日本から遠く離れたイタリアでは、夜明けを迎えていた。
遥か向こうの西の空から朝日が昇る光景を、その遥か上を飛行するヘリの中から望むことになるとは、数時間前の自分なら想像もしなかったことだろう。なぜなら、つい先程まで
自身の右側にある窓から、寝起きのようにぼんやりと風景を眺めている自分が、心底不思議に思う。
……いや違う。そうじゃない。
意識を覚ましたアカネは、自身の左隣で腕を組みうたた寝する男のことが解せない。
こっちは連れ去られてから、狭い機内での8時間に及ぶ退屈を凌いでいるというのに、隣の男に関してはお構いなく目を閉じてご就寝だ。
この状況の中、そこまで安定して寝られることが羨ましいが、彼にはもう少し状況を考えてほしいと言いたい。言ってしまえば、自分を放っといてあんたが寝るな!的なことを言いたい。
この際、彼の足を踏んづけてやろうかとも思ったが、前でヘリの操縦を任せている男に忠告された。
地を這うようなか細く小さな声で「恭さんが寝ている時は、たとえこの機体が敵の襲撃によって墜落しそうになっても絶対に大人しくしていてください。叫び声なども控えていただきたい」と、鬼気迫る剣幕で言っていた。一体何があったんだろう。
頭でわかっているが、そう言われるとむしろやりたくなる衝動がある。アカネも好奇心旺盛なお年頃だ。本能にまかせてみたいこともしばしばあったりする。
けれど、起きた彼が暴れて墜落するという事態は避けたいのでやめておいた。それよりも、敵の襲撃に遭うかもしれないという草の発言の方が気になる。このヘリは襲撃されるかもしれないのか。さっそく彼女のホームシックが発動した。これが最後の朝日になると思うと、子供とは思えない悲壮感が漂ってくる。
ヒバリの頭で丸くなっていた彼の鳥が、朝日を浴びて校歌を歌い出す。全く自由な鳥だ。
それを聞いて、彼も起きたようで。
「ふぁーあ……」
間の抜けた欠伸を漏らす。
彼の飼う鳥は、鶏的な役目を担っているのだろうか。
隣にいる少女が白い目を剥き出しにしてこちらを見ていることを、寝起きの彼が知ることはないだろう。
「……哲、着いたの?」
「おはようごぜえやす。恭さん。まもなく目的地に到着する予定ですので、もうしばらくおやすみくだせぇ」
「ふーん……」
まだ少々寝ぼけているのか、ぼんやりとした目で窓の外を見やり、そして不意に隣の少女を見やる。
「…………」
「…………」
「…………おはよう」
「…………」
二人が視線を絡めると、自然と無言が続く。沈黙にふと違和感を覚え、少女が思いきって挨拶をかけるが、雲雀は気にする素振りなく視線を窓へ戻した。
こうなることは薄々わかっていたが、彼女のイライラは募るばかり。こんな相手に自分は何を気を遣っているんだろう。その怒りは彼女の脳内で膨らんでいった。
その当人の方は、まるでそんなことに気づくこともなく、まして気にかける様子もない。
「恭さん。ボンゴレから緊急通信が入ってます。どうされますか?」
前の男が寝起きの男の声色を伺うように尋ねる。機内から外の様子を見ていた彼は、その報せにふと湧いた人物の名を零した。
「沢田綱吉……」
特に興味を示すこともなく、案の定だが通信を拒んだ。その指示には従うものの、草壁はそっと聞き返す。
「よろしいのですか」
「うん。放っておいても勝手に動いてくれるだろう。問題ないよ」
雲雀にも、この駆け引きは瀬戸際にあると思っていた。強引だったことは否めない。しかし、組織を統治する彼にも、時間は限られる。
そして、遅かれ早かれ、この少女は――……。
「恭さん!」
部下の呼び声に、思考を止める。何事かと、視線だけを前に向ける。
何度も男の名を呼んだのか、息を切らしながら草壁は告げた。
「目的の上空にいるはずなのですが、どこにも見当たりません」
わけのわかんないことを告げる彼に、レーダーの故障ではないのかを確認する。離陸する直前に点検しておいたというので、問題はないのだろう。
少し考えて、その答えに雲雀はたどり着く。
「哲。いいよ。ヘリを下げて」
「……わかりました」
草壁にはイマイチ彼の考えが読めなかったが、己の尊敬するボスを信じてその言葉に従う。
そうして数分後に、ヘリはその地へと着陸した。
※第18話の序盤の台詞を変更させていただきました。すみません。