灰色の世界に囚われた少女   作:ひばりの

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第二章です。ここまで来たぞ、わーい。
第二章では10年後のあのキャラやあのキャラがわんさわんさと出ます。あの人が黒かったりヘタレだったり虐められたり(←します。はい。

では、本編スタート。


ジャッポーネ編
第8話


 あれから一晩休んだら体力も普通に戻って、いつもの平穏な生活に戻ることができた。

 

 ここに来てもうすぐ一週間が経とうとする頃になって、ディーノが唐突にこう言い放った。

 

「アカネ、ジャッポーネに行くぞ!」

 

 …………ここは、ボケにつっこむのが正当なのか。私、別にどっちも得意じゃないんだけどな……。

 

 肩にいるエンツィオにどうしようか目で相談し合っていると、そこに再びディーノの嬉々とした声が響く。無駄なくらい、今日はやけにテンションが高いな。

 

「実はな、ジャッポーネのある同盟ファミリーから、パーティーの招待状が来てんだ」

 

 なるほどと、彼が差し出した招待状の封筒を見て納得する。こういったイベントには、かなりお得意そうだから。ちなみに私はというとそれほどでもないから、彼のようにテンションが上がったりすることはないけれど。

 

「同伴者も連れてって問題ねえっつーことで、アカネも行こうぜ。なっ?」

「…………うん」

 

 大人たちのパーティーに、私みたいな子供を連れて行って平気なのかと少し心配だったが、彼の熱意にここで水を差しては悪いだろうと、仕方なく頷いた。年齢制限はなさそうだし、まぁいいだろう。それに、近頃ディーノの態度がどこかよそよそしいと疑っていたから、誤解が解けて何よりだった。

 

「んじゃ、早速ジェット機に乗り込むぞ!」

「えっ、ちょっと…… まだ何も準備してないんだけど」

「そうなんだがなぁ…… ここのパーティー開始時間にPM.6:00からって書いてあるだろ?」

「それが、何? 今はまだお昼の12時になったばかりで、って…………」

 

 今すぐジェット機に乗り込む必要はないだろうと、そう彼に伝えようとした間際に、彼が握っている招待状の紙面に書かれた大まかな内容を把握して、思わず固まってしまった。

 

 その書かれていた内容によると、パーティー会場はここ(イタリア)ではなく日本(ジャッポーネ)………… 強いて言えば、パーティーの開始時刻は日本時間でのPM.6:00――……。

 

「いやー…… 俺もすっかり時差のこと忘れててな……」

「…………それじゃあ」

「ああ、たぶん、もうあっちでパーティー始まっちまってる……」

「………………」

 

 一瞬の重い沈黙の後、早急に身支度等の用意を整えてディーノと共にキャバッローネ専用のジェット機へ乗り込むと、そうしてジャッポーネへと直行して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、日本時間PM.10:30。

 

 あれからジェット機を飛ばして、今日中にジャッポーネに入国することができた。初めての外国は何もかも新鮮で、新しい景色ばかりで、右も左も分からない私にディーノが苦笑しながら先導してくれた。

 

 手続きを終えて空港を出て、そして招待されたパーティー会場へと向かっていく最中も、イタリアとは一変した異国文化と新鮮な街並みに目を奪われる。

 

「ホラッ、余所見してると危ねえぞ」

「あっ、うん……」

 

 人通りの多い道で、混雑に埋もれそうになる私をディーノが助けてくれる。そのまま彼と手を繋いで、踏み慣れない異国の歩道を進んでいった。

 

 澄んだ闇色の空を仰いで、点々と瞬く星の光に目を奪われながら、ふとディーノに問いかける。

 

「ねぇ、パーティー…… もう終わっちゃっているかな……」

「いや、どうせあいつらのことだからな。むしろこの時間帯あたりが本番じゃねーか? とりあえずはまぁ、心配いらねーさ」

 

 私にはイマイチ理解し難い彼の返答だが、とにかくは私の心配していたことは杞憂であるということで十分だった。大人っていうのは案外複雑なものだから、私は気づかないフリして触れないでおこう。

 

 スーツのポケットから例の招待状を取り出すと、封筒を睨みつけてディーノがふと零す。

 

「……つーか、内容がアレだしなぁ。嬉しいんだが、兄貴分として素直に喜んでやっていいのか……」

 

 何やらブツブツと唱えだしている。こういうのが大人の複雑さなんだろうか。社会に幻滅してしまいそうになる。

 

