遊戯王GX~不動の名を継ぐ魔導書使い~   作:勇紅

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今回はタニヤとのデュエルです。
久しぶりにデュエルを書いたので分かりづらいかもしれませんが、楽しんでいただけると幸いです。


第三十七話 アマゾネス一族の長★

 

【スターダスト】の案内によって森を抜けた聖星達は、目の前に広がった光景に言葉を失った。

外界から隔離されているこの島はあまりにも広く、3年間この学園に籍を置いている者でも全貌を把握していない生徒がいる。

当然、入学して1年未満の聖星達も把握していない。

だが、そんな彼等でさえ目の前に聳え立っている建造物が異質だと理解できた。

 

「コロシアム!?」

 

「何故、こんなところにコロシアムが?」

 

そう驚いたのは十代とヨハンの2人。

先頭を走っていた聖星は険しい顔を変えないままコロシアムの中に突撃する。

遅れて走ってきている万丈目達も森の中に突然現れたコロシアムの登場に一瞬だけ足を止めたが、十代達の後を追って中に入った。

巨大な入口を潜って中に到達すると、様々な色の制服を身に纏う少年達が重労働をしている。

鉄パイプや丸太を使って巨大な岩を運び、複数の生徒たちは協力してオブジェになりそうな岩を起こしていた。

 

「あれは川田君!?」

 

「後藤君もいるんだな」

 

「皆!」

 

この場で働かされている少年達は間違いなく行方不明になっていた生徒達で、大徳寺先生は彼等の無事な姿を確認することが出来、安堵した表情を浮かべた。

しかし、その安堵の息を零すより早く、隣にいる万丈目は鳩が豆鉄砲を食ったような顔となり、とある場所を指さす。

 

「お、おい、あそこ見ろ!」

 

「クロノス先生!?」

 

「取巻もいた!」

 

「マンマミーア」

 

「え?」

 

万丈目が示した先には青い制服を身に纏っているクロノス教諭と、彼と一緒に岩を持ち上げようとしている取巻がいた。

突然名前を呼ばれた2人は同時に聖星達の方に顔を向け、自分達に突き刺さっている視線に気まずそうに顔を逸らす。

聖星は無事そうな彼等の様子に愁眉を開くが、隣に立っているヨハンは眉間に皺を寄せながら怪訝な顔をし、十代はヨハン同様怪訝な表情だがその雰囲気は柔らかい。

 

「よかった、無事で……」

 

「セブンスターズに連れ去られた割には元気だな」

 

「何やってるんだよ、取巻」

 

ヨハンは聖星達から今までのセブンスターズの悪行を聞いてきた。

それぞれの目的は違うが、彼等はデュエルの際に必ずと言っていい程人質をとっていたという。

だから今回行方不明になった彼等もそれ相応の扱いを受けていると踏んで探してきたというのに、予想外の結果に脱力したくなる。

いや、もしかするとこの件の犯人はセブンスターズではないのかもしれない。

脳裏に浮かんだ可能性を口にするより先に、顔を真っ赤にした取巻が声を張り上げた。

 

「し、仕方ないだろう!

厳重な金庫を買うためには金が要るんだ!」

 

「金庫?」

 

一体厳重な金庫などを購入してどうするつもりなのだ。

すぐにその答えにたどり着いた聖星と十代は納得し、隣で疑問符を浮かべているヨハンに説明しようとする。

だが、それより早く、この場に招かれざる客人を番人である猛獣が出迎えた。

 

「グルルルル……」

 

「ゲ!?」

 

聖星達の前に現れたのは1匹の虎。

しかもただの虎ではなく、重厚な首輪を身に着け、体中にはいくつもの古傷が刻まれている。

一目見て数々の血戦を乗り越えてきたと分かる猛獣の登場に、武器1つ持たない人間が敵うわけもない。

だから、十代は腹の底から叫んだ。

 

「逃げろ!」

 

十代の叫び声と同時に皆は一斉に駆け出した。

まとまって逃げ始めた侵入者を虎は逃がしてくれる様子はなく、唸り声を上げながら聖星達を追いかけ始める。

背後から徐々に距離を詰めてくる虎に冷や汗を流した聖星は、デュエルディスクを起動させて融合デッキから1枚のカードを取り出す。

 

「こうなったら、頼む、【閃珖竜スターダスト】!!」

 

ブレーキをかけて振り返った聖星はデッキからカードを1枚引き、頼りになる精霊を召喚する。

例えソリッドビジョンでも自分の体より数倍大きく、鋭い爪や牙を持つドラゴンの登場に怖気づくはずだ。

光と共に現れた【スターダスト】は大きく両翼を広げ、虎の目の前で吠えた。

 

「グルゥアアアア!!!」

 

「グルルル……」

 

純白のドラゴンの登場に虎は足を止め、眉間に皺を寄せながら低い唸り声を更に低くする。

これで尻尾を巻いて逃げ帰るかと思いきや、虎は姿勢を低くして【スターダスト】に勢い良く飛び掛かってきた。

まさかの攻撃に【スターダスト】は微かに目を見開き、とっさに避ける。

簡単な威嚇が通用しない相手に【スターダスト】は尾で地面を叩き、口元にエネルギーを集中させる。

ブレスが放たれようとするなか、虎は構わず強大な敵に襲い掛かり続けた。

 

「ガァアア!!」

 

「ガァ!!」

 

目の前で繰り広げられる竜と虎の戦いに十代とヨハンは感動を覚え、目を輝かせながら興奮気味に2匹を応援し始める。

 

「すげぇ、あの虎、【スターダスト】相手に怯んでねぇ!」

 

「良いぞ、いけ、いけ!!」

 

「十代、ヨハン!

早く安全なところまで逃げろよ!」

 

折角自分達が時間を稼いでいるというのに、まだ安全圏まで避難していない親友達に聖星は思わず突っ込んだ。

彼等に対し、既に高い位置に避難している翔と隼人は虎と戦っているモンスターの様子について零す。

 

「なんか、心なしか【スターダスト】、困ってないっすか?」

 

「きっと、威嚇で終わるはずが立ち向かってこられて、吃驚しているんだな」

 

殆どの者達の意識が虎と【スターダスト】に向けられる中、大徳寺先生はクロノス教諭へと叫ぶ。

 

「クロノス教諭、これは一体どうした事なのにゃ!」

 

「その虎に皆連れてこられたノ~ニャ」

 

事情の説明を求めた時だ。

 

「フッフッフッフッ」

 

不意に女の笑い声がコロシアム内に響き渡る。

そちらに目を向ければ、顔に傷があり、筋肉隆々な褐色女性がいた。

目を伏せている彼女は鋭い釣り目を開け、凛々しい表情で働いている生徒達に目をやった。

 

「そう、お陰でこの通りコロシアムは完成した。

者共、感謝するぞ!」

 

「何だ、あいつ」

 

明らかにこの学園の関係者ではない女の登場に皆の表情が険しくなる。

そんなこともお構いなしに彼女はコロシアムに着地し、【スターダスト】と争っている虎の名前を呼んだ。

主からの声に戦闘態勢だった虎は大人しく下がり、彼女の元まで走っていく。

忠実に戻ってきた虎の頭を撫でた彼女は、凛々しい顔を一変させ、満面の笑みで働いてくれた生徒達を集める。

 

「皆さ~ん、ありがとうね、協力してくれて。

お陰で立派なコロシアムが出来たわ」

 

手に持っているのはいくつもの白い封筒。

横一列に並んでいる生徒達の前に立った彼女は、輝く笑顔を崩さず報酬を渡していく。

 

「これほんの気持ち、ありがとうね、お疲れさん、今日はゆっくり休んでね、は~い、ありがとうね」

 

次々に報酬を受け取った生徒達は笑顔を浮かべ、良い汗を流した等と口にしながら解散していった。

当然、その中には取巻もおり、彼は手元にある封筒を見下ろして握り拳を作った。

 

「これで金庫が買える」

 

しみじみと呟かれた言葉にはかなりの重みがあった。

肩から力を抜いている同級生の様子にヨハンは同情の眼差しを送っている聖星達に尋ねる。

 

「聖星、十代。

取巻のやつ、何でカードじゃなくて金庫を買おうとしているんだ?」

 

「あ、そっか。

ヨハンは知らなんだっけ」

 

「取巻、一度エースドラゴンを盗まれてるんだよ」

 

「え!?」

 

まさかの言葉にヨハンとデッキにいる【宝玉獣】達は大きく目を見開く。

デュエリストにとって試行錯誤を繰り返してくみ上げたデッキは、自身の思考を反映させた存在、まさに自分の分身と言って良い。

そのデッキの中心であるエースを盗まれるなど、この世の絶望に近い。

心配そうな表情を浮かべたヨハンを安心させるよう聖星は微笑んだ。

 

「大丈夫、今はちゃんと取巻のところに返ってきてるから」

 

「そうか、それは良かった。

けど、なるほどな~。

それなら確かに金庫が欲しくなるぜ」

 

ヨハンも今までの人生でカードを奪われ、傷ついてきた人達と出会ってきた。

彼等の落ち込みよう、絆を引き裂かれた悲しみは痛い程理解できる。

だからこそ、当時の彼の心境は想像に難くない。

神妙な顔をしているヨハンの隣で聖星は呟く。

 

「取巻、相談してくれたら俺が金庫を作ったのに」

 

「確かに、聖星お手製の金庫だったら信頼できるな」

 

「??」

 

「ヨハンも知ってるだろ。

聖星、新しいシステムのデュエルディスク開発に携わるくらい機械に強いんだ。

だから頑丈なセキュリティシステムなんて朝飯前なんだぜ」

 

「へぇ~、聖星ってそこまで機械に強いんだな」

 

クロノス教諭が気持ち悪いから報酬を受けとれない中、聖星達はのんびりと上記の会話を繰り広げていた。

暫定的にセブンスターズであると思われる女性が目の前にいるというのに、呑気な彼等を咎める者はこの場にいない。

理由としては彼等が想定していた最悪な事態にはなっておらず、生徒達は労働していただけに過ぎないからだ。

建造物であるコロシアムから闇の気配を感じないのも一役買っている。

生徒達に報酬を支払い終えた彼女は、招かねざる、いや、いつか招待しようと思っていた客人達に振り返った。

 

