遊戯王GX~不動の名を継ぐ魔導書使い~   作:勇紅

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まさかの4万字超えました……
今回はオリジナル展開&オリジナルキャラクターが出ます。
勿論、デュエルはアニメキャラとするのでそこは安心してください


第四十一話 紫木蓮の陰り

 

絶体絶命とは、まさにこの事か。

考古学の授業の一環でこの地を訪れた彼は、周辺にある村の協力を得て特別に調査を行っていた。

授業を担当している教師曰く、星の民という者達に関する簡易的な調査だという。

例え簡易的な調査であっても、初めて聞く民族の名前は彼の好奇心を刺激するのに充分すぎた。

あぁ、この土地には一体どんな歴史があるのか。

大昔、この土地に暮らしていた人々は何を信仰し、何を使い、どのように明日を生きていたのか。

期待に胸を膨らませながら調査をしていたのだが、授業を担当していた教師が立ち入り禁止区域に入ってしまったのだ。

 

「……さて、どうしたものか」

 

粘り強い交渉のもと信頼関係を築きあげ、やっとここまで来た。

だというのに、自分達を信じてくれた村人達の気持ちを踏みにじるなど言語道断。

同行者である彼はなんとか教師を止めようとしたのだが、時すでに遅し。

代々受け継がれていた神聖なる地に立ち入られた村人達は当然の怒り狂い、今にも自分達2人を殺そうとしている。

 

「(どうすれば彼等の怒りは治まる?

いや、そもそもそんな方法なんてあるのか?)」

 

こちら側の非を詫び、謝り倒せば許してもらえるかと思えばそうでもない。

謝罪ならば先程から何度もしているし、詫びの言葉を重ねれば重ねる程状況が悪くなっていっている。

学生なりにこの状況を打破しようと必死に頭を働かせていると、突然大地が大きく揺れ始めた。

 

「っ、地震!?」

 

「おぉ、お怒りだ……

赤き竜がお怒りだ!」

 

「この地を荒らした不届き者共め、赤き竜の裁きを受けるが良い!!」

 

「赤き竜……?」

 

突然の地震に村人達は脅えを見せるどころか、燃え盛る炎のように勢いを増していく。

ただの自然現象を神の怒りと評し、神罰が下ると叫ぶ姿は見る人達が見れば滑稽だろう。

だが、あまりにもタイミングが良すぎる。

ロマンチストとまではいかないが、オカルティズムを否定しない彼は荒れ狂う村人達の勢いに自分の運命を悟る。

瞬間、激しい轟音と共に赤い光が空を穿った。

 

「何だ!?」

 

大地より現れた赤い光はとても太く、巨大な渦を描き始めた。

村人達はその光が現れた瞬間に地面にひれ伏せ、中には祈るように手を掲げている者もいる。

夜を覆い隠す暗雲を赤く染めた閃光は、蛇のようにうねり、空気を震わせながら翼のようなものを広げた。

それはまるで、ここは自分の縄張りだと威嚇するために遠吠えをする生き物のようだ。

 

「アンビリーバボー……」

 

緑色の瞳に映る姿はとても美しく、彼は一瞬で魅せられた。

 

**

 

赤き竜から力を借りてアカデミアからペルーに移動しているカイザーは、自分達がいる空間に驚きを隠しきれなかった。

煌めく星々が点在としている景色はまさに宇宙。

アカデミアで見上げる夜空でも、ソリッドビジョンが現わす星々とも違う。

さて、見晴るかす通り道を流星のように通り抜けている感覚は何が1番近いだろう。

 

「アカデミアに向かう飛行機とも違う感覚だな……」

 

カイザーは無重力の体験をした事はないが、宇宙空間にいる気分とはこういう事なのだと考える。

初めての感覚に戸惑う様子を見せる先輩の姿に、聖星は少しだけ懐かしい気持ちになった。

【星態龍】の能力で初めて世界を跳躍した時の自分もきっとあんな感じだったのだろう。

聖星も初めて浮遊した時は驚いたものだと思い出していると、前方に一等輝く星を見つけた。

 

「丸藤先輩、そろそろ到着します」

 

「もうペルーに着くのか?

流石はこの星の守り神だな」

 

「赤き竜は時間さえ越えますから。

それに比べたら地球の裏側なんて一瞬ですよ。

あと、何が起こるか分かりません。

念のためデュエルディスクを構えておいてください」

 

「分かった」

 

その言葉と同時に視界が白い光に満ち溢れ、先程まで何も感じなかった足元に確かな大地の感触を覚えた。

数分しか浮いていなかったのに足場があるという安心感はとても大きい。

後輩にバレないよう安堵の息を溢すと、聖星が不思議そうな表情でカイザーを見上げていた。

先輩としての意地で顔を一瞬で真顔に戻した彼はさも何もなかったかのように振る舞う。

光が薄くなっていくにつれて聖星とカイザーは気を引き締め、何が起きても臆さないよう一歩踏み出した。

だが、覚悟を決めた数秒前に反し、彼等は次の歩みを進めることが出来なかった。

 

「赤き竜だ!」

 

「赤き竜が降臨なさった!」

 

「赤き竜が、この罪人に裁きを下すため使者を送ってくださったのだ!」

 

「「え?」」

 

視界いっぱいに入って来たのは、その場にひれ伏す大人達。

中には武装している大人もいるようだが、こちらに銃口を向ける気配はない。

 

「聖星、これは」

 

「わ、分かりません」

 

突然現れた自分達に対し現地の人達が驚く事は想定していた。

だが、こんな展開など想定しておらず、大げさに崇められて動揺しない人間がいたら是非会ってみたいものだ。

 

「(いや、ジャックさんなら気にせずに話しかけるかも……

あの人、どこまでいっても王様だからなぁ)」

 

ジャックならばやると変な現実逃避をしている聖星はゆっくりと先頭の人達に歩み寄った。

カイザーから「待て、聖星」という心配そうな声が聞こえたが、赤き竜を崇めているのなら自分達に危害は加えないはずである。

装飾品を多く身に付けている男の前で膝をついた聖星は、彼に顔を上げてもらう。

 

「初めまして、俺の名前は不動聖星。

彼は丸藤亮。

赤き竜と共に闘う精霊からこの地が荒らされていると聞かされてやって来ました。

貴方達は?」

 

「丁寧なご挨拶をいただきましてありがとうございます、使者様。

私はリカルドと申します。

この村の長を務めさせていただいております」

 

「リカルド村長や他の村人達の皆さん。

赤き竜について知っているという事は、貴方達は星の民の末裔ですか?」

 

「さようにございます」

 

「(やっぱり)」

 

星の民の伝承が残っている地だ。

現地に住んでいる人達の中に赤き竜の事を知っている人がいてもおかしくはない。

しかし、最初に遭遇したのが赤き竜を崇めている村人達だったとは幸先がいい。

聖星に倣い、カイザーもリカルド村長と同じ目線になるよう膝を折って尋ねる。

 

「それで、一体何があったのですか?

彼等を追い込んでいるようですが」

 

カイザーの視線の先には初老の男性と自分達とそう年が変わらない少年がいた。

壁際まで追い詰められていた彼等も赤き竜の登場に驚いており、あの場から動けないようだ。

まぁ、下手に今のうちに逃げてしまえば火に油を注ぐ行為のため留まることが正解か。

カイザーは少年が身に付けている服装に注視しており、対してリカルドは説明を始めた。

 

「彼等はこの地に伝わる伝承を調べていた学者の方々でございます。

我々は一定の区域に限定して立ち入りを許可いたしました」

 

瞬間、リカルド村長は激しい怒りを宿した瞳で彼等を睨み付ける。

穏やかに説明してくれた彼の声は自然と荒ぶっていき、口から唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。

 

「しかし、彼等は立ち入ってはならないとされていた封印の地に足を踏み入れてしまいました。

これは我等星の民だけではなく、赤き竜への冒涜とも言えます!

決して許されるべきではありません!」

 

「そうだ!」

 

「さぁ、赤き竜の使者様、どうか彼等に罰を!」

 

その姿はまさに暴徒。

いや、暴徒と表現するのは言葉が悪い。

少年達は契約に反して自分達が守り続けた地を荒らすだけではなく、この世に危機を招こうとしたのだ。

村人達が彼等へ向ける怒りには正当性があり、故に生半可なものではない。

第三者から見ても彼等の怒りように理解は出来るだろう。

だが、目の前で怒り狂う村人達の気迫はすさまじく、闇のデュエルとは毛色が違う恐ろしさがあった。

闇のデュエルでも平然としていたカイザーでさえ、村人達の凄まじい殺意に怖じ気づき、言葉を失っている。

そんな中、落ち着いた声が響いた。

 

「待ってください」

 

言葉を発したのは聖星だ。

彼は顔が真っ赤に染まっているリカルド村長の肩を掴み、村人達1人1人に目を向けながら静かに言葉を紡いだ。

 

「貴方達の怒りは充分に理解できます。

俺も彼等の軽率な行動には怒りを覚えました。

だからこそ、じっくり協議すべきです。

罰というものは過剰でも、不足でもあってはならないもの。

ですから、どうかここは一旦その矛を納めてくれませんか?」

 

彼の堂々とした発言に村人達は言葉につまる。

本来ならば部外者の発言として突っぱねているだろう。

しかし、聖星達は赤き竜によってこの地に招かれた使者だ。

つまり、2人は自分達より上位の存在であり、無下にしていい人達ではない。

まさかの意見に村人達はお互いの顔を見合わせ、どうすべきか視線で話し合う。

素直に聞いてくれなさそうな様子にもうひと押し必要かと聖星が前に出ようとするが、それをリカルド村長が制した。

 

「聖星様がそうおっしゃるのなら……

この者達を牢へ連れていけ。

当然、別々の牢へ入れろ、妙なことを画策されては困るからな」

 

「「はっ!」」

 

彼の言葉に村人達は少年達を拘束する。

抵抗する意思がないのか、大人しく手枷をはめられた彼等はそれぞれ違う方角へ連れていかれた。

薄暗くてはっきりとは分からなかったが、微かに少年の表情には安堵の色が見えた。

カイザーは少年の方に視線を向けていたが、聖星は静かに初老の男性へと視線を向けていた。

 

**

 

場所は代わり、聖星とカイザーは赤き竜の使者という事で村長の自宅に招かれた。

特別に招かれた聖星達は物珍しそうに部屋の中を軽く見渡す。

星の民の伝承を受け継ぐ者達だからどのような生活を送っているかと思えば、自分達となんら変わらなかった。

所々にペルーの民芸品である雛型祭壇やひょうたん細工はあるが、いたって普通の客間である。

 

「(うーん、何か赤き竜についてのものがあるかなと思ったんだけど。

流石に客間には置いてないかぁ)」

 

ひょうたん細工に描かれている模様にも赤き竜や他のドラゴン達を模した模様はない。

少しだけ残念に思っていると、リカルド村長が部屋に入ってくる。

2人の目の前に座った彼はそのまま深く頭を下げた。

 

「先程はあの場を治めてくださり誠にありがとうございました。

心から感謝申し上げます、未来からの使者よ」

 

「「え」」

 

彼の口から放たれた言葉に聖星達は不思議そうな表情を浮かべる。

リカルド村長は2人の事を未来からの人間だと言ったのだ。

しかし、どれ程振り返っても、あの場で未来に関する事を口にした覚えは2人にない。

これも星の民だから出来る事なのかと思案している中、カイザーは真っ直ぐとリカルド村長を見る。

 

「何故、聖星が未来の人間だと分かったのですか?」

 

「亮様は違うのですか?」

 

「はい、俺は貴方と同様この時代に生きるデュエリスト。

聖星とは違います」

 

「リカルド村長は【三幻魔】というカードをご存知ですか?」

 

「はい。

3000年前、赤き竜が封印した悪しき存在だと伝わっています」

 

流石は星の民の伝承を受け継いでいる村だ。

これならば日本で起こっている事を話して問題はないだろう。

聖星とカイザーはお互いに小さく頷き、アカデミアで起こっている事を話し始めた。

【三幻魔】を封印している七精門の鍵を巡って、7人のデュエリストとセブンスターズと名乗る集団が闇のデュエルを行っている。

カイザーもその戦士であったが、今回は聖星のボディーガードとしてこの旅に同行した。

最初は興味深そうに聞いていたリカルド村長だが、言葉が進むに連れて彼の表情は険しくなる。

自分達の村から遠く離れた地で赤き竜と戦った悪しき存在が復活するかもしれないのだ。

伝承を守る者としてそのような表情になるのも仕方がない。

 

「それでは、何故聖星様が未来の人間だと分かったのか説明いたします。

私は俗にいうサイコメトリーと呼ばれる能力を持っております」

 

「サイコメトリー?」

 

「触れた物の記憶を読み取る能力ですね」

 

「はい。

先程聖星様が私の肩に降れた際に、僅かながら聖星様の記憶を読み取らせていただきました。

その結果、聖星様が未来の方であり、シグナーの血を引くお方だと知りました。

不快な思いをさせてしまうかもしれませんが、どうかご容赦ください」

 

「いいえ、気にしていません。

むしろ、話が早くて助かります」

 

赤き竜と共に現れた事で村人達から警戒の対象外になってはいる。

聖星が未来人である情報は不要かもしれないが、村長程の地位を持つ人間がそれを知っている前提で動いてくれるのなら聖星としてもありがたいことだ。

ただでさえ聖星が持っている秘密兵器はそう簡単に他人には見せられないもの。

少なくとも、リカルド村長ならば大丈夫だろう。

 

「リカルド村長、貴方の能力で彼等が禁止エリアに侵入した経緯を読み取る事は出来ますか?」

 

