灰色の世界に囚われた少女   作:ひばりの

19 / 29
日常パートといいつつ、あんまり日常っぽくなかった。


第19話

 その日、会議室の空気は一味違っていた。沢田綱吉は大仰な溜め息を吐いて、テーブルの前でピンと背筋を伸ばし佇む男に話しかける。

 

「今回の騒動で学校とPTAと教育委員会から苦情が殺到しているんだけれど、君の意見はないのかな。獄寺君?」

 

 にっこりと包み込むような笑顔に微笑みかけられ、獄寺の気は一瞬緩む。しかし、一瞬でその笑みが禍々しく黒い靄のようなものに包まれると、獄寺はそのまま全身が硬直した。

 

 10年も付き従ってきたボスであるが、いつの間にこのような笑顔で人を陥れるスキルを習得していたのかと、右腕ながら全身が総毛立つ。

 

 しかし、せっかく供述するチャンスをいただいたというのに怖気付いたままではいられない。何か喋らなければ!

 

「10代目! 今回の不祥事に至っては理由があるんです!」

「へーえ? 小学校の至るところで問題起こして校舎の一部を大破させる理由って、一体何かな?」

「うぐっ……!?」

 

 無言の圧倒的な圧力に、獄寺は今にも押し潰されんばかりだった。それも自身が信頼を持って服従するボスからの冷めた目線と高圧的姿勢となれば、忠誠を捧げた主に一言でも反論するなど、彼的に至難の業。禁忌を犯すようなもの。ここ10年の年月の中で、彼の忠犬っぷりは残念ながら改善されることはなかった。

 

 現在も悪化の一方を辿るばかりの獄寺だが、この時は珍しく…… といっても負け惜しみのように弱々しく、衰弱死間際の犬のように吠えた。

 

「いや、その、それはクラスの餓鬼たちがやかましくて、多少チビボムを……」

 

 獄寺は口籠る。だが、次の瞬間には炎の鉄槌が振り落とされていた。

 

 小さいからといって火薬物の不当な持ち込み、まして肝も据えてない子供たちの面前でホイホイ着火させるなど、学生時代の散々なトラブルと青春を共にしてきた沢田綱吉は、何度と痛感した。横暴で無茶苦茶で、尽力を尽くしてもその収集のつかなさに現実逃避したくなる現在を。

 

 彼が脳内で青春のトラウマに花を咲かせている傍で、獄寺は気を強く持って本来の仕事である報告を告げる。

 

「し、しかし、それだけじゃないんです! ここ数日間あのチビの面倒を見てきて、ちゃんと手応えはありました。あのチビは、確実に敵の目に睨まれてます」

 

 不便ながら充実した学校生活を送る少女の周りを密かに嗅ぎ回る気配を、獄寺は彼女の背中を見守る最中(さなか)、薄々だが察知していた。恐らく、少女が倒れた時の視線と同一人物だろう。

 

 学校という閉所的な空間でご丁寧にも尻尾を出してくるとは、獄寺も腕が鳴る。上手く相手を誘き出しひっ捕まえてくれば、他の守護者たちの良き手本となり、何より10代目からの信頼も独占できる。

 

 ――と、脳内で算段を組み立て、指示もないのに単独行動を働いた結果、今回の不祥事に至ったのである。

 

「おかしいなぁ…… フゥ太のランキングで獄寺君は保父さんに向いているランキング1位だったから、イケると思ったのになぁ」

「10代目ー!? まさかオレを選抜したのはそんな理由だったんスかー!?」

 

 ランキング。それは過去、マフィア界で的中率が桁違いとして有力な情報源のひとつだった。何でもランキングの星と交渉することで情報が得られるらしく、どのマフィアも喉から手が出るほど欲した人材。それがランキングフゥ太だった。

 

 だが、10年前に彼の守護者の一人が起こした暴動事件により、まだ幼かった彼を巻き込んで能力は消滅してしまった。年月が流れた今では彼はボンゴレファミリーに加わりつつ、もうマフィアに追われることのない平和な日常を過ごしている。

 

 その能力が健在だった10年前のランキングをよく覚えていたものだと、獄寺は相変わらず彼だけには頭が上がらないのであった。

 

「んー、まぁ、獄寺君の秘めたる力をこの機会に解禁させようかと」

「オレの秘めたる力ってなんスかッ!?」

「獄寺君の潜在意識に隠れた母性本能をこうくすぐって」

「10代目はオレに一体どんな期待してんスかぁー!!?」

 

 そう言われると本当に自分が隠れ子供好きなのではと疑ってしまう。この歳でロリコンか、と過去の悪循環から抜け出せない獄寺の隣で、彼らの会話に挟むように剽軽な声がした。

 

「つーかさ、あん時って確か雨降ってなかったか?」

「山本!」

 

