灰色の世界に囚われた少女   作:ひばりの

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第24話

 同じ空の下、青い芝生の大地を踏みしめた男は、右も左もわからない土地で、気持ちだけが焦るように辺りを行ったり来たりしていた。

 

 そんな男の姿に、男の後を追う者たちはどうしていいか困り果てた。

 

「ボス。いい加減どうするか判断してくれよ。そんなんで正気か?」

 

 部下のロマーリオは発言した。その声でディーノは男へ振り向くと、またでこの皺が増えた顔を見て、自分がすべきことを思い出した。

 

「すまん。取り乱しちまった。ボスがこれじゃダメだな」

 

 申し訳なさそうに頭を下げて部下たちに謝る。その表情は苦笑いだったが、心中穏やかではないことを彼らは言わずとも察していた。

 

「焦る気持ちはわかるが、気持ちだけが動いても仕方ねえさ。ボスとして、使える駒は使っとけ」

「ロマーリオ……」

 

 言い方は悪いが、彼らなりに頼りない自分を宥めてくれていることがわかる。

 

 彼らの前に立つ自分がこんな調子ではダメだと深く深呼吸をする。自分に喝を入れ、ボスとしてディーノは声を上げた。

 

「よし。みんな手分けしてアカネたちを捜してくれ。何かあればすぐオレに報せるんだ」

 

 部下たちにそれぞれ指示を出した後、すぐさまディーノは駆け出した。

 

 隠しきれない焦りと早まる鼓動は、彼の思考を単純にさせる。ただただ少女のことが心配で、頭がいっぱいいっぱいだった。

 

 少し遡ること、キャバッローネのアジトで事務作業に追われていたディーノのもとに、一本の電話があった。

 

 相手は、つい先日会ったばかりで、すでに日本に帰国した彼の師であるリボーンだった。

 

 ディーノが電話に出ると、リボーンは前置きもなく唐突に内容を話し始めた。その声から普段の余裕はなく、早急に動くべき用件であることが伝わる。

 

 そして用件の内容を聞かされ、電話越しにディーノは青ざめた。

 

 彼らに預けていた少女、アカネが連れ去られたという。何よりも驚くのは、彼女を連れ去った人物が、自分が慕う雲雀恭弥だということ。

 

 ディーノも半信半疑だが、雲雀が何を考えて行動するかは予測がつかない。師の予測通り本当にイタリア(ここ)に来ていることさえ根拠はないが、ディーノの中には一抹の不安があった。

 

 自分の中の違和感をたどって、ただの勘違いだと思いたくて、足の動くまま駆け出す。

 

 視界に広がる草原はどこまでも続いた。ディーノの息も徐々に荒くなる。電池が切れたおもちゃのように、不意にピタリと立ち止まると、噎せ返るような内側からの熱さに激しく咳き込んだ。

 

 中腰になり膝に手をついて、少しずつ息を整える。それでも時間は待つことなく、喉がはち切れそうだった。

 

「広ぇな……」

 

 不意に出たつぶやきは、次の足が進むのを拒んだ。石のようにこの場から動かなくなった彼は、額から流れる汗が鼻筋を伝って落ちるのをぼんやりと見つめた。

 

 この現状が自身がやって来たことの今までの結果だとしたら、なんて情けないんだろう。

 

 何が正しいのかはわからない。どうすればリスクを避けられたかは、あとにばっか考える。

 

 そうして失ったものも、得られたものもあった。

 

 ……今からでも、間に合うだろうか?

 

 気づけば、また足が動いていた。

 

 その一歩が、希望を求めて先へと進んだ。

 

「アカネ……」

 

 本音は会いたかった。しかし、本来ならば少女に会うわけにはいかない。そんな矛盾は踏み出す一歩を震わせた。

 

 ただ少女の無事を願い、あてのない道を踏む。彼にはそれだけでいいと思えた。この行為が杞憂でも。彼女の為にできることができたなら。

 

 更に、彼女を捜す他にも、気になることがある。ここへやって来た時から、気がかりではあった。

 

 彼らの視界を覆うように境界線の彼方まで広がる青々しい草原。以前リボーンが資料を見せてくれたが、実際にこの目で見ると現実味が違う。

 

 ディーノの頭は混乱したが、すぐに気を落ち着かせる。考えはまとまらないが、取り乱している場合ではない。優先するべきは、少女の身の安全。今はまだ片隅に留めておいて、境界の彼方まで無心にただ走り続けた。

 

 それから数分後、どれだけ走ったかわからなくなるくらい遠くまで来た。しかし人影はどこにも見当たらない。仲間からの無線からの連絡も未だなかった。

 

 もしかすれば、本当に杞憂だったかもしれない。酸欠の頭に、ふとそんなことが浮かんだ。リボーンからあんな報せを受けたが、雲雀がアカネを連れてここに来ている根拠もなく、彼の深読みかもしれない。

 

 自分を育ててくれた師の勘を信じたいが、弟子のことを悪く思いたくなかった。腐っても自分の初めての弟子であり、あれでも義理堅く長い付き合いで案外いいところもたくさん知っている。

 

 少女のことを、何かあってもきっと責任を持って守ってくれるはず。彼の腕なら問題はないだろう。

 

 そうして、ゆっくり立ち止まった。不意に風を感じたくなって、目を閉じる。

 

 膝まで伸びている青草が揺れるのを閉ざした視界の中で感じる。

 

 少しずつ、いつも通りの自分に調子が戻ってきたように思う。

 

 ――――刹那、静かに吹いていた風が敵意を纏うように吹き荒れ出す。

 

 視界が開けないほど風が脅威を増す中で、なんとか持ち堪えて状況を確認する。

 

 一瞬だけ見えた視界に、光と巨大な球体が映り、視界が一層眩しくなった。

 

 


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