「残念ながら、私の力では必要な情報をすべて把握することはできません。

何度か彼等に触れれば可能かもしれませんが……」

 

「つまり、絶対ではないと」

 

「はい」

 

リカルド村長の言葉に聖星は険しい顔を浮かべて口元に手を当てる。

確かに禁忌の地に足を踏み入れて荒らしたのは立派な重罪だ。

しかし、彼等はしかるべき手順を踏んでここの調査を行っている。

それなのに何故あそこに立ち入ったのか、その理由を知りたい。

単純な好奇心からなのか、それともどうしようもない事情があったのか。

前者ならば話にはならないが、後者ならばこちらもその事情をくむ必要が出てくる可能性がある。

偽りなく事情を把握する事が難しい事に聖星は次の疑問を投げかけた。

 

「分かりました。

それで、リカルド村長からして彼等に与える罰はどれくらいが妥当なのですか?」

 

「死刑です」

 

死刑。

その言葉にカイザーは思わず眉間に皺を寄せてしまうが、聖星は続きを促す。

子供達の表情から自分の考えは受け入れられるようなものではないと察したリカルド村長は理由を説明した。

この村にとっては然るべき対処でも、時代と文化が違えば異質に見えるのは仕方がない。

 

「よくお考えになってください。

彼らの軽率な行動によって邪神が復活し、世界が滅亡していたかもしれません。

それも、赤き竜が聖星様と亮様を遣わす程深刻な事態でした」

 

「つまり、俺達が赤き竜の力を借りてこの場に来た事で、彼等の罪はとても大きいものだと証明されたのですね」

 

「はい」

 

確かに自分達は【閃珖竜スターダスト】から【地縛神】が復活するかもしれないと報せを受け、この場にやって来た。

勿論、犯人を捕まえた後の事だって大雑把だが考えてはいた。

様々な案を考えてはいたが、1番現実的な案は警察に突き出してあとは法の裁きを受けさせるというもの。

しかし、現実はそんなものは生ぬるいと言うように過酷な罰を与えようとしている。

どう説得するか思考を働かせていると、静かな声が聞こえて来た。

 

「ですが……」

 

「ですが?」

 

「少年の方はどうにかして無傷で帰したいと考えております」

 

「え?」

 

「理由を聞いても?」

 

これは意外だ、というのがカイザーの感想だ。

リカルド村長は先程、聖星とカイザーにあの場を治めてくれて感謝すると口にしていた。

しかし、彼は怒髪天を衝く勢いの村人達を止める素振りを一切見せなかった。

それは彼にあの場を治める意思はなく、あのまま少年達を処刑しようとしていたからだと考えていたのだが。

 

「彼と握手した時、私は彼の過去を読み取りました」

 

思い出すのは、初めて少年がこの村を訪れた日だ。

朝日に照らされながらこちらに手を差し出す少年の表情は、この地に伝わる伝承に触れられる事が本当に楽しみで仕方ないと輝いていた。

随分と物好きな子供だと朗らかな気持ちになっていたが、彼に触れた瞬間、彼の過去の映像が流れ込んできた。

それは、他者への献身に真価を発揮する力を身に宿した瞬間。

その力は数万年前、まだ人々が精霊と語ることが出来た時代から存在したもの。

彼が辿る運命を悟ったリカルド村長は静かに目を閉じて思いを吐露する。

 

「彼もまた特別な力に選ばれた者です。

その力は、赤き竜とは比べられる程大きくありませんが、間違いなく善の力です。

己の宿命を果たせず、この地で死なせるのはとても惜しい」

 

「特別な力……」

 

カイザーは2人に気づかれないよう聖星を見る。

聖星も世界を守るために星竜王から宿命を背負わされた。

リカルド村長の口ぶりから、例の少年は聖星程のものは背負っていない。

それでも、何かを背負っているのだ。

少年の過去を聞いて、選ばれた側の聖星はどのように思ったのだろうか。

緑色の瞳は真っすぐと前を向いているだけで、どのような感情を宿しているのか全く読めなかった。

同情も、同類を見つけた喜びも、何もない。

初めて見る瞳はどこか恐ろしく、愛い後輩がどこか遠い存在のような気がしてしまった。

すると、緑色の瞳が和らいだ。

 

「分かりました。

では、俺と彼でデュエルをします」

 

「……そうだな、それが一番良い案だろう」

 

「デュエル?」

 

聖星からの提案にリカルド村長は首を傾げる。

 

「禁止区域に立ち入った以上、罰は必要です。

もちろん、彼が勝てば罰金を支払う。

俺が勝てば罰金に付け加え、二度とこの地を訪れてはならないと誓わせます。

これでどうでしょう?

安心してください、もちろん手を抜くつもりはありません」

 

何事にも建前は必要だ。

誰かを救う運命を背負っているから無罪放免というわけにはいかない。

ならばデュエルで彼の生き様を見極め、村人達に彼は試練に耐えたと証明する。

思案に余っていたリカルド村長は納得し、希望が見えたことに安堵した。

 

「星竜王に選ばれた聖星様が彼を裁くのならば村人達も納得するでしょう。

では、デュエルの場を手配させていただきます」

 

「よろしくお願いします。

となると、問題は……」

 

リカルド村長の申し出に聖星は優しく微笑んだと思えば、すぐにその表情は険しいものになる。

そして、ゆっくりと顔を動かしてこの村の果てにいる人物へと目をやった。

 

「聖星?」

 

「リカルド村長。

少年と一緒にいた彼は何者ですか?」

 

「彼はリーパー。

考古学者であり教師として学生達と共にこの土地の調査をしに来た者です」

 

リーパー。

その名を聞いて真っ先に思いつくのはグリム・リーパー、つまりは死神だ。

名は体を表すという言葉があるが、彼の場合はその名に引っ張られてしまったのだろうか。

この土地に来た瞬間から感じた違和感に合点がいった聖星は静かに口を開く。

 

「詳しく調べないと分かりませんが、一瞬だけ彼から闇の力を感じました」

 

「何だと?」

 

「本当ですか、聖星様?」

 

「はい」

 

闇は闇でも、タイタンやダークネスのように人格を乗っ取るものでも、カミューラのように闇に生きる者が纏うものではない。

あれは、そう、【閃珖竜スターダスト】が見せてくれた幻の時に感じた闇だ。

【スターダスト・ドラゴン】達が死に物狂いで立ち向かった巨大な邪神から放たれる闇によく似ていた。

 

「ほんの一瞬だったので、あの闇の力が元々彼のものなのか、それとも何らかの理由で【地縛神】の闇が彼を操っているのか、そこまでは分かりませんでした。

ですが、彼が闇の力に操られているのなら、彼は利用されただけです」

 

闇の気配を感じたのは本当に一瞬だった。

良き力を身に宿す少年の傍にいたからこそ、聖星が村人達に気を取られながらもその異質さに気付くことが出来た。

死をもって罪を贖わせるつもりだったが、どうにかして助けたいと目で訴えてくる子供にリカルド村長は優しい笑みを浮かべる。

 

「承知いたしました。

では、念のためリーパーの檻は厳重にしておきます」

 

「はい、お願いします」

 

今、この土地には赤き竜が降臨した事で聖なる力が充満している。

あれほど微力な闇の力ならば、自分の領分である次の夜になるまでは大人しくしているだろう。

万が一、聖星達の隙をついて襲撃してきた場合は……

ベルトに備え付けているデッキケースの1つに触れた聖星は静かに目を閉じる。

その中には父から受け取った白い箱が入っており、触れた瞬間に暖かい息吹が伝わってきた。

 

「その前に1つ良いですか?」

 

「何でしょうか、亮様」

 

「丸藤先輩?」

 

「少年と話をさせてはもらえないでしょうか。

気になる点があります」

 

「気になる点?

それは?」

 

「いえ、今回の件にはそこまで関与しません。

ただ1人のデュエリストとしての好奇心が働いただけです」

 

カイザーは先程連れていかれた少年を思い出す。

右目に包帯を巻いていた彼は、自分の感が正しければ自分達と同じ立場の者だろう。

人間とは共通点を見つけてしまえば親近感を抱き、ある程度打ち解けてしまう生き物だ。

そこから話題を広げ、何故彼等は禁忌の地に足を踏み入れてしまったのか事情を聴けるはず。

 

「聖星も一緒に行くか?」

 

「はい」

 

**

 

この牢屋に閉じ込められてから、どれくらいの時間がたっただろう。

昔の映画に出てきそうな古い豆電球に集まる虫を眺めながら彼はキャンプ地に置いてきた家族の事を思い出す。

突然の事だったため連れてくる事は出来なかったが、今頃とても心配しているに違いない。

 

「(いや、こうなるのなら連れてこなくて正解だったな)」

 

さて、無事にこの困難を乗り越えてキャンプ地に帰った時、置いてきた家族は泣き出すだろうか、それとも怒り出すだろうか。

 

「(彼女の事だ、間違いなくハングリーだろうなぁ)」

 

彼女の気の強い性格を考えると雷を落とす択一だと考え直し、自然と笑みが零れる。

これから下される処罰によっては一生会えないかもしれないというのに、実に余裕だ。

これは彼が楽観的でもなく、呑気な人間だからでもない。

誰よりも諦めが悪く、最後まで希望を捨てない精神を持っているからだ。

希望を胸の内に灯しながら家族への想いを馳せていると、何者かが地下牢に向かってくる音が響く。

 

「誰だ?」

 

もしかすると、自分の処罰が決まったのだろうか。

随分と早いなと思って声をかければ、姿を現したのは先程赤い竜と共にこの地に降りてきた少年達。

 

「こんばんは」

 

「気分はどうだ?」

 

かけられた声に敵意に警戒、怒りの色はなく、少年は少しだけ安堵して笑った。

事を荒立てないためにも笑顔を纏い、彼は気さくに声をかける。

 

「ハロー、ドラゴンボーイズ」

 

「ドラゴンボーイ?」

 

「赤い竜と共に現れ、彼等と共に闘うボーイズだからな。

それとも、ドラゴンライダーの方が良かったか?」

 

これは癖なのか、自分はつい相手の特徴をとらえたニックネームをつける事がある。

名前をもじったニックネームならば周りの友人もよくしていたが、相手の身に付けているものから趣味を見抜き、それに由来するもので呼んでいるのは自分くらいか。

笑いながら説明すれば、青い髪の青年は静かに隣にいる少年を見下ろす。

 

「それなら俺ではなく、聖星に使うのが適切だな」

 

「え?」

 

まさかのご指名に、俺ですか?という表情を浮かべた少年は彼を見上げる。

それに対し青年は不思議そうな表情を浮かべた。

その顔には、はて、自分は何か間違ったことを言っただろうか。と書いてある。

数秒程お互いの顔を見合わせた彼等の様子がおかしく、つい笑い声が漏れてしまう。

緊迫した空気になるどころか、朗らかな空気にしかならない彼等の様子は傍から見ればじれったいだろう。

家族がいれば間違いなく緊張感を持てとひっぱたかれるに違いない。

 

「それで、俺に何か用かい?」

 

「あぁ、少し気になったのだが……

その制服、もしや君はデュエルアカデミアの生徒か?」

 

「え?」

 

「ホワット?

そうだが、それがどうかしたのか?」

 

青い髪の青年の言葉に、彼は改めて彼等の服を確認する。

あの時は気が動転しており、少年達の服装にまで気にする余裕はなかった。

だが、指摘された事で見慣れたものが目の前にあることにようやく気がついた。

彼が答えにたどり着くと同時に、自分の推測が当たっていた事に青年、カイザーは表情を変えずに説明する。

 

「やはりな。

俺達もデュエルアカデミアの生徒だ。

俺達は日本にあるデュエルアカデミアに通っているが、君はどこのデュエルアカデミアだ?」

 

「本当か!?

俺は校の生徒だ。

まさかこの地で異国のアカデミア生徒と出会えるなんてラッキーだぜ。

……こんな状況じゃなければデュエルを申し込むんだがな」

 

まさかの出会いに彼は興奮気味に立ち上がる。

あぁ、本当に幸運であり、とても残念で仕方がない。

風の噂では、サウス校と同じ姉妹校のノース校は本校と交流デュエルを行っているという。

しかし、自分が通っているアカデミアでは中々本校との交流の話が出てこない。

いつかは本校と交流をしてみたいと思っていたが、こんな形で夢が叶うとは思わなかった。

心の底から残念そうにしている少年と同意見なのか、2人も同じ表情を浮かべる。

 

「改めて自己紹介をしよう。

俺は丸藤亮だ」

 

「俺は不動聖星です」

 

2人が名乗った瞬間、彼の思考は一瞬だけ停止する。

本来ならばここですぐに名乗り返すのが礼儀だ。

だが、これは許して欲しい。

何故なら彼は今、とてつもない有名人と言葉を交わしているのかもしれないのだ。

それもアカデミー賞を受賞した俳優や連日テレビが褒め称えている野球やサッカー選手の比ではない。

いや、今のは言葉が悪い。

彼等デュエリストにとっては1度でも耳にしたことがあり、いつかデュエルをしてみたいと願っていた相手がここにいるのだ。

 

「丸藤亮……

オーマイゴッド!