「私はタニヤ、偉大なるアマゾネス一族の末裔にして長。

そしてセブンスターズの1人」

 

「アマゾネスって」

 

「おなごだけの一族が世界のどこかにあるって聞いたことあるけど」

 

「本当だったのね」

 

「このコロシアムで七精門の鍵を賭けた聖なる戦いを行う」

 

カミューラもデュエルの舞台として湖の上に城を顕現させていた。

そしてアマゾネス一族の彼女はこの壮大なコロシアムの建造。

最初に火山口で勝負を挑んだダークネスは危険度ではトップクラスだが、ある意味控え目なデュエリストだという事実に少し驚く。

この調子だと残りのセブンスターズも己の拠点を島のどこかに作っている可能性が高い。

それに気が付いた【星態龍】は聖星に耳打ちする。

 

「聖星、私は島を巡回する。

もしかすると不審な建造物がどこかにあるかもしれん」

 

「頼む、【星態龍】」

 

闇のデュエルで最も必要とされるのは、闇を祓う【閃珖竜スターダスト】。

自分に出来る事はここにはあまりないと判断した友人の言葉に聖星が頷くと、タニヤは先程までの凛々しい声から猫撫で声で説明を始める。

 

「でもねぇ、私と戦うことが出来るのは男の中の男だけぇ」

 

「何よ、それ!?」

 

「はぁ、ふざけてるの?」

 

まさかの発言に驚愕したのは女性である明日香と【アメジスト・キャット】だ。

明日香も鍵を守る者として闇のデュエルに備え、デッキと向かい合ってきた。

だというのに、そのステージに立つ資格はないのだと宣告されたのだ。

これが強さを基準としているのならば明日香も多少は納得できただろう。

しかし、性別を理由に舞台に上がれないなど、明日香が憤慨するのも無理はない。

 

「我こそは男と言う者、出てこ~い!」

 

「俺だ!」

 

「いや、俺だろ!」

 

「いや、俺だ!」

 

「いいや、俺だ」

 

上から十代、万丈目、三沢、聖星の順番である。

何故男しかデュエル出来ないのかその理由は分からないが、男として名乗り上げろと言われた以上、前に出るのが男というもの。

自信満々に前に出た男子4人に明日香は冷たい眼差しを送り、対してタニヤは品定めをするように額に指を当てる。

 

「ふ~む、面構えは皆悪くなく、地獄を見てきた者もいるようだが……

You!」

 

小さな声で言葉を零したタニヤは決めたのか、勢いよく対戦相手を指さす。

彼女の視線の先にいたのは三沢で、お眼鏡にかなった彼は不敵な笑みを浮かべる。

三沢が選ばれたことで他の3人は大人しく観客席に戻る。

 

「ちぇ~」

 

「フン」

 

少しだけ落ち込んで戻って来る同級生に明日香は冷めた表情で顔を逸らした。

ヨハンの隣に並んだ十代は、コロシアムから出て行こうとしている青色の後姿に声をかけた。

 

「取巻、こっちだぜ~!」

 

「肉体労働の後だぞ!

部屋に帰らせて寝させろ!」

 

「じゃあここで寝れば良いだろ。

大丈夫、デュエルの途中で寝ても、聖星が背負って連れて帰ってくれるからさ」

 

「え、俺?」

 

確かに取巻位ならば背負うどころかお姫様抱っこという好待遇で寮まで連れて帰る事は朝飯前だ。

心の底から早く帰りたいと思っている取巻は眉間に皺を寄せながらも、帰った場合、どのようなデュエルが繰り広げられたか熱く語られると予想をした。

それはそれで面倒だと考え、ため息をつきながら聖星の隣に歩み寄った。

 

「貴様、名前は」

 

「俺は三沢大地」

 

「言い忘れていたが、このデュエルは闇のデュエルではない」

 

「何?

どういうことだ?」

 

このデュエルは先程タニヤが言った通り、七精門の鍵を賭けたデュエルだ。

当然、そのデュエル=闇のデュエルという方程式が三沢の中に出来上がっている。

だというのに、彼女はこれが闇のデュエルではないと断言した。

どのような意図があるのか問いかけると、タニヤは今までにないくらい甘えるような声で真意を語る。

 

「魂なんていらな~い、私はお前自身が欲しいの~」

 

「「え?」」

 

「つまりぃ、私が勝ったらお前を婿として村に連れて帰る」

 

「婿ぉ!?」

 

「「え??」」

 

まさかの目的に聖星達はお互いの顔を見合わせた。

隼人が口にした通り、アマゾネスとは女だけの集団である。

しかし、女だけで子孫を残す事は生物学上不可能であり、一族を存続させるために婿は必要不可欠。

そして、一族の長の婿になるという事はそれなりの実力者である事が要求される。

世界の命運を賭けて戦う三沢達は、タニヤにとって婿に相応しい男の集団だと映ったのだろう。

 

「訳のわからん事を。

ならば、俺が勝った場合はどうする!?」

 

「そしたらぁ、私、三沢っちのお嫁さんになったげる~」

 

つまり勝っても負けてもタニヤが得をするという事だ。

 

「このデュエル、なんか羨ましいかも」

 

「羨ましいか?」

 

横から聞こえてく翔の言葉に、ヨハンは思わず突っ込んだ。

苦笑を浮かべるしかない聖星は、自分にせめてもの救いだと言い聞かせるように呟く。

 

「でも、闇のデュエルじゃないから見ている分には気楽だよな」

 

**

 

結果として、取巻はデュエルの途中に眠気が限界を超え、聖星に背負われてブルー寮の自室に戻った。

目が覚めた時には三沢とタニヤのデュエルが終わっており、三沢の敗北として幕を閉じたようだ。

しかも面白い事に、最初はタニヤの思いを拒絶的だった三沢がデュエルを通じて彼女の魅力に惹かれ、両思いになったという。

 

「分かった、とりあえず俺は今後三沢に会ったら桃色侍って呼んでやる」

 

聖星から事の顛末を聞いた取巻は呆れてものを言えないという状況ではなく、ふつふつと怒りが沸き上がり、拳がプルプルと震えていた。

怒りを露わにしている友人の発言に聖星は苦笑を浮かべ、フォローになっていない言葉を零す。

 

「デュエルで恋が成就するなんて素敵だと思うけど」

 

「状況を考えろ、状況を!」

 

例えタニヤに相手を傷つける意図はなくとも、彼等のデュエルは正真正銘、この世界の命運を賭けているのだ。

相手の色香に惑わされて冷静さを欠き、敗北するなど納得できるわけがない。

決して自分より先に彼女をゲットした三沢が羨ましいわけではない。

決して!

 

「それで、不動。

三沢は大丈夫なのか?」

 

「それがなんか微妙なんだよな~」

 

「は?」

 

「俺達は追い出されたから、精霊の【スターダスト】と【コバルト・イーグル】に三沢とタニヤの様子を見てもらっているんだ。

三沢は複数のデッキを持ってるだろう?

片っ端からそのデッキを使ってタニヤにデュエルを挑んでいるようなんだけど……」

 

「けど?」

 

言葉を濁すかのように口に詰まった聖星は取巻から目を逸らし、小さな声で言葉を続ける。

 

「タニヤ、負け続ける三沢に幻滅し始めているらしい」

 

「そのまま振られちまえ」

 

付き合って翌日に振られるなど、これほど美味しい飯のタネはない。

しかも振られる理由がデュエリストとしての実力不足である。

先程まで沸いていた怒りは一瞬でなくなり、腹の底から笑えそうだ。

男の嫉妬とは本当に醜い。

 

**

 

更に結果を追加するとして、三沢はタニヤから解放された。

【スターダスト】と【コバルト・イーグル】の報告通り、全戦全敗の三沢は解放された。

しかし、そこに今までの文武両道・硬派の影は一切なく、オムライスにイチゴジャムをかけたり、ソースやタバスコを直に飲み干したり、とにかく奇行を繰り返し始める。

そして、アカデミアの校舎で空を眺めながら物思いにふけている三沢に聖星は声をかけた。

 

「大地」

 

「聖星か。

どうした?」

 

「ちょっとした世間話をしに来たんだ」

 

「世間話?

悪いが、今はそんな気分じゃ……」

 

三沢の隣に立った聖星はいつものように微笑みながら、少しだけ三沢の顔を覗き込んで尋ねる。

 

「タニヤはどんなデュエリストだったんだ?」

 

「え?」

 

「俺はタニヤとデュエルしていないから、どんな人か分からないんだ。

けど、大地は何回もデュエルしたんだろう?

大地から見て、彼女はどんな人?」

 

「……」

 

まさかの問いかけに三沢は口を閉ざす。

確かに自分が敗れた以上、タニヤは聖星もしくは十代、万丈目とデュエルをするだろう。

だからこそ、彼等の勝利に繋げるため、三沢はタニヤのデッキの特徴を助言するべきだ。

しかし、三沢の口から出てきたのは到底アドバイスになるものではない。

 

「彼女は気高い人だ」

 

「気高い?」

 

「あぁ。

タニヤは闇のデュエリストでありながら、その潔い戦いに姑息さはなく、真っすぐ向かってくるあの姿には尊敬の念さえ覚える」

 

今まで、三沢が直接見てきた闇のデュエリストはカミューラだけだ。

正真正銘の吸血鬼で一族復活のために数多の人間を捕え、目的のために非道な手を使ってきた彼女と比べ、タニヤはどこまでも真っすぐだ。

お互いに全力を出し合い、拳を交え、正々堂々な戦いに喜びを覚える彼女の姿は誰よりも高潔で、美しい。

あの姿に心を奪われた三沢は、今、ぽっかりと開いてしまった胸に手を当てながら望みを口にする。

 

「もう一度彼女に会いたい、彼女と戦いたい」

 

相手をしっかりと見据え、相手の可能性・計算を凌駕する素晴らしいデュエリストをこの体が、魂が求めているのだ。

 

「だが、今の俺の実力では彼女を満足させるデュエルは出来ない。

それが悔しくて、情けなくて……」

 

