局長官のレクス・ゴドウィン様です」
「え?」
今、何て言いました??
思わず声が裏返った聖星は目の前にいる男性とイェーガーを交互に見る。
自分の聞き間違いでなければ、彼は確かにこう言った。
「治安維持局長官……?」
明らかに動揺している少年に、ゴドウィン長官は優しく微笑んだ。
「驚くのも無理はありません、聖星。
貴方が記憶喪失という事はそこにいるイェーガー副長官から聞いています」
「いやいやいや、おかしいですよ。
俺が貴方の息子??
確かに俺と家族に血の繋がりはないってイェーガーさんが言っていましたけど、長官と俺が親子だなんてありえない。
そもそも、セキュリティが俺の事を迎えに来た時、俺の事を不動聖星って呼んでいたじゃないですか!」
そうだ、彼らは自分の事を不動と呼んでいた。
あの時は突然の事に混乱したため気にも留めなかったが、普通なら今現在共に暮らしている家族の苗字で呼ばれるはず。
いや、今はそういう事が言いたいのではない。
混乱している頭の中を整理しながら、聖星は自分と彼の苗字が違う事を指摘する。
「えぇ。
表向き、貴方には不動の姓を名乗って貰っています」
「表向き?」
「理由は簡単です。
義理とはいえ治安維持局長官の息子となると、貴方を狙う人間は多くいます。
だから私は、貴方が私の養子であることが外部の人間に知れ渡らないよう、実の父親の姓を使わせていました。
しかし、どこからか情報が洩れてしまい、結果、貴方は浚われてしまった……」
彼の説明に、よくこんな辻褄が合う設定を作り上げたものだと思った。
確かに彼ほどの身分になると家族は恰好の人質要員だろう。
危険から遠ざけるという名目があれば、別に苗字が異なっていてもおかしくはない。
ゆっくりと歩み寄ってくるゴドウィン長官に、聖星はソファに座っているにもかかわらず、後ずさってしまう。
「……え、あの?」
ゴドウィン長官は慈愛が籠った眼差しを向け、その場に膝をつく。
同じ目線まで屈んだ彼は、聖星を抱きしめ、耳元で囁いた。
「お帰りなさい、聖星」
「……た、タダイマ」
何故自分は話にしか聞いたことがない男に抱きしめられているのだ。
傍から見れば、父親が行方不明だった息子を抱きしめている感動なシーンだろう。
しかし、これがただの茶番であると理解している聖星からしてみれば、吐き気を催す程の違和感があった。
「(鳥肌がやばい。
とにかくこの状況を何とかしないと!)」
どうせ向こう側も仮面を張り付けてやりたくない演技をしているのだ。
聖星は少し強めにゴドウィン長官の腕から脱出し、困惑したような顔を浮かべて尋ねた。
「えっと、俺は貴方の事を何て呼んでいましたか?」
「私の事は父上と呼んでいましたが、好きに呼んで構いません。
今の貴方にストレスは厳禁。
呼びやすいのが1番でしょう」
「(とても呼びたくないです)」
父上とかどの時代の侍ですか、武士ですか。
必死に笑顔を作りながら分かりましたと返せば、次の言葉に言葉を失う。
「それと、貴方には新しい学校へ通ってもらいます」
「えっ?
どうしてですか、ち……父上?」
「今まで通り、貴方をもとの学校へ通わせていればまたいつ狙われるか分かりません。
今後、狙われないように我々治安維持局の目が届くデュエルアカデミアに編入してもらいます。
友人とは会えなくなりますが、貴方を守るためです。
理解してください」
「けど、皆、俺の事を心配しているんじゃ……」
「貴方は親の都合で海外の学校に転校した事にしました。
未だにネット環境が整っていない秘境なので、連絡は不可能と伝えています」
次は友人との関係をリセットさせてきたか。
もし聖星が以前から関わりのある友人に会いたいと言い出しても、誘拐された事実を盾にすれば会えなくなる。
随分と強引すぎる展開に、聖星は理解が追い付かない。
この場に【星態龍】がいれば、冷静に判断し、聖星にどのような行動をすれば良いか助言してくれただろう。
「あ、そうだ。
俺が不動聖星と名乗っているのは、一応表向きですよね。
それじゃあ、貴方の息子としての名前を何ですか?」
「貴方の名はアキラ・コイヨリティ・ゴドウィンです」
「コ……
何ですか?」
随分と聞きなれない単語のミドルネームだ。
1度では覚えきれない名前に首を傾げながら尋ねると、ゴドウィン長官は言葉を続ける。
「アンデス高地に伝わる祭の名です。
インカの精霊に祈りを捧げ、未来に希望を託す祭と覚えておいてください。
詳細はまた後日、ゆっくりお教えします」
そのまま立ち上がったゴドウィン長官は、聖星に背中を向ける。
イェーガーが扉を開けると、外で待っていた女性はゴドウィン長官に頭を下げる。
まさかこれで終わりなのだろうか、あまりにも短すぎないか?等と疑問に思っていると、彼が振り返る。
「では、聖星。
何かあれば彼女に言いなさい。
出来る限りの要望は叶えましょう」
義父の横に立っているショートヘアの女性は、聖星と目があうと静かに頭を下げた。
大人の女性にお辞儀をされた聖星は慌てて立ち上がり、同じように頭を垂れた。
「しかし、貴方の安全が確保されるまで外出は禁止です。
良いですね?」
「え、ちょっと待って!