もしかしてユーはデュエルアカデミアのカイザーか!」

 

その言葉にカイザーは小さく頷く。

肯定された事で彼はこの状況を忘れてしまうほど瞳を輝かせる。

彼のデュエルは全て計算され尽くされ、相手をリスペクトしながら行うデュエルスタイルはまさに帝王。

無敗伝説を誇り、卒業後はプロ入り確定、多くのプロリーグが彼にアプローチをしているという噂が流れてくるくらいだ。

これから更に伝説を残すデュエリストが今目の前にいる。

年相当に嬉しそうな表情を浮かべていた彼だが、すぐにその表情は照れ臭そうなものへと変わる。

 

「ソーリー、興奮してすみません。

俺はジム・クロコダイル・クック。

デュエルアカデミア・サウス校の1年生です」

 

「無理に畏まらなくて良い。

こういう状況だ。

自然体の方が今の君にとって負担は少ないだろう」

 

「俺は同じ学年だからタメ口で大丈夫だよ。

それにしても、サウス校にまで名前が知れ渡っているなんて丸藤先輩は凄いですね」

 

「名前が勝手に1人歩きしているだけだ。

むしろ、俺より聖星の方が凄いだろう」

 

「え、俺ですか?」

 

「君の影響力は計り知れないからな」

 

「う~ん、俺の影響というか、なるべくしてなったというべきか」

 

留学したわけでもないのに他校にまで名前が知れ渡っている事が凄いと褒めたのだが、返って来た言葉に頬をかく。

カイザーとしては実力者として名前が広がっていたとしても、自分の名がデュエル界隈にそこまで強い影響を与えていると思っていない。

むしろ、強い影響という点に関しては聖星の方が圧倒的に上だ。

カイザーの言葉に聖星はシンクロ召喚の事を言っているのだと察し、言葉を濁す。

当初の予定ではのらりくらりと学園生活を楽しみ、頃合いを見て退学するつもりだったのに。

いや、本当にどうしてシンクロ召喚プロジェクトに関わる事になったのか。

2人にしか分からない会話にジムは首を傾げるが、すぐに赤き竜に関連する事だと考えた。

 

「サンキュー、カイザー、ドラゴンボーイ」

 

「ジム、親しみを込めて呼んでくれるのは分かるんだけど、出来ることなら普通に名前で呼んで欲しい。

俺と赤き竜の繋がりを知っている人は極一部だから、ちょっとその渾名は……」

 

「聖星はどちらかというと……

いや、何でもない」

 

スペルブックボーイ、いや、グリモワールボーイか。

そう言葉を続けようとしたが、聖星のデッキを象徴している渾名になってしまうためすぐに口を閉ざした。

そもそもグリモワールはフランス語だからこの場合は不適切だ。

等と変な方向に天然を発揮しているカイザーに苦笑を浮かべた聖星は本題に入る。

 

「ところで、どうしてジム達は立ち入り禁止エリアに入ったんだ?」

 

「進んで入った訳じゃない。

これでも考古学者の端くれだ。

村人達と信頼関係を築かずに好奇心を優先して彼等の領域を侵した場合、彼等と大きな衝突は免れない事は分かっている。

バット……」

 

本当に突然だった。

夕食の後に明日のプランを確認し、さぁ、あとは寝るだけだと思ったのに。

人目を気にするようにキャンプから抜け出した教師の様子を怪訝そうに思い、嫌な予感がしたのだが……

それが現実になったのはすぐだった。

車に乗った彼が向かった方角は許可を得ていないエリア。

他の人達を起こして向かうという考えも一瞬だけ浮かんだが、それでは間に合わないし、見失う可能性が高い。

バイクに飛び乗ったジムは全速力で追いかけたのだ。

 

「まさか、リーパー先生がキャンプから抜け出して禁止エリアに行くなんて思いもよらなかった。

彼はそんな事をするような先生じゃないんだがな」

 

ジムが知っているリーパー先生という男は誰よりも相手の意思を尊重して働きかける教師だ。

考古学の調査において許可を得る事はそう簡単ではない。

だからこそ、誰よりも現地の人達の声に耳を傾ける必要がある。

それは長年考古学に携わっているリーパー先生も知っており、ジム達学生にそれの難しさをしっかり教えてくれた。

 

「ジム君。

交渉の場において最も重要なのは何だか知ってるかね?」

 

「双方の利益を示し、誠心誠意に伝える事でしょうか」

 

ジムからの返答にリーパー先生は優しく頷く。

 

「うん、誠心誠意と相手の利益を提示する事はとても大事だ。

けど、人間は真摯に対応され、利益を提示されても交渉を受け入れない事が多々ある」

 

「ホワイ?」

 

「納得できないからさ。

どれだけ浪漫あふれる利益、筋が通った説得、心の底からの誠意を見せられたとしても、心を揺さぶられない限り彼等はこちらの言葉に頷いてくれない」

 

「それでは、どう納得させるのですか?」

 

「まず、相手が何に重きを置いているのか、何に対し怒りを覚えるのか知るんだ。

相手の話を聞いて、仕草や表情から相手の感情を読み取る。

ま、要は相手に興味を持つことが大事だよ。

相手の事を知らないと、どうすれば納得するか分からないからね」

 

リーパー先生を初め、考古学に精通する者達は声を発する事がない遺跡から多くの事を読み取る。

何故そんな事が出来るのか。

それは遺跡の事が好きで、興味があって、この遺跡の事を知りたいという思いがあるからだ。

その熱意を現地の人達に向け、彼等の心を揺さぶり、彼等が納得できるよう交渉する。

リーパー先生の持論はそうなのだ。

それ程現場を知り尽くしている彼が何故あのような暴挙に出たのかジムには理解できない。

緊張がほぐれたせいか、あまり感じなかった疲れが出てきたようだ。

深いため息をつく少年にカイザーは問いかける。

 

「それにしても、赤き竜についてあまり驚いていないんだな」

 

非科学的な現象を目の当たりにしたのだ。

普通の人間ならばあの赤い竜は何なのかともっと慌ただしく問いただしてきてもおかしくはない。

だが、ジムは赤き竜の事を受け入れており、こちらの事情を早急に聞いてこない。

自分が尋ねる立場ではなく、あの場所で何をしていたのか尋ねられる立場という自覚があるからだろうか。

 

「赤き竜?

あぁ、あの赤い竜の事か。

確かに、伝説上の存在が目の前に現れたんだ、取り乱すのが普通だな。

おっと、勘違いしないで欲しい、別に感激してないわけじゃないぜ。

バット、俺にもそういう事に身に覚えがある」

 

なにせ、ジムは考古学が体系化していなかった時代、恐竜の骨を見た人達はドラゴンの骨と大騒ぎしたという浪漫話に好感を持つタイプの男だ。

人々の血と共に受け継がれてきた伝説が、科学技術では解明しきれない現象が目の前にある。

これで興奮しないとか考古学者ではない。

そして最後に語ったようにジム自身、オカルトな話に縁がある。

赤き竜が降臨した姿の美しさに感動したのもあるが、それもあってジムはこの現実をあっさり受け入れる事が出来たのだ。

ジムが放った最後の言葉に聖星は遠慮なく尋ねる。

 

「覚えがあるって、その右目のこと?」

 

「ホワット!?」

 

「右目?」

 

檻の外から聞こえた問いかけに、ジムは勢いよく聖星を見る。

東洋人特有の幼い顔立ちの同級生は確信を得ているのか、迷いのない瞳でジムを真っすぐ見据えていた。

悠揚として迫らざる態度を貫く聖星に対し、ジムの表情は酷く動揺しており、言葉を詰まらせている。

様々な人間に包帯で隠している右目について尋ねられた事はあった。

しかし、この状況で的確に尋ねられるとは夢にも思わなかった。

同時に彼が赤き竜と共にいる事を思い出し、納得したかのように疑問を口にする。

 

「オ~、ユーはそういうのが分かるのか?」

 

「何となくだけどな。

リカルド村長も気がついていたよ。

だから、君への処分をどうしようか迷っている。

例え異教徒だろうと、君に宿る力は誰かのためにある。

きっと、君も俺と同様、何かの宿命を背負っているんだろ?」

 

「宿命か……

俺のこれはそんなたいそうなものじゃないさ。

ただ、俺のこの右目は友のためにある」

 

罠に嵌まりそうだった友、今は家族ではあるが、彼女を必死に守ろうとした時。

気が付けば彼の右目は古くから伝わる力に変わっていた。

気絶していた自分と彼女の傍に寄り添っていた老人の言葉を思い出しながらジムは2人を見る。

 

「それより、マイフレンド、ユーに頼みがある」

 

「頼み?」

 

「あぁ、俺達の事をこの連絡先に伝えてくれないか?

きっと皆心配している」

 

そう言って渡されたのは、即席に書かれた1枚の紙。

それを見たカイザーはジム達が2人きりで訪れたわけではない事を思い出す。

 

「確かに、教師と学生が突然姿を眩ませたら周りが放っておかないだろうな」

 

「分かった、ジム。

絶対に伝えておくよ」

 

「サンキュー」

 

**

 

白々明けになった頃、カイザーは与えられた部屋で静かに目を覚ました。

時差の関係上、上手く眠れないと思ったが、昨晩の出来事は彼の体に大きな負担になっていたらしい。

暖かいベッドにもぐりこんだ次の瞬間には意識を手放し、気が付けば窓から日差しが差し込んでいた。

十代ならばまだ眠れる!と意気込んで二度寝していただろうが、真面目な性格であるカイザーは眠たげな表情を浮かべながらベッドから起き上がる。

そしてふと、隣のベッドで眠っている聖星へ目をやった。

 

「聖星?」

 

髪と同じ青碧の瞳に映ったのは、両手を組みながら目を瞑っている聖星だ。

ただ静かにそこにいる後輩が纏う空気は妙に重苦しく、思わず呼吸を止めてしまった。

しかしそれはほんの一瞬で、聖星は顔を上げて微笑んだ。

 

「おはようございます、丸藤先輩。

よく眠れましたか?」

 

「あ、あぁ……

ところで、何をしていたんだ?」

 

カイザーからの問いかけに聖星はきょとんとした表情を浮かべ、はにかむように笑って頬をかいた。

 

「見られちゃいました?

竜の星に祈っていたんです。

デュエルアカデミアにいる皆が無事でありますようにって」

 

かつて、神の化身である赤き竜は平和を脅かした【三幻魔】と戦った。

それならば、竜の星は【三幻魔】の復活を防ごうと戦っている十代達を見守ってくれているはずだ。

肩を並べる事は出来ずとも、遠い地で戦っている戦友達の勝利を願う事は出来る。

そして、平和を勝ち取るためには十代達の勝利だけでは足らない。

この場にいる聖星とカイザーも勝たねば意味がないのだ。

 

「彼等なら大丈夫だ。

例えセブンスターズが攻め込んで来ても十代達なら勝つ」

 

「はい。

ところで先輩、ジムとのデュエルに使うデッキを今から組む予定なのですが、手伝ってくれませんか?」

 

「あぁ、構わない」

 

**

 

朝食を食べ終えた聖星とカイザーはすぐにデッキの構築について話し合っていたが、どうやら想像していたより白熱していたらしい。

床一面に広がったカードを交互に見ながら交わす議論は昼下がりまで続いた。

何度かリカルド村長達が訪れたようだが、裁きの準備を行っていたという事で誰1人として声をかけてこなかった。

組み終えたデッキをケースに仕舞った聖星は、いくつもの炎が照らしているデュエルフィールドに立つ。

そして、穏やかな風が吹く中、手枷をつけているジムが数人の村人に連れられてやって来る。

 

「聖星?」

 

「こんにちは、ジム。

早速だけど、今から俺とデュエルをして貰おうか」

 

聖星の言葉にこのデュエルの意図を察した彼は、不敵な笑みを浮かべる。

 

「成る程、そういう事か。

オーケー、そのデュエルを受けよう」

 

村人の1人がジムの手枷を外し、押収していたデュエルディスクとデッキを彼に渡す。

左手に盾を取り付けたジムは真っ直ぐと聖星を見た。

 

「このデュエルは貴方の罪を計るもの。

負けたからと言って罰せられるわけでないし、勝ったからと言って無罪放免になるわけでもない。

ただ貴方は罪の意識を持ちながらデュエルに全力で挑めば良いさ」

 

「挽回の機会をくれただけでラッキーさ。

よろしく頼むぜ、聖星」

 

「あぁ」

 

「「デュエル!!」」

 

2人の掛け声とともに突風が吹き荒れる。

リカルド村長をはじめ殆どの男性達は、これから始まる神聖な儀式を見守っていた。

このデュエルはあくまで聖星が彼を見極め、裁く側。

よって最初に動くのは聖星だ。

 

「先攻は俺がもらう、ドロー。

俺はモンスターをセット、カードを2枚セット。

更にフィールド魔法【影牢の呪縛】を発動。

俺はこれでターンエンド」

 

「(裏側守備モンスター?