 彼の人間関係は私もよく知らないけど、自分の後輩に先を越されて、さすがの彼のプライドにも響いたのだろうか。私に鬱陶しく構ってばかりいるから、時期を逃すんだ。たぶん。でも30にもなって相手が見つからないのは、さすがにそろそろやばいだろう。

 

 そんな彼にも、チャンスとは平等に訪れるらしい。

 

「ディーノ」

「ん? なんだ?」

「大丈夫。今日のパーティーで相手を見つければ、きっと挽回できるから」

「…………余計なお世話だよっ」

 

 封筒の角で頭を軽く小突かれる。失敬な、私はこれでもちゃんと応援しているのに……。

 

 今日の結婚披露宴(パーティー)…… ディーノにも素敵な出逢いがありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクシーを拾って、招待状に書かれたパーティー会場へ向かうと、ドームみたいな建物の前で車が停まった。

 

「うおっ…… まさかのドーム貸切かよ。こいつはまた派手だな」

 

 ディーノも隣で私と同じように驚いている。マフィアなのに、こんな世間に公にしちゃってもいいものなのかな……?

 

 とりあえず入るかと、ディーノに手を引っ張られて少し強引に中へと入っていく。外からも聞こえていたけど、ドーム内はまた非常に盛況のようだ。マフィアというあたり、周りはみんな黒服を着ているし、髭面の濃いおじさんばかり…… むさい…………。

 

「おー、だいぶ盛況じゃねーか。これは今回の主役を探し出すのは骨が折れるかもな」

 

 こういうのに随分と慣れているらしいディーノの方は、笑って会場内の様子を観察している。

 

 人混みに慣れていない私は、こんな密閉された空間で見知らない人たち(しかも大体は厳ついおじさんたち)といるなんて、耐えられそうにない……。やっぱり来なければよかった……。

 

 だけど、そうも言ってられず、ディーノの登場に周りが騒然としだす。ディーノはマフィアの中でも伝統ある巨大ファミリーのボスだから、ここでも普通に有名人だよねー……。

 

 すると、飲み合っていたおじさんたちが、突如群がるようにディーノのもとへと挨拶しにやって来る。各々でイタリア語やら日本語やら英語やらで会話して、厚い握手を交わしたりしている中、この状況にどう対処していいか分からず私はただひたすらディーノのスーツにしがみついていた。私も少しパニックになっていたから、彼のお荷物になってしまっていたなんて考える余裕もなかった。

 

「アカネッ、ちょっと待て、落ち着けって! ズボンがズレるだろ!?」

「ッ~~~~!」

 

 ディーノに注意されても、彼から離れることができない。今彼から離れたら、きっと死んでしまう……!

 

 そんな私たちのやりとりを見て、私の存在に今頃気づいたおじさんの人たちが、すると口々に言い合う。

 

「おや、そちらのお嬢さんは一体どなたでしょうな?」

「とても愛くるしい姫君で」

「もしや、ディーノ様の娘様でございますか?」

「ディーノ様が既婚者であられたとは、初耳でございますな」

「とすれば、奥様の方はどちらに……」

 

 何やら見事な勘繰りをされてしまい、ディーノがまた必死に彼らに説明している。彼も苦労するんだな。主に私のせいで。

 

 誤解を解くことには成功したようで、隙を見て私を連れて群れの中から脱出すると、会場の隅の方まで連れて行かれて何だろうと首を傾げる。

 

 私と真正面から目を合わせられるように屈んで、両肩を大きな手で抱いて、ディーノがどこか真剣さを帯びて私に問いかける。

 

「おい、何なんださっきのは。人混みが苦手なのは分かるが、あれじゃ身動き取れねえし暑苦しいんだよ」

「ズボンをズリ下げてしまったことは謝るが、あれは不可抗力だった。ディーノだって、私の苦手とすることをちゃんと理解している上での結果だった。よって今回の件に関しては私に否はないし、こうなった結果について後悔もしていない」

「お前な…………」

 

 正論を言ったまでなのに、どうしてそんなに肩を落とされるんだろう。

 

「ボスなら、ちゃんとファミリーをサポートして」

「……ああ、分かったよ。そんなにオレのもとから離れたくねえんなら、これからはお姫様抱っこで抱いて行ってやるよ」

「……私が悪かった………」

 

 目立つことは勘弁なので、さっさと彼に謝ることにする。それにしても、なぜお姫様抱っこのチョイスなんだろ…… 嫌がらせ?

