ご愁傷さま金剛くん 作:やじゅせん
「金剛、この服なんてどうだ? お前の愛らしい顔にぴったりだ」
「え、でもこれ、きわどすぎじゃないですか?」
「なにを言うか。これくらい昨今の女子生徒は普通に着ている。むしろ、これでも露出が足りないくらいだ」
「はあ」
一夏と遊ぶ約束をした次の日の放課後。
千冬さんに連れられ、オレは街へと足を運んでいた。
久しぶりに吸った学園の外の空気は、どこかすがすがしかった。
「やっぱりお前には白が似合うと思うぞ。イメージ的に」
そう言って、千冬さんが高そうな純白のワンピースをオレにあてがってくる。
千冬さんが持ってきた服の生地は、どうみても高級品のそれである。
おそるおそる服の値札を見ると……明らかに普通の服より、ゼロが二つ多い。
(こ、こんな服……とてもじゃないが……買えない)
日本とイギリスの代表候補生を兼任しているオレは、在学中――多少は政府からの給料を貰っているが、そのほとんどが妹達の生活費へと回されているというのが現状であった。昨年、父が他界してからというものオレが島崎家の大黒柱をに担っているのである。そのため、こんな高い服を買う余裕など当然、今のオレにはなかった。オレは千冬さんから手渡された服を、そっと元の場所に戻す。
「なんだ、買わないのか?」
千冬さんはそう言って首を傾げる。
「ええ。……ちょっとこの服、サイズが小さくて」
「そうか? 私にはむしろ大きいくらいに思えるが」
千冬さんは少し不思議そうな顔をするも、それ以上は何も言わず、別の服に目を向ける。
心なしか、その表情はどこか楽しそう。
千冬さんも、一端の女性と言ったところだろうか。
服を楽しそうに見て回っている姿は、IS学園で鞭撻を振るっている姿とはまた違い、どこか新鮮だった。
楽しそうに店内を回る千冬さんの横で、オレはそっと一夏のことを考える。
(そういえば今日……あいつに何も言わず抜け出してきたな)
千冬さんには一夏には黙っていろ、と口止めされたが、一言くらい何か言ってからここに来ればよかった。
一夏のことだ。もしかしたら、いつものようにアリーナでオレを待っているやもしれない。
よし。携帯で一夏に連絡を入れてみよう。そう思ったものの……。
(あれ、……?)
制服のポケットをまさぐる。
しかし、ポケットの中には携帯電話など入っておらず、出てきたのはいつぞやのスーパーのレシートだけ。
どうやら、携帯を寮に忘れてきてしまったようである。
(……困ったな)
なにか他に一夏と連絡をとる手段はないか、と頭を巡らせる。
そして、ふと、自身が髪飾りとして身に付けている、待機状態の専用機――サイレント・ゼフィルスに触れてみる。
確か、学校の授業によるとISにはコアネットワークというのがあったはず。
もしかしたらそれを利用すれば、一夏と連絡が取れるかもしれない。
(……やってみるか)
そう思い、その金色の髪飾りを頭から外すと――
「――なにをするつもりか知らんが、やめておけ」
不意に、後ろにいる千冬さんに静止される。
「えっと、……携帯電話を忘れてきたんで、コアネットワークで一夏と連絡をとろうと思ったんですけど……。やっぱり不味かったですか?」
「当然だ、馬鹿者。緊急時以外で許可なくISの機能を使うことは校則で禁止されている。お前も知っているだろう?」
「…………はい」
確かに千冬さんの言う通りだ。
そう思い、素直に髪飾りを髪にかけ直す。
そんなオレを見て、千冬さんが口元に笑みを浮かべながら、
「なんだ。そんなに一夏が気になるのか?」
と、オレの方を見る。
(気にならないといえば、……嘘になるが)
「そ、そんなことないデスけど……」
「ウソだな。お前は図星をつかれると、語尾がカタコトになる癖がある。一夏が浮かれているときに左手を閉じたり開いたりする癖があるのと同様にな」
「うっ……」
さすがは千冬さんといったところか。
こうも正確にオレや一夏の癖を見抜くあたり、相当な観察眼を持っているのがわかる。
これで酒癖が悪くなかったら完璧なのだが……。
(そういえば昨日、大変だったな……)
昨晩の出来事がふと頭に蘇る。
乳首を甘噛みされたときは、さすがのオレもビビった。
あまり思い出したくない記憶である。
オレが昨日のことを思い出し、少し苦い顔をしていると、千冬さんが、
「心配するな。一夏のことだ。今頃はオルコットや篠ノ之と特訓でもしてるだろうさ」
そう言ってオレの肩をポンポンと叩く。
「彼女らとですか……。オレ、彼女たちとうまくやっていけてないんですよね。なんか嫌われてるみたいで」
オレがそう愚痴を漏らすと、
「……金剛、サウジアラビアにはこんなことわざがある」
千冬さんはそう言って、こちらの方を見る。
「サソリは踏まなければささない、とな。意味はわからんがなんだか深い言葉だと思わんか?」
「はあ」
(どっかで聞いたようなセリフだな……)
「あいつらもお前を心の底から嫌っているわけではない。そのことはわかってやって欲しい」
(確かに千冬さんの言う通り、……オレにも責任があるかもな。オレが彼女らに自分は元男だ、って話してないのがそもそもの原因だし……)
「…………はい」
近いうちに、彼女らにそのことを打ち明けてみてもいいかもしれない。
千冬さんの言葉に、オレは深く頷いた。