という事はリバースモンスターか)」

 

ルール上、リバースモンスター以外のモンスターを裏側守備表示で場に出す事に問題はない。

だが、モンスターを守備表示で召喚するのならば、リバース効果を持つモンスター以外は表側守備表示で出すのが通例だ。

故に、聖星の行動はとても分かりやすい誘いに映る。

ジムは自分が知りうる限りのリバース効果モンスターを思い出す。

 

「(伏せカードは1枚だから【メタモルポット】の可能性は低い。

墓地にカードは存在しないから【聖なる魔術師】、【闇の仮面】もないだろう……

ま、こちらから仕掛けないと始まらないか)

俺のターン、ドロー!」

 

勢いよくカードを引いたジムは手札にかけつけたモンスターの名前に笑みを浮かべる。

 

「俺は【風化戦士】を攻撃表示で召喚!」

 

「この瞬間、罠発動」

 

「ホワット!?」

 

「【針虫の巣窟】。

このカードの効果で、俺はデッキからカードを5枚墓地に送る」

 

そう宣言した瞬間、ジムは怪訝そうな、だけど少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた。

相手がいきなり自分のデッキを破壊したからそのような顔をしたのだろうか。

意図を考えながらデッキの上から5枚めくった聖星は、ジムに見えるようカードを掲げる。

 

「墓地に送られたのは【シャドール・リザード】、【シャドール・ファルコン】、【グリモの魔導書】、【魂写しの同化】、【貪欲な壺】だ。

そして、墓地に送られた【シャドール・リザード】と【シャドール・ファルコン】の効果発動。

彼等はカードの効果で墓地に送られた時、それぞれ効果を発動する」

 

聖星の背後にうすぐらい紫に染まり、操り糸のようなものに拘束されている2体のモンスターが姿を表す。

そして、聖星の左後ろに控えていた鳥形のモンスターが輝きながらフィールドに舞い降りる。

 

「【シャドール・ファルコン】は自身を裏側表示で特殊召喚する。

頼む、【シャドール・ファルコン】」

 

頼まれたモンスターは裏側守備表示のため、その思いに応えることはない。

だが、それでいい。

すると、聖星の場に紫色の輝きが現れる。

 

「何だ?」

 

「【影牢の呪縛】の効果さ」

 

「オー、このタイミングで発動するのか」

 

「あぁ。

【シャドール】モンスターが効果で墓地に送られる度に、1体につき1つ魔石カウンターがたまるのさ。

そして、ジムの【風化戦士】はそのカウンターの数×100ポイント弱体化してもらう」

 

「っ、何だと!?

【風化戦士】!」

 

眩い光に【風化戦士】の体の一部が崩れ落ち、攻撃力2000のモンスターは攻撃力が1900になる。

しかし、これで終わりではない。

次は自分の番だと言うように【シャドール・リザード】が奇妙な声で鳴き、その姿は四足歩行の獣となる。

 

「【シャドール・リザード】はデッキから自身以外の【シャドール】を墓地に送る。

俺が送るのは【シャドール・ビースト】だ。

そして、【シャドール・ビースト】が効果で墓地に送られた時、デッキからカードを1枚ドローする」

 

「モンスターを場に特殊召喚するだけではなく、デッキからカードをドロー。

それに繋げるモンスター効果。

ユーはとんでもないデュエリストだな、聖星」

 

「この程度で驚いていたら、これからのデュエル持たないぜ、ジム」

 

そう、このデッキの真骨頂はここからだ。

尤も、その真骨頂を発揮できるかはジム次第にはなるのだが。

聖星が操るデッキの特性を知り尽くしているカイザーは、デッキを組んでいた時を思い出す。

 

「丸藤先輩、【シャドール・ファルコン】はデッキに入れても大丈夫だと思います?」

 

「チューナーか……

相手はジムなんだろう?

彼と対等に戦うのなら抜くべきだ」

 

「はい。

けど、問題はあれがデュエル中にちょっかいをかけてこないかなんですよね。

デュエルが終わるまで大人しくしてくれるのなら良いんですが……」

 

「確かに、そうなった場合は光の竜達の力が必要か」

 

「はい。

でも、ちょっと残念だなぁ」

 

「何がだ?」

 

床の上に広げられている【シャドール】を眺めている聖星は、困ったようにとあるカード達に目をやる。

それはこのデュエルでは絶対に使わないと決めていたカード達だ。

1枚は髪を靡かせ、光の翼が生えている少女。

もう1枚はカプセルのような中で眠りについている少女。

一見すると特に問題はないように見えるが、彼等はシンクロ召喚とは違う意味でこの時代で活躍するには早すぎるカードだ。

 

「【シャドール】を組むのなら【エリアル】と【ウェンディ】も入れたかったです」

 

「この件が終わったら、俺が相手になろう」

 

「良いんですか?」

 

「あぁ。

俺もまだこの時代にはない種族とデュエルしたいからな」

 

そう、上記にあげた2枚はこの時代には存在しない種族。

【シャドール・ファルコン】は状況が状況であるため、デッキに投入する理由はある。

しかし、流石にサイキック族の彼女達に理由もないのにデッキに組み込むのはルール違反な気がするのだ。

聖星が入学当初から貫いている理念になるべく反しないようにするのなら、彼女達には悪いがカードケースで留守番してもらうしかない。

次のデュエルの約束を思い出していたカイザーはバトルフェイズに移った声で現実に引き戻される。

 

「オーケー、それならバトルだ!

【風化戦士】、ゴー!」

 

ジムの掛け声に【風化戦士】は裏側守備表示になっている【シャドール・ファルコン】へ駆け出す。

【影牢の呪縛】にたまっているカウンターの数は3。

よって、攻撃力は1700までダウンしているが、【シャドール・ファルコン】を撃破するためならば問題はない。

持っている剣を大きく振り上げた彼は容赦なく攻撃する。

だが、その刃がモンスターを叩き潰す前に空から紫色の紐が降り注ぎ、刃を絡みとる。

 

「ロープ!?

一体どこから……!?

あの光かっ!」

 

「速攻魔法【神の写し身との接触】」

 

「っ!」

 

「俺の場とフィールドから決められたモンスターを墓地に送り【シャドール】融合モンスターを特殊召喚する。

だが、同時にフィールド魔法【影牢の呪縛】の効果発動。

【シャドール】モンスターを融合召喚する時、このカードに乗っているカウンターを3つ取り除くことでジムのモンスターを融合素材にする!」

 

「俺のモンスターを融合素材にするだと!?」

 

「召喚条件は【シャドール】と地属性モンスター。

空虚な匪賊に連なる賢者よ、跳梁跋扈による咎めを受けよ。

融合召喚【エルシャドール・シェキナーガ】」

 

紫色の紐に絡めとられた【風化戦士】は漆黒の渦に飲み込まれ、もう一体の裏側守備表示モンスター【シャドール・ヘッジホッグ】はその小さな体をみるみるうちに巨大化させていく。

黒に近い紫色のモンスターは白銀と漆黒のボディを持つ巨大なモンスターになった。

そして、渦のなかに取り込まれた【風化戦士】は女性型のモンスターになり、巨大なモンスターに拘束される。

その攻撃力は2600。

これはジムのバトルフェイズにて行われた特殊召喚。

緑色の隻眼は驚きのあまり微かに揺れており、腹の底から驚きと感動の言葉がでかかった。

しかし、これはとても真剣な裁きの場。

初めて見るタイプのデュエルタクティスにいつも通りはしゃぐわけにはいかない。

 

「【風化戦士】の効果発動。

俺はデッキから【化石融合-フォッシル・フュージョン】を手札に加える」

 

「俺も【シャドール・ヘッジホッグ】の効果を発動させてもらう。

デッキから【星なる影ゲニウス】を手札に加える」

 

聖星が【シャドール・ヘッジホッグ】の効果を使用した事で再び【影牢の呪縛】にカウンターが乗る。

まだたったの1ターンしか経っていないが、【シャドール】のカンターが乗る頻度はそれなりに多い。

これは早くフィールド魔法をどうにかしなければ思うようなデュエルが出来ないだろう。

 

「ジム」

 

メインフェイズに移った事で魔法カードを発動しようとした時、前から聞こえた名前を呼ぶ声にジムは顔を上げる。

 

「リカルド村長達と交渉したことがある君なら知っているはずだ。

この土地は何万年も前から彼等の祖先が受け継いで守り抜き、後世へと伝えなければならない場所。

これからの未来、次へと繋げるための希望と遺産がここにはある。

ジム、これから次へと繋がるはずだった希望の芽を摘ままれてみてどんな気分だ?」

 

「成る程、俺のフィールドは彼等から見て聖域。

そしてユーが操る【シャドール】達は俺とリーパー先生を模しているのか。

さしずめ、これは犯行現場の再現ってわけか」

 

よく思い出せば、【シェキナーガ】を召喚した時の台詞は、ジムへの宣告を意味するものだったのかもしれない。

止めようと駆け出した側のジムからしてみれば理不尽な事かもしれないが、実際この土地を守り続けてきた村人達、ジム達が禁止区域に侵入した事で赤き竜と共に来た聖星達には関係ないのだろう。

ブリムを掴みながらテンガロンハットを深く被ったジムは小さく息を吐き、真っ直ぐと聖星を見た。

 

「聖星。

まさか、俺の場にいるモンスターを融合素材に使われるとは思わなかったぜ。

今まで多くのデュエリストとデュエルしてきたが、こんな事は初めてだ」

 

「……」

 

「そして、聖星。

ユーこそ、コントロール奪取以外で自分のモンスターを融合素材にされたことはあるか?」

 

「え?」

 

「手札から【化石融合-フォッシル・フュージョン】を発動!」

 

「さっき加えたカード……

それに、さっきの口ぶりからするとそのカードの効果は」

 

「ザッツライト!

俺の墓地に存在する岩石族とユーの墓地に存在するモンスターを融合させるのさ!」

 

「やっぱり」

 

パチン、とカードをデュエルディスクに差し込む音が響く。

同時にフィールド全体が揺れ、2人の背後に巨大な岩のようなものが隆起する。

背後に振り返った聖星は様々な横縞が重なっている岩、いや、地層に囚われているモンスターの姿に目を見開く。

鉱物とも金属ともとれるボディを持っていたモンスターは風化によって体の殆どを失い、残っているものは骨だけ。

それでも、今墓地に存在するモンスターで四足歩行なのは1体だけで、誰が融合素材に選ばれたのかすぐに察することが出来た。

 

「俺の地層に眠る【風化戦士】と君の地層に存在する【シャドール・ビースト】を融合する!

カモン!!

【中生代化石騎士スカルナイト】!」

 

「はぁ!」

 

2人の背後にあった地層は光の渦となり、その中から小さな盾を構えた骸骨の騎士が現れる。

恐竜の骨で作った鎧を身に纏う彼は【シェキナーガ】に敵う攻撃力ではなく、ジムを守るよう守備表示になる。

すぐに壁を用意したジムのタクティスにリカルド村長達は感嘆の声を零しているが、腕を組みながら観戦しているカイザーは厳しい眼差しを向けていた。

 

「(やはり、融合モンスターが召喚されたか。

だが、ジム。

君は次のターンに備えて融合モンスターを特殊召喚したのだろうが、それは自身を守るどころか首を絞める行為に繋がる。

さて、君はどうやって聖星のデッキに立ち向かう?)」

 

先程カイザーは聖星のデッキの真骨頂を見る事が出来るかはジム次第と心の中で思案していたが、彼の予想通りジムは聖星にとって最適な環境を提供してしまった。

かの少年がどのように抗うのか、それとも何もできずに敗北してしまうのか。

どちらに転ぶか分からないデュエルの結末に思いを馳せる。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー」

 

今、聖星の場には【エルシャドール・シェキナーガ】と裏側守備表示の【シャドール・ファルコン】が存在する。

それに対してジムの場は【中生代化石騎士スカルナイト】が守備表示と伏せカードが1枚。

【スカルナイト】の守備力はわずか1100と、下級の【シャドール】でも突破できる数値だ。

このままバトルフェイズに突入し、出方を伺うのも悪くはない。

だが、目の前にいるデュエリストの真価を試すにはこのカードを使うべきだろう。

 

「ジム、攻めさせてもらうぞ。

手札から魔法カード【影依融合】を発動。

俺の手札、フィールドから【シャドール】融合モンスターによって決められた融合素材モンスターを墓地に送り、融合モンスターを特殊召喚する。

だが、ジムの場に融合デッキから特殊召喚されたモンスターが存在するのなら話は違う」

 

「まさか、また俺の場のモンスターを素材にする気か!?」

 

来るか、と身構えるジムだが、彼の予想に反し聖星は自身のデッキをデュエルディスクから外す。

前例がない行動に理解が遅れるが、ジムは考古学と地質学を専門とする少年。

数少ない手がかりからあるべき姿を推測する事には慣れており、この場の誰よりも早く正解を導きだした。

同時にそんな事があり得るのかと疑問が過ぎったが、聖星は宣言する。

 

「俺のデッキに眠るモンスターも融合素材とする事が出来る」

 

「デッキに存在するモンスターをだと!?