 今まで会話に参加せず会議室のテーブルでスポーツ雑誌に目を通していた山本が、爽やかな笑顔を湛えてそんな発言をしてみせた。

 

 確かに…… と、二人はそんな気がしないでもなかった。雨が降ればランキングはデタラメになってしまうのだ。ホッと胸を撫で下ろす獄寺の近くで、ボスの沢田綱吉がつまらなそうに小さく舌打ちしたのを、表向きは誰も見ていない。

 

 気を取り直して、会議室の中を見渡した沢田綱吉はほとほとメンバーに呆れたように告げる。

 

「まあ、こんな事態になったんだから、人選の交代は仕方ない。対処はこっちで何とかするから、とにかく獄寺君はしばらく勝手な行動禁止。ダイナマイト所持禁止。あと外出禁止。煙草も禁煙」

 

 最後のはあからさまに付け足しただろう。しかし今は反論できるほど、彼の立場は有利ではなかった。

 

「で、人選交代なんだけど、今この場にいるのはオレと獄寺君に山本、ランボにあとクロームか」

 

 先程会議室を見回して確認したままのメンバーだ。広い会議室にたったの五人。ボスの沢田綱吉を含め、守護者は八人いる筈だ。そしてボスの家庭教師を務める男も普段は参加する筈が、今日は不在だ。

 

 そのことに気づいて、山本と獄寺はそれぞれに呟いた。

 

「今日は小僧見ねえのな」

「ヒバリと骸の奴らは顔合わせたくねーとか言って毎度パスすっからどうでもいいッスけど、んにしてもリボーンさんまで…… つーか、芝生頭、あの野郎どこ行きやがったんだ?」

 

 睨みを利かせながら、会議室内を無造作に見回す。しかし獄寺の視界には芝生頭の「し」ひとつも見当たらない。それどころかここ数週間、あのアホのアホ面を見ていない気がする。

 

 彼らの呟きを聞き逃さなかった沢田綱吉の話では、彼の家庭教師は個人的な事情でこのアジトから離れているという。少年からは詳細を伏せて告げられたが、超直感を持つ彼には大体のことは解っていた。不安など言ってられず、彼がいなくてもきちんと組織をまとめようと、快く送り出していったのだった。

 

 そのことを脳裏にふつふつと思い出しながら、続いて笹川了平の行方について守護者たちに報せる。

 

「お兄さんは…… 新婚旅行って言って、ちょっと世界の果てを見てくるって、それっきり」

 

 先月入籍した、想い人の大切な兄である彼の幸せを思って、その場のお茶を濁そうとしたのだが、効果は特になかった。

 

「……10代目、なぜあの馬鹿をお止めにならなかったんですか」

「いや、考えたんだけどね、オレらに二人の幸せを止める権利はないと思って」

「……真っ当な正論ですが、10代目、止めるべきです。あの極限バカは原始人並みのバカな頭なんです」

 

 ただの他人事ののろけ話で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 通話を切り、会議室に集まってから小一時間ほど経過したところで、彼らは本題の保護者役について討論することにした。

 

「獄寺君は謹慎処分、オレはリボーンも不在でここを離れられないから、誰か代わりに行けそうな人、いない?」

 

 沢田綱吉が促すように挙手のポーズをしてみせるが、誰一人反応しない。そこで山本から確認していくことにする。

 

「オレも行きてーのは山々なんだけど、例の偵察と書類がたんまりなんだよ。悪い、ツナ」

「そ、そっか……」

 

 山本の人の良さなら問題なく任せられるが、具合が悪いようだ。彼にはボンゴレと敵対するとあるファミリーの偵察を任せている。人体実験をしている疑惑がある凶悪マフィアのため、偵察は数度に渡って慎重に行われていた。

 

 元々は沢田綱吉も彼に保護者役を任せようとしたが、その件で山本の代わりに獄寺に付かせたのだ。案の定、町の消防隊を連れ込む大騒動となった。

 

 終息の後は、町の秩序であると豪語し、尚且つ自分の守護者の一人である雲雀恭弥に、散々に蹴られ殴られした。「守護者のミスはボスのミスだろう。そもそもあんなトラブルメーカーを人選したのはどこの誰だい」と正論を叩きつけられ、散々に詰問された。沢田綱吉のトラウマの1ページに、新たな歴史が刻まれていった。

 

 これらの出来事を踏まえて、彼だけには絶対にこのことを頼めないだろうなと、内心では酷く肩を落としていた。

 

 哀愁に浸りつつ、脱線気味な話をさっさと進めようと、続いてはテーブルについてずっと大人しく話を聞いていたクローム髑髏に伺ってみる。

 

「私は……」

「クロームはアカネちゃんとも仲良いし、女の子同士で気軽に話しやすいいし、どうかな?」

 