あぁ、なんて自分は矮小な男なのだろう。

今まで積み上げてきた自信、タクティスでは心の底から惚れた女を満足させる事がない不甲斐なさに涙が込み上がってきそうだ。

頭を抱えて声を振り絞る三沢に聖星は声をかけようとする。

しかし、それより先にこちらの様子をうかがっていた十代がやって来た。

 

「良かったな、三沢。

そんなデュエリストと出会えて」

 

「十代」

 

「それに、明日香まで」

 

十代が声をかけたことで、壁に隠れていた明日香もゆっくりと歩み寄って来る。

自分達2人しかいないと思っていた三沢は、弱音を吐いた手前、気まずそうに顔を逸らした。

人によっては泣き言を言うなと叱責されるかもしれないが、十代は満面な笑みを浮かべて言い放つ。

 

「俺ますますやってみたくなったぜ、あのタニヤってやつと。

羨ましいぜ、三沢っち」

 

「……十代」

 

**

 

それから日が暮れ、真夜中を過ぎた頃。

聖星が自室で熟睡していると、頭に強い衝撃が走った。

 

「な、何!?」

 

突然の事に驚き、飛び跳ねるように起き上がると【星態龍】がカードから出ていた。

窓際では【スターダスト】がコロシアムの方角を睨みつけており、彼等が何故聖星を叩き起こしたのか察した。

 

「聖星、タニヤが動いたぞ」

 

「分かった、すぐに行く」

 

椅子に掛けていたコートとデッキケースを手に取った聖星は急いで部屋から出る。

途中、【ルビー】達に起こされたヨハンと、三沢に起こされた十代達、鍵に関係する者達と合流した。

再びコロシアムの前に立った聖星達は、タニヤの姿を探す。

闇夜の中、月に照らされるコロシアムは美しく、気高い彼女と戦う戦士を待っているような雰囲気だ。

 

「どこだ、タニヤ!」

 

三沢の声が森の中に響く。

彼の声に応えたのか、それとも他のデュエリストの闘気を感じ取ったのか、樹林の中からタニヤが現れる。

 

「よく感じてくれたな、デュエルに飢えた私の渇きを」

 

バースに体を預けて現れた彼女は、戦いに来た戦士達の顔を眺める。

まだ鍵を持っている男が誰なのか覚えているタニヤは不敵な笑みを浮かべていた。

三沢の話から彼女とデュエルする気満々だった十代は一歩前に踏み出そうとする。

それより早くタニヤが口を開いた。

 

「そうだな。

次はそこの青いの、貴様にデュエルを挑もう」

 

「え、俺?」

 

タニヤが指名したのは、青いコートを身に纏う聖星だ。

まさかの指名に、聖星は大きく目を見開き、十代と顔を見合わせる。

 

「どうして俺を?」

 

なにせ、この場で1番燃え滾っているのは十代だ。

戦いに重きを置いている彼女ならば十代の挑戦を喜んで受けるはず。

理解できないと顔に書いている聖星に対し、タニヤは笑みを崩さずに断言する。

 

「顔はそこまで好みではないが、貴様の目は地獄を見てきた者の目だ。

更に、貴様は新しいデュエルの可能性を提示している男だと聞く。

地獄を潜り抜け、新しい未来を創る者ならば、良いデュエルが出来るだろう」

 

「っ!」

 

「地獄?」

 

聖星を選んだ理由にこの場にいる者達の殆どが疑問符を浮かべる。

しかし、聖星がセブンスターズと戦う前から闇のデュエルを経験していたと察している十代は、納得した表情を浮かべた。

そして、地獄が何を指しているのか心当たりがある聖星は小さく息を吐く。

タニヤの言う通り、聖星は仲間が次々消えていく地獄の中、希望を繋ぎ、未来を掴み取る戦いを経験した。

遊馬達の世界で起こった出来事を、タニヤは本能的に感じ取ったのだ。

 

「そうか、そういう事なら……

ごめん、十代。

このデュエルは俺に任せて」

 

「ちぇ~、まぁ、タニヤからのご指名だ。

良いデュエルしろよ、不動っち」

 

「その呼び方止めてくれ」

 

折角やる気に満ち溢れていたというのに、十代に申し訳なさそうな顔を向けながら謝る。

だがここは遊城十代というべきか、相手がそう選択した以上、デュエルの観戦を楽しむ方向へ思考を切り替えたらしい。

満面な笑みで聖星の背中を叩いた十代は、大真面目にタニヤ風のあだ名で呼んだ。

 

**

 

「知っての通り、ここにお前の明暗を分ける2つのデッキがある。

死して散り、名を残したいか?

それとも負けても生き長らえ、恥を晒したいか?」

 

「悪いけど、俺は名前を残す事に興味はない。

ただ、希望を繋ぎ、勝利して仲間達と同じ世界を生きる。

それだけだ」

 

仲間達と勝利を分かち合うのはタニヤも理解できる。

だが、歴史に名を刻むのは誰だって持つ欲求だ。

無欲とも取れる発言に愚か者と言いかけたが、緑色の瞳に宿る意思は燃え上がっている。

 

「(あの目は無欲ではなく、名を残すより優先する何かがあると決意している目だな)」

 

一体、目の前の少年はどのような決意を背負っているのだろうか。

アマゾネス一族の長であるタニヤの心を打つデュエルをしてくれると期待しながら、彼女は笑みを浮かべ続けた。

 

「「デュエル!!」」

 

「先攻は俺だ、カードドロー」

 

三沢とタニヤのデュエルを1度しか見ていないが、彼女のデュエルは計算し尽くされている。

彼女の人となりを知るには不十分だが、タニヤが高い実力を持つデュエリストである事を知るには十分過ぎた。

 

「手札から【魔導書の神判】を発動する。

俺はエンドフェイズ時、この瞬間からお互いに発動した魔法カードの枚数までデッキから【魔導書】を手札に加え、加えた枚数分以下のレベルを持つ魔法使い族モンスターをデッキから特殊召喚する」

 

「ふむ、これが噂のカードか。

成程、手札が尽きないのは恐ろしいな。

だが、戦いがいがある」

 

「【神判】を見てそう言ってくれるのは凄く嬉しいよ」

 

なにせ聖星が今まで出会ってきたデュエリストの殆どは【神判】の脅威に怖気立ち、逃げ腰になる者が多かった。

しかし、タニヤは強者と戦う事を好み、決して怯えの表情を見せない。

確かに良い女性だと心の中で呟きながら別のカードを掴む。

 

「永続魔法【魔導書廊エトワール】を発動。

俺が【魔導書】を発動するたびに魔力カウンターが1つ乗り、俺の魔法使い達はカウンターの数×100ポイント攻撃力がアップ」

 

聖星が発動したのは魔法使い族の攻撃力を上げるカード。

場に現れた【エトワール】が輝き始めた。

 

「手札から【魔導書士バテル】を守備表示で召喚」

 

「はぁ!」

 

「【バテル】の効果発動。

彼は召喚された時、デッキから【魔導書】をサーチできる。

俺は【グリモの魔導書】をサーチして、そのまま発動」

 

「【グリモの魔導書】?」

 

「すぐにどんな効果か分かるさ」

 

守備表示で召喚された【バテル】の周りに無数の【魔導書】が現れ始める。

主が求める【魔導書】はどれか探している彼は目的の物を選び、パラパラとめくって満足そうにそれを眺めた。

 

「【グリモの魔導書】の効果により、デッキから【ルドラの魔導書】を手札に加える」

 

探し物を終えて一息ついていた【バテル】は再び【魔導書】を要求され、気難しい表情を更に気難しいものへ変えていく。

しかし、そこは才能を認められ【書士】の座についた少年だ。

仕事はきっちりやるタイプで、再び空間に現れた無数の書物の中から【ルドラの魔導書】を探し出す。

 

「【ルドラの魔導書】を発動。

【バテル】を墓地に送り、デッキからカードを2枚ドロー」

 

聖星が発動したのは場の魔法使い族、または場・手札の【魔導書】を墓地に送る事でカードを2枚ドロー出来る【魔導書】。

立て続けに【魔導書】を探していた【バテル】はやっと仕事を終える事が出来て嬉しいのか、赤紫色に光る書物と共に姿を消す。

更に、2枚の【魔導書】が発動した事で魔力カウンターが2個たまる。

 

「さらに彼は俺の場に表側表示の魔法・罠カードがある時、手札から特殊召喚できる。

【水月のアデュラリア】を特殊召喚する」

 

「はぁ!」

 

【バテル】の代わりに現れたのは、彼と同じ水を司るモンスター。

深く帽子をかぶっているため目元が見えないが、やる気に満ち溢れているようでロッドを構えた。

そして、表示された攻撃力は1000。

あまりに低い数値にタニヤは笑みを崩さず、【エトワール】を見上げる。

 

「攻撃力1000か。

成程、どうやって私の【アマゾネス】達と戦うのか見せてもらおう」

 

「【水月のアデュラリア】は場の表側表示の魔法・罠カードの数×600ポイント攻撃力と守備力をアップさせる。

今、俺の場には【エトワール】が存在する。

よって、彼女の攻撃力は【エトワール】の叡智を授かり1800だ」

 

魔法使いの教育機関の最下層に存在する星の広間は数多くの力を授ける。

特に【水月のアデュラリア】はその影響を強く受け、自身の効果と合わせると攻撃力が800ポイントアップした。

 

「カードを3枚伏せてターンエンド」

 

星の広間の隣に3枚の伏せカードが現れたと思えば、墓地からこのターンの最初に発動された【魔導書】がフィールドに姿を現す。

 

「この瞬間【神判】の効果発動。

俺が発動した魔法カードは3枚。

よってデッキから【グリモ】【ルドラ】【セフェルの魔導書】を加え、レベル3の【魔導教士システィ】を特殊召喚する」

 

「はぁ!」

 

「【システィ】の効果。

彼女を除外し、デッキから【魔導法士ジュノン】と【魔導書の神判】を手札に加える」

 

剣と天秤を持ちながら特殊召喚された【システィ】は真っすぐとタニヤを見据え、隣に現れた次元の隙間に吸い込まれていく。

 

「モンスターの召喚に多くの伏せカード、更には手札が6枚か。

私のターン、ドロー!」

 

タニヤは自分が引いたカードと元々持っていたカードを見比べる。

そして、1枚の緑色のカードを掴んで発動した。

 