 

「フッ…… 素直に謝れることは偉いぞ」

 

 久しぶりに、ディーノからポンポンと頭を叩かれる。無性に、嬉しさが胸に染み込む……。

 

「俺もちゃんとサポートするから、アカネももう少し頑張ってくれ。いいか?」

 

 覗き込んでくる鳶色の瞳は、光沢があって、ここに来て今まで見てきた街や景色の光の中でも一番輝いていて、綺麗だった。

 

「うん………… さっきは、その、荷物になってごめん……」

「お荷物だなんて、別に思ってねえよ。強いて言うなら、躾のなってないペットを同伴してきたくれーかな?」

 

 ……それは、彼の肩の上にいる動物のことを言っているのか。私のことではないと思いたい。

 

「って、イテッ! よせって、エンツィオ! 噛むなッ、お前のこと言ったんじゃねぇってーのッ!」

 

 彼の肩の上で話を聞いていたエンツィオが、私と同じことを思ったのか、主人の首に容赦なく噛みついている。つい口が滑ったディーノは、ちょっとだけ涙目になってエンツィオを説得している。こんなので大丈夫なのかな、キャバッローネ……。

 

「あっ、いた! ディーノさん!」

 

 するとそこに、聞き慣れない声が少し遠くから聞こえてくる。

 

「って、だだ大丈夫ですか!? ディーノさん!? なんでエンツィオに噛まれてるのー!?」

「つ、ツナッ…… 悪いがちょっと取り込み中で…… か、紙とペンはどっかにねえか……?」

「早まらないでくださいよーッ!?」

 

 ディーノと知らない男の人が、何か話してる。ディーノより若そう…… それからどう見ても、ジャポネーゼだよね……。

 

 ニホンゴが皆無な私には、彼らが会話している内容がこれっぽっちも理解できない。だから彼らから少し離れたところで、現状をぼんやり眺めているしかない。それにしてもディーノ、ニホンゴ話せたんだ……。なんか意外……。

 

 男の人の助けで無事にエンツィオから解放されたディーノは、私の聞き取れないニホンゴでまたその男の人と会話をしだした。

 

「ありがとな、弟分」

「いえいえ、ディーノさんも相変わらずですね……」

「それよりよかったぜ、態々主役からお出ましになってくれるとはな」

「えっ?」

 

 何やら呆然としている男の人と、なぜかしたり顔のディーノ。一体あの男の人に何をまた碌でもないことでも言ったのやら……。

 

 すると、ここに来る前に買ってきた白の薔薇の花束を男の人に向かって差し出す。……ちょっと待って、その花束一体どこから出してきたの。

 

「Felicitazioni vivissime! 先越されちまったぜ、ツナ」

 

 ご結婚おめでとう…… そっか、この人が新郎なんだ。気持ちは分からなくないけど…… ディーノ、笑顔が引き攣ってる……。

 

 後輩に抜かれたことがやっぱり彼でも少し悔しいんだなと一人で納得しながら、新郎の男の人の方に目を向けてみる。すると、彼は白い薔薇の花束に感動するどころか、戸惑いながらディーノの顔を窺っていた。

 

「え、えと…… ディーノさん……」

「えぇ遠慮すんなってっ! お前たちはお前たちで幸せにやっていけ! つ、つーか、別にオレは焼いてなんか……」

「ディーノさん、誤解してるようなんですが…… これ、オレの結婚パーティーじゃないですよ」

 

 彼らの会話が今まで噛み合ってないというのはなんとなく分かっていた。すると、男の人が言い放った何かの言葉に、ディーノが急に固まってしまった。

 

「………………はっ? え、じゃあ誰の……? まさか、恭弥かッ!?」

 

 いきなり喰らいついたディーノに、男の人がビクビクしながら首を振る。

 

「ちち違いますッ! 雲雀さんじゃありませんよ! そんなのオレたち招待されるわけないじゃないですか!」

「そ、そうか…… じゃあ一体誰なんだ!? 獄寺かッ、山本かッ!? そういやヴァリアーもボンゴレ名義になるんだよな!? XANXUSかッ、それともスクアーロかッ!? もしや大穴でリボーンッ……!?」

「ディーノさん、落ち着いてぇー!!」

 

