遊戯王GX~不動の名を継ぐ魔導書使い~   作:勇紅

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お久しぶりです、ちゃんと生きています
今回のデュエルはちょっと短めですが、楽しんでいただけると嬉しいです

あと大事なことですが……
パックの収録内容なんて気にしたらダメ



第三十三話 大人達からの期待

悪夢といえる日から数日。

深い眠りについていたI2社の社員達は次第に目を覚まし始めた。

鮎川先生や女医のミーネが忙しそうに体育館の中を歩いている様子を、ペガサスは小さく息を吐きながら見守っている。

 

「聖星ボーイ、私の部下達を助けていただき感謝しマ~ス」

 

「元を辿れば俺の責任ですから、当然のことをしただけです」

 

そう、全ては自分が闇のデュエルで【閃珖竜スターダスト】の力で闇を祓ったのが原因なのだ。

しかし、あの時【スターダスト】を召喚しなければヨハンは闇に飲み込まれていた。

仕方のなかったことだと言えるが、どうしても後悔ばかりが募ってしまう。

不器用な笑みを浮かべる聖星は、まだ眠っている夜行や目覚めたばかりで頭を押さえているフランツに目を向けた。

ペガサスはすぐに彼の元へ歩み寄り、優しくフランツの名を呼ぶ。

 

「Mr.フランツ」

 

「ペガサス会長……?」

 

フランツはずきずきと襲ってくる痛みに耐えながら、自分に声をかけてきたペガサスの顔を見た。

その瞬間、自分の身に何があったのか、正確に言えば記憶が途切れる直前までどんな目に遭ったのか思い出す。

 

「私は……?

っ、そうだ、私は…!

一体何なのだ、あのデュエルは……!」

 

「Mr.フランツ……

ユーが体験したのは闇のデュエルデース。

貴方も噂程度なら聞いたことはあるでショウ」

 

仮にもI2社に勤めているカードデザイーナなのだから、当然聞いたことはある。

不思議なアイテムを用いて行われる、科学では説明できないゲーム。

デュエルで生じるダメージは現実のものとなり、敗者は永遠の闇に囚われるという。

 

「あれが闇のデュエル?」

 

「イエース。

彼らは闇のアイテムを使い、ユー達を狙いました。

彼らの目的はこの島に眠る強大な力を持つ三幻魔デース」

 

「この島に眠るカードを?

それで、何故我々が狙われたのです?」

 

「ユー達を襲った闇のデュエリストは本物の吸血鬼だと聞いていマース。

彼女はMr.フランツや夜行達の魂を生贄に使い、滅ぼされた同胞の復活を目論んでいたようです」

 

本当はシンクロ召喚について詳しく知るためなのだが、シンクロ召喚反対派である彼の耳に入れるわけにはいかなかった。

仮に彼や他の反対派が真実を知ってしまえば、シンクロ召喚計画の停止、さらにはアドバイザーである聖星にも怒りの矛先が向いてしまうかもしれないからだ。

 

「しかし、何故セブンスターズ達は三幻魔のカードを狙うのか。

私の部下を狙ったことに怒りはありますが、同時に彼らが哀れデース」

 

「え?」

 

「ペガサス会長?」

 

「情けない話ですが、ミーもかつてはある目的のために闇のアイテムを持っていました」

 

そう言って彼はゆっくりと前髪で隠している片目を2人に見せた。

瞬間、2人の呼吸が止まった。

さらけ出されたそこには本来あるべきものがなく、ぽっかりと空洞が生々しく存在した。

ペガサスはすぐに隠し、哀しげに微笑んだ。

 

「しかしその力は周りを傷つけるだけだったのデース。

目的を果たすことが出来ず、私の元に残ったのは誰かを傷つけた事実とこの爪痕だけです。

大きすぎる力は大きすぎる悲劇を生む。

そして一生、その後悔を抱いて生きていかなければいけないのデース」

 

かつての己は千年アイテムの力に取り憑かれ、愛しい人の復活という禁断ともいえる夢を抱いた。

彼女に会うためなら誘拐も監禁も、何だってした。

それに相応しい傷だから、今でもペガサスは義眼を嵌めていないのだ。

きっとセブンスターズも何らかの形で大きな傷を負うだろう。

 

「本当に貴方達がその力の犠牲にならなくて良かった」

 

「ペガサス会長……」

 

穏やかに微笑むペガサスは本当にそう思っているのだろう。

かつて闇のアイテムを持っていたから、最悪なケースを想像するのは容易だ。

大切な部下が自分と同じ、いや、それ以上の目に遭うなど、十字架を背負っているペガサスにとっては耐えられないことだ。

フランツは何故ペガサスが強すぎるカードの開発ではなく、シンクロ召喚という道を選んだのか、なんとなくだが分かった気がした。

 

「フランツさん」

 

「あぁ、君もいたのか」

 

「お久しぶりです。

気分はどうですか?」

 

「最悪だ。

ペガサス会長の前ではなんだが、すぐに復帰できるとは思えない」

 

「それなら心配ありまセーン。

仕事は私や他の社員達で上手くやりますから、ユー達は自分の体、そして家族のことを考えてくだサーイ」

 

「ありがとうございます」

 

その言葉に素直に甘えることにしたフランツは、重い体を横にした。

聖星はやっと安心したように体から力を抜いた。

 

**

 

それから聖星はお昼ご飯を食べるために十代達の姿を探す。

教室には居なかったから、購買あたりだろう。

目的地を目指すと、昼食を買いに来た生徒達相手にトメさんがせっせと接客をしている。

 

「凄いなぁ、トメさん。

片手でおつりを出して、もう片手で次の商品の会計をしているんだから」

 

「ここに勤めてから何年も経っているようだからな。

慣れだ」

 

「ガウゥ」

 

両肩に乗っている精霊達の言葉に頷きながら友人の姿を探す。

すると、今までのアカデミアでは珍しい赤と青、そして黒の組み合わせを見つけ出す。

 

「十代、取巻、万丈目」

 

「ん?

おぉ、聖星!