アンビリーバボー!」

 

「俺はデッキの【シャドール・ハウンド】と2枚目の【シャドール・ビースト】で融合。

融合条件は【シャドール】と闇属性モンスター」

 

選ばれたのは細身の四足歩行モンスターと、先程【スカルナイト】の融合素材となった大柄の四足歩行モンスターだ。

彼等は闇の渦へと姿を消し、片方は翼をもつモンスターへと変わっていく。

そして、もう片方は愛らしい緑髪の少女へと姿を変えた。

 

「夜もすがらの果てを求める閨秀よ、暗竜を従えて世界を駆けろ。

融合召喚、【エルシャドール・ミドラーシュ】」

 

「はぁっ!」

 

体中に存在する水晶体には紫色の糸が繋がれている龍は機械音を発しながら翼をはばたかせる。

だが、今まで現れたモンスターと異なり、少女の形をしている彼女には影糸が一切繋がれていない。

彼女が【シャドール】を統べる主なのだろうか。

ジムが初めて見るモンスターの特徴と今まで使用された【シャドール】と【エルシャドール・シェキナーガ】の共通点を探していると、聖星は容赦なくモンスター効果を発動させた。

 

「【影依融合】の効果で墓地に送られた【シャドール・ハウンド】と【シャドール・ビースト】の効果発動。

俺はデッキからカードを1枚ドローし、【スカルナイト】を守備表示から攻撃表示に変更する」

 

【シャドール・ハウンド】はカード効果で墓地に送られた時、表示形式を変更する効果を持つ。

これでジムの【スカルナイト】は守備表示から攻撃表示となり、戦闘でダメージを与える事が出来る。

空から無数の影糸が降り注ぎ【スカルナイト】を絡めとろうとするが、盾を構えた【スカルナイト】は立ち上がり、自身に向かってきた無数の糸を切り捨てる。

 

「えっ、何で効いてないんだ!?」

 

「【化石融合】の効果さ」

 

「まさか……」

 

「俺達の地層に眠るモンスターを融合素材に召喚した【化石】融合モンスターは、モンスター効果の対象にはならない。

つまり、【ハウンド】のその糸は【スカルナイト】には届いていなかったという事さ」

 

「自分のモンスターの効果の対象にさえ選べなくなるけど、相手からのカード耐性を得られると考えれば強いな

それなら俺は【ハウンド】の効果で裏側守備表示になっている【シャドール・ファルコン】の表示形式を変更。

この瞬間、【ファルコン】のリバース効果発動。

墓地に眠る【シャドール・ビースト】を裏側守備表示で特殊召喚する」

 

表側攻撃表示になった【シャドール・ファルコン】は小さな翼をぱたぱたと羽ばたかせる。

すると僅かな風によって小さな時空の歪みが生まれ、その奥から厳ついモンスターが姿を現した。

蘇った【シャドール・ビースト】は威嚇するよう唸りながら裏側守備表示になる。

【スカルナイト】を攻撃表示に変更できなかったのは痛い。

しかし、これで【影牢の呪縛】に乗っているカウンターは1つから4つに増えた。

 

「それなら俺は手札から【魔導書士バテル】を召喚」

 

「ふんっ」

 

「そして【バテル】の効果発動。

彼の召喚に成功した時、デッキから【魔導書】と名の付く魔法カードを手札に加える。

俺が加えるのは【グリモの魔導書】だ」

 

悲しい事に【針虫の巣窟】で墓地に送られてしまったが、これで【魔導書】のエンジンカードを手札に呼び込むことが出来た。

一気に動くと気が付いたカイザーはどのカードを呼び込むのか考える。

 

「【グリモの魔導書】を発動。

デッキから【魔導書】と名の付くカードを手札に加える。

俺は【セフェルの魔導書】を選択し、そのまま発動」

 

淡い青に近い光を放つ書物が消え去ったと思えば、次は禍々しい闇を纏う【魔導書】が場に現れた。

【魔導書】からあふれ出る闇は【エルシャドール・ミドラーシュ】と呼応する様に場を侵食していった。

 

「俺の場に魔法使い族が存在する時、手札の【ヒュグロの魔導書】を見せ、墓地に眠る【魔導書】をコピーする」

 

「ユーの墓地に存在する【魔導書】は1種類。

つまり……」

 

「あぁ、ジムが考えている通りだ。

俺は【グリモの魔導書】の効果をコピーする。

デッキからサーチするのは【ルドラの魔導書】だ」

 

【ルドラの魔導書】は手札の【魔導書】、または場の魔法使い族を墓地に送る事でデッキからカードを2枚引くドローカードだ。

聖星の手札には【ヒュグロの魔導書】が存在し、場には【魔導書士バテル】と【エルシャドール・ミドラーシュ】が存在する。

どれを選択するのか考えてはみたが、聖星の性格を考えると後者を利用するだろう。

 

「【ルドラの魔導書】を発動。

【バテル】を墓地に送り、デッキからカードを2枚ドローする」

 

これで聖星の手札は6枚。

フィールド魔法【影牢の呪縛】に乗っているカウンターは3つ。

ジムのライフは一切削れていな4000だが、このターンで全てを削り切る事も出来なくはない。

 

「手札から【ヒュグロの魔導書】を発動。

このカードは俺の場に存在する魔法使い族モンスターの攻撃力を1000アップさせる効果を持つ。

【ミドラーシュ】を選択し、彼女の攻撃力を1000ポイントアップ」

 

「攻撃力3200!?

とんだ攻撃力だな」

 

「バトル。

【ミドラーシュ】で【中生代化石騎士スカルナイト】に攻撃」

 

「ホワット?」

 

まさかの攻撃宣言にジムは怪訝そうな表情を浮かべる。

【スカルナイト】の守備力は僅か1100。

【シャドール・ファルコン】では突破不可能だが、聖星の場には攻撃力2600の【エルシャドール・シェキナーガ】が存在する。

だというのに聖星は攻撃力が最も高い【ミドラーシュ】で攻撃を仕掛けてくる。

 

「(という事は、貫通ダメージ目当てか)

罠発動、【重力解除】!

悪いが、その攻撃は通さないぜ!」

 

沈黙を守っていた伏せカードが表になった事で聖星はすぐに手札のカードを掴む。

【重力解除】はフィールドの全ての表側表示のモンスターの表示形式を変更する効果を持つ。

これで【スカルナイト】は攻撃表示となり、聖星の【シャドール】達は守備表示になるのだ。

だが、こんな場面にも対応できるのが【魔導書】である。

 

「手札から速攻魔法【トーラの魔導書】を発動。

俺の魔法使い族を対象に発動する。

【ミドラーシュ】に罠カードの耐性をつける」

 

「何だと!?」

 

「【ミドラーシュ】、そのまま行け!」

 

盾から剣へと構え直した【スカルナイト】は真っすぐに【ミドラーシュ】を睨みつける。

【ミドラーシュ】は無粋にも睨みつける格下に冷え切った眼差しを送り、持っているロッドを掲げた。

宝石が嵌め込まれているロッドからあふれ出した光が【スカルナイト】を貫き、そのままジムの体を貫く。

 

「ぐっ!!」

 

ジムのライフが4000から3200へと削られる。

赤き竜の使者が最初にダメージを与えたことで村人達が沸き上がるかと思いきや、これは神聖なデュエル。

娯楽のデュエルと異なりヤジを飛ばすような無粋な客はおらず、彼等は真剣な眼差しでデュエルを見守っている。

 

「【ミドラーシュ】がモンスターを破壊した事で【ヒュグロ】のもう1つの効果が発動する」

 

「もう1つの効果?」

 

「モンスターを戦闘で破壊したとき、デッキから新たな【魔導書】を手札に加えるのさ。

当然、俺が加えるのは【グリモの魔導書】」

 

これが【ミドラーシュ】の攻撃力が最も高いにもかかわらず、守備表示の【スカルナイト】に攻撃した理由だ。

聖星はダメージ量ではなくデッキからの補充を選んだのだろう。

彼の行動を理解したジムは小さく息を吐いて宣言する。

 

「なら、俺も効果を発動させてもらおう。

墓地に眠る【化石融合】は俺の【化石】融合モンスターが戦闘・効果で破壊された時、手札に加える事が出来る。

カムバック、【化石融合】!」

 

「相手のモンスターを巻き込んでの融合に、破壊された時に発生する自己回収か。

本当、面白い効果だな」

 

「ユーの【影衣融合】もなかなかにワンダフルだぜ、聖星」

 

あぁ、面白い、面白いに決まっている。

お互いに使用するカードは融合召喚という軸は同じだが、素材となるモンスターの場所は全く異なる。

この時代では珍しい部類のカード達とのデュエルに燃え滾らないわけがない。

裁きの場という状況でなければ聖星はもっと楽しそうな表情を浮かべ、生き生きとカードを繰り出していただろう。

あまり熱くならないよう自分に言い聞かせながら聖星はカードを1枚掴んだ。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンド」

 

モンスターの数、手札の枚数、そしてライフポイント。

現状において聖星が有利ではあるが、ジムはこの状況をひっくり返す事が出来るだろうか。

リカルド村長は彼を無傷で帰したいと願っている。

そして、ジムはリーパーの暴挙を止めようと動いただけである。

彼は悪くないと火を見るよりも明らかなのだが、村人達はそれで納得してくれない。

 

「(さて、ここからは俺の問いかけとジムの返答次第だな)」

 

赤き竜の使者である聖星が真剣にデュエルを行い、ジムが勝てば丸く収まりやすい。

しかし、もしジムが負けてしまったら。

薄っぺらなデュエルで敗北したのに無罪という結果を出しては誰も得心しない。

ならば、例えその結末になったとしても、ジムの生き様に彼等が納得出来るよう、重みを出すために聖星は言葉を紡ぐ。

 

「【化石融合】に【化石】モンスター。

本当に君は化石が大好きなんだね。

君の表情やデュエルスタイルからそれが強く伝わってくるよ」

 

「あぁ、俺は地質学と考古学がとても好きでね。

それがユーに伝わったようで嬉しいよ」

 

「それじゃあ聞くけどジム。

何故君は自分と関係ない過去の遺物と向き合おうと思ったんだ?」

 

「ホワット?」

 

「この地は星の民達が次の世代のために受け継いできた土地だ。

俺自身、星の民とは縁がある。

だから彼等が受け継いできた文化、遺跡には強い興味があるし、他人事じゃない。

けど、君はこの土地に縁もゆかりもない。

言葉を選ばずに言ってしまえば、君の行為は他人の領域を土足で踏み荒らす事だ。

それなのに、どうして君は考古学が好きなんだ?」

 

過去の事を知ろうとする姿勢はとても好ましい。

特に自分のルーツを探すため、縁があるのならば過去に興味を持った経緯も理解しやすい。

聖星のはっきりとした言葉にジムは真剣な表情になり、ブリムを指で上げながら話し始めた。

 

「聖星、ユーは言ったね。

この土地は星の民達が先祖代々受け継ぎ、次の世代へ繋げようと努めてきた聖なる地だと。

だが、この世には後世に伝えたくても伝えられなかった人々の暮らしがある」

 

それは自然災害によって一夜で滅んでしまった文明であったり、戦争によって敗れた国だったり様々だ。

近隣国と繋がるネットワークが何らかの理由で遮断され、そこから滅びに向かった場合もあるだろう。

家族、友、恋人、様々な仲間と笑い合って辛い現実と戦いながら明日を生きた人達が確かにこの世界にはいた。

 

「過去を生きた人達が今とこれからを生きる者達に知られず、歴史の闇に葬り去られる事はとても悲しいことだ。

この星に芽吹いていた命も、楽しかった事も、無念な思いも、伝えたかった事も、全てが最初からなかった事にされる」

 

「確かにそれは悲しい事だ。

だけどな、ジム。

過去の記録を読み取る事を優先し過ぎて、今を生きる彼等を蔑ろにして良い理由にはならないよ」

 

「蔑ろにしたつもりは……!

いや、結果としてはそうだな。

確かに俺はリーパー先生を止める事が出来なかった。

俺のフレンドが君達に迷惑をかけたのは紛れもない事実。

弁解するつもりは一切ない」

 

ジムはリーパー先生が何故あのような行動をとったのか未だに納得できていない。

その答えに聖星やリカルド村長達は近づいているが、彼は本当に何1つの手がかりを持っていなかった。

だからこの場ではっきりと断言する事は出来ず、ただ向けられる眼差しに耐える事しか許されない。

 

「聖星、確かに俺達考古学者は聖域を守る彼等からしてみれば土足で踏み荒らす匪賊だろう。

バット、考古学はただ過去を振り返るだけの学問じゃない。

何故失われたのか、その理由を読み解くことで悲劇を知り、悲劇を繰り返さないための教訓を得る事もある。

自然環境の変化だってそうだ。

天変地異、地殻変動、様々な理由で人間は変化した自然環境に適応し、生きてきた」

 

この世には、人間が歴史を学んで分かることは、人間は歴史から何も学ばないということだけだ。という言葉がある。

それは正しいというように幾度戦争を行い、戦争を辞めても結局人間は戦争を選んでいる。

ジムの教訓を得るという言葉は、聞いている者によってはただの綺麗事であり、実際に冗談半分でそう言われた事もある。

それでも、綺麗事だと言われようと、積み重ねた過去の姿が今を生きる人々に適応法を教えてくれるのだ。

 

「声を上げる事が出来なくなった彼等の声に耳を傾ける事で、今を生きる者達がこれからどう生きるべきかの指針になる。

だからこそ俺は、同じ地球という船に乗る1人として先人達が生きてきた証を後世に伝えたい」

 

「……」

 

「おっと、ソーリー、脱線し過ぎた。

好きな理由だったな。

やはり、過去の者達の声を聴いて、誰も知る事が出来なかった歴史を知る事が出来る点だな。

後世に伝える事はあくまで好きの先にある考古学者としての役目さ」

 

「好きの先にある役目か、とても素敵な考え方だよ」

 

リカルド村長も、ジムが星の民の文化を知る事に対しとても楽しそうな感情を持っていたと話していた。

だから彼が根っからの好奇心の塊だというのは知っていた。

村人達にジムは善人である事を示すために問いかけたのだが、まさか好きの先にある、自分がやるべき役目まで話してくれるとは思わなかった。

実に嬉しい誤算だと心の中で笑いながら次の疑問を投げかける。

 

「けどな、ジム。

君自身が現地の人達に敬意を払い、筋を通そうとしても、仲間の過ちで今回のように命の危険に晒される事もある。

ましてや、調査していた遺跡が呪われた地で、君のせいで仲間を巻き込む事だってあるかもしれない。

それでも君は、君の信念のために逃げず、進み続ける覚悟はあるのか?」

 

「イエス」

 

自分が巻き込まれる側ではなく、逆に巻き込む側になる。

それは決してないとは言えない未来だ。

それを簡単に提示しながら、逃げるつもりはないと出された答えに聖星は笑みを浮かべた。

 

「そう。

お喋りは終わりだ、デュエルを続行してくれ」

 

「オーケー、聖星。

俺のターン、ドロー!」

 

デュエルの状況はジムが圧倒的に不利。

相手の場にモンスターが4体いるのも厄介だが、最も厄介なのはフィールド魔法。

今、【影牢の呪縛】にはカウンターが4つ溜まっており、【シャドール】モンスターの融合に自身のモンスターを使われてしまう。

これ以上場を崩されてはたまったものではないと、ジムの思いに応えてくれたのか、引いたカードにジムは口角を上げる。

 

「手札から【サイクロン】を発動!