 両肩を抱かれてガクガクとディーノに揺さぶられている男の人が、不憫で仕方ない。そんな様子にも気づかず、必死な様のディーノの方がもっと残念……。顔はイイのに、独り身な理由(ワケ)がよく分かる。

 

「オメー舐めてんのか、ディーノ」

 

 その時どこからか男の子の声が降ってきて、本当にディーノの真上から降ってきた。ディーノは下敷きになって、軽く痙攣しちゃっている。わ、私は何も見なかった……。

 

「り、リボーンッ! お前どんなところから出てきてんだよ! つーか、さっさと降りろ! もう赤ん坊じゃないんだから、ディーノさんが下敷きにッ……!」

「落ち着くまでこのまま意識ぶっ飛ばしてた方がいいだろ。この空気読めねえヤローが。今日はせっかくあいつの晴れ舞台だっつーのに、あの問題を積んで来やがって」

 

 ディーノの背中から下りて、私と同い年くらいの男の子はボルサリーノの帽子を被り直した。それを見て、慌てて男の人がディーノに駆け寄って具合を診ている。私も少し心配だけど、こんなハードボイルドな人たちの間を掻い潜ってディーノの容態を見に行くなんてできない。彼のことだから、大丈夫だと信じておこう。

 

 そんなハードボイルドな同い年の筈の男の子は、ディーノの容態など気にも留めない様子で、彼を診ている男の人に声をかける。

 

「おい、ツナ」

「ん?」

 

 男の子が顎で示した先には、エンツィオと共に避難していた私が立っていた。

 

「えっ…………」

「オイ、お前」

 

 ッ………!? イタリア語!? この子、何者……!?

 

 男の子の掛け声に度肝を抜かれて、呆然としてしまっていると、男の子がさらに話しかけてくる。

 

「オレの名はリボーン、巷では名の知れた最強のヒットマンだ。お前は確か、アカネだろ?」

「えっ、君…… どうして、私の名前…………」

 

 こんがらがる頭に、初めましての人にさらに名前まで知られているなんて思考が追いつかなくて、どうしていいか分からず半ばパニックになっていた。

 

「ッんの、オイコラッリボーン! 痛ぇだろうがッ! 久しぶりに会ったってのに、何すんだよッ!」

「でぃ、ディーノ……!」

 

 男の子に追い詰められていた私に、救いの手が現れる。背中を抑えてまだ痛そうにしているけど、無事にディーノが意識を取り戻したようだ。心配している男の人を押し退けて、何やら男の子に文句を言っている。

 

 悪態をボロボロ吐くディーノとは裏腹に、男の子の方は余裕たっぷりにしたり顔を見せつけている。これじゃどっちが大人か子供か、区別がつかない。

 

「オメーが余計なこと言うからだぞ。戸籍上まだ11歳のちんちくりんなオレじゃどんなイイ女見つけたところで籍入れられねえくれーのこと、脳天ぶち抜かねえと解んねーか?」

「すすすまん! なんか悪かった!!」

「り、リボーン…… 場所、場所を考えてッ……!」

 

 玩具の拳銃……? なんかを取り出して、男の子は再びニホンゴで残りの二人に何かを伝えている様子。やっぱり、いくら聞いてもちんぷんかんぷんだ。

 

 その後、恐らく男の人の方が彼を説得したんだろう。男の子が懐にそれを収めたところで、話の筋がまた私へと戻される。三人の視線が突き刺さる中、栗毛の優しそうなあの男の人が、目線を合わせるように私の前まで来て屈むと、にっこりと微笑んで話しかけてきた。

 

「えぇーっと、アカネちゃんだよね? 初めまして、オレは沢田綱吉。会えて嬉しいよ」

 

 少し片言ながらも、丁寧ではっきりしたイタリア語で挨拶されて、私は差し出された彼の手を握り返すどころか、失礼にも相手の顔を凝視してしまった。

 

「…………えっと、オレの顔に何かついてる?」

「いえ…… あの…… えぇと…………」

 

 緊張する…… 心臓がドクドクってうるさい。それに、以前の出来事がまた頭を掠めて、全身が震え出してくる…………。

 

 知らない手、知らない顔、知らない人…… 知らない、見に覚えのない感覚――……。

 

 暗闇に近い、窮屈な空間に囚われて、いろんな目が私を異様に見てきて、それがどうしようもなく怖くて恐ろしくて、私は―――……。

 

 


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