もう話し合いはすんだのか?」

 

「あぁ」

 

声をかけると十代は満面な笑みで振り返り、他の2人はいつものように愛想があるようでない顔を向けてくれる。

こちらに向けた表情を見て、何だかんだ取巻と万丈目はどこか似ているような気がする。

以前の万丈目は張り詰めた威張り方をしており、対して取巻は自分より強い者に取り入るのに必死だった。

そんな2人の態度はともに片方は取っつきやすくなり、もう片方は柔らかくなった。

周りに対する接し方を思い出してもやはり似ている。

 

「それで、あの人達は今後どうなるんだ?」

 

「皆が目を覚まし始めたから、そろそろアメリカに帰国する準備をするって。

といっても、一応不法滞在扱いだから手続きが大変みたいだけど」

 

「そうなのか?」

 

「うん」

 

聖星の説明に十代は首を傾げ、万丈目と取巻は納得する。

彼らの扱いは表向き拉致された被害者ということになるだろう。

誰に拉致され、どのようなルートで日本に連れてこられたのか調査する必要がある。

闇のデュエルに関して説明するのは不可能なため、この調査をどう偽装するか今のところ悩みの種らしい。

 

「けど良かったじゃないか。

誰も危険な状態じゃないんだろう?」

 

「あぁ。

それだけが救いだよ」

 

もし救い出した人達の中に後遺症が残っていたらと、考えただけでもゾッとする。

以前より気が軽くなった聖星は、十代達と同じように昼食を購入することにした。

今朝は和食だったから、お昼はパン系が良い。

トメさんお手製の商品を眺めながら、手頃なコロッケパンを持つ。

するとある商品に目が行った。

 

「あれ、こんなパック発売されてたっけ?」

 

食料品の隣に設置されていたのはカードコーナーで、一般的に流通しているものからアカデミア限定のパックまで取り揃えてある。

その中で目にとまったのは見慣れないパックだ。

表には【太陽の戦士】、【海神の巫女】、【妖精王オベロン】が描かれており、パックの中身がいまいち掴めなかった。

 

「そのパックは不動が留学している間に発売されたやつだ。

まぁ、今回は入荷直後に買い占められることはなかったから、ある程度の生徒には行き渡ったらしいぞ」

 

「あぁ、だったら知らないや。

ってか、買い占め?」

 

万丈目は思わず取巻を睨み付け、うっかりと零してしまった彼はあさっての方角を見る。

2人の妙な態度に怪訝そうな顔を浮かべると、思い出したように十代が呟いた。

 

「そーいや、最初の月1テストの時に発売されたやつ、誰かが一人占めしたんだっけ。

デッキを強化できなかったって翔が落ち込んでたな~」

 

「へ~……

それにしても2人とも変だな。

まさか万丈目、金に物を言わせて……」

 

「誰がそんなことをするか!

俺だって購買まで行ったのに買えなかったんだぞ!」

 

そう、万丈目は別に嘘は言っていない。

関与しているのは事実だが、買い占めた張本人は彼ではない。

それに関しては今の2人にとってはあまり思い出したくない過去の1つだろう。

もう半年以上前のことだし、からかうのはこのくらいにして、聖星は並んでいるパックに手を伸ばした。

 

「お、買うのか?」

 

「あぁ。

昼飯食べた後に開けようぜ」

 

「それじゃあ俺も買ってみるか。

取巻と万丈目は?」

 

「俺はパス。

今月小遣いが厳しいんだ」

 

「俺も遠慮する。

今更そのパックを買ったところで、レアカードが当たるとは思えんしな」

 

この男は残り物には福があるという言葉を知らないのだろうか。

それとも、その諺を信じて数パック買ったが、良いのが当たらなくて見限ったのだろうか。

どうでもいいことをすぐに頭から追い出し、両手でパックを持って交互に見下ろした。

 

「う~ん、どれにしよう」

 

まずはお試しとして2パックにしようか、それとも奮発してここに置いてあるパック全部にしようか。

久しぶりに自分でパックを選ぶ聖星は、悩ましげな表情を浮かべながら目を輝かせる。

 

「よし、まずはこれだけ買ってみる」

 

そう言って彼は5パックを購入した。

 

**

 

場所を外に移した聖星達は、陽の光が射しこんで暖かい草原で昼食をとる。

柔らかい風が潮の香りを運び、波の音も聞こえてくる場所だ。

デュエリスト故に新しいパックを開封する瞬間は特別な時間である。

コロッケパンを食べ終えた聖星が開封する様子を十代は楽しそうな顔で見ている。

 

「え~っと」

 

そう言って聖星は中に入っていたカードを1枚、1枚確認した。

パックの中に入っていたのは【魔界の足枷】、【アックス・レイダー】、【幻のグリフォン】、【ホワイト・ダストン】、【地砕き】の5枚である。

見慣れたカードの姿に「こんなものか」と納得していると、十代が目を輝かせている。

 

「すげぇ、見た事ないモンスターがいるぜ」

 

「どれとどれ?」

 

「この【幻のグリフォン】と【ダストン】ってやつ」

 

「あぁ、この2枚?

はい。

万丈目と取巻は?」

 

十代にカード2枚を差し出し、他の2人にも見るかと誘ってみる。

取巻は素直に残りの3枚を受け取り、万丈目は静かにコーヒーを飲んでいた。

 

「すげぇなこの【幻のグリフォン】、レベル4なのに攻撃力2000もあるぜ!

しかも通常モンスター!」

 

「何だって!?」

 

「ゴフッ!

