灰色の世界に囚われた少女   作:ひばりの

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第27話

 男は告げた。

 

「この星を守るために生まれた炎だよ」

 

 二人の男たちには、この現状を見ても男の言葉は理解し難い。

 

 この星を守るとは、全てを灰にして消し去るあの炎に、守るとは一体どのような意味なのか。

 

「どうあれ、君が事の元凶で間違いないようだね」

 

 雲雀の言葉に、男は答えない。それは否定しないと捉えられるのか。どちらにしても、ディーノには他に聞いておかなければならないことがある。

 

「チェッカーフェイス! 何を企んでいる!? どうしてアカネを巻き込んだ!?」

 

 間髪入れず次から次へと質問を重ねる。男を睨みつける視線の奥には、隠しきれない殺意を滲ませて。

 

「ディーノ君。少し落ち着きたまえ。確かに私から彼女へ接触を図ったが、全てを望んだのは、彼女自身だ」

 

 苦味を含んだ笑みを浮かべた彼は、諭すようにディーノへと述べた。

 

「私はあくまで力を与えたまでだよ」

 

 腕を広げ、この現状を誇らしげに見据えている。ディーノには、男の仮面の下の表情がそう見えたのだ。

 

 この男の話に乗せられてはいけない。自分が冷静になって、少女を助けなければ……。ディーノは呼吸を整える。

 

 依然滾る炎の渦が、まるで泣き叫び助けを求めているように見えた。ディーノの胸は軋むように痛んだ。

 

「こんなことをして、何が目的だ」

 

 真っ直ぐな意志を持って、男に言った。

 

 男の魂胆を暴き、少しでも少女を救う道を開くために。

 

「そのことだが、やはり君たちに話す必要はないだろう」

 

 しかし、ディーノの思惑を見透かすように、男は頑なに答えない。

 

 このまま男の口が開かなければ、最終的には実力行使か。そうなればリスクは格段に上がり、また少女を巻き込む可能性がある。

 

 ディーノが他の思案を捻り出そうとする隣で、仲間の男はそんなこと最初から知ったことではないという風に、己の武器を構え始める。心なしか、その目には期待が膨らんでいる。この男、どこまで自分勝手なんだと、ディーノはほとほと呆れた。

 

 やはり自分が上手くやらなければ……。

 

「オレからも頼むぞ」

 

 男たちのもとに、この場に似合わぬ子供の声がした。

 

「ちゃおッス」

 

 その声と共に年端もいかない子供が、突如三人の男たちの前に現れた。その年齢に見合わず、黒のスーツにボルサリーノを被った子供は、この場の全員の知り合いであった。

 

「うおっ! リボーン!?」

「赤ん坊」

 

 ホログラムで現れたリボーンは、ディーノの端末から現れたものだった。一体いつの間に取り付けていたのか。ディーノは一人恐怖していた。

 

「リボーン場所取りすぎ!! オレ半分しか映ってないし!!」

「その声はツナか!」

 

 ハッと顔を上げると、本人が言う通り身体真っ二つにしか映らないボンゴレの王者。その姿がどこか自分に勇気をくれると、ディーノは思った。

 

「あっ! ディーノさん! すいません! オレがマヌケなばっかりにアカネちゃんを……!」

「いや、ツナには任せっぱなしで感謝してるぜ」

「そうだよ。結果こうして上物が釣れたことだし」

「お前は黙ってろ、恭弥」

 

 こんな時に、やいのやいのと会話が弾むどころではないと、リボーンはツナに制裁を加える。ホログラムなのでディーノや雲雀には当然触れられないのだが「なんでオレだけー!?」とツナのツッコミが炸裂する。

 

 気を取り直して、一部始終を空気を読んで静観していたチェッカーフェイスは、ひとつ咳をした後口を開く。

 

「これはこれは、リボーン君に沢田綱吉君。久方ぶりだね。相変わらず面白い人たちだよ」

 

 あくまで平行線に話をするつもりなのか。かつて自分たちを利用し圧倒的力を持つ相手だが、こちらからいくしかないとリボーンは腹を括った。

 

「チェッカーフェイス。単刀直入に聞くぞ。お前の目的はなんだ。おしゃぶりが安定した今、お前の役目は終わったはずだ。今度は何をやらかす気だ」

 

 あの頃の自分を思い出したのか、立体映像上から伝わる最強の殺し屋としての迫力や殺気が、この場にいる誰しもが感じた。

 

 だがリボーンには、チェッカーフェイスにとってはこの程度のものとわかっていた。仮面越しの表情は、ピクリともしていない。

 

 まるで労わるかのように、チェッカーフェイスは語り出す。

 

「かつて、トリニセッテのためにその身を挺し戦ってくれた君には、心から敬意を表している。しかし、これは私個人の事情であり、そう容易く教えられることではない」

 

 その言葉は、男に束縛されていた過去をフツフツと思い起こした。

 

「おめーは、いつもそうだな」

 

 この場にいれば、迷いもなく銃を取り出していただろう。

 