これ以上、俺のモンスターを素材にはさせないぜ、聖星!」

 

「【影牢の呪縛】が」

 

2人のフィールドに突風が吹き荒れ、フィールド魔法が破壊される。

同時に聖星の場にあった4つの魔石カウンターの光が色を失った。

 

「墓地に眠る【スカルナイト】の効果発動!

【スカルナイト】をゲームから除外し、【シェキナーガ】を破壊する!」

 

「っ!!」

 

ジムの背後に現れた半透明の【スカルナイト】は自身の剣を【シェキナーガ】に向かって投げる。

激しい勢いで向かってきた剣は【シェキナーガ】の体を貫き、機械仕掛けのモンスターは粉々に砕け散った。

 

「彼等は太古から眠りにつき、化石として蘇った騎士。

例えバトルで敗れたとしても、彼等が存在した跡は次の未来へ繋がるのさ」

 

「流石は考古学者の1人。

言葉の重みが違うね」

 

「誉め言葉として受け取っておくぜ」

 

「あぁ、受け取ってくれ。

でも良いのか、墓地から岩石族モンスターを除外して」

 

「ノープロブレム。

俺は【フリント・クラッガー】を召喚」

 

「がぁ!」

 

新しく場に現れたのは恐竜の化石をモチーフにしたモンスター。

一体何の化石なのだろうかと考えていると、【フリント・クラッガー】の口元で小さな火花が散った。

一瞬だけ散ったと思えばその火花は周りの風を巻き込んで巨大な炎となる。

 

「【フリント・クラッガー】の効果発動!

【フリント・クラッガー】を墓地に送り、ユーに500ポイントのダメージを与える!」

 

「くっ!」

 

吐き出された火の玉は【エルシャドール】達をすり抜け、聖星に直撃する。

これで聖星のライフは4000から3500になった。

 

「手札から【化石融合-フォッシル・フュージョン】を発動!

俺の地層に眠る【フリント・クラッガー】とユーの地層に眠る【エルシャドール・シェキナーガ】で融合!」

 

除外されたのは岩石族モンスターとレベル7以上のモンスター。

【化石融合】によるこの融合条件で特殊召喚されるモンスターはカイザーが知っている限り3体。

さて、その3体のうちの1体が出てくるか、それともカイザーが知らないモンスターが出てくるか。

地層に眠るモンスター達は歪みながら人型のモンスターへと姿を変え、巨大な鞘から刀身を抜く。

 

「カモン、【古生代化石騎士スカルキング】!!」

 

「はぁ!」

 

「なんか、過去に遡った方が人型に近くなってないか?」

 

表示された攻撃力は2800と、聖星の場のモンスターの攻撃力を超えた。

しかし、聖星はその数値よりモンスターの外見の方が気になったらしい。

【中生代化石騎士】が皮膚を持たない風貌だったのに対し、【スカルキング】の顔にはしっかりと皮膚がある。

慣れっこな反応にジムは笑みを浮かべ、持論を唱える。

 

「この惑星の歴史はまだまだ謎に包まれている事が多い。

もしかすると、恐竜と人間が同じ時代を生き、彼のような戦士がいたかもしれない。

ユーはそういうロマンは嫌いかい?」

 

「いいや、精霊と人間が語り合った時代があるんだ。

そういう時代があってもおかしくはないさ」

 

恐竜と人間が共存していた時代など、とんだ夢物語だ。

だが、それでも、何億年の歴史の中でそのような時代があったかもしれない。

もしかすると今もこうやってデュエルしている間にも、地底で共に暮らしている可能性だってある。

デュエルモンスターズの精霊と語り合い、星竜王に助けを求められた聖星は決して笑わない。

 

「手札から魔法カード【奇跡の穿孔】を発動!

デッキから岩石族モンスターを墓地に送る。

そして、墓地に【化石融合】が存在する時、更にデッキから1枚ドロー出来る。

俺は【シェル・ナイト】を墓地に送り、カードをドロー!」

 

半透明となって場に現れたのは貝をモチーフにした小柄なモンスター。

墓地に眠る【化石融合】の存在によって墓地に送られた彼も【化石】シリーズの立派な一員のようで、効果が発動した。

 

「【シェル・ナイト】の効果発動。

カードの効果で墓地に送られた事で、デッキから岩石族・レベル8モンスターを1体手札に加える。

バット、俺の墓地に【化石融合】がある場合は、そのまま特殊召喚する事も出来る」

 

「特殊召喚はするのか?」

 

「オフコース。

俺は【地球巨人ガイア・プレート】を手札に加え、特殊召喚する!」

 

ジムが選択したのはレベル8で攻撃力2800と【スカルキング】に並ぶ数値を誇る。

聖星の場に存在するモンスター達を戦闘で破壊できる攻撃力に、逆転できる一手を賭けた。

期待を込めて高らかに宣言したジムの声がデュエルフィールドに木霊する。

村人達もどのようなモンスターが現れるのか真剣な表情で見つめていたが……

 

「ホワイ!?

どうして【ガイア・プレート】が召喚されないんだ!?」

 

いくら待っても【ガイア・プレート】はジムの場に現れない。

それどころか、召喚時の演出であるプレートが割れる予兆も全く感じられなかった。

困惑しているジムに聖星は静かに言葉を放った。

 

「【ミドラーシュ】の効果だ」

 

「っ!!」

 

「【エルシャドール・ミドラーシュ】。

彼女が場に存在する限り、俺達はお互いに1ターン1度しかモンスターの特殊召喚を行えない。

つまり、【スカルキング】を特殊召喚した時点で君は化石達の力を借りられなくなっていたのさ」

 

「何だと……?

俺のフィールドを荒らすだけではなく、特殊召喚にまで制限をつけてきたか……」

 

自分の場のモンスターを融合素材にされるのも十分に痛いが、特殊召喚に制限をかけられるのも痛すぎる。

実に対処しづらいデッキだと、聖星の操る【シャドール】の恐ろしさに冷や汗を流しながらバトルフェイズに移行した。

 

「それなら【スカルキング】、【シャドール・ファルコン】にアタック!!

キングスソード・プレイ!!」

 

「(攻撃表示の【ミドラーシュ】じゃなくて守備表示の【ファルコン】を?

ジムにとって今場から退場してほしいのは【ミドラーシュ】のはず。

まさか、貫通効果?)」

 

聖星のこの考察は当たっている。

【古生代化石騎士スカルキング】は守備モンスターを攻撃した時、攻撃力が守備力を超えていればその数値分の戦闘ダメージを与える効果を持つ。

【シャドール・ファルコン】の守備力は1400と、【スカルキング】の攻撃力2800のちょうど半分。

流石に1400のダメージを許す事は出来ず、聖星は伏せカードを発動した。

 

「リバースカードオープン。

速攻魔法【神の写し身との接触】を発動」

 

「それは最初に使った融合カード!?

2枚目のカードがあったのか!」

 

「手札の【星なる影ゲニウス】とフィールドに存在する【シャドール・ファルコン】を融合。

融合条件は、属性が異なる【シャドール】モンスター」

 

【星なる影ゲニウス】の属性は地。

それに対し【シャドール・ファルコン】は闇属性。

今までの【エルシャドール】は【シャドール】と名の付くモンスターと特定の属性を指定してきた。

新しい組み合わせにどんな厄介なモンスターが現れるのかジムは構える。

すると、聖星の背後に闇と青が混じった渦が現れた。

 

「忘失の影糸廻る時、誅伐の召喚士が群青の深閑にて目を覚ます」

 

デュエリストの召喚時の言葉と共に禍々しい紫と煌めく青の空間から無数の影糸が現れる。

それは今まで召喚されたモンスター達と異なり青の輝きを放っていた。

水飛沫が飛び散る音と共に巨大な何かが時空の波をかき分け、その姿を見せた。

 

「言祝ぐがいい、【エルシャドール・アプカローネ】!!」

 

深い海色の髪を持つ少女はゆっくりと目を開き、敵であるジムを見据える。

聖星の言葉と共に彼女は大きく杖を振るい、彼女が操る魚型のモンスターはヒレを広げて攻撃表示の形態をとった。

本来ならばこの瞬間、聖星は【シャドール・ファルコン】の墓地に送られた時発動する効果によって【シャドール・ファルコン】自身を特殊召喚できる。

それだけではなく、【エルシャドール・アプカローネ】と【星なる影ゲニウス】の効果も発動出来た。

だが、貫通効果を持つ【スカルキング】の前に低い守備力を持つモンスターをさらけ出すにはいかない。

【アプカローネ】と【ゲニウス】はともにフィールドに存在するカードとモンスターカードの効果を無効にし、発動を封じる能力を持つ。

ジムの場には【化石融合】によってモンスター効果の耐性を得た【スカルキング】のみのため、この能力は使ったところで無意味なのだ。

 

「それなら【スカルキング】、【エルシャドール・ミドラーシュ】に攻撃!

ゴー!」

 

「はぁ!!」

 

【シャドール・ファルコン】に向かっていた刃は目標を失い、代わりに【スカルキング】の赤い眼は【ミドラーシュ】に狙いを定める。

自分に向けられる敵意に【ミドラーシュ】はロッドを構え、龍が威嚇する様に咆哮を上げた。

しかし、そんな咆哮など意味はないのだというように【スカルキング】は【ミドラーシュ】を十文字切りした。

切り裂かれて数秒訪れた静寂の後、【ミドラーシュ】の体は爆発する。

爆風はそのまま聖星のライフを奪い、3500から2900へと削られた。

 

「くっ……!

この瞬間、【ミドラーシュ】の効果発動。

彼女が墓地に送られた時、墓地から【影依融合】を手札に加える」

 

「だが、まだバトルは続行させてもらう!

【スカルキング】、キングスソード・プレイ・セカンド!」

 

「っ!?

2回攻撃も出来たのか」

 

聖星の場には攻撃力2500の【アプカローネ】と、裏側守備表示の【シャドール・ビースト】の2体。

【スカルキング】はより低い守備力を持つ【シャドール・ビースト】に刃を突き立てた。

なす術もなく切り裂かれた【シャドール・ビースト】は粉々に砕け散り、聖星のライフが更に1800へと減っていく。

 

「それなら俺は【シャドール・ビースト】のリバース効果発動。

デッキから2枚ドローし、手札の【シャドール・ハウンド】を墓地に捨てる。

【ハウンド】の効果により【スカルキング】には守備表示になってもらう」

 

「カードを1枚伏せターンエンドだ」

 

守備表示に変更されたエースモンスターの姿にジムは苦しげな表情を浮かべる。

聖星の場のモンスターを1体まで削る事は出来たが、【スカルキング】を守備表示にされたのは痛い。

【スカルキング】の守備力は1300と決して高い部類ではない。

そして今攻撃表示になっている【アプカローネ】は待っていましたと言わんばかりの表情で【スカルキング】を睨みつけていた。

 

「(【アプカローネ】の攻撃力は【スカルキング】の守備力を超えている。

彼女の攻撃はなんとかなるかもしれいが、問題は聖星の手札はまだ5枚もある事だ。

そのうちの2枚は融合魔法の【影依融合】とデッキから【魔導書】をサーチする【グリモの魔導書】。

これはカードを切る順番を間違えればジ・エンドだな)」

 

「俺のターン、ドロー。

手札から【影依融合】を発動。

デッキに存在する炎属性の【魔導戦士フォルス】と【シャドール・ファルコン】で融合。

つつ闇をさ迷う魂達よ、燐火となりて裁断の末を導け。

【エルシャドール・エグリスタ】」

 

「ふんっ!」

 

特殊召喚されたのは炎のように糸を揺らめかせているモンスター。

金髪だと思った頭部にはドラゴンのような生き物が蠢いており、まるでメデューサみたいだなと思ってしまう。

 

「カードの効果で墓地に送られた【シャドール・ファルコン】の効果。

自身を特殊召喚する」

 

「クワァ!」

 

「手札から魔法カード【グリモの魔導書】を発動。

デッキから【ヒュグロの魔導書】をサーチ。

そして、【ヒュグロの魔導書】を発動。

これで【アプカローネ】の攻撃力は3500になる」

 

「そのカードで攻撃力を上げたモンスターは相手モンスターを破壊した時、デッキから【魔導書】をサーチ出来たな」

 

「あぁ。

だけど、今回はこの効果を使うつもりはない。

バトルフェイズだ。

【エグリスタ】で【スカルキング】に攻撃!」

 

「悪いが、このバトルは終わらせてもらう!

罠発動、【攻撃の無力化】!」

 

「っ!」

 

表になったのは、相手のバトルフェイズを強制終了するカウンター罠。

ジムの残り3200のライフを削り切れると思ったが、そう簡単に通してはくれないらしい。

残念な気持ちと安堵した気持ちが入り混じる中、聖星は手札からカードを掴む。

 

「流石にブラフじゃなかったか。

俺は手札から【ルドラの魔導書】を発動。

【シャドール・ファルコン】を墓地に送り、デッキからカードを2枚ドローする。

カードを1枚伏せてターンエンド」

 

「俺のターン、ドロー!