ゲホッ、ゲホッ!」

 

「万丈目、大丈夫か?」

 

十代の言葉に取巻は信じられないと言うように顔を上げ、万丈目は大きく咳き込む。

何故ならレベル4で攻撃力2000のモンスターなど、存在したとしても召喚するために制約、またはなんらかのデメリットがあるのが普通である。

それなのに、ただの通常モンスターで攻撃力2000など前代未聞である。

十代が持つカードに皆は注目し、「レアカードだな」「くっ、俺が買ったときは当たらなかったのに…!」等と言い合っている。

彼らのはしゃぐ様子に微笑みながら、次のパックを開けた。

 

「あ」

 

「どうした?」

 

「【マジシャンズ・ヴァルキリア】が当たった」

 

聖星が見せたのは、あの武藤遊戯も使ったと言われる魔法使い族の少女。

【ブラック・マジシャン・ガール】と似た風貌だが、釣り目であり、気が強そうな印象を持つ。

そしてその姿、流通している枚数の関係で高額で取引されているカードでもある。

 

「お、魔法使い族じゃん。

しかも聖星、それ持ってなかっただろ?」

 

「あぁ」

 

遊馬の世界でも、そしてこの時代でも、【マジシャンズ・ヴァルキリア】のカードを手に取ったことはない。

元の時代で持っていた記憶もなく、正真正銘、初めて当たったカードである。

今のデッキに使えるカードが当たったのは純粋に嬉しくて、自然と笑みが零れてしまう。

 

「だが【マジシャンズ・ヴァルキリア】は1体だけでは真価を発揮せんぞ。

残りの3パックでもう1枚を当てる気か?」

 

何故万丈目は喜んでいる隣で辛い現実を突きつけてくるのだろうか。

先程記したとおり、このカードは数が少なく、高い。

正確な金額は覚えていないが、聖星の小遣いで買うには大きく戸惑うレベルだ。

【星態龍】にお強請りするという手もあるが、せっかく1枚目を自力で手に入れたのだ。

久しぶりに自分の運だけでカードを集めてみたくなってくる。

 

「ん?」

 

「お、また何か新しいの当たったか?」

 

3パック目を開け、見慣れたカードを1枚1枚眺めていると、知らない少女が顔を出した。

水色の長髪少女が描かれているモンスターに、聖星はその名前と種族を見て首を傾げる。

聖星の表情から十代も好奇心で覗き込み、2人揃って同じ表情を浮かべた。

 

「【ウィッチクラフト】?」

 

「十代、知ってる?」

 

「いや、知らないな」

 

カードに記された名は【ウィッチクラフトマスター・ヴェール】。

この場にいる万丈目と取巻にも目をやったが、2人とも同じような反応だったため、知らないのだろう。

【マスター・ヴェール】のカードを見た万丈目達は率直な感想を述べた。

 

「高レベルモンスターで攻撃力が1000?

クセの強そうなカードだな」

 

「テキストの量も凄いな」

 

「普通に強いと思うぜ。

特殊召喚制限がないから【マジシャンズ・サークル】であっさり出てくるし、【一族の集結】でも簡単に特殊召喚出来るし」

 

手札の魔法カードの枚数に左右されるらしいが、【魔導書】のサーチ能力なら問題はないはずだ。

魔法使い族の攻撃力を上げる効果も、先程当てた【マジシャンズ・ヴァルキリア】に使えば大打撃を与える事も可能となる。

これは面白そうな光属性魔法使い族デッキが組めそうだ。

新しい案が浮かび、すぐに部屋に帰りたくなった聖星は、首に巻き付いてきた【星態龍】に目を向ける。

 

「【ウィッチクラフト】か。

こいつら、カード化されていたのか」

 

「【星態龍】、知ってるのか?」

 

「あぁ。

彼女達は魔法道具の制作を専門として扱う魔女だ。

得意先は主に【魔導書院ラメイソン】と【魔法都市エンディミオン】だぞ」

 

なんと言うことだろう。

彼の口から発せられた名前はあまりにも親しみすぎているもので、聖星は驚くしかなかった。

まさかそんな繋がりがあるモンスターとは思わなかったのだ。

 

「へぇ、じゃあ彼女達は【ラメイソン】と【エンディミオン】には属さないんだな」

 

「あぁ」

 

すると、今まで黙っていた十代が痺れを切らしたのか、ついに会話に入ってくる。

 

「なぁなぁ、どういうことだ?」

 

「う~ん、何て言えば良いんだろう……」

 

「【ラメイソン】は簡単に言ってしまえば学校だ。

【魔法都市エンディミオン】は魔導王が統治する都市。

この2つはお世辞にも仲が良いとは言えん」

 

「実際【エンディミオン】から戦争仕掛けたらしいし……」

 

「あらぁ、それならおいらも知ってるよ」

 

聖星の前に現れたのは、【おジャマ・イエロー】。

彼(彼女?) は体をくねくねさせながら精霊界での話をし始めた。

 

「魔法使い族のなかではかなりの衝撃的な戦争だって。

あの戦争で【魔導】側の死神がたくさん攻撃して、戦場は大混乱になったらしいよ」

 

「【魔導】側の」

 

「死神」

 

【イエロー】の言葉に、十代と万丈目はゆっくりと聖星を見た。

何故か凝視されている聖星は、そんな顔になる気持ちも分かるのでただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

そう、【魔導】側の死神は聖星がよく使う例の闇属性モンスターである。

 

「【ラモール】めっちゃこえぇじゃん!

どうりで常に死んだ目をしてるし、敵側に回った仲間でも容赦ないわけだぜ!」

 

「ちなみに十代、【ラモール】の前の姿は【マット】、後の姿は【トールモンド】なんだぜ」

 

「嘘だろ!?」

 

あの殺意しかない死神が、何故か面倒くさがり屋な少年で、何故か場のカードを全てぶっ飛ばすモンスターと同一人物。

デュエルモンスターズには様々な物語が存在するが、【ラモール】の物語が気になり始めた。

目の前で騒いでいる十代達を眺めている万丈目は、少し居心地が悪そうにしている取巻が視界に入った。

 

「どうした取巻?」

 

「俺だけ全く話が見えない」

 

「……そうか」

 

見えないこの男に対し羨ましいと言えば良いのか、それとも自慢げに精霊が見える生活について語れば良いのだろうか。

万丈目は自分の目の前で体をくねらせている気色悪いモンスターを見上げながら、心底取巻を羨んだ。

少し遠い目をしている万丈目の隣で、十代は笑いながら【ハネクリボー】を撫でた。

 

「あ~……

取巻って精霊見えないもんな」

 

「俺も見えるようになりたい」

 

「止めておけ取巻。

こんな不細工な精霊につきまとわれるだけだぞ」

 

「不細工!?