「チェッカーフェイス! お前はお前がしてきたことがわかってるのか!? そうやってリボーンたちを苦しませて、今度はアカネちゃんまで……!」

 

 リボーンの異変に誰よりも早く気づいていたツナは、かつての戦いを通して、忘れていた胸の痛みを思い出した。

 

 死んでもいい覚悟で、どんな局面でも自分の心を動かす言葉を教えてくれて、第一に生徒のことを考えてそうして自分を育ててくれた。

 

 今でも大切な恩師であり、家族だ。

 

 ツナは立ち上がる。

 

「オレは、お前がやってきたことを許さない。お前の勝手でまた誰かを傷つけるなら、ボンゴレを捨ててでもオレはお前と戦う覚悟がある」

 

 少女を救う意思と、男を倒す意思を固めた炎がリングに灯る。

 

 たとえ規格外の力に立ち向かおうとこの男を倒すと、彼の炎は死を覚悟したのだ。

 

 そこに横からの制裁が飛ぶ。

 

「バカツナ。カッコつけてるが、おめー今ホログラムだぞ。戦えるわけねーだろ」

「ハッ……! しまった!!」

 

 急に恥ずかしくなったツナは、あわあわと炎を仕舞い、ダメツナ特有の落ち込みタイムを展開する。鬱陶しく思ったのか、雲雀に邪魔だと文句を言われる始末だ。

 

 そのマヌケな行為が、リボーンの張り詰めた思いを緩和していたことは、彼らも知る由はないだろう。

 

「君たちには、ほとほと笑わされるよ」

 

 ピエロが仮面の下から嗤う。空気を読むのが道化師ならば、壊すのもまた彼の役目である。

 

「綱吉君。以前にも言ったが、私を倒そうなんて無謀なことだ。しかし、君の確固たる意志はしかと受け取ろう」

 

 10年前にも魅せられた彼の瞳から感じる真っ直ぐで芯がある意志に、一目置くところがあった。故に、彼がアルコバレーノの筆頭候補として相応しいと考えたのかもしれない。

 

「たまにはいいだろう。昔を語るのも――」

 

 こんな気分になるのも、大空の彼の魅力なのか、単に自身が老いぼれたのか。

 

 仮面の下がじわじわと蒸れるのを感じながら、自分の脳裏に蘇る記憶をたどっていく。

 

「私はあることを果たすために、再び人柱となる人材を探していたのだ。彼女もまた、腐敗したこの世に反旗を翻し立ち上がった一人さ」

 

 人柱――――その単語は、ボンゴレたちにあまりにも荒んだ過去を蘇らせる。

 

「チェッカーフェイス……! トリニセッテの管理からお前は手を引いたはずだろ!?」

「その通りだよ。だがまあ、聞きたまえ」

 

 男は否定することもなく、相手を静止し話を続けた。

 

「10年前――――…… 代理戦争に決着が着き、この世界も永遠に救われた。トリニセッテから解放された私は、そうして10年という時間を退屈に過ごした。トリニセッテの管理に追われていた頃より余裕が出来、ふとこの地球と向き合うために世界を旅し、感傷に触れた……」

 

 期待し胸を躍らせた旅は、しかし彼が想像した景色とは違ったものだった。

 

「世界を見つめて、私は痛感したのだ。それは、発展を遂げた社会の陰に埋もれた欠陥…… 大都市が繁栄する一方で困窮する未発展都市、機械科学が普及する中で犠牲となる自然、大人達の抗争の狭間で苦しむ子供達――…… トリニセッテは安定したが、この星はいずれこのままでは破滅する。全ては身勝手な人間の手で――」

 

 脳裏には、かつて自分の手で守ってきたはずの景色が、朽ちるところまで枯れた地となっていた。

 

 自分がトリニセッテのために犠牲にしてしまっていたものは、想像以上に大きかった。形は維持出来たが、中身は腐敗し穴だらけだ。

 

 自身の弱さや甘さを痛感したようだった。

 

 かつての仲間との約束を、果たすことの出来ない自身への怒りが、再び彼の中に火を灯した。

 

「私にも、愛する者や信頼たる友がいた。しかし、永い年月が経ち、私が愛した全ては土に還り、私だけがこの孤独な世界に取り残された」

 

 気の遠くなる日々を淡々と生きてきて、いつしか疑問を抱いた。

 

 やがては自分も地に堕ち、この地球上に自分たちの種族が存在しなくなれば、この星はどうなってしまうのだろうか。一体誰が、この星を守る使命を果たしてくれるだろうか――

 

「この星は、全てを捨て駒にしてきた私の最後の砦―――― 君たちに容易く奪われてしまうのは本望ではない。かつて告げた通りこの星を守ることこそ、私の使命であり、今は亡き同胞たちへの弔いでもある」

 

 壊されてしまうなら、自らその手に終止符を打とう――……。

 

 まるで機械仕掛けのように、感情の欠けた目は告げる。

 

「最後に答えは出た。それこそが、世界(・・)のリ(・・)セッ(・・)()である」

 


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