「私は手札から【アマゾネスの叫声】を発動!」

 

「【アマゾネスの叫声】?」

 

場に現れたのは【アマゾネスの射手】が叫んでいるシーンを描いているカード。

カード名から察するに仲間を呼ぶ効果を持つのだろう。

初めて見るカードがどのような効果を持つのか、聖星はタニヤの説明を待った。

 

「このカード以外の【アマゾネス】カードをデッキから手札に加えるカードだ。

墓地に送る事も可能だが、今はその時ではない。

私はフィールド魔法【アマゾネスの死闘場】を手札に加え、発動する!」

 

パチン、とフィールド魔法ゾーンに1枚のカードが置かれる。

同時にコロシアム全体が揺れ始め、地面から黒鉄の壁が無数に生えてきた。

それらは空へ向かっていき、戦士達の退路を断つために閉じていく。

 

「な、なにこれ!?」

 

「檻!?」

 

「これは発動時、お互いのライフが600ポイント回復する」

 

バトルは後攻であるタニヤのターンから始まるため、ダメージを一切受けていない2人のライフは4600まで回復する。

自分だけではなく相手のライフまで回復してくれるタニヤのデュエルに万丈目は腕を組みながら呟く。

 

「ライフを回復してくれるとは見上げたもんだが、この不気味な檻は何だ?」

 

「フフフ。

【アマゾネスの死闘場】とはモンスターとの絆を自らの魂をかけて証明する神聖な場だ」

 

「自らの魂?」

 

「いずれ分かる。

私は手札から【アマゾネスの剣士】を召喚」

 

「はぁ!」

 

光と共に現れたのは受ける戦闘ダメージを相手プレイヤーに移し替える戦士族モンスター。

赤い髪を靡かせ、大剣を振るう彼女は肩に大剣を担ぎながら【水月のアデュラリア】を見据える。

 

「更に装備魔法【アマゾネスの秘宝】を【アマゾネスの剣士】に装備する!」

 

タニヤが発動したのは緑色の宝石が嵌め込まれている首飾りのカード。

【アマゾネスの剣士】の胸元にそれは現れ、【アマゾネスの剣士】は今まで以上に自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。

あのカードがどのような効果か知っているカイザーと明日香は真剣な表情で言葉を放つ。

 

「まずいな、【アマゾネスの秘宝】を装備したモンスターは1度だけ戦闘での破壊を免れる。

更に、戦闘を行った相手モンスターはダメージ計算後に破壊される効果を持つ」

 

「えぇ、しかも【アマゾネスの剣士】が受けるダメージは全て聖星が肩代わりするわ」

 

兄と同級生の言葉に翔は聖星の場に存在するモンスターの攻撃力を改めて計算する。

 

「えっと……

【水月のアデュラリア】の攻撃力は【エトワール】、【アマゾネスの死闘場】と【秘宝】の数だけ600上がってるから2800で、そこに【エトワール】の効果も入ると……

攻撃力3000!?」

 

「バトルだ、【アマゾネスの剣士】で【水月のアデュラリア】を攻撃!!」

 

「罠発動、【モンスターレリーフ】」

 

「何?」

 

「俺の場のモンスターと手札のモンスターを入れ替える。

頼む、【マジシャンズ・ヴァルキリア】」

 

タニヤの宣言で【アマゾネスの剣士】は一気に駆けだす。

しかし、それより早く【水月のアデュラリア】は水飛沫となって場からいなくなり、代わりに気が強い魔法使い族モンスターが攻撃表示で特殊召喚される。

彼女の攻撃力は【魔導書廊エトワール】の叡智を受け、1600から1800へと上昇する。

 

「はぁ!」

 

「ふん、【マジシャンズ・ヴァルキリア】の守備力は1800。

どちらを選んでも貴様が受けるダメージは同じ。

ならば、守備表示ではなく攻撃表示で特殊召喚するのが真のデュエリスト。

戦闘は続行!

行け、【アマゾネスの剣士】!」

 

大剣を大きく振りかぶった【アマゾネスの剣士】は頭上から【マジシャンズ・ヴァルキリア】を攻撃する。

ターゲットに選ばれた【マジシャンズ・ヴァルキリア】のロッドから光が集まり、彼女の周りに結界が張られる。

結界と大剣がぶつかり合う音が響き、激しい突風が吹き荒れる。

 

「くっ!」

 

目の間で起こった戦闘の余波は容赦なく聖星を襲い、彼のライフを4600から4300へと削った。

傷つく主の姿に【マジシャンズ・ヴァルキリア】は気を取られ、首からぶら下がっている宝石の光を見逃した。

戦闘中に目の前の敵から意識を逸らした相手に【アマゾネスの剣士】は冷たい眼差しを送り、力任せに結界ごと叩き潰す。

 

「きゃっ!!」

 

バリンという音と共に【マジシャンズ・ヴァルキリア】は破壊され、悲鳴を上げながら爆発した。

 

「この瞬間、【アマゾネスの死闘場】の効果発動」

 

「モンスター同士の戦闘の後、ライフを100支払うことで相手プレイヤーに100ポイントのダメージを与える事が出来る」

 

「相手プレイヤーに!?」

 

お互いに同じポイントのダメージを与える意図が明日香は一瞬だけ理解できなかった。

フィールド魔法でダメージを与える効果を持つカードは、大抵そのフィールドで地の利を得るモンスターを操る側のみに適応される。

更に、ダメージを受けるのは一方のみ。

だが、【アマゾネスの死闘場】は双方ダメージを受け、聖星でも効果を使用する事が出来るのだ。

 

「つまり、タニヤと不動が拳を交えるって事か」

 

「聖星向きのカードだな。

聖星の一発はマジでいてぇぞ」

 

「兄貴、聖星君に気絶させられた事あるもんね」

 

「十代、何やったんだよ」

 

幸いな事に、アークティック校に留学中の聖星は一方的に格下と見下す生徒に絡まれたり、正当防衛として武力行使をしたりする事がなかった。

だからヨハンは彼が武術に長けている事を知らず、妙に重みのある十代の発言に目を丸くする。

 

「モンスターだけに戦わせちゃあ悪いからね。

尤も、乗るか乗らないかはお前の自由だ」

 

「面白そうだ、その喧嘩、乗った」

 

聖星の言葉と同時にタニヤのライフは4600から4500、聖星のライフは4300から4200へと削られる。

そして、2人の目の前に自分自身の精神体が現れ、空中へと駆けだす。

拳を構えた聖星とタニヤは激しい攻防を繰り返し、お互いの拳が顔面へと入った。

これで聖星のライフは4100、タニヤは4400だ。

 

「くっ!!

……良い拳持ってるじゃない」

 

「うっ!!

……子供の頃から父に鍛えられたからな」

 

「ほう。

貴様の父もそれなりの戦士だったという事か」

 

「あぁ、自慢の大英雄さ」

 

痛みが残る頬をこすりながら、聖星は微笑みながら返す。

今まで数多くの拳を受けてきたタニヤは、聖星の一発で彼がどれ程の実力者なのか把握した。

同時に、ここまで強い彼を育てた父もどれ程の戦士なのか推し量ることが出来る。

 

「それはとても良い事だ。

カードを1枚伏せ、ターンエンド」

 

「俺のターン、ドロー」

 

聖星が引いたのは1枚の罠カード。

更に他の手札は【水月のアデュラリア】、【ジュノン】、【グリモ】、【ルドラ】、【セフェル】、【魔導書の神判】。

さて、このカードはどこで使うべきか考える。

 

「俺は【魔導書の神判】を発動。

効果の説明は必要?」

 

「いいや、不要だ」

 

「それなら【グリモの魔導書】を発動し、デッキから【トーラの魔導書】を手札に加える。

そして【セフェルの魔導書】を発動。

貴女に【トーラの魔導書】を見せることで、【セフェル】は【グリモ】の効果をコピーする。

俺は【ゲーテの魔導書】をサーチする」

 

場に現れた様々な【魔導書】はそれぞれ象徴する輝きを放ち、次の一手に繋がる【魔導書】へと姿かたちを変えていく。

慌ただしくカードが入れ替わっていく様子をタニヤはしっかり構えて見つめるだけ。

 

「(ここまで伏せカードを使う気配はないか……

【トーラの魔導書】も手札に加えた、それなら)

手札に存在する【トーラ】【ルドラ】【ゲーテ】を相手に見せ、【魔導法士ジュノン】を攻撃表示で特殊召喚する」

 

3枚の【魔導書】が場に現れ、誰もいないフィールドにピンク色の魔法陣が描かれる。

光を発しながら勢いよく描かれる魔法陣は完成すると光の柱を立て、中から同じ色の髪を持つ女性が現れた。

 

「さらにさっき手札に戻した【水月のアデュラリア】を再び特殊召喚する」

 

いまだに聖星の場には【エトワール】が存在するため、【水月のアデュラリア】の特殊召喚条件は満たしている。

ピンクと青の魔法使い族が並ぶ様子はとても綺麗だ。

 

「【魔導法士ジュノン】の効果を発動。

1ターンに1度、手札または墓地の【魔導書】を除外し、フィールドに存在するカードを破壊する。

俺は墓地の【神判】を除外し、【魔導書廊エトワール】を破壊」

 

「何?