手札から【天使の施し】を発動する!」

 

ジムが発動したカードはデッキからカードを3枚ドローし、2枚捨てる魔法カード。

墓地に融合素材がないと機能しない【化石】デッキにとってまさに歯車となるカードだろう。

一体何を捨てるのか見守っていると、ジムの背後に見た事があるモンスターが現れた。

 

「この瞬間【風化戦士】の効果発動。

デッキから【化石融合】を手札に加える。

そして、【化石融合-フォッシル・フュージョン】を発動!

俺の墓地に眠る【風化戦士】とユーの墓地に眠る【シャドール・リザード】を融合!

カモン、【新生代化石竜スカルガー】!」

 

地層同士の融合により、やっと恐竜らしい風貌を持つ【化石】モンスターが姿を現した。

その攻撃力は2500と【アプカローネ】と同等である。

不利な状況を突破する第一陣として選ばれたモンスターは実にやる気に溢れている。

やる気に満ち溢れている【スカルガー】には悪いが、聖星は退場してもらうためモンスター効果を発動した。

 

「【エグリスタ】の効果発動。

【スカルガー】の召喚は無効にさせてもらう」

 

「ホワット!?」

 

「安心してくれ、別にノーコストじゃないさ。

破壊した後俺は手札を1枚捨てなければならないんだ」

 

「随分と面白いジョークを言うんだな。

それのどこに安心する要素があるんだ?」

 

たった数ターンしかデュエルしていないが、【シャドール】の特性を理解するには十分過ぎた。

だからこそ聖星の安心してくれという言葉にジムは笑うしかない。

 

「俺は手札から【影依の原核】を捨てる。

そして、【影依の原核】の効果発動。

墓地に存在する【影依融合】を手札に戻す」

 

「なら、俺は墓地に眠る【スカルガー】の効果発動。

こいつを除外する事でデッキに眠る【化石融合】を手札に加えさせてもらう。

そして【化石融合-フォッシル・フュージョン】を発動!」

 

お互いにカードの効果で墓地から回収したのは各カテゴリーの象徴である融合カード。

【影依融合】は1ターンに1枚しか発動できないという制約があるが、【化石融合】は融合モンスターを特殊召喚する効果に限りターン制限はない。

つまり、手札に存在するのならば何度だって使えるのだ。

 

「【地球巨人ガイア・プレート】と【エルシャドール・ミドラーシュ】を除外し、【中生代化石マシンスカルワゴン】を召喚!」

 

次に融合素材となったのは、【シェル・ナイト】の効果で手札に加えられたにも関わらず出番を奪われたモンスター。

ジムのデッキは生贄召喚よりは特殊召喚に重きを置いている傾向にある。

あのまま手札に腐り続けるのならば【天使の施し】で墓地に送った方が有効に活用できるだろう。

【ガイア・プレート】達の代わりに現れたのは四輪を持つ【化石】モンスター。

【化石騎士】のロマンはまだすぐに理解できるが、【化石】とマシンにはどのようなロマンがあるのだろう。

世界観がごちゃごちゃになってきたと感じたカイザーは聖星のモンスターを見る。

 

「【スカルキング】、【エグリスタ】と【アプカローネ】に攻撃!」

 

【スカルキング】の攻撃力は2800。

2450の【エグリスタ】と2500の【アプカローネ】を葬り去るのは簡単な攻撃力だ。

【スカルキング】の刃は【エグリスタ】を一刀両断し、そのまま【アプカローネ】の体を貫こうとする。

向かってくる刃に【アプカローネ】はロッドを構え、刃を受け止めた。

まさかの防御に【スカルキング】は目を見開き、ジムは聖星を凝視する。

 

「残念だけど、【アプカローネ】は戦闘では破壊されない」

 

「バット、ダメージは受けてもらうぜ!」

 

【エグリスタ】が破壊された爆発によって聖星のライフは1800から1750、1450へと減っていく。

 

「うっ!!

だけど、場から墓地へ送られた【エグリスタ】の効果で、俺は墓地に存在する【魂写しの同化】を手札に加える」

 

【魂写しの同化】は【シャドール】の属性を変更し、融合する事が出来る装備魔法。

手札に【影依融合】はあるが、念には念を入れるためにこのカードを墓地から回収した。

ライフは1450まで削られたが、逆転するチャンスは十分にある。

聖星が体勢を立て直したのを確認したジムは伏せカードを発動した。

 

「リバースカードオープン、【化石岩の解放】!」

 

「それは、除外されている岩石族を特殊召喚するカード」

 

「イエス」

 

今、ジムの除外ゾーンには多くの岩石族モンスターが存在する。

だが、その中で【アプカローネ】の攻撃力を超えるモンスターは1体のみ。

聖星の予想を肯定するように、ジムの足元にひびが入っていく。

 

「ようやく召喚できるぜ。

地層に眠る赭色の巨人よ、灼熱の地中より現れよ!

【地球巨人ガイア・プレート】!!」

 

避けた大地の割れ目はじょじょに大きくなっていき、ジムの叫びと共に岩石の巨人が姿を現す。

その攻撃力は【スカルキング】に並ぶ2800。

やっとジムの思いに応える事が出来る【ガイア・プレート】の体は熱によって赤く染まり、今にも攻撃してきそうな雰囲気だ。

 

「【ガイア・プレート】で【アプカローネ】に攻撃!」

 

「罠発動、【ブラック・イリュージョン】!」

 

「ホワット?」

 

「攻撃力2000以上の闇属性・魔法使い族モンスターはこのターン、戦闘では破壊されず、ジムのカードの効果を受けない!」

 

「へぇ、良いカードを使うな、聖星」

 

ジムからの誉め言葉に聖星は微笑んで返した。

元々【アプカローネ】には戦闘破壊への耐性がある。

しかし、【地球巨人ガイア・プレート】は戦闘を行う相手モンスターの攻守を半減する永続効果を持つ。

このまま攻撃を許してしまえば【アプカローネ】の攻撃力は2500から1250へと下がり、1550ポイントのダメージを受けて聖星が負けてしまう。

BWと書かれている黒い盾によって守られた【アプカローネ】だが、【ガイア・プレート】の拳による衝撃は聖星のライフを300ポイント奪った。

これで聖星のライフは1150となる。

 

「亮様」

 

「何ですか、リカルド村長」

 

「聖星様は大丈夫なのでしょうか」

 

隣からかかって来た声にカイザーはリカルド村長を見る。

そこには聖星の不利な状況に心配そうな表情を浮かべる村人達がいた。

確かにこのデュエルは裁きのデュエルであると同時に、星の民達の威厳を保つための意味合いもかねている。

この場にいる者達の殆どは聖星に勝って欲しいと願っているはずだ。

 

「安心してください。

聖星の目はまだ諦めていません。

それに彼は星竜王に光の竜を託された少年です。

どうか信じてあげてください」

 

聖星のライフはまだまだ1000以上もあり、手札には【影依融合】がある。

それにあのデッキを一緒に組んだカイザーは、融合デッキで出番を待っているモンスター達がいる事を知っている。

聖星が敗北する未来が見えないカイザーは優しく微笑み、村人達を諭す。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

「俺のターン、ドロー。

手札から速攻魔法【ゲーテの魔導書】を発動。

このカードは墓地に眠る【魔導書】を除外する事で、ジムの場のカードを選んで除外する」

 

「俺のカードをだと?」

 

「【グリモ】【ルドラ】【ヒュグロ】を除外し、【スカルキング】を除外する」

 

「ホワイ!?

【ガイア・プレート】はバトルする時、攻撃力と半減にする効果があるんだぞ!

何故【スカルキング】を選んだんだ!?」

 

「答えはすぐに分かるさ」

 

迷いもない真っすぐな瞳からの言葉にジムは口を閉ざす。

攻守を半減する効果を持つ【ガイア・プレート】ではなく、複数攻撃を持つ【スカルキング】を選んだ理由はすぐには分からない。

だが、それが無策ではないというのならば、見せてもらおうではないか。

不敵な笑みを浮かべたジムは次に来るカードに対し構える。

 

「手札から魔法カード【影依融合】発動。

デッキの【シャドール・ビースト】と【聖なる影ケイオス】で融合する。

召喚条件は【シャドール】と光属性モンスター」

 

「来たか……」

 

宣言された融合条件にカイザーはぽつりと零す。

確かに特殊召喚モンスターが数多く存在する現状において、あのモンスターは的確に場を一掃してくれるだろう。

墓地に送られたのは何度も聖星のデッキからカードをドローしてきた【ビースト】と、青い糸に四肢を拘束されているモンスター。

2体が闇の次元へと溶けこむと、奥に光る漆黒が白銀の光へと変わっていく。

 

「輪転する朝影を見送り続けた紫木蓮よ、誅殺の影糸を広げ、理非を語るがいい」

 

光はじょじょに紫へと染まり、その中から無数の糸を纏う機械人形が姿を現す。

 

「【エルシャドール・ネフィリム】!!」

 

物言わぬ機械人形は目を閉じたままフィールドを見下ろす。

地から1つ入っていない指先はだらんと下がっており、その足は大地から離れていた。

【ミドラーシュ】と【アプカローネ】も女性、いや、どちらかというと少女に属するモンスターでまだ生き物としての熱を感じる事が出来た。

しかし、今降臨した【ネフィリム】はまさに無。

何も感じない無機質な表情は見る者によって恐怖を覚えるだろう。

さて、彼女と対峙しているジムはどのような感想を抱くだろうか。

 

「ビューティフル……」

 

どうやら好意的な感想を抱いてくれたらしい。

【エルシャドール・シェキナーガ】の時に現れた彼女は囚われの身になっており、どこか痛々しい面を見せていた。

しかし、【ネフィリム】は凛とした美しさを誇っている。

ジムの言葉に聖星はつい嬉しくなり微笑んでしまった。

 

「それと聖星、さっき思ったんだが、もしかしてユーも化石に興味があるのか?」

 

「どうしてそう思ったんだ?」

 

「紫木蓮さ」

 

それは聖星が【ネフィリム】の融合召喚の台詞に交えた植物の名前。

地質学や植物学にあまり精通していないカイザーや村人達は首を傾げながらジムの説明に耳を傾けた。

 

「木蓮は白亜紀の地層から化石が発見された事例がある花で、地球最古の花木と言われている。

そして、輪転する朝影とは繰り返される朝。

化石について知識がないとさっきの台詞は出てこないぜ」

 

「流石、現役の地質学者だとすぐに気づくか。

俺も男だからな、子供の頃はよく父さんに恐竜の図鑑を買ってもらったし、博物館にも連れて行ってもらったよ。

君の化石デッキを見て思い出したから、即席で作ったのさ」

 

「ユーもなかなか遊び心があるな」

 

そもそも聖星の本来のデッキは【竜星】だ。

あのデッキに辿りつくまでには様々なカードとの出会いと別れはあったが、その切っ掛けの1つにドラゴンや恐竜のような大きな生き物への憧れがあったのは事実。

少しだけ昔を思い出した聖星は融合素材になったモンスターの効果を発動する。

 

「融合素材になった【ビースト】の効果でデッキから1枚ドロー。

さらに【聖なる影ケイオス】はカードの効果で墓地に送られた場合、デッキから【シャドール】モンスターを1体墓地に送る。

その後、俺の場のモンスターの攻撃力と守備力は送ったモンスターのレベル×100ポイントアップする」

 

場のモンスターの攻撃力を上げるためにはなるべく高レベルモンスターが良いだろう。

しかし、墓地に送られたモンスターの効果を重視するのならばレベル等考慮しても無意味かもしれない。

何を送るのか見守っていると、聖星は1枚のモンスターカードをジムに見せた。

 

「俺はレベル9の【影依の炎核ヴォイド】を墓地に送る。

よって、【アプカローネ】と【ネフィリム】の攻撃力は900ポイントアップ」

 

「攻撃力3400と3700か」

 

「そして、【ネフィリム】の効果発動。

彼女が特殊召喚に成功した事でデッキから【シャドール】を1枚墓地に送る。

俺は【シャドール・ドラゴン】を選択」

 

【シャドール・ドラゴン】は効果で墓地に送られた時、フィールドの魔法・罠カードを1枚破壊する効果を持つ。

ジムの場には永続罠の【化石岩の開放】と伏せカードが1枚。

【ガイア・プレート】は【化石岩の開放】が場から離れた時破壊されてしまう。

どのカードを選ばれるか察したジムは【化石岩の開放】を見下ろす。

だが、彼の予想に反し、【シャドール・ドラゴン】はもう1枚の伏せカードを切り裂いた。

 

「っ、俺の伏せカードが!」

 

伏せられていたのは【聖なるバリア―ミラーフォース―】。

【ガイア・プレート】が破壊された時の保険を失い、ジムは何度目か分からない苦しげな表情を浮かべた。

 

「まだ終わらない。

【影依の炎核ヴォイド】が墓地に送られた時、フィールドのモンスターの元々の属性の種類の数だけ、俺のデッキからカードを墓地に送る。

今、俺達の場には闇、光、地属性3種類のモンスターが存在する。

よって、3枚墓地に送る」

 

墓地に送られたのは【ブレイクスルー・スキル】、【愚かな副葬】、【魔導剣士シャリオ】の3枚。

最初の【針虫の巣窟】でも5枚中2枚しか【シャドール】が落ちなかった事を考えると、仕方のない確率かもしれない。

手札のカードを全て使い切ってからデッキを頼れというメッセージでもあるのだろうか。

 

「魔法カード【ヒュグロの魔導書】を発動。

【エルシャドール・アプカローネ】の攻撃力を3400から4400にアップさせる!」

 

赤い書物の叡智を授かった【アプカローネ】は力がみなぎるようで、勢いよくロッドを振り下ろし、【ガイア・プレート】と【スカルワゴン】に守られているジムを睨みつける。

美女の睨みつける表情にはある種の恐ろしさを覚え、ついジムは「オ~、怖い、怖い」と呟いてしまった。

 

「【エルシャドール・ネフィリム】で【地球巨人ガイア・プレート】に攻撃!」

 

何度も記すようだが【ガイア・プレート】は相手モンスターの攻守を半減する永続効果を持つ。

それでも構わないと【ネフィリム】は糸を【ガイア・プレート】に絡みつけた。

四肢を拘束された【ガイア・プレート】は思うように動くことが出来ず、ものすごい力で引っ張られていく。

 

「【エルシャドール・ネフィリム】の効果発動。

彼女が特殊召喚したモンスターと戦闘を行う場合、相手モンスターを問答無用で破壊する。

これは対象を取る効果じゃないから【化石融合】の耐性は通用しない」

 

「何だと!?」

 

【ガイア・プレート】の効果はあくまでダメージ計算時に適応される。

ダメージ計算に入る前に破壊されては意味がない。

無慈悲に【ガイア・プレート】を千切った【ネフィリム】は無表情のまま聖星の場に戻る。

 

「【アプカローネ】で【スカルワゴン】に攻撃」

 

「はぁ!!」

 

ロッドから放たれた魔法に【スカルワゴン】は一瞬で破壊され、ジムは2700ポイントのダメージを受ける。

これで彼のライフは3200から500まで下がった。

 

「くっ……

【スカルワゴン】が破壊された事で、墓地から【化石融合】を回収する!」

 

「こっちもカードの効果を発動させてもらう。

【ヒュグロの魔導書】の効果発動。

このカードの効果で攻撃力がアップした魔法使い族が相手モンスターを破壊した事で、デッキから【アルマの魔導書】をサーチする」

 

「新しい【魔導書】!