兄貴~、酷いよ~!

おいらのように綺麗でキュートな精霊なんてそうそういないのに!」

 

「気色悪いことを言うなぁあ!!!」

 

**

 

それから数日経ち、囚われていた人々が裏のルートで出国するための手筈が整ったようだ。

生徒達の目に触れないよう気を使いながら船に乗り込んだ彼らを見送った聖星は、何故か校長室にいた。

そして何故か、目の前でにこにこと笑っている鮫島校長から信じられない事を告げられる。

 

「俺がブルーに?

どうしてですか、校長」

 

「うむ、確かに驚くのも無理はない。

だが聖星君、君の実績を考えるとそうおかしな事ではあるまい」

 

その言葉に聖星は理解できていないとでもいうように首を傾げる。

本来ならイエローのトップからブルーへと昇格するはずだ。

しかし今現在イエローのトップは聖星ではなく三沢である。

さらに最近では、【暗黒界】デッキを操っている神楽坂が実技の成績を伸ばし、うっかりしていると追い抜かれてしまうような状況だ。

疑問符ばかり浮かべている友人に呆れたのか、【星態龍】が耳元で教えてくれる。

 

「三沢は万丈目との昇格デュエルで勝ちはしたが、蹴っていたからな。

恐らく、今でも蹴られ続けているのだろう。

だから聖星に話が来た、というあたりか」

 

(そういえば……

そんなデュエルもあったな)

 

あの頃は色々ありすぎて、そのような出来事があったのをすっかり忘れていた。

納得できた聖星の心境を知ってか知らずか、鮫島校長の言葉を引き継いだクロノス教諭は聖星が選ばれた理由を説明してくれる。

 

「筆記試験・実技試験共に上位、デュエルアカデミア・アークティック校への留学、そしてI2社のアドバイザー。

そんなシニョール聖星はブルーにいるべきなノ~ネ」

 

「そこで、次の月1テストでブルー寮の生徒とデュエルしてもらおうと考えている。

勝てばブルー寮への昇格となる。

頑張ってくれたまえ」

 

「わ、分かりました」

 

期待を込められた4つの眼差しに耐え切れず、聖星は逃げ出すように校長室を後にした。

人の気配を感じない廊下まで来ると、体から力が抜け、無意識のうちにため息をついてしまう。

何とも言えない感情を抱えながら外を眺めている聖星に、【星態龍】は茶化すように首に巻き付いてきた。

 

「良かったな。

あの城のような寮に住めるかもしれないぞ」

 

「でも正直乗り気じゃないんだよなぁ」

 

「何故だ?」

 

まだ三沢がブルーへ昇格していないのに、自分が昇格するかもしれないことに気が引けるのだろうか。

三沢はそんなことを気にする男でもないし、周りの人間だって三沢がブルーへの昇格を断り続けていることを知っている。

友人に気を使う必要性はないと言うが、聖星は別の事に対して悩みを持っているようだ。

忘れたのかよ、とでも言うかのように聖星は自分の目的を話す。

 

「そもそも俺は未来に帰るまでの暇つぶしとしてデュエルアカデミアに入学したんだ。

2年に上がる前には退学するつもりでいるのに、そんな俺がブルーになっていいのかなって」

 

嬉しいことに【星態龍】の力は順調に回復しており、このままなら進級試験前には完全復活するはずだ。

セブンスターズとの戦いが続いているのなら残るつもりではいるが、仮に全て終わっていたのなら残る必要はない。

それを知らない校長達は純粋に生徒の実績を評価し、それに相応しいチャンスを与えてくれる。

そこにあるのは、可愛い生徒への期待だ。

イエローへの昇格は食事事情があったため仕方なかったと考えてはいるが、ブルー昇格後に退学する事はその期待を裏切ることに繋がる。

だから、聖星はブルーへの昇格に対して乗り気になれないのだ。

 

「お前の考えは分かった。

だが、聖星。

進学前に退学するのなら、ブルー寮に所属していた方が良いのではないか?」

 

「どうして?」

 

「仮に退学するとして、その理由はどうするつもりだ?」

 

「……家庭の事情?」

 

流石に学費が払えません!という情けない言い訳は通用しないだろう。

この時代用に作った口座にはI2社から振り込まれた契約料があるため、お金には困っていない。

となると、実家を継ぐことになりました、親の介護のため学業に専念できなくなりました等の理由が妥当か。

 

「今のお前にはI2社のアドバイザーという実に便利な肩書きがあるだろう。

その肩書きを有効活用すれば、退学も卒業扱いになるはずだ。

このデュエルアカデミアにおいて、イエロー寮の生徒がアドバイザーのため特例で卒業した場合と、ブルー寮の生徒だった場合、どちらが大人達は素直に納得してくれる?」

 

「まぁ、ブルー寮だろうな」

 

「そういうことだ。

ブルー寮に所属していた方が色々と都合が良いぞ。」

 

仮に卒業扱いにはならなくても、生徒がデュエルモンスターズ発展のために、未来のために羽ばたいていくのだ。

聖星が気にしている『大人達の期待を裏切る』行為にもならない。

【星態龍】の言葉に納得した聖星は、ゆっくりと空を見上げ、どのようなデッキでデュエルしようかと思考を切り替えた。

 

**

 

「ということで、ブルー昇格を賭けてデュエルすることになった」

 

いつものように微笑みながら校長室で告げられた事を話すと、レッド寮の食堂にいた皆は揃いに揃って固まった。

すぐに十代がすげぇなと声をかけようとしたが、それより先に弟分の声が狭い食堂に響き渡る。

 

「え、え、え!?

ついに聖星君がブルー寮へ!?