私のカードではなく、自分のカードだと?」

 

「そんな、どうして自分のカードを!?」

 

今、聖星が破壊すべきは戦闘ダメージを跳ね返す【アマゾネスの剣士】。

またはタニヤの伏せカードのはず。

聖星の意図が読めないタニヤと翔に対し、何度もデュエルをしているカイザーと十代は理解しているようで、誰が選ばれるのか考える。

怪訝そうな表情を浮かべるタニヤに説明するよう、聖星は短く言い放つ。

 

「破壊されることに意味があるのさ」

 

「むっ」

 

「【エトワール】が破壊され墓地に送られたとき、このカードに乗っていた魔力カウンターの数以下のレベルを持つ魔法使い族をデッキから手札に加える。

今、【エトワール】に乗っている魔力カウンターは5つ。

よって俺はレベル3のチューナーモンスター【相愛のアンブレカム】を手札に加え、通常召喚する」

 

「はぁ!」

 

デッキから取り出されたのは2人の男女が仲睦まじい姿を見せているカード。

そのまま召喚すればイラスト通りの妖精が花で相合傘をして現れた。

微笑ましい様子に笑みが零れるが、タニヤは彼等の様子より彼等が持つ能力に口角を上げた。

 

「チューナー、それが噂の新たな可能性のカードか!」

 

「あぁ。

これが新しく開発されているチューナーモンスターだ。

そして彼等の召喚に成功した時、手札を1枚捨て、墓地に眠るレベル4以下のモンスターを特殊召喚する。

帰ってこい【マジシャンズ・ヴァルキリア】」

 

手札に存在した1枚の罠カードを墓地に送り、効果で破壊された【マジシャンズ・ヴァルキリア】が復活する。

これで聖星の場にモンスターは4体。

しかし、この場にいる全員が知っている通り、次の一手に繋がるチューナーモンスターがいる。

 

「行くぞ、タニヤ。

レベル5の【水月のアデュラリア】にレベル3の【相愛のアンブレカム】をチューニング」

 

聖星の掛け声とともに【水月のアデュラリア】と【相愛のアンブレカム】はフィールドから飛び出した。

【水月のアデュラリア】は半透明な姿となり、【相愛のアンブレカム】は3つの星となる。

光り輝く星々は緑色の輪を生み出し、その中に【水月のアデュラリア】が飛び込む。

 

「星々の命を翼に宿す白銀の竜よ、一筋の閃光となり、世界を駆けろ!

シンクロ召喚!」

 

白い星が8つとなり、その星を中心に緑色の光がフィールドを照らし出す。

眩い光は大きな翼をもつモンスターへと変貌し、星の雨を纏いながら姿を見せた。

 

「玲瓏たる輝き、【閃珖竜スターダスト】!」

 

「グォオオオ!!」

 

呼ばれた名前に呼応するかのように【スターダスト】は回転し、場に降臨した。

【アマゾネス】達のような力強い演出ではなく、神聖さをまとう演出はこの場にいる者達に美しいという感情を抱かせた。

 

「これがシンクロ召喚。

素晴らしい、まさに相手にとって不足無しだ!」

 

「手札から【ルドラの魔導書】を発動。

【マジシャンズ・ヴァルキリア】を墓地に送り、2枚ドローする」

 

【相愛のアンブレカム】の効果で蘇った彼女は場に残る2体の仲間に目をやり、後を頼むと言うかのように強く頷いた。

彼女の意思を【ジュノン】と【スターダスト】は受け取り、真っすぐ【アマゾネスの剣士】とタニヤを見据える。

 

「速攻魔法【ゲーテの魔導書】を使う。

墓地に眠る【ルドラ】、【神判】、【エトワール】を除外し、タニヤのカードを除外する。

さぁ、退場する時間だ【アマゾネスの剣士】」

 

【ルドラ】、【神判】、【エトワール】の3枚が場に現れ、回転しながら消えていく。

同時に【アマゾネスの剣士】の目の前に時空の歪みが生じた。

吸い込まれまいと【アマゾネスの剣士】は持っている大剣を地面に刺して抵抗するが、抵抗むなしくゲームから除外された。

 

「バトル。

【閃珖竜スターダスト】でダイレクトアタック。

流星閃撃!」

 

口元に集まったエネルギーは白いブレスとなりタニヤを襲う。

攻撃力2500のダイレクトアタックが通れば、デュエルを有利に進める事が出来る。

しかし、向かってくる攻撃にタニヤは一切動じなかった。

 

「永続罠【アマゾネスの急襲】を発動!」

 

「まずいな」

 

伏せられていたカードは1枚の永続罠。

観客席にいるカイザーはそのカードを知っているのか、表情を変えずに呟く。

 

「このカードは1ターンに1度、私とお前のバトルフェイズ時に手札の【アマゾネス】モンスターを特殊召喚する。

来い、【アマゾネス女王】!」

 

「はぁ!」

 

タニヤの手札から現れたのは眼帯を付けた青い髪の女性。

今まで倒してきたモンスターたちの牙や爪、毛皮で出来たコートを羽織っている彼女は凛々しい顔を浮かべながら大剣を構える。

新たなモンスターが攻撃表示に特殊召喚されたが、聖星はそのまま宣言した。

 

「だけど、【アマゾネス女王】の攻撃力は2400。

そのまま行け、【スターダスト】!」

 

「ガァ!!」

 

口から放たれたブレスの強烈な光は【アマゾネス女王】の姿をかき消し、そのままタニヤの場を抉っていった。

思ったダメージを与える事は出来なかったが、まだ聖星の場には【ジュノン】がいる。

追撃しようとすると、不意に影が差し込んだ。

 

「え?」

 

一体何事だと思って顔を上げると、頭上から【アマゾネス女王】が雄叫びを上げながら降って来た。

大剣を構えている彼女はそのまま【スターダスト】を一刀両断し、地面に着地する。

 

「なっ!?

どうして、【スターダスト】の攻撃が効いてない!?」

 

「【アマゾネスの急襲】の効果だ」

 

「え?」

 

「このカードの効果で特殊召喚された【アマゾネス】はこのターン、攻撃力が500ポイントアップする」

 

つまり、【アマゾネス女王】の攻撃力は2400ではなく、2900だったという事。

攻撃力2500の【スターダスト】で破壊できないのは道理と言える。

想定外の事態に困惑し、ライフが4100から3700へと減った少年の様子にタニヤは不敵な笑みを浮かべながら告げる。

 

「敵の不意を突いて攻撃するのだ。

例え格上のモンスターでも倒すのは可能」

 

「だが、【スターダスト】は守りの竜。

1ターンに1度なら破壊を免れる」

 

「では、【死闘場】の効果を使うぞ!」

 

「来い!」

 

先程のタニヤのターンと同様、聖星とタニヤの精神体が殴り合いを始める。

激しい音と共に良い一発を受けた2人はふらつきながらも場に戻る。

これで、聖星のライフは3700から3600、3500。

タニヤのライフは4400から4300、4200へと削られた。

実力が拮抗しあう者同士の喧嘩に2人は良い笑顔を浮かべており、カイザーは怪訝そうな表情で疑問を口にした。

 

「何故、タニヤは【アマゾネスの急襲】の3つ目の効果を発動しない?」

 

「3つ目?」

 

一体どういう事だと問いかけてくる弟からの眼差しに、カイザーは【アマゾネスの急襲】の効果を説明する。

 

「【アマゾネスの急襲】は、【アマゾネス】と相手モンスターが戦闘を行った後、相手モンスターを除外する効果を持つ。

いくら【スターダスト】が守護の竜とはいえ、除外効果までは防げないはずだ」

 

確かに1ターンに1度とはいえ、戦闘と効果の破壊を1度だけ防ぐ効果は非常に厄介だ。

それを除去できる術をもっているのに、使おうとしないタニヤの戦術をカイザーは理解できない。

単純なプレイングミスかと思ったが、三沢に全勝しているタニヤがそんなミスをするだろうか。

納得できていないカイザーの言葉に、誰よりもタニヤを理解している三沢は説明する。

 

「これが彼女の戦い方ですよ」

 

「何?」

 

「タニヤは正面から相手と戦う戦術を好む。

俺がデュエルした時も、相手のカードを破壊する効果は【アマゾネスの秘宝】しか使ってきませんでした」

 

特に【アマゾネスの死闘場】が彼女の戦闘スタイルを顕著に表していると言っていいだろう。

三沢の言葉に思い当たる点があるのか、ヨハンが笑みを浮かべながら呟く。

 

「へぇ、あのタニヤってデュエリスト、俺と似てるな」

 

「え、ヨハン君と?」

 

「あぁ、つまり彼女は相手の可能性、全力を見たいんだ。

俺も同じさ。

だから俺のデッキにカウンター以外の相手のカードを破壊するカードは入っていない」

 

「へぇ~、そうだったんすね」

 

「カードを2枚伏せてターンエンド。

この瞬間、【神判】の効果で【グリモ】【ヒュグロ】【セフェル】を加え、【システィ】を特殊召喚。

【システィ】を除外し、【魔導書の神判】と【黒魔女ディアベルスター】を手札に加える」

 

聖星が新たに加えたのは【魔導書】の中核になる魔法カードと、赤と黒の衣服を身に纏った女性モンスターのカード。

普段の聖星ならば2体目の【ジュノン】を手札に加えるのだが、初めて見る魔法使い族モンスターに十代とヨハンはデュエルに釘付けになる。

 

「私のターン、ドロー!」

 

今、タニヤの手札は2枚。

場には【アマゾネスの死闘場】、【アマゾネスの急襲】そして攻撃力2400の【アマゾネス女王】のみ。

それに対して聖星の場には伏せカードが4枚と攻撃力2500のモンスターが2体、手札は6枚と来た。

傍から見れば圧倒的にタニヤが不利に見えるだろう。

しかし、十分に逆転は可能だ。

 

「手札から【天よりの宝札】を発動。

互いにデッキから手札が6枚になるようドローする。

尤も、お前の手札は既に6枚あるがな」

 

「あぁ。

ドローをどうぞ」

 

「ふっ。

私は手札から魔法カード【次元の歪み】を発動する。

私の墓地にモンスターが存在しないとき、除外されている私のモンスターを特殊召喚する。

さぁ、再入場だ、【アマゾネスの剣士】!」

 

「はぁ!」

 

「バトルだ。

【アマゾネスの剣士】で【閃珖竜スターダスト】を攻撃!」

 

「そんな、【アマゾネスの秘宝】もないのに!」

 

明日香の言葉にこの場にいる者達は強く頷く。

確かに先程の【アマゾネスの剣士】は攻撃力が上の【水月のアデュラリア】、【マジシャンズ・ヴァルキリア】に攻撃を仕掛けた。

だがそれは戦闘破壊を無効にする【アマゾネスの秘宝】を装備していたからだ。

だが、無謀な攻撃を仕掛けてくるとは到底思えない。

何かがあると察した聖星は伏せカードを発動する。

 

「リバースカードオープン、速攻魔法【死の罪宝-ルシエラ】を発動」

 

「【死の罪宝-ルシエラ】?」

 

「俺の場にレベル7以上の魔法使い族が存在する時、発動できる。

タニヤのモンスター全ての攻撃力を、選択した魔法使い族の攻撃力分ダウンさせる」

 

「何!?」

 

「俺の場にはレベル7、攻撃力2500の【魔導法士ジュノン】が存在する。

よって【アマゾネス女王】と【アマゾネスの剣士】の攻撃力は2500ダウン」

 

【死の罪宝-ルシエラ】が紫色の光を纏い始めると、同じように【アマゾネス女王】と【アマゾネスの剣士】が光を纏いながら苦しみ始める。

それぞれの攻撃力はどんどん下がっていき、聖星は追加の効果を説明した。

 

「さらに、この効果で攻撃力が0になったモンスターは破壊される」

 

「【アマゾネス女王】と【アマゾネスの剣士】はともに攻撃力が【ジュノン】より下。

ならば、手札から速攻魔法【アマゾネスの秘術】を発動!

