灰色の世界に囚われた少女   作:ひばりの

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第7話

 夕暮れ時、私は自室のベッドの上で静かに目を覚ました。

 

 あの日のように、オレンジ色の光が部屋を照らしていて、開け放たれた窓からは安らかな風がカーテンをふわりと揺らす。

 

 もう随分と見慣れた風景……――だと思ってた。だけど、あの時とは変わっていることが、ひとつだけ。

 

「ディーノ……」

 

 私の寝ていたベッドの近くに屈むように座って、静かな寝息を立てている。

 

 そう、あの時は私はひとりぼっちだったけど、今はこうして彼がそばにいてくれる。

 

 ずっとそばにいて、看病してくれていたのか、上半身をベッドの上に凭れかけて眠っているディーノ。初めて見る彼の寝顔は私よりも子供で、どうしてか微笑ましかった。

 

 あの後……――私が誘拐されてから、ディーノは何らかの方法で私の居場所を突き止めて、助けに来てくれたんだろう。私を攫った誘拐犯たちを捕まえて、そして今まで休みなく私のために動いてくれていたんだろう。そう思うと、彼に何もかも押し付けて、無理をさせてしまったと胸が痛むのは否めない。

 

 私は、彼に甘えすぎているのだろうか……。彼がいないと、私は何もできない気がする。生きることにさえも、価値を持たないと思う。私は、ディーノがいないとダメなんだ……。

 

 なのに、自分のためにこんな無茶をする彼を見ていたくはない。疲れてぐったりした、抱え込む彼の苦しい表情を見たくはない。矛盾している。全て私がそうさせているのに、そんなことを言うなんて、ただの子供の我儘じゃない。

 

 結局どうすればいいのかなんて分からなくて、心みたいに不器用な手で彼の頭に触れてみる。思いの外、さらさらしていた。

 

「…………ディーノ」

 

 名前を呼んでみて、彼が起きないことを知る。

 

 綺麗な寝顔に、どんどん感情が募っていって、私から彼を隠すように視界が揺らいでいく――

 

「う、ん………… ア、カネ……?」

 

 ディーノが起きたようだ。まだ焦点の合わない目で、ぼんやりこちらを窺っている。

 

「……おはよう、ディーノ」

 

 不恰好な笑顔を作ってみせる。もう夕暮れだというのに、この挨拶は変だっただろうか。

 

「アカネ…… ハッ。アカネッ! 大丈夫かッ!? どこか痛いとことかはないかッ!?」

 

 意識が覚醒したディーノは、すっかりいつものように過保護な彼に戻り、本気で私を心配してくる。嬉しいんだが、ちょっと肩が痛い。

 

 大丈夫だと無難に返して、一応落ち着いたところで彼から様々な情報を貰っていく。あれからもう二日が経っていたようで、多少は驚いた。ディーノがあれだけ心配してくれていたのも、少し分かった気がする。それでも過保護だが。そして、私を誘拐した犯人の男たちにやその動機についてはまだ解っていないとのことだった。

 

「……それにしても、どうして居場所が分かったの?」

 

 犯人グループのことよりも、そっちの方が正直気になっていた。あそこには犯人や私の居場所に繋がる手掛かりなどはなかったような気がする。

 

「ああ、それはな。こいつだぜ」

「……ブレスレット?」

 

 私の手首にかかった、ディーノから貰ったブレスレットを指して、ディーノがそう言った。

 

「実はな、その花の飾りの中心んとこに小型GPS発信機をつけておいたんだ。上手く仕込んであるから、探知機とか使わねぇ限りバレる心配はねえ」

「…………どうしてそんなの仕込んでたの」

「うん? そんなもん、もしアカネが迷子になった時のためにこうしとけば――って! いててっ! 冗談だっつうのッ! 悪かったからッ、やめろって! アカネ!」

 

 さっき、少しでも彼に情が移ったことを後悔した。最低だ。この偽善保護者が。……というか、それなら彼がお揃いのブレスレットをつけた意味はあるのだろうか。

 

 ディーノに一通り枕や布団やらを投げつけてやったところで、投げるものがなくなった私は、ベッドの上で一旦息を吐いた。そしてつい、俯いてしまう。

 

 いろんな気持ちや情報が私のもとへ押し寄せてきて、本当のところはどうしていいのか分かっていない。あの声も、音も、残像も、闇も…… きっと私の中に潜在している。なのに、居心地が悪くて、覗こうとする勇気が出ない。

 

 頭が、またグラグラしだす……。こんな時は、決まってディーノが大丈夫だと言って、私に手を伸ばしてくれるのに…… この時はなかった。すごく不安になった。

 

「――アカネ」

 

 どうして……… ディーノの声が、切なく聞こえる。どうしよう、私には何もできない――……。

 

 案の定、ディーノは私にどうしようもないような悲しい笑顔を見せて、私に触れることなく、耳元で囁いていった。

 

「――――」

 

 ――ねぇ、ディーノ。その言葉の真意は、貴方にとって何なの――?

 

 怒らないから、頑張ってこの胸に受け止めるから…… お願いだから、教えてよ――……。

 

 パタンと扉が重く閉ざされて、私の心もまた殻に閉じ籠もっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大切だから、これ以上は傷つけたくないから、少女と距離を置いてしまうのは仕方ないことなのか――……。

 

 権力、裏切り、交戦、殺戮………… それらによってドロドロの血に塗れた自身の掌を見つめ、ディーノは自分でも何がしたいのか、分からなくなった。

 

 ただ、守りたいだけなのに…… 自分のように穢れてほしくはなくてそう願うだけなのに、こうすることが正解なのか彼には分からない。自分が少女に対して行った行為は、全て少女のためだったのかと疑う。自分は確かに少女を守るために考えて動いていた筈なのに、どうして結果はいつも残酷なものなのだろう。少女の笑顔を守るために取った行動が、何故あんな表情をさせてしまうのだろう。

 

 恐らく、あの少女にとって、自分は有害な存在でしかないのだろう。様々な事柄や結果が、ディーノにそう自身の存在価値を決めつけた。

 

 屋敷の廊下を歩いていると、窓から差し込む光の加減が弱まっていることにふと気づく。茜色の空が、次第に闇へと堕ちていく、その刹那――…… ディーノは覚悟を決めた。

 

「アカネ…… お前は、絶対に消させたりしねえからな。オレ以外の手で――」

 

 決意した一方で、どうしようもなく胸が痛むのは気のせいだろうか。

 

 まだ相手すら見つかっていないが、娘を送り出す父親の気持ちとはこういうものかと、ディーノは苦笑する。

 

 全ては、少女が幸せになるため――――そのためなら、もう二度とあの笑顔を見られなくなってしまっても、本望かもしれない。

 

 オレンジ色の空が闇と交じり合う刹那に、祈りを込めてディーノは目を瞑った。

 

 

 




これにてイタリア編が終了、短い(笑)
本当にシリアス多くて自分でも笑っちゃう。

はい、次話から第二章ですね。ボチボチ頑張りますよ。そろそろディーノの親バカスキルが本領発揮する、かな。

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