……あ、そっか。

普通そうっすよね」

 

「どういう意味だよ、翔」

 

椅子を引いて翔の前に座れば、翔は今日の夕食である鯖定食を食べながらさも当然に言い放った。

 

「ブルーの人より強い兄貴や聖星君と一緒にいたから、この学園の常識を忘れてたっす」

 

美味しそうにとまではいかないが、一定のテンポで魚を口に放り込んでいる翔は何度も大きく頷いた。

確かに彼の言う通り、この学園では強い者が上に行くのが常識だ。

しかし、隣に座っている十代が主にその常識破りの代表である。

十代は翔と異なり、実に美味しそうに炊き立てのご飯と魚を口の中にかきこんでいた。

ハムスターのように頬をぱんぱんに膨らませながら、十代は親指を立てて笑顔を見せてくれる。

 

「ブルーに昇格したら、たまにブルーの飯分けてくれよ」

 

「え?」

 

「だってよ。

ブルーの料理って美味いんだろ?

すげー興味あるんだ」

 

曇りない瞳で言われた言葉に、聖星は勝手に持ち出してよかったっけ?と一瞬考えてしまったため、反応が遅れてしまう。

だから彼の言葉に真っ先に返したのは、翔の隣に座っていた隼人だ。

 

「十代、それはちょっと駄目だと思うんだな」

 

「え~、隼人はブルーの料理興味ないのか?」

 

自分達が食べている食事の数倍美味しいといわれているものだ、興味がないわけがない。

しかし、常識的に考えて駄目だ。

十代、翔、隼人、この3人の中で1番の常識人である隼人は苦笑いを浮かべながら「それでも駄目なんだな」と言った。

 

**

 

それから数日が経ち、ついに聖星のブルー寮へ昇格するデュエルが行われる。

何とかデッキ調整をした聖星は、デッキに対して「頑張るぞ」と声をかける。

両肩に乗っている【星態龍】と【スターダスト】もデッキに尾と手を乗せ、聖星を頼むように祈った。

そのままデュエルディスクにデッキをセットし、フィールドに立つと、既に対戦相手がいた。

 

「ふぅん。

貴方が不動聖星君?」

 

「貴女は?」

 

聖星の前に立っているのは赤味の強い紫の髪の女生徒だ。

耳元の髪の毛を三つ編みにしており、制服は改造しているのか、腹部を見せるスタイルである。

釣り目と彼女が身にまとう制服の形から、彼女は気が強く、自信家な性格なのだと察することが出来る。

 

「私が今回の相手を務める胡蝶蘭よ。

全力でお願いね、坊や」

 

「(この人、俺がまだ中学生だって気がついてる……?)」

 

「いや、彼女の性格故の発言だろう」

 

堂々と坊やとい言われ、聖星は少しだけ首を傾げたが、【星態龍】は冷静に突っ込んだ。

すると、彼女から熱い視線を送られていることに気が付いた。

手の甲を腰につけながらじろじろと見てくる女性の様子は、まるで自分を観察しているように見える。

 

「……あの、何か?」

 

「あら、ごめんなさいね。

亮様と互角と言われているデュエリストだから、どんな子かなって興味があるのよ」

 

「亮様?」

 

誰のこと?とでもいうかのように【スターダスト】は隣にいる【星態龍】を見る。

あぁ、そういえば【スターダスト】は苗字と異名しか知らないのかと納得し、答えようとしたが、それより先に蘭が首元のネックレスを開いた。

その中には亮様と呼ばれているカイザーの写真があった。

 

「貴方に勝てば、亮様は私のことを目にとめ、認めて貰える。

そのための踏み台になってもらうわよ」

 

頬を少しだけ赤く染め、うっとりとした表情を浮かべられ、聖星は嫌な予感がした。

その予感を覚えたのは聖星だけではないようで、カイザーの弟である翔は呆れたような顔を浮かべている。

観客席にいる十代は弟分の表情に気が付かず、呑気に笑っている。

 

「流石カイザー、下級生から様付けかぁ。

そーいや以前、レイからもそう呼ばれてたっけ」

 

「下級生のなかでも亮の事をそうよぶのは、熱狂的なファンである彼女くらいよ」

 

「何だよ、明日香。

あいつそんなに有名なの?」

 

「えぇ」

 

腕を組みながら胡蝶蘭を見つめる明日香は、彼女がこのアカデミアでどう呼ばれているのか説明を始めた。

一方、翔の隣に座っている取巻は小声で尋ねる。

 

「丸藤、仮にカイザーがああいうタイプを彼女として紹介してきたらどうする?」

 

「家族全員ひっくり返るっすよ。

そもそも、あぁいう人、お兄さんが全力で逃げるタイプっすね」

 

「だろうな」

 

眼中に入らないではなく、全力で逃げるときたか。

大量のハートを飛ばす彼女に対し、困り顔で接しているカイザーを簡単に想像できる。

取巻の脳内で胡蝶蘭に言い寄られているカイザーは、翔の言う通り、耐え切れなくなり背中を向けて走って逃げた。

友人達が上記のような会話を繰り広げているとは知らない聖星は、体に力を入れてデュエルディスクを構える。

 

「なる程。

このデュエル、負けられない理由が出来た」

 

主に丸藤先輩の今後の学園生活のため!!

ブルー寮への昇格なんてもうどうでもいい。

とにかく、尊敬する先輩の平穏を脅かすかもしれない彼女を倒さなければならない。

仮に聖星が負けてしまえば、調子に乗った彼女が何をしでかすか想像したくもなかった。

 

「「デュエル!!」」

 

「先攻は俺だ、ドロー」

 

ゆっくりとカードを引いた聖星は、手札に来てくれたモンスターの姿に笑みを零す。

自分の想いに応えてくれようとしているのか、手札も良い。

 

「俺は手札から【王立魔法図書館】を守備表示で召喚。

魔法カード【グリモの魔導書】を発動。

デッキから【セフェルの魔導書】をサーチする。

そして、魔法カードが発動したことにより、【王立魔法図書館】に魔力カウンターが1つ乗る」

 

場にソリッドビジョンの光が輝くと、聖星の目の前に巨大な本棚がいくつも現れた。

その守備力は2,000と、ちょっとやそっとでは突破されない数値である。

 

「さらに俺の場に【王立魔法図書館】が存在する事で、【セフェルの魔導書】を発動。

【グリモの魔導書】の能力をコピーする」

 