【アマゾネス女王】と【アマゾネスの剣士】を融合し、【アマゾネス女帝】を特殊召喚する!」

 

【死の罪宝-ルシエラ】にチェーンして発動されたのは【アマゾネス】の融合カード。

すると、1人の老婆が現れ、呪文を唱え始める。

彼女の呪文に【アマゾネス女王】と【アマゾネスの剣士】は歪みながら消えていき、フィールドに炎が舞い上がる。

炎は次第に治まっていき、銀髪の女性モンスターが現れた。

その攻撃力は2800。

 

「だが、【ルシエラ】の効果で攻撃力は下がってもらう」

 

「くぅうう……」

 

仲間のピンチに駆けつけた【アマゾネス女帝】は、自分にかかった呪いに顔を歪め、その場に膝をつく。

どんな強大なモンスターも寄せ付けない攻撃力はたったの300になってしまった。

 

「さらに【ルシエラ】の説明を加えると、攻撃力が元に戻るタイミングは記されていない」

 

「何だと!?

つまり、お前のターンになっても【アマゾネス女帝】は弱体化したままだというのか!?」

 

「勿論、それなりに代償はある。

次の俺のターンのスタンバイフェイズ、【ジュノン】は墓地に送られる。

だけど、罠発動、【ソロモンの律法書】」

 

聖星が発動したのは厳重な箱の中に仕舞われている1冊の本のカード。

それは場に現れ、次のターン退場が確定している【ジュノン】の前にやって来た。

小難しい事がずらずらと並べられているが、【魔導書】で慣れている【ジュノン】は苦も無く読み進める。

一方、聖星が発動したカードに取巻と十代は安堵の息を零した。

 

「上手い、あれは自分のスタンバイフェイズをスキップするカード」

 

「これで、【ジュノン】は墓地に送られないな」

 

「では、私はカードを3枚伏せてターンエンドだ」

 

「俺のターン、ドロー」

 

ゆっくりとカードをドローした聖星は、自分の手札と場のカードを見比べる。

先程4枚もカードを伏せていた聖星が言うのもあれだが、伏せカード3枚とは中々に怖い。

更に手札の【アマゾネス】を特殊召喚する【アマゾネスの急襲】も存在するのだ。

どう動くのが良いのか思案し、聖星は宣言する。

 

「【魔導法士ジュノン】の効果発動。

右から2番目のカードを破壊」

 

「残念だが外れだ。

速攻魔法【相乗り】!」

 

「ゲッ」

 

「ほう、その顔を見るに、このカードの効果を知っていたか。

【相乗り】が発動したターン、お前がドロー以外でデッキ・墓地からカードを加える度に私はデッキからカードを1枚ドローする」

 

タニヤの説明に十代達は納得したような表情を浮かべ、それぞれ感想を口にする。

 

「マジか、聖星相手にする時めちゃくちゃ良いじゃん」

 

「……ドロー以外だから、遊城相手には使いにくいか」

 

なにせ、聖星は【グリモ】や【バテル】、【神判】の効果で毎ターン2~3回はデッキからカードを加える事がある。

対聖星用ならばデッキに入れても良いカードのはずだ。

そしてデスティニードローを武器としている十代にはあまり刺さらないだろう。

このターン、タニヤにドローを許してしまう事が確定してしまった聖星は頬をかき、小さく呟いた。

 

「しょうがない、やるか。

俺は手札の魔法カード、【魔導書の神判】を発動。

【グリモの魔導書】の効果でデッキから【アルマの魔導書】をサーチ」

 

「ならば、私はデッキからカードを1枚ドローする」

 

「【アルマの魔導書】を発動。

【アルマの魔導書】はゲームから除外されている【魔導書】を手札に加える効果だ。

俺は【ルドラの魔導書】を手札に加える」

 

【相乗り】はあくまでデッキ・墓地からカードを加える事で発動する。

除外ゾーンに存在する【ルドラ】は対象外だ。

 

「【ルドラの魔導書】を発動、手札の【セフェルの魔導書】を捨てて2枚ドローする。

そして、【ヒュグロの魔導書】を発動、【ジュノン】の攻撃力を1000ポイントアップ」

 

【ヒュグロの魔導書】は魔法使い族の攻撃力を1000ポイント上昇するカード。

更に相手モンスターを破壊すれば、デッキから新しい【魔導書】を手札に加える事が出来る。

しかし、現在タニヤのライフは4200。

攻撃力3500の【ジュノン】と2500の【スターダスト】で十分にライフを削り切る事は理論上可能だ。

 

「(問題は、【アマゾネスの急襲】で新しいモンスターを特殊召喚されたら削り切れないって事だ。

まぁ、そのために彼女がいるんだけど)

更に手札を1枚墓地に送り、【黒魔女ディアベルスター】を攻撃表示で特殊召喚する」

 

「はぁ!」

 

場に現れたのは黒いフードを深く被り、大剣を携えている女性。

しかし、そのフードから覗く顔つきはまだどこか幼さを残しており、顔の片方を赤い仮面で隠していてもその愛らしさが伝わってくる。

それは観客にも伝わったようで、女の子モンスターに目がない翔は頬を真っ赤に染めながら【ディアベルスター】を凝視する。

 

「うわぁ、可愛い女の子っす~!」

 

「あれ~、翔。

お前のアイドルカードって【雷電娘々】じゃなかったっけ?」

 

「そ、そうっすよ」

 

確かに翔はアイドルカードとしてデッキに一切シナジーがない【雷電娘々】をデッキに投入している。

しかし、可愛い女の子が好きなのは男の性なので仕方ないと割り切れるわけもなく、十代からの突っ込みに翔は黙るしかなかった。

 

「【黒魔女ディアベルスター】は特殊召喚に成功したとき、デッキから【罪宝】の魔法・罠カードを1枚場にセットする。

俺は【罪宝狩りの悪魔】を選択してセット」

 

そこに描かれているのは1枚の手配書。

独特な仮面をつけた黒衣の女性が描かれている事から、黒魔女と名乗っている彼女が悪魔として指名手配されている事が分かる。

 

「ならばこの瞬間、罠発動、【アマゾネスの弩弓隊】!

相手モンスターの攻撃力は500ポイント下がり、全てのモンスターで攻撃しなければならない!」

 

「え、ここで?」

 

確かに【アマゾネス】のモンスターは総じて攻撃力が低いモンスターが多い。

そのため【弩弓隊】を発動することで相手モンスターを戦闘破壊しやすくする事はよくある戦術だ。

だが、例え今発動したところで、攻撃力300の【アマゾネス女帝】は【ジュノン】に勝てない。

 

「(という事は【急襲】で特殊召喚した【アマゾネス】モンスターと【スターダスト】達を強制戦闘させるためか)

それなら、リバースカード、オープン。

【トーラの魔導書】の効果で、【ジュノン】の攻撃力は下がることはない!」

 

これで、【ジュノン】と【アマゾネス女帝】の戦闘で発生するダメージは3200。

タニヤのライフを4200から1000まで削り取る事が出来る。

 

「バトル。

【魔導法士ジュノン】で【アマゾネス女帝】を攻撃!」

 

「ふっ、【弩弓隊】に【トーラの魔導書】を発動したのは良い判断だ。

だが、これはどうかな!

リバースカード発動!!

【決闘融合-バトル・フュージョン】!!」

 

「嘘だろ、ここで!?」

 

露わになった伏せカードの名前に、この場にいる者達の殆どは驚愕な表情を浮かべた。

あのカードは融合召喚を主軸にする者達の多くが持っており、故にその強大な効果を知っている。

 

「私の融合モンスターが相手モンスターと戦闘を行う攻撃宣言時に発動できる。

私のモンスターの攻撃力はダメージステップ終了時まで、【魔導法士ジュノン】の攻撃力分アップする!」

 

「つまり、【アマゾネス女帝】の攻撃力は3800!」

 

「【ジュノン】の3500を超えた!」

 

明日香と万丈目はまさかの数値に大きく目を見開く。

【罪宝】の呪いにより弱体化していた【アマゾネス女帝】は赤いオーラに包まれながら力を取り戻し、凛々しく立ち上がって剣を構える。

【ジュノン】は迎撃されるのを覚悟で魔法の呪文を唱え、エネルギー弾を放った。

 

「はぁ!!」

 

「はぁっ!!」

 

轟音と共に放たれたエネルギー弾を躱した【アマゾネス女帝】は、一瞬で【ジュノン】の目の前まで詰め寄る。

そして自分の身の丈もある大剣で彼女を切り裂いた。

【アマゾネス女帝】の切り裂いた風圧が聖星を襲い、彼のライフは3200となる。

 

「ぐっ!

だけど、【ジュノン】は【スターダスト】の効果に守られる」

 

「だが、【アマゾネスの死闘場】の効果発動する」

 

タニヤの言葉に聖星は強く頷き、力強く拳を構えた。

再び始まった喧嘩に、タニヤと聖星のライフは200ずつ削られる。

タニヤのライフは4000、聖星は3000となる。

 

「【スターダスト】で【アマゾネス女帝】に攻撃」

 

【決闘融合】の効果が切れた【アマゾネス女帝】は再び膝をつき、【スターダスト】は容赦なく【アマゾネス女帝】を破壊する。

 

「うっ!!!