 クロームもかなりの適役だと思う。霧属性を扱う彼女なら、獄寺のように問題を起こすことはまずないだろう。

 

「いい、けど…… 明日はダメ……」

「えっ?」

「……京子ちゃんたちと、ケーキバイキングに行くって約束があるの」

 

 もぞもぞと落ち着きなく話すクロームに、女心を悟れない男子たちはしばらく空いた口が塞がらない。

 

「け、ケーキ……」

「ハハハッ」

「ふ、ふざけてんのか! てめぇ、髑髏! 勤務中に私情挟んで来やがって……!」

「ふざけてなんか、ない」

 

 彼女の真っ直ぐな目に、たじろいだ獄寺だが、再び言い返そうとするとそれを先に沢田綱吉が制した。

 

「そっか、分かったよ」

「10代目!?」

 

 獄寺は思わず彼の方に振り向いて、瞬きを繰り返す双眸で見た。あんぐりと開いた口からは、彼が言わんとすることが大体想像できる。

 

 笹川京子の名前を出されれば、絶賛10年間も片思い中の彼は弱い。本人は未だに隠しているつもりだが、さすがに獄寺も感づいている。大方自分が止めたせいでクロームが明日ケーキバイキングに来れず、そのことを笹川京子に知られて女の子に気も利かない器の狭い男と蔑まれるかもしれない、と神経質になって今回は許したのだろう。こっちの方が私情挟みまくりの気がするが、冗談抜きで彼の母親の影響で名前しか特に進展のなかった彼の恋路に、忠犬の如く主人に同情したくなる。

 

「ボス…… ありがとう」

「って、ちょっちょっ! 何しようとしてるの、クローム!!」

「え…… お礼のキス……」

「てめっ! 10代目から離れやがれよ! このキス魔女がッ!」

 

 すかさず二人の間に獄寺が入り、それを阻止する。それを見て、クロームは少々戸惑いがちに二人に話した。

 

「でも、イタリアではキスもお礼や挨拶の内だって…… キスしておけば誰とでも仲良くなれるからって、骸様が……」

「てめぇは骸教信仰者か何かかよッ!!」

 

 これは本格的に骸をどうにかした方がいいと、会議は議題を逸れて骸の対策案を立てるところにまで流れていた。

 

「ところで、ランボがなんか干しぶどうみてーになってるんだが、どうかしたのか?」

 

 山本が、テーブルに突っ伏して衰弱死間際のランボを横目に尋ねる。

 

「ああ、ついさっき10年前から帰ってきたんだよ。たぶんあっちのビアンキに元彼と間違われてあれこれされたんだと思う」

「いいのか、医務室連れてかねーで?」

「うーん、微かに意識はあるみたいだし、雷に対抗できるんだからビアンキのポイズンもたぶんイケるんじゃないかな?」

「10代目…… さすがにアホ牛も死にます……」

 

 幼少期の経験(トラウマ)があり、獄寺もさすがにこの時はアホ牛に同情した。珍しいものを見たと、他三人も物珍しげに眺めている。

 

 獄寺がランボを医務室に運んで行ったため、会議室にはたったの三人ぽっちになってしまった。それでも会議はまだ終わってはいない。

 

「それで、アカネちゃんの保護者役についてだけど……」

 

 すでにここにいるメンバーには全員確認済みだ。となれば、ここにいない守護者に頼む他ない。

 

「骸は…… あいつに任せたら、それはそれで心配だな……」

 

 一も二もなく、普段の変質的な態度とボスからの信頼の無さで、霧の守護者はあっさり外されたのだった。

 

 そして、頼める人が他にいない状況にまで陥ってしまった。どうしようと、彼は大仰に頭を抱える。

 

 ディーノにも任された手前、彼女の身の安全を万全にしておくのは優先事項だ。外国からの留学生であり、事件の重要参考人である彼女を監視の目もなく外には送り出せない。

 

 さらに近頃は敵の目もあるようで、入江ほどではないが彼の胃も近頃は不調を訴えていた。ディーノからは事前に誘拐の件など聞かされていたが、それでも大船に乗ったつもりで任せてください!と申し出たのは自分自身からだ。もし少女の身に何かあれば、責任問題どころではないだろう。誰も予想にしなかったあの少女に過剰に執着するキャバッローネのボスとの仲に亀裂どころか、同盟廃棄なども十分にあり得る。もし跳ね馬のいるキャバッローネを敵にでも回したりすれば、と想像するだけで鳥肌が立った。

 

「なら、僕が行ってきてあげるよ」

 

 そんな折、入口から突如聞こえた声に、一寸の光が差し込んだように思えた。

 

 この男は、一体何を考えているのだろうか。

 

 そこに佇んでいた意外な人物に戸惑うも、彼に一か八か賭けてみるしかなかった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。