今、聖星の場には【王立魔法図書館】が存在するため、【セフェル】の発動条件をクリアしている。

彼はもう1つの条件である【ネクロの魔導書】を蘭に見せた。

 

「俺が加えるのはフィールド魔法【ラメイソン】だ。

そして【魔導書院ラメイソン】を発動!」

 

2人の外側に風が吹き、穏やかだった風は強風に変貌する。

そして、轟音を鳴り響かせながら金属の壁が聖星たちを包み込んだ。

 

「これで、【王立魔法図書館】の効果が使える。

乗っている魔力カウンターを3つ取り除き、カードを1枚ドロー」

 

【王立魔法図書館】の目の前に浮かんでいた魔力カウンターは一瞬で消え、その代わり聖星のデッキが輝く。

どんなカードが来るのだろうと思いながら引いてみると、実に良いモンスターが来てくれた。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンド」

 

「1ターン目から忙しく動くわねぇ。

私のターン、ドロー。

手札から【代打バッター】を召喚!」

 

「ギギッ……」

 

ぱん、と軽い音とともに現れたのは巨大なバッダのモンスター。

攻撃力と守備力を確認しようと思ったが、そのモンスターの効果を思い出す。

【代打バッター】は場から墓地に送られた時に、手札から昆虫族モンスターを特殊召喚する効果を持つ。

 

「昆虫族を特殊召喚出来るカードか」

 

「えぇ、よく知ってるわね。

手札から【ブラック・ホール】を発動!

さぁ、貴方のモンスターにも消えてもらうわ!」

 

フィールドの中心に黒い球体が現れたと思えば、【ラメイソン】が現れた時以上の暴風が吹き荒れる。

【王立魔法図書館】と【代打バッター】は自分達を引き寄せる重力に逆らうことが出来ず、渦の中心に吸い込まれていった。

その様子を見た蘭は、不敵な笑みを浮かべて高らかに宣言する。

 

「【代打バッター】が墓地に送られたわ。

その目を大きく開いて見なさい!

私の美しいモンスターの姿をね!!

特殊召喚、【インセクト・プリンセス】!」

 

「はっ!」

 

静かになったフィールドに降臨したのは、美しい蝶の羽をもつ昆虫族モンスター。

片方の手を顎に当てている彼女は、蘭の言葉通りとても美しい。

その攻撃力は1900である。

 

「(【インセクト・プリンセス】、確か相手の昆虫族を破壊すると攻撃力が上がるカードだっけ。

彼女の反応からあのモンスターが主力なのは間違いない。

ということは……)」

 

「行くわよ、【インセクト・プリンセス】でダイレクトアタック!

ステム・シャワー!」

 

「ぐっ!」

 

壁となるモンスターが存在しない聖星は、防ぐ暇もなく【インセクト・プリンセス】の攻撃を受けてしまう。

ソリッドビジョンといえでも、多少体に走る痛みに苦しい声を零すが、すぐに真っすぐ向き直った。

これでライフは2100となる。

 

「私は永続魔法【無視加護】を発動。

カードを2枚伏せて、ターンエンドよ」

 

「俺のターン、ドロー。

【魔導書院ラメイソン】の効果により、墓地の【セフェルの魔導書】をデッキの1番下に戻し、カードを1枚ドローする」

 

「この瞬間、【針虫の巣窟】を発動させてもらうわ」

 

「あ」

 

発動された罠カードに、聖星は【無視加護】を見る。

その反応に蘭は説明する必要性がないと思ったのか、デッキトップから5枚のカードを引いた。

 

「ふふっ。

墓地に送られるカードはこのカード達よ。

よく覚えておきなさい」

 

彼女が聖星に見せた5枚のカード。

それは魔法・罠カードが1枚ずつ、昆虫族モンスターが3枚だった。

蘭のデッキは昆虫族デッキが主体のようだから、確実に昆虫族モンスターが墓地に落ちるとは思っていた。

しかしそれが3枚だと色々と厄介である。

困った顔を浮かべる聖星に対し、まだ理解できていない翔は首を傾げる。

 

「え、どうしてデッキからカードを墓地に送ったんすかね?

【死者蘇生】を使うか、何かのコストの除外?

昆虫族で墓地のカードを除外するモンスターカードって、誰かいたっすか?」

 

「昆虫族限定でいえば、攻撃力2800の【デビルドーザー】が存在するな」

 

「えぇ。

けど、胡蝶蘭の目的は【デビルドーザー】ではなく、【インセクト・プリンセス】を守ることよ」

 

「どういうことっすか?」

 

確かに【インセクト・プリンセス】は、昆虫族モンスターを破壊しないと攻撃力が低いモンスターだ。

攻撃力2000以上のモンスターと戦えるくらい成長するまで守る必要がある。

しかし、何故それが墓地にカードを送る事につながるのだろうか。

頬杖をついている十代は蘭の場を見渡し、墓地のカードが必要と思われるカードを探す。

 

「今の段階でそれが分かるのは表側表示になってる【無視加護】くらいか?

明日香、あれってどういう効果なんだ?」

 

「簡単に説明すれば、墓地に昆虫族がいれば何度でも戦闘を無効に出来るカードよ」

 

「へぇ~、なるほどな。

それで自分のモンスターを守るってわけか」

 

見間違いでなければ、彼女の墓地には3体の昆虫族モンスターが墓地に送られていたはず。

【代打バッター】を含めると、墓地の昆虫族モンスターは4体だ。

今回の聖星がどんな【魔導書】デッキかは知らないが、モンスターを大量展開出来るデッキでなければ、辛い戦いになるだろう。

 

「俺は手札から【マジシャンズ・ヴァルキリア】を攻撃表示で召喚」

 

「はっ!」

 

聖星がモンスターを召喚した瞬間、男子生徒達から歓声が上がる。

驚いた聖星は思わず周りを見渡すが、皆は凛々しい【マジシャンズ・ヴァルキリア】に釘付けだ。

十代と最初にデュエルをしたときも、【エリア】の登場でギャラリーが狂喜乱舞状態だった。

それを思い出した聖星は苦笑いをするしかない。

 

「行くぞ、【マジシャンズ・ヴァルキリア】で【インセクト・プリンセス】に攻撃」

 