行くぞ!!」

 

「あぁ!」

 

爆炎がフィールドを包む中、聖星とタニヤの攻防は続く。

激しい打撃音を響かせながら自分の場に戻ったタニヤは、【アマゾネス女帝】の効果を処理する。

 

「【アマゾネス女帝】の効果発動!

このカードが戦闘で破壊された場合、墓地から【アマゾネス女王】を攻撃表示で特殊召喚する!

蘇るがいい【アマゾネス女王】!!」

 

「はぁ!」

 

無念の敗北を迎えた【アマゾネス女帝】の遺志を受け継ぎ、【アマゾネス女王】が再びフィールドに降臨する。

その攻撃力は2400。

普段の【黒魔女ディアベルスター】ならば問題ない攻撃力だが、今の彼女は【弩弓隊】の効果で攻撃力が2000に下がっている。

申し訳なさそうな顔で【ディアベルスター】を見上げると、彼女は気にするなというように手を振った。

 

「行くぞ、タニヤ。

【ディアベルスター】、【アマゾネス女王】に攻撃!」

 

聖星の掛け声と同時に【ディアベルスター】が軽い身のこなしで【アマゾネス女王】に切りかかる。

お互い歴戦の戦士である彼女達の刃は激しくぶつかり合い、その衝撃によって空気が振動した。

一歩も引かない切り合いが続くが、【アマゾネス女王】がゆっくりと押している。

そして、ついに【アマゾネス女王】が【ディアベルスター】の剣を弾き飛ばした。

回転しながら宙を舞う剣が地面に突き刺さるより早く、【アマゾネス女王】は【ディアベルスター】を切り裂いた。

 

「はぁ!」

 

「きゃっ!」

 

勇敢に立ち向かったモンスターは破壊され、聖星のライフは2400へと削られた。

更に【死闘場】の効果でお互いのライフがさらに200ポイント減っていく。

何度目か分からない殴り合いにだいぶ痛みの感覚が麻痺してきたようだ。

先程まで脈を打つように痛かった頬が今はそんなに痛くない。

 

「悪い、【ディアベルスター】。

だが、彼女の攻撃は無駄じゃない。

罠発動、【オプションハンター】。

戦闘で破壊された彼女の攻撃力分ライフを回復する」

 

すると、先程墓地に送られた【ディアベルスター】が半透明の姿で聖星の前に立った。

腰に手を当てた彼女は仕方なさそうに聖星に手を伸ばし、励ますようにその肩を叩く。

しょせんソリッドビジョンなので実際に触れる事は叶わないが、確かにそこには仲間の暖かさがあった。

これで、聖星のライフは4700となる。

 

「エンドフェイズだ。

【神判】の効果でデッキから【グリモ】【ルドラ】【トーラの魔導書】を手札に加え、【見習い魔笛使い】を守備表示で特殊召喚する」

 

「ならば私も【相乗り】の効果でドローさせてもらう。

私のターン、ドロー!」

 

これでタニヤの手札は4枚。

場には【アマゾネス女王】1体のみ。

攻撃力では聖星のモンスターより若干劣っているが、この程度ならば十分に覆す事が出来る。

どうやって逆転しようか、どうやってあの強いドラゴン達を倒そうか。

戦術を考えるだけで胸が高鳴り、今にも踊り出したい気分だ。

 

「手札から【強欲な壺】を発動する。

デッキからカードを2枚ドローする。

墓地に存在する【アマゾネスの秘術】を除外して、【アマゾネスの秘術】の効果を発動!

【アマゾネス】融合モンスターを融合召喚する場合、1度だけ融合デッキに眠る【アマゾネス】モンスターを墓地へ送って融合素材とする事が出来る」

 

「そんな効果があったのか」

 

「そして手札から【融合】を発動!

融合デッキに存在する【アマゾネス女帝】と手札の【アマゾネスペット虎】を融合。

融合召喚、【アマゾネス女帝王】!」

 

「はぁあ!!」

 

「うわぁ、最上級モンスター来ちゃったよ」

 

流石は誇り高きアマゾネス一族の長。

最上級モンスターである【アマゾネス女帝王】をこの状況で召喚するとは、彼女の実力の高さをうかがえる。

その攻撃力は3200と、【スターダスト】と【ジュノン】では到底叶わない。

【アマゾネス女帝王】は強気な眼差しで相手モンスター達を睨みつけるが、【ジュノン】達も数々の修羅場を乗り越えてきたモンスターであるため、逆に睨み返す。

 

「【アマゾネス女帝王】が融合召喚に成功した時、デッキから【アマゾネス】モンスターを1体特殊召喚する。

さぁ、来るがいい、【アマゾネスの聖戦士】!」

 

「はっ!」

 

「さらに手札から【融合回収】を発動。

墓地に眠る【アマゾネスペット虎】と【融合】を手札に戻す。

そして再び【融合】を発動!

手札の【アマゾネスの戦士長】と【ペット虎】を融合、【アマゾネスペット虎獅子】を融合召喚!」

 

「ガァアアアア!!」

 

特殊召喚されたのは、このデュエルを見守っているバースの面影を残すモンスター。

バースとは異なるのはライガーという名前通り、獅子の鬣を持っている点か。

更に身に纏っている装備は戦いのために作られたもので、その鎧の下には数多の傷跡が隠されていた。

 

「バトルだ!

【アマゾネスペット虎獅子】で【閃珖竜スターダスト】に攻撃!」

 

「え、【アマゾネスペット虎獅子】の攻撃力は2500。

相打ち狙い?

だけど、【スターダスト】の効果は……」

 

「それくらい百も承知の上だ。

【アマゾネスペット虎獅子】の効果発動!!

【アマゾネスペット虎獅子】の攻撃力は500ポイントアップする!」

 

「なっ!?」

 

「ガァアア!!」

 

タニヤの宣言に【アマゾネスペット虎獅子】は勢いよく【スターダスト】へ飛び掛かる。

【スターダスト】は羽ばたいて逃げようとするが、それより早く【虎獅子】の首元へ噛みついた。

まさかの攻撃に聖星は【スターダスト】を見上げながら声を荒げる。

 

「【スターダスト】!」

 

体に走る激痛に【スターダスト】は顔を歪め、勢いよく【虎獅子】をふるい落とす。

地面に叩きつける勢いでふるい落とされた【虎獅子】は、かなりの高さだというのに難なく着地した。

噛まれた首をさすりながら降り立った【スターダスト】は低く唸りながら【虎獅子】を睨みつける。

聖星は傷つけられた【スターダスト】の敵を討つかのように、拳を握りしめて宣言した。

 

「タニヤ、【アマゾネスの死闘場】だ!」

 

「あぁ、来るがいい!」

 

彼等の声が木霊するフィールドに、鈍い音が遅れて響いた。

これで聖星のライフは初期と同じ4000、タニヤのライフは1700となった。

 

「安心しているところ悪いが、【アマゾネスペット虎獅子】の効果はこれで終わりではない」

 

「え?」

 

「バトルを終えた後、お前の場のモンスターは1体攻撃力が800ポイントダウンする」

 

「800も!?」

 

慌てて自分のフィールドに目をやると、【スターダスト】が青色の光に包まれ、攻撃力が2500から800ポイント下がっていく。

その数値を見た瞬間、聖星は【アマゾネス女帝王】の攻撃力を思い出す。

 

「【スターダスト】の攻撃力が1700に……」

 

「そして、【アマゾネス女帝】で融合した【アマゾネス女帝王】は2回攻撃が出来る!」

 

「2回も!?」

 

「行けっ、【アマゾネス女帝王】!!」

 

主からの命令に走り出した【アマゾネス女帝王】は一気に駆けだし、【虎獅子】の効果で弱体化している【スターダスト】に狙いを定める。

持っている大剣を【スターダスト】に投げつけ、勢いよく投げらえた大剣は【スターダスト】の体を貫いた。

一瞬でやられてしまった仲間に【ジュノン】は顔を歪め、聖星のライフは4000から1500削られ、2500となった。

 

「ぐぅ!!」

 

砕け散った【スターダスト】の欠片がフィールドに舞い降りる中、聖星とタニヤの殴り合う音が聞こえる。

そして、主達が元の位置に戻ったことを確認した【アマゾネス女帝王】はフィールドに突き刺さっている剣を握り、【ジュノン】へと切りかかった。

悲鳴を上げる間もなく【ジュノン】は敗れてしまう。

衝撃波で後ろに下がった聖星を見つめる明日香は心配そうな表情で聖星の背中を見つめる。

 

「これで聖星のライフは1800。

まだ【死闘場】の効果を使ってもライフは残るけど……」

 

「さぁ、行くぞ!」

 

「あぁ!」

 

お互いのライフが100ずつ削られ、最終的にライフが聖星は1800、タニヤは1300になった。

しかし、まだタニヤの場には【アマゾネスの聖戦士】がいるため、攻撃は残っている。

 

「【アマゾネスの聖戦士】で【見習い魔笛使い】を攻撃!

聖剣の舞!!」

 

「この瞬間、俺のターンでセットした【罪宝狩りの悪魔】を発動。

墓地に眠る【黒魔女ディアベルスター】を手札に加える」

 

「何?」

 

「はぁあ!」

 

ここでモンスターカードを墓地から回収するとは思わず、怪訝そうな表情を浮かべるタニヤ。

一体どのような意図があるのか考えている主をよそに、剣を構えた【聖戦士】は問答無用で【見習い魔笛使い】を切り裂く。

守備力も低く、防ぐ術を持たない【見習い魔笛使い】は一瞬で砕け散った。

そして、【死闘場】の効果で聖星とタニヤのライフは200減っていった。

新たに殴られた頬を拭いながら聖星は散った仲間のカードをタニヤに見せる。

 

「この瞬間、【見習い魔笛使い】の効果発動。

このカードが戦闘で破壊され墓地に送られた場合、手札からモンスターを1体特殊召喚する」

 

「なるほど、そのために【黒魔女ディアベルスター】を手札に回収したのか」

 

「あぁ。

頼んだ、【黒魔女ディアベルスター】」

 

「はぁ!」

 

赤黒い光と共に現れたのは、先程返り討ちにあった【黒魔女ディアベルスター】。

今度は絶対に負けるつもりがないようで、激しい闘志を燃やしながら腕を組んでいる。

せっかくモンスターを繋げることが出来たというのに、ある違和感を覚えた取巻はヨハンと十代に尋ねる。

 

「アンデルセン、遊城。

確かあのカードは特殊召喚に成功した時デッキから【罪宝】カードをセットするんだったよな?」

 

「あぁ、確かそんな効果だったはず」

 

「何故、不動は【死の罪宝-ルシエラ】を伏せないんだ?

