ご愁傷さま金剛くん 作:やじゅせん
プロローグ
オレと一夏の関係。
「金剛。今度の土曜日、どっか遊びに行かないか?」
それは、単なる中学からの友人関係。
放課後。教室に残って二人でバカ話をしたり、公園でみんなと一緒に野球をしたりする。
もちろん、サッカーやバトミントンでもいい。
修学旅行みたいな特別な行事のある日なんかは、仲のいいみんなで集まってバカ騒ぎをする。
そして担任の教師たちに早く寝ろ、とみんなでげんこつを受けたりするんだ。
そんなどこにでもいるような普通の友人関係。
数ある友達のうちの一人。
――少し前まではオレもそう思っていた。
「ああ、オレはもちろん構わないけど……」
「よし。決まりだな」
一夏はそう言って嬉しそうにほくそ笑む。
そんな彼の笑顔を見て、オレの心はますます複雑な気分へと変化するのである。
(やっぱり…………気のせい、じゃないよな)
そうなのである。
最近、一夏がやたらべったりくっついてくるのだ。
いや、……やたらと、なんて生易しいもんじゃない。
正確に言うと、四六時中ほぼずっとである。
朝晩同じ寮部屋でこいつと寝食を共にし、授業中ももちろん一緒。
放課後の自主トレだっていつもこいつと二人でこなしている。
まあ、一夏とオレの仲が良いこと。
……それ自体にはなにも問題はないのだが。
「…………」
ぞくり。
背中から不穏な視線を感じ取り、オレの背筋にぞくりと悪感が走った。ちらりと後ろを覗くと、クラスメイトの篠ノ之箒とセシリア・オルコットがこちらに険しい視線を向けていた。一夏に対して好意を抱いている彼女らのことだ。おそらく、たった今一夏がオレと遊びに行く約束をしたことに、少なからず思うところがあるのだろう。
その感情が嫉妬から来るものなのか。それともまた別の何かなのか。ということまではオレにもわからないが。でもまあ。とりあえず、頼むからそんな視線でこちらを睨むのはやめてほしい。遊びに誘ってきたのはオレじゃない。一夏のほうなのだから。そんなオレの心情を知ってか知らずか、一夏は構わずオレにスキンシップを取ってくる。
「あー……、金剛の髪、本当にさらさらで綺麗だよなあ」
一夏は机に頬杖をつきながら、おれの長い髪をうっとりとした表情で眺めると、そう呟く。
ぞわっ……。
その言葉に、思わず背筋が震えた。
後ろにいる怖い人たちの視線が、さらに怖くなっているであろうことが嫌でもわかってしまう。
(……オレは悪くないだろ)
そう心の中で彼女らに毒づきながら、オレは小さくため息をついた。
自身の髪を見る。
腰まで伸びるその長い髪は枝毛一つない、本当に綺麗な鳶色をしている。
窓の方を見ると、自身の未だ
琥珀色の大きな瞳に、長くて形の整ったまつ毛。
その桜色の小さな口は自分で言うのもあれだが大変可愛らしく、魅力的だ。
窓に映るその顔は……なんというか、すごく整った顔……まさに、
ちなみに言うと、勘違いしないでほしいのだが、オレは
いや、……正確に言うと
どういうことかって?
オレが教えてほしいくらいだよ。
………………………………………………。
………………………………。
………………。
高校入学を間近に控えたある冬のこと。
その日。
第一志望である藍越学園に無事合格したオレは、五反田弾を初めとする中学時代の愉快な仲間たちと遊んでいた。駅前のカラオケに行ったり、ボーリングに行ったり、みんなでゲーセンに行ったりした。まあ一口に皆と言っても、一夏はISを動かしちまったせいで来れなかったんだが。
弾たちと「今頃一夏は何してんだろうな」とか、「あいつがIS学園に行ったらさみしくなるな」とか話しながらのゲーセンめぐり。一夏のいないオレたちは、どこか盛り上がりに欠けていた。その日は確か雪が降っていて、車の事故があちこちで多発していたんだ。多分、雪のせいで視界が悪かったんだと思う。
で、夕方。
弾たちと別れた後、いつも通りの道を通り帰宅したオレ。その途中、オレは大型のトラックに撥ねられたらしい(……自分のことながら何も覚えていないのだが)。それで……気が付いたらオレは病院のベットの上。身体は軽くて、思っていたほど大丈夫そうだ、……と思っていたのもつかの間。お見舞いに来てくれた弾や一夏に連れられ、鏡の前まで行くと……そこには見ず知らずの美少女が映ってたんだ。
いやあ、あの時は声が出なかったね。
まじで「は?」ってなったもん。
どういうことか彼らに聞くと、一夏曰く、
「あのままじゃ助からないみたいだったから、お前の身体を原子レベルまで分解して、そっから再構築してくれたみたいだぞ。束さんが」
だそうだ。
彼の言う束さん……とは例の天才IS開発者――篠ノ之束のことで、一夏が彼女に土下座までして頼み込んでくれたらしい。一夏曰く、篠ノ之博士は最初、あまり乗り気じゃなかったようだ。一夏の土下座がなければ、今頃オレは本来の身体と一緒に、冷たい土の下で眠っていたのかもしれない。そう考えると、背筋に冷たいものが走った。一夏に命を救われたのは間違いないみたいだし、そこは本当に感謝している。
一夏に「なにかお礼が出来ないか?」
と、オレが尋ねたところ、自分一人だと不安だから一緒にIS学園に来てほしい、と言われた。弾たちとのこともあり、少し迷ったオレであったが、命の恩人の頼みだ。オレは彼の願いに応えるべく、IS学園に入学することとなった。
ちなみに言うと今のオレの身体がどういう経路にでこんな容姿になったのかは不明である。そのことを千冬さんに聞くとはぐらかされてしまうのでそれ以上はオレは何も詮索できないでいた。