それじゃあ軟禁じゃないですか!」
「聖星さん、ゴドウィン長官は貴方が行方不明になった時、とても心配されていました。
親が子を守るのは当然です」
まさかの外出禁止令に、聖星は思わずゴドウィン長官に詰め寄ろうとする。
その前にイェーガーが2人の間に入り、笑みを浮かべながら説明した。
聖星をこの部屋に閉じ込めるのは愛故だと。
ここで反論できる材料を持っていない聖星は、静かに目を閉じてある事を提案した。
「分かりました。
でも俺の要望は出来る限り叶えてくれるのですよね?
なら、俺の事をサテライトに残されている遊星さん達に伝えたいんです。
俺が一体何者なのか、俺は何故誘拐され、サテライトに流れ着いたのか。
あの地で俺の面倒を見てくれた皆さんには、それを知る権利があります」
昨日、遊星達に自分の身は安全である事、遊星達も不当に捕まっていない事は確認がとれた。
しかし、それはあくまでダミー映像を流した時隠れて行った事だ。
堂々と彼らに事情を説明すれば、今後何らかの食い違いが生まれる可能性を少しでも低くする事が出来る。
「聖星、それは貴方の身を危険に晒すことに繋がります。
もし内容を盗聴等されていたらどうするのです。
私はもう1度貴方を失いたくありません」
「勿論、俺が貴方の息子だという事は伏せます。
政治家の息子という事で良いじゃないですか」
「いいえ、許可できません」
短く答えたゴドウィン長官はイェーガーを引き連れ、部屋から出て行ってしまう。
追いかけようと思っても出来なかった聖星は、閉ざされた扉を見ながら呟いてしまった。
「……一体何がどうなってるんだよ」
**
聖星の部屋を後にしたゴドウィン長官は、足音が響く廊下を歩きながらある事を尋ねた。
「それで、例の結果は?」
「はい、こちらに」
傍らに控えているイェーガーがある映像を表示すると、それはゴドウィン長官の手元へと移動する。
そこには様々な研究機関の名前が並べられていた。
1つ1つ項目を確認しているゴドウィン長官に、イェーガーが簡潔に説明をする。
「DNA鑑定の結果、確かに不動聖星には不動遊星と同じ血が流れている事が判明しました。
しかし……」
「これは……」
「はい。
複数の機関に依頼したところ、全てがあの2人が『兄弟』ではなく『親子』という結果を出しました」
あり得ない結果にゴドウィン長官は何度も複数の資料を確認する。
サテライトにいる遊星は今年で15歳。
あの部屋に閉じ込めている聖星も、どれ程見積もってもまだ10代前半だ。
あの2人が親子など一般的に考えて信じられない内容だ。
「ゼロ・リバースが起こった後、不動夫人は奇跡的に生き残り、当時お腹の中にいた子供が生まれたかと思いましたが……」
ゴドウィン長官が知っている情報では、不動夫妻の子供は遊星たった1人。
ゼロ・リバースが起きる直前まで、2人目を授かったという話も聞いていない。
それなのに彼の元に『不動遊星に似ている少年が現れた』という情報が入ってきた時はたいそう驚いたものだ。
1番現実的にあり得るのが、当時は妊娠していた事が発覚せず、事故の後発覚したパターンだ。
「全ての機関がこのような結果を出した以上、これを事実と認めるしかないでしょう」
「あり得ない『親子』ですか。
我々の監視下に置いて正解でしたね」
「えぇ。
引き続き監視をお願いします」
「承知いたしました」
**
「聖星からメールが届いた」
「本当か、遊星!?」
「あぁ」
昨日とは打って変わり、雨の気配が一切ないサテライト。
遊星はパソコンに弟からメールが届いたと伝えると、すぐに皆が集まった。
最初は冷静に文章を読み進めていたが、ある言葉が目に入った途端、ジャックが声を荒げる。
「何だ、これは!?」
室内響いたジャックの声を誰も咎めることが出来なかった。
それだけそこに書かれていた内容は衝撃的だったのだ。
遊星もメールに書かれている文章に目を見開き、マウスを握る手が一切動かなかった。
「シティでの名はアキラ・コイヨリティ……ゴドウィン……
治安維持局長官、レクス・ゴドウィンの養子?」
「何だよそれ、つまり聖星はシティで1番のお偉いさんの息子だったってわけか!?」
クロウの驚きの声に鬼柳は強く頷く。
その顔にいつもの爽やかな雰囲気はなく、あったのは重苦しいものだけだった。
「成程な、治安維持局長官の息子ともなれば誘拐されてもおかしくはない」
そして、たった1人の少年をシティに連れて帰るためにあれ程のセキュリティが動いた理由にも納得がいった。
まさか自分の弟がとんでもない立場にいる事を知ってしまった遊星は、上手く言葉を発する事が出来ない。
だがこれだけは分かる。
彼に会いに行くのは、そう簡単な道ではないという事を。
END
さて、誰がこの展開を予想できたか!!
予想出来た方挙手!!!
ゴドウィンも何故こんな暴挙に出たのか、理由としては義理の息子とした方が近くにおいても怪しまれないため
まぁ、記憶がある聖星はめっちゃ怪しんでいるけどね!!