まだあったのか!」

 

「【魔導書】魔法カードは俺が知る限りこの世に15種類存在する。

このデュエルで見せた【魔導書】は7種類。

半分も見せてないんだ、驚いてもらっちゃ困るぜ」

 

聖星の言葉にジムは口笛を吹く。

これまでのデュエルでまだ半分も見せてもらっていないとは驚くしかない。

一方、聖星の言葉にカイザーは自分が知っている限りの【魔導書】魔法カードを数える。

 

「(15種類?

待て、俺が聖星とのデュエルで見た【魔導書】は全部で14種類のはず。

残り1つは何だ?)」

 

採用頻度が低い【魔導書】も何枚かあったが、それを数えても1枚足りない。

それは単純に聖星が持っていないのか、それとも時代が合っていないため聖星が使用を控えているのか。

もしも後者ならばそのカードを使ったデッキと是非戦ってみたい。

うっかりとした失言でカイザーの闘志に火をつけてしまった事を知らない聖星はデュエルを続ける。

 

「【アルマの魔導書】を発動。

除外されている【魔導書】を手札に加える。

俺が加えるのは【グリモの魔導書】だ。

そして、【グリモの魔導書】を発動し、デッキから【ゲーテの魔導書】をサーチする。

カードを3枚伏せてターンエンド」

 

「俺のターン、ドロー!

墓地に眠る【スカルワゴン】の効果発動。

このカードを除外する事で君の伏せカードを破壊する。

俺は真ん中を選択する!」

 

半透明の【スカルワゴン】は活躍の場もなく破壊されたことが悔しいのか、ものすごい突進で聖星の伏せカードを轢いていく。

轢かれてしまったカードは粉々に砕け散り、聖星は困ったように笑った。

 

「【ゲーテの魔導書】か。

良いカードを破壊したな」

 

【ゲーテの魔導書】にはカードの除外だけではなく、魔法・罠のバウンス、モンスターの表示形式を変更する効果がある。

しかし、今ジムの場には【化石岩の開放】しか存在しないため発動しても意味をなさない。

モンスターを召喚する前に除去できて安堵の息を吐くジムはカードを掴む。

 

「魔法カード【愚かな埋葬】を発動。

デッキから岩石族モンスター【サンプル・フォッシル】を墓地に送る。

そして、【化石融合-フォッシル・フュージョン】を発動!

【サンプル・フォッシル】と【エルシャドール・エグリスタ】で融合!」

 

地層に眠る2体の体は光に飲み込まれ、恐竜の骨へと変わっていく。

ばらばらだった化石の骨はじょじょに組み上がり、巨大なモンスターへと姿を変えた。

 

「現れろ【古生代化石竜スカルギオス】!!」

 

「ガァアアア!!!」

 

ジムの場に特殊召喚されたのは、最も化石と聞いてイメージしやすいティラノサウルスのような化石モンスターだ。

シンプルな外見だからこそカッコよさと迫力を兼ね備えており、咆哮によって空気を震わせる姿さえスタイリッシュに見える。

あまりの格好良さに思わず拍手したくなるが、聖星は小さく息を吐いて自分を落ち着かせた。

 

「攻撃力3500……

【アプカローネ】と【ネフィリム】を超えたか」

 

「バトルだ!

【スカルギオス】、【アプカローネ】に攻撃!!」

 

「罠発動、【立ちはだかる強敵】」

 

「っ!?」

 

聖星が発動した罠カード、【立ちはだかる強敵】はある意味でこの場で発動してほしくなかったカードだ。

相手が攻撃宣言した時、聖星は場のモンスターを1体指定し、ジムのモンスターは全てそのモンスターと強制的に戦闘を行わなければならない。

攻撃力3500を誇るモンスターとの戦闘など、普通ならば御免被るだろう。

しかし、聖星の場には例え攻撃力が1万を超えていようと問答無用で破壊する女神がいる。

 

「さぁ、【ネフィリム】、相手してやれ」

 

「【スカルギオス】!」

 

勢いよく突進した【スカルギオス】は大きな口を開けて【ネフィリム】を噛み砕こうとする。

しかし、それより早く鋭い何かが【スカルギオス】を細かく切り刻んだ。

体中からあふれでる影糸で【スカルギオス】を破壊した【ネフィリム】は何も言わず、ただジムを見つめる。

 

「……【スカルギオス】が破壊された事で墓地から【化石融合】を回収する。

そしてメインフェイズ、もう1度【化石融合】を発動する!」

 

「(本当に1ターンに何度も発動できるって良いなぁ)」

 

「【シェル・ナイト】と【影依の炎核】で融合!

【古生代化石マシン スカルコンボイ】を守備表示で特殊召喚!」

 

「ブルル……」

 

【スカルワゴン】はまだ色彩が豊かな方だったが、新たに特殊召喚された【スカルコンボイ】は岩石の色しか持っていない。

シンプルな色合いだと考えていると、【スカルコンボイ】が鳴らす音に【アプカローネ】達が苦しみだす。

 

「な、何?」

 

「【スカルコンボイ】の効果さ。

融合召喚したこのカードがフィールドに存在する限り、ユーのモンスターの攻撃力はそのモンスターの元々の守備力分ダウンする」

 

「つまり……!」

 

【エルシャドール・アプカローネ】の攻撃力は2500から500まで下がり、【エルシャドール・ネフィリム】の攻撃力は300まで下がってしまった。

いくら【ネフィリム】で破壊できるとはいえ、体中を苛む音に【アプカローネ】は実に苛立たしいと訴える表情を浮かべていた。

 

「モンスターをセット、ターンエンドだ」

 

「俺のターン、ドロー」

 

攻撃力を一気に下げるモンスター効果には驚いた。

しかし、先程記述した通り【ネフィリム】で戦闘を行えば特に問題はない。

問題があると言えば、聖星の場に存在するモンスターの数とジムの場に存在するモンスターの数が同じという事。

しかも2体とも守備表示であり、【アプカローネ】に貫通効果はない。

まぁ、このカードを発動すればその問題も解決するのだが。

 

「手札から装備魔法【ネクロの魔導書】を発動」

 

「8種類目の【魔導書】か!」

 

「手札に存在する【魔導書】を見せ、墓地に存在する魔法使い族モンスターを除外する事で発動できる。

墓地に眠る魔法使い族を1体攻撃表示で特殊召喚する。

俺は【トーラの魔導書】を見せ、【シャドール・ヘッジホッグ】を除外し、【シャドール・ビースト】を攻撃表示で特殊召喚する」

 

「がぁう!」

 

これで聖星の場のモンスターは3体になった。

ジムの残りのライフは500。

彼の場を一掃し、残りのライフを削り切る事が出来るはずだ。

 

「バトルだ。

【ネフィリム】で【スカルコンボイ】に攻撃」

 

聖星の攻撃宣言に【ネフィリム】は【スカルギオス】にしたように影糸を操り、細かく切り刻む。

効果で【ネフィリム】の攻撃力を下げたとしても、まともな戦闘を行う事が許されなかった【スカルコンボイ】は悲しげな音を鳴らしながら墓地に送られる。

 

「墓地から【化石融合】を回収する!」

 

「構わない、【ビースト】でセットモンスターに攻撃!」

 

この状況で、ジムの壁として召喚された裏側守備モンスター。

一体どのようなリバース効果を持つのか警戒していると、伏せられていたモンスターが姿を現す。

パキケファロサウルスによく似た化石モンスターであり、彼が表側表示になった瞬間ジムが口角を上げた。

 

「【フォッシル・ダイナ パキケファロ】の効果発動!

このモンスターがリバースした時、特殊召喚されたモンスターを全て破壊する!!」

 

「特殊召喚されたモンスターを全部!?

嘘だろ!?」

 

驚愕な表情を浮かべる聖星に対し、カイザーは彼の墓地に存在するカードを思い出す。

 

「(【フォッシル・ダイナ パキケファロ】は戦闘によってリバースした。

つまり、今はダメージステップ。

【ブレイクスルー・スキル】の効果は使えないな)」

 

聖星の場に存在する【シャドール】は全員魔法カードの効果で特殊召喚されたモンスター。

【シャドール・ビースト】の鋭い爪によって砕かれた【フォッシル・ダイナ パキケファロ】の骨が雨のようにフィールドに降り注ぐ。

鋭い雨によって【アプカローネ】達は悲鳴を上げる暇もなく破壊され、跡形もなく消え去った。

土壇場に伏せられたモンスターの効果に聖星は乾いた笑いを浮かべるしかない。

ジムが逆転の一手を掴む寸前の笑みならば、聖星の笑みは現実に驚く笑みだ。

 

「(聖星の手札は罠カードの耐性をつける【トーラの魔導書】と、未だに使う様子が見えない装備魔法【魂写しの同化】2枚。

装備魔法の効果は気になるが、少なくとも追撃は来ないだろう。

となると、残りは伏せカード1枚か……)」

 

【立ちはだかる強敵】や【ゲーテの魔導書】と共に伏せられたカード。

もしあれが【リビングデッドの呼び声】のようなモンスターを蘇生するカードならばジムが敗北してしまう。

例え勝利を得る事が無罪に繋がるわけではないとしても、ジムは願わずにはいられなかった。

 

「(頼む、このままバトルフェイズを終えてくれ!)」

 

聖星はモンスターカード全てを墓地に送り、小さく頷く。

それは聖星がデュエル中にいつもやる癖であり、カイザーは察した。

何故このタイミングで頷くのか分からないジムは怪訝そうな表情を浮かべたが、次の瞬間真っすぐ前の見据える聖星の視線に貫かれる。

自分と彩度が違う緑色の瞳に宿る熱には諦めという感情はない。

つまり、これは。

 

「リバースカードオープン。

【影依の原核】」

 

表になったのは、このデュエルで墓地に眠る【影依融合】を回収する効果を見せた永続罠カード。

【エルシャドール・エグリスタ】の頭部にいた龍のような何かがカードからあふれ出る。

どのような効果があるのか身構えていると、聖星は微笑みながら説明した。

 

「このカードは発動後、効果モンスターとなり、モンスターゾーンに特殊召喚する」

 

「ここで、罠モンスターだと!?」

 

どろりと泥のようなものと共にフィールドに特殊召喚された効果モンスターはいくつもの首を持ち、ジムを睨みつける。

その攻撃力は1450。

そして、ジムのライフは残り500。

覚悟を決めたジムはテンガロンハットを深く被った。

結末を悟った友人の行動に聖星は静かに目を閉じ、今か今かと宣言を待つ【影依の原核】を見上げる。

 

「【影依の原核】でジムにダイレクトアタック!」

 

やっと告げられた攻撃宣言に歓喜するかのように【影依の原核】は地面を抉りながらジムへと迫る。

巨大な口に飲み込まれるようなソリッドビジョンにジムは強く目を瞑り、彼の姿は闇の中に消えた。

 

END

 




ナスカの地上絵があるペルーに行くのならジムの出番あるよね!!!って感じで出しました。
留学生組と聖星を絡ませたかったんですよ。
ジムとのデュエルを書くことが出来て大満足です。

デュエル中の問答はその場のノリで読んでください。
話の内容に深い意味はなく、とにかく勢いが大事だと自分に言い聞かせながら書きました。

今回は裁きのデュエルという事なので、聖星は若干口調を固くしています。
後半に進むと気が抜けて普段の口調に戻ってますけど。

ところで、ジムが通うサウス校ってどこの国にあるんでしょうね。
学生服のモチーフを考えるとメキシコやアメリカ西部にあるのかなと思います。
ジムが使うカードの【ウルルの守護者】やカレンを小型のクロコダイル(歯の見え方からクロコダイル?)だと仮定すると、オーストラリア出身疑惑は出てきますが。
まぁ、私的にはオーストラリア出身だと嬉しいです。

感想があると嬉しいです。

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