「何ですって!?」

 

蘭が驚くのも無理はないだろう。

【インセクト・プリンセス】の攻撃力が1900に対し、【マジシャンズ・ヴァルキリア】の攻撃力は1600。

このままバトルを続ければ聖星がダメージを受けることは確実なのだ。

 

「さらに罠発動、【マジシャンズ・サークル】。

お互いのデッキから攻撃力2000以下の魔法使い族モンスターを攻撃表示で特殊召喚しなければならない。

俺は【ウィッチクラフトマスター・ヴェール】を攻撃表示で特殊召喚する」

 

【マジシャンズ・ヴァルキリア】の隣に六芒星の陣が描かれ、光り輝く陣の中から1人の少女が現れた。

隣に立つ凛々しい魔法使いとは異なり、まだ幼さを残す彼女は可愛い笑顔を見せてくれる。

 

「攻撃力1000!?

てっきり攻撃力2000のモンスターを喚ぶかと思ったけど……」

 

聖星が何を考えているのか理解できない蘭は、すぐ目の前に迫っている【マジシャンズ・ヴァルキリア】の姿に慌てて声を張り上げた。

 

「私は【無視加護】の効果で、【インセクト・プリンセス】を守るわ!」

 

【マジシャンズ・ヴァルキリア】が杖から放った攻撃が【インセクト・プリンセス】に直撃する前に、墓地から現れた【代打バッター】が盾となる。

大きな昆虫が粉々に砕けるのを見届けた聖星は、次の宣言をする。

 

「【マスター・ヴェール】で攻撃」

 

「【無視加護】の効果でその攻撃も届かないわよ!」

 

次に現れたのは【黄金の天道虫】である。

【マスター・ヴェール】は少しだけつまらないとでも言うかのように頬を膨らませ、とてとてと歩いて聖星の場に戻った。

可愛らしい反応をする彼女に苦笑を浮かべていると、感心したかのように【星態龍】が零す。

 

「流石はブルーでインセクト・プリンセスの異名を取る女だな。

【マスター・ヴェール】の攻撃も防ぎに来たか」

 

「あぁ、そうこないとな。

俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

「私のターン、ドロー!

【強欲な壺】を発動!

デッキからカードを2枚ドロー!」

 

今回引けたのは1枚の罠カードと1枚のモンスターカードだ。

そのカードと手札のカードを見比べた彼女は、聖星の場にある伏せカードを警戒する。

 

「(今、坊やの場にはモンスターが2体。

【マスター・ヴェール】の攻撃力は1000だけど、【マジシャンズ・ヴァルキリア】がいる限り私は【マスター・ヴェール】に攻撃できない……)」

 

先程、聖星は攻撃力が低いにもかかわらず【インセクト・プリンセス】に攻撃を仕掛けてきた。

先程のターン、彼の場に伏せカードは存在しなかったため手札に攻撃力を増減するための速攻魔法カードがあったからだろう。

そして、今伏せられているカードはそのカードの可能性がある。

 

「手札から【サイクロン】を発動!

その伏せカードには消えてもらうわ」

 

蘭が発動した【サイクロン】は激しい音とともに聖星のカードを飲み込んでいく。

抗えないほどの強風に飲み込まれたカード、【ブレイクスルー・スキル】は数回程回転したのち破壊された。

 

「【棘の妖精】を守備表示で召喚。

行くわよ!

【インセクト・プリンセス】で【マジシャンズ・ヴァルキリア】を攻撃!」

 

「【マスター・ヴェール】の効果発動」

 

「えっ、ここで!?」

 

「あぁ、ここでさ。

彼女がいることで【マジシャンズ・ヴァルキリア】は、俺の手札の魔法カード1枚につき攻撃力を1000ポイント上げる」

 

「な、そんなっ!?」

 

胡蝶蘭は、今日対戦する聖星のデッキに関して事前に調べてはいた。

【魔導書】という魔法カードを多量に使用して手札を絶やさずに戦うスタイル。

その彼が、手札の魔法カードの枚数分攻撃力を上げる効果を使用するなど恐怖でしかない。

 

「俺の手札に存在する魔法カードは【ネクロの魔導書】と【ゲーテの魔導書】、【アルマの魔導書】の3枚。

よって、【マジシャンズ・ヴァルキリア】の攻撃力は4600だ」

 

【マスター・ヴェール】が持っている杖を高く掲げると、フィールドに3枚の【魔導書】が現れる。

3冊の書物は彼女の杖に魔力を送り、そのエネルギーは【マジシャンズ・ヴァルキリア】へと注がれた。

 

「【マジシャンズ・ヴァルキリア】、返り討ちだ」

 

「はぁあ!!」

 

静かに与えられた言葉に、【マジシャンズ・ヴァルキリア】は大きく頷く。

向かってくる【インセクト・プリンセス】に冷たい眼差しを送った彼女は、大きく杖を振り上げ、仲間から貰った魔力を弾き出す。

膨大な魔力の塊に【インセクト・プリンセス】は自分の行動が失敗だと自覚するが、既に遅い。

 

「きゃぁああ!!!」

 

「っ、【インセクト・プリンセス】……」

 

相棒の悲痛な声とともに、ライフが4000から2700削られ、1300へとカウントする音が聞こえる。

墓地に送られた彼女の姿に、蘭は顔を歪ませながら手札のカードを掴む。

 

「くっ……

だったら、手札から【早すぎた埋葬】を発動!