もしあれを使えば次のターン、逆転できるだろう」

 

「多分、聖星の事だからピン刺しなんじゃないのか?

見た感じ、【罪宝】シリーズにそこまで重きを置いていないようだからな」

 

そう、ヨハンの言う通り、聖星がこのデッキに入れている【罪宝】シリーズは既に場に出し尽くした。

聖星が聞こえない声で交わされる会話に気づかない彼はデッキ指を置く。

つい先ほどまではモンスターの数では勝っていたが、今は完全に逆転されている。

だが、不思議と焦りは全くなかった。

 

「俺のターン、ドロー」

 

ゆっくりとカードを引いた聖星は、手札に加わったカードを見て小さく頷く。

 

「手札から【ルドラの魔導書】を発動。

【アルマ】を墓地に送り、2枚ドロー」

 

この手札で今の状況を突破する事は出来るかもしれない。

だが、もしもの事を考えて手札は多く欲しい。

その思いで新たにカードを2枚引く。

 

「手札から速攻魔法【ゲーテの魔導書】を発動。

墓地に眠る【アルマ】【ルドラ】【セフェルの魔導書】を除外し、場のカードを1枚選んで除外する。

俺が除外するのは【アマゾネス女帝王】!」

 

先程墓地に送られた【アルマ】と【ルドラ】、墓地に眠っていた【セフェル】の魔導書がゆっくりとフィールドに現れる。

3冊の【魔導書】は緩やかに回転し、次元への歪みを生じさせる。

指名された【アマゾネス女帝王】は険しい表情を浮かべるが、抵抗する間もなく次元へと吸い込まれた。

 

「さらに墓地に存在する罠カード、【ブレイクスルー・スキル】を発動」

 

「墓地からの罠か!」

 

「俺のターンにこのカードを除外する事で、場に存在するモンスターの効果をエンドフェイズ時まで無効にする。

俺は【アマゾネスペット虎獅子】を選択する!」

 

【アマゾネスペット虎獅子】は攻撃時の攻撃力上昇、相手モンスターの攻撃力ダウンだけではなく、自身以外の【アマゾネス】モンスターを攻撃から守る効果を持つ。

この効果が無効になったことで、最も攻撃力の低い【アマゾネスの聖戦士】へ攻撃を行う事が出来る。

 

「更に手札から【ヒュグロの魔導書】を発動!

【黒魔女ディアベルスター】の攻撃力を2500から3500にする!」

 

「なにぃ!?

【アマゾネスの聖戦士】の攻撃力は、自身の効果を含めて1900!」

 

そして、タニヤのライフは1300。

敗北を悟ったタニヤは静かに目を閉じ、ゆっくりと体から力を抜いた。

しかし、それはほんの一瞬。

彼女の信条は『最後の最後までデュエルに諦めは許されない、つまりは情けも許されない』である。

その信条に従い、諦めずにデュエルをしてきた。

だが、全てを出し切り、反撃する手段を持たないタニヤはこの結末を受け入れるしかない。

覚悟を決めたタニヤは最後の光景をこの目に焼き付けようと、しっかりと聖星を見据えた。

 

「行けっ、【黒魔女ディアベルスター】!!

【アマゾネスの聖戦士】に攻撃!!」

 

聖星の張り上げた声と共に、【黒魔女ディアベルスター】は剣を持って【アマゾネスの聖戦士】に切りかかる。

【魔導書】の叡智を授かった事で彼女の剣は赤い力を身に纏い、通常時より高い威力を出す。

鍛え上げられた【アマゾネスの聖戦士】の剣は一瞬で折れ、割れた刀身が宙を舞った。

己の武器を失いながらも諦めない【アマゾネスの聖戦士】は、宙に浮かんでいる刀身を強く握りしめ、【黒魔女ディアベルスター】に振り下ろす。

だが、それよりも早く【黒魔女ディアベルスター】が【アマゾネスの聖戦士】の体を一刀両断した。

同時に爆発が起こり、爆風はタニヤの体を飲み込み、彼女のライフは0になった。

試合終了のブザーが鳴る中、ソリッドビジョンが消えていく。

やっとデュエルが終わったのだと分かった聖星は、気が抜けたのか、麻痺していた痛みが襲ってくる。

 

「体中痛い……

ここまで殴り合ったのは久しぶりだよ」

 

「私もだ」

 

良くも悪くも、喧嘩というものは忌避される傾向にある。

聖星が遊星に武術を叩きこまれたのも、腕を磨くためではなく、可愛い我が子に自分を守る術を知ってほしい親心だ。

ここまでの殴り合いをしたのは、シャークと大喧嘩した時以来である。

少しだけ懐かしい気持ちになっていると、タニヤが満足げな表情を浮かべているのに気が付いた。

 

「私は今日まで一族に見合う強い男を探していた。

最後の最後に出会えたようだ。

最高のデュエリストに」

 

すると、彼女の肉体が淡い光に包まれる。

何事かと目を見開くと、立派な肉体は美しい白い毛並みに変わっていく。

本来の姿に戻った彼女に、全員が言葉を失った。

そんな中、唯一声を出せたのは翔だ。

 

「と、虎!?」

 

そう、タニヤの正体はホワイトタイガー。

闇のアイテムを使い、人間に化けていたのである。

お互いに全力を出し切ったデュエルに満足したタニヤは、誰にも届かない声で礼を述べる。

 

「良いデュエルをありがとう」

 

その言葉を最後に、彼女とバースは一緒にコロシアムから出て行った。

闇の力を失った彼等がどこに向かうのかは誰にも分からない。

尊敬した彼女の正体に言葉を失っていた三沢は、動揺を隠せず呟く。

 

「俺は……

虎に惚れたのか?」

 

「いや、良い女だったじゃないか」

 

三沢を励ましたのは万丈目。

清々しい程真っすぐで、殴り合っている姿に恐怖を覚えはしたが、終わってしまえば実に良いデュエリストだったと言い張れる。

朝日を浴びている聖星は優しく微笑みながら、良きライバルであるタニヤの背中を見送った。

 

**

 

「いや、本当。

滅茶苦茶なデュエルだったな」

 

しみじみと零したのは、先頭を歩いている取巻。

まだ授業まで時間があるため、彼等はそれぞれの寮に戻る事にしたのだ。

夜通しデュエルをしていたため、すっかり聖星の体は空腹を訴えている。

今日の朝食は何だろうと楽しみにしていると、目の前に見たことがある集団が現れた。

 

「不動聖星だな」

 

「え?」

 

突然名前を呼ばれた聖星は顔を上げ、目の前の集団を凝視する。

そこには濃い緑色の制服とマントを身に纏っている倫理委員会のメンバーが存在した。

睨まれたら退学間違いなしと噂されており、入学当初、聖星が杜撰な管理だと指摘した倫理委員会である。

今更何故彼等が自分に用があるのか。

それは取巻、カイザーも同じようで、唯一彼等の存在を知らないヨハンだけが不思議そうな表情をしていた。

 

「お前を査問委員会まで連行する」

 

「どうしてですか?」

 

「貴様には身分詐称の容疑がかかっている。

大人しく着いてきてもらおうか」

 

「!??」

 

身分詐称。

リーダーと思われる女性の口から放たれた言葉に、体中から一気に冷や汗が流れ出す。

何で、どうやってばれた。

頭の中にその言葉が駆け巡り、聖星の顔は一瞬で真っ青になった。

顔色を一変させた様子に自覚があると判断した女性は聖星の腕を掴もうとする。

だが、それより早くヨハンが聖星の前に立ち、カイザーは彼女達に問いただす。

 

「待ってください。

聖星が身分詐称とは一体どういう事ですか?」

 

「カイザー丸藤亮。

貴方達には信じられないかもしれないが、この世に不動聖星という男は存在しない」

 

「何!?」

 

不動聖星はこの世に存在しない。

ならば、自分達と共にいるこの少年は何者なのだ。

まさかの言葉に3人は説明を求めようと聖星に振り返る。

だが、当の本人の顔色はとても悪く、上手く言葉が出てこないようだ。

今までにないくらい動揺している聖星の様子に3人はこれが冤罪ではないのだと察した。

 

「さぁ、来てもらおうか。

貴様が一体どこの何者なのか、何のためにこのアカデミアに来たのか正直に話してもらうぞ」

 

尤も、良くて退学、悪くて刑務所行きだがな。

無慈悲な言葉が嫌に耳に張り付いた。

 

END

 





ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。

今回のデュエルでは彼女の解釈についてとても悩みました。
少なくとも私の中でのタニヤはモンスターと殴り合う戦術を好むデュエリストで、破壊効果や除外効果を好まないキャラクターという印象を抱きました。
だからそのキャラクター性を貫くのならば、強制効果といえども破壊効果がある【アマゾネスの秘宝】は使わない方が良かったかもしれません。
しかし、あのカードを使わないと【アマゾネスの剣士】を上手く使えなかったので……
タニヤのデュエルスタイルが人によっては賛否両論かもしれませんが、少なくともこちらの小説ではそういうデュエリストなのだとご了承ください。


当初は聖星に使わせるデッキは【ソロモンの律法書】等、カード名に【書】がついているカードを中心としたネタデッキの予定でした。
しかし、あまりにもカードが少なくて断念し、【罪宝】もどきデッキにしました。
25周年記念の【ディアベルスター】が可愛くて、これはもう使うしかない!!と勢いでデュエル構成を書いたのですが、楽しかったです。

デュエルのトドメも【シンクロ・ストライク】で強化された【スターダスト】がするはずだったのですが、何故かこうなりました。
何でだろう……


そして、ついにばれた聖星。
国籍は偽造していますが、ある理由で彼は存在しない人間だと判断を下されました。
一体だれが、どうやって下したのかは次回書く予定です。


蛇足ですが、またアンケートを開始しています。
ご協力いただけると嬉しいです。

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