帰ってきなさい【インセクト・プリンセス】!」

 

「はっ!」

 

ライフ800をコストに蘇った【インセクト・プリンセス】は、険しい顔で【マスター・ヴェール】を睨みつける。

敵から送られる怒りを【マスター・ヴェール】は涼しい顔で流している。

これはデュエルだし、攻撃力を上げて相手モンスターを叩き潰すのはよくやる戦術。

きっと相手から向けられる怒りなど慣れっこなのだろう。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

 

今、蘭の墓地には昆虫族モンスターが2体。

【無視加護】の効果で、聖星の攻撃宣言は2回まで無効にできる。

そして【棘の妖精】の効果は【マジシャンズ・ヴァルキリア】と似ており、彼女は昆虫族を守るものだ。

よって、【インセクト・プリンセス】がすぐに戦闘で破壊される危険性は低い。

 

「俺のターン、ドロー」

 

蘭が聖星のカードを睨みつける中。彼は引いたカードを見て小さく頷いた。

 

「【ラメイソン】の効果発動。

このカードの効果によって墓地に眠る【グリモの魔導書】をデッキの1番下に戻し、1枚ドロー」

 

これで聖星の手札は6枚になった。

そのうち3枚は先程【マスター・ヴェール】の効果で判明しているが、すぐに使えるものではない。

【ネクロの魔導書】は墓地に魔法使い族モンスターが2体以上存在しなければ意味がなく、【ゲーテの魔導書】は墓地に【魔導書】が必要だ。

さらに【アルマの魔導書】は除外ゾーンに【魔導書】がなければ使えない。

 

「俺は【魔導書士バテル】を守備表示で召喚」

 

「ふん」

 

「【バテル】の効果で、【グリモの魔導書】を手札に加える。

そして、そのまま発動。

俺がデッキから加えるのは【セフェルの魔導書】だ。

さらに、手札の【アルマの魔導書】を見せ、【セフェルの魔導書】を発動。

これでもう1度、【グリモ】の効果が使える。

デッキから加えるのは【ルドラの魔導書】だ」

 

「【ルドラ】?」

 

「簡単に言えばコストがちょっと重い【強欲な壺】さ。

俺は【バテル】を生贄に捧げ、【ルドラの魔導書】を発動。

デッキからカードを2枚ドローする。

さらに速攻魔法【ゲーテの魔導書】を発動。

悪いけど、【無視加護】には消えてもらうぜ」

 

「何ですって!?」

 

【無視加護】の周りには【グリモ】、【セフェル】、【ルドラの魔導書】が現れる。

3枚のカードは3人の魔法使いへと姿を変え、そこから時空の歪みが発生した。

そのまま【無視加護】は時空の狭間へと消えて行ってしまう。

 

「そしてライフを1000払い、手札から【拡散する波導】を発動。

このターン、【マスター・ヴェール】は全てのモンスターに攻撃できる」

 

「っ!?

そのモンスター、レベル6以上なの!??」

 

「バトル!

【マスター・ヴェール】で【棘の妖精】に攻撃!」

 

「罠発動、【次元幽閉】!」

 

「させない、速攻魔法【トーラの魔導書】!」

 

【トーラの魔導書】の加護を受けた【マスター・ヴェール】は不敵な笑みを浮かべ、ステッキを構える。

これで除外される心配もなく、安心して蘭の場に存在するモンスター全てに自分の魔力をぶつけることが出来るのだ。

 

「そして【マスター・ヴェール】の効果発動!

俺の手札に魔法カードは【ネクロ】と【アルマ】の2枚、よって彼女の攻撃力は3000だ!」

 

「そんなっ!」

 

蘭の場には守備表示の【棘の妖精】と表側攻撃表示の【インセクト・プリンセス】のみ。

【インセクト・プリンセス】は不安そうな顔で振り返り、視線が交わった蘭は強く手を握りしめた。

【マスター・ヴェール】が持つガラスの杖に、2つの魔力が宿り、それは虹色の輝きを放ちながらフィールドに拡散する。

 

「きゃぁあああ!!!」

 

眩い光に飲み込まれた2体のモンスターは一瞬で消え去り、残り500だったライフは0へとカウントされる。

同時にデュエル終了のブザーが鳴り響いた。

 

「勝者、ラー・イエロー、不動聖星!

昇進試験、合格なノ~ネ!」

 

2人のデュエルを見守っていたクロノス教諭は宣言する。

その言葉が響き渡ると、ギャラリーから拍手が送られる。

特にイエロー寮の同級生達は笑顔を浮かべ、素直に祝福しているようだ。

それに対しブルー寮の生徒の一部は良い顔を浮かべていない。

仕方のないことだと判断した【星態龍】は、聖星の視線が十代達に向いていることに気が付いた。

 

「やったな、聖星!

これでブルー寮に昇格だぜ!」

 

「おめでとう、聖星君」

 

客席から身を乗り出して喜んでいる十代達の言葉に、聖星は素直に微笑んだ。

 

「あぁ、引っ越しとか色々大変になるけど、とにかく勝ててよかった。

……丸藤先輩の平穏も守られたし」

 

「それに関しては本当にありがとう、聖星君」

 

最後に呟いた言葉は、目の前にいた翔にしっかり届いていたようで、翔は真顔で返す。

2人の間で交わされる言葉に取巻や隼人達は納得していたが、十代だけは首を傾げていた。

 

END

 




ここまで読んでいただきありがとうございました。
これで聖星はブルー寮へと昇格です
聖星の対戦相手を誰にしようかなと思ったのですが、流石に取巻と何度もやるのは面白みがありませんし
ユベルの手で仮面の三騎士にされた三人の誰かにしようと思っても、デッキが分からなかったので、多分十代達と同級生だと思う胡蝶蘭を選びました
これで蘭が二年生だったらどうしよう……


遊戯王VRAINSが終わってしまいましたね……
遊戯王のアニメが終わるたびに寂しさを覚えますが、やっぱり慣れません

あと、@イグニスターデッキを組みました
いや、正直ノーマークだったんですけど、あんな最終回見せられたら組むしかないだろ!!
主人公のために相棒が散るとか、そういう展開大好きです

VRAINSも短編ですが、書いてみたいですね
LINK VRAINSだと、聖星が活躍出来そう
ただ私の頭の中だとジャスミンが最初に遊作達と接触する流れになってる
あとで活動報告に設定案を書いてみます

追記

あと、フランツがラーのコピーを奪うフラグ折ってやったぜ★
ペガサスから過去の話を聞き、自分達の身を案じる姿を目の前で見たら、強いカードに固執しても、ラーを奪うという発想まではいかないですよね
仮に隼人に嫉妬しても、危険なことに手は出さないでしょう


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